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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
46/199

41:粗暴な天使の些細な贈り物

「その躯がタダで出来上がると未だに思ってたりしているのか?違うようなァ?忘れているんならお前のエセ兎耳にタコの絵と一緒に文字を書き入れてやろうか?西の大橋を渡った先にあるマルクト王国の国家予算と同等なんだよ?そんな大金をこの街の営み程度で賄えると思ってんのか?そもそも素材が希少だ。お前の躯の材料を取る奴らが何度命を落としていると思っているんだ。お前の軽率な行動でそいつらの命の価値を粗チンにするつもりか?それだけじゃない、そもそも封印されているお前の魂は魔界の瘴気そのもの。一般の人間がまともに受けりゃあこの先の生涯で一生背負い続ける後遺症を抱えて下手すれば死ぬんだよ。それをなんだァ?ちょっと思い上がって突っ込んだら漏れ出しましたって?無い舌をペロっとだして、みすぼらしい空っぽの頭をふわっふわに下げてごめんなさいで済んだら世の中は魔物と人間が手を繋いでよろしくしているっつうの。あと夜明け前にこれをやらかすのはヤメロって言ったよなぁ?こちとら毎晩毎晩夜明け手前になるまで仕事しているんだよ。その作業止めてまで此処に来てるんだよ。こっちにも納期とか都合あんだよ?わかるよなぁ??これの為に周囲が仕事止められてんだよ。ぶっ殺されてえか?つか、いい加減その攻撃的な性格はなんとかならんのか?前回ぶっ壊しかけた時も同じ理由だったよなァ?そんときはタコ殴りと魂魄矯正だけで済まして、1からお前ん躰について説明してやったよな?覚えてない?ぶっ殺そうか?魂魄矯正の度合いをもう少し上げようか?ドぎつい奴にしないと覚えないか?魂の形が“もうしません”って文字みたいになるまで締め付けてやろうか??」




アンジェラ・スミスの物凄い剣幕から吐き出される罵詈雑言を織り交ぜた説教が周りを唖然とするくらい響き渡る。

まるで戦争の銃声をその場で聞いているような気分だ。


鬼だわこれ…

ゴシック服みに纏った女性のやる事じゃねえ


そりゃあニドも俯いて落ち込むのも無理は無い。



つか、もう修理しに来てくれた筈なのに落ちたスパナでガンガンとニドの頭を叩き割る勢いで殴りつけてる。

虫の居所が悪かったのだろうか。物凄く苛立っている。



「お前なんかハンスとの借りがなければこの世に存在させないっつうのに、のうのうと生きていく中で平気な顔して戦闘だぁ?いいご身分だよなぁ!?」



「ねぇ―、もうそれくらいで良いんじゃないの?」



うわ…アリシア、やめとけって…


ギルド長であり、過去に世話になっていたニドの凄惨な状況にアリシアは流石に見兼ねたのか

アンジェラの説教に一言割り込んだ。



「……………ああん?」



すると、グリンと首をこちらに捻っておそろしい程の三白眼でアンジェラはアリシアを睨みつける。


ホラーかよ。怖いわ、こっちにヘイト向けちゃあかん流れやわ。



『すいません、気にしないでください』



「………。そもそもニド、てめぇはなぁ―」



アンジェラは少し間を置いて再び怒号と共にスパナでニドを何度も殴る行為を再開する。


許せニド。この世には力を凌ぐ恐怖ってのが存在するんだ。それに太刀打ちする術を俺は今のところもっていない。

そして、今のお前さんを見てそれを学んだ


そうやって自分に言い聞かせ、とりあえず怒りが収まる事を祈る。とにかく待つつもりだった


しかし



「―やめろっていってるのよ。アンタ、耳ついてないの???」



…やっちまったか



アリシアは俺を地面に置いていき


アンジェラの、おスパナを用いたニドに対しての暴力を止めるようにその手を掴んで止める。



「なんだ、お前は?気安く触るなって」



「離して欲しければ、“それ”…やめてくんない?」



「リボンで身長水増しするようなガキ風情がでけえ口叩いてんじゃねえぞ?」



アンジェラの言葉にニドへの仕打ちとは別の理由でピキピキと青筋をたてはじめるアリシア



「黙れよファッキンババアが?」



「あ゛あ゛???ふぁ…なんだって???ババアだぁ???」



首を捻らして睨みつけるアンジェラは掴まれた腕を振り切ろうと思い切り動かそうとする、が



「ああ?」



ただの子供と思っていたアンジェラは想像以上のアリシアの膂力に腕を動かせないでいた。



「てめぇ…ただのガキじゃねえなぁ?」



「だったらなんだってのよ。ババアが大人気なくブチ切れてるのいい加減見ててむさ苦しいんだけど?」



「はっ。言うじゃねえか。威勢だけはイッチョ前のクソガキが。―でもなぁ」



ギギギとアンジェラの腕を抑えこむアリシアは刹那に体を大きく回転して背中を地面に叩きつけられる。



「なっ―!?」



押さえ込んでいた筈のアンジェラの腕はいつの間にか地面で仰向けにされたアリシアの胸ぐらの上に逆に抑え込まれるように乗せられていた。



あまりある展開に驚愕しているアリシア。



一体何が起きた??


あの状態で全身を大きく動かして合気道のようなものをしたわけでもない

ノーモーションでアリシアは全身を振り回されてマウントをとられている。

完全に人間のこなせる動きのそれとは違う



「あんた…腕の関節どうなってんのよ!」



ギリギリと胸元を押さえ込まれているアリシアが声を絞り出す


アンジェラはそれに答えずただ黙って見下ろし、アリシアを抑え込む腕の袖をまくる



細い白い腕がゆっくりと露わになり



『え―』



「今の流れで、よく腕の“関節”に目星をつけたな。褒めてやるよ」



その関節は、人形のようなボールジョイントで繋がっていた。



『お前のそれは…義手なのか?』



「義手って言い方は半分は正解だが、それじゃあ満点じゃねえな。落第だ。そして、これ以上は企業秘密だ。知りたきゃ金払え。

ババアって罵ったわたしへの慰謝料と一緒になぁ」



『んな無茶苦茶な!?』



「なら、ここで痛い目みてもらおうかねぇ。このクソガキが」



アリシアを見下ろすアンジェラは更に腕に力を込める、



「ぐっ…はっ…」



ギリギリと軋む音とともに嗚咽を漏らすアリシア。


俺も娘にこのような仕打ちをされて流石に黙っていられるわけがない。



俺はアンジェラの腕目掛けてアルメンの鎖を巻きつける。



「おいおいおいおいおいおい。なんのつもりだこりゃあ?」



『もう十分だろ。出過ぎた真似をしたその子の代わりに俺が謝る。だからその手を離して貰えないか?』



「へぇ、魔剣風情が父親ごっことは随分成長したんじゃねえのか?ええ?グリム・トーカー」



こいつ、どこでもこんな感じなのか?

絡んできた相手に誰かれかまわず噛み付いて狂犬みてぇな奴だっ、て――



『うおあぁ!?』



急に引っ張られる感覚。

その方向に目を向けると当のアンジェラが鎖を反対の腕で掴み自分の懐へと俺を引き込んでいた。



俺とアンジェラの距離が一気に縮む。


物理的に。


いや、近くで見るとやっぱ恐いのなんのって…そのメンチ切った顔。

ヤンキーかよ



『―これで心の距離も縮まるといいんだがねぇ』



「冗談もしっかりと言えるようになったってか?だが、笑えない。口角がミリ単位ですら動きもしねぇなぁ」



『笑おうが笑うまいがそりゃお前の勝手だ。それよりもアリシアに乗せてるその無骨な腕をどかしてはくれねぇか?』



「嫌だといったら?」



「ワタシが貴方をどかす」



「!?」



瞬間、ヘイゼルの脚がアンジェラの頭の横に飛んでくる。


不意打ちにぐわんと上体を大きく揺らすと


腕に込めていた力が緩んだのか


その機を逃さぬようアリシアはすぐさま起き上がり


急いで俺を奪取。



すぐさま逃げるように距離を取る しかし



「………!」



仕掛けたヘイゼル当人が今度はアンジェラに首っこを掴まれ持ち上げられる。



「てんめぇ…殺されてえか?」



ミシミシと音を鳴らし、掴んだヘイゼルの首に一層力を込めるアンジェラ。



「無駄。その要望は叶わない。ワタシを殺すことは不可能」



「あぁぁ?」



アンジェラは無表情で動じないヘイゼルに対してハッと気付く。



「お前…まさか。人形――なのか??」



「半分正解。正確にはこの躯の材料は本来人形に使われているそれとは異なる」



「まさか、人間を使っているのか?その躯。動力源はどうしているんだ!?魔力の反応がねぇぞ」



アンジェラは急に態度を変えて、ヘイゼルに興味を示す。



「魔力の反応に関しては不可解。世界に認識されていないからと仮定している。だが、起動する為の要因は体内に宿る精霊に由来スル」



「精霊…精霊だと?そんな大御所を死体にブチ込むような行為がどんだけ危険かわかっているのか??」



「その心配は不要。既にこの躯は死体としての定義が無い。躯のパーツ毎が全てバラバラ」



「くはっ!面白い人形だなぁ。作った奴の気がしれねえ!!死体を使って人形を造るたぁ、人形使いわたしに喧嘩を売りに来てるようなもんだ」



ヘイゼルを睨みつける視線。

首を折るやもしれない音を漏らしながら更に力を込めるアンジェラの腕。




「アンジェラ!いい加減にしなさい!!!」




ゴウッと、密閉されている筈の一室に大きな風が吹く。


俺やアリシア、アンジェラもがその声の主に目を向ける。



うわ―



そこには、アンジェラよりも恐ろしい剣幕で青筋を立てて目を見開くリンド。


これはこれで恐いわ…



「―チッ」



アンジェラは舌打ちをすると、ヘイゼルの首を掴んだ腕をパッと離し

その場で崩れるヘイゼル



『ヘイゼル』



「問題ない」



彼女はスクと立ち上がると、アンジェラの前に再び対峙する。



「ありがとうアンジェラ」



「は?」



ヘイゼルは唐突に一礼する



「貴方は、ワタシを“面白い人形”と言ってくれた。今のワタシにはそれがとても嬉しい。ありがとう」



「……」



無表情の顔で自身を見つめるアンジェラは何を思ったのか



パンッと、彼女の頬に一発平手打ちを食らわした



あまりの事にヘイゼルを含めた周囲が唖然とする中



「作った奴に責任はあっても、作られた人形に罪はねぇ。次会う時にもう少しマシな顔になってから感謝しな。“ヘイゼル”」



誰も彼もが、今はその言葉を理解出来ていなかった。





結局微妙な空気なままリンドとニドを残して、俺を含むそれ以外の面々は作業だからとアンジェラに研究室をむりくり追い出された。



扉が締められる直前に覗かせたニドの顔が売りに出される子牛のような顔をしていた(気がする)



「…寝よ」



魔導図書館の前まで出ると

もういいだろ?と、項垂れたガーネットはそのままメイの居る防具屋へと足をむけてトボトボ歩いていく。


つい数時間前まで敵意剥き出しにダガーを向けたやつとは到底思えない後ろ姿だ。

心なしか、ロールされているツインテールも気力を失ってストレートになっているように見えてしまう。



『はぁ…俺たちも行くか』



「ええ、そうね」



『先ずは報酬でももらいにいくかぁ』



アリシアに背負われ、その場を後にしようと進み出す



『ヘイゼル、いくぞ』



「大丈夫?あんた、あのババアに首っこをギリギリ締められたでしょ?」



「…大丈夫、問題ない」



『ババアはやめとけって、もし聞かれたらたまったもんじゃねぇ…』



三人で他愛もない話をしている中。



ふと俺は気付く



ヘイゼルの表情が今までの無表情とは違って少し柔らかくなっている事に



「貴方は本当に素直じゃないわね」



敷かれた白い布に几帳面に道具を並べるアンジェラに物申すリンド



「…うるせぇ」



「君はなんというか、至極まともな事を言っているのに。それをぶっきらぼうに且つ攻撃的な態度で相手にぶつけるのは少し直したほうがいベフッ」



「てめぇは黙っとけ!このドグサレボケカスがぁ!!」



ニドの言葉を遮るようにスパナを投げつけるアンジェラ。



「リンド。てめぇは良いのかよ。“あれ”が―そうなんだろ?二番目のヤクシャ」



アンジェラの問いにリンドは優しい表情を向け



「認められずに生き続けて来た者の気持ちは私が一番良く知っています。

そして、ジロ…彼は最初、『魔剣』などと私に謗りを受けていたにも関わらず、私がひた隠しにしていた真実も当たり前のように受け入れてくれました。

それに私は救われているのです。そんな彼の考えを受け入れない事は、当然私自身を否定する事にもなりますから」



「へっ、違いねぇか。あんたも相当だったからな」



「…ありがとう、アンジェラ」



「ああ?」



「きっと、ジロは愚か、当人のヘイゼルですら気づいてませんからね。私が代わって感謝をします」



「…大した事をしてねぇよ。ただ、折角の可愛い顔がブサイクなまんまじゃもったいねぇと思っただけだ。あとは自分てめぇ次第さ」



アンジェラが行ったヘイゼルへの平手打ち

そこにはある仕込みがされていた。


そもそも彼女が気づいていたのはヘイゼルの首を持ち上げた時。


精霊が全身を駆け巡って動いている事は既に理解していた。


しかし、そこである問題点に気づく。

彼女の思考に表情が連動していないと。


本来ヤクシャとしての能力が発動される事で光の魔術を纏い

触れた人物には幻覚に近い状態で擬態した姿を見せる為

それに依存した表情の見せ方をする本人は

本来のヘイゼルとしての表情が使われる事が無かった。

それ故に、本人の意図と関係なく表情という機能に精霊は全く反応する事なく日々を過ごしてきた。



そして、表情を動かせない事に気づいたアンジェラは平手打ちに見せかけ

強引に精霊の動力が表情にも流れ行くように微弱な雷魔術で刺激を与えていた。


それを行う事により、刺激を受けた部分に精霊の動力が誘導され

今まで使われる事の無かった表情という部分にも精霊の動力が機能し始めていた。



アンジェラ・スミス



王国で有数の魔術師


最高峰の人形使いと呼ばれ


鍛冶師が世に認めてもらう為の大きな目標として辿り着く称号『スミス』を名乗る事を許された存在


そして、当時の魔王ニドを封印する事に成功した英雄の一人。


そんな彼女が粗暴な面を見せながらも静かに営んでいる今の仕事は、体の一部を不幸な事故等で失った人達を支える技師。魔術を用いた人工義肢の職人であった。


「さて、修理をはじめんぞ」












一方、メイの防具屋。



「ただいまー」


「ただいまじゃねぇ…。ここは防具屋だぞ、まるで自分の家のように上がってくるな」


「あー、すまん…話は後でな。もう疲れた…寝かして」


「おまえなぁ…ん?」


メイは唐突にガーネットに近寄りスンスンと鼻を鳴らしたかと思えば

ひどく狼狽した顔で飛び跳ねるように離れた



「おま…おまおま…、もしかして…“奴”が来ているのか!?」


「んあぁ~?奴ってだれだよ。アンジェラの事か?…って―メイ、あんた何してんの??」


受付のカウンターの下でブルブルと震えて怯えながら隠れているメイ。


「ワタシハイナイ、イマココニワタシハイナイ、ワタシハイマセン、ココニハイナイッテコトデ、ミセシメテ、ハヤク、ワタシハココニハイマセンヨ」


「おーい、メイ。おーい…」

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