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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
43/199

38:砕けた聖堂に響くたった一人の名前


―数日前の事



『黒曜結晶?』



ニドが見せたドス黒い輝きを放つ結晶の名を俺は復唱する。



「君の戦闘の一部始終を当たり障りない程度でシアに伺った。

君は黒の魔力をその身に取り込む事でどうやら当初の力を存分に発揮できるらしいではないか」



『それで?この結晶と何の関係が?』



「此処まで話せば察しがつくだろう。この結晶には“高純度の闇の魔力”が封じ込められている」



なる程な、大方察しはついていた。この先で、再び歪な運命と邂逅するにあたって

そう何度も都合よくあちら側のアズィーが闇属性魔力を提供する等という確信は持てない


なら、その代替えをこちらで事前に用意する必要がある。


それがこの黒曜結晶というワケか。


とは言え…まさか、本当にそれを可能にできる算段があったとは思わなんだ。



「この黒曜結晶は非常に貴重な代物だ。闇魔術の開発の為に抱えていた私の持つストックでさえ数個しか無い」



『一応聞いておくが、これを入手する手立ては?』



「ある。だが、エンフォーサー程度の依頼報酬で賄える代物では無い」



だが、君らにはいずれ必要な代物だ、とニドは3つ程俺らに譲ってくれた。


そして、俺はヤクシャから読み取った概念についてニドは嫌な顔せず色々と教えてくれた。


…感謝の言葉では足りない。この街に来てから俺とアリシアは色々な好意に甘んじてばかりいる。










―そして、俺はこれから一度だけ…その好意を踏みにじる。たった一つの傲慢の為に。






ニド、すまねえな…。それでも、今この子を救わないと…きっとこれからずっと心の中で叫び続けなければならない



いつ来るか解らない救いを求め…後悔を積み重ねて、何度も何度も俺たちの生き方を自らで値踏みし続けるんだ。




そうなってしまうのなら、今この瞬間から臨む。



俺自身が救いとなる道を行く



何処までも可能性に手を伸ばす―“より良い先アドメリオラ”へ



大きな巨躯を左右に揺らすバフォメットを前にアリシアは魔剣おれを構え、低い姿勢を取る。



「ふぁっく」



そして、瞬時に魔剣でその場の空を斬り上げた。



否、そうする事で瞬間的に接近し繰り出して来たバフォメットの蹴りを防いだのだ。


今まで味わったことの無い衝撃を刀身そのみで受け止めて視界が震えるように揺れる。


クソ…デカブツのわりに疾いっ




上  等  だ!!!!!




『アルメン!最大重奏火の礫ファイアボール!』



俺は無数の火球をその魔物に向けて飛ばし、反撃する。



一発一発を喰らうたびに面食らったようによろけて、一歩二歩と後ずさりするバフォメット。


しかし、実際の手応えは見受けられず、首を前のめりにして咆哮すると


大地を抉るように踏みしめて、目では追いつくのもやっとなほどの

予想以上に疾い拳を繰り出してくる。



『エンチャント・ファスト・エア!』



アリシアは補助魔術を受け、バフォメットの拳をスレスレで躱すと、その腕の上を駆け上り

肩のあたりで大きく跳ぶ。



そして落下の勢いを乗せながら、隙を見せた大きな首筋に魔剣を差し込む。



「むっ―」



意外と硬い。刀身が三割も入りきれていない。



その煩わしさに、バフォメットはうねり声をあげ首を捻り大きく開いた口をこちらに向け青黒い炎を吐き出した。



『プロテクション!』



正面に光の殻を顕現させ炎を防ぐと、その殻を蹴飛ばして後退する。



しかし、地に足をつけた瞬間。正面にバフォメットの姿は無く、背後から大きな気配を感じ取りアリシアは振り返る。


小さな少女の身体を押しつぶさんと、祈るように組まれたその魔神の手が上から降り注ぐ


その膂力は足場を砕き、瞬間的に宙に舞う瓦礫に変えた。



当の狙われていた俺たちはというと、咄嗟にアルメンを天井に投げつけ、アンカーのように引き上げられながら回避していた。



それに気づき、上を仰ぐバフォメットは、大きく咆哮しながら周りの空気を圧倒する跳躍で襲いかかる。




参ったな―。


こいつ、メガロマニアと違って巨体に似つかわしくない疾さを持ってやがる。


アリシアは、相手が接近する直前でそいつの眉間を踏み台にして、巨体の背中を駆け抜ける。



しかし、そのまま逃げるにしても目前に蛇の尾が大きく口を開き待ち構えていた。



「ふぁっく!」



アリシアは奥歯を鳴らすほどの悪態をつき、しゃがみ込みながら蛇頭の下をスライディングし

蛇の尾の背後を取るとアルメンの鎖をその尾にギチギチと巻きつけて

少女と思えぬ膂力でその尾を引きちぎる。



「GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」



耳を劈くような雄叫びと、断面から吐き出される生暖かい血潮が周囲に撒き散らされる。

バフォメットは空中での反撃に体勢を崩し、四つん這いになって地を穿ちながら着地する。


その空いた背中に隙を見出したのか、アリシアは穿つように刀身を叩きつける。


…だが切ったという痕は残しても

それが相手にとっての致命的なダメージとはならなかった。


俺たちは地に足をつけ、隙を見せないように体をくるくると旋回しながら後ろへと下がって距離をとる。


「首を狙うのは容易なんだけど、なかなかどうしてか…すんごい堅いのよアイツ」



物理が効かないのか??尻尾は無茶苦茶やってなんとかなったが…やっぱゴリ押しは無理って事か



それならニドに教えてもらったアレを使ってみるか。



解明眼アンラベル



それは魔物の弱点を解析する事のできる属性要求を必要としない特殊な魔術。

すると俺の視界から幾つもの文字が走り始める。



成る程―こいつは



「どう?パパ」



『うん、すまん…読めない…』



「どアホオオオオオオオオオオオオオオオオオ」



アリシアの叱責は当然。ホント…すんません…


そんなしょうもないコントも束の間、バフォメットは四つん這いのまま姿勢を低くして此方に突進してくる。



『クソッタレ!アース・シールド!!!』



咄嗟に俺は地面から喚び出した大地の壁でそれを防ぎ、俺は半ばヤケクソで記憶にある攻撃系統っぽい色々な魔術を詠唱し始める



『雷衝!!風刃!!!光…えーと、光の柱!爆炎!氷柱!!水弾!』


いくつもの魔術起動音を感じながら、自身の内側から魔術が解き放たれている感覚が解る。



バチバチと鳴る雷は、残念ながら正面の土の壁に当たり霧散し


続けて走る風の刃は大地の壁を切りながらも虚しく、バフォメットの頭上を通過


光の柱はバフォメットの右肩に…当たった!当たっとる!!!


肩を穿たれた傷に爆炎が追い打ちを掛け、一本の氷柱が反対側の肩を掠める程度。


水弾といえば真っ直ぐ切断された大地の壁の下面にパシャリと当たり染み込むだけだった




「パパ、後で話があるから」



『…………………はい』



くっそ…どうすればいいんだ?つか、メガロマニアの時と違ってアズィーが教えてくれないから…



いや、考えろ。


七曜の奇跡―



俺は今、神に等しい力を持っている。

常識に囚われるような一般的魔術ではジリ貧になるだけだ。



ニドの工房で多くの魔術を取得している時にそれは聞こえていた筈だ。



―神属性<創造>



…行けるか?



時間が無い、バフォメットは傷つた片腕をブラブラとしながらゆっくりと起き上がり

双眸から放つ赤い燐光を向け、今はまだこちらの出方を伺っている。



ここがキメ所だぞ…


この時間を使ってイメージするんだ。



創りだせ…魔物を殺す攻撃を…



生み出せ…


考えろ



この魔剣に依存した、瞬間火力


この魔物の見た目は悪魔のそれに等しい、弱点を考えろ


瞑目した暗闇の中で一本の走る魔力の糸


それに少しづつ多くの色の糸が絡みつくイメージ


威力は最大


斬る際の発動では無く、大きく振り切った時に走る斬撃―




「ちょ、パパ…魔剣から煙が出てるよ!?それに―赤くなってきてるよ!!」





すまんアリシア、もう少しだ。もう少しで―




俺は思考の中で幾つもの糸が繋がっていく感覚を覚える。


何本も何本も、綿密に “何か”を形作っていく。





これが…<創造>




「パパ!!聞こえてるの!?パパ―」



キーン、キーンと神秘的な音が規則正しく脳内で響く


自分の中で“それ”が生まれようとしている




「あいつが、動きだしたよ!?パパ―!!!!!」




――<創造クリエイション>の完了。この世界においてその力の行使を承認します。




『アリシアアアアアアアアアアア!!魔剣おれを大きく振れええええええええええええええええええええええええ!!』




「っ―!!」



俺の大きな叫びに従うままアリシアは魔剣を上段から大きく振り切った



その直後、大きな魔力の塊が刀身で十字の輝きを放ち


吐き出されるように刀身から強大な十字の斬撃が放たれる。



「これは!?」



安直だが、悪魔を淘汰する十字架をイメージして編み出した創作攻撃その名も




魔神斬りディバイン・クロス!!!!!!!』




周囲の暗闇を圧倒する程の輝きを放つ光十字の斬撃は距離を詰め迫ってきたバフォメットの巨躯に直撃。




背中から翼の様な光りを疾走させ貫通。




その巨躯に大きな十字の風穴を残し、バフォメットは呆気に取られたのか、大きな口をより一層開き

叫ぶ余力も無いまま天井を仰ぎ、背中から地へと崩れ落ちる。


やがて蟲のような呼吸を止め、青い炎がバフォメットを包み無残に焦げた亡骸だけをそこに置いていった。



『やったか―…』



「やったじゃないわよ!!パパ!大丈夫!?そんな状態で」



『お…おお?』



考える事で精一杯な俺は自分が置かれている状況を見下ろした刀身の先を見て理解する


赤く熱を帯びた刀身は空気に触れて煙を発していた。



『う、うあああああああああああああああああああああああああああ、あづ…いや、熱くは無いけど…これ大丈夫なの!?』



「それは私が聞きたいわよ!!このダメパパ!!」



『ふ、ふーふーして!?ね!!ふーふーすればちょっとぐらいは冷めるんじゃない!?』



「馬鹿なの!?このどアホはああああ!!」



ふーふーどころか、ブンブンと魔剣おれを振り回し帯びた熱を逃がそうとするアリシア。



いや、視界が回るからぁあああああああああああ!!



やはり、この能力は安易に使えない。


最初の時に、無意識に使った時間停止の発動でさえも数秒で刀身が溶け始めるような始末だ。

使う時と場合は慎重に考えなければならないようだ。








「―ワタシの負け」



後ろから聞こえる声に俺らはピタリと動きを止めて振り返る。




『…ヘイゼル』


その少女は、その場で逃げる事もなく

抵抗するかと思えば、骸となったバフォメットを一瞥してこちらに視線を戻した。



違和感を感じていた。



あんな強大な魔物を召喚出来るならば、それを相手にさせて逃げる事も

自身も戦闘に参加して仕留める事も出来た筈だ。



「貴方の考える事は予想可能。回答。天獄の門ヴァルハラゲートは天界に属する牢獄。

ワタシは自身の聖女としての権限を使い、誓約に従ってその牢獄に封印されていた魔神の一つを使役する為に開放した」



『誓約』



成る程、条件付きなのか。



「誓約の一つはその魔神を常に視界に入れる事、もう一つは自身の持つ魔力の限定。これを以てワタシは貴方たちを殺す算段だった」



『だが、それは出来ず。頼みの魔神は殺された』



「魔力の限定は魔神の生死に関わらず、三度の黎明が訪れるまで続く。それまでは私は何もする事ができなくなる。故にこれが本当に切り札」



『…そこまでして死にたく無かったのか』



「曲解、ワタシという肉体は既に死んでいる。正式にはこの意識の消滅を免れたかった。自身が世界に認識して貰うまでは」



『どっちでも変わんねえよ』



「理解不能。死とは生命の活動限界の事。“生きる者”に与えられた特権」



『なら、俺はその定義を否定する』



「何故」



その問は俺やヘイゼルにとって重大な事だった。

そして、俺があの時言ってやれなかった言葉の一つだ。



『お前は生きている。少なくとも俺から見たら“生きている”』



孤独の理由を考え、自分が生まれた意味を探し、自分から前に進もうとしている。


どんなに不器用でも、どんなに人としての在り方を持っていなくても



それを死者とも人形とも思わない。


その回答にヘイゼルは目をぱちくりとさせて首を傾げる。



『ヘイゼル。お前という存在こどくを俺は認識している。』



「違う、それは戯言。そもそもワタシは世界に認識されない」



―世界とは、自身が万物の情報を五感で受け止め映す自身の鏡のようなものだ。つまり世界は自分自身と変わらない。私はそう思っている―



俺はニドの言葉を思い出す。


その言葉を借りるなら、ヘイゼルは自分せかいを認識出来ていないんだ。


己を人形と語り、誰かが望む唯一ほんものになろうとしていつも失敗を繰り返す。


解る筈も無い。


厄災ではなく、死んだ筈の誰にでもなれる人形でもなく


誰かの業を宿した運命に苛まれ続けたただひとつの少女を誰もかれも見つける事がないのだから。




『―それこそ、戯言だ。お前はもっと視野を広げた方がいい。きっと運が悪かったんだ。』




俺の代わりにアリシアがその手を差し伸べる。




『ヘイゼル。もっと知るんだ。もっと得るんだ。俺たちと一緒に考えよう。これからはもう、一人じゃない。俺たちがお前の存在を感じ、お前の欲しかった答えを見つけてやる』



ヘイゼルは目の前の小さな一つの手を見下ろす。



「…どうして」



ゆっくりと伸びる手は少しばかり震えている。



彼女は恐れているんだ。この期に及んで、世界に裏切られるのを予感している。



それ以上触れようとしない、縫い目の目立つ土気色の掌。


一体この子は何度、掴んだその手を振りほどかれたのだろうか…

何度、望んだものと違う現実を突きつけられたのか


その躯の中にどれほどの業を無理矢理にでも繋げられてしまったのか。




だからこそ救わなくてはいけない。俺たちが、目の前にいる小さな少女を



パンッと小さく弾ける音が瓦礫まみれ聖堂に響き渡る。



「もう観念しなさい、ヘイゼル」



アリシアは縫い目だらけの手を上から強く掴んでいた。



「もう、あんたは今までのあんたじゃない。今のあんたは既に私たちが見つけた唯の寂しがりの娘」



アリシアの真っ直ぐな視線。


その碧眼に映す、縫い目の多い無表情の少女の顔。


その視線を受けヘイゼルのツヤのない黒紫の瞳が徐々にアリシアを映し出す。


表情を作ることができないヘイゼルはただただ懸命に目を見開きその端から涙を零し始める。


彼女はアリシアの手をそっと掴み返した。


そして、たがに掴み合う腕をジッと見つめ、彼女は望んだ。




「―名前…」



『ん?』



「もう一回、名前を呼んで欲しい」



『…ああ、ヘイゼル』



「もう一回」



「ったく…ヘイゼル」



「もう一回…」



「ヘイゼル」



「もう一度だけ…」



『ヘイゼル』



「もっと、もっと呼んで欲しい…」



『ヘイゼル』



「ヘイゼル」





「…ありがとう。」



その少女は両手で懸命に自分の頬を持ち上げ笑顔を作ってみせた。



「初めまして…ワタシの名前はヘイゼル。今度は貴方たちの名前を教えて欲しい」




その場には既に、何処にも『差異』のヤクシャなんてモノは居なかった。

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