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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
41/199

36:アナグマは賽では無く盤上に矛を向ける

ギルド本部、ギルド長執務室。


本来あるべき窓は跡形もなく、えぐり取られたような風穴が夜空を覗かせていた。



「やれやれ―流石に参ったよ…まさか君までもが出張って来るとはネ…」



その風穴の反対側で、壁に深くめり込んだ絡繰の躰を模した兎。


そこから抜け出そうと前のめりになり、体躯はギシギシと軋む音を鳴らしながらヒビを一つ二つと入れていく。



「これが…君の『選択』なのかい…?“アイオーン”」




ニドが見下ろした先にあったのは、粉々に砕けた黒い箱




壊れたウロボロスケイジだった。

―投げられた賽は既に目を示した




その言葉の理由ワケを間もなく俺たちは知る事となる。



ギルドの本部に近づくに連れ、響き渡る怒号の嵐。

俺もアリシアもその喧騒にただならぬ事態を察し、急ぎその場へ駆けつける。



ギルドの本部入口で目に入る光景は異様だった。


周囲に散りばめられた数々の武器。


頭を抱え何かに怯えながらしゃがみ込む人や俯く人、体の所々に血を滲ませる人もいた。

それらを守るように何人もの冒険者達がその身を盾とし武器を構えている。

その彼らがジリジリと距離を詰める足の先に居たのは



『お前―』



黒装束のようなドレスを身に纏い漆黒のヴェールを被る小さな少女。ヘイゼル。



「意外、予想外。急展開。」



囲まれている状況を気にも留めず首をグリンと此方に向け、

その油絵で何度も何度も塗りたくったような艶の無い黒紫の瞳を俺たちに向ける。



『それはこっちのセリフだ。一体全体どうなってやがる?』



ヘイゼルは前回の邂逅の際、ウロボロスケイジに封印する事で一先ず決着をつけた

その黒い箱は今後の事も踏まえ大事が無いようニドが管理していたはずだ。


なのに、その聖女の死体人形は目の前にいる。


ニドに…何かあったのか…?



少し前に遭遇した髑髏騎士…アレが関わっている可能性は大いにある。



「何…あれ、パパの知ってる奴なの?」



アリシアが顔をしかめて周囲の冒険者に合わせるように魔剣おれを構える。

そう、彼女は知らないのだ。その場に居合わせては居るものの、彼女の中身はそれどころでは無かった。



『ああ、ちょいと前にな…取り敢えず攻撃は一旦抑えてくれ』



俺の予想が合っているなら――



しかし、見極める間も無く冒険者の一人が雄叫びをあげながら武器を大きく振ってヘイゼルに迫る。



それに反応するように、ヘイゼルはその男を一瞥すると降りかかる剣をするりと躱し

相手の懐に潜り込みながら手を伸ばしその喉笛を掴んだ。



バカ野郎…!無闇に突っ込むから



「あっ…が…!!」



ギリギリと人並み外れた握力に締め付けられる男は堪えきれず膝をつく。


すると、ヘイゼルの姿が急に老婆へと変貌する。



「あらあら、どうしたのニック?そんなに苦しそうにして。また悪さでもしたのかい?」



「お゛…お゛ばぁ゛ぢゃ…???」



ヘイゼルの『差異』の理としての能力。

触れたもの深層意識を読み取り、思い入れの一番強い存在へと姿を変える能力ちから


周囲で怯えた様子の冒険者達は皆、これにやられて狼狽しているのだろう。



ニックと呼ばれる男は次第に泡を吹き始め、白目を向き始める



…もう見ていられない。俺は意を決してアリシアやアルメンに指示を出そうとした刹那



「―あら?」



老婆の抜けた声と共に首を絞めていた手がポロリと落ちる。



「ったく、今日はとんでもない日だな」



片手に持つダガーを瞬時に鞘に収めると、すぐさま男を抱き抱え距離をとるガーネット。

大きく息を吸いながら咳き込むニックをそっと寝かせ、彼女は直ぐにでもダガーを抜刀できるような構えに入る



「…んで、これはどういう事よジロ。何故こいつが此処に居る?」



それは俺が知りたい所だ。



老婆ヘイゼルはゆっくりとしゃがみ込むと、落ちたその腕を拾い「リジェネレイト」と唱え、何事も無かったかのようにくっつけて見せた。


そして、ガラスが割れるような音を響かせながらその姿を元の少女の姿へと戻した。



そして、ジッと何かを待つように動かず待機していた。



『ガーネット。そいつにはこれ以上手を出すな』



「どういう事よ」



『ヘイゼルが前に言ってたろ。そいつは多分、自身に来る攻撃にだけ反撃しているだけだ…今のところは』



ガーネットはあ~、と思い出したように呟くと



「おい!あんたらも一旦下がってくれ!こいつは私とその子で何とかする」



ガーネットはすぐさま周囲で武器を構える冒険者たちに一歩退がるように促した。


先ほどのニックが受けた応酬に戦慄を覚えたのか。皆が皆、言われるがままに二歩三歩と距離を置いてく。




ヘイゼルはそれを見渡し一度瞬きをして首を傾げると、もう一度俺とアリシアに目を向けた。



「ワタシは嬉しい。あなたと再開できた」



『…そうかよ』



「でも、ワタシは悲しい。目的であるその少女は当時の状態を失っている。それはもう、『存在』している魂」



“それ”と指さした先にはアリシアがいた。


ヘイゼルの望んでいるもの。それは『本物』になる事で世界へと認識してもらう事。

その為なら、人の命など省みる事はない。

当然、人形に良心の呵責などを求めること事態無意味であろう。



故に人は彼女を災厄の象徴、ヤクシャと名づけている。




…出てこれた理由は解らないが、目的を失った彼女がどう出るかはこちらも計り知れない。




「なに…パパは私が居ない間にどっかで新しい娘でも用意していたの?こんな子初めて見るわね」




話の腰を折るようにアリシアが「揃って随分なご挨拶ね」と皮肉る。

しかた無いだろうよ、君は眠ってて中で凄い事になってたんだから。



『…いや、そういうんじゃないから』



というかこっちは真剣なんだよ…?



「どうだか?私が目覚めなかった時の為に代用としてこんな“人形みたいなかわいい子”を見つけたんじゃないの?」



ぶっぶと口を尖らせるアリシア。



まてまてまて…そもそもこいつはヤクシャで、死体人形で…



―え?可愛い…?何言ってんのこの子




「―感激」




ヘイゼルはアリシアの言葉にいの一番に反応してよたよたと近づき始める。


あ、これなんかデジャ…



「え、ちょ…」



急な展開に戸惑いを隠せないアリシアは相応の距離を保つように二歩三歩と後ずさる。




「ワタシを“人形ニセモノ”では無く、“人形みたいなかわいい子”と言ってくれた。興味深い」




「な…、な…なんのこの子はあぁああああああああああああああああ????」




そうなりますよねー…



ほら、周りもなんかより一層戸惑っているよ



ヘイゼルは首を傾げながらまじまじとこっちを見つめている。



本当に死体人形の考えている事はワカ―







“ならワタシは一体、誰?”







―違う。俺は知っている




この子が、ヘイゼルが本当に欲しいものを



彼女が世界に認識される為に必要な事を



俺は彼女の記憶が流れ込んだ時に知ったのだ。



否定され続ける孤独を



世界に裏切られる様を



だから、ヤクシャとしてでは無く、一人の孤独な『存在』として彼女の救いを見出そうとしていた







―おいおい、俺は今何を考えている?相手はヤクシャだぞ



それで良いのか…?ヤクシャが許される理由なんて何一つ存在しない。



存在してはならない



それは幾つもの命を屠って来た連続殺人鬼を許す事と同じ事。



だが、それでも…



俺は―



「パパ…今、何を考えている?」



…アリシアの静かに呟く質問に俺は直ぐに応える事が出来なかった。


喉まで出かかっていて、この後に起きる事全てに対して恐れているのが本音だ。



クソ、何も知らなければどれだけ良かっただろうか


こいつの背景を知らずして対峙していれば、一つの災害として真っ当な対処をする事が出来たはずなんだ。


しかし、出会ってしまった…そして、知ってしまった。



「あの子は、ヤクシャなんだよね。悪い存在なんだよね?パパ」



『…そうだ』



アリシアはギュッと構えた魔剣の柄を絞る。



「ねぇパパ、“正しい”ってなんだろうね」



『…アリシア?』



「パパはきっと悩んでいる。“正しくない”と知りながら、それをしたいんだ。」



俺を咎めるような物言いに返す言葉が見当たらない。




「でもね、きっとそんなパパだから…良い事も悪い事も全部向き合うことが出来るパパだから今の私が此処に居る」



『……っ』



声色が踵を返したように優しく囁くアリシア。彼女の口角が緩やかに上を向いているのがわかる。



「しょうがないパパだね」



『アリシア、きっと俺らは怒られるかもしれないぞ?色んなところから』



「欲張りな事を怒られない人間が何処にいるってのよ」



…そうさ、そんな事は問題では無いのだ



識る者には知っただけの責任というものがある

それは傲慢なのかもしれない。



ただ、これは他の人の考えじゃない。



俺の、俺ただひとりが見出したものだ。


そして、側には俺を後押ししてくれる娘が居る。



『ヘイゼル』



アリシアは、魔剣を大きく振り彼女に向ける。




『俺は、お前を―『差異』のヤクシャであるお前を倒す』





…そう、彼女を救うにはこれしか無いのだ。





―これから巡り来るであろう“選択”。努努違えぬ事を我は願う―



髑髏騎士が最後に残した言葉を思い出す。



…上等だ。選んでやるよ



そこら辺の奴らが考えるものより、とびっきりぶっ飛んだ選択を!!

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