33:その奇跡の加護あらん事を
「やぁ、ジロ。アリシア。そして、リンド。」
依頼を求めて冒険者たちが賑わうギルド本部
俺たちが入るや周囲は一瞬静まりかえり、こちらを一瞥するが
すぐさまいつもどおりの雰囲気を取り戻す。
それもそうだ。今までこの街で起きた騒動全ての原因が俺たちにある。
多少なりとも奇異の目を向けられるのは仕方の無い事。
むしろ、ここから異世界転生ものの話ではよくあるだろう、変な奴の変なちょっかいが無いだけ良い。
争いを好まないニドの方針が確りと浸透している様が伺える。
奥の受付前から受付嬢と共にトコトコと近づく絡繰り仕掛けの二足歩行ウサギ。
相変わらず面白いギミックしてるなぁ。
「先日の件、シアからは君の状態を大雑把には聞いている。そして、その詳細を口にする事が憚られる事情もね」
ニドは教会からの一報を伝える際に、シアから俺やアリシアに関する事情を支障が出ない程度に伺ったようだ。
叛逆者。運命を神に具現化させ、その主導権を握るもの。
女神は言っていた。あろうことか人がそれを操っているのだと。
だが、そいつの居場所は未だ不確定。
アリシアがその核を抱えている理由も分からずじまい。
―今は考えても無駄か、どのみ問題は幾つも山積みだ。
少しずつ辿って見極めるしかない。
『まぁ、そんなこんなで漸く本来の目的であるギルド登録にまで落ち着いたって所だな』
ニドはうむと頷くと受付嬢の一人に目配りをし、羊皮紙で出来た一つの巻物を用意させる。
ニドはそれを受け取り開き、中を覗くとびっしりと文字が規則正しく左詰めに書かれており、その右部分は意図的に空欄となっていた。
「ようやくこの時が来たのだ、下手に勿体付けるのも良くない。やるべき事を済ませてからにしよう」
ニドはそのスクロールをアリシアに渡す。
「で、コレをどうすればいいの?」
アリシアはペラペラとその広げた羊皮紙を遊ばせる。
「それを両手で持って、ジッと眺めてごらん」
ニドに言われるがまま両手で持ち直し、座った目でジッと眺め始める。
―お?
微かな違和感を感じた。
自身の中で魔力が読み取られる感覚だ。それに連なるように用紙の右の空欄がジリジリと焼かれるように文字が刻まれる。
しかし、文字は相変わらず読めない。
「…」
ニドはそれを眺め、考えるように黙する。
『なぁ、ニド。これはなんて書かれているんだ?』
「…そうだね。これはギルドを登録する際に属性毎の魔力数値やユニークスキル、種族や系統等が刻まれるスクロールなんだ。
それを基準にギルドでのランクが定められてね。それによって受注できる依頼が限られるようになる」
なるほど、いわば格付けみたいなものか。
ここを見てごらん、とニドが指差す所は文字がビッシリと詰目込まれている中で一部だけ空欄となっている部分があった。
「この空欄の部分はね、本来黒…闇属性の魔力の数値の値を示すものなんだ。これはジロ、君が言った通り女神が封印した結果なのだろう。
それ以外は本来ギルド登録の際には有り得ないほどの数値を表している。」
「本当に異常な数値ですね。ユニークスキルも本来人が持ち得ないものばかり…それに」
『驚いているとこ悪いんだが、自分やアリシアの事なのに全然読めない。出来れば教えて欲しい。アリシア読んでくれない?』
「え?嫌よ、面倒くさい」
―…という訳でリンドが俺の代わりに読んでくれる事になった。ニドが少し笑いを堪えてるように震えているのは気のせいだ。多分
アリシア・ハーシェル
汝、その魂に刻まれた力を示す
クラス:ベルセルク
階位:ワンダラー
深層域99/限定
光 高位9999
闇 鬮倅ス搾シ呻シ呻シ呻シ
火 高位9999
水 高位9999
氷 高位9999
雷 高位9999
風 高位9999
土 高位9999
魔剣を従いし者…魔剣の使用を長期継続可能
回帰の超再生…肉体に受けた現象の否定
叡智…理解を以て、臨み力を成す
与えし者…莉」蜆溘r莉・縺ヲ蟾ア縺悟・?キ。繧剃サ冶??↓荳弱∴繧
運命殺し…繝?け繝ゥ繝ャ繧キ蝗?譫懊Υ蝟ー繝ゥ繝墓э繧キ豁ッ霆翫ヮ螢ア
複合乖離…鬲ゅ?莠碁㍾蟄伜惠繝主?髮「繝イ繧ォ閭ス縺ィ繧ケ繧
雜?カ雁卸騾?窶ヲ荳?黄縺ョ螟ゥ闢九Υ蜑オ騾?繧キ陦御スソ繧ケ繝ォ
アリシアのファミリーネームはハーシェルって言うんだな。ここで漸く知ることになるとはな
―とまぁ、異常なまでの数値から、ユニークスキルに関しては一部謎だらけな説明に重ねどうやら説明が下に行くにつれて解読が不可能になっていく不思議使用らしい。
『リンド、数値99の次にある『限定』ってのはなんだ?』
「階位というのはギルドで登録された身分を表すもので『限定』は一定以上の力を持つ者でも、
先ず一定の依頼をこなして昇級する手順を必要とする為の天井です」
「階位はこのニド・イスラーンでは確かな身分証明として価値がある。
それ欲しさだけにギルド登録されてもこちらで用意した仕事をして貰わねばこちらが損をするだけだからね」
なる程、よく出来ている。ライセンスを取得し、それ以上の階級が欲しければ仕事はしっかりとこなしてもらう為の条件枷という訳だ。
説明を聞くに1~99の数字ランクとは別にあるものが階位だそうだ。
1:対魔・ワンダラー…ごく一般的な階位。主に雑用、小さな魔物などの討伐を受ける事ができる最下の階位。
2:対鬼魔・エンフォーサー…主に特異存在を討伐すると得られる階位。
3:対王魔・ローレライ…主に魔物を統べる者の討伐によって得られる階位。
4:対竜魔・ゲオルーク…主に災害指定を受けたドラゴンの討伐によって得られる階位。
5:対聖魔・オウギュスト…主に聖法を持ちながらも堕天した者、聖法を取り込んだ魔物の討伐によって得られる階位。
6:対災魔・アイギス…一般的な例として、ヤクシャ及び災害指定を受けた存在。その撃退及び討伐によって得られる階位。
7:対界魔・インヴェイド…主に魔界と言われる場所で猛威を振るう存在と対峙し、生き残った存在に得られる階位。(当時の魔王だったニドが該当するらしい)
8:対神魔・ヴァシリカ…不明瞭な高域存在、神に等しい力を以て猛威を振るう存在と対峙し、生き残った存在に得られる階位。
9:対天蓋・ゼノクライスト…未だ到達した者が居ない。世界の終焉を防いだ者という御伽話レベルの存在に与えられる階位。
「まぁ、ジロとアリシアは既に規格外の力量の持ち主で既にヤクシャを幾度か撃退した階位、アイギスに等しい実力なのですが…」
リンドはチラとニドの方を見る。
「すまないね。これは必要な規則なんだ…これを、私自身が私的な感情で例外を作っては他の冒険者への示しが付かない。」
『まぁ、納得するしかないわな…』
「それにね、これはこれで冒険者の精神を成熟させる為に必要な手順にもなるんだ。いくら強くても、予想外の展開に対処するうえで必要なのは経験」
『とは言うがな、ニドよ。実際俺たちは極界に急ぎ向かわないといかん。どうにか成らんのか?』
「君たちの場合はリンドの言う通り能力が規格外だ。暫くは退屈になってしまうかもしれないだろう。私の方で君達にはすぐ上に登れるような依頼を斡旋するさ。
だから焦る気持ちを今は胸に仕舞って、先ずこの世界の一通り見るべきだと私は思うがね」
ニドの言っている事は確かに正しい。
何も知らない状態で極界に向かったとして、この先どんな生涯が待ち受けても無事に済ませる自身がない。
魔剣の使い方すらもままならない状態で急くのは流石に自殺行為に等しいだろう。
若しくは、これも神による意図なのかもしれない。
『今は甘んじてこの状況を受け入れるしか無い…か』
「もういいかな?私、もう疲れて寝ちゃいそう。眠り姫のように横たわった幼気な娘をパパが運んでくれてもいいよ」
『魔女よろしく箒にでも乗ったつもりでその真似事でもしてみるか?』
「それは名案。じゃあさっさと横になってもらおうかしら」
ベシン
容赦なく地面に薙ぎ倒すアリシア。
『いや、嘘です。すいません。ホント勘弁して』
魂が一つになってから随分乱暴で辛辣になったものだ。
だが、それを憂う気持ちにはなれない。
こうして話せるだけで、居てくれるだけで俺は…
――俺は…?
ふと、自分の中から彗星のようにこぼれ落ちた一瞬の感情に違和感を感じた…“俺が、泣いている?”
「はっはっは。アリシアはあれから随分元気になってよかった。よかったよ…本当に」
俺の思考を遮るように大きく笑うニド。
その一言にはアリシアへの優しさを感じさせてくれる声色があった。
こいつだって、ウロボロスの一件依頼アリシアの面倒を見てくれていたんだ。
例え、それが見返りの為の観察だろうと、心ある者の喜びであると信じたい。
ニドは倒れた魔剣を優しく手に取り地に刺す。ありがとうございます。
「…アリシア。良く聞くんだよ。君はこの世界で唯一“闇の滞在”を記憶している存在だ。魂に刻まれし闇が齎した情報、
魔物の多くは主にこれを基盤に存在している。そしてこれから君が行う事全てにその事実がついて離れない。この私の言葉を時折思い出してくれ給え」
『すまん、何を言ってるのかわからん』
「ごめん、何を言ってるのかわからない」
声を揃えて返した事が面白かったのかニドは、はっはと笑いながらアリシアにタグを投げ渡す。
アリシアの手の中に収められたのは靴と翼の形を模したペンダント。
「これで登録は終わりだ。」
裏返すとそこには小さく文字が刻まれていた。
「“アリシア・ハーシェル”&“ジロ・トゥハタ”」
そして
「“ウィズダム・ドール・チャリオット”」
口ずさむアリシアは小さく微笑むと、ニドに目を向ける事なく踵を返す。
「―ありがとう、ニド」
溢れ出た感謝の意。
きっとその一言に含まれる深きを知るものは受け取った本人だけなのだろう。
そんな胸中を差し置いてニドは大きく両手を開げる。
「改めて、ようこそギルドへ。そしてようこそジロ。“神の再世界へ”」
晴れて俺たちは冒険者としての一歩を踏み出す事となる。
ただ、一先ず今日はもうお開きだ。
『アリシア、そろそろ夕刻だ。晩ご飯を食べに行こうか』
「ふぁっく。もうそんな時間なんだ…うん、行こう。パパ―」
「丁度いいですね。道すがら、色々な道具も買っておきましょうか」
『流石にもう今日はいいだろ。真っ直ぐいこうぜ』
「リンドは相変わらず口まわりに『余計』っていうホクロを付けてるのね」
「―!?」
リンドが戸惑って口のあたりを弄り始めた。
俺たちは慌てふためいて赤面する竜人を置いていくようにギルドを後にし、再び中央への一本道へ進み始める。
―少し前の事である。
「あんたは良いの?ココまで出張って来ておいて、挨拶とかはしてこないの?」
アリシアたちを遠巻きに眺めるヴィクトルは空虚に対して小さく呟いた
そして、返される事の無いはずのその質問に対して何処からともなく返事が訪れる。
「賽は既に投げた。我の“選択”は間違ってはいない―」
その背筋を凍らすような重々しい声だけがヴィクトルの周囲を彷徨い、それ以上の言葉は無かった。
―2章『霊樹終末戦線』へ続く。