31:運命を断つ剣の名は
強大な機械躯から繰り出される攻撃。
次第に、それを防ぐ光りの殻は徐々にヒビを刻み始める。
メガロマニアの膂力が徐々にシアの防御魔術を上回っている事実を示していた。
「ッ…そろそろ…効力が…」
シアを支える脚がカクついている。
彼女自身が持つ魔力もいよいよ限界に近づいているのだ。
時間が無い。
急く必要もあり、慈郎に曖昧な言葉でしか伝えられなかった。
その事を懸念に持ちながら、彼女は祈るしか無かった。
「神よ…大いなる女神アズィーよ…」
…その祈りが届いたのか
それは唐突に上から現れた。
シアは目の前の巨躯とは違う気配を上から感じ、見上げる。
それは小さな黒い玉。
彼女はそれが小さな闇属性の魔力の塊だとすぐに理解した。
そして、それは未だ意識をアリシアの中へと入り込んで黙する魔剣へと近づいてゆく。
そして、魔剣の中へそれが入り込み。
瞬間的に彼女は認識した。
「この感覚は…アズィー様…違う!まさか、同じ神格の『存在』が…!!!」
シアはその魔剣から放たれる気迫に圧倒される。
「ジロ様!!!!」
魔剣に意識を向ける最中、その言葉は傍らの少女から発せられた。
「ふぁっく」
優しい温度に包み込まれる中で、俺は…彼のモノの声が聞こえた。
――条件 ニ 対スル 『鍵』 ヲ 与エタ
――暫シノ間 オ前 ハ コノ 世界 デ 神トナル
――世界 ノ 変革 ヲ 齎ス 因子 討チ滅ボセ
壊れたラジオから聞こえるような無機質な声
『お前は…』
その声に手を伸ばそうとするが届かない。
そして、ゆっくりと視界が開かれてゆく。
「おはようパパ」
…ああ、なんだか久しぶりに聞いた声な気がする。
目の前にいるのは優しい笑顔を見せつける金髪碧眼の人形のような少女。
『おはよう、俺の可愛い娘』
「早速だけど」
『ああ』
アリシアは魔剣を手に取る
そして、壁の向こう側で未だ攻撃を繰り返す機械躯と対峙する。
「ジロ様!!!アリシア様!!!!」
安堵混じりのシアの叫ぶ声。見ると脚が震えている。
今まで俺たちを守ってくれたのか。
『シア、待たせて悪かった』
「あとは“私達”にまかせて」
心が軽い。今の俺…俺達ならなんでも出来そうな気がした。
魔力が溢れる感覚。
レオニードと闘り合った時とはまるで違う。
「アリシア様の中にあった核は既に目の前の運命に繋がる意味を無くしました!
後はメガロマニア本体の破壊、躯の中の支柱となる歯車を破壊すれば全て終わります!!」
シアの言葉を胸に留め、俺は自分の中にある“何か”に耳を傾ける。
―魂 ニ 刻マレタ 記憶 ヲ 辿レ
―ソシテ 自分ニ出来ル事 ヲ 想像シロ
―ソシテ コノ世界デノ行使ハ可能 デアルト 信ジロ
―ソシテ 断チ切ルノダ 押シ寄セル 檻 ヲ
あいつが教えてくれる。
『神域魔術』
俺の魂に直接語り掛けてくる
溢れ出る魔力の使い方を。
「ジロ様!アリシア様ッ!ッあとは!任せ、ました!!!」
シアはいよいよ膝を地につけ跪く。
それと同時に、魔力の壁は失われ
強大な機械躯との、直接の対面となる。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
メガロマニアは大きく咆哮すると、背中の部位から幾つもの射出口を吐き出し、現代兵器よろしくなミサイルを数発発射した。
後ろから飛んだそれはホーミング性能を持ち、当然の如くアリシアと俺に襲いかかってきた。
『アリシア!』
「上等!!!全部で8発!!」
一発目の弾頭に対し魔剣を使う事なく蹴りを入れ、それは踵を返すように振り返ると
勢いに任せて次々とくるミサイルと衝突し爆散させた。
それでも、破壊させたのは初手のを含め4発
残り4発が後を追うように容赦なく突っ込んでくる。
アリシアはそれを先ず縦に上段切りで両断。
次を斬り上げで両断。
魔剣が上に持ち上がった状態で袈裟斬り、両断。
「ふぁっく!」
最後は躰を捻らせ、回転斬りにて両断。
「すごい…魔力無しでこの反応速度。」
シアは感嘆の声を漏らして見入っている。
メガロマニアは、剣を振り切った隙を狙い、その重々しい腕を叩き付けるように俺らに振り下ろした。
それを俺が見逃すわけがない。
『重奏付与エンチャント・ファストエア!!』
その腕が俺らを潰す前に疾風の疾さで避ける。
機械躯の横に大きく回り込むように駆ける。
仕留め損ねた事に気づいた敵は、こちらに首を向け、上体も追っかけるように捻らして向けてくる。
遠巻きに俺は奴の胸部に目を凝らす。
その中心で露骨に主張が激しい一つの歯車がグルグルと回転しているのが解る。
そこが、急所か。
メガロマニアの大きな口が開かれる。その口内を覗くと見覚えのある形の砲塔が伺える。
戦争屋の使っていた飛空艇のそれを口サイズに合わせたものだ。
そこから、3発、魔力で誂えた礫が俺ら目掛けて吐き出された。
「パパ、飛ぶよ。」
『“風の精霊よ、俺に跪け”』
アリシアが一つ目の礫を躱しながら、大きく跳躍する。そして、空の足元で見えない何かを踏むようにもう一度飛んだ。
『エンチャント・オメガ・ミラーコート!!!』
連続で襲いかかる二発目の礫を空中で超最大出力の魔力反射を付与させた魔剣をフルスイングし、弾く。
再び、空の足場を蹴り跳躍。、そのまま勢いに乗せて接近する目前。3発目の礫をスレスレで躱し、アリシアの背中を紙一重で掠り素通りする。
そして、敵が手を伸ばせば届く間合い。
奴は近づけまいと両肩からバルカンの砲身を吐き出し、砲塔を回転させながら弾が拘束連射で襲いかかる。
『――“蛇眼相”!』
唱えた瞬間、全ての動きが急速なまでにスローモーションになる。
飛んでくる弾は勢いを躊躇うように
まるで“これから訪れる瞬間が恐れを成した”ように。
俺は間髪入れずに続けて詠唱する
『風の精霊!エンチャントファストエア!!!廻せ廻せ!!とことん廻せえええええええええええええええ!!!!』
最中でアリシアの躰だけが急速に動きを早めて行く。
そして、目の前の雨のような弾を魔剣で切り払う。
何度も、何度も。何度も払い除けた。
そうしながら徐々に距離を詰める中。
俺は払いきれなかった砲身付近の弾の数を確認する。
20…いや、26発か。
その数を認識するだけでいい。
『コール・アンド・レスポンス:複製反射!』
目の前で認識した弾の数だけ、鏡写しのように反対側から同じ弾が魔力によって複製される。
『エンチャント・ハイ・プロテクション』
合わせるように俺は自身の周囲に魔力の外殻を纏う。
間もなく邪眼相の効果が切れる。
スローモーションになっていた目前の弾らは正気を取り戻したように急速に動きだし、複製された弾らと衝突する。
その反動で無造作に周囲を飛び交い。チュン、チュンという音を雨音のように響かせ跳弾を繰り返す。
そして、その行き着く先に幾つかがメガロマニアの両肩を襲い
バルカンごと爆破する。
外殻に守られている俺らは襲いかかる跳弾を弾き返しながら、そのまま落下の勢いに任せてより一層敵の懐に潜り込む。
その手を伸ばせばすぐの距離
「ふぁっく、お疲れ様、もう一生寝てな。」
アリシアがこれから壊される者に対し皮肉混じりで労い
間もなく魔剣が支柱の歯車に突き刺さる
だが、これで終わりではない。
『まだだ!』
刀身が歯車を突き刺そうとした瞬間。
刺す直前で刀身が弾かれる。
俺には解る。さっきの俺と同じ、あの歯車にはミラーコートが掛かっている。
「往生際の悪いロボカスだ!」
『アリシア!』
「わかってる!“私にも聞こえてる”」
アリシアは目の前の歯車を蹴りながら上に跳躍する。
メガロマニアの頭上。
アリシアは大きく魔剣を振りかぶった。
『これは、俺の攻撃だ。』
その刀身が七色の光を纏い、大きな刃を象る。
七曜の力。それが俺に対して望む形を待っている。
それはどんな姿でも成す事ができる。
神はこれを“望んで”いたのだろう。
俺の中にある憤り。
運命を憎み、忘却を望む力。
それら全てを破壊する為の刃、魔を纏いし剣。
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
象った光の刃は、緋い稲妻を纏い、全てを飲み込む程の黒色へと変化する。
メガロマニアが空を仰いだ先、振り下ろされた剣の名は。
『絶対意思の魔刄』
無慈悲に降り注ぐ刃はメガロマニアの頭上から中央の歯車、そして下に掛けて大きな火花を散らしながら屠っていく。
一刀両断。
無残に敵の惨状はその一言で収められるモノだった。
機械の躰は、ガコガコと壊れた機械のように小さな挙動を繰り返し。
次第にそれはギギギギと、悲鳴に似た音を放ち
ボロボロと躰を象る部品を零していく。
それらは地に落ちる前に霧散し、その存在を崩していった。
それと同時に、俺とアリシア、シアの居るこの世界が大きく揺れ始める。
そして、この世界がゆっくりと終わりを迎えるのを感じた。
『やったのか?』
「そのようね。」
「ええ、ジロ様。アリシア様。ご無事で何よりです。間もなく、結界は解除され
私たちは元の世界へと帰ることとなるでしょう。先ほどの場所へ戻ります。…この度は、本当に有難うございました。」
シアは深々と頭を下げる。
『…今回ばかりは俺らじゃなく、あいつに…アズィーに感謝をしてくれ。』
「…?やはり、あれは女神様から賜った魔力なのですか?」
『いや、そっちじゃねぇ。』
きっと、それは…ムコウ側の奴がやった事だ。
…なんだかなぁ。まだ俺自身は素直に感謝はできねえよ。
「パパ。私、お腹が空いた。」
どこかぎこちない声。それでも、つい最近なのに懐かしく感じる一言。
『ああ、そうだな。帰って、ご飯にするか。何が食べたい?』
「…パンケーキ」
此方に目を合わせずに口を尖らせて言うアリシア。
可愛い。こういうところは、どんなアリシアになっても可愛いアリシアのままだ。
『…随分、遠回りしたが。これで、やっと一歩全身ってところだな。』
「…ふぁっく」
ずっと気になってたけど。その言葉どこで覚えたの?あんま、濫りに使っちゃダメだぞ?
俺はため息をつく。そして、視界がぐらりと揺らぎ始め
大きな光に視界が包まれた。
「おお、すっげぇ」
「なぁ?そうだべ。こんなん滅多に見れないよな。」
「どうなってんの?これ。」
街の人々は空を見上げる。
その先にある大きな雲の中央が綺麗に空洞の輪を作っていた。
まるで、何かがそこから散って離れて行くように。
その不思議な光景はどこか神秘的で。
その場に居る人々を魅了させていた。
ただそれだけのことだった。




