29:其は神意の彼岸に造られし叛逆の意図
色々と話を纏める必要があった。
「で、行く宛が無くあたしン所に来たって訳か?」
俺らは、宿を失った為。ニドが新しい部屋を用意するまでは暫く
メイの鍛冶屋の裏手に集まって居た。
そこは俺が前回、神域魔術の強引な行使によって、オーバーロードして刀身が溶けかけた際
手直ししてもらった場所だった。
「いや、せまっこいなぁ」
ニドを除いた騒動の当事者数人が一つの部屋に密集している。
ガーネットが壁に寄りかかり
アリシアはかつて俺が手直しされたまま置かれていた土台で眠り、俺はその隣で置かれ。
傍らでリンドとシアが座っていた。
「え?あたしの席は?ねぇ。一応ここのオーナーだよ?ねぇ」
メイはご覧のとおりそわそわしながらウロウロしていた。
「悪いねぇ、メイさん。この場を借りちゃってさ。ところでお茶とかでないの?」
「帝国軍人は一杯で金貨1枚だよ」
「たけぇ」
文句をいいつつもメイに金貨を二枚差し出しコーヒーを用意させるガーネット。
コーヒーで金貨二枚とかがめついな。帝国軍に恨みでもあんのか??
ガーネットはガーネットでそれを平気でだすんじゃねえ。
度重なる騒動はあったものの、本来の目的は極界へ向かい巫女に会うこと。
そしてその為には相当な金が掛かる。
超がつくほど必要なのだ。
それなのに、そんなやり取りを目の前でやらされると少し恨めしい気持ちになる。
「んで、本題に入ろうか。まずこのちっさい箱に入っているヤクシャの処遇だが」
『どうするつもりだ?』
「暫くはギルドのニドの懐で預からせる事にした。詰まるところ、まだ確りとした処遇がはっきりと決まってないのよ。今回ばかりは前例が本当に無くてね。解除される100年の間でソレをどう扱うのか、暫くは見送る感じだ。」
『ウロボロスケイジねぇ。これって、リンドやガーネットも一度やられたのか?』
俺たちが戦争屋に遭遇して色々と騒がしくしている最中だ
俺とのやり取りにこの二人が加勢してくるのを予め警戒していたのだろう。
どおりであんな非常事態でも姿を現さないわけだ。
ガーネットはその時を思い出したのかため息をついて片手で頭を抱えた。
「本っっっ当にねぇ。もう二度と御免だよ。あの場所は。」
「…そうですね。ニドが一緒に居なければ、今でもあの中を彷徨っていました。」
『そりゃあ、不幸中の幸いって奴だな。その、ウロボロス・ケイジってのは…やっぱニドが話していたアリシアの一件のそれと同じものなのか?』
「下位互換として見てもらうといいでしょうね。ウロボロスの素材は闇属性の概念の一つ、空間を司る魔力の根源としても知られています。それを素体に作られたあの箱の中では闇の魔力によって位置というものを概念を打ち消して、ただただ無尽蔵に広がる空間が作られているのです。」
『ニドは、それは既に対策済みだって言ってたが、よくもまぁでられたもんだ。』
「そうさねぇ。私はもうこの世の終わりみたいな気分で気落ちしていたけどね。」
ガーネットが「へへ」と鼻を掻く。大丈夫かなぁ…この用心棒。
「ニドの見解では、ウロボロスと違って魔力に限界があると言っておりました。進むたび、魔力によって空間が生成される直前を狙って壁を把握。ソコを力ずくでこじ開ける事にしたのです。」
『随分力技にたよったな』
「え、ええ。そうですねぇ。まぁ、そうでもしないと出られないですし」
『…まぁ、お前らにも色々あったんだな。リンド…改めて済まない。俺も気が滅入っていたとはいえ、事情も知らずに責め立てるような事を言ってしまった』
「いえ…私も、力になれなかった事は事実ですし。あの時の判断を非常に悔いております」
お互いにこれ以上掛ける言葉を見失い、一瞬の沈黙が過る。
「なあジロ、私から早々に聞きたい事があるんだ」
それを終わらせるように、ガーネットがやけに低めの声色で俺に質問する
『なんだ?ガーネット、改まって』
「確認だが、ヤクシャ…ヘイゼルの能力は知ってるな?」
『触れたやつの強い思い入れのある人間に姿を変える、やつか?』
ガーネットならアルマ
俺なら妻である奈津
ヘイゼルは触れた者に対して強い思いを抱える人物に意図せずしてその身を擬態していた。
声色も、仕草も…
「そうだ」
『それがなんだってんだ』
「話が逸れるが、以前お前は『ナナイ』に会ったんだよな?」
『…そうだな、だがそれと奈津の話がどう関係する』
「何も思わなかったのか?あいつの顔を見て」
そう来たか。
あいつに面識があってかつ察しが良ければ気付くはずだろうよ。
俺だって、レオニードの顔を見た時は思考を巡らした。
しかし答えを見いだせる程簡単なものじゃない、そして俺には知識が無さ過ぎる。
リンドからも話を聞こうとしたがアリシアの機嫌を損ねる手前、それは暫く胸に仕舞って置くことにしておいた。
けれど、今は状況が違う。
「お前が、ヘイゼルに触れた瞬間に出たあの女性。ナツと呼んでいたよな」
『…そうだ、奈津は…彼女は、俺の生前妻だった人だ。だが、暫くして娘と俺を置いていっちまった。病だったんだよ』
「そうか、悪いことを聞いたな。そして、お前にも『本当の娘』ってのが居たんだな。」
『…』
「ジロ…お前の奥さんがさ、あまりにも似ている。似ているんだよ、アイツに」
『…俺だって気づいていた。けれど、ここは異世界だ。あまり難しく考えないようにした。』
「そうか…だが、余りにも出来過ぎやしないか?偶然が重なり過ぎている。お前さんの周囲で色々なモノがどんどん絡んで来ている。」
『…』
こいつが何を言おうとしているのかは少しばかりは察した。
本人からすれば、それは同じ家族の欠けた者としての不器用ながら見せたい救いの可能性なのだろう。
でも…それは、今の俺には…
「ナナイはな、孤児だったんだ。…いや、『そういう事』になっていた。」
『そういう事…に、された…?』
「私も人から伝わった情報だ、全部鵜呑みにしちゃあいけないが。あいつは幼少の頃、帝国領のとあるはずれに位置する場所。
そこのカルト教団が執り行っていた召喚儀式の場所で発見された。“片腕を失った状態”でな。」
ドクン
俺は自分の中で強い何かが脈打つ。
俺は恐れている。
彼女から出てくる幾つもの情報が
少しづつ自分の中で欠けていたピースがゆっくりと埋まって行くのを―
その先にある真実を。
奈々美の腕を抱きしめる自分の記憶が何度もフラッシュバックしていく。
ナナイの義手…
思考がぐるぐると回る。
「これも聞いた話だがな、アイツは血まみれの死体の中で一人立ち尽くしてこう言っていたそうだ。かえ―」
『やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
俺は、自分の中にある衝動を吐き出すように大きな声で叫んだ。
…魔力のせいか定かではない、意図せずして吐き出された気迫は当てられた周囲全てをビリビリと震わせた。
『すまない…ガーネット。それ以上は言わないでくれ…。頼む。そうじゃないと、俺は…きっと』
今ここにある全てを捨ててでも真実に辿り着こうと動いてしまう。
自制が効かなくなる。
「…悪いな。話はこれだけだ。私は一端失礼するよ。軍に定期報告があるんで。」
『………』
ガーネットは俺を一瞥すると、その場を立ち去ろうとする。。
「おう、帝国軍人さんよ。折角淹れたコーヒーだ。飲むだけ飲んでから行きな。」
「…ごっそさん」
彼女と入れ替わるように入ってきたメイのその手に持つコーヒーを一気に飲み干し今度こそその場を去った。
ガーネットは悪くない。きっと、彼女なりの後押しだったんだ。
…彼女の齎した情報は、俺の中で酷く重い杭となって打ち込まれた。
言わせまいと叫んだ手前、本音では既に遅いところもあった。
必死にその思考に蓋しようとしても
少しずつ熱い感情が溢れ出してしまう。
頭が痛くなる。
「―申し訳ありません。そろそろ宜しいですか?ジロ様」
『…ああ。あんたは、シア…だったか?』
先のやり取りを忘れようと、どうにか彼女の言葉に興味を無理やり示す。
シア―
あの騒動の中でリンドが顔見知りだったように彼女の名前をそう呼んでいた。
これで違ってたら恥ずかしい。
「はい。改めて自己紹介させて頂きます。極界の地にあります法国イグドラシルにて神聖法教会に所属。その神官職の末端を務めておりますシアクローネ・エウァニス・ネヴラカナンと申します。どうぞ、宜しくお願い致します…魔剣に収められし異界の魂、ジロ様。私は、貴方を導く命を極界の巫女様より直々に賜りました。」
機会を模したように淡々と話している様は真面目さを顕現させたような存在ではあったが、率直な感想
…説明も名前もなっが。
それは置いといて、巫女からの命令で来ているって事は
俺の状況も概ね理解している。という事でいいのだろうよ。しかし
『極界の巫女様直々に使い…ねぇ。まぁ、その、なんだ。先の一件では助かった。』
「話は既にいくつか伺っております。貴方が度重なるヤクシャとの接触を行っていた事も。」
『そうだな…運が悪い事に、望んでもいない急展開で今も目眩がしそうだよ。
だが、どうやら俺らはそれほどのファクターを詰め込んでいる事は理解しているつもりだ。』
「運が悪い…ですか。貴方の中にある魔力、それこそが要因である事は確かですが。…ガーネットさんの言葉を借りるならば、貴方は本当にそれだけだと…お思いですか?」
『何が言いたい』
答えを求めようと嗾けるが、実際のところ察しはついていた。
彼女が次に出す言葉も予想がつく。否、既に聞き及んでいる言葉なのだ。
「これが、例えば神にも及ばぬ第三の『存在』が齎した“偶然に見せかけた必然”であるならば…?」
俺でも無く、神でも無い誰か
『お前はそれを知っているのか?』
「私はそれを知らせる為に此処へ来ました…これから私が見せなければいけないモノには、相当な覚悟が必要になります。」
『何をするつもりだ?』
「貴方とそこで眠っておられるアリシア様には、この世界の裏側を理解してもらわなくてはならない。これから私の術を以てそこへお連れします。」
「シア、…それは私も共に行くことが出来るのですか?」
「申し訳ございません。リンド様、それは出来兼ねる相談です。これから始める事は文字通り、彼らに纏わる『運命』との対峙。貴方様が干渉してしまえば、運命はより一層歪に像を成す。そしてそれは、ここで手をこまねいた場合でも変わらない。時間はより一層、招かれざる運命を巻き起こし、再び貴方たちに牙を剥くでしょう。」
『随分と強引な急展開だな。』
運命との対峙…。
話を聞くつもりが、飛びに飛んで俺はここに喚ばれた真実に近付こうとしているのか。
「困惑するのも無理ありません。ですが…何卒ご理解を。これは、“アリシア様を救う為”でもあるのです。」
…アリシアを、救う
その物言いは非常に狡い。
彼女を理由にされると
『俺に拒否権はねぇ…それどころか、そっちから真実が寄ってくるんなら願ってもない事態だ。』
「ジロ!!しかし!!!」
『リンド…俺はいつまでも知らないままでは居たくないんだ。本当は、お前の事だって守ってやりたい。きっと、今がその時なんだ。』
リンドは、目を見開き…暫く何かを考えているようだった。
その瞳は相変わらずの碧色をしていて綺麗だった。
「…。私を守りたい等と言うのは、貴方が本当に初めてですよ。…どうか、必ず帰ってきてください。」
観念したような弱弱しい声
言われなくても解っている。
「ジロ様。時間がありません。また、いつこの場所に招かれざる命運がやってくるやもしれません。」
『いい、すぐにでも始めてくれ。』
その言葉にシアは頷き、立ち上がるやいなや自身の杖を持ち上げ詠唱を唱え始める。
彼女の紡ぐ言葉に合わせ、周囲から幾つもの文字が飛び交う。
俺は、この期に及んで
この世界の文字勉強しなきゃな。というしょうもない事を考えていた。
次第に彼女自身が青白い光に包まれながら、周囲の情景が一転して変わってゆく。
『ここは…』
見覚えがあった。神との邂逅…異質な物体のアズィー、女神であるアズィー。
ふたつのアズィーに会うときは決まってこの場所に居た。
どこまでも真っ白な景色に心地よい波の音。
周囲を見渡すと先程まで側にいたはずのリンドとメイの姿が無い。
しかし、アリシアだけが胸に組んだ手を置いたまま眠っている。
「見覚えがあるようですね。ジロ様」
『そうだな。少なくともいい思い出がある場所では無い。』
皮肉を込めて応える。
「…ここは、私が張った結界の中に神の狭間を擬似的に作り出した空間です。」
『そんな空間を何の為に作った』
「これ以上私たちの会話を聞かせない為です。」
『誰にだ』
「叛逆者。我々はその正体不明の事象操作の存在をそのように呼んでおります。」
『そいつの目的は一体何なんだ?』
「明確な意図はまだ解りません…ですが、トレイターはこの世界において『運命』という人の作り出した不確実な思想を『存在』として顕現させた者です。」
『言ってることがおかしい。『運命』は神が定めたモノじゃないのか?』
「いいえ。それは本来、神が生み出した万物の結末を自身が担う為に与えられた名前なのです。それ自体には意味はあっても『存在』は成し得ない。」
俺は彼女の言ってる意味が殆ど理解出来ていなかった。
解る事は『運命』は存在し得ないモノであって
それをトレイターなる者が一つの『存在』として確立させた。
そこで俺は一抹の疑問が生じた
『なら尚更おかしい、女神はこう言っていた。―運命は私たちの世界の裏で機械のように動き生み出された事象―と』
「それこそが大きな問題でした。神は、自身が世界で『認識』したモノに対して『存在』を確立させる。それを創造と言います。そして、神は運命そのものを『存在』として意図せず『認識』してしまった。」
『スケールでけぇ所で、結構ドジなとこ見せてるな。』
「…逆にそれを逆手に取る事が出来る程にトレイターは世界の、神の本質を理解していたとも言えます。」
シアはアリシアの元に近づき、その胸元に置かれていた手に優しく触れる。
「全てを話したうえで、本題に入ります。」
『これらが前提条件でって話か。』
「これから伝える事は『話だけ』では済みません。どうか覚悟を。」
『どういう事だ?』
「貴方は、この世界に来て何処かで『歯車の音』を聞いた事はありますか?」
『っ!?…お前は、…それこそお前はその事について知っているのか??』
「ええ。今からお見せしましょう。『運命』の実態を!ディバイン・コーズ!!!」
彼女の詠唱と共に、眠るアリシアの胸元から光の線が一本の糸のように周囲をくねくねと走り始める。
『なんだこいつは!!』
「彼女に繋がれた“運命の糸”。そして、これが辿る先に」
走り続ける光の糸の先端はやがてこの空間の『見えない何か』にぶつかる。
何も見えないはずのその先で水面で揺れる波紋のような空間の歪みが生じる。
そして、その歪みから
化物の呻き声のような、鉄が軋む音。
そして
ガコン
その音は聞き覚えのある音だ。
歯車の動く音。
ガコン――ガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコ
音だけではない。それは確かに目の前に存在していた。
空間の歪みから引っ張られるように現れる異形。
機械で、歯車で、鉄の塊で象られた大きな怪物。
『怪獣…!?』
これが
「これが、貴方たちを苛む元凶。運命を象らせたモノの正体。招かれざる運命。」