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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
止まらぬ邂逅
32/199

28:聖女らの往く末は偽物の代名詞

世界にはこんなに多くの素材という可能性が満ち溢れているのに誰もが彼の領域に到達することなく何千年ものうのうと暮らしている。


実に反吐が出る。


より良い生命。

より良い環境。

より良い教義。

より良い力。


では人々は望んだのだろうか?


より良い神というものを。



『神の領域』に踏み込むには人の器では何もかもが足りなすぎる。

人が生み出した人としての倫理のうえで人が作ったものは結局ヒトの『コ』でしかない。



私にとって『死』というのは神の作り出した世界の廃棄場だ。


意味を持たないという意味を持つ。


命はやがて土に還るとはよく言ったものだ。


ならそれらが死者はいきぶつとして定義づけられた聖女たちの肉体を一つ一つ繋げればどうなるだろうか?



神が作りし、『コ』という物が須らく辿り着く死

それを否定するようにその概念を取り除き

何者でもない『何か』がこの世に或るとしたら、それが魔力によって生きているように動き出したなら


世界はそれをどのように『認識』するのだろうか?






私は心が躍る。



実験体である22もの少女の死体。


この『コ』らはかつて神から信託を受け聖女と崇められた存在。


しかし、最終的には膨大な魔力に還元する為の『生贄』と言う形で死を頂いた。


なんとも可哀想な娘たちだ。


だが、なんとも美しく、素晴らしい素材だ。


まず、それらの素体から死者という概念を取り払う為に、


全ての肉体をバラバラにした


そして、一つ一つのパーツに各々違う属性の魔力を注ぎ込む


この魔力は希少で、精霊由来からなるモノ。


個々が意思を持つ。


しかし、意思を持ったとしてもヒトの記憶が無ければ


人として動く事は愚か、学ぶ事も無い。


ならばそれらを導く核が必要だ。


故に私は死者として定義の一つになる『魂』に依存しない『記憶の媒体』を核として埋め込んだ。


そして、身体のパーツを一つ一つ繋げてゆく。


数十ものパーツ同士が同調して結合するまで繋げては切って、繋げては切っての繰り返し。


ヒトの形になるまでそれを続けた。


そしてようやく完成した存在。


神が作ったのではなく


人の倫理を超越した私の可能性を以て生み出した『存在』


名前は既に決めてある。


私のたった一人の娘。


この世の為に全てを捧げた最初の生贄せいじょの名。



その名は



『ヘイゼル』




謎の死を遂げた

魔術研究家、モーガン・ロートの手記はここで止まり


その次のページに殴り書きをするようにこう書いてあった。



違う、ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう


失敗した。私の望んだものと違っていた。


私は間違えた間違えたまちがえたまちがえたまちがえたまちがえたまちがえた

「私の望みは『本物』に成ること。」



ヘイゼルは俺の魔術によって胸元からお腹に至るまでのバックり割れた亀裂をなぞる。



「リジェネレイト」



すると、その大きな傷口は淡い光に包まれて傷跡も残らぬまま消えた。


超再生リジェネレイト。アリシアの持つそれとは違うもの


かつてリンドは言っていた、それが発動する為に依存する『由来』が幾つかあるのだと。


リンドは眼を見開き驚く。



「あれは、光属性の魔術。再生治癒の法。ですが、あなたからは魔力を感じられない。なのに何故…神官や聖者でもないアナタがなぜそれを行使できるのですか!?」




「曲解。ワタシは確かに魔力を有している。この素体となった22体の聖女たちの肉体と躰に流れる精霊魔力に由来スル。」



「精霊魔力だと?そんな危険なものをその中に宿しているというのか??」



『精霊魔力?』



「本来精霊とは意思を持つ魔力。魔術の中では周囲の精霊に依存して執り行う術式が存在し、それが精霊魔術の基本だ。それは通常の魔力よりも純度が高く、何より自身の魔力を介さずして大きな術式を展開する事も可能となる。しかしそれは精霊との理解を深め練度を高めたものだけが可能とする技術。」



『だが、やつは精霊の魔力を体内に宿していると言ってたぞ。』



「それ自体は不可能では無い。だが、意思を持つ魔力が体内にあるという事は持つものの自我に精霊の意識を詰め込むという事だ。それがどれほどまでに危険な事か…まさか、死体が動く理由はそこにあるのか…ならば、光の魔術が扱えるのも聖女の肉体を媒体とした精霊の力…」




『ちょっと待て、聖者の癒しの力があるなら、何故その縫いキズは消えることが無い。』



「この縫い跡は傷ではない。ワタシの定義。」



なるほどな。傷でもなんでもないモノ。癒せないものにそれは意味を成さない…という事か。




「そして、貴様のその継ぎ接ぎの器が世界に或るモノで無いから、体内に宿した魔力の隠れ蓑になっていると?」




「隠れ蓑は曲解。ワタシは常に世界にワタシの存在を提唱している。起動。反応。行動。思考。魔力行使。禁忌。周囲のワタシと同じ姿をした『ヒト』は特に禁忌を侵す事で大きい反応を示す。しかし、私の存在を世界は『認識』しない。」



『禁忌・・・・?』



「主にヒトの倫理観を逸脱した行為。殺人、絶望の作成、悲劇の再現。けれども、世界が『認識』するのはワタシが壊した者ばかり。常にワタシが壊したその傍らでワタシが欲しいモノがすぐそばにある。不可解。理不尽。やがて、ワタシの事をヒトはヤクシャと呼びはじめた。けれど、それは『違う』。しかし、それを名乗る事は世界への『認識』を得るための必要事項と判断。それを受け入れる事とした」




概ね何をして来たのかは想像がつく。そんだけのヤクシャとして条件が当てはまる存在というわけだ。こいつは求めている、世界による『認識』を……その判断基準は一体どうなっているんだ?確かに、こいつはここにいる。俺はそれを認識している。

それと同じモノを世界に求めているのか?




「ワタシはこの世界に認知して貰う為の『本物』の存在になる必要がある」




『その理由の為に、アリシアやガーネットを襲ったのか?』




「曲解。襲いかかって来たのはそっち。反射的に排除する必要があった。」




ヘイゼルは異常なまでに首を傾げる。




『ならもう一度聞く、お前は何故アリシアに近づいた。』




「回答。その少女は私と同じ。否、同じだけど逆。」




『悪い、もう少しわかりやすく説明してくれ。』




「その少女は…魔力由来の構成ではあるものの、身体は至って正常、しかし心が継ぎ接ぎ。世界に『認識』されていない。」




『心が継ぎ接ぎ…』



ニドが言っていた。



心の中で光の側面のアリシアと、闇の側面のアリシアが互いに存在する為に相殺し合っていると。


継ぎ接ぎという解釈はあながち間違ってはいないのだろう。


ヘイゼルの言う通りなら、それを世界が認める事が出来ないからこそ彼女は目覚めない。そういう事になる。



『お前はそれをどうするつもりだ?』



「検証する。」



『なに?』



「その少女の胸部を開き、原因を探り出し、ワタシの躰に取り込む。」



―食べちゃうってことよ―



ヴィクトルの言っていた事を思い出す。



『……本当にぶっ飛んだ挨拶だなヘイゼル、それを俺たちが許すとでも?』



「―迷いはある」



『何故迷う』



「アナタはワタシをヘイゼルと名前で呼んだ。それが今は何よりも心地が良かった」



『その嬉しさに乗じて、アリシアから手を引いてもらってもいいんだがなぁ』



「それは出来ない」



『そうかよ。なら悪いな。お前を、斃すのは胸が痛むんだけどな。俺には今、この娘が一番大事なんだ』



「………」



一瞬また動きを止めたヘイゼル。その隙を見逃さない理由がない



『リンド!俺を使え!!!』



「はい!」



『ファスト・エア!!』



風が周囲を渦巻く。



そしてその風に乗せ、疾風の疾さで容易くヘイゼルの背後をとった。

申し訳ないがこのまま横に一閃入れて終わりにさせてもらう!



「マギア・バインド」



ヘイゼルの言葉に従うように光の鎖が八後方から飛び出し、魔剣おれに巻きつき動きを止める。

足止めか



ならば!



『アルメン!最大重奏!ストーン・エッヂ!』



今度はヘイゼルを囲むように何本もの石の剣が顕現し、避ける間もない距離で八方からヘイゼルに押し寄せる。




「コール・アンド・レスポンス・マギア・バインド」



ヘイゼルはその詠唱と同時に、新たな光の鎖を周囲の石剣と同じ本数だけ喚び出し、

一本一本が自身に押し寄せるそれ牽制するために絡みつき停止させた。



『っ…!なんなんだありゃあ』



応答術式コール・アンド・レスポンス…複数発動した魔術に対し同じ数の魔術を掛け合わせる事のできる技術です!しかし、あれを行使するには対照の数を自身が把握する必要がある。それを瞬時に!!」



秩序を以て魔力を開放リジェクト・オーダー



続けてヘイゼルが詠唱。捕縛していた幾つもの石剣を含め彼女自身の光の鎖ごと霧散させる。



こちらを抑えていた光の鎖も消滅。動きが取れるようになった俺とリンドは一歩さがる、



『ニド!ガーネット!!頼む!』



「光魔術がお得意という事だ、ならばこれはどうかね?『王の玉座より舞い降りし永きに渡る頂、栄光の影:スロウス・クラウン』」



ニドの詠唱と共に、ヘイゼルの頭の上にドス黒い大きな王冠が顕現する。


そして、彼女の躰が急に軋みながら床へと屈していく。



「私が開発した黒魔術。重力操作の一端だ。」



「が、ぐ…ぐぐぐぐぐぐぐぐ…・」



「これで、終いだよ!」



ガーネットは身動きが取れなくなったヘイゼルの首を切り落とそうとする。



「エンチャント・ハイ・リジェネ」



「…ツッ…!?」



ガーネットの刃は確かに彼女の首に一閃を通した。


しかし、ヘイゼルの首と身体は未だ繋がったままだ。



『どうなってやがるんだその躰は!』



「回答。切断されたのは事実。けれども、ワタシの魔術により『すぐに繋げた』」



「くっそ、まるで水を切る感覚だよ」



『そんなんありかよ!』



「術式解読。リジェクト・オーダー」



パァンと弾けるようにニドの重力魔術が解除される。



「ツッ・・・!!思った以上に解除が早い。光魔術の使い手なら闇属性が効果的と見たのだがね。」



「最大重奏、ライト・キューブ」



今度はなんだ!!光によって四角く象る立方体がこの周辺一帯に幾つも出てきやがったぞ



「っ…!!全員離れて!!!!!!これは!!」



リンドが焦るように叫ぶ。



「遅い…コネクト・レイ」



光の立方体が互いの面と面を反射するように飛び交う光線を放つ。



「いけない!エンチャント・プロテクション四重奏!!」



リンドが手を翳す。



それと同時に、光りで作られた魔術の殻がリンドと俺を、ニドをガーネットを、眠るアリシアを覆う。



防御の壁と縦横無尽に舞う光線が拮抗し火花を散らすような音をだす。




奴は――



『なっ!?』



あいつ、自分が放った光線をクネクネと避けたり飛んだりして躱しながらアリシアの方に近づいていやがる。



『くそっ!頼むアルメン!!』



俺は自身の杭に指示し、繋がる鎖を伸ばしながらヘイゼルに向かわせる。


その抵抗に気づいたのかヘイゼルは振り返る。



「……!!」



そして、彼女は反射的にその杭を掴んだ。




「おい、待て!そいつは触れたやつの……!!」



ガーネットの叫び声が突如かき消されるように周囲が暗転する。



ドクン



―概念『聖女』の取得



―概念『接合』の取得



―概念『解読』の取得



―概念『擬態』の取得



―概念『複製』の取得



―概念『誇張』の取得



―概念『差異』の取得





これは・・・ヴィクトルの時と同じ感覚。

ヘイゼルの中の理とかいう奴を読み取っているのか?








そしてそのまま、俺の頭の中で俺が知らない映像…記憶が幾つもの流れてくるのを感じた。




待て―、こんなのはヴィクトルの時には無かったぞ!?



これは―…




私じゃない。君じゃない。お前は誰だ。知らない。私は誰。殺して。

失敗作。生贄。世界の為に。魔力を喰らう神。私は●●。僕は●●。

痛い。殺す。本物。偽物。成りたい。差し伸べられた手。裏切られた。

悪魔。天使。無。虚無。感情。厄災。

リザ。ヘレネ。マリア。リアンヌ。クローサー。リリー。マルクト。カグラ。シンディ。ミリア。エリス。ミコト。ティア。サレナ。エイミィ。アグネス。テレサ。マルタ。カテリナ。クリス。ルキア。ヘイゼル。


バラバラ。私たちはバラバラ。これはワタシのモノ。ワタシの居場所は何処。いつまでも喉が渇く。苦しい。違う。

違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうちがうちがうチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ











『あ、ああああ、ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』




「ジロ!!!どうしたのですか!?」



思わず俺は大きく叫びだす。



ドロドロと流れる記憶、感情は川なんて生易しい代物では無かった。

俺自身の心の中で熱を帯びながら這っていき、溶かさんとするマグマのような情報。

思考が焼ける胸が苦しい。

俺は、このような孤独をしらない。

地獄だ・・・・・。誰にも理解されない。

何かになろうとしても否定され続ける。

きっと、この世界には何処かになら必ず自分を理解してくれる存在がいると信じながら

いつまでも望んで、世界に裏切られてきた。

繰り返し。繰り返し…!!

なのに、生まれたその瞬間から存在否定され続けて



自分が何者か今でも解ることができない。



「ジロ!しっかりしてください!!!」



『こんな事って……あるのかよ!?』




俺は、ヘイゼルを見る。



しかし、そこにヘイゼルは居なかった。




目の前に居たのは、




『―嘘だ。』



忘れるはずがない。その顔だけは。

目元が優しいのに口だけは不敵に笑うその笑顔。




「どうしたの?『慈郎』」



思考がまとまらない

いや、理性としての俺が未だ答えを出せずに藻掻いている。

なのに内側から湧き出るこの感情は確かに目の前の存在を必死に肯定しようとしている。

その声が…その呼び名を…夢じゃなく、再び現実で聞けるなんて



『奈津、どうして…ああ、お前…お前が…な――???』



目の前にいるのはあの時と変わらない姿でこちらを見る最も愛した女性。

どれだけ再びその姿を、声を、笑顔を見せてくれる事を望んだことか。


すぐにでも抱きしめたい。

すぐにでも愛したい。


すぐにでも、また『三人で』



「おい!ジロ!!気をしっかり持て!!!そいつの…ヤクシャの能力は、人の記憶から読み取った思い入れの強い存在に擬態する能力だ!!」



ガーネットの叫び声が聞こえる。



瞬間、俺の脳裏で娘の…奈々美の顔が過る。

自身の胸に抱き留める残された左腕。


俺の罪…。


運命を、神を呪いたいほどの感情。怒り。





違う。




そうだ違う。あの日々を忘れたりはしない…



奈々美を抱きしめて泣いた日々。


それを背負って生きていく日々。



だから


これは違う…



『違う!!!!違うんだ!!!!!あいつは!!!!すでに…』




死んでいる…!!




「違う―私は――…」




『お前は…!!』




「ならワタシは――…一体…誰?」



ガラスが割れるような音。



そこに奈津の姿は無かった。目の前にいるのはアリシアと同じくらいの小さな継ぎ接ぎの躯の少女。



「ワタシはあなたに好意を抱く。名を呼んでくれた事、ワタシと争う事にも心を痛めると言った事全てがワタシの中で心地よかった。」



ヘイゼルは無表情のままその手で自身の頬を上に持ち上げた。


まるで自身が嬉しいという感情を不器用に伝える為に。

やがてその手を離し俯く。


「…けれども、あなたも。ワタシを名前で呼んでくれたあなたも。ワタシを『偽物』だと決めるの?ワタシを否定するの?」




その表情も無く、光のない瞳から、こぼれ落ちる涙。




『ヘイ、ゼル!!』



それは違う。お前は、俺に認識されている。

俺はお前の気持ちを知った…お前は


この人形ヘイゼルへの答えを俺は知っている。


なのに言葉が出せない…


俺は唐突な情報量、葛藤に打ち勝つために思考は既に磨り減っていた。





「…やはり。この世界に認識してもらうには、『本物』になる必要がある。この少女の『魂』を探り出し、ワタシの中に取り込んで検証する必要がある。そして、今度こそ世界に…あなたに…」



『やめろ…!』



それだけは――絶対にダメだ…!!



「術式解読、リジェクト・オーダー。」



リンドのかけた光のプロテクションが割れたガラスのように弾け、霧散する。



そして、その手が手刀を象り



今でも小さな寝息を立てて眠る彼女の胸に目掛けて襲いかかる。




『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』




神格魔術ディバイン・コーズ!!プロテクション!!」



「!?」



『え』



ヘイゼルの手刀はアリシアに届くことはなかった。


再び現れた光の殻。しかし、それはリンドの喚びだしたモノのそれとは違うものだった。




「間に合ったようですね。」




俺たちの後ろから聞こえてくる声。


白と青で彩られた祭服。


背格好に似合わない大きな司祭帽。



短く整えられた黒の髪に透き通るような青の瞳。



その手には幾つもの装飾で誂えた大きな杖。



「シア」



リンドがその名を呼ぶ。




「彼の者よ。ここはひとまずお下がりください」



『お前は一体――』



「話は後です」



目の前のヘイゼルは何が起きたか理解できず、思慮に耽って硬直するが



「リジェクト・オーダー」



すぐさま、再びその手を翳し、シアと呼ばれる少女神官の作り出したプロテクションの解除を行う。


しかし、それを拒絶するようにヘイゼルの手が後ろに弾かれてしまう。



「…………………!?」



「無駄です。これは神の意思による力。その力は幾つもの聖女の躰で造られた貴方の特異体質、上位要求オーダー・クラスの更に上にあります。」



ヘイゼルは首をカクンと傾け、



「神。理解不能。其れは形を成さない」



「貴方に理解は求めていません。ディバイン・コーズ!最大重奏!!プリズン・バインド!!」



シアのその詠唱と共に、ヘイゼルの周辺に顕現した光の牢。そ

れが二重、三重、四重、いや…もう数えるのも追いつかない程にそれらは重ねてヘイゼルをを閉じ込める。




そして、中の様子が伺えなくなる程に重ねられた大きな四角い光の箱となったその中で抵抗するかのように暴れる音が聞こえる。


ドンという音に合わせて大きく揺れる光の箱。



「くっ…ここまでしても抵抗するほどの膂力を持っているのですか!!」



シアは杖を構え、苦虫を噛んだような顔をしている。

まだ抑えきれていないのか。



「ならこれならどうかね?」



ニドは不敵な笑いを含めた言葉を漏らし、その箱の上に乗る。



『ニド!!何を!!』



「戦争屋からくすねた奴だ。このヤクシャを黙らすには丁度いい。」



懐から黒い箱の形をしたものを取り出し、その足元に置く。



無間回廊ウロボロス・ケイジだ」



「それはっ、あの時の…」



リンドがビクリと反応する。



「そう、リンドが先で戦争屋に拘束されていたのと全く同じものだ。この中身はアリシアが味わった程ではないが、ウロボロスの胎内同様、時間さえも無視した大きな闇の空間で出来ている。」




これを使って更に閉じ込めるつもりか。



『ならなんでハナからそれを使わなかった?』



「使うには条件が要る。これには膨大な魔力を注ぎ込まなくてはならない。」



「だから、あの時リンドが魔術で抵抗した時に反応したのか。」



ガーネットは思い出したように言う。



「そう、魔力を食らって膨張し、破裂した途端に大きな範囲の周囲を飲み込む。そうなってしまっては皆ウロボロスの擬似胎内というわけだ。」



魔力に反応して爆発、それに巻き込まれればアリシアの味わうそれと一緒になるってわけか。




「でも、だれが魔力を!?私はご覧の有様。押さえ込むので精一杯です!」



未だにドン、ドンと壁を殴るような大きな衝撃音。

拘束した当人、術者であるシアはその反動を押さえ込むので精一杯のようだ。



ヘイゼルは今でも光りの牢の中で何度も抵抗を繰り返している。



『―俺がやる。お前らはアリシアを連れて先に行ってくれ』



「ジロ!ですが!」



『考えはある!お前らはこの杭を…アルメンを掴んだまま離れるんだ!!』



「なる程、これでウロボロス・ケイジが発動した際に巻き込まれないようにこの鎖で巻き戻されて帰ってくるという事か。」



「ですが!危険です!!!」



「駄目だ!神官ちゃんだって時間が無い!!もうこれしか無いさね!」



『行くんだ!!シア!アンタもだ!!』



「…今は押さえ込んでますがこの術式は私が離れれば、次第に弱まります。速やかに対処してください。必ず戻ってきてください。私は、貴方には伝えなければいけない事があるのです。その為にここまでやって来た。」



『それはこっちの台詞だ』



唐突に現れた神官。知りたい事は山ほどある。



『いけ!!』



アリシアを抱きかかえリンドらは急ぎその場を離れる。アルメンと俺を繋げている鎖がジャラジャラと伸びるだけ伸びる音が聞こえる。



目の前に置かれた黒い箱。

これを目一杯魔力で攻撃すれば爆発し、発動する。



俺はイメージする。魔力をぶつけたあとに急ぎ鎖を巻き戻し、帰還する自身を。

失敗すれば俺も闇の中に閉じ込められる。



腹は決まった。



『今だけはカッコいいところ見せてやろうぜ…最大重奏!!雷のライトニング・スピア!!』




ウロボロス・ケイジを対照に多くの雷槍が降りかかる。




そして、それに反応するように大きな爆発が起こり、

その爆風から黒い渦が生まれる。

傍らにある光でできた牢を飲み込む事を確認すると





『いっくぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』



俺は魔力で浮遊し、それに巻き込まれないように逃げる。



しかし、思ったよりも引っ張る力が強い



ウロボロス・ケイジの吸引力は想像を超えており、繋ぎ止めていた鎖がキチキチと唸る。


なら…



『エンチャント・ファスト・エア!』



廻れ廻れ!廻れ廻れ廻れ廻れ!!!



黒い渦に巻き込まれないように出来る手を尽くす。

俺は風の力をその刀身に宿し その引力から少しでも逃れるように動く。

そして、ある一定の距離を取った途端に動きが軽くなる。


『ここだ!』


伸びた鎖を辿り、その場を離れるようにする。


アルメンが主である俺の事を引っ張っている感覚がわかる。



これなら



廊下、


階段、


広場…出口へと辿り付き、すぐさま外へと出る。



そして、外へ出た瞬間。俺は勢いに任せて地面に刺さる。




『っぶねぇえ』



周囲を見渡すと、何の騒ぎかと、人がごったがえして何人もの人が建物の上を見上げ。

俺らの部屋があった所を眺めている。


ニドたちが急ぎ中に居た人たちを避難させたのだろう。



眺めてた場所は既にウロボロス・ゲイジの発動は収まっていて、パックリと何も無くなっている。



「ジロ!」



リンドが飛びつくように俺を抱き上げる。


いや、剣だから…危ないよ?



「どうやら、成功したみたいだね。ジロ、お疲れ様。」



『少し危なかったがな。』



ガーネットに背負われる形で眠るアリシアを確認し、俺はようやっと安堵する。



「んで、あのヤクシャが封じ込まれたウロボロス・ゲイジはどうなるのさ。」






俺たちは再び、もともと俺らの部屋だったその現場に戻る。



『見事なまでに何も無くなってるな。』



そこでガーネットが足元にある小さな黒い箱に気付く。



「これが、そうか」



「そうだね。この中に、ヤクシャが封じ込まれている。」



『…こいつが開放されるのはいつなんだ?』



ニドは黒い箱の一つの面をこちらに見せ



「ここに刻まれている数字が期限だ。」



『すまん、読めない。』



「まぁ、ざっと100年程だねぇ。」



『そんなに!?』



「内側から出てくる方法は知っているが、私は外からの解除方法は未だ検証していない。する必要もないだろ。相手はヤクシャだ。」



『そうか…』



ニドの言葉を聞き、心の奥で俺は少し虚しい気持ちになる。


ヘイゼル。ヤクシャである彼女を封じ込める事は至極当然なことであろう。


だが、自分の中には、周囲に対するヘイゼルに対しての感情に一抹の疑問を感じた。



世界に認識されない人形。



『これでよかったのだろうか。』



「……」



「ジロ。」



周囲が俺を見る。

ニドは一歩近づき、俺を諭そうとする



「何度でも言わせてくれ。ジロ。彼女は敵だ。ヤクシャであり、多くの命を奪った事実は変えられない。実際、アリシアもその手に掛けようとしていた。いくら魔力再生を持つからといって彼女の身を一番に案じる君から出る言葉とは私は到底思えない。それとも、それは君なりの優しさなのかい?」




『ニドの言うことは解ってる、理解している。十分にだ。…わりぃ、ちょっとした気の迷いだ。忘れてくれ。』




俺は嘘をついた。

きっと、気の迷いなんかではない。

同情している?

いや、違う。


俺は、彼女から読み取った地獄のような日々を見てしまった。感じてしまった。味わってしまった。知ってしまった。


知った俺だからこそ思うのだ。


『救い』は無いのか、と。


この世界で、あのような存在を受け入れられる何かが無いのかと。


何故彼女は生まれたのか。


何故彼女を俺は知ってしまったのか。


何故、彼女は涙を流したのかと。

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