27:死から生まれし人形は、『本物』を探す
ポタポタと滴る血の雫。
ガーネットの喉元に寸で止まるダガーの刃。
「セーーーーーフ…」
彼女の動揺に乗じて襲いかかったアルマの一撃は、彼女の腕によって防がれた。
「………?」
困ったような顔をし、「何故?」と首をかしげるアルマ。
「シッ」
次の瞬間、ガーネットは踵を返すように体を捻らせ、勢いに載せた蹴りをアルマの顔に直撃させる。
景気の良い音を鳴らしながら二回、体を回転させるアルマの躰はそのまま床に叩きつけられる。
彼女はその隙にアリシアを守る形で距離をとる。
よろよろと起き上がるアルマ。
「お姉ちゃん…どうして…?痛いよ」
「あんまし私をおちょくるのもいい加減にしなって。バレてるんだよ。」
トントンと自身の眼帯を親指で小突く。
「お前、ヤクシャだろ?」
「………?」
360°で首がねじれたまま立つアルマ。
「私の眼帯の中にはな、魔力の流れが読み取れる人工魔眼が詰め込まれてる。アルマの姿をしたお前のソレ、こっちで視ると魔力の膜で躰を覆ってんのが解るのよ。つか、私の弟は首をひっくり返しても立てるほど頑丈じゃねえ。」
腕に刺さったままのダガーをゆっくり抜くと、懐から回復用の小瓶を取り出しその傷にかける。
「さて、お前の事はある程度知っているぞ?触った奴の記憶を読み取って姿を化けるヤクシャ…ん?」
ガーネットは唐突な異変に気付く。
アリシアの胸元で、リンと鈴の音が聞こえ
周囲の空間が歪み始める。
「おお、なんだ早速使ってくれたわけか。」
ニヤリと不敵な笑みを見せるガーネット。
そして、渦上に歪んだ空間の中心で3つの姿が現れる。
うへぇ…ぐるぐるとちょっと酔いそうな感じだなぁこの月代のなんとかって奴。
「ジロ、大丈夫ですか?」
『あ、ああ』
一応、俺と俺を抱えているリンドにニド。全員いるか。
んで
これはどういう状況、だ?
腕を抑えているガーネットと首をヘンテコな方向に向けて立つ少年が対峙している。
「お三方、よく来てくれた。と、言いたいところだが気をつけてくれ。そこに居る奴はNo.2『差異』のヤクシャだ」
ガーネットは再びダガーを構えて、俺たちに注意を促す。
「そんな、私の結界を音沙汰も無くすり抜けたと言うの…?」
自身の持つ結界に自身を持っている故に予想だに出来ない展開に愕然とするリンド。
『ヴィクトルの言ってたとおり、本当に来てたのか』
「ヴィクトル?え?はぁああ!?リョウランのお偉いさんと会ったのかオマエら!!」
彼女は唐突に聞くその名に露骨なまでに驚く。
あいつ、結構有名人じゃねえか!
『話は後だ!とりあえず、このヤクシャは話ができるタイプのソレなのか?』
「無駄だ」
その言葉を置いていき瞬間的に『差異』のヤクシャに飛び掛るニド。
「ケソダス!我が名のもとに命ずる。この者の業を読み解き、その理を崩し給え!」
アシュレイの時と同様の呪文を唱えその黒い棍棒か呼応するように青黒く光る。
コォオ――と、なんとも表現し難い音を鳴らして
棍棒はヤクシャの懐を突いた。
「―――――………………………!!」
物言わぬヤクシャはその攻撃に抗う事なく突き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
そして、
「グ…ググググ……グググググググ」
奇怪な音を口から漏らしながら、少年の姿をしていたヤクシャの形が崩れだす。
そして彼の周囲を白い光りが纏い、瞬間的にそれはガラスが割れるような音を鳴らして弾ける。
「摩訶不思議。不可解。理解不能。解読不能。」
暴かれる『差異』のヤクシャの正体。
その姿は先ほどの少年とはうって変わるものだった。
『少女…?』
多少肌を見せるドレスに近い黒装束を身に纏う少女。
逆さまになっている首をコキコキと鳴らしながら無表情で戻し
「修正完了」
そう呟く無機質な声
頭には、花嫁が身に付けるような黒のヴェールを被り
その瞳は絵の具で厚塗りされたような光の無い黒紫色をしていた。
その肌は血の気が感じられないほどに土気色をしていて、目に入る所々に荒々しい縫い目を覗かせた。
横で眠るアリシアとは真逆の意味で人形のような少女だった。
まるで使い古しの捨てられたような人形
「私も話だけでしか知らないから実物を見るのは初めてだけど…まさかコレが」
ガーネットも驚きを隠せないでいる。
「ワタシの理が、魔力が、霧散した、不可解。解説。要求。」
そういいながら不規則に躰をくねらせながら、問いただすヤクシャ
「解説だと?随分余裕だな。これから死ぬ奴に必要な事かね?ヤクシャ!」
ニドはもう一度棍棒を構えるとすぐさま次の手を仕掛けた。
先ほどと同じように神速の速さで相手に接近し、今度はなぎ払うようにその手にある武器を振るう。
「敵意、軌道、理解」
ヤクシャは相手の動きを読み取ったように呟きながら、人では成し得ない程に躰を仰け反らせ回避する。
「小癪な」
「追撃、予測、回避」
ニドの繰り出す追撃。それは数にモノを言わせた無駄のない連撃だった
しかし、敵はその攻撃の軌道を全て把握しているように全てを避けきる。
それにしても
『あいつの躰、どうなっているんだ???』
雑技団にしては余りにも躰が人のそれを逸脱している動きだぞ
関節が柔らかいとかのレベルじゃない
そもそも、首がぐるんるん回ってたり足の向きが反対になってるのは俺の見間違いか?
ニドは一度後退し、距離を取る。
「回避、成功。訂正要求。アナタではワタシを壊せない。追加訂正要求、ワタシは『生きていない』。故、ワタシという個の死は不可能。」
360°反対向きになっていた首がグリンとこちらに向けられる。
ダランとしている肩。ゴキンと外れた関節が戻る音がする。
あさってを向いていた左脚が旋回して首動揺こちらを向く。
「なるほどねん、リンドの結界が効かない理由だ。」
ガーネットは舌を出してうへぇと気分を害したような悪態をついて言った。
『どういうことだ?』
「私が今回張っている結界はいつも以上に堅牢にさせて頂きました。
ありとあらゆる生命が侵入できない結界…まさかこんな形で破られるとは」
『てぇことは、つまり…目の前に居るあいつは』
死体。そういう事になる。
「自己紹介。番号2番。『差異』のヤクシャ。名前。『ヘイゼル』。創造主は私をそう名付けていた。」
なんつーか、こう。ヤクシャってのは今のところ、生物学的にまともな人間をみねぇなぁ。
俺と同じ異世界転生者のアシュレイでさえ可愛く見えてきた。
セラってヤクシャも人の姿をしているがもしかしたら人間じゃないのかもしれねぇ。
自身はヒトだと自負するヤクシャたち。
なるほどな…中身を開いてみればそりゃあ厄災なんて言われても仕方がない。
『ヘイゼル。お前がヤクシャである事は理解した。何故、この結界をくぐり抜けてまでアリシアに近づく。』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・?』
ヘイゼルは俺の声に反応してから黙したまま、ずっとこちらを見ている。
「感激」
『は?』
「名前。久しぶりに呼ばれた。心臓が動いていたなら、鼓動が早まっていた。それ程までに感激、有難う」
『な、』
なんだぁあこいつはぁあああ?????
思考が読めない!いや、死体の考える事なんて分かりっこないんだけどよぉ。
死人に口無しとは言ったものの、実際口を開けば 語らないよりも難解だぞこれぇええ。
あと、ちょっとヨタヨタとこっち近づかないでくれる!?
こちらに近づくヘイゼルに横槍をいれるように攻撃するニド。しかし、先ほどのように簡単に避けられる。
避けた時の隙を伺って同様にガーネットも彼女に対しダガーで足止めをしようとするも虚しく失敗に終わる。
ゆらゆらと徐々に近づいてくるヘイゼル。
俺を抱き抱えるリンドはそれに合わせるように後ろに距離をとって下がる。
「セイクリッド・ウォール」
リンドはそれを止めようと光魔術を行使した。
俺らとヘイゼルの間には透き通った光の壁が生まれる。
「動く死者であるならば、これ以上近づけないはず。」
『そうか、アンデットならそれが有効になるか。』
スッ
『いや、普通に入ってきてますよ!?リンドさん!!!』
アンデットに有効なはずの光の壁をヘイゼルは何事もなかったかのように抜けていく。
「訂正要求。ワタシはアンデットではない。死者であることを否定。」
アンデットじゃなけりゃなんなんだよ!動く死体はゾンビとかアンデットって相場が決まってるんだろうがああああ!
「死体でありながらその定義から外れる理由…まさかジロ!そいつはアンデットではない!つまり死者という定義から外れている!」
何かに気づいても仕方ねえ!!いくら後退しても後ろがすぐに壁だ。逃げ道がねえ!
『こうなったら…アルメン!!!』
俺は相棒の名前を呼び魔術を起動させる。
『ストーン・エッヂ!!』
不意打ちの如く、ヘイゼルの人外な回避範囲でさえ回避不可能なほど、彼女の懐深くに石の剣を魔力で錬成して押し込むように突き刺した。
物理は効く。これなら行けるか!?
ヘイゼルはその上体を刃で貫かれ後ろに押し返され壁に激突する。
突き刺さっている剣が役割を終えて霧散する。
『!!!』
彼女の纏っていた胸元のドレスがはだける。
そこに映ったものは凄惨なものだった。
先程から腕や顔にちらほら見かけたいくつもの縫い目よりも異常なまでに刻まれた縫い跡。
ツギハギでまとまらない肌の色。
肩から腕にかけて取っ替え引っ替えしたような幾つもの縫い目。
まるで、一つ一つが別の人のモノだったように。
「やかりか。あれは…アンデット等と…死者なんて可愛げのあるものではない。アンデットは死者の躰にこびりついた魂の残滓が救いを求めて動き出すもの。定義として成り立たないのは魂の残滓を持たないからだ。」
『なら…あの死体は』
「訂正要求。ワタシは死者ではない。ワタシの身体は誰のモノでもない。」
「あのヤクシャの身体は幾つもの死体のパーツを継ぎ接ぎにして造られた存在。正に、人形だよ。」