帝国軍黙示録:眼帯裏の烙印
帝国軍第四部隊諜報機関所属
ガーネット・マイヤー
かつて彼女にはたった一人の弟
アルマ・マイヤーが居た。
二人は幼い頃から両親を戦争で亡くし
戦争孤児として施設で平穏な日々を暮らしていた。
「おねえちゃん!みてみて!ここにあったんだよ!海賊の旗!」
「まてまてまて、アルマ。その隣は戦争区域だろうが。早くもどるぞ。」
浜辺の一番端、人気の無い場所で弟のアルマは漂流物として流れ着いた船の残骸についていた海賊旗に興奮し喜んでいた。
(男ってのはどうしてこういうものに魅力を感じるのかねぇ)
一瞥して、弟の手を引くガーネット。
穏やかな潮音の向こうで夕日が夜空に役割を預ける時間。
浜辺に足跡を残しながら帰る姉弟。
そんな当たり前のような日常。
しかし、平穏な生活も結局は仮初に過ぎなかった。
その裏では、未だに東の帝国と西の共和国が一つの大陸を手中に収める為、終わりの見える事がない長い戦争を繰り返していた。
それも孤児として預けられていた施設、そのすぐ隣で
結局の所、安全な場所で孤児を預かるよりも
戦争地域で即席に作られた施設のほうが、金もかからず
必要無くなれば口減らしの為に『事故に見せかけて処分』することもできた。
表向きは、すぐさま戦争孤児を受け入れられる場所だが
その実は中立ではあるものの実質中身の無い飾り物のような居場所だった。
聞こえる銃声。
爆発音。
毎日のように過ごすこの場所の孤児達は死と隣り合わせである事の実感を殆ど持ち合わせていなかった。
何事も無ければ平和な日々。
そんな日々は一瞬にして終わる。
共和国軍は戦争屋の指導のもと、その施設を通る形で付近の帝国軍の駐屯地に攻め入る算段を立てていた。
「そうですねぇ、その施設は既に必要ないでしょ。そこも戦場にしましょう。なぁに心配ありません、大して金にもならない場所です。一つ小隊を編成させて、帝国軍の兵をこの施設に誘導する形で攻め入れば良いのです。『孤児施設を守る』という体のいい義を掲げてね。」
その作戦は当たり前のように決行され、当然ながら施設に飛び交う銃弾は子供達を巻き込んだ。
「お姉ちゃん…痛いよ…!」
ガーネットとアルマはすぐさま隠れて命を拾ったものの、アルマの腕には撃たれた跡があった。
血が止まる事は無い。少しずつ青ざめていく弟の姿にいてもたっても居られず
「アルマ、ここでじっとしてて!あそこなら…医務室になら止血剤と包帯があるかもしれない。取ってくるから!」
「まってお姉ちゃん!」
怖がる弟の手を振り払い、銃声の鳴り止まない施設の中、目的の場所である医務室へ彼女は向かった。
運良く、兵に遭遇する事なく医務室に到達したガーネットは急ぎ止血剤と包帯を探し、見つけた後、それらを両手に抱えて弟の待つ場所まで走った。
道中。
「お、お姉ちゃん!」
「アルマ、どうして!隠れてなさいって言ったじゃ―」
刹那、弟の頭がスプンッと言う音と共に横にズレた。
「あ」
何があったのかはすぐに理解出来た。
糸の切れた人形のように崩れ落ちるアルマ。
しかし、それを受け入れるにはあまりにも唐突で
彼女にもそんな余裕はなかった。
ただ、兎に角 両手に抱えていた止血剤や包帯を足元に転がし
彼女は弟の名を大きく叫び手を伸ばす。
「アルマ!!!!!!!!!!!!」
同時にアルマを襲った音と同じものが彼女にも降りかかった。
スプンッと言う音。
天を仰ぐように、彼女は上体を仰け反らし
真っ暗な天井で、はたはたと吹き出る血。
撃たれた瞬間の弟の姿だけが反芻してその血まみれの眼に映り続ける。
彼女の視界は覆われるように黒く染まった。
消えゆく意識の中で聞こえるのはより一層激しくなる銃声音だけだった。
そして
目が覚めた時には、全てが終わっていた。
静寂の中、いつもよりも居心地のいいベッドに。
「ハワード大尉!大尉!!生存していた子が、目覚めました!!」
男の驚いたような焦ったような声が聞こえた。
「―――」
ガーネットは片眼を失いつつも辛うじて生きていた。
真っ白な天井から、男の顔が覗き込む。
「よう、嬢ちゃん。俺はハワード。お前は運がいいなぁ。生きてたのは『お前だけだったよ』。」
その言葉にガーネットは自身の置かれている状況を理解し狂ったように暴れ始める。
「ああ…ああああああ!!嫌だ!アルマ!!!どこ!!!アルマァア!!!!弟は!?どうして、アルマは!?」
「…すまない。彼女は混乱している。鎮静剤を打ってくれ。」
「わかりました。…ハワードさん地雷踏んじまったねぇ。」
「…こんなしょうもない戦争の中で、悪い冗談だ。」
彼女は薬によって眠りにつくまで暫く泣き喚いた。
一方の目は涙を流し 一方の目は血を流した。
目を閉じても、弟の手を振り払った瞬間と弟が撃たれる瞬間を交互に映像として映された。
そんな心が自分を取り戻すのには長い長い時間が必要だった。
心がようやく落ち着き、その事に呵責を覚えながらも。
自分の置かれている状況を知り始める。
ここは帝国軍の医療施設。
戦争により怪我を負った者たちが運ばれる場所だ。
周辺は清潔感に溢れるほどに白いモノで統一されており。
銃声が常に聞こえる彼女からしてみればありえないくらい静かな場所だった。
暫くして、ようやくハワードと言われる男に再会し、話すことになる。
「やぁ、ガーネット・マイヤー」
彼は帝国軍大尉。ハワード・モリスン
孤児施設を根城に奇襲してきた共和国軍に自軍の駐屯地を潰され、孤児を含めた兵達の救助と、共和国への応戦という形で斡旋された男だった。
結果だけを言うと、ハワードの一計により共和国軍は撤退。
ものの抜け殻となった孤児施設跡地で、生存者の確認をした所
片眼を怪我した彼女だけが唯一の生き残りであった。
受け入れ難い現実に彼女は押しつぶされそうになった。
「私が…あの時、手を振り払わなければ」
常々そんな言葉を口にしながら、あの時を思い返していた。
「ガーネット。この世界は思う以上に魔術が発展している。環境によって刻まれた魂が一つの魔力を生み出す。そしてそれを自身のイメージに従って奇跡を起こしていく。だのに俺らがいるこの場所は銃だのなんだので原始的な殺し合いばかりでそんな神秘に満ち溢れた世界とは程遠い。なんでかわかるか?」
「…」
「お前が居たあの場所はな、魔力による魔術の行使が出来ないようになっている。いや、そうさせた奴が居るんだよ。そしてその張本人こそが戦争をビジネスにして営んでいる存在、ブラッドフロー財閥の総帥だ。」
中央大陸での戦争。
そこには戦争屋による因果関係が存在していた。
魔術の発展したこの世界で未だに原始的な殺し合いを行う理由
それは中央大陸そのものにあった。
中央大陸の地下には異常なまでに潤沢な魔鉱石が眠っている。
しかし、その所有権はブラッドフロー財閥が有しており。
誰も手を出すことは出来なかった。
しかし、総帥であるアシュレイは二つの国にこう嗾けたのだ。
「この魔鉱石の採掘を可能とする所有権を譲ろう」
と
しかし、当然ながら条件はあった。
それが『戦争』である。
それも、魔術を使用禁止にする前提で。
戦争をすれば所有する武器、兵器の注文が当然ながら増える。
それだけで戦争屋としての本懐を成し、金儲けにも繋がる。
見事なまでに明確なマッチポンプだった。
共和国のいる西の大陸では『乖離』のヤクシャによる審判領域が着々と侵攻し、暮らす土地や資源を失われている。
帝国のいる東の大陸では急な技術発展に伴った魔力の枯渇が問題となっている。
後の無い各国には中央大陸の獲得が大きな意味を成していたのだった。
結果的にアシュレイは各々の承諾を得て、中央大陸全土をヤクシャとしての理を用いて魔力の封印を施した。
そして中央大陸に住まう人々の事など気にも留めずに戦争が始まった。
「そして、ガーネット。中央大陸の出身であるお前は、お前の両親は戦争に巻き込まれ 結局のところ即席で作られた孤児施設で口減らしの意味も含めて死を待つだけだったんだよ。」
「……」
「お前は」
「ごめん、今は頭が混乱していて…少し時間が欲しい」
「…そうか、また来るよ」
ハワードがガーネットの病室を後にした途端、彼女の体は急に力が抜けるように枕に頭を置いた。
自分が生きた環境にあった真実。
戦争屋。
ハワードが語った言葉ひとつひとつが反芻して自分の脳を焼いていく。
「アルマ…私たちには、生きる意味なんてなかったのかな…」
こみ上げてくる感情に鼻をすすり涙を流す事しか出来なかった。
ただ日常が欲しかっただけの彼女にはあまりにも重たすぎる運命だった。
ある日、ハワードはガーネットをある場所に連れて行く。
車椅子に乗せられ連れ回される時に見た景色は不思議と新鮮だった。
自分が生きていた場所よりも色鮮やかに見えた。
しかし、道を進むにつれて人気が徐々に少なくなっていく。
「そろそろ教えて頂戴よ。私を何処に連れていくのさ?」
「んー、そうさな。お前さんの弟が眠ってる所だ。」
「―そう」
ガーネットは彼の言葉で察した。
これから向かうところは『そういう所』なんだ。
暫くして 目の前に教会が見えてきた。
しかし、そこを通り過ぎて教会の裏手に回る。
道中で聞こえる賛美歌。とても透き通った歌声に彼女は清廉な気持ちに浸っていた。
「ついたぞ」
教会の裏手にある大きな廊下。そこにはいくつもの扉が並んでいた。
すれ違う人は皆黒い服を着て俯いている。
ハワードはそのひとりひとりに軽く会釈をしながら進み、一つの扉に辿り着く。
「ここだ」
ハワードは扉を静かに開け、ガーネットと共に中へと入る。
正面には神の絵が描かれている大きなステンドグラスの窓が最初に視界に入った。
その神の絵の足元にはいくつもの棺が並んでいた。
棺が蓋される事なく、中で眠る人の顔が伺えた。
ヨハン
シータ
マルク
ミリィ
クロエ
オルコス
セナ
ミズキ
ヤーナ
クフト
ソーマ
ドイ
ドロテア
ユウ
キリア
忘れるはずがない
どれもかれも数日前まで言葉を交わしあったはずの友達。
そして、アルマ。
「そう…だよね。」
ハワードが言っていた「眠っている」という言葉。
理解はしていても、心の奥底では実は生きているのでは?などと浅ましい気持ちが出ていた自分が愚かしく思える。
だからこそ、
その現実を受け止める事は
彼女の心を強く軋ませていた。
今でさえ、唐突に目覚めるのではないのか等と無駄な希望を抱えている。
それほどまでに綺麗な寝顔をしていたのだ。
「夕刻には火葬が始まる。それまでには、お前をここに連れて行こうと思っていた。」
「…さわってもいいか?」
「ああ」
彼女はアルマの顔に手を伸ばす。
冷たい
より一層実感が湧いてくる。
「…本当に、綺麗な寝顔しやがってよぉ」
こみ上げてくる感情を抑えながら、たったひとりの弟との別れを惜しむ。
もう目覚めることの無い弟の頭を優しく撫でる。
「――。」
ふと、ガーネットの手が止まる。
そしてゆっくりと
アルマのこめかみに手が伸びる。
そして見つけた、違和感。
アルマが撃たれた事実が
より鮮明に感じ取り
より確実に実感を湧かせる
「…ごめんね…」
彼女は震える声で小さくアルマに囁いた。
「ごめんね…守ってあげられなくて…アルマ…ごめんね…」
彼女は溢れ出る感情を吐き出すように嗚咽を漏らしながら涙を流し、弟の別れに暫く泣き続けた。
「――もういいよ。ありがとうねハワード」
「…そうか」
ハワードは静かに呟くガーネットの言葉を聞き、車椅子を動かす。
ふと、扉から誰かが入ってくるのが見えた。
二人。一人は年輩で、ハワードと同じ軍服を来た男
もうひとりは、片腕を失っている自分よりも小さい女の子だった。
驚いたような表情をガーネットは見せながらも彼女は女の子の片手で抱きかかえている花に気づく。
「サイプレスの花―」
女の子は可愛げの無い仏頂面で、皆が眠る棺ひとつひとつに片腕ながら器用に添えていった。
「よう、ハワード」
「ご無沙汰しております。レオニード大佐」
「堅っ苦しい挨拶だなぁ。…まぁ、無理も無いか」
レオニードと呼ばれた男は周囲の棺ひとつひとつに目を向ける。
「今回の救護作戦、ご苦労だったな」
「いえ…それでも、至らぬ事もありました」
「気に病むなよ。お前は十二分に働いた。次の戦場でも期待しているぞ」
「―はい」
ある程度の挨拶を済ませるとレオニードはガーネットに目を向けた。
「君が、生き残った子だね。心情をお察しするよ。こんな馬鹿げた戦争に巻き込まれて悔しい気持ちもあるだろうが、この子たちの分まで強く生きてくれ」
「ありがとうございます…それより、あの娘は」
「ああ、あれは俺の娘だ。ナナイと言う。」
「レオニード、さんの娘さんですか?」
「もっとも血は繋がっておらんがな。あの娘も、状況は違っているが君のような孤児だった子でね。理由あって今は俺の養子としている。」
「そう、なんですか。見た目はむっつりしていますけど。優しい娘さんですね」
「へへ、よせやい。褒めたって養子の枠は増えんぞ?」
「え、いや―あの。そんなつもりじゃ」
「ガーネット。気にするな、このヒトの軽いおっさんジョークだから。」
「おうこらハワード。聞こえてるぞ。」
そんな他愛もないやりとりをして、各々は教会を後にした。
「夕刻の火葬…見送らなくてよかったのか?」
「いいんだよ。アルマの顔を最期に見る事ができた。それだけで十分だよ。」
「そうかい」
「ナナイ…か」
ハワードに車椅子で帰り道を歩く中ふとその名前を呟いた。
彼女からは少し変わった空気を感じていた。
少し色黒の肌に色が抜け落ちたような白髪。
今にも儚く消えそうな見た目に反して誰よりも異様なまでな存在感を放っていた。
「不思議な子だな」
「ナナイちゃんの事か。」
「ああ、あの子も…孤児だったんだってな?私と同じ中央大陸出身なの?」
「いいや、あの子は特別なんだ。帝国領の端っこでとあるカルト教団が幅を利かしていてな、そこの弾圧に向かった際、特殊な儀式が行われていた部屋で見つけられたんだ。その部屋には多くの死体…血と『何かによって』弾かれた肉が散らばっていたらしい。失った片腕から血を流しながら、『かえして、かえして』と呪詛のように呟いてな。」
「うへぇ…苛烈だねぇ。」
「捕まえたカルト教団の一人から聴取してみたら、『知らない…あの子は孤児…拾った孤児のひとりだ』と何かに怯えるように答えたそうだ。結局、救出した後治療も終えたが行く宛が無いと来た。それを見かねて現場指揮を取っていた大佐が見かねて養子として迎え入れたそうだ。」
「ナナイって名前は?」
「あの子に名前を聞いた時、弱々しい声で『なない』と言っていたらしい。…ここからは俺独自で調べた事なんだがな、どうやらその特殊な儀式ってのが神格の存在を呼び出す召喚魔術らしい。そして彼女はその魔法陣のど真ん中に居たようだ。」
「召喚魔術…ねぇ」
ガーネットは魔術の話に関してはイマいちパッと来るものが無かった。
育ってきた環境故、その情報に関しては縁遠い存在だったのだろう。
「ねえ、ハワード。」
「ん?」
「あんたは、どうしてここまで私の面倒を見てくれるの?」
「…納得できねぇからだよ。」
「納得?」
「戦争屋の…ヤクシャの仕掛けたウォーゲームと知りながら、上の連中が皆こぞって頭を縦に振って戦争をおっぱじめてやがる。」
「・・・・・・」
「軍に仕えるまでは俺は魔術師として営んでいた。ただでさえ世の中には面倒な存在がごまんと居てな、ヤクシャを除いて特に厄介なのが魔物だ。あいつらは人の迷いや恐怖、狂気、負の感情を持つヒトを好き好んで食べやがる。そんな中で俺みたいな魔術師や戦士たちがギルドによって駆り出されて討伐に出向いていたんだ。そんな奴らが今でもこの世に蔓延っている中、今でも変わらず人と人が殺し合っている。愚かな事だよ。」
「今も昔も人を守る仕事だったんだね。立派だよ、アンタは」
「…そうでもねぇさ。結局のところ、俺は今も人殺しに加担してやがる。そして、お前は俺を含めたそんな連中の為にあるべきはずの日常を奪われている。最初に会ったお前のなきじゃくる顔は今でも忘れられねぇ。さっき弟を見て泣き崩れるお前の姿もだ。」
「よせって。もう同情はお腹いっぱいだよ。アンタに責任を感じられても困る。」
「へっ、ちげえねえか。こんなおっさんの情けなんて受け止めるには体が小さすぎてかなわねえもんな。」
「やかましいよ…でもね、今のところはアンタに感謝している。ハワードじゃなかったら、きっとこうはならなかったよ。私は、救われている。」
「―そうかい。」
夕刻の鐘が教会から響き渡る。
赤く染まった空をその片眼で見上げながら、二人は暫く沈黙した。
日数が経ち、ガーネットの退院の日が来た。
行く宛の無い彼女の今後をどうするか話し合う為、再びハワードが彼女のもとに迎えに来てくれた。
「ここの医療施設の連中、本当に優しかったよ。感謝しきれないよ。」
「そう言ってくれると、あいつらも冥利に尽きるって話だな。…ホレ」
「なんだ?これは」
「俺からの退院祝いだよ。女の子がそんな成りじゃあ舐められるぞ?」
ハワードはガーネットの傷が残って閉じた片眼を指差す。
渡された小さな紙包みに入っていたのは彼女のサイズにあわせて用意された眼帯だった。
「…ありがと」
「へっ。それじゃ行くか、お前の処遇について」
「これから私はどうなるのさ?」
「さぁねぇ。まあ、帝国から戦争の被害者っつーことで支援金はたんまりもらえるだろうよぉ。それとこの国の市民権ももらえる。お前はこれから自由だし、かつてとは行かないが平穏な日常を手に入れる事ができるってわけ。」
「そう」
「これから一度、適当な軍議があるからそこでお前の処遇も決定する。なに、サクッと終わる内容だから気にするな。その後は書類だの説明だのでハイおしまいって話だ。あとは好きに生きろ。ガーネット」
「ありがとうな、何からなにまで」
「いいって事よ…お前さんは報われなくちゃいけねぇ」
報われる…?
ガーネットはその言葉に一縷の疑問を感じた。
私は、このまま幸せに暮らしていいのだろうか?
のうのうと、いつものように何も知らぬまま
いくら魔力の枯渇問題に直面しているとはいえ、この国は豊かだ。幸せな暮らしは約束されているだろう。
でも、きっと自分自身が死ぬまでこの眼帯の下から嫌でも映るあの光景は消えない。
ハワードは言っていた。
納得が出来ないと。
それは彼女自身も同じことだった。
そう、これは彼女の気持ちに余裕が出来た故に生まれる必然的な感情なのだろう。
世界は大きい。
大きすぎて知らない事が多すぎる。
そして自分自身はいままで知らいままのうのうと生き過ぎた。
怒り。そして、それに連なるように湧き出る『全てを知りたい』という欲求。
これは呪いに等しいものだ。
今でも思う
弟を殺した奴は一体誰なのかと
ヤクシャであるアシュレイか?共和国軍の兵か?
違う。きっと解らない 今のままではきっと知ることは出来ない。
けれど
その存在に自身の怒りを嬲るように叩きつけなければ、今生きた意味が無い。
次第に増長していく復讐心。それはゆらゆらと眼帯の奥底で燃え始める炎のようだ。
知識欲が燃料となり、どんどんと燃え上がってゆく。
「なぁ、ハワード」
「ああ?どうした?」
「私さ、帝国軍人に入隊したいんだが」
吸いかけのタバコを手から落としてしまうハワード。
彼女の道は大きく決まる事となる。
全てを知ろうとする為の彼女の人生が。