26:辿りつかない望み故、廻り続ける事を至福と呼ぶ男のドグマ
『重ねて驚かされる。あんたがドラゴンだったなんてな。』
「知ってのとおり本来、ドラゴンの姿はヒトとは異なるものなの。けれども例外があるの。それが『知恵持ち』のドラゴン。ヒトの言葉を理解し、ヒトを愛し、ヒトの望むものをヒトの姿に化けて欲しがる。それがアタシ達。そしてその筆頭がアタシ、ウロボロスって事になるわね。ヴィクトルと名乗っている事に関しては察して頂戴」
『そりゃあそうだろうよ。そんな事がバレたなら被害に遭った奴らは黙ってないだろうよ』
「『知恵持ち』ってのはそこに至るまでの条件が2通りあってね。一つは極界に赴き神に見初められ、祝福を得る事。もう一つは、簡単。その『知恵持ち』を喰らう事よ。」
『なら、お前は後者のほうだろうよ。』
「正解。アタシは神なんてものから祝福なんて受け取る事は無い。結論から言えば。頂いたわ。祝福を貰った、他の『知恵持ち』のドラゴンからね。」
「そんな話は今となってはどうでもいい。ただ事実を言えば、アリシアをあのようにした根源は貴様で決定だ。」
「へぇ…どうしてカシラ?」
「アリシアは貴様の抜け殻とやらが暴れて食らった被害者の一人だ。」
「そう…それで、あんなに鮮やかな黒い魔力を抱えていたのね。いや、自画自賛している訳ではないのよ。色々繋がった気がするわ。あの娘が光と闇を明白に相殺状態にさせる素。そして、神による魔剣の闇魔力を封印されたと同時にそれが廻り始めた結果なのね。」
『そもそも抜け殻ってどういう事だ?』
「ヤァネェ―。言わせないでよ恥ずかしい。脱皮よ、ダッピ。ひ・と・か・わ・剥けるのよ。アタシの抜け殻を見て解るでしょ??蛇と同じ生態なのよ。」
『そこまでは解る。なら何故、それが災害指定として暴れ出す。』
「そうねぇ。アタシが脱いだソレは、結局の所魔力を残してるのよ。私の理に染められた魔力。だから、勝手に動き出す。そして、申し訳ないわね。周りにメイワクかけちゃったの。」
『そんな、迷惑程度で済む話じゃねえだろ…!』
俺は多少の怒気を含めて返す
「…そうね。貴方たちからすればそうなるわよね。でも、ごめんなさい。アタシからしたら『その程度』の感覚なの。」
何を言っても無駄。
そうだ、こいつからすれば良心の呵責なんて感じられないくらい小さなものに過ぎない。
人も
街も
それらの死も
俺たちがきっと小さな虫に感じるそれと一緒なのだ。
感覚が少しズレているのではない。全く違うのだ。
だから平然と飄々としていられる。
それが、ドラゴンとして座する生命の在り方なのかもしれない
暫く全員が沈黙する。
「…いいわ、今回はこれで幕引きにしましょう。」
『は?』
「帰るのよ。というか折角なんだしアタシはここの名物温泉に浸かりたいわぁ。本当はアタシだって疲れてるの。」
見事に拍子抜けする展開だ。ここまで色々な情報を流して何もしないまま帰ると言っているのだ。
「それから、リンドヴルム。あなたいつまで黙ってるのよ?」
ふと話を振られたリンドは反射的に体をビクつかせる。
その様子に違和感を感じ何かを察したヴィクトルは顎に手を置き一考すると
「ふぅん。なるほどネ。あなた、まだ話してなかったのね。彼に」
「……それ、は……」
まさに蛇に睨まれたカエルのような状態で身を縮こませるリンド。
彼女は何を恐れているのか?
俺に何か隠している事は理解しているし、俺は気にしないことにはしている。
それよりも気になるのは彼女の呼び方だ。
リンドヴルムと言っていた。
あの時、レオニードも彼女の事をリンドヴルムと皮肉って呼んでいた。
リョウラン協会の筆頭との関係
……俺は喉から出かかってる答えを今は引っ込ませた。
『ヴィクトル。リンドと何があったか解らないが、それ以上変な質問はよせ。』
俺の放つ言葉に俺を抱くリンドの腕がぎゅっと強まる。
「ふぅん。ジロウちゃん、益々気に入っちゃった。いいわ、今回アタシはあなたに関与しないわぁ。暫く傍観させてもらおうかしら。アナタの騒ぎって随分離れているとこでも耳に入るようになっているようだし。風の噂ぐらいは耳にするでしょうしね。」
俺の存在モロバレじゃねえか。
『俺たちは一向に構わない、感謝はしないがな。ただ…ヤクシャにはお前みたいな奴がいる事に関しては安心した。好きになる事は到底無理そうだがな』
「いいのよぉ、それで。ギルドマスターもいいかしら?というか、アンタねぇ少しは譲歩するって考えを持ちなさいよ。ここに至るまで何回襲いかかってんのよ。」
どうやらニドは俺らの知らない間で機を伺っては何度も攻め入ろうとしていたらしい
そしてその全てを何事も無かったかのように巻き戻されている
本当にこの男を斃す術はあるのだろうか…?
厄災の担い手。徒党も組まないこのヤクシャ達が一度揃っている事実。
もし、再び同じような状況に陥った時…全てを相手にできるのだろうか?
ニドは暫く沈黙した後、口を開く
「今回はいいだろう。貴様を斃す術を今は持ち合わせて居ない事を理解した。私の混沌棒も当人に触れられなければ意味が無い。」
「物分りが良いのか悪いのか。しつこいのはキライではないけどねぇん。特別に言うけど、実際のところその棍棒は本当に私にとってもヤクシャにとっても恐ろしい代物よ。それとジロウちゃん。これ、ア・ゲ・ル」
ヴィクトルは急に俺に近づくと、その手で俺の刀身に触れる。
『な、何をっ―!!?』
「ジッとしてなさい…ああ、やっぱりすごいわね。アナタの中の魔力。触れたモノの魔力だけじゃない、理すらも読み取っている。」
なんだ、俺の中に何かが入り込んでくる…この感覚、水を飲んだときに体に水分が浸透していくような感覚。
―概念『蛇』の取得
―概念『捕食』の取得
―概念『執着』の取得
―概念『円環』の取得
―概念『破壊』の取得
―概念『再生』の取得
―概念『永劫』の取得
これは、ニドの魔術工房で起きたときと同じ感覚。
頭の中で聞こえる声とも言えない何か。
「アリシアちゃんの件のお詫び。これで差し引きは無しにして頂戴。」
『何をしたんだヴィクトル』
「んふっ。アタシの理をあなたに与えただけよ。永劫の本質。使い方は、自分で『考えなさい』。それじゃねん。あ、そうそう。あと、急いでアリシアちゃんの方に戻った方がイイカモ。結局のトコロ、 挨拶したいのはアタシだけじゃないみたい。」
颯爽と気配もせずに現れたものだから、忍者の如く旋風を巻き起こして消えるのかと思いきや
普通に俺たちに挨拶をして扉から出て行った。
そして去り際に言った一言。
―正直、嫌な予感しかしない。
『リンド』
「……」
『リンド!!』
「はっ…はい!!」
『なんつーか、あれだ。色々と気持ちいっぱいいっぱいなのは解る。だけど、いまは頼む。急いでるんだ。』
「あ…えと、そうですね!アリシアの所に行かないとですね。なら月代の鏡を使います。」
「私も向かおう。この街にいつまでもヤクシャ共が居座ってもらっても困る。」
『人手はあったほうがいい。毎度の事で悪いが頼む。』
「では参ります。―月代の鏡よ、我らを定められし場所へとうつし給え。繋がりの言は…『ラース・フロウ』」
月代の鏡はその言葉に応えるように鏡から眩い光を放つ
そして俺たちのいる周囲がぐにゃりと歪み始め、それらが渦状になり形を曖昧にしてゆく。
「アリシア―」
俺はふと思った。
闇に魂を染められたアリシアは何よりも死を、無を
暗闇の中という不変なる状況を好み惰性である事を望んでいた。
なら何故その因子である僕と名乗るアリシアでさえ、『パパ』という存在に執着していたのだろうか
喉から出かかっているひとつの答えが今は出てこない。
いや…それは俺が決めるべき答えではないんだ。
今度こそ、アリシアに
アリシアたちに聞かなくちゃいけない
あの娘たちが何を望み、どうしたいのか。
アリシアの居る部屋。
眠るアリシアの横で、静かに座って見守るガーネット。
彼女は眼帯をさすりながら彼女の寝顔を眺める。
アリシアは未だに目覚める事は無い。
きっとその役目は自分ではない事を自負はしている。
しかし、彼女は願わずにはいられなかった。
どうか目覚めて欲しいと。
その眼帯の下で最期に視た子供の顔とアリシアが重なって見えてしまう、心の軋む感覚。
「お前さんは幸せモノだよなぁ。目覚めて欲しいと願う人がいっぱい居るんだから、さ」
ガーネットはそっとアリシアの頭を撫でる。くせ毛一つない柔らかい髪の感触。
窓から差し込む夕暮れで金髪や顔ががやや赤に染まっている。
当てられた光に全く動じず閉じたまつ毛は本当に長く。より人形のような見た目さを引き立たせていた。
どれほど時間が経っただろうか。
数分、数十分…もう少し掛かっているだろうか。
「ふう…全く」
彼女はため息をつく
それもそのはず。
リンドの許可なしでは、『ありとあらゆる生命』を拒絶する事のできるこの結界。
そこに物音もせず、ましてや結界を壊す事もなく土足で踏み入った者が、今 ガーネットの後ろでずっと沈黙を守って存在している。
それが異常な事態であることは明白。
「…………」
ボロキレを被ってその姿を隠す存在は、ずっとこちらの事を見ている。それだけはガーネットにも感じ取っていた。
(さて、どう動くかねぇ。)
そして
ギッ―
その存在が動き出し、一歩踏み込んだ瞬間
ガーネットはそれ以上の行動を許さないと言わんばかりに高速で振り返り、
腰に携えたダガーを引き抜くと一気に間合いを詰める。
「悪いね、ここはお前さんが居ていい場所じゃない」
ガーネットは相手の反射速度を超えるほどの速さで喉元にダガーを差し込む
「かはっ―」
ボロキレを被った主は嗚咽を漏らしながらも、自身に突き刺さったダガーには気にも留めず
ガーネットの腕を強く掴む。
「!?」
近接戦闘でのセオリーを理解しているガーネットにとってそれは全く予想の出来ない行動だった。
驚きながらも、その掴まれた腕を振り払い 相手の喉に突き刺さっているダガーを強引に抜くと
もう一度、今度はその存在の胸もと目掛けて止めを刺そうとする。
「い、痛いよ…やめてよ『おねえちゃん』」
「っ――!?」
ガーネットはその手を唐突に止める。いや、止めないといけなかった。
そして、自身の目を疑った。
その隻眼を大きく見開いても信じる事が出来ない。
なのに彼女の心臓の鼓動が早く脈打つ。
思考がまとまらない。
その声には聞き覚えがある。
もう聞くことが出来ない声。
脳裏で考える事を塗りつぶされるように過去の記憶が蘇る。
おねえちゃん…痛いよ…痛いよ…
「おねえちゃん?どうしたの?僕だよ?」
目の前にいる存在は一体なんだ????
何故、『あの子』が此処にいる????
姿を隠していたボロキレが剥がれ、その存在が正体を見せる。
その姿は紛れもなく、ガーネットの
彼女のたったひとりの弟の姿だった。
「アルマ」
「そんな怖い顔しないで?ほら…僕はここにいるから。ね?」
「本当に…アル、マ…なのか…?」
アルマは近づくと、彼女の手に触れる。
「ほら、ね?本物でしょ?僕は僕だよ。おねえちゃんのアルマなんだよ。」
刹那、ガーネットの手に持つダガーが彼女自身の首元に襲いかかった。