25:神を嫌う蛇は俗世を泳ぎヒトの様を詠う
ニドは暫く話し続けていた。
リューネスの事
ウロボロスという災害に等しい竜の存在
アリシアが二重の人格を持つに至る為の要因。
淡々と静かに説明されるなかで
リンドはその時を思い出しているのか
俺を抱き抱えている腕は小さく震えていた。
一人称を僕と呼ぶアリシアは、ウロボロスによって生まれた闇に染められた魂の側面であって
俺が初めて会った一人称を私と呼ぶアリシアは、魔剣の起こした契約により復元された本来の魂に、より一層光りを色濃くした側面・・・
なら、あの時、アシュレイ襲撃に見せていた、彼女の震えは、ニドの口にしたウロボロスという言葉のせい
「過程の話はここまでだ。では、現状の話しをさせてもらおう。」
ニドは一息つくと 立ち上がり、その絡繰りで出来た体をよたよたと動かしながら俺とリンドの方に近づく。
「アルス=マグナによって回帰したアリシアの魂は、その実…完全に復元されていたわけではない。そうだろ?リンド。君は気づいていたね?」
「…はい」
どういう事だ?
『リンド、何故黙っていた?そればかりは流石に―』
「あの子の魂は確かに復元されてはいた。しかし、彼女の闇は想像以上に色濃く矮小ながらも存在を残してしまったのだ。それ自体には何の問題も無かったさ。だが、それを覆す程の大きな出来事が発生してしまった。」
『それは、魔剣による契約か?』
「正しいが、正確には違う。そう…君だよジロ。」
『俺が…?』
予想だにしなかった回答。だが、その指摘を受け
思い出しては考え、考えれば考える程に合点が行く所が見受けられた。
そしてそれに起因するモノ
『俺の――魔力か…』
「アリシアが魔剣との契約を成立させた瞬間。君の中の魔力が彼女の生命を維持する為にリンクした。そして、その中で矮小な闇の側面であった彼女の魂が君の魔力によって供給され、次第に内側から存在を確立させていった。」
ナナイとの戦闘で這い上がるようにこみ上げてきた悪寒、憎悪。あれらはもうひとりのアリシアの感情だったんだ。それが時折表に出てしまった結果、あのような羅刹の面を被った一面をアリシアが見せていたという事になる。
「だが、存在を確立させるだけならまだ良かった。それはあくまで『君の魔力』として存在していたに過ぎなかったからね。問題は女神によって君の黒の魔力を封印された事によって君から供給されていた魔力のリンクが途切れ、その存在に輪郭を作ってしまった事だ。それによって彼女は『意識』というものを獲得してしまった。」
そして、それに驚いた光の側面のアリシアはその自分を受け入れる事ができず
躯の主導権を明け渡してしまった。
「そして、もう一度光の側面の彼女は自身の肉体を取り戻そうと内側で闇の側面を否定した。」
到底受け入れられるはずがない。自身の過ちを、自身の味わった悪夢の記憶を…
闇の側面のアリシアは言っていた「ずっとパパの事を見ていた」と
魂の奥底という檻の中でずっと俺たちの事を見ていたわけだ。
父親が自分の為に命を賭して消えてしまったあの日から
否定されながら…ずっと
「そうなってしまった以上、考えられるのは 光と闇の相殺状態。」
『相殺状態・・・?』
「彼女の魂の中で認識し合ってしまった光と闇が互いにせめぎ合っている。お互いを喰らい合うように、繰り返される輪廻のように」
それこそ、ウロボロスの中でいた時と同じような感覚をもう一度味わっているかのような。
自身の肉体の主導権を取り合いが終わらず、今でも眠り続けている。そうニドは答えた。
『なんだよそれ』
気持ちが一気に盛り下がる感覚。
ニドの話しを聞くからに
アリシアは救われているようで、結局の所本質的には解決は出来ていないんだ
そして、自己を認識するようになった彼女の魂の一部は結局「否定された」ままだったんだ。
「ご名答ネ」
唐突な第3者の艶のあるが野太い声
聞こえた刹那、ニドは急に踵を返し
食らいつくように声の主に飛びかかった。
「アラ 良い反応だわ、でもそれだけじゃあワタシには到底『届かない』」
『!?』
「・・・・これは」
どうなってやがる?ニドは確かに声の主に飛び掛った
けれどもそれが何事も無かったかのように
『巻き戻された』かのように、
ニドが俺とリンドの目の前で踵を返した瞬間のままになっている。
「―。」
暫く沈黙するニド。
「アンタ、結構しつこいのね。今ので『34回』は繰り返してるわよ。」
『繰り返す…?』
タイトな服装に身を纏った紫色の長い髪が目立つ長身でやや痩せ型の男。
そして、ねっとりと這うようなオネエ言葉。
「アナタもいい加減、何もしらないチェリーボーイじゃないのだから察してもいいんじゃないカシラ?こういう理解出来ない事に長けてる奴なんて概ね決まっているモノでしょう?ネェ…魔剣のジロウちゃん?」
『ッ―!!』
男は余裕の笑みを見せつけ、首を傾け俺に答えを促す。
当然、察しはついている。しかし、それこそ信じる事が出来ていないのも事実。
なんでこう、立て続けに現れやがる
『ヤクシャ…!』
「正解よぉ。それじゃあ、ニドちゃんが動かない理由もトクベツに教えてア・ゲ・ル」
「その必要はない。貴様、よもや8番か。ならば合点が行く。繰り返し、やり直したな?」
「んもぅ。暫く黙ってくれてるとおもったらコレ?空気ぐらい読みなさいよね。んまっ、そういうのも…嫌いじゃないわよ」
ヤクシャNo.8。
「改めまして。アタシの名前はヴィクトル・ノートン。『永劫』のヤクシャよ。ヨロシクね。」
永劫。
その言葉に繋がるものは一つしなかい。
ウロボロスだ。
ならば此処に居る理由も一つしかない。
「アリシアか」
「アラ、話が早いわね。そうそう、アリシアちゃん。あの娘、今何処にいるカシラ?ってね」
此処に居るという事は、幸い場所を知られているわけでは無さそうだな。
となると。
『あの娘の場所でも聞きにきたわけか?』
「そうねぇ」
ヴィクトルと名乗る男は手のひらで頬杖をつき困ったように話す。
「どこから話しましょうかしら。あの娘、アリシアちゃん。ええ、すっごくいいわ。アタシが探していたものに近いモノを持っている。光と闇の相殺状態を延々と繰り返している様。あれはずうっと私が欲しかったものなのよねぇ。」
『あの娘をどうするつもりなんだ』
「どうするもなにも、それはもう既に一つのエネルギーとして働いている。繰り返し続けるという永久の機関。永遠の力。それを以て、アタシはまた永劫に近づく事ができる。つ・ま・り」
ヴィクトルはニィと口角を上に引っ張らせ不敵な笑みを見せる。
「食べちゃうのよ。アリシアちゃんを。」
悪寒が走った。この男の言っている事は本気だ。それをどんな過程でするなんて気にする必要はない。
あの娘の中にある力を手に入れる為に、自身に可能な事をそのまま言っている。
『させるとでも!!』
「そうねぇ。でも、ジロウちゃん。あなただけで何が出来るのかしら?ネエ?」
その言葉と同時にこちらに向けられた視線。
それと同時に視界が一瞬揺らいだ。
そして、小刻みに震えている。
感覚で覚えている。
「リンドヴルム」
俺を抱き抱えているリンドが震えているんだ。彼の言葉に。
「―――……」
リンドの顔はひどく怯えていて、決してヴィクトルに対して視線を向けようとしなかった。
察するに・・・・彼女には奴に逆らえない理由があるのだろう。
だが、俺には無い
一人になろうがやるしかねぇ
『アルメン!!』
俺は浮遊するイメージを使い、リンドの腕から自ら離れ、自身の相棒に指示を出す。
鎖に繋がれた杭がヴィクトルに向けて鋭く飛んでいく。
「まちなさいな。」
『!?』
クソッ。これがニドの味わったやつか。
攻撃の意思もあった。アルメンも確かに答えた。
しかし、瞬間的にリンドの腕に抱かれている状態に巻き戻っている。
『―アルメン!!!』
俺はもう一度、今度は試す意図でヴィクトルの後ろにある壁に向けてぶつかるスレスレで当てる。
それは何事もなく壁に突き刺さり、アルメンに俺を引っ張るように指示する。
当然、勢いを増してヴィクトルに魔剣が飛び掛る。
「なるほどね。でも不意打ちもカンケーないわよ。」
彼の言うとおり、ヴィクトルは全く動じる事なく
そして、巻き戻されるように俺自身も再びまたリンドの腕の中に収められていた。
「検証は、そこまでにしてほしいわ。これ以上アタシの手間をかけさせないで頂戴。でないと、今度は痛いわよ?」
彼の声のトーンが低くなる。そして感じる、ビリビリと熱を帯びるような威圧感。
『クソっ―』
「ちょっと、少し落ち着いて。アタシだって今すぐに殺り合うってつもりはないのよ。」
『ヤクシャってのはそういう事をするのが専売特許みたいに聞いているが?』
「ええ、そうねぇ。実際、私だって自分の望みの為に何度も何度も人を、繋がりを、喜びを、幸せを壊してきたわ。」
『そんな奴が今すぐ殺り合うつもりはないだぁ?一体どの口がそんな事をほざくんだって話しだよ』
「あら、いいわねぇ。威勢がいいのは本当に好き。気に入ったわ。なら、先にいい情報を教えてあげる。」
『情報?』
「アシュレイちゃんの襲撃の段階で、実はね。あそこには既にヤクシャが全員揃ってたのよ。」
『!?』
「まさか―…本当に信じられない。貴様と6番、そして唐突に現れた4番以外にもあの場所にヤクシャが居たとでもいうのか?」
「そうね、でもそこが問題ではないの。重要なのは、基本各々の本質にしたがって動いている私たちが徒党を組んでもいないのにあそこに集まっている事よ。」
「私のギルドにたまたまそこに集まったとでも言いたいのか?」
「その通り。ねぇ、あなた達も思ってるでしょ?なんでこう、立て続けにヤクシャが出張って来ているのか?ってね」
『ならお前はここに何しに来たつもりなんだ。』
「そうね、そこのリンドヴルムなら察しがついているんじゃないのカシラ?」
『リンド?』
「リョウラン組合。それがアタシの表向きの顔なの。」
「リョウラン組合…大きな商業組合で、遠方の物資の供給を担っている組織ではないか。」
「正解。そして、その組合の代表取締役がアタシって事。」
ニド・イスラーンの南大陸に位置するギルド。北方の物資の調達だって自身で賄えるものではない。
つまり、ここに奴の斡旋した商人が出入りする事は至極当然な事だろう。
『まさか、本当に偶然…とでもいうのか。』
「そうね、本当にビックリしちゃったわよ。たまたま、ええ本当にたまたま商会の馬車に付いていって療養施設としても有名なこの街に気晴らしに来たってだけなのに。あの騒ぎと、棚から落ちてきたぼた餅のように私の望んでいるものがすぐそこにある。」
『あの段階で野次馬としてすでに俺たちの存在を把握していたのか。』
「ええ、『2番』は人ごみに紛れて傍観していたし。『10番』は姿を見せなかったけど、気配で感じ取ったワ」
『ヤクシャにある何か本質に従って出た啓蒙が…というわけではないのか?』
「そういうのは基本信じないタイプなの。特にアタシは。まぁ、『4番』のセラは別物として考えるとしてもそういう事で動く連中じゃないわよ」
『ヴィクトル・・・何故、それを俺たちに教えたんだ?』
「気持ちが悪いのよ。」
『は?』
「偶然ってすごいわよね。奇跡ってすごいわよね。盤上をひっくり返すような展開。実に面白いわ。…でもね、それが重ねて続く事を人はなんて呼ぶかしら?どのような名前をつけるかしら?」
『運命…神の奇跡…』
「そうよ。アタシはね、神様が嫌いなの。感謝する事は愚か、する人を見るだけでさえ反吐がでる。徒党を組んで祈りを捧げる様は非常に時間のムダ。そんな中で、自分の力でやってきたと信じながら生きてきた。本質に従ってたくさん殺しもしてきた。」
『おまえ…』
「でも今回は違う。違うのよ。何もしていない中で、今まで苦労して求めたものが突然にハイって差し出されたように出てきた。それってアタシからすれば非常に屈辱的なのよ。」
こいつはアシュレイとは何かが基本的に違う。
信じる。とまではいかないが、ある程度譲歩してくれる余地はありそうだ。
『なら、お前はこれからどうする?与えられた施しを貰う事を否定している事は理解した。なら本当の目的はなんなんだ?』
「そうねぇ。軽い品定めってトコロかしら。今のところは結構アナタの事、気に入ってるわジロウちゃん」
『何を根拠にほざく』
「理由は二つ。まずあなたがリンドヴルムとつるんでる事カシラ」
『・・・?どういうことだ。』
先程から気になっていた。ヴィクトルとリンドの関係性。
彼女の様子を見るにあまり良い関係ではないと思うが
「二つ目の理由は、そうねぇ。あなた…神ってのが嫌いでしょう?」
『っ―』
「わかるのよネー。アナタ、私と同じ感じがするもの。神って言葉を口にするとすごい気に入らない人に対しての特有の声色になってる。またそれが見え見えなところがまた好きなトコロかしら。」
否定するつもりはない。俺は神だの運命だのが嫌いだ。定められた歯車を管理するような存在がいるなら今すぐこの躰で切り裂いてやりたいものだ。
…まてよ。
ならば、それならば
聞いてみる価値はあるだろうか?
『おまえ…歯車の音が聞こえなかったか?』
「……さぁねぇ。何処でいつの話をしているのカシラ。気のせいじゃない?」
いまの間。物凄く引っかかるものがあった。こいつ、何か知っているんじゃ。
「ひとつ質問いいかね?ヤクシャ…否、ここではヴィクトルと呼ばせてもらおう。」
「何かしら?」
「貴様は『ウロボロス』についてどう思うヴィクトル?」
「あら、あぁー…。まぁ、長年生きてると人の生き死にに関してアタシも少々疎くなるの。良心の呵責が無いといえば嘘になるけど、あまり気にしない事にしてるのよ。『アレ』に巻き込まれたのならゴメンなさいね。」
『どういう事だ?』
「そうね。アレ、私の『抜け殻』なのよ。」
『抜け殻!?』
どういう事だ?この男の抜け殻
「ヴィクトル…貴様もしや、『知恵持ちのドラゴン』なのか」
ドラゴン……え?
ドラゴン?こいつが?
「そうよ。リョウラン組合、その表向きは商会をやっているわ。でも、本来の生業は『知恵持ちのドラゴン』が集う協会…全てのドラゴンの管理を担っている組織よ。そして、アタシも知恵持ちのドラゴンの一人。ウロボロスはアタシの真名と言ったことろかしら。」