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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
止まらぬ邂逅
26/199

24:その嘆きは人間よりか弱く、その涙は人間よりも

また、これだ。


不思議と俺は夢の中だと気づく。


当然じゃないか。今、目の前には『あの時』の奈津がいやがる。


彼女と最期に話した場所。


暫く通い続けた病院の南棟、304号室。


先の事を語ると胸が痛くなるくらい雲ひとつない晴れた青空を覗かせる窓際。


彼女のやせ細った手に日向が乗っかり、それに反射するようにチラチラと光る指輪。


俺に心配させまいと咳き込むのを握りこぶしで口を抑え


できるなら自分のことは忘れて欲しいとそっぽを向いた横顔。


「やめろよ‥‥」


おれは小さく呟く。


なんで今になってこの場所を見せる。


なんで、今の俺にこの光景を見せる。


奈津が次にいう言葉は―約束は知っている。



「慈郎、あの娘の事を頼むね。」



「―やめてくれ。」



知ってるんだろ?知ってるんだよ。


俺は、結局この約束を守れなかった。


「慈郎。今までありがとうね」



どうして




どうして…





どうして!!!





憎しみに飲まれようとする俺の手を優しく握る手

弱々しく。本当は握れてないとも思えるほどに弱々しい手。


彼女の横顔はゆっくりと俺に視線を向けるように動いた。


俺は、目を合わせられない。


怖くて合わせられない。


申し訳ない


申し訳ない…


俺は震えた。そして、震える度に、目尻に溜まっていた雫が零れ落ちた。


「俺は―」


「慈郎」


「おれはっ――!!!」



「アリシアの事、頼みますね。」



その名前を聞くと共にハッとして俺は瞬時に奈津の顔を見るように俯いた顔を上げる。





「おはようございます。ジロ」



目の前に居たのは白髪に綺麗な瞳を勿体無くするように目を細める女性の顔だった。



『リンド…お、俺は…』



「大丈夫でしたか?私には魔剣の勝手が解らないのですが、どうも貴方の中の魔力が怯えるようにざわついていたので」



夢…そうだ。夢から醒めたのだ。

妻に対しての贖罪に潰れそうになりながら確かに聞いたあの言葉。あれは一体



『心配かけたな、すまない。』



「良いのですよ。」



俺は自分の刀身になっている足元を見る。

アルメンが俺の意識に答えるように小さくじゃらりと鎖の音を鳴らした。


『…アリシアは?』


「―。」



リンドは答えない。

その代わり、視線を横に向け その先にあるベッドを伺う。


そこには小さく、儚い人形のように動かない少女の姿があった。



「あれからもう三日目経つが、目覚めないねぇ。」



リンドの後ろからひょこりと出てきた眼帯の少女、ガーネットが答える。



『そうか』



ヤクシャの襲撃から三日目。未だにギルドの街は破壊された周辺の改修作業に見舞われていた。

あの襲撃の後、唐突に気を失うようにアリシアが倒れて以来

今に至るまで目を醒ます事は無かった。


一度は揺さぶってみたものの、動き出すことはなく

小さく呼吸をしながら眠っているだけだった。


その間、俺はずっとアリシアから離れる事なく側に居続けた。

しかし、動く素振りは全くと言っていいほど見せつける事はない。



『なぁ、リンド』



そして、見守るだけに生まれた有り余った時間の中で

俺は彼女から リンドから聞くべきことを問いただした。

先の出来事を踏まえて。



『アリシアはさ、自分の事を唐突に『僕』って言い始めたんだ。』



「っ!?」



リンドはその言葉に凄まじいほどの同様を見せていた。

目を泳がせて、口を開こうとしては閉じ

結局何かを言う事もなく黙る



『最初に会った時よりも異様に達観しててさ でも、周囲なんか関係ないって言うほどに俺という魔剣に執着していたんだ。』



どうしてなんだろうな


俺は小さく弱々しく問いかける。



俺も相当滅入ってるんだろうな

色々ありすぎた結果、アリシアが目覚めることがなく

知りたいことを知ることもできないままただ時間が過ぎている。


『リンド』


「…はい」


『教えてくれ。俺たちがあいつらの襲撃を食らってた時、何処に居たんだ?』



なんてことない質問をした。

でも、俺は別に知りたくて聞いてるわけじゃなかった。

感じているんだ。胸の中で少しずつ、自分ではどうしようもない感情がある事を。

だから 彼女からの言葉が帰ってくる前に言葉を繋げた。



『どうして、リンドはあの時側に居なかったんだ?』



わかっている。これは愚かな質問だって。自分のやる事がどれだけ醜い事だって理解している。

でも、こうするしか・・・手足のない俺に出来る唯一の行動であり、憤りに対しての足掻きなんだ。


『なぁ、お前さえあの時居てくれれば…こんな事にはならなかったかもしれないだろ?』



俯いて黙り込むリンド


彼女は今、どんな気持ちでいるのだろうか

悲しい気持ちになっているのだろうか辛い気持ちでいてくれるのだろうか?


―醜い。


人に自分の気持ちを押し付ける事でしか自分の憤りを表す事ができない矮小な存在


だってよぉ



『しょうがねえじゃねえかよ!!』




『俺には・・・・何も解んねえんだ!考えたって考えたって問題が山積みだ!躓いてばっかだ!!!俺が何をしたんだよ!俺が悪いのか!?いつもいつも!思わせぶりな事ばかりで答えが出やしねぇ!』



自分の中で無理矢理怒号のスイッチを見つけてみっともなく叫んだ。

それくらい、本当に溢れそうになっていたんだ。



俺は本当に苦しい。



急に現れる神

急に死を迎える少女

急に出会う奈津と似た顔の女性

急に遭遇する厄災

急に訪れる静寂とした時間



『解んねえんだよ!!モノには限度ってもんがある!そうやって世の中ってのは成り立ってんじゃねえのか!?』



周りを良くも思えない

世界を良くも思えない

運命も神も・・・・

何より自分を良く思えない。

何もかも否定して消えて欲しい。



『ふっざけんなっ!!どいつもこいつも!!どいつもこいつも!!』



俺ごと消えて欲しい




『消えっ―』




―アリシアの事、頼みますね―



あの時の言葉。

あの時見えなかった顔



「っ…ぐすっ…ひぐっ…」



―――――…ようやく自分が何をしでかしたかを理解した。




隣で自分のスカートを強く握り締めながら、堪えきれず嗚咽を漏らして泣いているリンド。

彼女にも事情が無いわけじゃない。

そして、わざわざ俺の気持ちを押し付けなくても

結局は一緒なんだ。

ああ、そうさ


お前だって辛いんだろうな。


護るべきものを守れなかった結果

色んな状況から来る責任に押しつぶされそうになっていたんだよな。


一緒だ、お前も…


俺は、本当に何もわかっちゃいねぇ


何も……


「もうその辺にしてやってくれジロ」


終始黙って見ていたガーネットが見限ったようにようやく口を開いた。



『いや、否定してくれていい。今のは俺が悪かったんだ。そうでもしなくちゃどうしようもないくらい俺は――すまない、リンド』



リンドは何も答えない。ただただ小さくしゃくりあげて涙を流している。

俺は、そんなリンドにこれ以上何も言わずその彼女の震える手に優しくアルメンの鎖を巻きつけた。



そして、リンドも何も言わず側に居る俺を



『って、いや―お前 あぶなっ』



俺の躰が魔剣にも関わらず強く抱きしめて来た。

強く…強く、そして先程よりもはっきりと泣いた。

出来の悪い子供が上を見上げて泣いてるような声でみっともなく泣いていた。

そしてより一層強く俺を抱きしめた。




アリシア。頼むよ。俺たちは今泣いている。




怒ることが器用に出来たのに泣くという気持ちを表すことが出来ないしょうもない魔剣は

一人の女性にみっともなくも代わりに泣いて貰っている。



だからよ。こんな事が滑稽になるくらい唐突でいいから、目を覚ましてくれよ




アリシア。




俺たちは暫くそのままで居る事にした。

自分たちの気持ちをはっきりと理解するために暫く。







「少し落ち着いたか?二人共。」




ガーネットの一言で意識をハッとする

どれくらい時間が経っただろうか。リンドの鼻水をすする音も聞こえなくなった。

それでも変わらずリンドは俺を大事そうに抱きしめている。



「ええ…ありがとうございます。そして申し訳ありません。ジロ、ガーネット」



「構わないさ。私だって責任を感じている。ジロの叱責を用心棒である私も受けるべきなんだよ。まさか早々に戦争屋あのクズが出しゃばってくるなんてね・・・。」



そう言いながら、目を下に向けてガーネットは自身の眼帯をさする。



「でもさ、このままってわけにもいかんだろうさ。魔剣くんよぉ。リンドから聞いているよ、この娘の側にずっと居るって約束をしたんだろ?約束ってのは心と心の誓いだ。うんともすんとも言わない奴にするもんじゃねぇ。そういうのは結局の所、残された奴が遣る孤独の誓いだ。」



ガーネットの声色が少しずつ儚くなってくる。



「いま、お前さんに出来る事は…やるべき事は、識る事だ。この世界でその娘と生き抜く為、状況も、知識も技もその力の使い方も、自分自身のことも…それがきっとアリシアちゃんとの約束に、お前さんが知りたい真実に繋がるんだろうよ。」



少しづつ熱を帯びてゆく彼女の声に、俺は自分の心が奮い立たせられた気がした。



そうだ。俺は何をしていたんだ。

人を責め立てるだけで、言われた事だけで状況を把握したつもりでいた。

そして解らなければ駄々をこねるように怒るだけだった。

神という怒りの受け皿に甘えていたんだ。



『リンド。』



「はい。」



『本当は、聞きたい事はいっぱいあるんだ。だが、俺は今は聞かない。お前が困る事はしない。』



「はい…」



『でも、頼む。お前が困らない範囲でいい…知りたい事の為に、手伝ってくれ。』



「―ふふ」



『?、リンド?』



リンドは急に吹き出し、目尻を拭うと



「申し訳ありません。あまりにも…その、自分に向けられる優しさがこそばゆくて。…そして、ありがとうございます。ジロ。あなたの知りたい事にできる限りの助力を尽くします。」



いつものニッコリ細目の笑顔を見せてくれた。




『でなわけで、ニドの所に行ってもいいか?』



「わかりました。アリシアは…」



「安心しなよ。あんたが仕掛けた結界の外側で私が監視してる。何かあればコレで」



そう言うとガーネットはある物をリンドに投げる



「これは?」



受け取ったリンドの手に収まったのは小さな手鏡。



「それは『月代の鏡』。結構な代物だからなくすなよ?」



「『月代の鏡』?」



「リンドは初めて見るだろうよ。こいつは極東の儀式で作られた特殊な移動魔術装置だ。アリシアの懐にもう一つ入れておく。これで、なにかあった時は号令を元に無理やりあんたらをここに呼び戻すこともそちら側に行くこともできる。」



『なるほどな。これで離れていても強引に合流できるわけか。』



「まぁ、私も伊達に諜報機関やってないからね。こういうのが結構役に立つのよ。つっても回数に限りがあるから気を付けてな。号令はリンド、あんたと『あの日初めて出会った場所』だ」



「…随分趣味の悪い号令にしましたね」



「にゃはは。あれは私にとってとても衝撃的だったからねぇ、ま これで心配はないだろうよ。武運を祈るさね。」



「わかりました。では行きましょうジロ」



『ああ、そうだな。―アリシア、待っててくれ。』




俺とリンドはアリシアの眠る一室を後にして、ニドのいる執務室に向かった。







「やぁ、ジロ!調子はどうだい?暫くふさぎ込んでたと聞いていたが」



『ああ、心配かけたなニド。あんたこそ腕の調子はどうなんだ??』



先の騒動で『乖離』のヤクシャから受けた奇襲。

腕を丸ごとスパッと切られてたからなぁ



「なぁに、安心してくれ。所詮は器さ。代替えが利く。」



ニドは新しく取り付けられた腕を見せながらブンブンと回している。



「…アリシアは、まだ眠ったままかい?」



ニドは少し気を遣うように優しく囁くように聞いてくる。

本当に、元魔王なんてのが信じられないな

まぁ、確かに戦争屋の時に見せた凄まじい程の剣幕を見れば納得は出来る、か



『残念ながらな。なぁニド、俺は色々と聞きたいことがあるんだ。今、時間はあるか?』



「そうか。丁度良い。私も君に知らせたい事が一つあったんだ。今まで忙しくてね、遅くなってしまった事は申し訳ない。そして来てくれたお陰でそちらに行く手間も省けた。」



『なんかあったのか?』



「アリシアの事さ。」



『何か解ったことがあるってのか!?』



無意識にリンドの手から転げ落ちるように前のめりになる。



「そうだね、合間合間で彼女が目覚めない原因が解らないか文献を漁っていたんだ。」



ニドは椅子に座り両腕を組む。



「そこである推測に行きついた。…リンド、これは君に関しても少し触れる可能性がある。いいね?」




「…はい。」




「ジロ、君が察するようにアリシアには二つの人格がある。」




『ああ。それは本人も言っていた。『私』と言うアリシアは、『僕』を蓋するように閉じ込めて生まれたって。』




「そう、アリシアは『ある事件』の被害者だった。」

「おい、あれ」



「ああ、あの身なり…法国の信徒の服に、似てるな?」



「王への使いか?それにしては付き人もいないが」



ニド・イスラーンの西の大陸に位置する王国の中心核である王都の大きな一本道

行商の馬車や憲兵、街の民が行きかう中

青と白のローブに包まれ、頭よりも大きな神官帽

自身の身長を優に超える大きな杖。

そんな異様に目立つ格好をした少女の姿がそこにあった。



伝えなくては



伝えなくては―



本来そのような神官職の者がこの街に訪れる事は滅多にない。

付き人も連れずに一人ではなおさらだ。


少女は焦燥に駆られる表情を見せながら

その使命を果たすために必死に急ぎある場所に向かっていた。

地図を三度確認して、ため息を吐いては テクテクと目的の場所である南の大陸、

そこで栄える街のギルドへと


「伝えなくては彼の者、ジロ様に…」

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