21:災厄は息を吸って不幸を吐く
あなたちの存在は、周囲からすれば危険過ぎるのです。
大なり小なり、魔力はこの世界で万物万象に対し、自身の意図を介する為の大いなるエネルギー。
そしてそれを望む以上に手に入る事が叶うなら求めてしまうのは当然の事でしょう?
―リンドの言葉が俺の中で呼び起こされる。
ヤクシャ。『悪意の担い手』、『災厄の代行者』、『絶対敵性』
その名を世界より賜る存在。
アシュレイ・ブラッドフロー
今まさにそいつが俺の目の前に居た。
噂をすれば影ありと言うが、なんとまぁ
本人が直々に出てきたとは。
しかも、女ウケの良さそうな優男だとはな。
戦争好きな財閥の総帥なんて言うもんだからいい年のおっさんをイメージしてたよ。
『随分と大御所が趣いてくれたようで。』
「当然、それぐらい重要だったんですよ。『貴方』は。」
『あんた、世界に嫌われているんだろ?よくもまぁ街のど真ん中まで来れたな。』
「ご心配なく、商人としての出入りが許可されている手形を持ってますからね。僕ぐらいの一般人、平気でしょ?」
『一般人は平気で通りすがりの女の子の首を切り落としたりはしねぇよ』
「面白いですね。僕の行った行為に対して具体的な言い方。普通は『殺した』っていうのが正しいのでは??」
こいつ、飄々としているクセに的を射るような物言いだな。
「まぁ、挨拶にしては過激ではありましたかね」
挨拶?あれが?そんなんでアリシアはあんな目に合わされたのか?
『あれを今までと同様の挨拶っていうんなら、お前は相当なひとりぼっち様だな。あんな行為じゃあ、返事ができるやつが全くいねぇじゃねえか』
「うはwwwwwそういえばそうだwwwどうりでだれも、挨拶を返してくれないわけだ。教えてくれてありがとうございます。今まで、割とそれを気にしてて夜も眠れませんでしたよ。あー、でも知ったら知ったで余計悲しくなっちゃうなぁ。寂しい寂しい。寂しすぎて、戦争でみれる花火が見たくなってきましたねえ」
『そうか、よかったな。そんな汚ねえ花火は見ずに済むし、今日からお前はぼっちじゃない。なんせ』
アシュレイの後ろから覆うように現れる影。
『挨拶を返してくれる奴がいるんだからなぁ』
瞬間、奴は異常なまでの衝撃を右側頭部に受ける。
ゴッという生々しい音とともに彼は勢いに身を任せて飛んで行った。
そして、近くに止められていた数台の荷馬車らに突っ込む。
唐突の出来事に近くにいた一般人の女性が悲鳴を上げている。
それに乗じて、周囲の人々がこちらに気づき野次馬よろしく近づいてくる。
『良い返事だ、アリシア』
「んー、まだ首が微妙に繋がってない。再生が遅いのかな?」
アリシアは首筋からパリパリと再生するときに生じる稲妻を走らせている。
やがて、それが収まるとコキコキと調子を伺うように首の骨を鳴らした。
「ん、大丈夫だよパパ。直った」
俺が聞く前に答えるアリシア。
地面に刺さったままの魔剣を引き抜くと、一振り二振りする。そして、優男が吹っ飛んだ先を見ながら構える。
『で、何なのあいつ』
「リンドの言ってたヤクシャだ。大きな問題の種がこんなところまでわざわざ趣いてくれたそうだ。こりゃあ、あいつの言ってた事は間違いではないと見る。」
こいつが俺の前に現れる理由なんて一つしかない。
リンドの結界を極大魔術で打ち破り、アリシアの家族らを殺した奴の関係者の可能性。
いや可能性どころか張本人だと言ってもいい。
「いやはや、僕の理が効いていると思ってたんですが。随分と、お早い目覚めですねぇ。さすが超再生能力と言ったところですか。ええ、実にその魔力…欲しいですねぇ」
ま、そうそうに死ぬわけでもなさそうだよな。
アシュレイは何てことなくむくりと起き上がり、羽織っている黒いロングコートにかかったほこりを払う。
『お前、この子の状態をよく知ってるな』
「ええ、ええ。知ってますとも。情報ってのはお金よりも命よりも大事な代物ですから。もちろん、貴方の事情も既に知っておりますよ」
両手を大きく広げながらこちらにゆっくりと近づくアシュレイ。
どうするべきか。俺は選択を迫られる。
「あなた方二人は私に大きなメリットを生むための素晴らしいファクターを持っていらっしゃる」
喋りながら近づく優男。何も考えなしってわけではないだろう。だが、奴の能力も力も今のところ測れていない。
無用心に近づけば先ほどの二の舞になるだろう。
時間が欲しい。
『アリシア、あいつに合わせて少しづつ下がってくれ。』
「…うん」
俺たちは相手との距離を保ちつつ、奇襲がいつ来てもいいように守りに徹する構えを取る。
「その強大な魔力の源泉、どうぞ私のもとで有効に使ってはいかがでしょうか?悪いようにはしませんよ?」
『半ば強引に手に入れようとして、どの口がほざく。大方アリシアの首を獲ったのもその為なんだろ?』
「おっと、誤解をされては困ります。アレは、単なる興味本位。首が取れてもオハナシができるかなーって思っただけですよ?だって、ほら…抵抗出来ないように首っこだけにするって考えも僕はアリだと思っているんですよぉ」
胸がざわつく
『余計タチが悪いな。興味本位で人を傷つけるやつなんかを信じるわけがないだろ?』
「人?面白い事をいいますねぇ。あなた方は自分らが人だとでもいうのですか?」
『特大ブーメランだな。お前こそ自分が人間だったとでも?』
「当然。私は人間です。人です。そして、人であるからこそ。貴方たちのような化物は野放しにはできない。」
化物…なんとも耳が痛くなる言葉だ。確かに、異形の姿で喋る存在。死なない身体を持つ少女。
このナリを人であるかと問われれば肯定なんて出来たもんじゃない。
だが、気に入らない。
人間でないやつならなんでもいいような言い方、自身が何をやっても正しいと正当化するような言い回し。それをまるで自分がまともな人間だと思いながら語る。
リンドの言ってた通りの相当なロクでなしだな。
「パパ」
アリシアが俺に耳打ちをする。いや、耳はねえけど。
『どうした?』
「僕の合図に合わせて、『最大重奏、雷の槍』って言って。」
『お、おう?』
「これから突っ込むよ!!」
『え?あ、ちょ!!!!』
タンッ―!
地面を抉るように猛スピードでアシュレイに駆けるアリシア。
相手も俺もビビるくらいに一瞬の出来事。
すでに俺たちは奴の目の前に接近していた。
そして空かさず、アリシアは奴に手を翳し。
「ブラック・バインド!!!!」
彼女の叫びと共にアシュレイの足元の影が生き物のようにゆっくりと本人の足に侵食してゆく。
「これは」
身体を動かそうにも身動きが取れないアシュレイ。
「今だよパパ!!いって!!」
すぐさま、時を巻い戻すかのように奴から後退するアシュレイはそう叫んだ。
『くっ、やるしかねえ!最大重奏!!!雷の槍!!!』
その言葉を唱えるやいなや、アルメンの杭がキィーンとアシュレイの方にピタと向く。
そして間も無く奴の真上の方から唐突に10本―いや、それ以上の幾つもの雷槍が現界し、襲いかかる…これが、魔術。
「やれやれ。困りますねぇ。」
『な―』
――アシュレイ・ブラッドフロー。彼の能力が少し解った気がする。
瞬時に襲いかかってきた雷槍が彼に近づけば近づくほど、動きが異常なまでに遅くなっているのだ。
まるで、スローモーションになるように。
彼を覆うように近づく雷装は今やただ彼の周りにまとわりつくサボテンアートのような状態だ。
勿論、本人にすら届いていない。
この現象は、時間停止?まさかその下位互換なのか?
「うわ、槍に囲まれててこのままじゃあ出られないじゃないですか。では―ちょっと失敬」
飄々とした猿芝居に合わせて彼が指をパチンと鳴らした瞬間だった。
「パパ!!危ない!!!」
彼を襲ってた筈の雷槍が、一変して真逆へと飛んで行った。
つまり、だ。
跳ね返るように周囲に襲いかかっていった。
つまりは――
『みんな!!!にげろおおおおおおおおおおお!!!』
飛んでくる雷槍は周囲の建物、造形物、そして人々らを貫く。
悲鳴。破壊音。
いままで聞いたことのないぶつぶつという鈍い音に合わせて倒れる人々。
どこからともなく何かに引火して爆発する音。
悲鳴。破壊音。
子供の泣き声。
俺のように逃げろと騒ぐ観衆。
悲鳴。破壊音。
目の届く距離でもわかる散らされた血。
空はまだ明るい青色。
悲鳴。破壊音。
俺は一体何を見せられているんだ?
どうしてこうなった?
こんな悲惨な光景。
俺が?
…俺はただ。
思考が回る。巡る。廻りすぎて何を考えているかわからない。
ただ脳裏で言葉がチラホラと出てくる。
俺は悪くない。
俺は悪くない…。
「あ~あ、貴方のせいですよぉ?」
後ろから囁くように聞こえる声。
それは、状況を処理、整理するために必死な俺を真っ向から否定するような
一番聞きたくない言葉。
「僕の話をちゃあんと聞いてくれれば、こうはなりませんでしたよね~ぇ?」
『俺が―俺、おれが――』
「パパ!そいつに耳を貸さないで!!」
「おっと★」
背後にいるアシュレイを振り返りながら魔剣を使って切り伏せようと抵抗するアリシア。
『アリシア!!』
「おっと、よくもそんな事をいえますね?そもそもそもそもこれはぁ あなたがそうするように唆したことが発端ですよね~?」
「ああ、そうだよ」
「!?」
相手の行いを呪文のように咎めるアシュレイに対して遠慮の無い態度で懐に飛び込み容赦なく横斬りをする。
しかし、それを紙一重で上体を反らして躱す。
「うおっと、真っ先に首を狙うとかwwさっきの仕返しですか?逞しいですねえ と、いうかアナタwww普通首を斬られる段階で普通の女の子はちびりますよ?」
「当然、僕は普通の女の子じゃない。肉体、そして魂もね!!!」
空かさず二度三度斬りかかるアリシア。
しかしそれを余裕な態度で躱すアシュレイ。
くっそ、俺も…俺も何かしないと!!
「パパ!!エンチャント・ファスト・エア!!復唱して!!」
『―っ!エンチャントファストエア!!』
俺は早口で呪文を唱える。
すると、アリシアの動きが急に早くなる。
一瞬だけ光った色…緑色は、もしや風属性か。
バフか
理解したのも束の間。未だにアシュレイはアリシアの繰り返し行う剣擊をにやにやと笑いながら躱す。
そして、次に繰り出した彼女のひと振りをその細腕で受け止めた。
キチキチと拮抗する魔剣と、彼の持つ小さなナイフ。
「驚きました??このナイフはね、特別性なんですよー★」
アリシアが押し込む剣擊を器用にそのナイフで払った。
そして、下から切り上げるようにアリシアに仕掛けるアシュレイ
「そらそら!!」
短い距離を維持しながら一歩一歩詰めつつ、アリシアにその刃を何度も近づける。
アリシアは一歩いっぽと後退しながら襲いかかるアシュレイの刃を払い続ける。
「やれやれ、ジリ貧ですねえ。…面倒になってきたので、ここで思い切って戦争でもしますか?」
冗談じゃねえ。くだらん戯言をほざきやがって。
俺はアリシアに振り回されながら周囲を見渡す。
なんとも悲惨な光景。その中にはけが人や子供を含め何人かが逃げ遅れている。
ここでこいつ一人の擬似戦争なんてされたら本当にその人たちらは死ぬであろう。
『くっ…!アルメン!!』
俺は鎖を使い相手の足元を狙う。
「おっと」
即座に反応したアシュレイは飛ぶように両足を上げ、バク転しながらアリシアの顎目掛けて蹴る。
それを反射的に上体を反らし躱すと
「パパ!!!アクア・ウォール!!」
『アクア・ウォール!!!!』
アリシアとアシュレイの間の足元から大きな水の壁が噴射される。
「おおっと…!!」
アシュレイは驚いた様子を見せ、何かに押し込まれるように後ろに下がる。
『あれは…。』
妙ではあった。
あいつの魔力に対しての「耐性」…とでもいうのだろうか。
俺たちが繰り出した雷槍の動きを緩め、反発させる力。
あれが全ての攻撃に対して可能であれば、ここまで時間を掛ける必要もないはず。
だがアリシアの剣撃に対しては全て自前のナイフで払うか避けている。
そして、水の壁を下から出した瞬間。跳ね返るように下がる動作。
この魔術の仕組みがどうなっているのかは未だはっきりと解らんが
奴の行動を省みるに魔力に対しての任意な緩急の操作と反射が可能…だが、それは限定的
自身の周囲…一定の範囲まで。
それと魔力を帯びたモノ…先ほどのファスト・エア、自身にかかる強化魔術は対象外。
発動条件はなんだ…??
「パパ?」
『もう少し…もう少し待ってくれアリシア』
答えが、導きだされるまで時間が欲しい。
「だーめです★」
『!?』
コイツ!また背後に!!!
「うっかりしすぎですよ??考え事なんて、どうしましたか?ようやく僕の元へ来てくれる心構えでもしてくれたのですか??」
ぬるぬると俺の視界を司る部位である宝石にその顔を近づける。
「ブラック・バインド!!」
アリシアの叫びと共に再びアシュレイの足元の影がアシュレイを拘束しようとする。
「それはもう『視ました』。」
パァンとそいつの足元の影が離されるように弾ける。
そして、アリシアが近距離で抵抗しようも虚しく、先に彼女の両腕が切り落とされる
同時に俺は蹴りを入れられてくるくると彼女の手元から開放されてしまう。
ザンっと落下の勢いで地を刺す音。
そして目の前に見えたのは
「ぐっ…うっ―」
アシュレイに首を掴まれ持ち上げられるアリシア。
「アリシア!?」
どうも彼女の様子がおかしい。
先ほどの威勢は何処へやら、ぐったりと力が抜け落ちたような様子。
斬られた腕は超再生ですぐに直る筈が、再生する際に生じる稲妻を走らせながら再生はしているものの
その動作はいつもよりも弱く、形を生じる流れがスローモーションのようになっていた。
『てめえ!!!その子に何をした!!』
「何もしてない…と言えば嘘になりますね。これも僕の体質の一つなんですよぉ」
ヘラヘラと笑いながら言うアシュレイ
「こいつのせーで生まれた時から魔術関係はからっきしでしてね。ま、お陰さまで今の財閥の総帥の地位まで上り詰めたワケなんですが。」
どうやら、そいつが俺を触ってる時に魔力がまともに発動しないのもその体質のせいか。
ならそれを応用してさっきの魔力反射を行っているという事か。
「ほらほらぁ!!貴方の大事な心の拠り所が苦しんでいますよ??助けてあげないと!!さぁ!!さぁああ!!」
片手で持ち上げたアリシアをおもちゃのようにぶらぶらと揺らし挑発するクソ野郎。
そんなものを見せられて平気でいられるわけがない。
ないのだが、不思議とレオニードの時ほど感情が侵食される事はなかった。
胸糞悪い気持ちでいるのは変わらないが、思った以上に冷静ではいられた。
そして、聞き逃すはずもない。
あいつは一瞬アリシアの魔術に対し「視たました」と言っていた。
奴の体質に関しての本質はわからん事だらけだが…
賭けるしかない。
アルメン!!
俺は相棒に指示を出す。
思い出せ、あの時を
魔術の名を!!
「おやぁ?また僕に魅せてくれるんですか??魔術を」
『土の精霊!!地震!!!』
その呼びかけにアルメンは応える。
大地を大きく揺らし 震えるように唸る地響き。
辺りの地面が地割れを起こし大きく崩れ始める。
「―おっと、なんのつもりです?」
余裕を見せているつもりだろうが、
奴は足場が崩れた事で、安全な場所へと移動するための跳躍を余儀なくされる。
そしてそれを狙って俺は側にある大岩を鎖で巻き込むように持ち上げアシュレイに投げつける。
「そうきましたか」
しかし、その一手には覚えがあるのか当たる直前で躱される。
だが、本命はそうではない。
『石の礫!!!』
続けて追撃を放つ。魔力で構成された一本の大きな石の刃。
「しつこいですねぇ!!」
アシュレイは笑いながら、その攻撃を当たる直前で能力によりピタリと止め跳ね返す。
本番はここからだ。
『アルメン!!エンチャントファストエア!!!』
俺自身に風魔法の高速化バフを付与させ、剣としての、魔剣としての本来の役割に徹する。
突っ込むぞ相棒!!
「!?」
魔術「飛行」を使い、弾丸の用に飛んでくる魔剣に意表を突かれたのか面食らった表情を見せるアシュレイ
ハッ、そっちの顔のほうがよっぽど良い顔してんじゃねえか!!
そして奴は俺の意図が理解したのか、瞬時にその手に持つアリシアをこちらに向けて盾にしようとする。
想定通りだ あとは上手く当たってくれよ!!
『石の礫!!』
その叫びと共に石の刃が再び現れ
アリシアに当たる直前の俺の刀身に無理矢理ぶつけた。
「な―!?」
その衝突によって僅かに軌道がずれた俺は紙一重でアリシアへの衝突を避け、
自身に当たる事を理解したアシュレイはすぐさま彼女を手離し
必死で避けようと無理矢理身体を反らすも、俺の刀身は奴の左肩に刺さる。
そして、解放されたアリシアはすぐさま両腕を再生され
アシュレイの肩を串刺しにしたままの魔剣の柄を握り
「うあぁあああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
少女の咆哮
そのまま落下の勢いに乗せて、俺ごとアシュレイを地面に叩きつけた。