131:ヴォーパル・ソード
狂信者は完成を望まない。それを恐れているからだ。
心は、いつも毒に晒されている。
いつどこで、それが自分にとって死に繋がるものなのかなんて解りゃしない。
どうしようもない絶望は、簡単に人を殺す事が出来る。
それでも、そんな絶望を受け入れようとしたのなら…どんなに小さくとも、確かにそれは奇跡なのだ。
誰かの死を忘れたければ 一生眠りたいという願いも
世界への絶望も…結局は、自分の為にある傷だ。
それと俺は今まで向き合えなかった。
怒りに任せながら死ぬ事の甘くささやかな抵抗。
それはきっと本能としても、理性としても然るべきものなのだ。だが、それでは足りない現実の先を行くのであれば
魂に刻まれた意志を以て臨むしかない。
俺は、ふとメメント・モリの事を思い出す。
あいつが…“あの子”が 俺を嫌悪する理由を思い出した。
それは俺自身の中にあったのだ。
その真実はとうに忘却されている。確かめる術も無い。だが、そう思わずにはいられないのだ。
そして、それをあの子は堪らなく許せなかったのだろう。
あの子との縁がこの世界でもわざわざ俺に示した。
…そう、お前が“あの子”であるなら…きっと、彼女へ感じるものもきっと俺に関係している。
だが、今この場でそれが重要なのではない。
この空間において俺たちは目前の災厄の本質を俺達なりに知り得た。
つまりは、アイオーンのお膳立ての上で 試されているのだ。
いいや、試されるという言葉はあまりにも傲慢には違いないだろう。
彼も、何かを信じ求めた結果この世界に残り続けているのだから。
深理だと嘯く表層の下…そのまた最奥にある俺たちの心が「それでも」とこの世界を選ぶ事が出来るのか。
アドメリオラ。より良き場所へ
その奇跡たりえる意志がいずれは呪いに果てようとも、求める事が出来るのか。
今必要なのは…俺たちの中で隠し続けるものが…きっとこの場において俺達自身を苛む力となっている。
これ以上はアルメンも、何も語ろうとしない。いや、語らせたいのだ。
この場で曝すべき真音を、きっと俺たちが互いに打ち砕かれ嗚咽をもらすような事実であったとしても。
絆が綺麗なままではありえないのだ。
覚悟は決めている。
『アリシア』
「…ええ」
再び、魔剣を構える。
目前の厄災を見据え、地を蹴り走り出す。
共に語り合う為に。
『―俺は、おれ は きっと誰でもよかった。』
アリシアが大きく振りかぶり、正面からジャバウォックの胴目掛けて斬りつける。
その一撃は、すぐにアリシアへと“痛み”として返って来た。
「ぐっ…」
アリシアの胸元で血が滲む。その痛みはきっとはかり知れない。
俺はその受けた痛みに後悔を覗かせながらも続ける。
『奈々美であろうと、アリシアであろうと…きっと本当は自分が守れる誰かに縋って生きていないと…たまらなく…怖かったんだ。』
俺の中で考える最大限の回復魔術が彼女の傷を癒そうとする。しかし、傷まで消える事はなかった。
その事が、あまりにも怖ろしい事なのだろう。ジャバウォックは急に喉を鳴らして後ろに下がる。
その様子は、侮蔑の意を表すと同時に 怯えている事を伝えさせる。
「私もね、パパを…“ジロ”を…お父さんだって“嘘をついた”」
魔剣を大きく振る。余りある勢いで魔剣の刀身が地面を削り火花を散らす。
その火花が視界をすれ違う度に目眩のようなスローモーションが意識に乗り込んでくる。
「本当のパパが死んだなんて、いなくなったなんて受け入れたくなくて…ジロに…ジロが、パパであって欲しいと願った!!」
大きく叫び、ジャバウォックの長い爪を砕き両腕を切り裂く。
アリシアの腕から血が噴き出し、何度も何度も傷が這う
「あああ、ああ、ああああああああああああああああああああ」
その度に、アリシアは慟哭のような悲鳴を上げて
涙を流しながら魔剣を握り直す。
―やめて、やめてくれ…もうやめてくれ
その悲痛な願いは俺の感情と同調するように谺する。
それが、俺の頭の中を通過する度に何度も視界がグラつき…目眩がした。
―痛い、痛いよ…
『大切なんて嘘だ!誰かの為と嘯いて、自分の為にとか嘯いて!誰かの眼をずっと気にしていた。誰にも…アリシアにだって否定されたくなかった!俺自身が俺である為に!幸せを夢見て、誰かにそうなって欲しいと思いながら…それが運命に淘汰される事を願った。願ってしまった。その憐憫が…とても…心地よかったんだ』
「弱い自分を見てくれるなら…世界はきっと私を甘やかしてくれるのだと思った」
『俺の優しさが、正しくなくとも…周りがそれを擁護してくれればそれでよかった』
繰り返し、繰り返し…ジャバウォックを切り伏せる。その度に血を見るのは俺たち自身。
その度に回復魔術で癒すが、アリシアのありとあらゆる所に傷が残る。いつもなら再生される服もボロボロになっている。
―アアアアアアアアアアアアアアアア
ジャバウォック。黒き竜は、そのまま血のような黒い霧を吹きだしたまま
怯えた獣のように引き下がる。端に端に…この途方にも無い闇の空間で…その厄災は闇の中にも潜めず
視界の中で隠れるように隅に追いやられる。
「本当は、パパが、ママが帰ってきてくれるなら…それが何よりも幸せな事なんだって私が一番知っている!望んでいる!!」
『また、あの時のように戻れるなら…家族3人でもどって…また楽しい日々が欲しい』
本当の願いは曝け出される。互いの絆を否定してしまうような願いが、俺たちを傷つけながらも
一歩一歩、痛みと共に前に進めてくれる。本当は…もう敵わない願いを…そのまま歌のように叫び続ける。
―どうして、苦しいの…
ジャバウォックの長い首は項垂れて、その瞳の爛光も次第に弱く明滅する。その瞳には化け物らしからぬ様に、涙を零していた。
―どうして、痛みを受け入れるの?
『認める。俺はヘイゼル自身の望みよりも…自分がヘイゼルに何かしてあげれる事実の方を選んでいた。』
「あなたを救う事が、自分を救ったような気持になるから…あなたを側に置いた」
なんて傲慢なのだろう。
彼女の気持ちなんてものを本質的には蔑ろにしていた。
だが、気づかなくてはいけなかった。
有用性から来る望みよりも…感情にとっての何よりの餌を俺たちは求めていたのだと。
打算で在れ。それが俺達自身であるのだと。
それがヒトが意志を持ち、魂を認識する事なのだと。
『ああ、そうさ。意志は車輪のように回る。魂は円く、まるく…縁を描く。』
俺はある種の認知の根源を覗いたような気分になっていた。
動の悉くは、円によって廻り…蠢き動く。
命に価値なんてものは無い。死は、名を与えられた事象でしかない。生きたものの心に、魂に刻む儀式。
それほどまでに世界は残酷だ。
有のままでありつづける。
『うあああああ、ああああああああ、アアアああああああああアアアあああああああああああ!!!!』
俺も堪えきれず慟哭した。
みっともない。弱弱しい声だ。それでも、ここまで来たならば曝け出さずにはいられなかった。
その時に感じたのは…この世界に来てから今まで感じる事の無かった痛みだった。
五感を持つことは無いと思っていた。けれども…俺にも本当はあったんだ。
それを受け入れたくないまま、今日まで此処に居た。
あったはずなんだ。今までに、必要な痛みが…苦しみが。
傷だらけのアリシアも呼応するように、泣きながら魔剣を振るう。
そして、そのままジャバウォックの首を斬る。
―…いやだ。
―いやだいやだいやだ。
―暴かないで…僕を、俺を、私を、ワタシを…見つけないで…
『いいや、お前はもう知らされた。理解された。』
ドール=チャリオットの魔剣は語る。
光り輝く切っ先が触れるものを意味に変える。
“ヴォーパル・ソード”の命の元に、ジャバウォックの理を暴き曝す。
『お前は、そよぐ風だ。
寄る狭霧だ。
揺れる柳であり、伸びた手だ。見つけられなかった願いだ。死ぬ間際に囁く母の名だ。墓の前で呟く、叶わぬ約束。強がって見せることの無い弱音。井の中の蛙が望んだウミであり、渡せなかったプレゼント。伝えられなかった愛の告白。やり場のない怒りと、知りえない嫉妬。欲しかった金貨。崩れた塔の瓦礫が見上げた空。戦場で凶弾によって墜ちた鳥。成し得なかった野望。痛みを伝えられぬ花。裏切られた心の残滓。与えられなかった愛。教えられない苦しみ。聞こえない歌。読まれない詩。攫われた子。本当はある地獄。小さな灯。土に沁みるだけの涙。望郷。化け物の背中にさく、苔。』
―違う…違う!
『違わない。お前たちも、俺と一緒だ。大きな不可解を吞ませたいだけの小さな魚の集まりそのひとつひとつ。黒くても輝こうとする光そのものだ。差異だ。離別だ。争いだ。繰り返される絶望と、終着点を欲しがる遠い眼。そして、選ばれなかった、その一つ。』
―ヤメロ、ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ
その剱は、傷を創るのにふさわしい。閉ざされた箱の中を粗暴に明かすには丁度よかった。
誰でもない誰か、まとわりつく無念は…それを曝されても尚、立ち向かう程には強いものではなかった。
ゆっくりと纏わりつくだけの泥とおなじだった。ただ汚れるだけに違いない。
だが、それがとてつもなく愛おしかった。いつまでも続く感情では無いと知りながらも、この事実だけは酒のように飲みほして酔うしかない。
『―だから、お前たちは…もう、俺たちの前に出てくるな…』
その言葉がどのように届いたのかは定かではない。
ただ、暫くして 本当に望むべき対話の相手を前に出してくれたようだった。
―ああ、痛い。これが痛い…という気持ち。でも…これは、どこかで…
『なぁ、ヘイゼル。それでも、俺とアリシアは…みっともなく、醜く足掻いて進む。英雄なんて大層なもんじゃない。産み落とされた世界の子として…俺は、お前にも側にいて欲しいよ。どんなお前でも、何より側にいて欲しいんだ』
生まれた時から美かったものなど無い。
それは、喪失と切望を重ねるからこそ、誰かがそう、称えるものなのだ。
だから、俺は俺自身が不幸のまま…生き続けたって良い。醜いまま生きて、知り続ける。望み続ける。終わりに気づくその時まで
「そんなアナタだから…私も進み続ける。子として、前に歩き続ける。」
―ワタシ…ワタシハワタシハワタシワタシハ…
『だから、もう人の心に、誰かの心に囚われないでいいんだ。ヘイゼル…』
ドロドロと泥のように形成していた竜の姿を崩し、隅に蹲る丸い影は、ただ震えていた。
―ヘイゼル
その時、彼女のの中の心にある…小さな、本当に小さな“灯”を感じ取った。
“ワタシは、怖かった。この名前を…本来の彼女に取られるのではないのかと。”
“ワタシは、見た。崇高な聖女として命を賭した彼女の記憶。それだけじゃない。様々と世代を重ね続く聖女たちの残滓の記憶を見た。”
“ワタシには、何も無かった。それどころか…奪い続ける事しかできなかった。裏切られた怒りに、向き合えぬ癇癪と厄理に唆された。”
“ワタシは、聖女としての意志を持った彼女の言葉を聞きたくなかった…。それがきっと…ワタシ自身を否定するものに成り得るから。”
“こんな崇高な彼女と違ってワタシは、存在しないも同様の罪人。器に血だけ注ぐ骸。まさに人形。”
“ああ、こんなにもワタシは醜い生き物なんだ。だからこそ…ワタシは厄災たり得た。”
“天秤に測るならば…きっとワタシなんてものは必要なかった”
「―それは、違う!!」
アリシアはヘイゼルの吹き出るような想いを掻き消すように叫ぶ。
そして、そのままその黒い影の奥底…底なしのような闇の中に手を突っ込みながら更に叫び続ける。
「あなたの心は!あなた自身は確かに“誰か”に模倣されたものかもしれない。でも、私たちは求めた。願った!どんなにあなたが死体人形で…バラバラになったとしても、あなたがあなたと私たちが過ごした日々の中で紡いだ記憶の中で生きてきたあなたで在れと!!願わずには居られなかったっ!!」
“アリシア…”
「敵であったあなたが、ジロや私を受け入れてくれた事…私は嬉しかった!アリシアって呼んでくれた事!嬉しかった!!」
傷だらけの少女は、痛みとは程遠い意味を孕む涙を流す。
「また、その仏頂面で…抑揚のない声でっ…可愛げのない、光の無い瞳で…私の名前を呼んで欲しかったんだよ!ヘイゼル!!」
“アリシア…アリシア…”
俺は知っている。彼女が何かに怯える時、誰かが傷ついた時、涙を流せる事を。
それが…彼女自身を取り巻く生きた者の残滓がそうさせたとしても
彼女自身がそう思い悼んだのだと。
『ヘイゼルっ…!』
“ジロ…アリシア…”
「ヘイゼル!!」
“もう一度…も一度だけ、私の名前を呼んで欲しい…”
痛みを感じるようになったからだろうか。アリシアが伸ばした手に、何かが触れたものを感じる。
ほんの一つで、一瞬の感触。指先と指先が触れるような感覚。
「も、もう少し!!奥へ!!」
アリシアはもっと、もっとと手を置くまで伸ばす。しかし…まだ届かない。なんども触れるだけで、まだ足りていない。
『クソ!あと少しだっていうのに…!』
「こういうときの僕でしょう?ご主人―」
刹那、鎖の揺れる音が凛と連なり響く。
それは…アリシア腕に巻かれて、彼女の手の中に杭を掴ませる。
『アルメンっ!』
アリシアはそのまま、よりもっと奥へと探るように手を伸ばす。
「…っ!?」
瞬間、その杭から引っ張られるような感触があった。
届いた。
その長さは、ヘイゼルの伸ばしたであろう手に届いたのだ。
「“ジロ…アリシア…ジロ!…アリシア…!”」
彼女の思いは、確かに聞こえた。次第に大きく俺たちの名を呼ぶ意志を、聴いた。
『ここまで…帰ってこい!ヘイゼル!!』
「ヘイゼル!!」
「ワタシは…わたしはっ…」
先ほどよりも力強く引っ張られる感触だった。
アリシアはその機会を逃さない。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
大きな声を張り上げて、そのまま強く引っ張る。
もう二度と失いたくない彼女を、この傍らに取り戻すために。
ズルリと
沼から引き出されるように、ヘイゼルはジャバウォックだった闇塊から現れる。
無表情な顔のまま、それでも…涙を流しながら
『これで―…』
「―分岐点だ。」
その言葉は、あまりにも寒気のする感覚だった。
背後で、這うような鎮まった声色。
死を再び垣間見える程の恐怖を覗かせ、アリシアとヘイゼルへ向ける意識を離してしまう。
途端に何かがカン と切れる音がする。
『アルメンっ!!!』
アルメンの鎖が断たれたのだ。
それは、本来アリシアの腕に巻き付いており、アリシアの腕ごと切り離される筈の一閃だった。
しかし、それを咄嗟にアルメンが高速で鎖をうねらせ、アリシアの手を弾き退けたのだ。
思わず手を放してしまったアリシアは叫ぶ。
「ヘイゼル!!!」
その場には、確かに闇から引き出した筈のヘイゼルの姿が無い。
彼女の居場所を探ろうとするも、すぐにその必要はなくなった。
「汝は、それらの痛みを受け入れた。故に、“彼女”はここに取り戻せた。感謝する。」
背後で囁かれるその声に覚えがあった。
振り返ると同時に、それは確信へと至る。
『アイオーンっ!!』
骸の騎馬に跨る、髑髏騎士。選択のヤクシャ。アイオーン。
奴は、眠るヘイゼルをその手に抱きかかえたままジッとこちらを見据えている。
『…感謝する?…感謝するって言ったか今?なら、“それ”はなんの真似だ?アルメンの鎖を切り伏せてまでする事なのかよぉ』
アイオーンは、一度瞑目をして…静かに答える。
「この籠城で迎える、我自身という痛み…かつての私には到底拭えるものではなかった。英雄だった頃の我にはあまりにも長い時間が経ちすぎていた。小さな痛みと思う傷でさえ…幾星霜の数あれば、人であった頃の我の肉を繰り返し繰り返しそぎ落としていく。それが、終えた頃には…“彼女”は終わり。世界は終わり。我は、中身の無い亡霊としてしかこの世界で存在する事を許されなかった。」
『前々から気になっていた。聖女だったヘイゼルから…お前の事は効いている。過去に終わった世界の住人が何故…この場所に居る。』
「破壊と再生は繰り返される。巡る四季のように。女神アズィーはその為に在り続ける。破滅から誘われる終わりの抑止として。」
『女神アズィーだと?』
「この世界は結局のところ、神と“そうでない者”との陣取り合戦にすぎない。アレは、本来裏にされたコインを表にする為にあるだけの装置にすぎない。そして我は…その中で巻き込まれたひとつ。世界に残り続ける“斑点の染み”でしかない。」
繰り返される世界。存在を奇跡として有するこいつは自身の意志に関係なく…残り続けるのか。
「パ…ジロ!あれ見て!」
『っ…!?』
先ほどまで泥のようになっていたジャバウォックの残骸が、アイオーンの中へと還るように吸い込まれる。
「存在と虚構。それが鬩ぎ合う時…我は確立した。叡智と接続が紡げば我は確立する。戦争で死という離別が成されれば亡霊は趣き、永劫の中で相容れない差異を見出せば絶望が生まれる。そして、存在が時を超越する事で…いまの我が決定される。それは我の選択だ。」
『なるほどな…お前がこんな場所に入れたのも合点がいく。お前の中にも…ジャバウォックが入っているんだな』
「然り。しかし、今世は大きな変化が得られた。…汝だ、特異点。その力は我の望む事実へと世界を導くに足るものだ」
『いいや、違うな。そんな大層なもんじゃねえ。認めろ。お前は俺とアリシアからヘイゼルを奪った。それが何を意味しているのか…俺は既に知っている。』
聖女ヘイゼルは言い淀んでいたが…今の俺には解る。
「…これは、我の選択が意志あるものだと確信を得る為にある。」
『それで、彼女を…本来の聖女ヘイゼルを救う事を目的にしていたのか?』
「それは、些細な事だ。我の裁く選択に比べれば」
『…おまえ―』
「何をゴチャゴチャといってるのよ!」
俺が何かを言う前に、大きな怒号がアイオーンへと向けられた。
「許さない。そんな事、私は望んでないもの。あなたが、どう思っても…私にとってのヘイゼルは、あの子ただ一人なの!」
アリシアは、自身の手に並ぶ幾つもの傷を眺めて、再び魔剣を構える。
「返してよ、ヘイゼルを!返してよ!!!」
俺は、彼女の怒号のおかげで冷静になれた。それと同時に、もう腹を括るしかないと決める。
それを悟ったのだろう。アイオーンは眠るヘイゼルを骸の騎馬の背へとそっと置き。
その足を地につける。
「―だから、言ったであろう。ここが、分岐点であると」




