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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
197/199

リンドヴルム①


リンドはそのまま一呼吸おいて話を続ける。



「―これから話す事は、“私の世界”で起きた事です。当時の私は、運命というものを信じていました。ええ、それは愛する程に。そしてもちろんそこから成る奇跡と、それによって栄える人の営みを愛していました。その折に“ある人物”から賜ったのが予言書でした。」



「予言書?」



「そこには運命に導かれる私の事柄が事細やかに記されていました。その記された通りに行えば、予言書にしるされた未来が現実に成る。運命に触れる事が出来た私にとってはそれが堪らなく嬉しかった。信じるに値するものと判断をしました。そして、暫く続けていると、新たに記された内容には世界を破滅へ導くものの名までもがあった。それが、魔王竜ニーズヘッグ。」



「イヴル・バースの四将の一角では無いですかっ」



「…ニーズヘッグは私にとっては育ての親でありながらヒト…もっと言えば生命に対して忌むべき思想をその旨に抱いていました。それを知ったとたんに納得してしまうのも当然です。そして記されていた予言書にはこう書かれていた」




―魔業商と結託をする魔王竜は、やがてアリア=ハーシェルを利用して人類の進化を促す為の凶気を孕むだろう。と




「…その予言書を、お前に渡したのは誰だ。」




リンドは一つ間を置いて、答えを躊躇った。しかし、観念したように口を開く。




「アリア…アリア=ハーシェルなのです。」



「何ですって?けれども彼女は、死ぬ運命を」



「彼女は…いいえ、彼女の望みは死んでもなお…続いていた。私と言う因子を残して」



「どういう事だ」



「魔業商は、様々な魔術の研究や魔術道具、あるいは儀式的なものを集める組織でした。それを創設した最初のメンバーの一人が…あのアリア=ハーシェルなのです。彼女はリューネスの死後、暫くふさぎ込んでしまったかと思えば、急に何かの天啓に導かれるように魔導図書館に足を運ぶ事を繰り返し、屋敷を空けては旅をするようになったのです。当時の彼女はいつもと変わらない様子でありながら…なにか不思議な瞳をしていました。しかし、暫くして彼女はその後に死を迎えた。ジャバウォックの詩篇と呼ばれる儀式の最中です。」



それは、ハーシェル家惨殺の全ての始まりでありアリアが死んだ原因である出来事だった。



「当時の私は事前に彼女から話があると呼ばれ、少し離れた待ち合わせ場所へと赴きました。しかし、その瞬間に大きな魔力の爆発と同時に私の身体を押しつぶすような痛みが襲ってきました。それが、ハーシェル邸を守る結界を破壊する程の規格外魔術、ジャバウォックの詩篇と気づくのは全てが終わってからでした。」



ボロボロになりながらも彼女が辿り着いた館にはあまりにも悍ましい光景が広がっていた。

見知った使用人らの死体。それが余計にリンドヴルムの不安を掻き立て、彼女はすぐにでもアリアの安否を確認しなければならなかった。祈るように。祈るように。



しかし、既に全ては終わっていたことであった。



ようやく見つけたアリアはすでに生気を感じず、事切れていた。

背中には忌々しくも爪で搔き刻まれた文字。そこにはこう書かれていた。




―喰らいつくその顎、引き掴む鉤爪。




森を飄々と移ろう畏ろしき者。双眸は炯炯と燃やしたる。“ジャバウォック”




「―私は、アリアの死を受け止めるのに暫く時間が掛かりました。朝日が差し込むまでに途方にもないくらいの時間をそこで過ごしてしまった。きっとそのせいなのでしょう」



その場が明るくなり始めた頃に彼女はその傍らにあった本を拾う。

そして、その本の最初の頁にはこう書かれていた。



“我が愛する友リンドブルムへ” と



「私は、その本とアリアの遺体を回収して一度自分の小屋へと戻りました。その道すがらに…うつ伏せに横たわるアリシアを見つけました。背中に一刺しの致命傷です。あの朝の光景は今でも忘れられない…。リューネスが守ってきたものの全てが一夜にして…こんな風に簡単に終わってしまうのですから。」



アリシアの遺体も共に私の小屋へと一度連れて行ったリンドヴルムは、祈るように瞑目すると

アリアが残した本を静かに開く。



「―それが、私の破滅の始まりだと知らずに。」




その予言書には先の未来の出来事が細やかに展開されていた。





―近い将来、魔業商が魔王竜であるニーズヘッグと結託して世界に破滅を齎す。と



「その為に関わる者の名の全てがそこに書かれていた。私はそれこそがアリアが私に託した最後の運命なのだと思ってました。そして、そこに書かれていた名の者の悉くを殺す事にしました。その者の全てを殺す事はそこまで難しいものではありませんでした。予言の書が順番に原因となる人物を示したからです。後に起きうるであろうその書に記された者たちはほとんどが破滅への当事者になる自覚もないままでした。…それを私は、まるで若い芽を摘むように、容易なものでした」




しかし、それこそが失敗であった。

予言書に対し疑う事無く、縋るままにやって来た事こそが…最後の魔王竜ニーズヘッグを依り代にジャバウォックを呼び起こす為の算段にすぎなかった。



「だからこそ、解らなかった。アリアは何故、これを私に託したのか?何を間違えたのか?」



彼女が見た破滅の光景の始まりには、あの王都エレオスにおいて、ニーズヘッグが“あの魔剣”を握りしめていた。

そして、奴の足元にはニドへと託していた筈のアリアの遺体。



「結果として、そこにあった結末はアリアの遺体をバレルにし、ニーズヘッグが狂気と共にリソースを蓄えた魔剣によって、凄惨なまでの儀式が完成されました。」



リンドはあの事象を、ついさっきあった事のように鮮明に語る。


“全てを纏う竜”。それが全てを否定して、飲み込もうとする様を。



大地は意味を失くし、海は黒く塗りつぶされ、空すらも解らなくなる程の黒。

頭の中では常に自身を、世界を、何もかもを“無邪気”に否定してくる言葉が反芻し、自我を奪おうとしてくる。




「―それからです。果ての世界で終わりを見届けるしかなかったその瞬間に、“彼”が現れた。」



リョウラン組合の頭領にして厄災の8番を担う永劫のヤクシャ。


ヴィクトル=ノートン…回帰回廊の竜であるウロボロス。



「あの時の彼は、こう語っていました。何千何万回と見てても“おまえ”は変わらない…と。」



シアは天井を見上げて、自身の常識を当てはめる事が出来ない事実にため息をつく。

しかし、この現状を飲み込んで言葉を返す。




「あなたの世界、その破滅は常に約束されていたものだった…。それをヴィクトル様は常に干渉せず見守っていたのですね…。」




「そして私は彼の持つ理の力によって時空を干渉され、この場所へと誘われました。」



「―…わかった事が、ある。」



ナナイは帽子を深く被って表情を隠す。



「お前は、確かにこの世界で生きているリンドヴルムではなかった。」



「―はい」



その返事がナナイにとってはあまりにも癪に障る言葉だったのだろう。

奥歯を噛みながら歯を剝き出しにして、再びリンドヴルムの胸ぐらを掴み取る。



「なにをっ―」



「一つ言わせてもらうぞ…貴様がいつ…どこぞのリンドヴルムなのかなんて知った事じゃないさ」



リンドヴルムはその時、その細い眼を開く。その目でナナイを見て、彼女の表情を見る。



「でもなぁ、オレにとっては…お前が殺したリンドヴルム、たった一人だけが本物だった。」



彼女の中でどのような思いがあったのかは計り知れない。

しかし、この世界に訪れたリンドヴルムがこの世界の自身を殺すことを彼女だけが唯一咎めている。

そんな風に、リンドヴルム自身は思った。


それだけではない。この事実こそがあまりにも度し難いと思える程に…殺された方のリンドヴルムには思い入れがあったのだろう。



でなければ、鋼鉄の乙女等と呼ばれている彼女の鉄面皮がこうも悲しそうに歪む事も無いだろう。



「おかしいと思ったさ。最初にあのガキ共とやり合った後、会ったアンタがオレの事を“レオニード”なんて呼ぶわけが無い。」



「詰めが甘たっかですね…あの日赴いた帝国軍から様々な情報を整合しようとしたのですが…でなければあなたにも…こんな思いをさせなかった」



「アンタにわかるか?あいつは、いつもオレの事をガキみたいに扱って…“ナンナ”と呼んでたんだよ」



「…。」



「でも、親父が死んだ後も帝国軍でそうやって向き合ってくれたのは…あいつとハワードだけだったんだ!」



シアは、響く怒号の中で…自身ではどう扱っていいのか解らない感情に気づく。

ただ、静かに強くその手の錫杖を握りしめながら噛みしめるしかない…。



「―そう、だったのですね。すみません…」



「…っ」



ナナイは舌打ちをして掴んだ手を離す。

無気力に空を仰ぐリンドヴルムを見て、彼女も共に気力を失くしたようにその場の椅子にもたれかかる。




「……私が今までいた世界にはアナタという存在はありませんでした。ですが、色々調べていくうちに…特異点である事を理解した。そして、あなたと同じ魔力構成をした者を知っています。」



「…」



「―その者は、自身の娘を事故で失い、間もなく自死したと言っていました。」



その言葉にナナイはハッとして顔を上げる。悲しそうな表情を上書きされたように、リンドヴルムの語るものの真意を見定めようと見つめるが

震える瞳には動揺を隠しきれていない。



「…一体、どのような因果かわかりません。でも、アナタは…それほどに愛されていたのですね…。」



ナナイは自身の顔をその手で覆い「ありえない…ありえない…どうして」と思考の中へと深く陥る。



「神域の魔力…それは誰が見たってわかるものでしょう。そうではないのです。アナタと彼は…そう、血脈が相伝とするものと同じものを見ました。」



「それって…」



シアが何かを言おうとする前にナナイは立ち上がる。



「アイツらは今…何処に居るんだ」



「おそらくは…誓約都市エレオスに―」



「…てめぇは、そこまで知っていて何故こんな場所で狸寝入りしてんだ?」



「私は、もう疲れた。アリアが望むものを知り、それほどまでに狂っている事実を知った。この世界も、運命も」



「…狸寝入りかと思えば、ただの泣き寝入りだったか。余計始末に負えない。なら、一生そのままでいろ」



ナナイはその場を後にしようと背を見せ歩き出す。



「やはり、お前はリンドなんかではない。あいつはそんな情けない姿を俺に一度も見せなかった。」



「あなたの知るリンドでは無いのは当然です。ですが、同じ存在である故に伝えます。気丈に振舞えるのも、進める意志があるのも…私の中で信じてきたものがあったからです。あなたが、そこまで知らないだけなのです。リンドヴルムという存在を」



「だったら…もっかい見つけろよ…信じたいものを。生きている限り…」



ナナイは振り返って吐き捨てるようにそう言いながら去った。

…そんな彼女の目尻には微かな涙を浮かべていた。






「もう、遅いのですよ…この世界は―」




リンドは力の抜けたような声でそう呟く。

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