神託
極界:ディマイズ=ヴェルテクスにて―
「巫女よ…そろそろ教えていただけますかな?」
女神信仰にて高い権威を司る賢者たちは、こぞって集まり
その中の一人が杖でコンコンと小さく地を叩きながら巫女へと問いただす。
その声には少しばかりの苛立ちが入り混じり、他の者の感情を代弁する。
「…。」
「黙っていても、意味が無い。今は寸刻を争そう事態ですぞ。」
彼がいう事は、きっと…この場にいる誰もがそう思っている。
無理もない。寸刻を争そう事は事実であり、この場所から見えるであろう西大陸で起きた異変には誰もが恐れている事なのだ。
西大陸は海沿いにあたるその場所、マルクト王国のそのまた西方にあたる位置。
そこには現在、何もない平地であると地図上では認知されていた場所に、突如として一つの国が現れたのだから。
そして、それは昔より知る人ぞ知る者なら忌むべきに値するかつての王都エレオスであるならばなおさら。
「あの大いなる奇跡の光が放たれた場所も同じ場所であった。そして、今では王都が現れその上空で暗雲が渦を巻いている。まるで、ネジを巻きなおすように。これが…何を意味するのかエリュシオーヌ様も知らないわけではなかろう。」
王都エレオスは魔導の発展に富んだ国であった。
そして、それはあまりある故に、魔神というモノを招き…滅んだ。
あの場では女神アズィーによる調停も視野に入れられていた。しかし、それは魔神レメゲトンが望む天への邂逅であり、慎重に事を選ばなければならなかった。
しかし、それは当代の英傑の働きにより、女神が赴く事無く終焉を迎えた。
しかし、王都エレオスは強大すぎる魔力は崩壊を招く戒めとしての代名詞を冠するように。
この状況であるならば誰もが再び、女神の執行を求めるのであろう。
しかし、それが最たる目的ではないのだ。
(この者たちは、その権威を示す事に酔いしれている。まるで神の奇跡を、飾る黄金の壺を眺めたがるように、生きるうちに何度も見なければ気がすまないのか)
極界の巫女は、それを知っているから故に、その口を固く閉ざしていた。
「―では、軍事的な介入等は如何ですかな?」
「…あなたは」
巫女エリュシオーヌが不穏な一言に眼を向ける。
「名をライル・クロウリーと申します。」
視線の先にいる男は西大陸の共和国においては重鎮である存在。
そして、あのブラッドフロー財閥の一人であるアシュレイより軍事顧問を推薦した男。
狐のような眼が特徴の、軍服を纏った男であった。
「此度は、アシュレイ殿からのご用命で参りました。この状況においては、いくら共和国に属していた国では無いにしても、西大陸の共和国として平定を担う我々の責任でございます。で、あるならば…ここは我々が始末をつけるのがよろしいかと…?」
(この人たちもこの賢者と一緒。自国の戦争発展の為に、魔導兵器の試行に良い理由が欲しいだけなのでしょうに…)
エリュシオーヌは一層に頭を痛める。
「やめとけやめとけ。そんな事したって何の意味もない。そもそも、あそこは既に神話の領域だ。いくら高度な魔導兵器だからといって、あの場所で起こっている事を収められるような代物じゃねえ」
「…なんです?私と巫女様の交渉に口を挟むとは慇懃無礼な―」
「ああ?テメェこそ、誰に向かってそんな開いてるのか閉じてるのかわからねえ眼ぇでこっち見てんだよ。ああ??」
その粗暴な口調とともに現れたのは、色白の肌に、目立つくせ毛の黒髪を両端でショートツインテールにまとめ、色濃く残した目の下の隈が目立つ不愛想な顔つきのゴシック服の女性。
「ぐっ…!あなたはっ、何故ここに!?今はマルクトにいる筈では?」
「なぁに言ってんだよ。アタシァいつでも見てるぜ?何処にでも、何処からでもなぁ」
それは巫女からすれば、願ってもいない助け船であった。
「アンジェラ様っ」
(その姿は、量産型である安慈羅系統の人形。本人が何処にいるかは定かではありませんが…これだけでも十分な権威です)
「おい、巫女さん。このダニをとっととつまみ出せ。こいつの話なんてまともに聞いて頷いてたら言葉尻を掴まれてすぐにでも蛮行をやりかねねぇ。そうなりゃあアタシの工房がある国まで巻き添えになりかねねぇよ…なぁ?ライル・クロウリーさんよぉ。」
「…何が言いたいのです?」
「とぼけんなよ。テメェらはそうやってお得意の大義がありゃあなんでも良いと思ってんだろうが、そんなんにヤられるこっちはさぁ、たまったもんじゃねえんだよ。本当に、共和国って言葉が聞いてあきれるよ。“ユーリ”が本当に守りたかったもんはこんなんなのかよ?」
アンジェラと呼ばれる人形師の発言に込められた権威は確かなものであった。
すぐさま、他の賢者が呼んだ衛兵がライルを囲み、彼はその状況で抵抗はせず、ただ舌打ちをして踵を返し去った。
「―ありがとうございます。アンジェラ様」
「フン、決断力の鈍さは昔から変わんねぇなぁ。エリー」
「返す言葉もありませんね。ですが、どうやってこの場所まで?」
「言っただろ?人形は何処からでも見ているって。」
「そういう事ですか…。アンジェラ様は、この状況をどう見ていますか?」
「簡単な話だ。神の、出る幕じゃねえ。いいや…もう既に出ていると言ってもいいかもな」
アンジェラは他の賢者にも聞こえるように答える。
「あの場所には既に、奇跡が用意されている…そうだろエリュシオーヌ」
「そう、ですね―」
(乗るしかないわけですね…彼女の発言に)
「皆、よく聞いてください。あの場所には女神よりある信託が賜っています。それは、あの場所で戒律より再誕されし“奇跡”に関わるものに他ならないのです」
「奇跡…奇跡の再誕だと!?」
賢者らはざわつく。そして多くのものが憶測を言葉にして飛び交わせている。
「奇跡の再誕」
「まさか、そんな事が」
「奇跡を担う者…いったい誰だ、“英雄”か?“聖女”なのか?」
「あるいは“王”かもしれん。」
「“子”の可能性もある?」
「さすがに、9番目はありえないとして…何番目の奇跡があるというのです?」
(やはり、そうなりますよね…。しかし―)
「7…7番目だ」
皆がアンジェラの言葉に静まり返る。
「あの場所にいるのは、7番目の叡智。“奇跡の子”。ドール=チャリオットだ。」
(…この人はっ…なぜその事を…)
巫女エリュシオーヌは思い出す。
女神に囁かれた新たな神託を―
―エリュシオーヌ。
(女神様?)
―あなたに伝えなければならない事があります。異端の者…ジロについてです。
(どういった内容でしょう)
―彼は導かれるままに、あの場所へと向かっています。そして、暫くすれば…あの場所で強大な破滅が“彼によって”生まれ出ずるでしょう。
(まさか、では…女神様はどう判断されるのですか?)
―執行は、行いません。
(…何故でしょうか。)
―あの場所には、私を打ち落とさんとする簒奪者が待ち構えています。その者は私のよく知る者であり、あなたも一度は耳にする名のものです。
(女神様を打ち落とす!?そんな事が可能なのですか?)
―彼は長い時を経て、この機を伺っていました。それは、真に世界の崩壊を招く事に他ならないからです。
(何故、そんな事をっ…!一体その者は誰なんですか?)
―…彼は、かつてこのイグドラシル教会において随一の才能を持っていた。信仰に意欲的であり、真理への探究に誰よりも励んでいた。
(それは)
―元司祭である、クラウス・シュトラウス。
その言葉に、彼女の心臓は強く跳ね上がる。
まるで、あってはならない事だといわんばかりの事実に彼女は赤ばんだ顔を青白くさせていく。
(そんな…何故)
―いずれは訪れる運命だったのです。
(しかし…それでは)
―アンジェラはそれをよく理解していた。そして、こうなる事も理解していた。そう、これからの事を全て知っていたのです。私という女神を差し置いて。彼女は破滅を望むクラウスについて至る因果そのものをもっているのです。その意味をゆめゆめ忘れないようにしてください。
(ですがっ)
―そして、ここからが本題になります。
―世界は、未だ見定めています。異端者と少女の行く末を。
―そして、ジロはクラウスと自身によって生み出された世界の破滅を退けた時、彼は…
―厄災へと変貌します。
女神の言葉を、聞いたエリュシオーヌ・シュトラウスはその言葉の意味を疑うしかなかった。