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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
194/199

129:征嘆への淑蛾と紅葉たる亜句

始まる。はじまる。ハジマル。



この迫りくる感覚を髑髏の騎士は覚えていた。


かつてない虚構の創造を、その身体は覚えていた。


“存在の奇跡”として在った英雄が、存在を賭して得たかつてない後悔。



結果に甘んじ何もしなかったこそ、彼は成った。


結果に甘んじ選ばなかったからこそ、彼は残った。


そして、世界も…尊き友人もこの世から消えた。




退廃が生んだ後悔に苛まれ、彼が存在の英雄として今わの際に願ったのは



―選択を迫り、選択を強いる 厄災である事。



「選べ…。お前の意志で…この世界の在り方を…そして…至れ。我が修羅の懐へと―」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」



遠い方向からせり上がるような悲鳴が谺した。



「あっはは…聞こえる…聞こえるわ…。民の皆様の…こ、え…がぁ…ああああああっ、あがあああああああ」



快楽に等しい喜びと絶望の狭間を感情が行き来するような、そんな独り言。

イヴフェミア姫は己の課した呪いと、他者に与えられた呪いに拮抗し自我を段々と狂わされて行っていた。



「門は開かれた。この小娘によって紡がれたこの城はやがて厄災の揺籃となる。さぁ、天使の血たりえるそこな小娘…次は貴様を通じてヘイゼルへと、虚構の厄災を降ろす。」



「はぁ…はぁ…」



アリシアの碧い瞳が次第に赤みを帯びて、光なき紫紺の色へと変貌する。



「魔力のリソースは十分だ。貴様の魔剣が全てを賄ってくれるのだからな。」





―俺の中でかつてない絶望が流れ出る感覚を覚えた。



反芻する言葉は常に「どうして」だった。

この言葉は一体だれのものかも解らない。



アリシアへの思いが霞むほどに…俺の心を蝕み…支配していく。



理解出来ない恐怖を俺は心のなかで、放棄する事を真理だと諭される。

ドロドロになっていく。闇に預けたくなっていく。



『一体、な…んなんだこれは?』



次第に脱力してく。思考もままならなくなる程に。



何度も、見せられてしまう。“自身の死”

その度に夢から醒めたように我に返る。



違う、これは“誰の死”だ?



誰の死を見ている??見せられているんだ?



死。 死。 死。 死。 死。

死を見ている。死を覗いている。死を眺めている。

その度に、黒く重い鉛のよういなものが、俺の魂にのしかかる。









『―あ、ああ?』




醒めた夢の先に真上を見るたびに…そこにある真っ黒な孔が何もかもを見下ろしている。

そして、何か




語り掛けてくる






音轟蠅は座する百日紅に翼嬢する。回転する腕、解天する腕、怪典の差腕

夕暮れは傲慢にも死写を愛する事を止めない。

異口同音の足音、耳を千切る左腕。


酔うままに熟れるままに我を映す鏡等亡く、啼く烏合の舌には礼を刻む、霊を刻む、ナイフで刻む。

獅子は袂を分かつ、胎綿の蝶を尾いたまま引きずる。

吐け、吐け、裁け。正義と懐疑に蟻は砂を噛む。

堂々の血洪は滝の如く、むせ返る嘲笑と頭を捩じる子供。

それを踏む子供、私を撫でろと子供を殺す獣。


穢土の原は六篇塔の吃逆を啄み、ぎぃぎぃ声の鴉は城の底。

鎖は那由他に編まれ、長廊の元で影を生む。

返事はあるか。返事はあるだろうか。

道に立つ老婆の赤土の癇癪は山を穿ち輪転する。暗転。回転する左腕。

瓦礫、堕落、解悦。復調する赤い馬、口の中には塵と芥と滓の花

。砕ける悟性、育まれる姑息、音階に並ぶ子供。

脳の無い子供。目の無いトカゲ。岩を這う牢屋。逃げ損ねた罪人の祝祭。

喝采と功利。視点を呪う造音にやがて芽吹く人食いの歯。平行する司祭。

雷鳴。鳥の喉から、杭。終わらせぬ杭。双子は殺し合い。喉に杭を刺す。


揺籃たる祈りの少女に唾棄する山。

駆ける椅子。回る意志。巡る死。飛蝗の交尾。嘔吐する船。来訪者は車輪を嘗め回し、五つの聖者に誂えた血糊の剣。

王冠よ、さぁここに驚け。そして流転しろ。

遠い百合の花は三千世界で赤子の掌に斃られろ。


銀列の邪。肉の粘土を聖者に捧げる。喜べ、喜べ。死屍様は誰か。何者か。それもまた、天意。

波濤する陽と隠れた麟を齧る陰。下劣なる聖者。

醒めた湯。醒めた眼。怪天する左腕。賽を砕き、賽を砕け、賽よ砕かれろ。

黄泉にこそ千の肋骨。森を泳ぐ鮫。燈滅の廻廊。


蹄のない馬が空を歩く

。吊された朝焼けに腸を曝けた修道士が笑う。

呼吸のない風が耳を抱き、泣き止まぬ鼓膜は羽化する。

繰り返す逆関節の踊り、貫かれた睡蓮、皿に盛られた約束の舌。

胎児の書き損じた聖句に、死者たちは火を灯す。踊れ、踊れ、凍てるまで。


墓標の代わりに歌を植える。十字の代わりに笑い声を。

霊柩車の車輪は星を裂き、切り揃えられた砂時計の刃は指先を躍らせる。

「まだ名はない」と告げる羊に冠を贈れ。白いはずの髪は煤けて燃える。


門はない。鍵はない。扉は血を流し、壁は詩を吐く。

登れぬ階段を這う影は、指のない手で絵画を撫でる。

三本の背骨。喉に咲く風鈴。

嘆く胎盤。言葉の棘。言葉の祈り。祈りの仇。祈りを殺せ。殺して眠れ。


咆哮する鐘が落ちるたび、声のない子供が拍手する。

嬉しいか。嬉しいのか。それが神の遊戯か。

眼窩をくり抜け、虹彩を喰らえ。楽園の記憶は味がしない。


泣け、泣け、誇れ。

裸足の王女が焔を孕み、泥の中で逆さに冠を産む。

六つの骨を手に携え、七つ目の骨で夜を裂け。

祭壇の裏、伏せられた名前が震えている。


ゆえに我らは産まれ続ける。

千の罰。万の赦し。ひとつの声。

それがどこから響いたのか、まだ誰も知らない。点々と…』





気づけは俺はそう長々と口にしていた。

誰も理解できないであろう言葉の羅列。そこには何の意味も意義も無い。



…しかし、この黒い孔の前では、何故か


その意味不明が、必然的で、明確な…理由の一つだと

そう思ってしまうのだ。


その音を捉えれば、血の臭いを感じるように

その羅列を見れば、業を覗かせるように





「パ…パ…」



憔悴しきっているアリシア。

この子も俺と同様に飲まれている。この不可解の渦に。





俺は、俺たちは…開いてはいけないモノを呼ぼうとしている。

なのに、抗えない。



4つの聖櫃は、次第にその孔から零れ落ちるように伸びた黒い手が

ゆっくりと攫って行く。


そこには、静かに眠る彼女の頭を眼で追う。




―まて…まってくれ…約束したんだ。ヘイゼル…、ヘイゼル…!!




だが、その思いと裏腹に無情にもヘイゼルが入れられた聖櫃は孔の中へと取り込まれていく。




『泣きなくいんこうの童影は、歪冠いがみかんむり破音はおんを注ぐ。

踏音とうおんの階段、嘔裂おうれつの絵巻、再葬ふたはぶりの胎虫が鳴く。

赦斬しゃざんの手記、骨色こっしょくの爪が鍵盤を掴み、言腔げんこうは微笑む。

嗤貌しぼうを裂け、裂貌れつぼうを嗤え。流響りゅうきょうの左腕が鏡を割る。』



俺は自身で口にしている言葉を抑える事が出来なかった。わかっていても、あの孔を前に止められなかった。

誰かが代わりに言っているように、何かを憎らしく感じてしまう呪詛を漏らし続けた。




「擬神言語・終末幻視詩。あるいはそれらを総じて黙示詩的言語幻視と呼ぶ。意味なき事に意味を見出す事は、蟲毒に等しい。言葉でなく感覚で断片的に魂に刻まれたそれは、廃棄される情報の全てであり、厄災の温床となる。」




クラウスが流暢に語っている最中で

俺の中で、徐々に身に覚えがある感覚を思い出す。


これは…。“ネクロ・パラドックス”…ああ、そうか。



この子供たちの死は…確かに、俺の中でおおきな闇を孕んだ。



瓦神がしんの廃街に祈雨きうの血砂が満ち、供音ともねの子等は咽を擦る。

風声ふうせいは耳殻を孕み、睡吼すいこうの竜は臍を咲かせる。

一対の贖鳴しょくめい罰殻ばつかくの筆が哭紋こくもんを描く。

祝潰しゅくかい葬喚そうかんの狭間、重唱じゅうしょう呪脈じゅみゃくが躍る。』




だから、それは代わりに“神”となり…“神”への対となる。




「さて、どう出る。女神アズィー。虚構の厄災:ジャバウォックはここに生まれるぞ。我が大望を添えて、この地より大きな虚空の穴を世界に与えようぞ!!」




『月面に、封、じた名骸めいがい喉灯こうとうの少、女にやめ…ろ…赫印せきいんを植え…よ…やめろぉおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』




ズルズル…ズルズルと…。

その大きく真っ黒な孔から、それは生まれ落ちる。


形を成して。


爛爛と輝かせ、大きく開かれた凶眼。

笑っているかのような大きく剥きだしの歯。


そしてそこから胴へと連なる悍ましき程に長い首。


角は無く、その代わりに鞭のようにしなった触覚。











「―あ、あ、あ、」




そいつは長い口を開いて何かを言おうとしている。



「―あ、あ、あ、」





何かを探すように周囲をその赤い瞳で見まわし、いよいよ俺と目が合った瞬間




そいつは…虚構の竜ジャバウォックは“こう言った”




霊骨れいこつの羅列、声胎せいたいの鐘、思念は蠱字こじを刻む。

踏み鳴らす連音れんおん揺律ようりつの痙笑、屍詠しえいの祝詞を嗅げ。

耳塞げ、耳塞げ、耳塞げ。再誕さいたんする音が肺に絡む。


骨籠こつろうに収めよ、昏導こんどうする嘘音きょおんの塊を。

神骨しんこつを飾れ、罅咎かこくの仮面とともに。

咲傷しょうしょうの群れに、灯嗤とうしの茎を突き立てろ。


黄泉言葉よもことばはすでに啓いた。

もう一度だけ問おう、

おまえは、なにを聞いた?」


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