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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
191/199

干渉:髑髏の騎士



いかに広い城の中といえど、まともに人が居なければその大きな空間は明るさを以てしても不気味さを誤魔化す事はできない。

コツコツと反響する二つの足音は短い間隔を刻みながら鳴り渡る。



「ここだ…!」



「ま、まって…お、お姉ちゃん」



呼ばれたティルフィは立ち止まると振り返り、妹が自分の元までたどり着くのを待った。



「―急がないと」



肩で呼吸しながら小さくぼやく彼女の焦りにはいくつか理由があった。

一つは向かう途中に聞こえた大きな轟音と大きな揺れ。


これが一体何を起こしているのかを二人は分からない以上、どう転がってもおかしくない状況を想定している。

それが彼女にとって胸がつっかえる程に大きな不安となっているのだ。


もう一つは、周囲の城の形状がほんの一瞬ではあるが黒く塗りつぶされるように黒くなる時があった。

それがここまで来る間に何度か見えた。


それは、プシュケ=エク=サティスによって支配しているイヴフェミア姫の心境…あるいは意識に大きな障害が生まれていると想定しているのだ。



…最悪の予想。


それを大きく頭を揺らして振り払うティルフィ。

ネルケが息を切らしながらようやくたどり着くと、そこには大きく閉ざされた一室の門があった。


ティルフィは躊躇う事なく、その門を開き

その大きな空間へと入る。



…どんよりとした空気。そして、ネルケにも解るあまりある程の死の臭い



「ひっ」


彼女は猫背になりながら両手を祈るように組んで恐る恐る前に進む姉の後を追う。


―この大きな広間はかつて、罪人の収容所という名目で使われていた場所であった。

しかしその実態はこの王都エレオスという国が繁栄する為に作られた誓約の要。

罪人として扱われ連れて来れられた“外の人間”を収容する場所であった。

そこら中には幾十…いや、幾百、幾千もの棺桶が壁の様に敷き詰められていた


これが王都エレオスの繁栄と言われるものの正体であり

ここにいる死者がどんな風に“死んだ”のかは容易に想像できる。




「この場所については、きっとあのお姫様ですらも知らない。黙っている方が綺麗で都合がいいからね…」



「お姉ちゃん…」



バツの悪そうな姉の表情を見て、ネルケは彼女の手を優しく握りしめる。それにティルフィはハッとして意識を戻す。



(そうだ、僕の事なんてのは今は重要じゃない。思い出せ…クラウスが列車からここに戻ってきた際一度この一室に赴いた。ならば―)



ティルフィは本棚のように棺桶の壁に掛けられた梯子をよじ登りながら周囲を見渡す。



「…どこだ、どこにっ」



魔剣の言っていたアイテム。

その見た目は錫杖の形をしているもの、神器ヘル=ヘイムだと言っていた。

目を瞑り、ティルフィは微かに魔剣の持つ特殊な魔力と同じ残滓を探る。



(どこかにあるはずだ…!確かに同じ感覚をこの辺りで感じる)



ここに来るまでに目ぼしい場所をいくつか立ち寄っていたがどれもハズレだった。

しかし、今回のこの場所には強い確信を持っていた。


逆をいうと、もうこの場所しか無いのだ。奴がそのアイテムを隠すような場所は。

棺桶から棺桶へと移り飛び、少しずつ感覚が強くなってくる魔剣と同じ魔力の残滓。





「たぶん、あそこにっ」



「お姉ちゃん!!」



「ネルはそこで待ってて!今僕が―」



「逃げて!!」






「探し物はこれかね??」





ヌルリと、聞こえる声に一瞬で血の気が引く感覚をティルフィは覚えた


背後からだ。



「っ!?!?」



危険を察知した感覚に従い、ティルフィは大きく跳躍してその声の主から距離をとる。



(まさか…!気づかれたのか!?)




振り返り着地をしたティルフィの視線の先、そこには多くの触手に包まれた見覚えのある怪物の姿。



「―お前は…ヌギルッッ…!!」



その手には魔剣の言っていた“それ”を握りしめていた。




「お前には邪魔者を潰す役目を与えていた筈だが。連中らの一人を連れてここまで来た理由はなんだ?…一体これを何に使うのかね?あの半端者スフィリタスは何をしている?外ではゼタが死んでいたのだぞ?」



「……」




(今居るのはヌギルだけ…あいつは今、どこにいる?あいつの声だけしか聞こえない)



「聞いているのか?」



ブチッ



肉の潰れる音。それと同時に、ティルフィの真上からいくつもの黒い手が降り注ぎ彼女を拘束する。



「うぐっ!?」



「お姉ちゃん!!」



「動くなよ。動けば真っ先にこいつ(ティルフィ)の頭を捥ぎ取ってお前の所に投げる事も出来るが?」



鋭い視線を向けるヌギル相手にネルケはその言葉に従う事しか出来ない。

ヌギルは視線をティルフィに戻して小さなため息をつく。



「もしかしてだが、貴様…裏切るつもりかね?この私を?どうなんだ?この期に及んで、心変わりなんてものをしたのか?」



ティルフィは黒い手に押さえつけられながらも抵抗するように頭を上げてヌギルの方を睨みつける。



「ああ、その目。覚えがある。絶望を忘れた愚かな者が奢って晒す敵意だ。かつて私が奪った心臓たちの顔もそのような顔をしていた。」



聞こえるクラウスの声は何かを知り、納得したように穏やかであった。




「ふざけるなよ!!クソガキが!!貴様如きがこの私に対して刃向かうというのか!??ああ!?」



しかし間もなく、一変して激昂する声が響き渡る。

そしてそのまま黒い手はぶっきらぼうにティルフィをヌギルの方向へと投げつけると



そのままティルフィを受け止めるのではなく、腹部を強くヌギルで殴りつけた。



「うぐ、ぉ」



「いやぁ!お姉ちゃん!!」



「動くなといっているだろうがぁ!!」



駆け寄ろうとするネルケに対してクラウスの怒声が響き渡ると

そのままティルフィの頭を掴み、吊るしながら人質のようにこれみよがしに見せつける。




「どいつもこいつも!どいつもこいつも!!あの堕天使風情もそうだ!!この私を何度も何度もコケにしおって!!」



ブチッ



ブチッ


ブチッ



ブチッ



何度も響き渡る心臓の潰れる音。

それに呼応するように天井一帯を埋めつくすような無数の剣が顕現する。



(こ、これは…錬金術…)



「あ…あぁ…」



ここにいる二人は予感する。

これが降り注げば、確実に串刺しは免れない。そして、どのみちそれを免れたとしても

この化け物はいつまでも追ってくる。殺しにくる。



「フゥーッ…残念だよ。竜の御子。貴様も結局は、他者に絆される事で甘きを啜る愚かな猿同様であった。」



「ネル…にげ…ろ」



「いや!お姉ちゃん!!」



「逃がすわけがなかろうに。お前も殺す。この裏切り者も殺す。どうせ魔業商など、私が目的を果たす為だけに必要な手足にすぎないのだよ。貴様らは黙って狂ったまま化物を演じていればよかったのだ」






「化物は貴様だ」




「―ん?」



































「―ん?」



刹那、同じ光景を二度目の当たりにした。

まるで一瞬、時が止まったような感覚をその場にいる3人が感じた。


そしてその違和感を上塗りするように



上空に並ぶ無数の剣が…そう、剣が細切れにされていく。




「なん…だと?」



同様するクラウスの声。そしてヌギルの背後で闇の中から爛爛と光る相貌が灯される。


それは無慈悲にも死を象徴する髑髏。荊の冠を頭上に乗せた髑髏頭の騎士が現れると同時に、


そのままヌギルをその手に携えた剣を以て、その一撃で遠くまで吹き飛ばした。




「貴様はァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!何故ここに居る!?ここで現れる!?」



大きな衝撃は壁のように敷き詰められた棺桶をどんどんと崩していく。

吹き飛ばされたヌギルは体勢を整えて、四つん這いの低い姿勢でうねりを上げて睨みつける。



髑髏の騎士は、ヌギルが手放し落ちていくティルフィを受け止めて抱きかかえる。



「お姉ちゃん!!」



「僕は、大丈夫だっ…その…ええと」



「…」



髑髏の騎士はそれ以上は何も言わない。

ただ、その剥きだしの歯の隙間から漏れる吐息はあまりにも冷たいものだという事だけはわかった。


先ほど感じた予感以上の“死”をいまその場で彼女は感じていたのだ。



(―死霊の類か??だけど…この人の魔力…何かがおかしい)



「くもの魔女のオモチャ風情が、一体何故私の行動の邪魔をするのだ?まさか…貴様も刃向かうつもりなのか?誰の許可を得てだ??魔女か??答えろ!!」



ヌギルは生暖かい吐息を漏らしながらクラウスの感情に呼応するように睨みつける。



「…」


「答えろ!!選択の厄災:アイオーン!!」



「私にとって“この機会”は幾度となく夢と見たもの。私の中に眠る“かつて”はこの時の為に動き出す。それこそが我の選んだ選択と知れ。愚かな魔術師よ」



「何をワケの解らぬ事をっ…!ヌギルっ!」



ブチッ











ブチッ



「何をワケの解らぬ事をっ…!ヌギルっ!」



「グルァアアアアアアアアァアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」



またしても同じ感覚。

同じ瞬間を二度垣間見る瞬間、クラウスの呼びかけよりも前に

ヌギルの両腕が一瞬で切断されて吹き飛ぶ。



「な…何が起きている…?」




吹き飛んだヌギルの腕に握られていた筈の神器がいつの間にかアイオーンと呼ばれる髑髏騎士の手に収まっていた。



「選べ」



アイオーンは神器をそのままヌギルへ向ける。



「“我と今、ここで戰う”か…“この場を離れて逃げ果せる”か」



暗い奥から伺える瞳が静かに、ジッと見据える。

その場にいるクラウスが選ぶ選択を



「選べ」



「選べ」



「選べ」



「選べ」



「選べ」



反芻するように続けられる呪いのような声。


しかし、着々とそれで追いつめているのは確実であった。アイオーンのヌギルへ向けた神器が微かに反応を示している。




「馬鹿な!!何故ェ、貴様がそれを使える??使えるのだ!ありえない!ありえない!!ありえない!!!」



「え ら べ」



「ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!」



「選べぬのならば…死ぬが良い」



「…」




姿形もないクラウスではあるが、その無言には大きな感情を揺さぶられている事だけは理解した。


両腕を失ったヌギルではあるが、そのままこの広い空間の闇に溶け込むように消えていく。

当然、それ以上クラウスが何かを発する事はない。



やつは選んだのだ。

後者である、この場を離れ 逃げ果せた選択を。



崩れた棺桶の山の上で敢然と立ち尽くす髑髏の騎士アイオーン。



「あ、あの…」



おずおずと掛けられる声に、返事もなく髑髏騎士は振り返る。



「あ、ありがとう…で、いいのか?」



「お姉ちゃん!!」



ティルフィの後ろから彼女に飛びついて抱き着くネルケ。



「よかった…!無事でよかった!!」



髑髏騎士はその様子に何かモノ言うわけでもなく、ただ手に持った神器(ヘル=ヘイム)をティルフィへと投げ渡す。



「あ…これ」



「もう、時間が無い。征け。」



「あ、あんたも魔剣の関係者なのか?というか、選択の厄災って」



「いまは語る用を持ち合わせていない。奴は今、魔剣の主の方へと向かっている。そこが運命の決定打となる場所であるからだ。故に選べ、“神器(それ)を持って魔剣の主の元へ向かう”か…“ここで貴様の好奇心が全てを終わらせる”か」



その言葉に、悍ましい程に強い悪寒を感じた。

着々と迫る時に或る種の死との隣り合わせの感覚を覚えた。



「…わかった。行こう、ネルケ」



「あ…」



ネルケは一度、髑髏騎士へ向けて深々と会釈すると

そのまま走り出したティルフィの後を追った。










「…ジロウ。」



二人を見送る髑髏騎士は静かにそう呟く。



「あとは汝の“選択”次第だ。」

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