124:透明な花はやがて色づく
―ああ、とても静かだ。
「エド…アルカディア…?ウッ…げほっごほっ…」
咳き込むと、口から飛沫する血が何度も点々と顔に張り付く。
「はぁー」
どうやら僕は仰向けになって倒れていたみたいだ。
そのせいで暫く夢を見ていた…夢…か。
久しぶりに見た気がする。
かつての自分の日々を…のぞんだ日々を…
魔業商を、あの女に託されるまでの日々を。
…けど、今はそんな事どうでもよかった。
「エド」
<>
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いま僕の意識の大半を占めるのは
「アルカディア」
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「アハ、何か言ってよ、いつもみたいにうるさく騒いでみてよ」
魅力的な程に真っ暗な静寂だった。
ああ、そうだ
ついに僕は
「姫…先に見つけちゃったよ。僕の――…」
俺たちはロックによって組まれた術式を利用し魔術グングニールによってスフィリタスを下まで叩きつけた際に生まれた大きな空洞の底へとパイロンに乗って降下している。
「―ワタシ、生前ハ四肢系ノドラゴンデシタガ、蛇型モコレハコレデベンリデスネ。ナントイウカ、妙ナ解放感ガアリマス」
『そ、そうか』
パイロンはぬるぬると大きな体躯で壁を這い。
その口の中で俺たちは眠る清音の様子を見ていた。
『ロック、清音の様子は?』
「大丈夫。前に言ったように血が足りてないからね。それを魔力で補う事で少々気を失っている状態だ。暫くすれば目覚めるよ」
「パパ」
『なんだ、アリシア』
「あれで、スフィリタスは倒せたと思う?」
…さぁな。難しい所だ。
見ているだけの感想でいいならグングニールはあまりにも大きすぎる威力を持つ魔術だ。
俺自身、こんなものを自分とアリシアの中に抱えているという事実があんなものを目の当たりにしても未だに実感がわかない。
まさに現実離れした一撃だった。
それだけに、あいつがそれを暫く耐え凌ぐように底へ至るまでにどn怒号が鳴りやまなかった事があまりにも懸念であり、奴の魔力への耐性や堅さの異常性を一層感じてしまった。
『多分、あれで終わり…じゃねえだろうなぁ。だが、…だがよぉ。あいつの持っている手は大分削り取ったんじゃねえかとは思う…。』
なんとも歯切れの悪い返しだ。
一番の問題は、まだ戦える状態であるならば…あいつは俺たちの一撃をアルカディアで解析しその魔力で何かしらを行使するトコにあるだろう。
それほどの器を持っているならと思うと…考えたくもないものだ。
『なぁロック。お前はどう思う?』
「そう…だねぇ。希望的観測だけど…あの一撃は、多分僕が見た中でも史上最大の魔力放出だったと思うよ。アルス・マグナのように因果や事象を歪めるような程では無いけど。そういうものの全てを取っ払って生み出した純粋な火力としてみれば、それを軽く凌駕している。グングニールという術式は僕の中で魔力というものをただ一つの確定した一撃必殺をコンセプトにして作ったものだ。僕以上の魔術の有識者じゃなければ、それに抗う術はない。」
『そうなのか?』
「純粋な火力だけあって純粋なリソース頼りなところはあるけどね。実物であの規模を見たのは本当に初めてだよ」
ロックはパイロンの口の中から頭を出してさっきまで俺たちが居た上の方向を見る。
「ほら、見て。あそこ。空が歪んでいる。」
俺とアリシアはロックと同じように頭を出しロックの指さした方を見る。
見える青空が一点の生まれた大きな穴から波打つように歪んでいた。
「どうやらこの場所の空間そのものに大きな魔力が覆われている。そのためにどのようなリソースを使われているのかは…置いといて。この規模の空間を維持する魔力は膨大だ。それを一度はあんな風にグングニールの逆方向に反発した魔力が貫いているんだ。」
ロックは顎に手を当てながら続ける。
「天使の観測能力ってのは天属性という全ての属性に付随した魔力の波長の中和から成るものだ。けど限界はある。…一般人からすれば途方にもない差ではあるけどね。けどグングニールの威力はそこに届く。なにより観測・中和というモーションを上回る速さが売りだ。」
『長々と説明してくれたのに申し訳ないが、もちっとわかりやすく説明してくれないか?』
「うーん。ようはゴムのような柔軟で硬質な器があったとして、そこに水を注げば溜まるだけだ。けれどその器に対してあふれるような量の溶岩を入れられたとしたなら?」
『器が…壊れる』
「溶岩で例えた理由は、その注いだ勢いのついた魔力と器が触れた際に生まれる摩擦だ。まぁ、もう一度いうけど希望的観測さ。あれの器がどれほどの規模なのかわからない以上は用心しないとね―」
「皆サン。間モナク底ニ着キマス」
『ここは…』
下に降りて辿り着いた場所はあまりにも広いドーム状の空間。
その場所には壁沿いに様々な、表現し難い器材が置かれている。
中央を俺たちがあけた穴から光が差し込み、当たらない場所はより一層の鬱暗さを感じさせる。
だが、俺には解る。足元には黒く乾いた何かが飛沫を這っている。
控えめに言ってあまりいつまでも居たい場所とは言えない。
『アリシア』
「気にしなくていいわよパパ」
「うわぁ。色々集めてたんだねぇ」
ロックは微塵も動揺せずに眺めている。
こいつは時々情緒が安定しない。だが、猫を被っているのは確実だろう。
それをまわりに押し付けるような感じさせない姿勢は、まさに世渡り上手な感じなのだろう。
「この場所は、一体なんなのですか?」
ヒト型に戻ったパイロンは清音を安静な場所において俺達と合流する。
彼女も同じようにあまりいい顔をしていなかった。彼女にとってもあまり居心地のいい場所じゃない。
そう思わない奴の方が問題だ。
「ここはね。僕の…魔業商の研究場所さぁ」
―その声に俺は無い心臓を跳ねあがらせ、視線を即座に移した。
『スフィリタスっ』
「っ―!」
瞬間、スフィリタスは俺たちに距離を詰めるとエドで左腕を大きく膨れ上がらせ
その腕でアリシアの首を鷲掴みにする。
「あ、ああ…実に…穏やかだ。げふっ…うぇ」
しかし、スフィリタスは既にボロボロであった。
口から血を吐き、肩で呼吸をしているのがわかる。
左腕はそのままドロドロと形を崩して液状になって二人の間をおちてゆくとスフィリタスの左腕は既に小さな少女の細腕へと戻っていく。
その様子を見て、俺は確信した。
もう、こいつは限界なのだ。
アリシアは距離を取るためにスフィリタスを蹴り飛ばし、そのまま後ろへ下がった。
「ぐっ、ふっ…ゲホッゲホッ―」
彼女が抑えている腕は右腕だった。
その腕には目に見える程の稲妻が走っている。グングニールの与えた影響で帯電しているのだ。
しかし、その石のような腕はいつものような光を明滅していない。なにか、どことなく切れかけの電灯のような風にも見える。
「あ、ああ…あは…思い出した事があるんだよ。君の顔を改めて間近で見てサァ」
彼女は朦朧とした状態で、アリシアを見つめる。
「僕はさぁ、あまり興味がない事に関しては覚える事が無いタチでね。それを今は少しばかり憎らしく思うよ…」
彼女はアリシアに向けて指をさす。
「納得だよ。天使の血…大きい魔力のリソースを抱える事のできる肉体の可能性。魔力を抱える量が膨大であればある程、その摩擦に人が耐えられるものじゃないはずだ。いくら超再生をもっているからと言って、人の形を維持できる筈はないんだよ。なのに…君はそれを可能としている。あの女と一緒だ」
あの女???
「君はあいつに似ているんだ。あの女の顔と同じじゃないか…」
「何を言っているの?誰に―」
「アリア…アリア・ハーシェル…さ」
『―っ!?』
俺の中で大きな感情が流れてくるのがわかる。
まるで俺の持つ魔力の主導権を奪い取ろうとする程の“怒り”
『まて、アリシア』
「なにを」
それが溢れていく。
「何を今更言っているんだ??似てるからとか、そんな話はどうでもいいんだよ…魔業商が全ての元凶なんじゃないかっ…私のもっていたあの日の全てを…ママを奪った!!殺した!!それをナニを今更言っている!!」
アリシアの周囲であまりにも重々しい魔力が纏っていくのを感じる。
まずい。このままではこの子は、怒りに任せてこいつを殺してしまう。
―私は、あの連中だけは絶対に殺す
ハーシェル邸の庭で彼女はそれを決意として俺に伝えた。
でも…それじゃあ駄目だ。
君は…敵だった筈の、魔業商の一員であるティルフィを救えたじゃないかっ
許せとは言わない…だけど、今は飲み込め。その感情だけには飲まれるな!
「お前たちが、どこからか魔鉱石を手に入れて、リンドの結界を破った!!ママを依り代にして!!!そして盗賊らにじいやたちを…色んな人を殺させた!!」
「……………………ああ。そうか。そういう事なのか…アリア…だから君は僕に――」
「許せない。許せない!お前はママやみんなの仇だ!!殺さなくちゃ!殺さなくちゃいけないんだ!!」
一方的な怒りが弓のような形となってやがて弦を引く。
待て…まつんだアリシア。スフィリタスからまだ情報が…
『待…matえ、Ariシあ』
クソ!今更になって“あの時”と同じ事が!
今、あの子の感情を怒りが支配している!!どうにかしなくちゃっ―
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
魔剣の刀身に赤黒い魔力が徐々にに帯びていく。
まさか、黒曜石が反応している?神域魔術はまだ解かれていない
それは黒よりも黒い漆黒。絶対的な存在を以て刃とする一振り、漆黒黎刃
彼女は大きく咆哮しながらスフィリタスへと駆け寄り、大きく魔剣を振るう。
<か、解析> <黒―
瞬間、アルカディアの声と同時に漆黒黎刃の魔力が弾けるように霧散する。
「…ごめんね、ありがとう。アルカディア」
同時に、スフィリタスの右腕が…天使を司るアルカディアが砕け散る。
その状況にアリシアは驚きながらも再び顔を強張らせて彼女を睨みつけると
そのまま後ろに倒れようとするスフィリタス目掛けて大きく魔剣を振り下ろす―…
『アリシアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ』
「………どうして」
仰向けに倒れたスフィリタスは既に満身創痍な状態でアリシアと俺を見上げている。
「僕を殺すのを止めたんだい?」
…スフィリタスの胸の直前で止まる刀身。
切っ先が震えたまま、横でポタポタと雫が降り注ぎ
スフィリタスの身に纏う外套に沁み入る。
踏みとどまった事に俺はほっと無い胸をなでおろすような気持であるが
それでも、彼女がそこに思い至った理由を見出せなかった。
「…わからない。わからないわよ。あんたは最悪で最低な奴で、本当に許せない存在だけど―…」
アリシアは堪えている自身を呪いたいように
悔しくて、苦しくて…悲しい思いを表情にみせながら大粒の涙を流して歯を食いしばっている。
「今、この憎悪であなたを殺したら…多分、今居る私を…パパとの出会いだった“運命”も殺してしまう」
今、彼女の齎す言葉を俺は素直に飲み込む事が出来なかった。
よりにもよって俺が憎む運命が…俺の望まない結末を退いたからだ。
彼女の意思がそれを選んだ。それが彼女を怒り以上の意志を示したからだ
なら…“運命”ってなんなんだ。
それは俺の全てを奪った、生きる希望を失った理由だった
神がそれを生んだのであれば俺は神を憎んだ。
けど、今はどうなんだ。
俺が彼女が出会った事、彼女の踏み外しそうな道を戻したものが運命であるならば
俺は一体何を憎んでしまえばいい
いいや、違う。俺がアリシアを諭そうとしたように…憎しみだけで向き合ってはいけないんだ
けど、俺は彼女のように…運命と向き合えるのか?
俺たちのもつ“絶対意志”という刃は一体…何に対して向ければいい?
「―あは、」
吹き出すような嘲笑
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
その笑い声は暫く続いた。
風前の灯でありながらも、スフィリタスはなにかが吹っ切れたように笑い続ける。
「運命だって?甘えるなよ、ガキが」
俺たちを見上げる目には重々しい程の冷たさがあった。
「僕は…天使と魔神の子だった…なんて運命を今まで一度も呪った事はない。そういうものだと理解しているからだ。生き続けたのも僕、人を殺したのも壊したのも僕らだ。そして世界を壊そうと求め願う意志だって、世界のせいにしていなかった。全ての結果は少なくとも僕の興味から成る渇望に違いないんだ。僕は常に…自分の心にあるノイズを消せるならいつだってこの渇きを癒そうとした」
左手で顔を覆いながらスフィリタスは再び嗤い続ける
「僕が憎い?魔業商が憎いから??違うね。君も同じさ、“憎いやつを殺してみたらどうなる”から“殺そうとしたけどやめたらどうなるか”の興味が鬩ぎ合って、結果後者に移っただけなんだよ。所詮は選択肢を前に選んだ道を進む為に運命に責を預けたがるだけの自惚れに溺れた道化さ」
「違う」
「違わないさ。心を持つものはそうやって生きている。意志は、関心の法に縛られ必然的に行動から結果へと伴う道を歩む。だから望む。自身の行いから戻ってくる報いに。僕はそれを今でも受け入れ続ける。化け物と呼ばれながらも…人として」
「違うっ!人はそんな風に出来ていないっ。興味本位なんて自分の為に生きていない。」
「なら、死んでくれよ」
アリシアはその一言に眼を見開き、己の震える口を動かそうか動かさまいか迷ってしまっている。
こいつの出る言葉の受け止め方を、怒りではない形でどう答えれば正解なのか…考えているのだ。
それでも、スフィリタスは言葉を続ける。
「己の運命を勝手に肯定したくて、誰かの為に生きようとした奴らは、もう死んだも同然なんだ。誰かに感情を託すやつは、その感情を持ち続ける罪を怖がっただけだ。だから、君が死んで僕を生かしてくれよ…アリアの子。僕にはそれが出来る。アルカディアの機能を失った今でも…僕はいつまでも君の考えを否定して命乞いをする。そう、僕が運命を破壊してみせるよ。」
『もういいだろ。スフィリタス』
「もういい?何がだい?」
『俺はお前の考え方を否定しない。だからよぉ、もう俺たちの気持ちにまで踏み入らないでくれ』
「…」
『堂々巡りさ。お前がどんな風に人の心を定めても、それを受けてどんな風に進むのは俺達の勝手だ。』
もう、いろんなものを見てしまった俺たちが
ただの世界の被害者で居続ける事はもう出来ないんだ。
けど、お前はその思いを隠している。隠し続けている事にも気づいていない。
『お前はただ、見たかったものを観たくて、そして見続けて受け入れ続けた結果が今だ。お前が出した俺達への問題に対して出る答えをお前が知る必要は無い。どう足掻こうともう…そのまま、ここで終わるのがお前の“そういう運命”だったんだ。』
「…ああ」とスフィリタスは首だけ挙げていた頭を諦めたように下げ、天を仰ぐ。
「終わるのか僕は。ああ、とても残念だ。女神の心臓を手に入れる瞬間、ジャバウォックの観測、世界の悲鳴…視たかったなぁ。聞きたかったなぁ…姫と…みんな、と」
もういい
『アリシア』
アリシアは俺の呼びかけにただその青い瞳を俺の視線に合わせるだけだった。
『スフィリタスを、魔剣で殺せ』
「…パパは優しいんだね。」
アリシアは瞑目した後に魔剣をもう一度振り上げる
足元で天を仰ぐスフィリタスはその刃をジッと見つめている。
「…………ねぇ、すっごく静かだと思わないかい?」
『なんの話だ?』
俺は、思わずこいつの言葉に返事をしてしまった。
「僕はさ、僕の中にあるノイズとずっと生きてきた。疑問と啓発…その鳴りやまない声にこの意識を得てからずっとずっと苛まれていた。だからこそ…ずっとこの静けさを求めていたんだ。この静けさの先に、僕は…一体どんな気持ちになるんだろうって。性格が変わるのかな?それともようやく静かに眠れるのだろうか?とてもとても気になっていた。」
『そうか』
「今解ったよ―」
「もし、僕に憎悪があるのならば、僕は君たちに出会ってしまった事を…その“運命”を呪いたい」
スフィリタスはそう言って途端に大きく口を開け顔を歪ませて叫び出した。
「うああああああああっ、いやだ…寂しい!イヤだ…いやだいやだいやだ!死にたくない!終わりたくない!!なんで…どうしてなんだ!どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ!?亜薔薇姫!エド!アルカディア!クロニス…助けてよ…!」
ちゃらちゃらと泣きじゃくる子供のように喚く。その表情には直前までの無味な感触の面影すらない。
『…そうかよ』
それ以上の言葉を持ち合わせる事ができない。
俺には“それ”を可哀想と感じる権利はない。
アリシアにもだ。
「いやだ!僕をたすけ―…っ」
ズン、という音と共に、俺たちの前で予期せぬ事が起き始める。
白く大きな手が俺たちの眼前を通り降り注いできたからだ。
そして、その手がスフィリタスの頭を潰していた。
白い手の主である大きな怪物…そいつの視線と俺の視線が交わる。
とても冷たい眼だ。
生暖かい吐息を吐きながら、怒る獣の表情をしたそれに
俺たちは恐怖した。
『―アルメンっ』
アルメンの杭を後ろの壁の方に投げ刺すと
そのまま繋がった鎖でアリシアと俺を引っ張りその場をすぐさま離れた。
「―やはり、天使の血が邪魔をしていたのか。」
そう長く裂けた口から漏らす獣…。
ああ、そうだ。あれは手じゃない。前脚だ。大きな前脚
そいつは大きな…白い毛を纏った大きな狼だった。
背中に、棺桶のような大きな箱を背負い鎖で縛り付け、腰回りにしめ縄を巻いていた。
『な…んだお前は?』
この感覚に覚えがあった。
あの列車の中で対峙した怪物…クラウスの持つヌギルと同じ“外法者”
「…すまない。ちょっと静かにしてくれないか?」
相手の出方がわからない以上、俺はただそいつの言葉を聞きただ見ているだけだった。
パイロンもロックも呆気にとられて動く事さえできない。
白狼の傍らには頭の潰れたスフィリタスの身体が動く事もなくとどまっている。
死体を奴は鼻を近づけ嗅いでいる。
『スフィリタス―』
クソ。予想外だ。一番重要なところで失敗した
あいつを…スフィリタスを俺が殺し、黄泉の國で再構築させるつもりだった。
そしてハーシェル邸で起きた事の全てを吐かせるのが俺の狙いだった。
しかし、現状目の前でこうもあっさり殺されてしまった。
あの白狼によって。
「さて、と―」
白狼はそう言って、前脚で再びスフィリタスの死体に触れる。
すると、死体は形を歪ませて…まるで一点に集まるように凝縮されていく。
コイツは、何を…している?
「ふむ、もっと大きな“素材”になると思ったのだがね。まあ良しとするか」
コトンという音だけが響く。
死体は、白狼によって握りこぶしより少し大きい程度の石に変わった。
それを咥え、そのまま背の箱に仕舞う。
『―もう、喋っていいのか??』
「…ん?ああ、失礼した。もういいぞ。お前たちの“目的”はあの先だ。勝手に進んでくれ」
は?
こいつは今なんて言った?
俺たちを先に促したのか??
何故―
刹那、足元に白狼の方から何かが飛んでくる。
地に刺さるナイフ…それに見覚えがあった。
『こいつは…“リリョウ”!こんなところに』
「お前たちのだろ?」
驪竜。
ウロボロス・ケイジを素材にメイが短期間で作り上げた逸品。
魔業商の襲撃の際にスフィリタスを止める為に投げ打った闇属性のナイフだ。
「作り直せ。それじゃああまりにも稚拙だ。そんなものじゃあ、小魚の一匹も捌けん」
『―地に刺さっているのにか?』
「それで切る事など造作もない。だが、それで斬れるかどうかと問われたのならば…それは、失敗作だ」
俺は、ふと…メイのつくったモノを否定された事に無性に腹が立っていた。
そいつが剣の何かを知っているかもしれない。
けど、蔑む事を許していい理由にはならない。
「じゃあな」
白狼はそれ以上は何も言わずにのそのそと背を向けて去ろうとする。
「―待ってよ」
重い声で返したのは、アリシアだった。
「何で勝手に割り込んで勝手に話進めてるの?アンタ何様?」
その挑発とも捉えられる言葉に白狼は振り返る。
「…何様って、鍛冶師様だよ。躾のなってないクソガキ」
「どうでもいい。それは…スフィリタスは、私たちのモノだ。返しなさいよ」
「お前たちの所有物には見えなかったが?」
「あんたのモノじゃないのは確かよ」
「だったら、どうすればいい?懇願すれば良いか?それとも―」
白狼はいよいよこちらに身体全てを向けて姿勢を低くして睨みつける。
「死人に口なしとはよく言ったものだ。問いに返せぬ口ならば、頷いた頭と変わらないのだからな。」
「そうだな」と白狼は続ける
「お前らを、殺して納得させれば良いか?」
少し前の事である。
「なんだ…今のは…」
何度目かの衝撃や揺れがあった。
それはガーネットを含めた3人を行かせるために壁となり立ちふさがった清音の善戦だと信じて
振り返らず進んでいた。
リアナとメイとでヘイゼルを連れ出した化け物を追う最中
下へと降りる一本道の螺旋階段。その道は降りるには非常に長く感じた。
焦燥からであろうか、同じ景色を見続ける事が彼女たちにはあまりにももどかしいものであったに違いない。
その先は薄暗い闇で支配されている空間であるのもより一層拍車がかかっている。
しかし、その下から少しずつ…しかし着々と大きくなっていく光の流れをガーネットは見た。
そこに含まれた尋常じゃない魔力に彼女は思考を囚われ
刹那に来る大きなを予期していた。
その際に安全な位置を彼女の持つ十字眼が一番に安全な位置を把握し
それは起きた。
「ッ」
二人をその位置に引き寄せてより壁側に背をくっつけるように促すと
眼前を追う壁が降圧してくる光によって削れるように瞬時に消し飛んだ。
「これは…雷光っ」
「なんて魔力…!?だれがっ」
リアナでさえも目を剥くような圧倒的光景。
やがて収まった静寂の中でメイは削れた後の伽藍洞を前にして指をさす。
「おいっ!あれを見ろ!!」
微かに目を凝らすと、そこにヘイゼルを連れた化け物がその伽藍洞の底へと落下している様子がみえた。
「へっ、丁度いい近道だ!!急ぐぞ!!!リアナ、頼む」
「わかった」
「―へ?」
メイは何が起きるのか予想できず、猫のようにリアナに襟を掴まれ
「息を止めて頂戴!いくわよっ」
「あ、ちょ…ま」
力強い号令と共に彼女たちもその大きく出来た伽藍洞の底へと誘われるように飛び降りたのだった。