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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
185/199

魔業商①


僕と亜薔薇姫はその後、他愛もなく日々を過ごした。


彼女が何故僕を受け入れたのかはわからない。

だが、珍しいものを見るように彼女は僕の事をずっと見続けていた。



「ねぇ、亜薔薇姫」


「なんだ」


彼女もすんなりとその名を受け入れてくれた。



亜薔薇姫はこの排他的な場所で僕と過ごしている割に、生活力だけは妙にあった。

急にいなくなったと思えばどこで捕まえたのかわからない大きな魚や猪を獲ってきては焼いて食べたり

適当に森をぶらつけば「この草は食べれるぞ」と急に言い出して食べたり

「このキノコは味は上手いが毒がある」と食べたりしていた。


時には自身の嫌いな故郷の風習の話をしたり

僕の身に纏う外套を綺麗に縫い直したりと


やたら生きている僕にも、生きていたころのクロニスでさえもやらない事を淡々としていた。(お母さん?)



「貴様の名前はなんだ?」



「え?…うーん。クロニスからはスフィリタスって呼ばれていた。」



「それは“スフィリット”…魂、あるいは息を意味するものか」



「いんや、好きな酒の名前だって」



「あまりに拙劣ではないか」



「僕はお酒の事よくわからないけど。クロニスが好きになるもので僕を呼ぶならいいかなって」



「貴様は良いだろうが、その事実はあまりにも気の毒だ。その毒気に侵される身にもなってほしい」



「そうなんだ」



「だが、きっと巡ってきたものなのだろうな。魂や息を冠する酒を好み、それを貴様に与えた。そう考えればあるいは―」




彼女の様々な表情はクロニスには無いものだった。彼はなんというか…どうにもこうにも出涸らしのような存在だった。

喋る樹木と言ってもいい。だから、彼の言う言葉は既に“終わった言葉”だった。


だから亜薔薇姫との過ごした時間にはとても新鮮味があった。


それだけで、僕を苛む声は遠くにあるように思わせてくれた。







…相変わらずこの廃れた城からは様々な連中が押し寄せてくる。

けれども、そのどれもが弱く たんに物資を取り寄せてくる運び鳥にすぎないものだ。



様々な外の情報を奴らから奪い、“吐き出させたり”もした。


でも、そんな奴らがいう言葉にも嫌いなものがあった。




「いつかお前らには報いが訪れる!」





死ぬ寸前の奴が吐く捨て台詞にしてはあまりにも癪だった。

特に何故か亜薔薇姫と過ごした時間が重なるにつれてこの言葉に対しての理解を強く望んでしまう。



報い。報いってなんだ?



僕は生きているだけだ。

生きて生まれる弊害を取り除きたい。


ただ安心したいだけだ。


そして、もっと生きていくために知りたい事をもっと知りたい。



それの何がいけないのか??



「僕を…どうして否定する」



ああ…声が…あの声が聞こえてくる。

僕を否定するように、自身で選びたい僕を塗りつぶすように迫るあの声が―



「おい」



うるさい



「おい」



うるさい



「おいっ」



「うるさいなぁああああっ!」



振り返ると同時に左腕が暴れ出す。

大きく伸びた爪が後ろにいた亜薔薇姫の身体を裂く。



「あ…」



「…」



しかし、彼女のその傷は直ぐに癒えていき

そのまま動じずにただ僕に視線を送った。



「それが、貴様の“呪い”か」



「何を言って…ぐっ」



そのまま不意をつかれて首根っこを掴まれる。



「なにをっ」



「貴様の中に何が居る。何が貴様を苛む。」



彼女の金色の瞳がぎらぎらと光りながら迫ってくる。

その思惑を知らぬまま、何故かただ圧倒されてしまった。



「そんなの…え?」



途端に僕は気づく。

その声は…いつのまにか遠くに聞こえているように小さかった。


こんな事は、初めて悲鳴を聞いた時以来だ。



「…何をしたの?」



「さぁな、貴様にはどう見えた?」



「質問を質問で返さないで」



「貴様は“内側”に居すぎだ。貴様の中にいる声は“そこで聞こえる”。悲鳴を餌に欲するのもそういう事なのだろう。」



「それって」



「良くは分からぬが、お前はもっと知るべきだ。その身で受けるものを」



ああ、そうか。

僕は理解した。いまだに首を掴まれた痕の温度がじんじんと残っている。


そうだ、僕は自身に浴びせられる刺激が欲しいんだ。この僕自身に迫りくる全てを欲している。



「…妾と契約をしろ。」



「契約?」



「貴様は妾にとっての神となるが良い。そして妾はそこに生まれる邪魔なものを全て砕こう。そして、その応酬として貴様に聞かせてやる」



「………何を?」



「世界の悲鳴だ」



「世界の悲鳴。悲鳴だって?」



「この世界に思い知らすのだ。貴様と妾で、世界に爪痕を刻む」




そんな事、考えた事なかった。

僕は、いままでにない欲が背筋に這い寄る感じがした。



それは



「……ああ、それはなんて…面白そうなのだろう」





彼女と僕は生きる為に求めるものがあまりに違っていたが、そのどちらもが

“普通”というものに溶け込める筈の無いものだった。


その一点だけが脆く、けれども強かに僕らを紡いでいく。


その導きが…やがて一つの結末へと誘うように…僕は望んでいく。




この世界の破滅を。

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