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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
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化物が生まれた日③


僕は籠の中から覗いた時に見た彼女の肌を抉る花に眼を向けた。



「コレ、この花、なんて言うの?」



「…知らぬのか。これは“ばら”と言う花だ」



「ばら?」



「妾の憎き故郷ではそう呼ばれていた。そうさな…お前たちの国では大抵“ロウゼ”と呼ばれていたはずだ」



「ロウゼねぇ。ん~なんかしっくりこないや。バラのほうがいいと思うよ。言いやすいし」



「本来この花は人を持て囃す為に良く使われているものだ。愛情などと意味を張り付けるものもいる程だ」



「でもさぁ、それならなんで君はそんな素敵な薔薇に身体を穴だらけにされてるのさ?」



「…」



「持て囃す相手に与えるものなら、それは随分と歪んだ愛情じゃない?」



「ふん、愛なんてものがヒトの常識の枠に当てはまる訳がない。形が無いのだからな。結果としてそういう名を与えられるだけだ」



「…それもそうか」




彼女は唇を歪ませてキッと金色の眼差しを僕に向ける。



「だが、妾の身体にあるこの薔薇に関しては解る。奴らは…憎き故郷の連中は妾を自己の幸せの為の贄と定めた。その罪を拭いたくて、連中はこの薔薇を妾にサし出した。」



「そして結果的に君はここに居る。でもさぁ、抗えばいいじゃないか?」



僕は檻の中にいる彼女に刺し巻かれた薔薇を活性化したエドの腕でミチミチと引き剥がす。



「っぐ!?」



黒い薔薇の花びらが散り舞う。そんな事をかすかに煩わしく目端で追いながら、皮膚が千切れるのをお構いなしに剥がした。

でも、僕にはわかっていた。異形同士で感じるそのヒトと違う“何か”を



「貴様っ…なにをっ」



「―ほら…やっぱり」



彼女の傷跡からは大きな湯気が立ち込められ、あった筈の傷が消えていく。

生前クロニスが言っていた存在。異形の種の中でも特に変わり種である種。“鬼族”



曰く、それは人を苛むシン角。

曰く、それは人の心を血で洗う

故に、人と交えず 人に成る事能わず


鬼族に関する伝承である。

怖ろしい程の再生能力と膂力を持ち、当初は魔物として扱われていた。

…いまでも、その畏怖による嫌遠は続いている。


発生のシステムは厄災の竜と同じものだと言われているがそのルーツは不確定で、人が先祖返りとして生まれる事もあれば

山奥に一族として隠れ住むともある。


まぁ、なんにせよ…彼女がこんなにも贄に甘んじていることがあまりにも不自然極まりないのだ。




「殺した連中らにはこんなの無かったよ。君は元々強いんだ。あれなんでしょ?その角は異形の類だと僕にはわかるよ。そんな君なら殺すのなんて容易いもんじゃないか」



「…ふん、容易いと…な」



彼女は唾棄するように



「確かに暴力で死を覗かせたなら、人は恐れひれ伏すであろう。だが、もうそれは既に繰り返したのだ。繰り返し見てきたのだ。人は脆弱で在りながら、弁えず、神を借りれば奢り、いざとなれば神に縋る。人はあまりに愚かであった。にもかかわらず、いやさかと栄え、時折みせる奴らの心の光に…妾は目眩を覚えた。」



「故に知った」と続けて




「人の心は刹那に変われど、信は決して暴力で覆らぬ。そんな手垢にまみれたすべで変えたものなど、繰り返し繰り返し頭を潰して地に伏すのと大して変わらぬ。だからこそ妾は自身に納得させるものが必要であった。この心を満たすのは真となる信の屈服。心の中の安らぎに刺す地獄の安息よ。故に妾は他のシンを屈服させる必要がある。その答えが、今のこの妾の行く末であった。」



「物質的ではなく、精神的な屈服を望んだという事?」



「…そうだの。この儀の中で妾は誠を尽くし、連中の胸に秘めるシンへの罪へと化かす。人は罪には敵わん。罪は、臭く、重く、醜い。胸に持つものはいずれは俯瞰の地にて頭身を投げる事を望むだろう。妾の神が罪人の神に繋がり、それはいずれ死に至る病…呪いとなる。それがこの痛みの意味であり自身で示した定めだ。」



「死ぬことだとしても??」



「死など恐れぬ。…妾にとって最も怖ろしい事は、何も知らず何も決まらぬまま、己が何者か解らぬまま終わる事だ―…」




彼女の金色の瞳は異様な程に真っすぐで、揺るぎないものを秘めていた。

その奥に秘める黒は飲み込むというよりも己の存在そのものが全てを殺すという意志を示すようだった。



「ぷはっ」



僕はまた思わず笑ってしまう。

鬼でありながら、神を見定めている。これはまるで竜が女神への信仰崇拝を持ち祝福を賜るの知恵持ちと一緒じゃあないか。


違うのは、彼女そのものが祝福を求めず、むしろ人へ呪いを与えようとしているところだ。



「君は、随分な悪だよ」



「ふん、変わらぬよ。我々は瞳の色さえ違う。心の色の良し悪しだけで一喜一憂など重ねるものか」



「立派なもんだよ」



「ぬかせ。これから殺されるであろう妾に何を言ったとて揺るがぬ」



「…君、名前は?」



「無い」



「じゃあいままでなんて呼ばれていたのさ」



「“おまえ”、もしくは…“姫”だ」



僕はまた笑ってしまう。



「姫?ひめだって!薔薇で持て囃されて、姫とか呼ばれてっ、なのにこの有様じゃないかっ」



「…」



亜薔薇姫アバラヒメ



「…なんだそれは」



「君の名前さ。僕がいま決めた」



イヴ 肋骨




「あばらひめ…?」



「君はもうこの世界の一部として在らず、痣傷は薔薇を醜く咲かせ、世に呪いを下す神子なれば、其はあばらよりいずる姫。」



「故に…あばらひめ」



彼女はその名を口にすると、暫く僕をその金色の瞳で見つめ続ける。



「貴様は何が目的なんだ?」



「さぁねえ。まだ解んないや。でも、これだけは言える。もっと、大きく…もっと凄惨な悲鳴を耳にしたい。それだけだ」



僕は鳥かごのような鉄格子を無理やりこじ開けて、そこから手を差し伸べる。



「さぁ、亜薔薇姫…ようこそ。化け物の世界へ」




彼女の事があまりにも気になってしまい

僕は殺さずに傍に置くことにした。


それもまぁ、気まぐれなものだった。



だけど、今思い返せばきっと…きっとだけど



僕は“あったかいもの”が欲しかったんだろうと思う。



そして、僕の手を取った亜薔薇姫も同じように 




そうであったと思いたかった。


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