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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
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化物が生まれた日②

ここはいつまで経っても排他的な瓦礫の山だ。

だから僕の色に染め上げたとしてもなんら変わらない。


何をしても、世界は無傷のままだ。



異形にとっての楽園。この場所をそんな名で嘯く連中がこちらに足を赴く事もあったが

そんな他人に与えられた居場所に興味は無いし、土足で人の家にあがってくる事のほうが癪にさわった。



こういう連中からは

つらつらと並べられた言葉よりも、雨音のように下る悲鳴のほうがよっぽど僕の為になる。



それはきっと僕じゃないだれかが、音楽を嗜むように

僕は人の絶望と痛み、悲しみを音に変換し、鼓膜で咀嚼する事を欲していた。



ああ、僕の静寂はこうやって見出せるのだ。



…まぁ、なんにせよ

僕は自分にとって必要な“生き方”というものを得た。




だが、それも次第に感動から日常へと変わりつつあるとき

僕はある出逢いをした。



この場所を知るモノは人から排斥されたような連中ばかりだった。

だが、その日だけは少しだけ違っていた。


この場所を誰がどのように伝え、その伝承が海を渡り、どう解釈されたかは定かではない。



その場に来た連中らは大所帯で、仰々しくも綺麗に整列しながら

やけに耳障りな鈴の音を鳴らして現れたのだ。


奴らは様々な装飾の施された籠を中心で担ぎながら、ガチャガチャとざわめいていた。


僕は瓦礫の山の影でそっとその籠をのぞき込むと、中に居たのは僕と同じような年ごろの女の子だった。


彼女は籠の中でへたり込んだまま一向に動こうとしない。

ただその身体には多くの花をその身から咲かせるように身に纏っていた。


それはまるで絵本に掛かれていた『箱入りの姫君』のようだった。


「―黒い、花?」


しかし、その様子からは一変して 独特な香りを漂わせていた。


覚えの無い花の香りに混ざった馴染んだ鉛の香り。

ああ、違和感を感じていたのはこのせいか。


その女の子をようく見やると、彼女の覗かせた白い肌にはいくつものちいさな穴があった。

正確にいえば、その穴を通してその纏った花の枝が刺しこまれていたのだ。


気まぐれにその数を数えると15本も刺さっていた。

そんな女の子の刺された肌からはかすかに血が滴り


それを染みこませた花が変色して黒くなっていたのだ。


後に聞くと、それは“バラ”という名の花であるらしい。



なんとも痛々しい様子であるにも関わらず、それを周囲は気に留めず

ただひたすらに僕の居場所へと段々と近づいてくるのだ。



「…」


「…」


「…」



周囲のやつらはがやがやと話しながら見覚えの無い文字を並べた長いスクロールを開いては、独特な鳴き声を晒して何かを呼んでいるようだった。



「ああ、これが儀式というやつか」



だが、しかし

そこに魔力的な意味は皆無であり、なんの為のものだったのかも僕には理解できなかった。


そうであると知った瞬間に僕はつまらなさを覚え

妙な苛立ちと共に、いつもの“疾患”が襲い掛かってきた。



エド、アルカディアの声だ。


やけに通りの良い鈴の音がそれに拍車をかけてくる。








「―ああ、うるさいなぁ」















―僕は、そいつらを皆殺しにした。

人数が多い分、心に満たされる感覚も満腹状態に近しいものがあった。


変わった装束の連中だった。

あれ程までに血の臭いを漂わせたくせに、その匂いは何の抵抗も出来ないまま死ぬ通りすがりと同じであった。


何かに祈り、息を吐くときは壊れた楽器のような音を出す。


どうにも変わり種は食指に触れる用で、先ほどまで抱えていた苛立ちから掌をかえすように新しさへの満足感が

僕の機嫌を露骨に良くしていた。



鼻歌を歌いながら、連中の持ち物を物色していると

何処からか視線を感じた。


それが何なのかはすぐに解った。



「…」



驚いたように見開く金色の瞳。

その眼差しが自身の関係者を殺して殺しまくった僕を咎めるわけでもなく

畏れるわけでもなく



ただ、籠の中の女の子が僕を定めるようにシンと見続けている。



「ん?」



その子の額には変わったものがついていた。

長く、鋭い刃のようなもの。いや、角と呼ぶべきだろう。


二本の角が添えられていて、それは所謂クロニスが喜ぶ異形の者に他ならないのであった。

…確かに今までも異形が赴かないわけではなかった。だが、先述したとおり…名前を聞く前に癪に触って殺してしまうのだ。



だが、その異形の少女は


何をしゃべるわけでもなく


何を求めるでもなく


何かを嘯くわけでもなく


ただただ僕をジッと見ていた。



機嫌の良さもあってか、その様子がどうにも僕は気に入ってしまい

ゆっくりと近づいて話しかけてみたくなった。



「―君、名前なんていうの?」



「黙れ、下郎」



僕はその一言に対して妙な感覚に襲われた

ゾクゾクと胸にほてりを感じるようなもの。これからいつ僕に殺されてもおかしくないような無抵抗の女の子が

その身を穴だらけにしながらも徹底した意志をみせる様子。


僕はこの感情に名前をつける事が出来ずに「ああ」「ああ」と音を漏らすだけだった



面白い。


面白い。



それだけじゃない、彼女はバラバラだった。


強面 傷だらけ 震える唇 真っすぐな視線 逆立つ毛


何かつよい芯を抱えているからだろうか?


世界から賜る環境に苛まれながらも抗う姿勢が、あまりにも美しいと思ってしまったのだ。




僕は宝物を見つけたように籠の格子へとしがみついて顔を近づけて言う。



「アハ、君…きみきみきみきみ。ねぇ、教えてよ。おしえておしえて。名前は…名前はなんていうんだい?」



女の子は表情を変えず、何も言わずに睨み返してくる。ああ、僕には無い姿勢だ。


僕は常に学び、曲がり、刺さる事象を受け流して来た。

だが、この子は違う


なにも受け入れず、穢されながらも潔癖で在り続けようとしている。



知りたい。



知りたい。




僕の笑いの表情があまりにも奇特であったのか


ついに彼女は少しばかり顔を歪めて答える。



「名前は…もう無い。」



「へぇ、どうしてなんだい?」



「妾は、ここで死ぬ運命なのだと名を奪われた。故にそれを妾も受け入れ、そして死ぬ。伝承に纏わるこの忌み地でな」



「誰が君を死なせるんだい?」



「この地には異形の者を喰らう神が眠るという。魔神がそれを我が子とし、ここに置いてきたとな」



「うぷ、そうなんだ。そうなんだ」



そんな風にこの地を呼ぶ連中がいると知り、余計おかしくなって笑いを零してしまう。



「俗物が、何を面白がっている。これは貴様にとっての余興等ではない。これは崇高な儀なのだ」



「えー、だってさ。そんな神、ここには居ないんだよ?」



「…なに?」



「君、面白いね。神っていうのはさ…唯一としかあり得ないものではないの?ほら、女神信仰」



「否、それは信仰のひとつにすぎぬ。故にこの世の信仰は1には定まらぬ、収まらぬものだ」



「へぇ…」



僕は彼女の芯の堅さの源を理解した気がした。

彼女は女神の膝元で安息を求める類の思想を持っていない。

ただ己の中に鏡写しになる全てに神が訪れるものだと揺らがないのだ。



実に興味深いのと同時に、僕は彼女の心持ちに魅力を感じてしまっていた。



「なら、あえて言おうか。君の目の前にいるのが、その神様だよ。異形を喰らう?違う違う、僕はなんでも喰らうように殺すよ。その悲鳴が僕の餌だからねぇ。ま、今回はいつもよりも質が良くて…機嫌がよかったんだ。だから君に話しかけた。偶然ね。どう?ガッカリした?」



「…そうか」



彼女はそれでも表情を変えずに、ひとつため息を吐くだけだった。



「強いねぇ。君は。神様なんていらないんじゃない?本当に信じているの?」



「それに因んだように紐づく神は居るか居ないかが問題では無いのだ。ようは、妾がその奇跡、巡る定めに至る心の教えの細部に神は在る。ただそれだけだ。」



「…」



「だからこそ。私は、私の他者に与える不幸も“神”であると言える。故にこの忌み地で生きていたのならば…私は神となって必ず我が故郷の連中を殺す。」



面白い。何故なら、この女の子が何を言っているのか段々と理解出来なくなってきていたからだ。

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