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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
182/199

化物が生まれた日①

生まれた瞬間の記憶には、興味もなかった。



僕の出生を唯一知る“クロニス”が言うには、頭の落ちてしまった“母体”から生まれたのが僕なのだと言っていた。



排他を象徴する滅びの国の城…その廃墟で僕らは出会った。

否、見つけてもらったと言う方が正しいだろう。



当初の僕は形を成さない姿の化け物で。

半分は骨のような塊で、もう半分は肉のような塊であった。


彼はそんな僕に餌をあげるわけでも子守歌をうたってあげるわけでもなかった。


ただただ傍に居て語り掛けてくる。それだけだった。



…クロニスは育ての親であり、友人でもあった。



人間の常識で言えばとてつもなく変わり者で

悪くいうなら  異常者であった。



人間でありながら同じ人間が嫌いで、異形の者を好んでいた。


少しだけでもいい、歪んだ肉・肌色のしない表面・裂けた口に複数の目



クロニスは見た目こそ人間だが、彼も心臓に毛の生えた異形者の仲間じゃないかと疑ってみた事もあった。


…実際に彼が死んだ時に確認した。



そんなクロニスにとって僕は当然ながら好む見た目をしていたのだろう。


常々僕を見るたびに天使と悪魔の話をしていた。



今思うと彼の語る言葉の全ては僕がこの世界に興味を抱く知識の入り口に他ならない。

様々な分野の不思議や理解を、彼の思想色で僕は染まりきっていた。


だからこそ僕はこの場所以外の居場所に憧れ、クロニスの傍を離れてでも求めた事があった。


けれどもそれはすぐに失敗に終わる。

外に出てすぐの人に出会い、僕は自分の事を一度だけ“外”で話した事がある。

その時に話した相手の表情や、返ってくる声色・言葉があまりにも印象的でそれ以降その話をするのを止めた。


あの時から僕は“否定される”という意味を肌で感じた。

他者と違う事がこれほどまでに心を小さく、狭くし…風の無いうら寒さを感じる事を思い知り、めそめそとクロニスの元に帰った覚えがある。



だが、これでもクロニスには感謝をしている。

誰が何を言おうと彼が傍に居てくれた事、いつも何かを教えてくれた事は僕にとって“僕”である為の下地であったからだ。



「ねぇ、クロニス」



「なんだね」



「どうしてこの国は滅んでしまったの?」



「…そうだなぁ。」



クロニスは特徴的な鼻下の跳ねた髭をいじりながら考える



「馬鹿だから…なのかねぇ」



「馬鹿って?」



「ふむ、単的に言えば愚かだという結論に至る。しかし、その意味をもっ細かくかみ砕いてみると本質は違う。本来、心というものはとても柔らかく育つものだ。なんせ五感で受けたものに対して“見えない何か”を得る事で心は常に成長するものだからね。それを人は“感じる”あるいは“理解”と呼んでいた。けれども、そこに“価値”という物質的なものを付与する事で人は浮ついた難解に結論を作って安心するものだ。けれどもそれを全能、あるいは定義と履き違える事が多々あるのだよ。それはいつの時代も否定という暴力に変えてきたものだ。他種族同士、または思想の行き違いによる戦争。価値感というものは常に孤独に得る者でありながら、人は孤独を恐れてそれを共有したがる。ひと時の“決定”というものは所詮はこの広く大きすぎる世界においては仮定にすぎないのに。だが、心をもつものは皆…己の苦しみに目に見えた報いが欲しくてたまらないものなのだよ。だからこそ安心できる確かなものを創り、共有させ、守り、その価値以外を寄せ付けたくなくなる。それはやがて目に見えた大きな城となって高く、高く奢るものに変わってゆく。」



「ふーん。」



「馬鹿な奴はね、“否定”から入る。それは依存といってもいい。己の信仰・信念をより輝かせたいものだからね。生きて、考えて生きて、望んで生きていく限り、人は甘き応酬を望むものだ。だが、人にはそれを生み出す力も無ければ他者にそれを純粋に与える意志もない。だからこそ“神”が生まれる。神に望む。神を得ようとする、神に成ろうとする。その抗えない心に生まれる奢りの一端こそがこの城の末と言った所だろう。」



「神…神様?」



「そうだ。神様。それを魔力で生み出そうとしたのさ。この国は。けれども魔力…魔とは即ち禍我マガ。自己の魂に刻まれた記憶を変換し力に変えるものはあまりにも我を通している。その源泉こそが―」



クロニスは遠く山々の方を指さす



「あの山を越え、海を渡った先にある広大な渦の領域。古の渦だ。」



あの山の向こうには海があると知った。

知らない事を知ることには大きな感動があった。


けれどもどうしてか、僕はその感動に対してすぐに感情を抑制されてしまっていた。

どうしてかわからないけれど、もっと欲しいと渇望してしまうんだ。



「君は実に賢しいからな、私の言葉すらもかみ砕き飲み込む。きっといつまでたってもそれを身に着ける事はないのだろう。受け止めるべき本質がいつもその身体からすりぬけているんだ」



「それは馬鹿だっていいたいの?」



「いいや。だが、虚しいものだと…これに尽きる」



知りたい事を知る。それの何がいけないのか?

傷つけてでも、壊してでも、奪ってでも…知りたいものがある。


いいや…知らないといけないんだ。僕には



いつの日からだろうか。人と言われる形に僕の肉体が形成され、僕が僕である瞬間から常に僕を苛むのは耳を塞いでも聞こえてくる二つの声




<平坦であれ><星々を覆う宇宙であれ><世界とは結果としてのみ在り続ける事象の渦と知れ><静観する思考であれ><秒読みに予測せよ>

<透き通り透明であれ><傾く事の無い天秤であれ><穢れなき天であれ>



<アラユルモノヲクワセロ><ココロヲオカセ><クルウヨウニイカレ><カレラノモツモノヲウバエ><オマエハスグレタノウヲニクミ>

<ケオトシタモノヲフミヨリタカク><ソシテソノスベテヲダレカニヤラセロ>



“眠い”と思うときも


“孤独”であると感じたときも


“死”にたくなったときも



それは酷く五月蠅く感じた。



クロニスが語るような音と同じように見せて

とても理解しがたい思想は、僕の頭の中で高音のノイズのように拮抗し僕自身の頭を割ろうとしているようだった。



まるで僕を支配する為にあるわけじゃない。寧ろそうであればどれほどよかったか。

その声は常に僕に考える事をやめさせてくれなかった。


互いの思想が僕を介して鬩ぎ合い

自己の優位性を主張し合う。



とても頭が痛くなる日々だった。


それを誤魔化してくれるものこそがクロニスから与えられる知識だった。世界からもたらされる知らない情報だった。

だがそれは結局誤魔化すだけにすぎない。


いずれは雲一つ眺めても、一度見慣れてしまうと僕はその存在を知りながら何も感じる事がなかった。

得る事もなかった。それは常に囁いてくる二対の声がそれに対しての意味を肯定と否定を繰り返していたからだ。


それは得る情報を学ぶというよりは、僕の思考を掻き消す単なるノイズでしかなかった。


そのせいだろうか


やがて痛みも、苦しみも…いつのまにか忘れてしまっていた。

ただただ自分の中身が空っぽだった。



クロニスが死んでからはより一層…その煩わしさに苛まれる事となった。





…そんな中で唯一



僕を静寂へと連れてってくれたものがある。


それが、他者の不幸・絶望だった。


僕を無抵抗な子供だと勘違いして襲い掛かった悪漢の足を折った時

その時に聞こえた情けない叫び声が、僕の心に実感を湧かせてくれた。


耳に残ったその残滓が呪いのように聞こえるエドとアルカディアの声を掻き消して僕の脳裏を反芻していく。


叫び声、本来あるべき状態を覆す結果、壊れていく形状


その全てが僕のなかで刺激的で甘い果実を得るような気分になる。



もっと欲しくなった。



僕に齎される静寂が、その新たな変化が



背筋に踊る悪寒が、もっともっと欲しくなった。

自分の瞳から漏れ出る涙があまりにも愛おしかった。







いつのひからか僕は化物と呼ばれるようになった。


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