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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
180/199

絶望を飲む者

―そこは王都エレオスの城の中枢。



かつて国王の謁見の間であった場所。

その地上から下に向けて底知れぬ程に大きな大きな伽藍洞があった。



そして、その深き奥へ奥へと誘われた底には


異様な空間が造られていた。



先の謁見の間よりも広く、見解によっては小さな町1つがそこに入る程の広大な楕円形の空間。

例えるならフラウィウス円型闘技…コロッセオの様な形を模していた。



ただそれと違うのは、本来の用途として在るべき決闘者が中央に睨み合うのではなく互いに背中を寄せる3人の姿。

そしてそれを囲うように規則正しく並べられた“幾多の子供たち”


その子供たちの瞳には光が無く、その手には身の丈に合わない程の大きな武器を携えていた。




この出来事は、時間を少しだけ遡る。


クラウスとイヴリースが猛威を奮いながら衝突をした後の

あの光の魔法陣によって仲間たちが分かたれてしまった内の残りの3人


マリア


ルドルフ


クリカラ


この三人がここに転送されたすぐの事である。




「おいおい、随分とド偉い歓迎じゃねぇか?」



「軽口をたたいている場合か?竜人よ」



「ここは一体…うっ―…!」



それぞれが胸中を漏らす中でルドルフはこの光景に覚えがあるのか、頭を抱えて激しく混濁した記憶のゆさぶりを受ける。



「ぐっ、この場所を…私は、知っている…」



「―賢人よ、ここに思い当たりが?」



「だぁ、待てよ()()()()()。さっきから竜人とか賢人とか、距離感に対しての冗談がキツイぜ。せめて名前で呼び合ってもらわねぇと」



「…マリヤンヤなんて名前では決してない。殺すぞ」



「あぁ?やるかコノ―」



「まて、ヤメるんだ二人とも。…呼び方は好きにすればいいだろう。それよりも問題なのは…この場所が我々にとっては重要であるという事だ」



クリカラとマリアが睨み合いを止め、視線をルドルフに向け黙って次の言葉を待つ。



「ここは、儀式の間だ。」



「儀式の間…どおりで辺りの壁一面に陰鬱なオーリー語の文字が刻まれているわけだ。ならこのガキらってのは」



「ああ…ここにいる子供たちはっ」







「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」








ルドルフの声を遮るように野太く、しかし子供のような声が何重にも重なった大きな声が聞こえてくる。

囲う数百人にも及ぶ子供たちが立つ場所のすぐ下にある大きな穴。



「…おい」



「ああ」



クリカラとマリアは声のする方向から漏れ出る気配に怪訝とした表情をする。


一方のルドルフはその声に、心臓を掴まれたような気分であった。



(知っている…私は、この声を…この声を…聞いた事がある…)



首につり下げたロザリオに彼にとって気持ちの悪く感じる汗が滴る。



次第にその声の主である“何か”がズルズルと   

ズルズルとこちらに向かってくるのが解る。




…みずみずしい程に肉を引きずる音。


…鎖を引きずる音。


…ゴリゴリと“重い何か”を引きずる音。




(駄目だ…揺れ動いてはいけない…抑えろ…おさえろっ)




自分の中で整理のつかない感情を無理やり毛玉のように丸めて

心の眼が届かない場所まで圧し込む。




「えっ゛えっ゛、みづげだ。“せ゛ん゛せ゛え゛”」



彼女ばけもの”はそう言って這い出てきた。



最初に嗚咽のような笑いをしながら出された何重にも重なる子供の声。

どこか少女の面影を感じながらも、顔がドロドロに崩れてそれを長い髪が隠すように覆っていた。

身体は既に人としての原型をとどめておらず芋虫のようにぱんぱんに膨らんだ肉塊のような大きな身体に突き出た()()()()()()()()()()()を懸命に動かして“せんせい”と呼んだ人の方へと這い寄ってくる。



「ア…、アー…ヤ」



アーヤ。それは、彼が贖罪の為に生きると決めるきっかけとなった最初の二人の子供たちの一人。


カシムの妹であった。



「あ゛、でぇ…わ゛た゛し゛・は゛な゛す゛の゛ひ゛さ゛し゛ぶ…りゅえぇで…でげっげれで」




「な…なんて事をっ…」



奥歯が軋む音。ルドルフは目の前のアーヤの姿に対し、泣く事も忘れる程の言い表せぬ感情に支配されていく。

彼女の髪についた髪飾り…あれはかつてのジョイ・ダスマンが過ごした日々の記憶の名残であり

確かに彼女はカシムの妹のアーヤに違いないと思い知らされる。


それだけではない


見れば見る程に気づいてしまう。


芋虫のような肉塊から見える幾つもの手足。




その一つの腕 手首に巻いている白と緑のミサンガ


それは彼がジョセという少年にあげたお守りであった。

臆病なあの子はいつもそのお守りを見ていつも勇気を出そうと頑張っていた。


その一つの脚 足裏に未だ張り付いている花びら


靴を履きたがらず、いつも外を走り回るクラーラという少女の癖に覚えがあった。



ならその火傷のあった腕は…ロイ。


ならその足の…あの小さな傷は…イリス


あれは…あれは…



(ああ、なんてことだ。アーヤだけじゃない…“これ”は…“これら”は)



かつて満たされていたであろうあの頃を懐かしむ感情と全ての分岐となったあの瞬間の絶望が反芻していく。


何度も…何度も…何度も…何度も…



目前に在るのはその思い出の全てをぶきらぼうに寄せ集めた

ジョイ・ダスマンとして慕ってくれた子供たちの名残そのものだ。


だが、集められた思い出に対し…こうも醜悪と思わせるものがこの世にあるのだろうか?

そんなものがあっていいものなのだろうか…



(ああ、そうか。そういう事か。そうなのだな)



「う、…く…くっくっくっくっく」



ルドルフは自身の胸元をロザリオ共々鷲掴みにし、不敵な笑いをこぼす。

それを一瞥したマリアが、彼と目も合わせずに正面の化物しょうじょを見据えて言う



「ルドルフ、気を持て。お前が今何をするべきかを思い出せ」



「ああ…いや、違うんだ。私はなんて愚かだったのかと…」



「ルドルフ、おまえ―」



「私は未だ疑っていたのかもしれない。甘えていたのかもしれない。私と言う道化が死に、再びこの地に舞い戻された先、これから迎え来る日々が…甘きものであると。そうなれば自身で己をすり潰す必要があるのではと…」



彼は顔を上げ、目の前のかつて愛した子らを端目に流して見ながら天井を仰ぐ。



「ここは、まごう事なき地獄!じごくだ!!生きたままにして、息をしながら我が罪の証に因る罰へと導かれる!この砕かれるように痛む心が証拠だっ!だからこそ!だぁからこそ!!!!」



大きく息を吐きながら叫ぶルドルフは一度言葉を止めて瞑目する。




「お前も、進み続けるのだな…ジロ」




―瞬間、周囲の子供たちの何人かが武器を構えてこちらへと飛んでくる。

3人はハルバードを振り上げ、2人はレイピアの切っ先をルドルフへと向ける。



「遅いっ」



しかし、近づく直前で子供たちは一瞬にして彼の重力の魔術によって動きを止めた後、その場で無表情のままひれ伏す。



「えっ゛、え゛?な゛に゛し゛て゛ん゛の゛?せ゛ん゛せ゛い゛?」



アーヤと呼ばれた怪物はルドルフの行動が理解できないのか戸惑う。しかし、戸惑いながらもその歪な腕たちで3本の大きなハルバードを持ち上げて構え始める。



「ち゛か゛う゛ん゛た゛よ゛、わ゛た゛し゛…お゛に゛い゛ち゛ゃ゛ん゛を゛さ゛が゛し゛て゛で…ええ゛ごぉっ」



「もういい、アーヤ…」



「せ゛ん゛せ゛い゛?」



「すまない。…カシムは…私が…わたしが食べてしまったんだ」



「え゛?」



空かさず別の子供たちが武器を構え、ルドルフの方へと迫りくる。



「ルドルフっ!」



「マリアっ」



マリアは襲撃する子供らの刃を抜いた剣で最低限傷をつけない様に受け流し、防ぐ。



「聞けっ!ルドルフ!!理由がある。この子らにはきっと何か洗脳をされている可能性がな。だから殺してはならない。殺してはならないぞ、絶対にっ」




(理由、そうだ。ある…この子らは多分…ここで行われる儀式のリソースだ。それは魔力では無い…もっとその奥にある根源に近いものだ。だが…)




「君は、“あの子”を殺すなと言うのか?」



「っ…」



マリアは歯がゆい思いを表情に見せつけながら、それでも言葉を絞り出す。



「神は…細部に宿る。意志を示す行為は全てにおいて0か1ではない。お前の決断にも“そう成すべき位置とき”が必然的に存在するはずだ。」



「それは…」



「お前の決意を否定するつもりはない…だが、今のお前はまだ進みだしたばかりだ。歩み出したばかりだ。見極めろ…あの子の為に祈る間すらもくれてやらぬのは、私であっても心苦しい。」



「―なぁにまどろっこしい事いってんだよ!」



割って入るようにクリカラが続いて迫る子供たちを拳で何度も吹き飛ばしていく



「―貴様っ!!子供たちをっ」



「へっ、安心しろ。こりゃあ風圧で吹き飛ばしているだけだ。あんたの考えどうこうは知らねぇが…俺にはわかるんでな。子供を殺す事は…多分ご主人が許しちゃあくれねえ」



「クリカラ」



「俺が言いてぇのはよぉ!要はここは最終的にすべてが収束するであろう舞台ってわけだ!ここの状況を守り続けてれば、いずれは役者たちがここに集まるって話だ!!だったら、ここが踏ん張り時だろぉ!だったら話は全員がそろってからでもいいだろってことだよぉおおおおおおお!!!」



クリカラは叫びながら、子供たちの武器を何度も何度も壊していく。



「もっとも、こんなガキの面倒をまた見る破目になるとはおもわんだ」



「ああ、そうだな」



ルドルフは先ほどと打って変わってその瞳に一層の光を込める。




「ね゛え゛…ね゛え゛…」



ガン、ガン、ガンと火花を散らしながら大きなハルバードでアーヤは地を叩く。



「ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛ね゛え゛え゛え゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛ええ゛え!!!!」



大きな咆哮と共にサーヤの首から下がゴキンゴキンと骨の擦れる音が繰り返される。





「…うそだよね?せんせえ。おにぃちゃんを食べちゃったなんて」





それは、聞き馴染んだ声。だが、その声色の奥からひどく重い、陰鬱な相が零れ出ているようであった。

ルドルフはより一層、この化け物がアーヤであると確信していく。



「ああ、すまない。」



「わたし、やくそくしたんだよ?ここの人たちが、ここにいる“ともだち”をがんばって守れば…おにいちゃんがむかぇにくるって」



「アーヤ…!カシムは…死んだんだ…っ!アーヤ!!」



「うそを…いう名ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

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