17:言葉は限りなく人を騙る
「さて、始めるさね」
工房に無理矢理連れてかれた俺とエクタシス。
まぁこの鎖に関しては特に何か喋ったりするわけではないんだがな。
いまだに刀身に巻きついて離れようとしない。
「魔剣のぉ、それじゃあ作業ができん。ちょいと悪いが、エクタシスに退いてもらうよう言ってくれないか。」
『へ?俺なの?』
「当たり前だろ。既にそいつはお前を従者と決めている。ちょいと魔力を流し込んで語りかけるように意思を念じてみい」
『んー』
エクタシス、一旦離れてくれ。
―ジャラリ
巻きついていた鎖がジャラジャラと小気味よく音鳴らしながら刀身から離れる。
「安心せいエクタシス。お前はこれから主と一つになる。悪いようにはせんよ。」
そう言って、俺と鎖を金床に並べるメイ。
「んじゃ、はじめるかねぇ。」
彼女は片耳を隠していた帽子を取る。
隠していた片耳。いや、正確にはそこには耳なんてものは無く、代わりに痛々しい傷跡がそこにはあった。
『・・・・お前・・・』
「ん?あー、気になさんな。昔昔にちょいとやらかしただけよ。」
カン、カン
暫くして俺を叩く金槌の音が工房で鳴り響く。
魔剣である俺の柄の底部分を熱で柔らかくし
他の素材と混ぜ加えながら円形に伸ばしてから穴を開け、それをエクタシスの接続部分にするようだ。
「今回の作業はそこまで難しいものじゃない。お前の柄の先っちょに良く冒険者がお守りを飾り付けるような加工でエクタシスと接続するだけさね。」
『お守りねぇ。』
「接続に使うマテリアルには頑丈なミスリルを用意しておいた。結構値が張るものだが今回はサービスしといたる。」
『随分と気前が良いじゃねえか。』
「そりゃそうさ。あんたは私の夢をひとつ叶えてくれた」
『夢?』
「約束したのさ・・・。馬鹿親父と・・・最高の作品を作ってやるってな。」
少し声を小さくし、優しく囁きかけるように金槌を打つ彼女の顔には先ほどの様な飄々とした態度が無く、遠い目をしながら何かを思い出しているようだった。
『お前の第一印象は馬鹿だが…やっぱひとの娘なんだな。』
「はは、そりゃあ馬鹿から生まれた娘だからな。」
『親父さんは元気にしてるのか?』
「・・・・・・」
彼女の金槌を打つ手が少し止まる。そして、何かを言おうとしたのを踏みとどまって
「ああ、そうさね。きっと元気にしてるさ。いつかあんたにも会わしてやりたいよ…いや、会わせなきゃな。『最高の作品』を用意してさ。」
『いいねぇ、その時は…呼んでくれよ。どうせ暫くはここに居座るつもりだしな。』
「へっ、働かざるもんは食うべからずってな。しっかりあの嬢ちゃんと働いてくれさ。そんでもって装備で困ったときにゃあ、あたしに頼れよ。」
『ああ、頼りにしてるさ。』
程よくして、俺とエクタシスの接合回収は終わった。
俺はメイに担がれながら新しい仲間をその身にぶら下げ二人の下へと戻る。
「おう、終わったぞ~」
『待たせたな。』
「パパぁ~!」
心配そうに待っていたアリシアがメイから抱きつくように魔剣を受け取った。
「おかえりなさい、ジロ。それが先ほどのエクタシスですか?思っていたよりは小さくなってますね。」
「んああ、そういう仕組みなんだよ。いまはもう『ジロケン』と同一化している。必要な時以外はアクセサリー程度の長さを維持してるただの杭さ。」
『おい、待てや。なんだジロケンって。まるで犬の種類みたいじゃねえか。』
メイの急な俺の呼び名には不服であった。
「いいじゃねえか。ジロっていう魔剣なんだろ?んじゃあジロケンだジロケン。」
『訂正を要求する』
「そんなんあたしの自由さねぇ~。んじゃあ、今日は店仕舞いだ。嬢ちゃんの装備も拵えんといかんからな、今日はもう帰っていいぞ~。」
『ったく、あばよ。バカジシ』
「おお、馬鹿な鍛冶師とかけてバカジシってうまいな。」
『お前の事だがな。』
「…ジロケンジロケンジロケンジロケンジロケン」
『うっさいわぁああああ!!』
去り際までくだらない与太話を互いにしながら、装備屋を後にした。
さて、次はニドの所に行くんだっけな。この身を自由に操る方法を教えてもらうていうが実際どんな感じなのだろうな。
正直手足もない状況だ。せめて自由に浮遊できればいいんだがなぁ。
「?…パパ?」
『どうした、アリシア。』
「んと、なんかさっきより軽くなってる。」
『へー、軽くなって…え?』
軽くなってる?
アリシアが言った状況を証明するように片手でひょいと俺を持って見せる。
『マジだ。どうしてだ?痩せた?』
「冗談はそれぐらいにしましょう。簡単な話です。エクタシスと同一したことによって溢れそうになっていた魔力がしっかりと活用されているようです。末端であるエクタシスが魔力を消費してあなたの思考に対応しているのですよ。」
こりゃあ、いい拾い物をしたな。あのバカジシや失敗してくれたオッドさんには感謝しないとだわ。
『アリシアもこれで運ぶの楽になってよかったな。』
「うん、でも最初の時でもへーきだったよ?」
『お、おう』
まぁ、しょうがねえよなぁ。今のこの娘は狂化しているんだ。
感覚が普通の女の子とは一線を隔している。
本当なら普通の女の子としてあって欲しいものだけどなぁ。
―キィーン
「え」
『な、なんだ??』
リンドと俺は急な出来事に間抜けな声を漏らす。
俺の側でゆらゆらと揺れているだけだった杭は唐突に弾けたように大きく揺れたのだ。
なにかに衝突したように、まるで、『何か』に拒絶されたように。
その一瞬
見間違いかもしれない
けれど、本当に一瞬だけ
アリシアが見せた表情はまるで無機質な…悪寒の走るような顔をしていた。
いや、表情だけじゃない。彼女の中にある何か重い。ドロドロとした感情が入り込んでくるような感覚。
「ん?どうしたの?二人とも」
それを見せてしまった事に本人が気づいたのか気づいてないのか、
俺に視線を向けて一変するように無垢な笑顔を見せ付けた。
「……」
俺は一瞬だけ、この娘が恐ろしく感じた。
単なる見間違いである事を祈りながら。
俺は何も応える事が出来なかった。
ニドのいる場所に向かう間のリンドは何かを考えるようにうつむいたまま黙っている。
そしてきっとその原因であろうアリシアは何食わぬ顔で鼻歌を歌いながらご機嫌に歩いている。
これから向かうニドのいる場所はこの街で唯一の魔導図書館だそうだ。
間もなくして、微妙な空気を抱えたまま俺たちは目的の場所に到達する。
『へぇー、エラくでかい建物だな。』
「この魔導図書館では魔術の知識を収集する他に、新規魔術の研究も担っているのですよ。」
『へぇ、どうりで仰々しく憲兵さんも入口で構えているわけだ。』
「ここではギルドより外に漏らしてはいけない情報もありますからね。特に、ニドは元魔王。彼自身は自分が所持する魔術の情報をこの街の生活で役に立てればと思い提供してはおりますが、おおよそ元となる魔術の殆どは普通の術師が使えば危険な代物ばかりですから。」
『なるほどなぁ、つか本当に魔王だったのかよあの人。』
「疑うのも無理はないですね。本当に変わりましたものあの方は。」
「それは君も同じだろ?リンド。」
会話に割って入るようにその人は現れた。
「よかった、皆ちゃんと来れたようだね。思ってたより時間がかかってた様だから少し心配してたんだよ。」
テクテクと近づくウサギを模した絡繰り人形。そこから発せられる渋い声には未だにギャップが強すぎて慣れない。
「改めまして、よく来たね。」
『遅れて申し訳ないニド。ちょっと装備を物色してたら色々あってな。』
「ふむ…その『色々』は、その素敵な杭が関係しているようだね。」
『はは、おわかりで?』
やっぱお見通しだろうなぁ。
「いやはや、実に好都合だったよ。私が「それ」を用意するまでも無かったようだね。」
『ニドも気づいてたんですか?俺の状態。』
「詳しい話は中に入ってからしようか。」
俺たちは、ニドに案内されるまま、図書館の中へ入っていった。
中央の大きな二つの階段。上か下かで分かれており、俺たちは下に降りる階段へと向かう。
降りたすぐ先には重く堅牢な扉が待ち受けていた。
人ひとりが明けるには到底難しい扉に先を歩くニドがテクテク近づくと
それに答えるように扉は勝手に開き奥へと招く。
「さ、みんなも中へ。」
俺たち全員が扉より奥に入ると当然なように勝手に扉が閉まる。
その様子を見終え、再びニドについていく。
「正直いうとね、ジロ。君に教える事は殆どなかったりするんだよね。」
『え?そうなの?なんで??』
「いやはや、それはね、君についてるその杭―名前は何て言うんだい?」
『ああ、エクタシスってメイは言ってた。』
「ああ、エクタシス。エクタシスね。うん、いい名前だ。だが、そうだね。それはあくまで大まかな名前になってしまうんだ。」
『と、言うと?』
「エクタシスと呼ばれるそのアーティファクトは、今後君の意図に従って動く言わば使い魔の類だ。それ故に、呼ぶときは君が呼びやすい名前で呼ぶのが良い。まぁ、ペットに名前をつけるようなモノだよ。」
『名前、ねぇ。』
そうは言うものの、なんて名付ければいいだろうか。呼びやすい名前…犬…
そういや俺の飼ってた犬の名前 メンだったな(麺みたいな色してたから)
メン…いや、そのままはちょっと嫌だな。
…メン
『アルメン…』
―ジャラジャラ
『うおっ。なんだぁ!?』
急に杭が大きく揺れる。
「はっはっは。どうやらその名前が気に入ったようだね。『アルメン』。そうか、いい名前だ。」
『き、気に入ってるのか?・・・まぁ、それなら良いかぁ。』
左右に揺れる杭の様子はまるで犬の尻尾みてぇだ。
「話が反れたようだね、すまない。まぁ、結局のところはその杭…アルメンが魔力を吐き出す役割を担う。ここに来るまでに変わった様子はなかったかい?自分が思っている要求に可能な限り反映された事か。」
『むっちゃ思い当たりある。さっき、体が軽くなってたな。』
「そうか、ならそれは君の意志にアルメンが反応して魔力を吐き出し実行した結果だ。」
リンドが言ってた通りか。
『なるほど。なら、今なら俺の意志で可能な限りは何でも可能なのか?』
「そうだね。例えば『ここに居るもの全てを全員殺せ』と命令しても動くだろうね。」
ニドの言葉に周囲の空気が一瞬で凍り付く。
あーあ、やめてくれって。そういう物騒なのは好きじゃないんだよ…
きっと俺を試してるんだろうなぁ。
『つまらねぇ、つまらねぇよ』
俺の言葉にニドは歩みをやめる。
そしてゆっくりと後ろをついている俺らに振り返る。
「それは、もっと…残虐な行為がご所望だと?」
ウサギを模した絡繰り人形。無機質な成りをしていながらその赤く光る瞳は明らかな敵意を宿していた。魂でしかない俺だ、表現が曖昧になるかもしれない。が、この芯まで震える感覚は明らかに恐怖だ。ああ、怖い。正直、この瞬間だけは認める こいつはやっぱ魔王だ。魔王の魂を宿している人形だ。
だが、臆することはない。
俺は別にこの力を殺戮にも、破壊にも使わない。場合によっては実力行使はあるかもしれない、でもな
『ニド』
「―ん?」
『俺は、さ。この力があっても無くても結局同じだよ。』
「ほう」
『生前の俺の人生はクソだった。常に苦いもん口に入れられながら、小さな、小さな幸せを守ろうとしてきた。けど、運命はそんな小さな願いさえ奪ったんだ。だから俺はその世界を拒絶した。自殺したんだ。あんたの言ってた事は正しいよ。あんな運命に苛まれた自身が嫌いで嫌いで仕方なかった。だから、どうしようもない自分もそこから見える世界も全てぶっ殺した。ぶっ殺したんだよ。』
「ジロ…」
リンドが心配そうに見守る。
『けれどさ、そんな業を抱えてこの世界に来たって同じだ。子供が嬲られるのは見てて苦しい。人殺しをしたって吐き気を催す始末。人の悲しむ所を見れば悲しいし、アリシアの笑顔を見れば…嬉しい。ただ、それだけなんだよ。俺の考えなんてそこらへんの人間と結局一緒なんだ。だからさ、もうそんなつまらねえ事はしないでくれ。』
俺は魔剣の成りになろうが化物の姿になろうが、人としての気持ちを忘れたつもりはないんだ。
「…ハハ、君の魂は本当に面白い。穢れなき白さを見せてくれる。」
ニドは笑ながら意味のわからん返事をして再び歩き出し、俺らもそれについていく。
魂 穢れなき白さ、ねぇ
「ジロ…でもねジロ…君はそう言うけれども。これだけは忘れないでほしいんだ。この世界は君の居た世界では無い。」
唐突に口を開くニド。
「だからこそ、再びこの世界で生き続ければ君は更にどうしようもない現実を見せられ…心はいつか変わるかもしれない。」
『そう、かもしれないな』
「だからこそ。自分が人として或るべき選択だけは、どうか忘れないで欲しい。」
そんな話をしている間に俺たちはたどり着く。
再び前に見える閉ざされた重く大きな扉。
それがゆっくりと開かれる。
「改めてようこそ、ジロ。私の魔術研究室へ。これから君に力を与えよう。」