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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
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幕明けを齎すひとりの声①



結局自分は何をしたいのだろう?


今まで考えた事がなかった。


私にとって最初に自分からした事は、クロニスに唆された時だった。


「死んでもいいから何か変われ」って思った。


結果的にスフィリタスに仲間であると認識され、仲間でありたいと思った。


それからは流されるまま…


それでも、それだけで自分がやられてきた事、やってきた事への報いがあったんだって思えた。


次に自分からした事は、


誰かを殺す事でも 誰かを食べる事でもなかった。


自分を大事に守ってくれる自分を、この手で捨てる事だった。


自分以上に大事にしてくれると思ったアンジェラに


「救ってやる」と僕に言ったあいつに「救われたい」と思った。 


言われるがままだったけど、それでも話せる奴がいつもよりもっと増えた。


それも、自分がやられてきた事や、やってきた事への報いだからと思った。



じゃあ…今の僕は何がしたいんだ?


何をすれば受け入れてくれるんだ?


誰の傍らに立つ事が正しい?



僕を友達を呼んだイヴ?


僕を仲間として受け入れてくれたこいつら?



解らない



解らないよ…



僕は―…どうしたらいい??







―どうすりゃいいかなんて、ハナから決まってるだろ?



「え?」



―いつまでも自分に都合のいいもん探してぶら下がりゃあいいのさ



「…」



―なんて事ない。“正しいと思う場所”そこがお前の居場所なんだからさ



「僕は―」



どこからか聞こえてくる声。それはぶっきらぼうに、でも優しく唆す。



―考える必要はない。この戦いで、勝つ方がが正しい。それだけだろ?その傍らにいればいいのさ



「そう、だね」



僕はきっと、何もわかっていない。

解らないけど、居心地のいい場所を選んできたんだ。


ずっと。



「僕は、もう一度選べばいいんだ」



―ああ、そうだ。だから



「自分に甘えて全部失う僕か、例え傷ついてでも…ここにいるみんなを止める僕か」



―そうきたか



「勿論、後者を選ぶよ。だから…力を貸してよ『ヴェスペルティリオ』」




僕はアンジェラから貰った新しい武器を強く、つよく握りしめた。

「どうしましたか?根を上げるには早いのでは?」



イヴフェミアは周囲の壁を歪ませて、幾つもの剣をゆっくりと顕現させる。



「魔力の具現化。底知らずってところかしら」



「事実として、悠長に事構えている場合じゃねえぞリアナ。このままじゃ生き残れたとはいえ、ヘイゼルだって今どうなっているかわからねぇ」



「そうね…強がってはみたものの、ここで全部を出し切ったとてジリ貧になるのは見えているわ」



「わりぃが私もそろそろ手品を切らしそうになってるぞ?なんとかなんないのか?」



「っ、来るよ!!」



リアナの叫びと共に、壁から出てきた数十本の剣が寄り合う3人へと弾丸のように放たれる。



しかし、それを大きく振られた一筋の刃によって振り払われた。



「…これはっ」



桃色のツインテールを揺らしながら、大きな体が3人の前に敢然と立ちふさがる。



「清音…おまえ」



彼女の握る武器は直前まで、か細い柄のついた刃だった。

しかし、今は全てを薙ぎ払うような大きな翼を模した大戦斧となっていた。



「―お前たちは、もうどっか行け。」



「おまえ…何言って」



「邪魔だって言ってんだよ!」



清音は振り返って、睨みつける。



「お前たちを本当に必要としている場所はここじゃない」



彼女の瞳がなにかを試すように3人へと視線をおくる。



「…」



リアナはそれを見るやすぐにガーネットの肩をぽんと叩き、メイへと視線を送った。

二人はその意図を汲んだのか、リアナへと頷く。



「また、会いましょ。清音。それと…いえ、なんでもない」



3人はそのまま扉の方へと走る。



「させませんよ」



それを追うようにイヴフェミア姫は天井から刃を再び堕とす。

しかし、それを清音が割り入って大きく変貌したヴェスペルティリオで一蹴する。



「キオーネッ」




「イヴ。僕を見ろ」




「君が、僕に話してくれた自分の事…その全てを救う事はできない…けど、僕が望む君自身を、僕はっ掬い上げる」



清音は走り出す。

彼女の生み出す想いの刃をすべて祓い退けて



彼女を手に入れる為に。



(彼女の武器…これはっ、形が…“聞き取れない”)



ヴェスペルティリオ。

鋼蝎のアンタレスと彼女きよねの元々もっていた武器。

その二つを融合させ、彼女の心から伝う情動が水のように様々な形に変わる刃。


ある時は、小さな刃に

ある時は、全てを弾く翼のような大戦斧


そしてある時は、繊細な蠍の尾の如き刃に。


銀色に鈍く光る、可能性を秘めた心の刃。




「イヴっ!!!」



「くっ…!」



イヴフェミア姫は周囲に鋭い刃のような花びらで自身を守るように囲い

彼女の周囲で高速に回転する。


その回転する躍刄に清音は何度も斧を象った刃で叩きつけるが



拮抗する力に火花を何度も散らすだけだった。




「ぬぐぐぐぐっ」



「あなたをそこまでにさせるモノ…それは一体なんなのですか?単なる欲求。あなたが持つ本質…淘汰の意志なのですか?」



「違うっ!そんなくだらないものじゃないっ」



「なら…あなたが私の前で敵として立ちはだかる理由は一体なんなのですか!?」



「敵?そんなわけないだろう…バカ」



「ならばそれは、あなたの持つ本来あるべき世界を守る正義…それが働いていると言うのですか」



「正義…正義?そんな心にも無いもの…僕は知りやしないさっ」



「なら、それは一体っ」



「ああ、そうさ。…これは我儘だっ。僕が精いっぱい絞り出した決断だ。わからないだろ?でも、心っていうのはそういうもんなんだ!いつだって、誰だって正しい理屈へ向かうものじゃない。時には、気づけば…誰かの持つただひとつの光に惹かれていくものなんだ」



「それが感情、即ちその定まらない心の淀みが、誰かの幸せを奪い、傷つけるのですっ。そんなもの…在ってはいけないのです」



「けど…その為に、化け物になろうとする君を…僕は認めちゃいけないっ!!」



次にヴェスペルティリオの刃で叩きつけようとする清音に対して、イヴフェミア姫のうしろからがぬるりと現れた大きな「何か」が彼女を払うようにその“長い尾”を叩きつける。



「がっ」



清音は勢いのまま大きく後ろへ弾き飛ばされる。




「化け物…化け物ですか…。勘違いしないでください。私は自らを化け物になり果てるつもりはありません。あくまで、そう呼ばれるのならばその事実に甘んじて受け入れると…それだけなのです」




イヴフェミア姫の周囲を泳ぐようにくるくると回る二匹の蛇…あるいは竜と呼んでもいい。

髑髏のような奇怪な面を顔に張り付けた、人間三人分の丈はあるであろう。



「エニドニオン・イクドロス。私の騎士たちです」



「また…厄介なものを出して来たね。イヴ―」



イヴフェミアが手を翳すと、二匹は宙を泳ぎながら指された先…清音のほうへと迫りくる。



清音は体勢を立て直し、ヴェスペルティリオを大戦斧の形状へと変えて大きく振り回す。


二匹はついばむように襲い掛かるが、彼女の攻撃によって振り払われる。



(そこまではコイツらの一撃は重く…ない)



清音の視線はあくまでイヴフェミアに向けられていた。

端から迫る障害には気にも留めず、そのまま再び走り出す。



「らあぁあああっ!!」



すぐに距離を詰めて、彼女が刃を振り下ろした先は

イヴフェミアの頭…顔を覆う石碑だった。



(この娘の狙いはプシュケ・エク・サティスっ―)



しかし、清音の攻撃はすぐに二匹の竜魚がイヴフェミアの前で×の字に塞ぐ

清音はすぐにヴェスペルティリオを引き、形状を蛇腹剣のような蠍の尾へと変えて

体を捩じらすとその刃を自身の身体の回転を利用した勢いで二匹の竜魚を弾き飛ばす。



「なっ―」



「イヴっ」



イヴフェミアは感じる。何度も呼ばれる名前に、何度も差し出される手に

彼女はいつのまにか抵抗を忘れていた。




「あっ」



不意に顔を覆う石碑を掴まれる。何度も自身の名をを呼ぶ友の手が。

彼女の人ならざる膂力はその石碑をイヴフェミアの顔から剥がそうと試みる。


ギリギリと音を滲ませながら、しかしそれでも取れる様子はみられない。



「…とれな、いっ」



「い…痛い…痛いよキオ…」



「っ…!?」



彼女はイヴフェミアの弱弱しく囁く声に思わず力を抜いてしまった。



その途端に左からはじき飛ばした筈の魚竜の一匹が大きな口を開けて

伸びた清音の腕を喰いちぎろうと襲い掛かる。



「ちっ」



清音は反射的に手を引っ込め、再び左右から泳ぎ迫る魚竜の攻撃を躱しながら距離を取る。



「どうして…なの?」



その石碑ごと顔を抑えながら項垂れるイヴフェミア。



「なぜ…解ってくれないのですか?それが皆の幸せだと言う事をっ」



周囲の空間が一瞬波打つように蠢き、

それと同時に辺り一帯の部屋の壁・天井・床というありとあらゆるすべてが真っ黒く染まっていく。




「みんなの幸せ?知らないよ。僕には。そりゃあ何処にいる誰の幸せだい?」



「少なくとも、私に…魂を捧げた方々の…」



「…君が解ってほしいと言う僕には、関係ない事なんだよ」



「…そう…残念です…キオ」



「はは…、笑えるだろ。きっとそれは君とっちゃあ最低の言葉さ。でもさ…僕は最低な奴のままでいいから―」




清音の背後から迫る大きい顎。

それは先ほどとは比にならないくらいの大きく…真っ黒な魚竜。


今すぐにでも清音を飲み込もうとしている。




「僕は君自身に幸せになってほしいんだ―」




刹那、大きく黒い魚竜は姿を泡沫の如く霧散させる。



「え…」



そんな戸惑いの声を漏らしたのはイヴフェミアだった。



「どうして…?」



彼女は再度手を翳しているが、周囲の漆黒は微動だにしない。

それどころか、彼女の手さえも震えてしまっている。



「―な、ぜなのですか?」



彼女の願う意図と反して、彼女の魔力は彼女の指示に従う事がなかった。



(私の意思が…反映されない?)



「あ…」



彼女には未だ理解できない感情だった。

誰かが自身を必要としている時…それには明確な意図があった。



誰かの為に、頼む


私の為に、頼む


王都の為に、頼む


世界の為に、頼む


平和の為に、頼む



君自身の為に…



「君は、僕と違って…自分の事を放って置きすぎるんだ」



「私…が…なにを…」



手を翳したまま動けないイヴフェミア姫。



途端に漆黒の魔力がいくつもの手を生み出し

背後から彼女の顔へ…その石碑へと触れる。







―どうか、姫様を…




「っ!?」



清音にはそう聞こえた。

悲しそうに、祈るような声が…清音の耳には響く。


その声は、後悔。そして贖罪の念が込められていた。




「なぜ…なぜなのですっ!?私は…どうして私は…!!」




「イヴ!!」




清音は、そのままヴェスペルティリオを大きな戦斧に形状を変えて大きく構え、駆け抜ける。




「キオ…キオオォ!!!」




イヴフェミアは自分に降りかかっている理解できないもの全てを振り払うように、


幾つもの漆黒の槍を放ち始める。


それをある程度躱しながらも、何より彼女へと近づく事を優先した清音


「いぎっ…!」


一度は脚を貫かれ


二度めは腕肩を貫かれ。


次には腹を穿たれる


「こん…のぉおおおっ」


幾度かの刃をその身に刻まれながらも臆する事なく進み続ける。



「ぐっ…あぁあああああああああああああああああああああああ」



迫りくる彼女の足音を聞き…その先へと一刺しの黒い槍を放つ




その一閃を、清音は紙一重で首を傾げて躱す。

結われた髪飾りが砕け、桃色の髪がはらりと大きく広がる中

清音は奥歯を鳴らしながら大きく振り上げた戦斧をイヴフェミアの顔を覆う石碑へと叩きつけた。



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