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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
174/199

王都終焉黙示録


私は常に愛されていた。


どのような場所でも、どのような人でも、どのような日々でも

私に向けられる感情は愛だった。


万物全てに寵愛を受けていると感じる全能感。そこには何不自由なく生きてきた。



「―あら」


城の外から入り込む鳥。それは今にも死にそうなか弱い存在であった。

それを私は優しく抱き寄せ「大丈夫ですか?」と聞くだけで

周囲の皆は私の慈悲に涙する。


この世界が私を愛すからこそ、世界がそうであるように私も愛さなくてはいけない。



小さな頃からそう学んできた。だが、その愛は学びからではない。

私の意思がそうせよと命じるから愛した。



彼の古き文献にはこう記されていた。



―いずれは気づく。


全てが同じような顔を持ち、


全てが同じような目を持ち、


全てが同じような魂を宿し、


やがてそれは未来永劫に続く真のエレオスへと還る運命。



その道は災禍の中に生まれる神のみぞ識る。



国王…父様は言っていた。


この国をいずれは、一つの大いなる国へと成した後に、私の持つ慈悲こそがこの世界に必要なのだと。




父はいつもその文献、黒い本を抱いては開き夜な夜な私の所で夢を語っていた。



…私には夢を望む事こそが幸せだとしっていた。



王都エレオスは他の小さな隣国と違い、豊かな環境を維持していた。

父はそれを魔導研究の成果だと常々言っていた。私たち国の民こそが選ばれし存在なのだと。




「―あら?」



この王城で私の一室はとても高い所にあり、そこから賑やかな街の様子がいつでも見れた。


色とりどりの花びらが舞う。色とりどりの風船が跳ぶ。多くの歓声と称える声。


まるで英雄の凱旋のように。かつて、“インヴェイド”の称号を得た英雄の時もそうであったように


今日は英雄と同様に国民としての義務である、“天寿を全うした人々”の葬儀式。


―エレオスの民は代々変わらずに短命であった。



死とは別れ、死とは終わりであり悲しみである。しかし、それは名残ゆくものがある故の摂理。

この国民は死を前に誰一人として嘆く者はいない。


何故ならこの国は常に幸せに溢れているから。



他者と比べるほどの矯正的な秩序は無く

他者を裏切るほどの不足もない。


豊かな国にこそ、豊かな心が生まれ


人々は成すべき生で幸福を全うする。


故に死者とは称えるものに違いないのだ。




「ああ、姫様だ」



見上げた民が見守る私に気づき手を振ると、涙を流し更なる歓声を上げる。



姫様


姫様


姫様


姫様と



城からでた事の無い私だけれど。それでも、授かる愛で幸福に違いない。








―けど、私がこの国の…この世界の最期に見たものは恐ろしいものだった。



地獄という言葉を私は知っていた。それこそがあの光景なのだろうと思った。



何も知らず、何も理解できず



ただ街に迫るのは大量の魔物の軍勢だった。


街を焼き、人を屠り、美しかった花畑の景色さえも踏み荒らされ



あろう事か、私はそれらを目に焼き付けてしまった。



「はぁ…!はぁっ…っ、どう、して…」



脳裏から離れない。あまりの恐ろしさを振り払うように走り出す。



城の中を走って走って、走り続けて――…私は人を探した。


誰も居ない。誰もいない




「何が…!?お父様っ」



その呼びかけに応えるかのように、行きついた先に国王が立っていた。




「ッ…イヴフェミア!?」



「お父様…!!」



「駄目だ!!“こっちに来てはいけない”!!!!」



その怒号に近しい…初めて聞くお父様の声に私は体を強張らせ足を止める。







―瞬間、青白い光が空間全体を包むように放たれた。




「う、ぐ…うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



その光を見てから私には何も見る事が出来なかった。真っ白いまま。



そんな中で父の苦しむ声。ミシミシと何かに押しつぶされるような音。


それだけではない、やがてボトボトと何かが零れ落ちる音と同時に聞こえる



「ああああああ血が…血がぁあああああああああああああああああああああああああああ」



「なんだこれ…なんだこれぇえええええええええあたまのわっかあああああああああああ」



「ああああああいあああああああああああああああああああ」



「やめてやめてやめてえええええええええええええええええええええ」



「痛い…首が…重くて…お、おち…ああああああああぁああああああああああ」



「ひぃ、ぎいい…あああああいいいいいいいああああああ腕があああああああああああああ」



「な、にが…おぎで…あああいいいいいいいいああふぁあがあああああああああああ」



「いや、いやよこんなの!やめてっやめてぇえええええええええええええええええええええ」



「ああぁあああああいやだいやだいやだいやだああああああああああああああ」




―幾つもの、様々な声の断末魔。そのほとんどが女性の金切り声だった。




(こわい、こわい…こわい…)




私は祈るように両手を組んだ。その手の震えをなんとか抑えようとした。


しかし、その悲鳴は暫く続いた。



何も見えない。何も見えないまま、何かが始まり…終わろうとしている。




ミシ…



そんな音が私の頭上にも圧し掛かっているようだった。


だれかに頭を地面に押さえつけられるような感覚。同時に体の中で血が沸騰するような感覚。




ブチッ



「ほう、女…未だに身体の原型を保っているのか?他の連中は皆この儀式に耐え切れずに死んでいるというのに」



近くで、肉の潰れるような音と同時に男の声が聞こえた。



「しかし見てみろ…酷い有様だ。連中ら、“天使”という概念に耐え切れず、身体中の穴という穴から血を吹き出し、身体も崩壊してきている。生えかけの天使の羽根。皆、天使の輪には耐えられず頭を捥ぎ落している。なんとも無様だ。そう思わないか?」



私は彼が何を言っているのか理解できなかった。ただ、なにも見えない状況の中何も考える事も出来ず冷静ではいられなかった。



「…あ、なたは…だ、れ?」



「む?私が誰か解らないと…?いや、貴様―」



「まだ…まだ眩い光が収まらない。“まだ何も見えないのです”」



「…ふむ、幸いな事ではあろうか。しかし、貴様は妙だ。他とは違い、その身を崩してはいない。であるならば」



「がっ…!?」



私は自分の首を何か大きな腕に掴まれ、そのまま持ち上げられている事だけは解った。



(く…くるし、い)



「……」



ブチッ


ブチッ


ブチッ



何も見えない状況で何度も肉の潰れる音が響き、私は恐れ震えるしか術がなかった。



「クハハッ、成るほど。魔術が身体に影響しないっ!これは文献の通りじゃないか。」



(な…なに?)



「どこぞやのツクリモノが天使の降臨などという儀式をするというものだからいざ私の身体で試したが、私自身には全くもって影響のひとつも無かった。どうやら私は天に見放されたようだ。だが、これはこれで無駄足では無かった。“良い拾い物だ”」



「あ゛う゛…げほっ、ごほっ」



私は、私の首を掴む手は離されそのまま膝から崩れ落ちる。



「貴様、名前はなんと言う」



「え…」



「名だ。女よ」



「…イ、イヴフェミア…ラドナリア…ラドナリア・オヌ・エレオフィリス・トライナーヴァ…」



「ほう、その名。さては王族か。この国の関係者か」



「わ、私は、王都エレオスの姫…です」



「姫…なるほど。イヴフェミア姫。先ほどのご無礼をお許しください。何分、この周辺は人に紛れる魔族も見かけた故に」



「あ、あなた…は?」



「私は名をクラウス・シュトラウスと言います。極界ではかつて賢者と呼ばれておりました。」



「極界の賢者?それは…女神様のおひざ元ではありませんか」



「ええ、ええ。そうですとも。め・が・み・さ・ま。のねぇ」



「先ほどの暴挙は許します。な…何故…このような場所にアナタが?」



「いいえ、単なる視察です。同時に、アナタ様を迎えに上がらせていただきました。」



「迎え?」



「ええ。あなたは選ばれたのです。天に。」



「天に??」



この男の、賢者様の言っている事が全く理解できなかった。だが、次に続く言葉が


今の私を生み出させた。



「この国は…今この瞬間に終わりを迎えようとしております」



「…そんな」



終わり。その言葉が私の中でひしひしと自分を押しつぶそうとしていく。



「あなたの父君である国王も今は魔神によって殺されました。」



「あ、ああっ…」



あの地獄を最後に、私は何も見えないまま、何も見届ける事も出来ないまま…



「しかし、あなたは唯一生き残られた。この国での唯一!」



「私だけ…私だけが…。いえ、私だけではもう…なにも」



そう、何もかも亡くした。失った。

愛される事も、愛する事もないまま…父様の語る夢さえも


彼の言葉ひとつで泡沫なのだと理解してしまう。



「わ、私は…どうすれば。私にはもう、何も」



見えない賢者に縋るよう問う。



「いいえ、先ほども申しましたように。あなたは選ばれたのです。天の采配によって」



「私…が?」






「この国の再建を、アナタ様がするのです。そして、その力をあなたは授かった。」



クラウスはそう言いながら、私の今は何も視えない眼の上から“なにか”で覆う。


瞬間に真っ白のままの視界が転じて漆黒の闇へと移り変わる。



「あなたの瞳はやがてこの王都を生み出す“力”となるでしょう。それはやがて、あなたのかつて見てきた望む世界を取り戻す為の術となります」



「…信じて、よろしいのですね?」



「ええ。さぁ、こちらに―」



「何処へ連れていくのですか?」



「私のすまう都市、空中庭園スカイユートピアです。この場所もいずれ魔物の追っ手が来るでしょう。すぐ近くには魔神もいます。さぁ―」




それが正しい事なのかなんてのは解らない。彼が何者かも知る術が無い。


ただ、未だ脳裏に焼き付けられたあの地獄のような光景と、声を振り払えるのならば




…私は言われるがままに、何も見えないまま。彼に導かれて行った。

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