疾風のホワイト・ホース
魔業商。
桃髪の惨殺者
人食いピエロ
半竜の復讐者
盲目の虚構姫
慈悲を飲ませる鬼姫
魔神と天使の子供
そして、あの大狼と同じ目をしていた賢者
出会った連中はみんな狂っていた。
己の矜持で回り全てを傷つける連中ばかりだ。
だが、だからこそ俺はこの場所でこそ得られる知識と知見があると思えた。
こいつらの目的は世界を終わらせる事だ。
結局、魔女はこれに意見もせず…ただ試すように沈黙を通していたが
ああ、どちらにせよ最後には俺が生き残ればいい。
“あいつら”の事なんか知ったことじゃねぇ。
俺は、ルーと生き続けて…魔物だろうが、化け物だろうが、神だってさえ淘汰すればいい。
裏切る事になろうと…かまわねぇ。
アリアドネ…最後にお前を殺すまでは…生き続けてやる。それがテメェへの恩返しだ…。
あの時に決めた…よぉ。
―今の俺はこんなザマだ。
だが、もう戮贋暫は発動している。
知らねぇだろうが…奴らは俺がきっと心中するつもりで黎天〆を使っているのだと思うだろう。
だが、それも嘘っぱちだ。
この斬撃の嵐の中で…俺がわざわざこの場所を選んだのも、この俺の周辺ギリギリだけが唯一残した安全地帯であるからだ。
結局はあのクソ女共相手にボロボロになっちまったが…この場所で最後に俺が生き残れば構わねぇ。
それが俺の得た“新たな知見”だからだ。
確かにこのエルフ女の風魔術の疾さは異常だ。片割れを取り逃がしちまったんだからな。
だが、それも“いつか殺せばいい”
なのに
こいつは…一体なんだ?
最期だとわかってて笑っていやがる。
知っているんだぞ。お前が俺の肉を喰らって取り込んだ魔力でさえも
あのトんでもねぇ暴熱風の魔術で使いきった。
もうお前に残されている魔力がねぇんだよ。
死ぬ。死ぬんだぞ…
いつもの連中みたいに、恐れろ…怯えろ…震え狂え嘆き叫べよ!
あの時の俺みたいによぉおおおおおお!!
―ゼタ
―…ちゃん
「―っ」
俺は…なんで、今になって“あいつら”の顔が出てきやがったんだ。
なん…で
刹那に視界に差し込んだ光は、鮮やかな翡翠の色をしていた。
「ああ、お前は―」
「エアーズ:解放!!!!!!」
ひゅるひゅると響く音は風のせいではない。
それはガーネットの見た、人狼の足掻き…その生存殺戮への怨讐に違いない斬撃の暴れ。
取り残されたゼタとリアナは間もなくその裁断に迫られるであろう直前。
リアナ・ル・クルは自身の中にある最期の魔力を振り絞る。
エアーズ:解放
それは、バンデルオーラという魔力を撃つ為の、収束機構を最大限まで引き上げ
自身の持つ魔力の限界を上回る程の量を精霊に捧げる安全装置の放棄。
契約者の魔力に対して増幅させる精霊の魔力…それは本来の魔力の倍、否それ以上の二乗した力である。
それを自身のある魔力の全て…ひいては魂までをも捧げれば、その際の威力は、山一つをも穿つ。
対等の契約であろう精霊を異様な執着で従わせ、
バンデルオーラにその魔力全てを凝縮させていく。
彼女の身体は既に霞んでいた。風の魔力と同じように翡翠色に染まり
存在そのものを削りながらも
細い、細い可能性に一度…いや、二度でも三度でもその意思を貫く。
「―あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
喉が枯れる程の叫び。
姿勢を低くし、凝縮した魔力で槍の如き形に変わったバンデルオーラを目前の人狼、その腹部へと殴りつけた。
瞬間に、彼女を…彼女の全てを後押しする豪風。
リアナはそれと一体化した瞬間に異様なまでの全能感に浸った。
出来る。 出来る。 出来る。
―可能性を追い、死ぬ事を前提に自身の生きる術を命を賭して放つ翡翠流星の如き突風。
それはやがて光に満ち溢れ、白光なる意志へと象り白馬となって駆る。
もっと、強く
もっと、強く
もっと、上へ
「グ、オ…オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
この広く閉ざされた決闘の場で、その隔たりを人狼ごと穿つ、もう一度穿つ、更に穿つ。
轟轟と響く突風の摩擦は人狼の身体をチリチリと焼きながら貫こうとする。
それをゼタは自身の全力の再生で堪え、賄い、耐え凌ごうとする。
互いの押しつけ合う生存本能の果ては、城の外へ及び…
はるかはるか上空へと昇り巡っていく…
広いそらに二人がさる星の如きとなった。
―しかし、やがて彼女のもつ全てに限界を迎える。
城から放り出され、遥か上空で二人は揃いも揃ってっそのまま落下していく。
「…ガー…ネッ、ト」
それは、今わの際に出た名だった。
すでに身体の殆どが魔力へと還元されたリアナ。
彼女にはもう、これ以上に抗う意志も力も残されていなかった。
しかし一方で、人狼はおぞましい程の威力を一身に浴びせられながらも
…しぶとく生きていた。
「が…ハァッ」
(…はは、スゲェ…俺の最後のさいごに出した秘策すらも…結局ゴリ押しでなんとかしやがった…。本当に、こういう奴っているんだな…死ぬのなんか怖くねぇよぉな馬鹿がよぉ。けど…)
駆ける白馬のあまりある威力は、本来であれば相手を塵にも変えかねないものであった、が
生存本能に置いて右に出るものはいないであろう人狼にはわずか。あとわずか一歩にまで及ばなかった。
「が、ふっ…惜しかったなぁ…!まだ…まだ俺の方が生きた!俺の勝ちだ!クソお、ん…が――…」
ゼタはそれ以上の言葉を続けなかった。否、続けられなかった。
いずれは精霊に攫われて今にも消えるであろうリアナの表情。その目の端から空に舞い上がる涙。
それを見た瞬間に彼の目の色が光を灯すようになにかを思い出す。
彼にとっては不思議であった。ゼタには彼女を謗る言葉を言い放つ事に対し、嫌悪感を感じてしまう程に…自身の中の“何か”が、或る敬意を抱いてしまっていた。
愛する者を庇い、命を捨ててまで生きようとする事。
魔女の教えには無い言葉だった。
その今にも消えそうな彼女の生き様を、美しいと思ってしまった。
だからこそ、彼女の終わる表情に意図せずして“誰か”を重ねてしまっていた。
(駄目だ…だめだ、だめだだめだだめだ…っ…重ねるな…“あいつ”と重ねるなっ)
だが、その思いに反して手は彼女へと伸びていく―
(やめろ…それじゃあ…そんなのって)
ゼタは無意識に…リアナを強く抱きしめる。
「―ああ」
ゼタは…抱きしめた彼女の微かに残る体温に、胸が苦しくなる程の寂しさを“思い出した”
(そういや、俺は…一度もルーの死に目を見ていなかったなぁ)
この郷愁が…彼にとっての魔女の言葉通りの
過ちから来る“弱さ”であった。
「そうか、俺ぁ…負けた…負けちまったんだな。…ルー」
誓約都市エレオス。穏やかで在り続けるその街の遥か上空で
流星のように舞い上がった二人はそのまま変わらず落下していった。
「―リアナ!!リアナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ガーネットが二人の落ちた場所を特定するのはそう遅くはなかった。
リアナによって外に弾きだされた後、
間もなく起きた大きな轟音と城から飛び出るように舞う流星。
それが何なのかを彼女はすぐに解った。
ガーネットはすぐにそれを追いかけて落下した場所…人々がこぞって集まる場所へと赴いたのだ。
その場所へと向かうまでに、ガーネットは異様なまでの違和感を感じていた。
(ここの連中ら、こんな騒ぎなのに叫び一つ上げねぇ。それどころか、わらわれと群がって見ているだけだと?)
「っ、今はそんな事どうでもいい!どけ!どいてくれ!」
無機質に群がる人々をかき分けてガーネットはリアナとゼタがいるであろう場所へとたどり着く。
「リアナっ…………………………………………」
―ガーネットは今にも泣きそうな表情で、目下の二人を見下ろした。
リアナは、ゼタを下敷きにする形で落ちていた分、身体がバラバラになる事にはならなかった。
しかし既に身体といえる身体の殆どをパチパチと明滅しながら翡翠の光に還元されかけていた。
彼女の指先から徐々に糸がほつれるように形を崩して空へと舞い上がっていく。
(これが…精霊との契約を行使しすぎて“攫われる”ってやつか)
「―クソっ!」
ガーネットはすぐさまリアナへと近づいて、リアナの手を強く握りしめながら魔力を送ろうとする。
…しかし、それをしたとしても
彼女の身体が崩れていく流れを止める事が出来なかった。
「頼む!頼むよ!!まだなんだよ!!これからなんだよ。これからだったんだよ!!こいつと、色々な話をしたり…皆で話した事やろうって言ってた事も!」
縋るように祈るガーネット。
だが、リアナはそれに対して何も答える事が無い。
ただ、目の端に涙の痕を残したまま…消えていく。
「くそっ!どうしでだ!!どうして私なんだよ!なんで私を助けた!なんで笑った!教えてくれよ!リアナ!!」
「―うるせぇな…ぎゃあぎゃあとよぉ」
その声にガーネットはビクリと反応した。すぐさまダガーを構えて声の主を強く睨みつける。
「テメェ…まだ生きてやがったのか!!」
「…もう、この女は間に合わねぇよ。魔力を使いすぎた」
ゼタはリアナをそのまま持ち上げると、床へと寝かした。
「…まだ、わからねぇだろ。今すぐにお前を殺して…お前の肉を喰わせたら可能性だって」
「クハッ…!そう来たか。お前も必死じゃねぇか!こいつが終わらねぇようによぉ」
「うるせぇ!お前に何がわかる!」
「ああ…解るさ」
ゼタは唐突に自身の首へと手を置くと、そのまま首の肉を自ら引きちぎった。
遠慮なく舞い散る人狼の血飛沫。
「おまえっ!?何を…!」
「俺も…こいつを死なせたくなくなっちまった。この命を賭しても…な」
ゼタはそれ以上語る事無く、その血肉をリアナの口の中へと運ばせる。
すると、リアナの身体の魔力へと還元される勢いが弱まっていく。
「勢いが弱まった…?」
「―だがこれだけじゃあ、まだ足りねぇ。」
ゼタは続けて、自身の胸を自らの手で貫く。
「ぐ…ォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
そこから取り出したのは心臓だった。
「眼帯…手伝え。俺の血を使って術式を描け」
「…っ」
ガーネットは何が起きているのか理解が追い付いていない。
だが、ゼタがリアナに対して何かをしようとしているのだけは汲み取っていた。
もしくは、それに縋るしかなかったのだろう。
五芒星の魔法円に刻まれる文字
<フェイヒュ>、
<ゲルボ>、
<スリサズ>、
<アンシズ>、
<アルジズ>
<ラグズ>
<マンナズ>
<エワズ>
言われるがままに、リアナの胸の辺りから床にかけてガーネットも知らない術式が描かれていく。
「…これから、この心臓をこの女に移す。そうする事で、この女の中にある精霊との契約を上書きさせる。超過した精霊魔力の分だけ新しい心臓に肩代わりさせりゃあ“攫われる”事もねぇ。…いくぞ」
「お前…どうして」
「…俺ぁ、負けた。こいつの“生きたい意志”にな。生きてれば勝ちだと思う俺の心をこいつは上書きさせやがった。ああ、そうだ。“新しい知見”ってやつだ。本当によぉ…いるんだなー…自分の命を全部使って生きようとする奴なんて…よぉ」
術式が反応し、ゼタの持つ心臓が徐々にリアナの中へと取り込まれていく。
「―単純に気に入っちまったんだよ。この良い女をよぉ。だから、俺も命を全て払いたくなっちまった」
それと同時に、リアナ自身の身体が時を巻き戻すように形を元に戻していく。
「リアナっ!」
「がふっ…げほっ…ごほっ…」
ゼタは大量の血を口から吹き出す。
もう、彼を生かそうとする“心臓”はもう無い。
「ゼタ…おまえっ」
「ああ、いい。同情なんてもんはまっぴらごめんだ。ス、スマートにいこうじゃねぇか…ごふっ。ああ、そうだ眼帯…もう俺ぁ、そんなに喋れねぇ。残念だが、このエレオスやあの暴力鍛冶師が知りたい事に関しては答える事はできねぇし…そのつもりもねぇ。そいつに関しちゃあ自分で考えて進むんだな。けど、俺のついた嘘だけは先に明かしとくよ…」
「嘘?」
「確かに…俺の妻や長老を殺したのは人間、だ…だが俺の…一族を皆殺しにしたのは、人じゃ…ねぇ…そいつはぁ…魔女だ。それも、街の人間の…それもよぉ…たかだか名前も知らねぇガキの言質を取って、だ。」
「魔女…まさか、くもの魔女か!?お前は、何故ぞんな嘘を!」
「オレァ…お前らに贖罪の念を駆らせて動きや判断を少しでも鈍らせたかった…どうだ?今の俺のこのザマ…それもみじめで無駄だったさ。あいつぁ…その心臓に魔女の情報を話すと潰れる呪いがかかっていた。けど、まぁ…それも無効に終わったけどなぁ…カカッ」
「…」
「ゴホッ…そんで魔女は…霞や煙を自在に操る…おれぁそいつの魔術で心臓を貫かれた…それだけは教えといてやるさ。………だからよぉ、そん代わりにこのエルフの女に言伝だけ頼めねぇか?」
ガーネットは…黙ってうなずく。
「つ…妻を………“彼女”を…連れてってくれ。ああ。それと…西大陸によぉアガナ村って小さな村がある…どうか、そこにいる“子供”に会ってくれと。そして、その子らに…すまない…と…」
「…解った」
(ああ、俺ぁ結局…負けちまった。だってよぉ、最後まで足掻くこいつの姿…すげぇカッコ良かったんだよ。アリア…残念だが、ここで俺は死ぬ。お前の思惑は次の奴へと託すさ。そして、いつかコイツらがお前に辿り着いた時…それがお前の最期になる事を願うよ。くもの魔女)
―…ゼタ
(おう)
―…父ちゃん
(おう)
「―……あ~あ、甘いもの…喰いてぇなぁ」
「…」
「…」
「…んあ?」
「…」
―確かに彼女には意識はなかった。
だが、今にも死ぬであろうただ一人の人狼のその頬に、そっと彼女の手が伸び
優しく添えられていた。
彼女は眼を瞑ったまま。なのに涙を流しながら「ゼタ…愛してる」と囁いた。
「…へへ。ルー…ごめんな。ごめんなぁ…おれぁ…よわくってよぉ…おまえたちをまもれなかった…」
――人狼のゼタは、すすり泣きながら殺された一族の名前をひとりひとり囁き…謝りながら…最後に事切れた。