誇り失き悪狼のゼタ①
「―タ、ゼタ…?」
「…あ?」
眼を開く、辺りは真っ暗だ。だが、すぐにそこには眩しいくらいの光が差し込んでくる。
「うおぁ、眩しっ」
「まーたアンタ、いつもみたいに齧るように本読んでるから。そうやって本を顔に乗せたまま野原で寝ちまうんだよ」
「…うるせーな。別にいいだろうよ。好きにさせてくれたって」
「何言ってんだよ。アンタ、ここが何処だか解るだろ?」
気丈な女が睨みつけてくる。
「わかっているよ、ルー。ここは境界、人間と俺達のな」
俺たちが向けた視線の先には、大きな街を囲う壁。そこからこっち側には広々とした草原が広がっているが
その途中で一列に木の杭が長々と並べられ、境界線をつくっていた。
「…言わせておいて何だが、やっぱり切ないねぇ。」
後ろ髪を一つにまとめた女性。俺と同じ一族、“人種”であるルーは残念そうな表情で自身の手を見つめる。
「形が違うわけでもない。言葉が伝わらないわけでもない…でも、微かにでも獣の匂いがすればあいつらは袖で顔を覆って蟻虫を見る目で遠のく」
「たりめーだろ。俺たちは…こぞって山奥で違う生き方をしてきた種族だ。そこで奉られた伝統を守るために。他の連中と足並み揃わねぇで違う事をすりゃあそれだけで他人以下よ。」
だが、獣の匂いがするなんてのは到底嘘だ。きっと、人間の…それも生き汚い家と家の隅にネズミと暮らすような連中らのほうがよっぽど臭い。好きでもない嫌いな俺たちに対しての方便だ。
「…そうね。でも…それなら、私たちはどうすればいいのよ。」
「まぁ待てよ。そもそも、そりゃあ俺たちに限った話じゃない。結局は同じヒト同士でも、どんな些細な異物相手には自身よりも劣っている奴だと信じざる負えない。それが人という自己を持つ生命の奔流だ。」
俺は嘲笑するように言う。
「その時点でそいつらは死ぬまで川の流れに藻掻き沈む石ころと同じだ。…だが俺たちは石ころじゃない、そう思えるだけ得と思っとけばいいんだよ。だからこそ、その事を伝える。互いに、窮屈でいなくちゃならねえような不幸でいる方がおかしいんだからよぉ。きっかけを作るんだよ…俺が…いや俺達で」
「ゼタは…怖くないの?」
「さぁな。少なくとも殺されるって気持ちにならなきゃ俺にやあ恐怖なんて感じねぇ。それだけだ」
「私は…怖いよ。私たちが居ない時、あんなに笑っている人たちの顔が、急に私たちを見て眼の色を変える…まるで生まれてきちゃあいけないみたいにさ」
「馬鹿を言え。生まれちゃあいけない存在なら、生まれる前から神様にとっくに見限られている。逆に考えるなら、結局俺たちが生まれた事には意味があるんだよ。可能性だ。けど、それを破棄捨てるものがなんだかわかるか?ありったけの餌だよ。与えられる施し、その安寧を齎す欲望の種を貪り続けるから、奴らは家畜みてぇに肥やす。だが、その分だけ奴らは余計なだけ心を貧しくしてしまう。俺はぁ、人のそういう悪い部分を取っ払って…共に生きてみたいと思うよ。」
「どうやって?」
「価値観を変えるのは、常に経験だ。多ければ多い程、人は世界に対して俯瞰していく。視野が豊かになる。それを識る事が出来るのは…物語だ。色んな物語を見て、伝えて、歌でも踊りでもいい。それを見せて価値観を新しくするんだ。俺はそれをみんなに伝え広めて、少しずつでもいい!俺たちの事や、自分とは違う人々の生きた物語を識って欲しい。きっと、そうやって生きていれば…誰かの嫌いなものよりも…少しでもいい、自分の好きなものを探して生きれば、それは豊かな世界に繋がるはずなんだ。そんな未来は確かにあるはずなんだ」
さっきまで泣きそうな表情を見せていたルーは一変してきょとんとした表情からクスクスと笑う。
「本当にさぁ。アンタは、変わったよ。あんなに部屋で本ばかり読んで、そん中から出てこなかった奴がさぁ。」
「…ほっとけ!」
「ふふ」
「何が可笑しいんだよ!!さっきから笑いやがって!」
「だって、今はこうして話をしてくれるし…一族と向き合ってくれている。当時は『俺はこんな一族を抜けて一人で生きていく。お前らみたいなクズと付き合いきれない』なんて憎まれ口叩いていたあのゼタがよ。」
「それは…」
「ん?」
彼女が見せる笑顔は、俺の胸をやけに熱くさせてくる。こんなにも広く涼やかな空気なのに
俺は照れくさそうにする。
「お前が教えてくれたからだよ。ルー…」
「え?私?」
「俺はぁ…力こそが唯一のこの一族の中で、俺は落ちこぼれだ。血を見るのも嫌だし、泥臭い事もやりたくない。俺は奴らが当たり前にやる事に違和感を感じていた。きっと死んだ親父が残した沢山の本を読み漁り続けたせいだろうな。それが一族に辟易する感情に繋がった。その点で言えば俺にも壁の中の連中と同じ境界があったさ。」
「…うん」
「でも、それでもお前は…ルーは俺に話しかけてくれた。」
あの時の事を思い出す。彼女が本の山から顔を出して楽しそうに声を掛けてきた事を。
―ねぇ!こんなにいっぱいの本、全部読んでるの?面白い?
―なんだんだよ!お前、ここが何なのかわかってんだろ?
―気味の悪い魔術本ばかりある呪われた家、でしょ?知ってるよ。でも、アンタは“きっと良いやつなんだろうなって”
「正直最初はウゼェやつが来たって思ったさ。一族の長の娘だって思うと余計にな。でも、それと同じくらいに怖かった。俺にとって唯一の恐怖は落胆だった。だから、嬉しかったよ…。文字も読めなかったお前が、こんなにも本に興味を示してくれた。俺が読んだ物語をずっと聞いてくれた。嘘でも打算でも…多分、俺はずっとそうやって誰かにそうしてもらう事を望んでいた。だから俺は信じている。どんなに嫌そうにしている奴でも…きっと同じ繋がりさえあれば共に手を取り合える。俺を救ってくれたルーのように。」
俺は口を尖らしてごまかすように言う。
「だ、だからお前にゃあ…感謝しているんだ。ルー」
「ふ、ふーん。そうなんだぁ…へぇ~」
「…おい、こっちが真面目に話しているのにっ…」
ルーはそっぽを向いている。その耳が、紅潮しているのを見て、俺も気まずい気持ちになる。
俺とルーは互いに隣同士で座りながら草原の風を顔で浴びる。
ああ、妙に生暖かくて気持ちの良い風だ。
そこでふと互いの置いた手が、そっと触れ合ってしまう。
俺の心臓はその時、やたらと高鳴っていたのを覚えている。
顎を上げて、歯を食いしばって…きっと変な顔をしているだろう。それを笑われても仕方がない。
だが、ルーはそのまま何も言わずに握ってくれる。
そのせいで俺はビビった獣みたいな反応をしてしまった。みっともねえもんだ
「ば、馬鹿野郎…なんだってんだ!」
「へへ…」
ようやくになって俺は目端でそろりと彼女の顔を覗く事が出来た。
ルーはこちらを見ずに握った手を、今までに見たことが無いくらい可愛い顔をして見下ろしていた。
「…ほんとはね」
「あ、ああ?」
「ごめん!やっぱ何でもない!!!」
「…なんだよ。いう事があるなら、言えよ!」
俺は手を握り返す。彼女が、彼女の弱さでどこにも逃げないように。
今は、今だけは…俺の傍から離れないで欲しいと思った。
「ゼタは、私と最初に会った時の事覚えてる?」
「ああ?本の山から出てきた時のお前か?」
「違うよ馬鹿」
違う?違うなら何時だ?
「私ね、小さい頃…狩りが恐くて出来ない時に、じっちゃんにこっぴどく怒られた事があったんだ」
「ああ、お前のじいちゃんマジ恐いもんなぁ」
「その後にさ、私は逃げるように人気のない場所に隠れて泣いていたんだ。雨でさ、少し寒かった。」
「ああ」
「そこはさ、皆からは近づくなって言われていた家屋だったんだ。伝統に反する奴の忌み処って言われてさ。でも、誰も来ない場所ならそこしかないってヤケになってさ。誰も来ないその家の前で座り込んで泣いていると」
―…どけよ
「って、私と年が変わんないのにさ仏頂面した奴が本を脇に抱えながら私に言うんだ。」
「…」
「暫く睨み合っているとさ、私も観念してどいた。その後ろが家の扉だったのに気づいたのはその時。でもその後さ、そいつ暫くしてから黙って毛布もってきてさ掛けてくれたんだ」
「おう」
「そいつは、そのまま何も言わずに家の中に戻っていったんだけど…聞こえてきたんだ。ゆっくりと大きな声でさ、物語が。私はそれを聞いていると雨音も忘れて、気が紛れてさ…昔、死んだ母ちゃんに読んでもらったときに読み聞かせてくれた時みたいな気持ちになった。あの時の物語…今でも覚えている」
―ドール=チャリオット。曰く…少女は過酷な運命に苛まれながらも諦めず立ち上がり…前に進む。進み続ける…
「私にとっては子守歌よりも、穏やかで…何より勇気をくれた。」
「ああ…」
思い出した。なんか、本を読もうとしたら変な奴が家の前でなんか泣いてる野郎がいたんだっけ…
寝覚め悪いから毛布だけ渡しておいたんだっけな
うぜぇから大きい声で本を読んでれば呪文かなんかと勘違いしていずれは逃げると思ってたが
あれ、ルーだったのか…
「あの頃から、ね。私はアンタの事がとっても気になっていたんだ。」
「ふ、ふーん。物好きにも程が、あるじゃねえか?」
「…ふふ、そうかもね」
「えぁ?」
「あの時から、アンタの事が好きだったんだよ。私は、さ。多分思い違いかもしれないって思う事もあった。けど、アンタと向き合ってみてわかったよ。クセが強いけどさ。アンタは十分に立派で、素敵な奴なんだって」
「…へへ、なんだそりゃあ」
なんかワケが解らなくなってきた。こいつの言っている意味を理解しようとしていても出来ない
その分だけ、なんだか心があったかくて…意味わかんねえ涙をこぼしちまっていやがる。
でも、その日は俺にとって忘れられない一日には違いなかった。
だが、現実はそうはいかない。
領域審判によって追われた連中の中でも、俺たちは特段に異質で異端。
入る事の出来ない門の前で、憲兵らの怪訝そうな視線を浴びながらも
沢山の本を持ち込んで商人として中に入れてもらえないか嘆願した。
もちろん、俺たちを受け入れてもらう為じゃあない
ただただ俺たちを知って欲しかった。
でも、そんな事を末端が…ましてや忌み嫌う領主がそれを受け入れてくれる事なんてなかった。
けれど
トボトボと一族の集落へと帰ると、あんだけ昔は俺の事を忌み嫌っていた一族の連中が
労うように俺を温かく迎え入れてくれた。
おかげさまで俺はくじけそうな気持に蹴りを入れる事も出来た。
だからこそ、俺は諦めきれなかった。
様々なアプローチで、憲兵を通して入れてくれと意固地になってまくし立てる事もあった。
持ち込んだ本を投げ捨てられ、踏みにじられても
俺は這いつくばるように訴えかけた。
結果そんな事を繰り返すから…領主に目を付けられたのだろう。
衆目にその身を晒されないまま、ゼタという名だけが街中に広がってしまう。
気狂いの獣として。
そして、一年と半年が経って…とうとうその時が来てしまった。
「食料が無い…?」
「ああ、もう備蓄していたもんが底をついた…」
「嘘だろ?!なんでだ!まだあと半年以上は保つはずって話じゃあ?」
「それについては俺が説明をする」
困っている一族の中で、長老が静かな面持ちで割って入り説明をする。
どうやら、同じくして中に入れなかった俺らと同じ連中に食料を分けていたそうだ。
同じ一族でもない、ましてやあの壁の中に生きる種族と同じ奴ら
「なんでそんな事を…!」
「…」
長老は黙っている。けれど、俺には解る。
この人もきっと…前に進もうとしているんだ。
当初は憲兵共を殺してでも中に入ろうとしていた長老を諫めて諭したのは俺とルーだ。
この人はこの人なりにも俺の、俺たちの考えに手を取ろうとしていた。
だからこそ、俺には責任があった。
重い重圧が圧し掛かる感覚があった。
けれどもこのまま潰されたままで居るわけにはいかなかった。
…俺は調べた。徹底的に
この地域の周辺の中で領域審判にまだ入り込んでいない場所
そこで狩れる獣、食べれる植物を
様々な本の中にある情報を必死に読み漁り、ルーと共に出回っては
必死に食料となるものを探した。
しかし、特定の地域はすでに所有地であったり
魔物の巣窟ばかりであった。
前者は当然俺らの事は門前払い。地域に踏み入るようであれば、雇われた衛兵が俺たちを殺すとまで脅された。
うなだれて二人で集落へと帰る或る日、俺はある女と出会った。
魔物が多く巣くっているといわれる森の道、やたら霧の多い場所。
そいつは夜道なのに、軽装で…黒と白しか彩の無い存在だった。
ルーと揃って気配で理解し警戒した。
魔物の巣窟付近でそんないでたちをする奴なんざ、“魔女”しか居ない。
「あら、ふふふ。仲がいいのね…あなた達」
「なんなんだ、お前」
「怖い、怖いわ、あなた。眼が…私を化物みたいに見ている…一体どっちがそうなのかも解らないのに、ねぇ」
俺は的を射られたような言葉にぐっと息を飲みこむ。
「ゼタ…」
「下がってろルー。…失礼をした。そんな恰好で夜道は危険だ。早々に家に帰ったほうがいい」
「そう、何も変わらないわ。私たちは何も変わっていないの。ただ鳥のように飛べるか、鳥のようにミミズを喰うか…それだけの違いなの」
「あんた、何が言いたいんだ?」
「アナタたちが人との隔たりを払いたいのなら、生命の本質である“喰らい”から始めれば良いわ、それだけよ」
「何が…言いたい?」
「これを、読むといいわ」
その女は薄ら笑いを見せ、懐から小さな冊子を渡してくる。
中を改めると、信じられない内容であった。
「遥か古では…魔物を喰らっていた?」
そこには、常識では禁忌とされ、考えに至らなかった魔物を食料とする文化や歴史の情報に加えて
食べられる魔物の種類や、量と危険性までが事細やかに記載されていた。
「こんな事…ありえるのか?この本は…」
「これも、あなたが好んでいた本に記されている知見よ。時代…時さえも価値は様々な彩を見せ…ある一定の本質を覆う。そう、この霧のようにねぇ」
この女は、まるで俺の内情を今までずっと見ていたかのような物言いで喋る。
「ゼタ…」
後ろで心配そうに見ているルー。
しかし、その女はフラフラと俺達を横切ってそのまま過ぎ去る。
「あ、あんたは…何者なんだ!?」
「…雲…」
「雲?」
「いいえ…オルオ、いえ…この時代ではアリアだったかしら。」
「アリア…そうか。ありがとう。この本が実に繋がるかわからねぇが…有難く使わせてもらう」
「ふふ、良い子ね。良い旅を―」
黒装束の女はそのまま霧の中へ消えるように去っていった。
ひとまず、俺とルーは半信半疑になりながらも
魔物を喰らう文化という情報を頭に叩き込み、先ずは二人だけでで本の通りに食べても問題ない魔物を狩り、その肉を調理して喰らってみる。幸い魔物の巣窟には困らない。そして、それを狩るだけの余裕もあった。
焚火の前で、串焼きに加工された、ブルダークスという猪の姿をした魔物飯。
「…いけるか?」
「なんか、ぼそぼそとした触感ね」
食べられない事は無い…だが、火入れをすると妙な味気無さを感じてしまう。
なんと言うか…固めた砂を舌で崩すような感覚…
ようく見ると、串焼きに刺さっている肉からホロホロと何かが漏れ出している。
そこからは魔力が感じた。
俺はもう一度本を読みなおす。
どうやら、焼き加減をこちら側の常識でやったせいか、それでは上手くはいかないらしい。
魔物の肉というものは、一定以上のダメージを受けると本来のように塵となって消えてしまうらしい。
「もう少し焼き加減を抑えた方がいいのかもしれない」
俺は再び狩った魔物の焼き加減を変えて食べてみる。
以外にも食べれるものだった。
いままでの肉とまではいかないが、想像以上に美味かった。
「これなら…いけるかもしれないっ」
「うん、モグモグ。いけるわねコレ!」
「あ、お前!自分だけ喰いすぎだろ!!」
「うるさいっ!ケチ!」
しょうもない諍いを振り合いながら、互いに笑っていた気がする。
俺たちはそうやって新たな食糧を見出す事に成功した。
それを伝えた際、一族の皆は物凄く困惑をしていた。
…けれども、俺たちは何度も訴えかけた。
生きる為ならば
生きる為ならば、と
その思いが届いたのか、一人…また一人
二人、十人と。その知識を受け入れた。新しい知見を俺たちの一族は自分から受け入れ、新しい道を踏み出した。
おかげ様で俺達一族の生活は、食料に困る事は無かった。
魔物を喰らう事。最初は抵抗を持っていたものの、半年もすればそれが一族の中で環境として当たり前となった。
魔物を狩り、喰らう一族。いいじゃねえか。人様に迷惑も掛けずに、揚々と生きていく。
きっとそんな歴史がこの一族は世界に語り告げられる。異端であるが、立派な事じゃねえか。
そう、思っていた。
だが、その日々もすぐに終わりを告げた。
きっかけは、なんだっけな…そう。
俺たちが魔物を喰らって生活しているって、隣の住民…そうだ、俺たちを受け入れなかった人間たちが知った時だった。
基本的に、俺達一族は魔物を食料としている事を一族外には他言無用としていた。
それは、一般常識で言えば、禁忌である事には変わりないからだ。
何も事情を知らない連中がそこだけを見れば、俺達一族は本当に印象としては化け物となんら変わりないからだ。
ああ、自覚はしてたさ。でも、仕方ない。
生きていく為なんだから。
「イグドラシル教会の使者、バゼラットである。本日は、教会よりの声明を通達しにきた。」
俺たちの集落の近くの境界の向こうで、多くの騎兵団連中がズラリと並べられていた。
こちらに近づく事もなく、法服を身に纏った男が一番の前に立ち、スクロールを開きながら叫んでいた。
「近隣住民より、魔物を喰らう亜人種がいるという報告を受けた。魔物を喰らう事、それ即ち禁忌として指定されている行為である。イグドラシル教会はそれを重く受け止め、女神アズィー様の庇護下にあるこの世界において貴様らをイグドラシル教会条約第12条に則って、魔物:亜人狼種として認定するものとする。」
本当に、唐突で 一方的だった。
集落ではどよめき、ざわつく声が飛び交った。
こいつらが、何を言っているのか解らなかった。
俺たちを“魔物”として見る…そう言ったのか?
皆がその男から聞いた事を到底受け入れる事は出来なかった。
居場所を奪われ
獣臭いと罵られ
仕舞いには魔物だぁ?
「ゼタ…」
子を抱きかかえる妻は心配そうに俺を見た。
ああ、落ち着け。もう、俺は一人じゃない…守るべきものの為に…考えろ。
「この瞬間から。貴様らを魔物として処罰するのは簡単だ。…だが、我々も鬼ではない。同じ女神の庇護下にて住まう世界で貴様らにわずかな人としての意思があるならば…」
バゼラットは後ろの兵士が持ってきた大きな麻袋を境界よりこちら側に捨てるように投げた。
中身には…液体の入った瓶が幾つもあった。
一目で解った。
それは毒だ。毒薬だ。
「自害せよ」
…こいつらは、自分の手をも下す気もなく
大義名分を建前に
俺たちにこの世から消えろと言っているのだ。
バゼラットは最期に期日を設けた。大きな声で「3日」と―
「―本当に行くのか?」
「ああ。ユグドラシル教会によって魔物指定された俺たちが女神信仰によって身体の仕組みを変えられてしまった今、もう猶予が無い。俺は示そうと思う。俺たちが無害である事を。奴らと同じ存在である事を…!」
イグドラシル教会からの声明から翌日…俺たちには人事られない“ある変化”が起きていた。
それは、怒り等の感情によって気持ちが昂ると体が狼のような姿になってしまっていたのだ。
元々俺達の一族は体内にある魔力を肉体へ還元して狩猟をする民族。
だが、その用途での仕組みがイグドラシル教会による信仰によって悪夢のような奇跡を現実化させた。
イグドラシル教会の女神信仰は願う使徒が多ければ多い程その事象を現実へと接続する奇跡を持っていた。
バゼラハットは俺たちを魔物だと認定した事を折に女神信教徒への認識を魔物と上書きさせて、まるで呪いを掛けたかのように姿を変貌する仕組みを植え付けられた。
…納得だ。女神あるなし関係なく、この力があれば教会の繁栄は至極当然の事だ。
故に、まともな教徒司祭がいないからこそこの世の中がまともじゃないのも大いに納得できる事だった。皮肉にも
だから、もう俺しかいない。
いつものように…いや、いつも以上に境界の向こう側にいる奴らに使者として赴き
知識を持ち、意思を持ち、誰かを思いやる心がある俺こそが…この責任を負い
隣の人々に…イグドラシル教会の連中らに…意識を上書きしなくちゃならない。
そして交渉するんだ。
魔物を殺す仕事は全て、俺たちがやる。と
報酬となる金も食料もいらない、ただ俺達を生かしてほしい…と。
いろんな物語の本、それにアリアという女から貰った本。これさえ持って行けばきっと分かってくれる。
「なに、大丈夫さ。人っていうのは新しいものに対してどんどんと興味が湧くものだ。きっと面白いと感じたなら…俺たちを殺すことも惜しく思うだろうよ。」
最悪、俺は獣人化して攻撃をせず何度でも痛めつけられながらも抵抗しなかった姿を見せればきっと分かってくれるはずだ。
たとえ殺されようとしても。
長老は、本を多く背負った俺を心配そうに見つめながら言う。
「ゼタ…」
「はい」
「ありがとう。お前はよくやった。最初のお前は、ただ本に読み耽って、一族の落ちこぼれで…いずれは外に逃げた後に殺される運命なのだと心に決めていた。だが、今はそうでは無い。お前が、お前こそが一番に一族を想い…皆を娘と共にまとめてくれる。今の一族の知見を新たにしたのはお前たちあっての事だ。お前は…立派な仲間だ」
俺は胸が熱くなる思いをグッと堪える。きっと涙を流すのは今じゃない。
「ああ、同じように…俺が連中の目を醒ましてやりますよ」
俺はいよいよ集落を背に、一歩を踏み出す。
「まて…。ゼタ」
「まだ何か?」
「お前には、大事な使命がある。」
「使命…ええ。一族の使者としての―…」
「違う。お前は…今よりこの一族の長として任命するのだ。」
「…え?」
「―ごめんなさい、ゼタ」
後ろから聞こえる声。
それはルーの声だった。
「な、んで…?」
俺は、トンと首筋に手刀を受け意識が遠のく。
「さようなら」
―…タ、ゼタ…
真っ暗な暗闇の中、ルーの声が聞こえる。
―ごめんなさい。さようなら…
「ルー!!」
…目が醒めた時には集落の、それも長老の部屋で俺は横になっていた。
「どういう…こと」
背中に抱えていた本は何一つない。
だが、気絶する直前のやり取りの中で俺はすぐに何が起きているのかを理解した。
俺を一族の長に任命した長老
ルーの言葉
自分の中で冷めるように血の気が引いたと思えば、途端にすぐ沸騰した。
「ああ…おきましたか。ゼタさん…って、え!?まって!!どこに行くんですか!?」
―何処って決まっている!
俺は、俺の考えを否定したかった。集落の中を走りながら一族の中に妻が、長老が居るのではないかと祈った。
とにかく走った。あの方角へ
いない…
いない…
長老が俺に直々に狩猟の技術や武術を諦めず、なんども叩きつけてくれた場所。
昔ルーとよく使っていた待ち合わせ場所。
長老がいつも薪を割る場所。
喧嘩するといつも逃げるように座り込んだ切り株の場所。
ルーを妻として迎え入れる為に父の長老と殴り合った場所。
“あの時”互いに思いが通じ合った思い出の草原。
「いない!…いない!!!」
どうして、どうしてなんだ!?
その先にある忌々しい境界線。
「どうしてなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ムコウ側に大きく叫んだが、搔き消される。気づけば大雨だった。
感情が全てを覆いつくして、そんな事も気に留める余裕がなかった。
あの二人は、一族の長としてのケジメをつけに行ったのだ。
長老という立場、そして使者として娘を…それも、次期一族の長となる俺の妻として
俺の代わりに責務を果たしに行ったのだ。
「馬鹿野郎!馬鹿野郎!!」
叫ぶように罵った先、それは俺自身。
解っていたんだ。二人は
ユグドラシル教会の騎士団が構えているであろう連中らが、そう甘くない。
だから、俺が死ぬつもりで行こうとしていた事を
だから、俺を死なせたくな……クソ
一緒だった。俺たちは互いに、立場が違っても…落ちこぼれだった奴でも…
互いに思いやる気持ちは一緒だったんだ
なのに
俺は自分の事を簡単に見ていた。
だから二人は俺の身を案じてしまった。自分を犠牲にしてまで
ああ、そうだ。あそこが分岐点だったんだ
「クッソぉおおおおおおおお!!」
ただ泣きわめくように叫びながら、やがて走りつかれてしとしとと壁の向こうの街に入る為の門
境界にそって歩きながらそこを目指した。
いつも門番にあしらわれながらも嘆願した場所。
俺はどうしてもすぐに知りたかった。
二人の安否を。
一瞬で切り替わる現実に不安で不安で押しつぶされそうだった。
だから祈った…
二人がまだ生きていることを…祈った。
女神様でもなんでもいい…どうか…どうか二人を
妻を―…
門の近く。そこに黒く蠢くものがあった。
そいつらは何匹ものカラスの群れだった。
連中らは頭を項垂れながらくちばしを下にツツいていた。
しかし、俺と目が合った瞬間にきょうび聞かないような鳴き声をしながらバサバサと飛び去って行く。
飛び去る直前の足蹴りがカラスらがつついた“モノ”をこちら側に転がせた。
「…あ」
それは狼の頭だった。
ああ、そうだ。生首だ。
ゴロンゴロンと固い音をさせながらこちらに転がってきたんだ。
だけど、それが誰の首なのかすぐに解った。
「あ、あ、あぁ」
俺は、途端に内側ですっぽりと何かが持ち去られるような気持になった。
糸の切れた人形のようにだらんと膝をついて項垂れる。
大きく目を見開いたまま
大きく目を見開いたまま
首を横に向けて
視たくもない現実を見せられた。
途端に雨の音がずっと耳に入る。
俺が吐き出したい慟哭の代わりに、ずっと鳴りやまず、ざあざあと響かせていた。
視線の先にはバラバラにされた長老の身体が、境界のムコウ側で捨てられるように置かれていた。
「気の毒に、ねぇ」
「ククク」
「へっへ」
門の方から嘲笑うような声が聞こえた。
その方向には、雨なのにパチパチと燃え盛る炎。
「ま、じゅ…つ」
炎の中には、様々な本が燃えている。それは、俺が用意した様々な本。
それを囲むように何人もの甲冑の連中がこれから更に燃やそうとする本をその炎の中に躊躇うことなく投げ捨てていく。
門の前には幾つものテントが立てられ。なん十人ものイグドラシル教会から派兵された騎士団連中が構えていた。
「…や、めろ」
情けない声を俺は絞り出す。
「や、めてくれ…」
俺は妻の首を抱きながら這いずるように炎のほうへと向かう。
「なぁ…たのむ…た、のみます…から」
炎の中に、ルーとの思い出が奪われるように燃やされていく。
「なんだぁ…?こいつ」
「おー、クセェ。こいつ…あの魔物一族の関係者じゃねえか。」
「ああ…そいつ知っているぜ。有名な奴だ。門番から聞いた特徴と同じだ。薄汚ぇ眼鏡をした気狂いの獣。こいつだ。毎度毎度、この町の中に本を持ち込んで自分も入ろうとした狼藉者。迷惑な話じゃねえか。そのまま人間を喰らおうとしてたんだろうよ…この」
「魔物風情が」
「………」
雨よりも冷たい罵声を浴びせられる状況。何故か俺は冷静でいられた。
濡れた土を眺めながら、俺はゆっくりと瞑目する。
そうだ。二人の死を無駄にしてはいけない…いけないんだ。飲み込め…今は飲み込め…
今は…二人の命だけじゃない。一族皆の命も掛かっている。だから
この機会を逃しちゃあ駄目なんだ。
俺は胃から渦巻いて出てきそうなものを堪えながら下唇を噛み千切って、言う。
「ああ、そう、です。俺は、俺たちが…持ってきました。俺達、一族が…無害である事を証明したかったん、です。」
「へ?なんて??」
「殺された二人は…俺の父であり…妻であり…家族でした。でも、俺は…その二人が殺されても…あなたたちを憎んだりしません。これは、あなた方人に隷属する為の証で、す…。」
「…へぇ」
跪いた俺の頭に鉛のような重いものが圧し掛かる。
グリグリと
グリグリと
「面白いじゃん。喋れる魔物を使役するなんて…滅多な事じゃねえ。いいねぇ。魔物使いと契約させれば本当に隷属できっかもなぁ!はっはっはっはっはっは!!」
「か、構いません…俺は。俺が一族の長なんで…あなた達の言葉を、一族に従わせる事も…できます」
「ほう…どうしましょうか?バゼラッドさん」
俺を踏みにじるイグドラシル教会騎士団の一人が奥にいるであろう男に問う。
「ふむ。いいだろう…だが、その前に……いいか?」
「えあ?バゼラッドさん、まーたですか?」
「いいじゃないか。今回は素晴らしいくらいに上玉なんだ。コイツは中々に楽しめそうだ」
「はぁ、仕方ないですね。お前ら、あのテントの中には誰も近づくなよ。バゼラッドさんの命令だ」
奥で話すバゼラッドとこの男の会話の中身が見えてこなかった。
こいつらは一体なんの話をしているんだ??
「ゼタ、とか言ったな。今の私は気分が良い。貴様らが隷属するというのであれば、今後はイグドラシル教団の配下として魔物殲滅の任を与えよう。勿論それまでの命は我々が保証する。」
「よかったなぁ!気狂いの獣!お前の頑張りがあの人の耳に届いたぞ。」
「は、はい!!ありがとうございます!!」
踏まれた足はとうに離れ、俺はこれで、目的に一歩近づいたと真っすぐ顔を上げた。
「…は」
俺は、目を疑った。
バゼラットと呼ばれた男が、首の無い女の身体を抱きかかえながらテントへと入っていく様子に
その身体には見覚えがあった。
…心臓の鼓動が痛い程に早くなる。
空っぽの胸の奥から何かが呼びかけるように無音で声を上げていた。
なんだこれ、
「本当に物好きな男だねぇ。バゼラットさんは。あれで、イグドラシル教会の司祭候補だなんてさ」
なんだこれ、
「あの人、根っからのネクロフィリアだからなあ。表向きはあんな理髪そうな見た目してるけど、人は見かけによらねぇよな。」
なんだこれ、
「まぁ、あの女…確かにいいカラダしてたもんなぁ。やべ、変な気を起こしそうだぜ」
なんだこれ、
「ん?どうした??」
「ハッ…ハッ…ハァッ…ハッーハーッ…」
チラチラと万華鏡のように今までの記憶が脳裏で飛び交う。
最後に、愛した女の笑顔が入り込んでくる。
あ、駄目だこれ
俯瞰した俺の言葉に堰を切ったようにブワリと、俺の全身の毛が逆立った。
いや、一気に身体が獣のようになったのだ。
俺は立ち上がると、飛びつくように目の前の甲冑の男の肩と頭を掴んだ。
「え?お前なにを…あ、あが?あがががががっががががああああああああい、いでぇ!いでぇえぁああぎゃぷちゅ」
そのまま頭と肩を引き剥がすように引っ張り、見えた肌の首筋にかっ喰らった。
肉を千切り、血を撒き散らしながら俺はその叫ぶ事も出来なくなった男を蹴飛ばして雨を祓うように大きく咆哮した。
「ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
俺は気が狂ったのかもしれない。
正気じゃないのかもしれない。
もう…止められない…俺の理性じゃあ止まれない…
だってよぉ。
堪らないくらい気持ちがいいんだ。
絶頂したような解放感に支配されていく。
「こいつっ!!ついに本性を表しやがったな!!魔物めぎゃぴッッ」
くるくると兵士の生首が舞い上がる。
「二人目」
俺は、そのまま数えるようにそこら辺にいる連中を片っ端から殺し喰らった。
連中らは魔物用の魔術を俺に何度も何度も放った。だが、痛みを微塵も感じなかった。
当然だ。
信仰がなんだ
現実がなんだ
結局、どう足掻いても俺たちは人だったんだっ
後ろの兵士が剣を抜いて襲い掛かる。
しかし、剣は俺には刺さらなかった。まるでオモチャのように折れ、壊れてしまったのだ。
「どう、して…?ぎゅぷっ」
柔らかい。兜ごと頭を潰せる。
…そうだ、初めからこうすりゃあよかったんだ。こうやって力を示せば、こいつらは従うんだよ。
見ろ、俺の前でひとりの兵士が祈るように跪いている。
「やめてくれ、どうしてこんな非道い事をするんだ!?なんで!?」
「―なんでって?」
俺はその兵士の頭を掴んで、俺の鼻先に近づけた。
「食事だよ…食事。わかるだろ?お前らはよぅく知っている筈だ。俺たち一族が魔物を喰らう禁忌の一族だって事はよぉ」
ミシミシと、甲冑ごと頭を徐々に握りつぶしてく。兵士は歪んだ顔で、情けない顔で「助けて」と言った。
「通じねぇ。通じねぇ。―もっと俺たちに解るように言ってくれよ。」
「た、助けて!助けてぇ!助けてえええええ!!!!!」
「おお、おお。ひでぇ顔だなぁ?まるで…いや違うな。正真正銘の魔物の顔だこりゃあ。」
ああそうさ。もう、あの瞬間から。
死して尚、妻を辱めようとしたこいつらをもう、同じ人として見れなくなった。
そうだ、こいつらは魔物だ。魔物となんら変わらねぇ
「だから、魔物であるてめぇら人間を喰らって殺す」
「ぎゅぷ」
俺はトマトのように兵士の頭を兜ごと握りつぶした。
弱い、脆弱だ
だから、殺す。
殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!
気づけば、俺は門の前に居る人間全てを全員殺した。
当然、バゼラットも殺した。
テントの中に普通に入ってきた時の奴の驚いた表情がみっともなく最高だった。
喋る前に頭をもぎ取り握りつぶし
首の断面から体内まで手をブチ込んだあとに内蔵を引きずり出してボロボロの奴の口の中に詰め込んだ。
俺はそいつのトルソーからハラリと舞い落ちた紙に気づくと、身体を捨てるように投げてその小さな紙を拾う。
そこにはバゼラットが家族と並んでいる絵だった。
3人家族。にこやかで幸せそうな絵面。
妻がいて娘がいて…そうか
「こいつっ!人間だったんだ!スゲェ!!人間だぁああああ!!驚いたぜ!!面白ぇ!!面白ぇよなぁああ!!」
俺は人狼の姿のまま裂けた口で大きく腹を抱えて笑った。笑うだけ笑った。笑って
「ふざけんなクソが!人間!?そんなものこの世にはいねぇ!!人を思いやる人間なんかいねぇ!!真人族にも!!亜人族にも!!この世で作られた存在にそんなものはイネェ!!いねえんだよぉ!!なあ!そうだろ!?女神!!女神アズィー!!」
俺は怒りに身を任せてテントの中で天井を仰ぎながらそのもっとムコウ側へと見据える。
…俺は、そとに出て周囲を見渡す。
みっともない死体がわんさかと並べられている。
銀の歪んだ甲冑と、血溜まりが交差するその場所に、未だに不動の境界が佇んでいた。
気づけば雨は止み、それがより鮮明に俺の瞳の内側で焼き付く。
―この世界は地獄だ。
神は俺らの為には存在しない。
なら、その信仰が誰かを救うことなんて何もない。
全ての人の為に存在しない神ならいらない。
もう殺そう。終わらせよう。
そう感じた瞬間に俺はこの世界が段々とチンケなものに思えてきた。
まるでオモチャ箱から取り出されたような…ままごとのような世界だ。
「だったらよぉ。もうどんな風に好きにしてもいいよなぁ?」
ああ、俺には新しい発見だった。
俺は、俺自身によって得た知見へ喜びと、祝福を捧げた。