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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
167/199

凬と焔の詩:前編




「―悪いなぁ、嬢ちゃん。アンタは大事な大事な客人なんだ」



ゼタの背後でうようよと形の定まらない様子の化け物は

大きな口でヘイゼルを「うじゅうじゅ」と咥えて拘束している。



「―っ抵抗できなイ。」



「ああ、そりゃあそうだ。そいつが聖女の力を抑制する“為だけ”に造られた化物ひとだからな」



ゼタはスーツの胸ポケットから煙草を取り出し火を点ける。



「フーッ…しっかし、まさかアンタらまで付いてきちまうはなぁ。これはとんだ誤算だよ。なぁ」



溜息交じりにぼやき、ゼタが睨みつける先には二つの影。

直前で反射的に転移魔法の範囲内まで乗り込んだリアナとガーネット。



「…なぁ、頼むよ。俺も旦那に怒られたくねぇんだ。一回失敗してる。ここは見逃してくんねぇか?」



彼女らはゼタの事など構わず、ヘイゼルへと意識を向けていた。

直ぐにでも駆け寄ってあの化け物から解き放ってあげたいという思いが、二人の余裕の無い視線から伝わる。



しかし、その行動を冒すには大きなリスクがある事をすぐに察知した。



ゼタの刀…メイから聞いた業物で間違いないなら、迂闊には動けないわね。)



「おう、嬢ちゃんたち。少しは会話をしたらどうだ?それとも、こんな下衆ゴミじゃあ相手に出来ねぇってか?随分とお高く止まったもんじゃねえか。…だが、俺はそういうの嫌いじゃねえ。ギャップってやつか?実はこいつが最高に気分が良いんだ。特にあんたらみたいな触るとケガしそうな女がよぉ、予想の外で裏切られた時にする顔は酒の肴でも、クスリでも味わえねえ。」



飄々と話しかけてくるゼタの態度とは裏腹に、彼の持つ刀…│黎天〆(クロアシ)の刀身が少しだけ鞘からのぞかせている。

それが何を意味しているかを理解しているからこそ、この場を動くことさえもままならなかった。



舌打ちするガーネット。



「随分と良い趣味してんじゃねぇかよ。オッサン」





戮贋暫ろくがんざん

黎天〆の持つ能力…自身がその眼で認識した斬撃の記憶が鞘から覗かせている刀身、正確にはその“眼”と合う事で

“納刀”した瞬間に空間に一様に過去の太刀筋の斬撃が再演される厄介な能力。


確かに、転移してきたばかりで何も記録されていないこの状況、無防備なゼタを相手に滑り込むように斬撃を見る前に疾さで潰すという手はあるだろう。事実、彼女らは斬撃を目視した記憶を持っていない。これからゼタが何かを仕掛けるその前、今この瞬間が仕掛けるチャンスなのだ。



先手必勝の読み…だが、それを知らずして悠長に構えているのだろうか?否



(あたかもそのような“間抜け”を喰いつかせるような餌にしている…?)



姿勢、構えこそ気の抜けたそれだが

彼の視線は、妙に落ち着いていた。リアナはその視線に覚えがあった。



獲物を狙う狩人のまさにそれだ。

無防備な様子をみせつけながらも手数の懐の奥を見せない。


その感覚から導き出されるもう一つの可能性―…



「…おい、リアナ」



「ええ」













ガーネットが背後へ注意を促す。

彼女の眼帯の奥で魔力を感知する眼が、後ろでじんわりと存在を警告していた。


…後ろだけではない。



(ええ、そうよね。斬撃の記録…それの要因となる眼が私たちの眼だとは限らない。)







      ⓞ




  ⓞ










           ⓞ

  









―この場所はやたら周囲の壁が崩れている。瓦礫も放ったままで、散らかしたままだ。



その瓦礫の積山に隠れるように、何かがこちらを除く気配。

例えば、“戮贋暫”の為に斬撃を記録した眼を持つものがストックされている可能性。



こちらが動き出した途端にクロアシの刀身の眼が“それ”と視線を合わせて発動したらこの空間がどれほどの規模の斬撃が踊り狂うのか。



…それだけで彼女らにとっての十分な足枷にはなっていた。





何より危惧するべきは、リアナの抱えている魔力にそろそろ限界が近づいている事だった。



(連戦に連戦を重ねた状況…。本当にあの“クラウス”という存在が一番の想定外だったわね)



「―おい、リアナっ」



互いに状況を把握し、動けずにいる中

何かを諦めるような表情を見せるリアナに呼びかけたガーネットが指をさす先。



ヘイゼルを拘束した化物が、そのまま手を振るゼタの背後の更に奥。扉の向こうへと彼女を連れ去っていくのだ。



「ヘイゼルっ!」



焦燥感で頭を埋め尽くす前に判断を見極めるしかない、と

リアナは瞑目して覚悟を決めるように口を開く。



(意表を突かれるような毒には、同じ意表を突く毒を以ていくしかない)



「―あんた、ゼタって言ったわね。」



「おン?ようやく話す気になったのか、嬉しいねえ。気分が良いねぇ。美人さんに声を掛けてもらえるってのはぁ。」



「嬉しい?…嬉しい。そう、そんな乾いた風音で嬉しいとか、気分が良い、なんてよくもまぁ言ったものね。」



「おいおい、そら感性の違いだぁ。声色が全てじゃねえ。顔も変えずにただひたすらに餌を貪る虫を見てみなって、あいつらを見てさぁ、お前らも喜んで食べてるって、そう思うだろ?俺もさぁ、きっとそういう類なんだよ。そうだ、うんそうそう。」



「戯言ね。だって、あんたのお喋りって随分と何かを隠す為に適当言ってるだけにしか聞こえないモノ。でも、その根端も筒抜け」



「クックック…へぇ、そうかい。で、どうするよ?状況を理解しているんだろ?このままずっとお喋りしてるか?いいぜ、俺は構わねぇぜ。時間が稼げればそれでいいんだ。そんでテメェらみてぇな強情な女を口説けるならお釣りが来るってもんよ。」



「いいわ、じっくりお話しましょうよ。ついでにその刀についても色々と教えて欲しいものね。」



(ガーネット、あんたは私に動きを合わせて頂戴そして―……………………………)



ゼタとのやり取りの中で密かに風の魔術でガーネットのお耳元へ囁くリアナ。

ガーネットは、一瞥したリアナの視線に頷くと、そのまま続く状況に身を委ねる。



「ねぇ、あなた…実は弱いでしょ?」



「ああ?なんだ急に?」



「だって臆病なんだもの。自分から動こうとしないあたり踏み込む事には自信が無さそうに見受けられるわ。口説くとか言っておきながら甚だ疑問だったのよね。」



「…フーッ、」



ゼタは煙草の最後の一吸いを終えると吸い殻を足元に落とす。



「ああ、そうだぜ?俺は臆病でよぉ。いつでも状況に応じて掌を返すような男だ。だって、死にたくねぇんだ。当然だろ?」



「そうね、私も死にたくないわ。何年も長く生きていてもこれだけは変わらない…わね!!」



この瞬間を皮切りに、リアナは前のめりに踏み出しゼタの方へと駆け出して距離を詰める。




「戮贋暫の事は知っている!けどあなたはまだ何も私に“見せていない”――!!」



「はっ、馬鹿がよぉ!お前、その程度のオツムだったのかよ!」



ゼタはリアナの行動を何通りか予測していた。

しかし、彼女の最善と思われている行動は、一番最初に思って動くであろう一手。

思考に毛が生えただけのものだ。



(ここには事前に記録させていた戮贋暫専用の化け物がいる。この空間の中でいくつもの斬撃を見せて既に眼も合わせている。あとはこいつを、クロアシを納刀するだけなんだよ)



「わざわざ声に出して言わなくてもわかってるんだよ!ダボが――」



(わざわざ声に出して…言う?)



ゼタは刹那、その違和感に納刀する動きを止めてしまい、すぐさまその事を後悔してしまう。


ドン!と後ろから強く手で押されるような感覚。彼は、その立っている位置から大きく前に出てしまう。

その最中に背後に意識を向けるが、そこには誰もいない。



(まさか、風の魔術で…!)



どんどんリアナがゼタに距離を詰めてくる。

だが、彼は戮贋暫を放たない。…いや、放てない。



(今俺の居る、この場所は“斬撃範囲内ボーダーのうちがわ”…!)



元居る後ろの位置、即ちゼタが認識している境界より後ろ。戮贋暫の範囲外であった場所に戻ろうと下がるが、もう遅い。



リアナはバンデルオーラを大きく下に構えて殴りかかろうとする。



「クソがっ!」



ゼタは苦虫を噛んだような顔で意を決し抜刀すると、抜身のクロアシでリアナのバンデルオーラを受け止めた。



鈍い音とカタカタと杖と刃が拮抗する音に交じってリアナは言う。



「なるほど、良いものね。勝ち誇った顔が歪むのを見るのは。」



「こんのクソアマァ」



「ああ、言えばあんたみたいな人間は一度思い返す。思いとどまる。反射的にね…もう、遅いけど!」



リアナは互いのエモノの押し合いで、相手の力の流れを見極めてクロアシの刃を躱して流すと、

体勢が崩れたゼタの懐に、掌に風の魔力を込めた掌底を殴るように叩きつける。



「がふっ…!!」



その一撃でよろけた所に空かさず、バンデルオーラをゼタの頭上へ目掛けて一撃を入れようとする。



「シッ!」



瞬間でゼタはその攻撃を躱す。そしてそのまま大きく引いたクロアシの刀身をリアナの首へと持っていく。

それをリアナが身体を仰け反って躱すと、ゼタはそれを読んで刀身の軌道を手首を捻り変えて彼女の胴へと狙う、が

リアナも体を捻ってそれを蹴りで弾き返す。



(…こいつっ)



ゼタが驚いたのは、リアナのアドリブに秀でたクロスレンジでの戦闘センスでは無い。

勿論、それも含まれているのだか彼が最も注目したのは



(目を閉じて…いやがる、だと?)



戮贋暫が自身の見た斬撃によって起因するという事を知りながらも、それを手段として使う事はあまりにもリスクが大きい

否、眼が見えてない状況ですべての動きを読まれていること事態が、肝も技術も人を超越している。



ゼタは刀身が弾かれた瞬間その勢いを利用して意趣返しのように体を回転させてリアナと同じような蹴りを彼女の腹部にぶつける。



「ぐっ」



そのまま蹴られた勢いに押し負けて後退するリアナ。


ゼタはそのままバク転しながら彼女との距離を取るために大きく下がる。



「認めるぜ。眼を閉じて戦う事には度肝を抜かれた。だが、そんなものには意味がねぇ!!」



その位置は、戮贋暫の記録した範囲外。そしてリアナの居る場所は範囲の内側。

ゼタはすぐさま、クロアシを納刀し始める。




「食らいやがれ! 戮 贋 暫!!」

(死ね!死ね!!みじめに死ね!!)






キン―…





















響く納刀の音。

…しかし、クロアシは何も反応しない。




「なん、でだぁ?」



眉間に皺をキリキリと寄せて片奥歯を晒す表情をゼタはした。



(おっかしい。確かにあの化け物に仕掛ける用の斬撃を観測させた…なのに…)




ゼタはすぐに気づく。

リアナの後ろ、その奥の瓦礫に血飛沫が張り付いている様子を。それを見た瞬間にすぐ理解した。



まさか、まさかと彼はすぐに左奥、右奥、右上左上、とキョロキョロと視線を泳がせるが、見たもの全てが同じ。

事前にあれだけ用意していた戮贋暫用に記録させていた化け物。その悉くが殺されていた。

それをした者が誰なのかはすぐ見当がついた。



先ほどから姿の見えない義足にツインロールの眼帯女。



(マジかよ。この女との殺り取りの合間でそんな一瞬にして潰されるもんなのか?)



全てに配置された化け物をガーネットは魔力を読み取る眼によって一瞬のうちに位置を把握し

アンジェラ工房自慢の高速稼働する魔導義脚がそれを可能にした。



「慣れるまでは吐きそうな勢いだったけどなぁ…。悪いが、二対一は卑怯だ。なーんて事は言うなよ?殺した化け物の数考えたらアンタの方がアドあんだからよぉ。」



瓦礫の山から顔半分を血まみれにしたガーネットが出てきて唾棄するように言う。

その手には切り取った化け物の頭を掴んでおりそれをゼタに向けて投げられる。ようく見ると化け物の両目も潰されている。



「形勢逆転ね」



「…。」



「あなた、臆病なんでしょ?」



「…。」



「だったら、もう私たちに構わないもらえないかしら?」



「―いいや、待てリアナ。こいつはここで仕留めるべきだ」



「…。」



ガーネットの進言にリアナは少々顔を曇らせる。



「…おい、」



ゼタは静かに口を開く



「ナメてんじゃねえぞ。クソが。てめぇら、俺の生殺与奪をあたかも握ったつもりでいんじゃねえよ。」



ゼタは今までにない表情で、上着を脱いで腕を捲ると目を瞑り大きくため息を吐く。



「まさか、メテェらみてぇな女共に対してこんな事するなんてよぉ…」



ゼタはその手に持つクロアシで居合の構えをする。


そこからの様子はあまりにも異様であった。

上体だけを糸の切れた人形のように姿勢を低くし、ユラユラと揺れているのだ。



ゆらゆらと、



ゆらゆらと…



「ッ…!」



リアナは刹那、自身の感覚がすべての動きをスローモーションに感じる感覚に襲われる。強制的に集中力を研ぎ澄まされ

全てを把握するような全能感。その理由がすぐに理解できた。



―いつから其処に居たのだろうか。

ゼタは、リアナをクロアシの一太刀で両断できる間合いに詰めていた。



(疾いっ)



ゼタの動き、それは相手の動くものに対して目で追ってしまう習性を利用したものだった。

それを始動とし、警戒を一定で緩めさせた後にそのまま異常なまでに素早い動きで近距離に迫る事で見た人間の感覚を急激に、強制的に高めることでスローモーションにさせてまるで時間を支配されたかのうような誤感覚を覚えさせる。



「リアナ!!」



ガーネットが叫ぶが、ゼタの抜刀の方が早い。

しかしリアナは瞬時にバンデルオーラを用いてその抜刀の一撃を防ぐ。

彼女が今までに剣使いとの戦闘で使っていた魔術。

相手の剣撃を受けるその瞬間に、その威力、勢いだけを風が攫うように受け流し風に変える魔術。



…ゼタの不意を突く一撃は確かにこれで凌いだ。しかし、側面から吹き荒れる異様なまでに大きな突風が、受け流した威力がどれほどのものなのかを思い知らされる。



ゼタとリアナは互いに眼が合い、彼女は息を飲んだ。



「シッ」



すぐに次へ仕掛けたのはゼタだった、抜身の刀身を後ろに下げて再び一太刀、それを受け流すが

空かさず体を回転させて反対からの一振り

リアナはそれを躱すも二度、三度打ち付けられるようにゼタの連撃が迫ってくる。



(重く、疾い太刀筋…さっきとは別人っ)



ゼタの剣撃を読むために刀を目で追う筈が、思わず不意に視界に入る揺れる動きが感覚を惑わせる。



「ある、あるある!そういうのあるわねっ!!」



重い刃を再びバンデルオーラで受け流し、反撃の糸口を探る。

しかし、ゼタのその不規則な動きはそれを許さない。



「―だったらっ!」



瞬間リアナは顎を大きく上げてその首を晒す。

ゼタは彼女の玉のように白い首筋を視界に入れた瞬間に、反射にも近い挙動で

クロアシの刃がリアナの首筋に吸われるように向かっていく。



その瞬間をリアナは狙っていた。

自身の誘いに乗ったゼタを見下ろしながら、首筋に刃が振れる直前で



バンデルオーラで地を叩き、リアナの足元で噴射するように風の魔力が放たれ、瞬間的な加速。

目前のゼタを軸にリアナの身体はドリフトするように彼の背後へと超高速で回り込む。



リアナはそのままバンデルオーラを目いっぱい握りしめフルスイングしようとするが。


ゼタは振り切ったクロアシの持ち手をそのままひっくり返すように逆手に持ち替えて

背後のリアナへと差し向ける。



「っ!?」とリアナは体を直立するように竦ませ、辛うじて躱すが

ゼタは追いかけるように体を捻って、回転の勢いを点けながら動きの鈍ったリアナへとクロアシを振る。



「宣言撤回ね!臆病ですって!?命のやり取りが手慣れすぎてるわよアンタ!」



「そりゃドウモ」



一振り



また一振り



さらに一振り



立て続けに攻めるゼタの背後からガーネットが「ここだ」と不意打ちを狙い、両手に各々持つダガーで彼の首筋を狙う。



「フッ」



それをゼタは目視する事もなく、逆の手に握る鞘で払うように弾くと



「がっ…!」



「ガーネット!」



防ぐ手を奪われガラ空きになったガーネットの懐に先の鞘で一撃を突いた。

よろける彼女に対してそろりとゼタの追撃の一振りが来る。

それを彼女は歯を食いしばりながらダガーを刀身にカチ合わせて自分の首に来る刃の軌道を受け流す。



その瞬間に意識を持ってかれたリアナ。


失念した事によって

受け流された刃が目前に再びスッと寄っていく。


しかし、彼女はそれを紙一重で躱す。



一本の刀の洗練された連撃を、二本のダガーで払い、反撃を払われ


一本の杖が繰り出す一撃を、一本の刀で受け流し反撃を狙う。



繰り返し乱雑する刃の拮抗は当人たちからすれば数時間にも及ぶような時間感覚であっただろう。



しかしそれはすぐに終わりを迎えた。






続く刃同士の打ち合いの中で

先ほどからの攻撃と比べれば違和感を感じる程の異様なスピード。






通常より遅くなるクロアシの一振りの最中であった。

リアナは背筋が凍るような悪寒が走った。



「その眼はっ」



不意に、ゼタの持つクロアシの刀身に刻まれた視線と合ってしまった。


…この場所で彼が振った剣撃を把握するほど余裕が無い。



ゼタの持つクロアシの刀身がリアナの目の前を通り過ぎながら流れるようにゆっくりと鞘に納められる。



(あの一連の動きはブラフ。躱す事を知っていてそこに意識を向けさせたっ…!)



「戮贋暫―…」




「させるかよぉ!」



体勢を持ち直したガーネットは大きく目を見開きながら


ガキッと、自身のダガーの刃を、クロアシの鍔の下。はばきの下と鞘の間の刀身に滑り込むように当て。

納刀を強引に防ぐ。鎺と鞘に挟まれ、噛まれながらカチカチと震える。



「テメェッ」



だが、ガーネットの抑え込んだ刃から刀身が離れて鞘に完全に収まれば戮贋暫が発動してしまう。





だが、その一瞬の隙だけで十分だ。

この刹那の撃ち合いにおいて瞬間の静止が大きなリスクを生む事をこの場の三人皆がしっている。



リアナは体を回転させ、脚に風の魔力を集約させた後ろ回し蹴りをゼタの脇腹に一撃、目いっぱいの力で入れた。




「―ぐおぁっ!」



ミシミシと軋む音と共に、ゼタは食いしばる歯を見せながら薙ぎ払われるように吹き飛ばされる。

ガーネットはその瞬間を見逃さない。

吹き飛ぶ直前の刹那でゼタの握っていたクロアシの鞘だけを掴み取り、吹き飛ばされる勢いに合わせてゼタの握る手から引き抜いた。



その手応えにガーネットとリアナは眼を合わせる。



(―クロアシが鞘に納刀されなければ戮贋暫は発動しないっ)



鎺と鞘が嚙み合わなければ発動しない。それが例えミリ程の細い刃程度に阻まれたとしても。

その事実は、あの無尽蔵な刃撃を振りまく悪刀を防ぐ大きな手立てとなった。



(切っ先と鞘の底が触れ合う瞬間がトリガーなのかしら…どちらにしても今は鞘だけはこちら側)



蹴られたゼタはそのまま瓦礫の山へと激突し、爆発するように粉塵を舞わせた。

「うおらぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」



その粉塵舞う中から跳ね返るように、ゼタは額に、口の端に、首筋に血を滴らせながら

鬼の形相でこちらに姿勢を低く、前のめりの状態で疾風の如く駆け出す。

鞘を持っていた手にはいつのまにかナイフを逆手に持っていた。



「殺す!殺す!殺す!」



意識を、平常心を抱えているかを疑うような顔。

白目を見せつけながら、歯茎をむき出しにした獣のような表情で、いつもとは“らしくない”激情を見せつける。



やっこさん中々タフじゃねえか!」



「ガーネット!来るわよ!」



二人が一言ずつ言葉を交わすだけで、既に目の前まで彼は迫っていた。


暴れるように振られるクロアシとナイフの斬撃


二人はなるべく反撃はせず、様子を見ながらその人が変わったような太刀筋に集中する。

リアナは文字通りの幾年の積み重ねによるセンスで、一方のガーネットは魔導義脚によるアシストによって刃で受け流しながら

踊るように躱していく。



(冷静さを欠いている今がチャンスだ。もう躊躇わないでくれ、リアナ)



(…ええ!)



刃を暴れながら振り回すゼタの太刀筋、一見すれば戦闘狂がセオリーを捨てて振る攻撃。

それは、身体の動きからも読む事が難しく惑わされるような動きを見せてしまうものだが


彼はそこまで、反射的にセオリーを身体が捨てきる事が出来なかった。近接戦闘による経験を多く積んでしまった事が

今は大きな欠点となっていた。



その動きは怒りを抱えつつも未だ洗練されている中、冷静さを欠いた事によりパターン化されていた。



暫く躱しながら動きのルーティンを二人は把握し

彼が自身の感情にマネジメントが入ってしまう前に次のルーティンの開始で見極めた一瞬



疾風のような一振り、追いかけるような一振り

クロアシを持つ手がゼタ自身の腰より後ろに引いた瞬間


地にまで寄っていくクロアシの刀身をリアナがバンデルオーラで弾丸の如き疾さで突くと

クロアシは地面に突き刺さり抜けなくなる。



「ナっ!?」



冷静さを失ったゼタは流れるようなルーティンを頼りにしてしまった為、切り返し程度の力では刀身を抜き切る事が出来ず

瞬間的に動きを止める。


そこに意識を持っていかれたゼタを追い込むように

ガーネットはナイフを持つ手の手首目掛けてダガーによる一撃を入れると、ゼタはナイフを握る事も出来ず手放してしまい

落ちるナイフをガーネットは蹴飛ばしゼタには取らせないようにすると

そのままガラ空きになったゼタの懐に二人は足並みを揃えて、ダブルで今一度、脚に魔力を込めた蹴りを食らわせた。



ミシミシと、ミシミシとより軋む音。



「ぐっ…オ、乎、おおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ尾御嗚乎おおおおオオオオオオオ尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎尾御嗚乎オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」





徐々に言葉を失い獣のような咆哮だけで己の意を放つゼタは突き返されるように再び瓦礫の山を貫き、気圧の壁を貫き、壁に激突する。

大きな爆発の如き音を響かせてその部屋一帯を大きく揺らした。



二人は、蹴った瞬間から未だ動かず

各々の片脚をゼタを吹き飛ばした方へ向けたまま、肩で息をしながらジッとその方向へと視線を凝らした。



「ハァッ…ハァッ」

(手応えはあった…)



「ハァッ…ハァッ」

(もう、これ以上帰ってくるな…帰ってくるなっ!)



パラパラと壁が崩れ落ち、新しく出来た瓦礫の山にはその辺りを覆うような煙が立ち込められていた。



「……。」



「ガーネット?」



「…念には念を…だ。」



ガーネットはダガーを構えて、詠唱をする。



“躍動の使徒”


“開きし遥かの祖”


“紡がれよ”



ガーネットの持つダガーに仕込まれている起爆術式。

それを起動させて、ゼタの居る方に投げてトドメとするところであった。



“怒れ”


“怒れ”


“怒れ”


“辺は汝を伏す闇と知れば―…





詠唱の途中。



彼女は舌を噛みそうになるほどの光景を目の当たりにした。





黒い影。…それも大きい。


ゼタと比べるならば、その一回り、いいや二回り程あるであろう。




「構えろリアナ。まだ終わっちゃいな―…」




大きな黒い影はその双眸を十字に赤く光らせて、こちらへと迫ってきた。





「グルァルアウルルルルルルルルルル!!!!」




獣の喉を鳴らす音。

そして、瞬時に距離を詰めてリアナに対してその身を弾丸の如く殴りつけ

意趣返しのように彼女を吹き飛ばす。



「かはっ―」



「リアナ!!!!」



(なんなんだコイツ!?)




毛に追われた大きな肉体。


大きく裂けた口。


長い爪。


まさに獣。




そう、人の身体につく狼のような頭。

人狼ライカンスロープ、そう呼ぶに他ならない。



「なんなんだこの化物はっ…!!!」



そう口に出しながらも、間もなくすぐに答えに至る。



その身に纏うボロボロに破けたワイシャツ

それには見覚えがあった。



(まさか、)





「ゼタッ!!!!!」






「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウウウン」






絶汰ゼタは大きな口を開き

空気を震わせる程の大きな咆哮を響かせた。

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