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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
166/199

取引


真っ白な空間。

相も変わらずひとりで本を読む少女ヨミテ。



「ごめんなさい。メメント・モリ―…」



彼女は抑揚の無い声で

読んでいた手元の黒い本をパタリと閉じると


その本を目の前へと投げ捨てるように放った。


それは地についた瞬間、べちゃりと生色の音を静かな空間に注がせ

黒いヘドロのような液体と化して足元に飛沫を残す。



…そしてその黒い飛沫の中から、コロコロと小さなガラスの球が一つ、ヨミテから離れるように暫く転がりやがて諦めたように止まり



それ以上動く事は無かった。


その透き通るような透明なガラスの球の中には、モノ言わぬ胎児が閉じ込められていた。



「あなたの事が嫌いなわけじゃないの。」



感情の無い言葉。



「これも運命。運命なのだから仕方ないわよね。“彼”と私が合うための。ええ、本当は感謝しているほどなの。黄泉の國。生きとし生けるものが望む世界。その世界さえあれば、人はそこから死者を引き出す事に可能性を見出す。そのイメージこそが那由他の情報の海からバラバラに分解された死ぬ直前までの存在を再び作り出す事を可能とする。そしてあなたは、この世界で飲み込み続けた未練どくを望む存在を生き返らせる度に吐き出し続け、“私の側”へと近づいてくる。ええ、あなたは結局…巡りめぐる運命に心を翻弄されて、やがてここに導かれる。ね、素敵でしょ?」




「―それは困るんだよね、お嬢さん。」




ヨミテはその赤い瞳を返事の主へと向ける。




「そう、アナタが決定的な誤算ではあったの。」



「やだなぁ、折角薄暗い棺桶から出てきて自由になれたのに。初めて会う僕の存在を誤算だなんて、酷い事を言うもんだ」



「アナタと彼が出会う事が無ければ、今この場に居るのはアナタではなく、ジロウだった。」



「……ああ、どうやって此処に来たって話?簡単な事だよ。彼がアルス・マグナに等しい程の大きな魔力を放った時。その流れを観測していた。すごいよね彼、この世界じゃなくて“外側”から魔力が流れてきているんだ。彼の意思に沿うように…いや、あれは本来彼が持つべき魔力を送り込んでいると言った方がいいんかな?でもさ、そしたらさ。その大きな魔力の流れの中で。何かを引き寄せようとする穴があったんだ。何かを、連れて行こうとする穴…ああ、そこで解った。彼の魂がそこに引っ張られようとしている事がね。だから、“僕が代わりに入って塞いだ。”」



「私はそれをジロの魂だと誤認してここに呼び寄せてしまった。あなたのその能力は本当に厄介ね。自分の意図で何かに“成り済ます”…ええ、まさにヤクシャに相応しいわ」




「懐かしい名称だね。あの女はまだそんな遊びを続けているの?」




「今回も失敗に終わったようね。それじゃあ帰ってもらおうかしら」




「まぁ、ちょっと待ってよ。聞きたい事があるんだ…。あの魔力の奔流の中で君はジロに何かを上書きしようとしていたよね?あれ程の魔力の情報を都合良く上書きしようとするなんて、君は何者なんだい?かつての世界にはあらゆる天変地異はあれど、君のような存在や記録はどの文献にも無かった。」



「ヨミテ。“研究者”らは私の事をそう呼んでいたわ。」



「ヨミテ…彼の意思が君の力を通じて死者を蘇生させていたよね。まさか、黄泉の手でヨミテ?」



「その解釈は面白いわね。次からそれも自己紹介に追加しておくわ」



「へぇ、違うと。」



ヨミテはそれに対して答えるように、何もない空間から本を生み出す。

彼女はその本を開くと、淡々と声にだして読み始める。



「今より、大昔。西の大陸。大国を築き上げていた場所で、秘密裏に非人道的に“魔力”の研究がされていた。魔力の流れを観測し、魂を手で触れ、支配を目的とした研究…その名は魔導協会アガルタ。そしてその統括を務めていたのがアナタ。何百年も姿形を変えて、魔力の根底の解明に尽くし。その研究が狂気を孕み始めた折に、『悪辣なる喜劇』なんて二つ名で世に通ることになる。雲の魔女が見染めた最初の“差異のヤクシャ”―…ですって」



一通り読み終えた本をそのまま彼の前にぶっきらぼうに放り投げる。

その本の表紙には「ロキ」と書かれていた。




「へぇ、そういう事。…君は自身が世界の“読み手”だと言いたいわけだ。」



「統合された名称はそう。」



「この世界が誰かに創られた物語だとでもいいたいのかい?」



「いいえ、私が創った。」



「面白い事を言うねえ。君だって“女神創生”の神話がこの世界の基盤だって事ぐらい知っているだろ?」



「そう、彼女を神の模範的なケースとして生み出し、信仰によってこの世界に蓄積された情報まりょくをコントロールする。そういう事にしておく方が何かと都合が良いと思った。でも、彼女めがみは“私たち”の存在を禁忌とした。そして、私を観測する事しか出来ないこの空間に閉じ込めた。ええ、実に長い時間の暇を持て余した。女神がこちら側で無い以上、この世界の人間の情報全てを把握、管理するのも一から…とても、とても時間が掛かったわね。」



「虚構にしては上出来な話だね。それを信じろと?」



「それが問題。あなたが私の言葉を虚構と認識するように、この世界では私は虚構の存在に等しいものになっている。私に出来る事は自分に一番感覚の中で縁遠い運命というもので女神を狂わす牙に仕立て上げる事だけだった。けど…ジロウがこの場所で私の存在を認めれば話は別。」




「…君はまた、彼に人を生き返らせた時にでも連れていくのだろうけど。それじゃあ困るんだよね。僕も、彼が必要なんだ。」



「古の渦かしら」



「そうさ。この世界の奥底に在るであろう人の意識下における本能から成る残酷性の集積地。それを僕は知りたい。…僕はその探求が行き詰って結局、魔神なんて呼ばれ方をされただけだ。」




「当然の結果だわ。ええ。あなたが魅入られたその瞬間から、あなたには魔神としての素質があった。それだけの話。」




「だからさ、お願いだけど…それが終わるまでは彼を連れて行くのは待って欲しいな~って。」



「…取引かしら」



「いーや。お願いさ。オ・ネ・ガ・イ。その代わりと言ってはなんだけど、その必要がある時は僕が彼をここに連れていくよ。それでいいだろ?」



「帰って」



「あちゃー。ダメ?駄目なら…どうしようかなぁ。彼をこのまま―」











フッと。視界が戻る。

そこは、メメント・モリと戦闘を行っていた場所だ。



(ああ、戻されたか。でも、いいや…)



「パパ…!パパ!?」



(あー、ジロウ。まだ意識が混濁しているのか。仕方ないか、あんだけ意識がどうにかなってしまう程の情報量がフィードバックしたんだ。ジロウも人を生き返らせるのは初めてではないだろうに。ヨミテめ…いままで蘇生の魔術を使う際に彼に掛かる負担じょうほうを今回はあえて頃合いだと見てカバーしなかったのか。イヤらしい事をするもんだ。)



「大丈夫だ。彼はもうじき眼が覚めるよ。どうやら蘇生の魔術の反動が来ているみたいだ」



「…っ、あんたは…どうしてそれを?」



眼を大きく開いて睨みつけるアリシア。



「あ、いやいやいや。ほら、言ったでしょ?僕は魔力の流れを―…」




『あ…う…』




「パパ!!」




ロキの話を遮るように魔剣の名を叫ぶアリシア。




(―ふう、どうやら無事戻ってきたみたいだね。ジロ…それにしても、君は本当に面白いね。本当に―)




ロキは口の端を舌で舐めて、嬉しそうに魔剣を眺めていた。

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