118:ナガ・ドゥルガムル②
ナガ・シャリーラを覆う瓦礫の山がカタカタと震えながら紫陽花のような紫紺の色、形に溶けていく。
そして、溶けた瓦礫が弾け飛び、先ほどとは更に全く違う禍々しい紫焔の炎竜へと変えてその姿を再び現す。
それは、死の竜が炎によって命を与えられ蘇る伝説。
焔による躍動の意思が燃料であるその身の怨恨全てを燃やし尽きるまで暴れ、破壊の限りを尽くす厄災。
だが、その焔は猛々しく、禍々しく在りながらもあまりの美しさに、神が世に落とした裁きと呼ばれ―
人々はそれを蛇焔の裂界:ナガ・ドゥルガムルと畏怖を込めてそう称えた。
『うん、だいぶこの竜骨に半竜の御子の血と僕の魔力が馴染んできたようだね。しかし、あの鉄球…』
メメント・モリはあのロックと呼ばれた存在の繰り出した一撃、ミョールニルについてかつての記憶を想起する。
『あの魔術構成…懐かしいね。まさか“奴”がそちら側についているなんてね』
(…だが、そうであるならば少々困ったものだ。彼は僕の力をようく知っている。魔力の本流を研究した奴ならば)
『―ん?』
ナガ・ドゥルガムルが見下ろした先、そこには一人の少女が敢然と立ち、忌むべき 、魔剣を握りしめていた。
『よぉ』
(凝りもせず前にでるなんてね。だが、そうは言っても何も策無く無鉄砲に出てきたわけでは無いだろう。)
『まさか自分から正面に出て来るとは思わなかった。気づいているんだろ?僕の能力に。』
『…』
『答えなくても解っている。だが、これだけは確実だ。君が確実に僕を仕留める瞬間、それは半竜の御子の死を意味する』
『驚いたな、俺達に気を使っているのか?死なないように確実に“お前だけ”を倒せと』
アリシア・ハーシェルの睨んだ視線は焔の竜の懐…つまりはティルフィが取り込まれた肋骨の内側の脈打つ核。
『存外わかりやすくなっているぜ。お前は。なんせ、骨の時と違ってバラバラには動けないんだからな。』
『…』
魔剣の言う事は正しい。焔の竜となった今、肉は無くともその姿自体は大きなエネルギーに依存した塊に等しい。
形を成せば意味を成すように、この姿を以前のようには部位ごとに多彩に、縦横無尽に動く事はできない。
だが、そうでなくても十分すぎるほどの魔力をこの焔竜はその身に宿している。
(何より、あちら側は何か作戦を講じる為にあのような氷壁を使って時間稼ぎをしたつもりだろうが、初手でそれを狙ったのは僕のほう。それこそ冥府の裁定に気づかせて警戒させる事が僕の本来の狙い。)
ティルフィと融合したばかりでは、まだメメント・モリとの魔力が確実に混ざりきれていなかった。
だが、今となっては話が別だ。
(完全な力を顕現させた僕の前では、君たちは無力。…悔いを残す事と言えばそれを成す為の依り代がこの半竜の御子に選ばざるおえなかった事。実に惜しいものだ。どの道、御子は死ぬ。だが、次の依り代は決めてある。死を尊ぶであろう次の御子―)
メメント・モリの視線はネルケに移る。
死とは闇に違いない。
心を持った人が幾千年を以てしても理解し得ないもの。
そうしてその闇は積み重なっていき、一つの層となっていく。
そして人は、死を目の当たりにする事で人はそれを暴く衝動に駆られる。その不可解の大地を人は、掘り続けようとする。
無駄に感じてしまう死でも、意味のある死でも…平等に生者はそれに対して自身の生きる真実に思想を残したがる。
そして、その衝動に神のつけ入る隙は無い。それどころか神はその意思に従う他無い。
死者を想い、死者を尊いと思うなら…その命を破壊の為に殉ずるべし。
まさに死者の怨恨を尽くす限りに連ね、破壊の衝動へと模した心の器。
それもまた、死こそが“神”をも殺す事を疑わない信仰にも近い意思。
そして、メメント・モリの目的はこの場所で確実な死をネルケに見せる事。
それが器としての役目。
『実に愚かだよ、特異点…もう、十分だ。本当は君と会うことが無いようにと願っていたのだけどね。ヨミテにもそう言い及んでいた…しかし、運命はこうも簡単に手繰り寄せられる。…もし、もし君が僕を淘汰する事ができたとなるなら。…それはあまりにも不本意ではあるが』
…―彼女の望んだ運命なのだろう。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
『来るぞ!』
焔竜は大きく咆哮したと同時に、その熱を帯びた鉤爪で地を抉りながら蛇行して迫りくる。
『構えろ!アリシア!!』
「ふぁっく!」
アリシアは暴れるように押し迫る凶大に目を背けることなく、恐れなど知らぬと…そう唾棄するような返事をした。
いいか、判断を誤るな俺。
やつの狙いは確実な一手。
俺たちがティルフィの命を案じているうちは…それをきっと利用するだろう。
だからこいつはきっと早々に結果を求めない、はずだ!
│焔竜はそのまま巨躯を横にして自身の身体で一番大きな面積を使用した体当たりを繰り出していく。
それはさながら走る車が急ブレーキを掛けてドリフトしたまま突っ込んでいるようなものだった。
俺はすぐにアルメンの杭を天井に差し込みアンカーのようにアリシアを攻撃の範囲に及ばない宙へと引き上げると
『最大重奏!ストーン・エッジ!!』
多くの岩石の剣を顕現させていく。
『無駄だよ』
焔竜は首を大きく揺らして炎のブレスを天井から注がれるであろう岩石剣へと浴びせ、溶かしていく。
俺はそのブレスによって宙にいるアリシアが巻き込まれないように真下の地面に再びアルメンの杭を刺してアンカーよろしく
焔竜のガラ空きの懐へと急降下していく。
奴の首は真上を向いたままだ。
『よし!そのまま核をっ!!』
「うわぁああああああああああああああああああ!」
アリシアが叫び大きく刀身を振りかぶる
『成るほど…随分と古典的な引っ掛けだ。けど、』
焔竜はそのまま前脚で地を蹴って、上体を大きく浮かす。
当然そうなると胸部の核も大きく距離を取られてしまう。
『しまっ―…』
「がっ!ぎ」
大きいものを反射的に目で追ってしまうせいか
巨躯の想定している動き以上のスピードは俺の思考を一度鈍らした。
奴は器用に今度は後ろ脚で地を蹴り
その大きい身体を斜めにバク転させ、炎を纏った尻尾で薙ぎ払うような一撃をアリシアにかました。
アリシアは咄嗟に刀身の起動を変えて俺を盾にする、が
アリシアの膂力と炎と骨だけのはずなのにやたらと重い尾撃が火花を散らすほどにぶつかる瞬間、視界がぶれる。
『ぬがっ―』
アリシアもその重い衝撃に視界を揺らしてしまったのか次の行動へと移る判断が鈍ってしまっていた。
『遅いよ』
元の感覚を戻した時にはアリシアを覆う尻尾の影。
奴は上から尻尾で叩きつけてきた。
ここだっ!
『蛇眼相・零籠』
『―っ!?』
降り注いだ竜の炎尾がアリシアの居たはずの地を穿つ。
「―ふぁっく、あぶないわねっ」
アリシアの真横スレスレのところに竜の尻尾がある。
蛇眼相の発動をほんの一瞬に限定した魔術:零籠
それによりやつの急襲によって追いつかない判断をリカバリーする事が出来た。
この発動に奴も反射して対抗策を打つことは容易くないだろう―…
アリシアはすぐさま駆け出して再び奴の正面懐へと回り込む
焔竜は首を捩じらせてこちらに視線を向けると
そのままゴプン、ゴプンと吸い上げるポンプのように紫焔の塊を一発、二発吐き出した。
『エンチャント:オメガ・ミラーコート!!』
魔力反射の効果を刀身に帯せ、アリシアは飛んでくる紫紺の礫を二度弾き返す。
そしてそのまま駆け抜け、正面の懐へと入り込もうとする。
しかし、大きく口を開いたままの焔竜はガプンとて大顎を閉じる。
『なにを―』
「パパ!来る!」
刹那、焔竜の巨躯のありとあらゆる所から四方八方へと先ほどよりかは小さめの紫紺の礫が散弾銃のように放たれた。
コイツ、吐いたブレスを逆流させて内側の骨の隙間から放ちやがったのか!
俺とアリシアは魔剣でそれを何度か弾き返しながら一度後退して距離を取ると
『オブシディアン・ロックゲイト!!』
10メートルもの大きな黒曜石の盾を目前に顕現。
そのまま盾で紫紺の礫を弾きながら焔竜の横っ腹へと盾ごと押し込み、叩きつける。
そのまま体制を崩し、全方位攻撃を止めさせた後、今一度焔竜の懐へと入り込み、その核に刀身を叩きつける。
視界が揺れる。あまりの堅さに膂力のフィードバックがビリビリと伝わる。
『かてぇ!かてぇ!!もう一撃だ!!』
「わっしょい!しょいっ!」
(何その掛け声)
焔竜は姿勢を低くすると、地面を穿ちながら
少しだけその巨躯が浮く程度に跳ねその大きな両爪でアリシアを引き裂こうと2つの腕を振り下ろす。
『そうは問屋がおろさねぇってか!』
「パパ!」
『エクスプロ―ジョン!』
アリシアの指さした先に炎由来の爆破魔術を放つと、
振り下ろそうとした腕が爆発の反動で宙にういたまま焔竜はバンザイの態勢になる。
「懐が開いたよ!」
『ガイアエッジ!』
賭けに乗る形で岩の槍を顕現させて懐へ一撃入れると、そのまままたひとつ巨躯が上に浮き、
そのまま閉じた核を開かせるためにもう一撃を狙う。
『あくまで核を狙うつもりなんだね、でも』
『エンチャント:ネフィリムアカウ――…』
『魔力解放』
…。
「―ふぐっぅっ」
『―なっ、アリシア!?』
俺たちは刹那に状況を返されていた。
先ほどまで正面へと向かって駆け出したはずが、跳ね返るように奴の前脚がアリシアを振り払うように殴りつけ壁に叩きつけられていた。
アリシアは体に赤い稲妻を走らせながら壁にめり込み身動きが取れない。
(これは…魔術。瞬間的に時間を…止めた?)
いや、この感覚に覚えがある。
ティルフィを取り込まれた直前だ。
奴は魔力解放と言って俺たちの思考が止まったようになり刹那で周囲の状況が一変していた。
『闇魔力の根源だよ。死の本質でもある。君たちは理解に及ばない情報を一瞬だけ心に押し付けられたにすぎない。』
ニドがリリョウの説明をしていた時のそれか。
濃縮な闇魔力に触れると一時的に思考が停止される。
だが、本来それは俺達には効かないはず。
それほどまでに奴の闇魔力の情報が深いとでも言うのか?
なんにせよ、奴の魔術は蛇眼相に似た能力には違いない。
くそっ、ミラーマッチじゃあるまいし―
前方のナガ・ドゥルガムルはこちらに口を大きく口を開き、球体に紫紺の魔力を集めていた。
圧縮。
先ほどの紫紺の礫とは比べ物にならない。
異様なまでに空気が凪いでいる程の圧縮した魔力。
それが、こっちに― いや
か
ん
が
え
て
る
ひ
ま
が
な
い
!
『アリシアッ』
「は…はっ、はっ…」
彼女の様子がおかしい。
歯を食いしばりながら何かを堪えている。
目を大きく見開いてその瞳を大きく震わしていた。
『くっそ!!』
俺はアルメンの鎖を魔剣を握りしめているアリシアの腕に雁字搦めで巻きつけると、杭の方を適当な側面に投げつけ―…無理やりそこから引き剝がすように引っ張った。
アリシアが壁から離れた瞬間に間もなく横切る禍々しい紫炎の球体。
それは劈くような轟音を繰り返してそのまま壁を貫通し、この建物内で大きな空洞を生み出した。
さっきの光線の時とは威力が段違いだ…。
あんなものを受けたら、アリシアの超再生はまだしも俺の魔剣そのもがどうなっちまうのかわからねぇ
『アリシア、大丈夫か?』
俺は一度ロックへと視線を送り
すぐにアリシアの様子を伺う。
「大じゅぶ…。だ、大丈夫、だいじょうぶだから」
駄目だ。この子はそうは言っているが様子がおかしい。
さっきの闇の魔力を受けてからだ。目がキマってる。
『その子、面白いね。まさか死の情報を覚えているとでも言うのかな?』
『何が言いたい、メメント・モリ』
『その子は本来必要のない闇魔力の本質のフィードバックを受けてるんだよ。死がどういったものなのかを生きたまま知ってしまった存在。どうやら一番怖ろしかった感覚を覚えていて、それをどうにか蓋していたのに思い出してしまった。』
奴の能力が彼女のトラウマを引き出していたと…いうのか
『だが…これは都合が良い。互いに大きな魔力のぶつけ合いには結局、正しい判断を下したものが勝つ。正常な判断が出来ない奴ほど、世界に身をゆだねる奴ほどせめぎあいの場で負ける。』
『…なめんなよ、器の分際で』
『強がらなくてもいいよ』
『てめぇのご託で値踏みされる程、この子は弱くねぇ!!弱くねぇんだ!!』
「…。」
『そうやって、自分の理想を一人の少女に押し付けるのも、目の当たりにすると大分とみっともないものだね。』
『違う、お前にゃあ理解できないものだ。解らないものに価値を、関心を持てないからそうやって貶める言葉しか思いつかない。愚かなのはお前のほうだよ。自分の知っているものだけで結論を出した世界はさぞ、死んだも同然なんだろうよ』
『へえ…―言うよね、なら』
…。
『思い知らせてよ、そして淘汰してみせてよ、僕を』
気づけば目前に炎竜が見下ろして大きく前脚を振り上げていた。
こいつはまた…それを使ったのか。
―間に合うかっ?!
『蛇眼相:零籠!』
瞬間攻撃の初動から流れていく軌道を予測、アリシア自身に当たらないように最善の選択肢を見極める。
『すまない、アリシア』
アルメンの鎖をアリシアの足に巻き付け
「ぶへっ」
転ばすように頭を地面に伏せさせる。
奴の攻撃は大きく空振った。しかし、次の攻撃が来るはずだ。
「…う、うあ?」
うつ伏せのまま彼女が顔を横にして俺と目が合う。
彼女の碧い瞳には光が差し込みより一層の彩りを感じさせた。
ああ、この子はどんなに怖れた表情をしていたとしてもその瞳は綺麗だ。
碧く、大空のようで、海のような色。
どこまでも果てしない
そんな子がそんな目で俺を望んで、俺と共に歩む事を望んだ。
『お前は本当に綺麗な目をしてるよな』
「………はっ?え?な、なにを言って――」
だがら解る。
彼女はこんなところでは立ち止まらない。
…俺も
『―信じてるぞ』
「え、ちょっと…パパ!?」
進み続けるんだ。意思ある限り。
『ぶるああああああああああああああああああああああああああ』
「うわぁあああああああああああああああああああああああああ」
そのまま焔竜の攻撃が及ばないところまでぶっきらぼうにアリシアを放り投げる。
『ぐがっ!』
残された俺はというと
焔竜は容赦なく俺という魔剣を殴り叩き、地面へとめり込ませる。
「ジロさんっ!!」
「おいおい!大丈夫か!!」
存外視界がぶれるだけで痛みは感じもしない。
俺の身を案じる二人の声も聞こえている。
しかし…今までにない割と珍しいシチュエーションだな。
アリシアでなく、俺がこんなにもヘイトを向けられるなんてな。
『彼女は確かに面白いが、僕にとって重要なのは君なんだよ。…特異点。』
『随分と入れ込むじゃねえか。“死”がよぉ。俺は…“あの子”が死んでからずっと事故でもなんでもいいからそれを望んでいたぜ。なのに今更じゃねえか』
『いいや、それを望まなかった者がいただけだよ。トウハタジロウ。外側の君は、あの時死ぬべきではなかった。だが、君は死んだ。恐れを超えて、ただ一つの神への憎しみを以て“家族に会いたい”等と愚かでありながら、…そんな狂った意思が君を特異点にし、この世界の運命を狂わせた。』
『お前は…一体何なんだ?心器でありながら、何故そこまでの俺の見解を知る事ができる。お前は一体なんなんだ??』
等と言いつつも俺は兎に角この場所の状況を打破する手を模索した。
しかし、焔竜の前脚で抑え込まれている今
俺に出来る事は何もない。きっと、どんなに大きな魔力の魔術を繰り出したとしても
奴はこの好機を逃さない。確実に何かのアクションをする事で、冥府の裁定を解き放つ。
そうなれば、多分
何もできない俺をその瞬間に魔剣という器共々破壊するだろう。
『特に何もしないあたり、状況を理解してくれたようだね。』
『…。』
『そう、君の魂を閉じ込める器を破壊した瞬間…一体何が起きるのだろうか?僕にも図り知れない。だが、君の魂は器を無くせば魔力と共にその意識をこの世界一帯を覆う魔力の奔流へと溶け込み消えるだろう。君の言う意思と共にね。そして今の僕にはそれが出来る。』
ああ、そういう事だろうな。説明乙。
『質問の返事が貰えてない。お前は何者なんだ?ヨミテとは何者なんだ?』
『彼女は、君の“ファン”だよ。』
『運命を操る子供が俺のファンだなんてゾッとしねぇ。』
『だが、真実だ。奴はある“研究員”を通してずっと君を見ていた。』
…研究員…?
誰だそりゃあ。
いや、待て………………
『それは―』
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
突如として聞こえる少女の叫び声。
『っ!?まさか、克服した??死の情報を』
まさかの出来事にメメント・モリは狼狽えた。当然だ。自身の信じて疑わない予測を遥かに超えた展開なのだから。
こいつは異様なまでに自身の考えに頑固だ。そして自信家だ。
よっぽど人らしく、心の器とはよくいったものだ。
焔竜は声の咆哮へ振り返るとそこにはこちらへ大きく跳躍してこぶしを振り上げる小さな女の子。
それは、俺にとって愛おしく、可愛い合図に違いなかった。
…信じてたぜ。アリシア。
『―エンチャント:ネフィリム・アカウント』
ズンと重々しい音。
それは、聖なる巨人の力が付与されたアリシアが自身の拳を焼かれながらも焔竜の頭部を強く殴りつける音だった。
『がぎっ…馬鹿なっ』
俺を拘束していた焔竜の前脚が浮く。
それを見逃さない。そのまま杭をアリシアの方へ投げ、彼女がそれを受け止めると
そのまま引き寄せられ、彼女の手に収まる。
『ありえない。死をなんとも思わない?馬鹿なのか??死を何だと思ってるんだ!?』
「そうね。何度も何度も、目の当たりにしたわ。でもさ、」
アリシアはそのまま魔剣を大きく振りかぶる。
『…くっ!魔力解放!!!』
…。
この感覚はっ
奴は凝りもせず同じ事をっ―
しかし、感覚が戻った瞬間。
アリシアは変わらず、真っすぐな碧い瞳で焔竜を見下ろして大きく叫ぶ
『何故っ…!?効いていなっ…―』
「何度見ても解るわけないじゃない!ぶわぁああああああああああああああああああああああああか!!!!」
アリシアはその意思を止むこと無く魔剣の刀身で焔竜の首を断った。
『馬、鹿な―』
アリシアはそのまま懐に入って横に大きく魔剣を振る。
断ったのは核では無い、前脚だ。
「次!!」
片脚だけで支えている上体。体勢を崩すのに時間はそこまで必要なかった。
その隙を見て、核へと再びこの威力で叩き割ろうとする。
『させるかああああ!』
メメント・モリがついに声を荒げた。
どうやら良い所まで行っているらしい。
焔竜の断たれた首と前脚の断面から大きな蛸足の如き触手を吐き出し暴れまわり振り回す。
「っ!」
アリシアは一度舌打ちをすると、後退する。
もはやその焔竜の姿は竜と呼ぶにはおこがましい程に醜い化け物となっていた。
『駄目だ、君たちはもう、もういい。…もう、もう十分だ!死ね!死んでくれ!!』
先ほどまでの余裕がない様子だ。
後は奴の厄介な能力。
冥府の裁定を崩すだけだ。
暴れながら触手をズルズルと引きずりながら近づいてくるメメント・モリ。
奴はもう形振り構ってられない状況だろう。
『ああ、まさか。こんな事になるなら先に潰しておくべきだった。認めたくない。認めたくない。もう、なんでもいいから…死を』
しかし奴は動きを急にピタリと止めて、断面から出した何本もの触手の先を一点に集わせ、そこに魔力を集中させる。
それは先ほどの紫紺の魔力の圧縮球。しかもそれは初見の時以上に徐々に大きくなっている。
『もう、止められないよ。ここの空間一帯すべてを焼き切る。もう、主とかどうでもいい。もう一度“やり直し”だ』
『いいや、止めてみせる。俺には、俺達にはそれが出来る。』
『無駄だ。もう、太刀打ちできない。御子も死ぬ。もう終わりだ。そして僕の死の記憶となってしまえ』
奴は続けて唱えた。そして感じる悪寒。来るか…!
『―冥府の裁定。』
ロックの言っていた本来の能力。
死者の無念という情報…即ちは闇魔力のリソースを空間に侵食させて一定範囲、一定時間で対象者の魔力の情報を上書きさせて魔力に由来するもの全てを打ち消す力。
奴は魔力を失い抵抗できない俺たちごと、紫紺の圧縮球体でこの場所をまるまる吹き飛ばすつもりなんだろう。
―だが、もう既にそれは手を打ってある。
『お前、なんか忘れてないか?』
『今更何を強がっている。もう、この場所で僕を止められるものなんか―…』
「コール・アンド・レスポンス:浄土の奏儀」
ロックがメメント・モリの言葉を遮るように唱えた。