15:語る不安は影を伝い予兆を示す
ガーネットは軍への定時報告がある為、一旦別行動を取る事となった。
一方俺たちはニドに「力の使い方」を改めて教わり行く前に、俺とアリシアはリンドと共にひとまず装備屋に向かっていた。いつまでもアリシアに抱っこされたままでは仕方がない。
ある程度俺を簡単に背負える大剣用の鞘が必要になってくる
しかし、実際の所 俺自身の大きさはアリシアの身長をゆうに超えている。
辛うじて少し斜めに持つことでなんとかなってはいるが…
確かに俺を収める鞘があったとしてそれを背負う帯刀ベルトが
この小さな女の子のサイズであるのか不安になる。
「ジロ」
『ん?』
装備屋に向かう道すがらリンドは口を開く。
「先ほどのガーネットとの話で言い及ぶ事が出来なかった内容がひとつあるのですが」
『あー、俺も気になって後で聞こうとはしていた。お前が森で言ってた「もう一つの可能性」ってやつだろ?』
「ええ。実際の所、『たかが盗賊』がたまたま私の情報を知り得てたまたま盗んでいたドラゴマイトが有効活用出来て魔が差して大魔術の発動という犯行に及んだ。という筋書きがいっそあるならば、それはそれで良かったと思っているのです」
『いや…よくねぇだろ。思い切りだけよすぎる盗賊がそんな知識やドラゴマイトを有している時点で完全に危険な存在だと思うんだが?』
「そうですね。ですがこの世界には…それ以上にどうしようもないロクで無しも存在しているのです」
『この世界に来てそう日も経ってないが、爆発巻き起こすようなクソみてぇな存在以上の大物がいるってんならこの世界も末だな。』
「―ヤクシャ」
『ヤクシャ?』
「ジロもこの名にだけは気をつけてください」
唐突に出てくる単語。役者?厄者?とも言うのか?そういう呼び方でいいのか?
「どちらも通り名としては当てはまりますね。『悪意の担い手』、『災厄の代行者』、『絶対敵性』とも呼ばれてます」
『随分と物騒な呼ばれ方してるなぁ。』
「当然でしょう。彼らは世界の敵として役を演じている狂人なのですから。」
『魔王…かつてのニド、みたいなものか?』
「魔王とは、魔族の支配者であり。それは我々と相容れない存在、人々を下等な存在と判断する生態故に敵対する関係にあるというだけです。ヤクシャが魔王よりタチが悪いのは、厄災という存在でありながら『人』である事を演じたつもりでいる事。」
『人・・・ねえ、そこまで言われると人としての定義が問われるんだが?』
「そうですね。最早、私達からすれば人では無いのかもしれません。ですがヤクシャは自分自身を一人の人間として生きているつもりなのです。そして、厄災として担った理のその全てが『人』の持つ破滅的欲求の極地…『十指の戒律』に基づいた混沌・変化の象徴である『偶数』を賜っているのです。そして、その数字にもたらされた性質にその者たちは何より執着している。」
No.2『差異』
No.4『乖離』
No.6『戦争』
No.8『永劫』
No.10『選択』
リンドが語るヤクシャの性質。
その本質に執着する故に厄災としての役割を担った者たち。
『その言葉ひとつひとつに物騒な意味を感じ取ることはできる。だが、それが厄災としてどのように人々に影響されているのかはイマイチぱっとこない。』
リンドは歩く道すがら、目に入る人を遠い目で見ながら。
「これだけは言えます。ヤクシャが関われば、一つの大国でさえも傾く。『アレ』らはそういう風にできているのです」
そう、関わらない方が身の為なのだと。
彼女は俺に警告しているのだ。
これから、リンド自身さえ俺達を見守る事が出来ない時がいづれ来るだろう。
そんな時、なによりもヤクシャと名付けられた「それら」には関わらない方が良い、と。
だが…
『だが、そうも行かないんだろ?それを俺らに話すって事は、今回の件―』
忌々しくも、ヤクシャなる者が一枚噛んでいる可能性があるはず。
リンドは俺が察したのを感じ、目を合わせる事なく話を続けた。
「今回、使われていたドラゴマイト。帝国が独自に運用している、とガーネットが説明しておりましたが、例外が一つあります。」
『例外?』
「戦争屋。」
『戦争屋…なるほどな、武器商人なら流通にも長けている。そいつらが、密かにドラゴマイトを確保して使用した可能性があると』
「ジロ。推測としては正しいですが…申し訳ありません、奴は武器商人なんて生易しい存在ではありません。文字通りの戦争屋なのです。『アシュレイ・ブラッドフロー』。ブラッドフロー財閥の総帥その人こそが、世界で最も知られているヤクシャの一人 No.6『戦争』の担い手なのです。」
「そいつは、やっぱり…人間なのか?」
「人として誰よりもなによりも戦争というモノに執着している。そして、アシュレイ・ブラッドフローはきっとこの世界で誰よりも戦争が好きなのです。」
戦争。それにアシュレイは必要以上の価値を見出してるとリンドは語った。
戦争は金だ。争う事で金が生まれる。
戦争は食事だ。争う事で食料も増える。
戦争は喜びだ。争う事で、気持ちが高揚する。
戦争は芸術だ。争う様は美しい。
戦争は呼吸であり、命。常に命の尊さを学ぶことが出来る。
不幸が常に身近に感じる事で、人はいかに自身が幸せだったかを感じることができる。
故に戦争は幸福の象徴だ。
詭弁だ。なんとも馬鹿馬鹿しい、宗教じみた危険思想だな。
結果的に間違ってはいなかっただけの考えをあたかも正しき真理であるかのように主張している。
奪われた命の価値、残された者達の悲しみを理解していない。
同じ人間として許される存在ではない。
争いを正当化する事が許されて良いわけがない。
「ですが、それを必要として生み出しているのも結局は人間なのです。」
そう、なる程な 悪意の担い手。ヤクシャ。
『わぁーったよ。ヤクシャってのがとんでもねぇ奴らだってのは十分理解した。それで、お前はそいつらが関わっているとして、俺らはどうするべきだと思うんだ?つか、ガーネットは知っているのか?この事を』
「彼女も気づいてはいるでしょう。ですが、戦争屋がやったとされる証拠は何処にも無い。故に、可能性で留まっているのです。それに 強引な捜査も、引導も渡すことは出来ない。それほどまでに大きな財閥。権力を持っているのです。」
結局はどうすることも出来ない。という事か。
『そいつらが…ヤクシャが実行犯だったとして。アリシアの…屋敷の、襲撃に関わる理由も…俺やアリシアが抱えているって事なのか?』
頷くことも無く否定もしないリンドは俺の質問を肯定するように話を続ける。
「あなたちの存在は、周囲からすれば危険過ぎるのです。大なり小なり、魔力はこの世界で万物万象に対し、自身の意図を介する為の大いなるエネルギー。それを望む以上に手に入る事が叶うなら求めてしまうのは当然の事でしょう?」
『俺にはわからない。そんな事してまで命を奪う必要があるのか?』
「ジロ、貴方が居た魔力の無い世界がどのようなのかは私には測りしれません。ですが、女神アズィーが創世したとされるこの世界は魔力を以て理想を現実へと叶える技術…魔術の発展により成り立っています。悪い言い方をすれば依存しているにも等しい。そこから生まれる業が常に命を天秤に掛ける事だって少ないことではないのです…」
リンドは俯き、次の言葉を唇を噛みながら噤んだ。
―悔しい事ばかりだろうよ。
親友であったアリシアの母も殺され。護るべきアリシアもこの様。
果てには、俺みたいな無知蒙昧な奴の面倒。しかも、忌み嫌う魔剣と来たもんだ。
きっと彼女にだって…もっとマシな人生があったのかも知れない。
『リンド、ごめんな。』
「いいえ…あなたの、せいではありません。決して…」
俯いた顔を上げ、開いた彼女の言葉。それでも、俺に対して目を合わせる事は無かった。
『それでも…すまない…』
謝ることだけ。
アリシアが心配そうに見つめる中
それだけしか今は言うことが出来なかった。
大きな魔剣だろうが、大きな魔力を抱えている存在であろうが…今の俺にはただ、謝る事しか出来ない存在だった。




