115:死霊使いティルフィ戦【前編】
『ロック!』
「…はいはい」
思う以上にコイツは賢い奴だった。
俺の感情の乗った呼びかけ、そこから視線を二度ずらした後に初対面であろう手負いのネルケへと近づき
躊躇う事もなく治療魔術をかけている。
「ひぇ…トんでもないくらいに痛々しい火傷だよぉ。まぁ、それぐらいなら命に別状はないだろうけど」
『そうか、ありがとう』
こいつは得体の知れない奴だが、今はこちらに協力的である事は間違いない。
人探しをはじめ、この部屋の門に掛けられた人払いの術式の解除
そして治療魔術…今の俺たちからすればこれほどに便利なものは無い。
「パパ」
『わかってる、あまり入れ込まないさ…でもよぉ』
俺は大きく顔を歪ませて起き上がるティルフィを赤い水晶の目で睨み返す。
『こっちに関しては入れ込んでも構わねぇよなぁ?』
アリシアはため息をつく
「…パパ」
『なんだよ?』
「同 感!!」
ズアッとティルフィに突っ込むように走り抜くアリシア。
彼女はその突発的行動に解除され自由になった骸の兵士たちを反射的に自身の前に寄せ集めて壁をつくる。
だが、そんなものは俺たちには効かない。
この世界に来た時から受け持つ特殊な魔力による膂力は、骸の壁をいとも容易く砕く。
「魔剣つかいッッ…!!」
バラバラになった骸の壁の後ろ
そこには控えていた別の髑髏兵士が4体並んで正面のアリシアに構えた刃を突き出す。
『前!』
アリシアは立ったまま頭が地につくのでないかと思う程に仰け反り、その剣を握ったままに伸びた四本の骨腕にアルメンの鎖を巻きつけ
本体ごと大きく引き込んでそのまま壁に叩きつけた。
だがそれでは終わらず、すかさず更に左右から再び髑髏の兵士が二体現れ
仰向けのままの不利な耐性を狙うかのようにアリシアへと剣を振り下ろす。
だがアリシアは直ぐに魔剣を前に抱きかかえるように出し、その攻撃を刀身で受け止めると「ほれ」っと
魔剣そのものである俺をぐるんと一回転させ(おわぁ!?)俺もそれに合わせるように刀身の回転の威力を上げた。
その勢いで身体も回転させて両者を跳ね除け、そのまま立ち上がるように体勢を持ち直すと
続いてくる追撃の髑髏兵士数体の刃をそのまま起き上がる時の回転力を殺さずに一回転、魔剣を振り回して全てを両断した。
「くっ、スフィは何をやっているんだ!交渉は失敗したという事か!?」
苦い顔をして一度後ろに下がるティルフィ。
『随分と器用じゃねえか。流石死霊使いってところか。俺たちの隙をやたらついてくる。』
「馬鹿にされたもんだ。こんな茶番がお前みたいな不死の肉体には通用しないって僕はしっている。」
『ならどうして付き合った?』
「…検証は必要だ。どれほどまでの損失を相手に与えられるか、決定打が無かったとしても、お前らの動きを思考パターンに入れておく必要がある。それは決定打という楔を見つけた際、確実に与える為のリソースになる。」
『間違っちゃあいないが、俺らに対しての決定打なんてあるのか?』
「秘匿だ。いう訳が無いだろう」
『秘匿ねぇ』
だが、ティルフィの言っている思考パターンの明確化は確かに間違っていない。
俺でさえも感覚から4体からの両脇2体、そこから一気に数体。この攻撃リズムを一応覚えている。
「お前たちこそ、不死の肉体でありながらそんな普通の人間のようにいちいち躱す行為、非効率じゃないか」
『大きなお世話だ。俺はなぁ、これでも女の子が傷つくところはあんまり見たくねぇんだよ。』
ティルフィは自身の殴られた頬を撫で「なるほど」と光の無い冷めた目つきで睨んでいる。
「“女の子が”傷つくのを見てられないと。だから、“化物の僕”は容赦なく殴ったという事か。ようくわかった」
『いや、お前を殴ったのには関係ない』
「…?どういう事だ?」
『確かに、お前はネルケ同様に整った可愛い顔立ちをしている。なんであろうと女の子には違いない』
「は…え?」
『だけどなぁ、俺は許せないんだよ。』
「いや、ちょっと」
『家族が…家族を傷つける事ってのはよぉ!!』
「まてまてまてまてまて。今、お前は僕になんて言ったんだ?は?気は確かか?」
『…?』
「…いや、『?』じゃなくて」
『家族が…家族を傷つける事が俺は!許せないんだよ!!!』
「いや、言い直さなくていい!そしてそこじゃない!あああああああっ!!もういい!!どいつもこいつもふざけやがって!!」
よくも。まぁ、ベラベラと互いに喋るもんだ。
先ほどまで感情的になっていたのにお互いに冷静にやりとりしちまっている。(コントかよ)
「おーい」
『なんだロック』
「この子の治療は完了したよー。でも、痛みのせいか意識がまだ朦朧としているから」
『でかした!悪いが流れ弾が来ない場所に避難していてくれ!』
「了解。というか、この子なんか君とそこの子との会話があってから妙に満足そうな顔してるのなんで??(なんか成仏しそう)」
『わからん!!(満足そう?)』
…さて
問題なのは、これが固定のリズムでは無く、アドリブが強い。
そう気づいたのはアリシアが仰け反った時、両脇から来た攻めてきた髑髏兵士2体だ。
そいつらは、その直前まで“存在していなかった”。
なのにそいつらが出てきた。
察するに、こいつらの身体は骨ひとつひとつが操れる可能性。
エインズの大図書館の前で奴は一度、あの骨竜をバラバラのまま移動させている。
そうであるならば、
あいつがさっき、反射的に骸兵士の壁を作ったのは、あえて俺たちにその“骨壁”を破砕させる為に誘ったんだ。
そしてバラバラと散った骨を使って髑髏の兵士を作り直して奇襲をかける。
「厄介ね」
『ああ、そうだな。髑髏の兵士を砕く。砕けばまた骨が散らばり再生され、多分だが死角を狙って奇襲をかけられる。』
「パパって、平気であんな風に人の事を可愛いとかいうの本当に困るわね。」
『うん、会話が噛み合ってなかったし、意図も重なってなかったわ。』
兎に角、ティルフィは今のところ髑髏の兵士しか使ってこなかった。
ネルケを痛めつけていた骨竜を最中に警戒はしていたが動く気配が今は全くない。
「どう考えてるの?パパ」
『…もう、戦いの話でいいよね?』
「いいわよ。今は」
『あ、はい』
…今は?
…コホン。
考えられるのは、タスクの問題か、はたまた魔力の問題。もしくは、戦術的な癖を持っているかだ。
一番嫌なのは、そのどれも違っていて、そのどれかと信じ込ませて意表を突くのが狙いだった場合だな。
「もうつまらない話は十分したか?今度はこっちらから攻めるぞ!」
ティルフィは手元の魔道書を開きパラパラと風に任せてページを捲る。
瞬間
「!?」
アリシアが感覚で頭を後ろに下げると、目の前を鋭利な骨が一本横切った。
そのまま左から髑髏の兵士が剣を振り襲いかかる。
それをアルメンの鎖でなぎ払うと、杭がある方向を指し示す。
『次はそこか!!』
杭の先に二本の剣を握る髑髏の兵士が乱雑に暴れて振るうのを強引に魔剣で振り払い
続々と後続してくる髑髏の兵士を砕いていく。
だが、それが止む事は無い。髑髏の兵士がどんどんと現れ続ける。
2ー2ー5の数とテンポ
4-1-1
3-3-2
1-5-1最初と最後が死角からの攻撃
2-4-6
1-5-1
3-3-3
2-3-1上空から二本の鋭利な骨攻撃
4-1-1
4-1-1
3-3-2
3-3-2
1-5-1最初と最後が死角からの攻撃
2-4-6
1-5-1
3-3-3
ティルフィの攻撃パターンを覚えとこうと言ったが宣言撤回だ。
髑髏の兵士の数が多彩すぎる。そして攻撃の頻度が多い
わがんね!わがんねっ!
こうなったら
『アルメン!』
アルメンの杭を伸ばして髑髏の兵士へと走らせる。
イクス・ドミネーターを使ってこいつらを使役させれば!
使役させれば
使役…使、役
し…えき?
「パパ、刺さってないよ!!」
こいつら骨でスッカスカで刺すって概念がねーじゃねえかあああああああああああああああああああああ!!
「パパ!!」
ここで瞬間、ティルフィ一定の攻撃リズムが崩れている事に気づく。
本来なら既にここで、髑髏兵士のフェードインがされているはずではあるが
未だに来ない。
…つまりは
『詰めてくるか!』
多くの気配。
それは幾つもの鋭利な骨の刃が無尽蔵四方八方から
俺たちをサボテンにしようとしているかのように襲いかかってくる。
『もう!まどろっこしい!!!!』
俺はひとまずアリシアの周囲に光の魔力でつくった防御殻を作る。
こうすれば飛び道具にせよなんにせよ、全て弾く。
それを知ってか知らぬか、弾かれた骨が再び合体し髑髏の兵士になると
変わらず襲い掛かり、殻を割ろうと攻撃し続ける。
『流石にこんなんじゃ割れる事はないだろうが…』
「どうするのよ、これ」
続々と増えて群れてくる髑髏の兵士。
このままじゃあジリ貧か……
……ッ!!!!?
『―上だ!!!!!!!アリシア!!』
起点はふとした違和感。
警戒していた骨竜が先ほどの場所に居ない事。
続いて、その骨竜の位置、そしてその周囲の空間の歪み。
やたらと側面を攻撃する髑髏の兵士。
氷魔術使い
刹那の判断だった。
どうしてそう思い立ったのかは解らない。
不思議と連なって生まれた解。
『パージ!!』
アリシアが魔剣を握り締めて、何も無い真上へと意識を向けた瞬間。
俺は魔力の殻を即座に放出するように解き放ち、その勢いで周辺の髑髏の群れを一掃する。
『本命がくるぞ!!』
見上げた真上の何も無い空間が急にガラスのように割れてそこから唐突に骨竜、ナガ・シャリーラの巨躯が降り注いでく。
『「うおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」』
ウォークライ。大きく叫び通常よりも膂力を向上させて、その巨躯を支えるように受け止める。
大きな衝撃がアリシアの身体を通り、その足元の大地を穿つ。
してやられた。
警戒して見ていた骨竜は氷の魔術でつくった上空で隠された本体の映し鏡。
さらに氷の魔術でつくった偽装の天井で俺たちの真上には何も無いと錯覚させて
側面の髑髏の兵士への防御へと集中させる。
あとはガラ空きの頭を潰すのみ。ってか―!!
「随分といい反射じゃないか。魔剣、そしてドール=チャリオット!」
『しまっ――!!』
巨躯を支えている俺たちは更に失念していた。
この骨が“パーツだけで動ける”事を
「あがっ―!」
骨竜の頭だけが、その顎を大きく開いてアリシアの身体へと牙ひとつひとつを沈めて食らいつく。
そして、そのまま攫われるように押し込まれ、壁へと貼り付けにされる。
「いぎっ…」
痛みは無いだろう。
だが、その衝撃は目眩がする程に頭を揺らしたに違いない。
『くっそ!身動きが取れない』
―まずいですご主人。
『たしかに不味いさ、アルメン。不味いついでに上手い話がないか聞いてもいいか??』
久々にしゃべりだしたと思えばこれだ。俺はくだらない返しで茶化すしかできない。
―あの死霊魔術は、魔道書に依存しているものです。名を聖邪の外典。
けど、あの魔道書であれほどまでに髑髏の兵士を長期に渡って使役する事は無理に等しい。
『でも、なっとるやろがい!』
俺たちの本当の狙いはそこにあった。
あの魔道書の仕組みを知っているわけでは無いが、これほどまでに多くの死霊魔術を駆使するならば
魔力のリソースの方が先に枯渇するであろう。そうする事でティルフィを無力化…交渉へと持ち込む予定だった。
(ついでに言えばそれまでにもちっと痛い目みてもらおうとしていた)
確かに竜の血が流れているネルケやティルフィは一般人と比べて魔力量が桁違いなのは確かだ。
だが、そうであったとしても…物理的な力比べならまだしも
異常なまでの魔力を抱えたこの俺たちと
魔術、魔力のぶつけ合いでタメ張るどころか一枚上手で勝るなんて事は普通ではないのだ。
―ご主人。なっている理由として考えられるのは…ひとつです。
『なんだってんだ』
―あの子は自分の魂…命をリソースに使っている。
『は』
魔力ではなく、自分の命を?
…いや、それはダメだ。
命を削る戦い。その考えを反射的に否定した、したのだが
俺たちにはどうこう出来る策が思い至らない。
それどころか俺には自責の念が降り注いでしまい集中が、考えがまとまらない。
気がどんどんと抜けていく感覚。
あいつが、俺たちとやりあう為に命を削って―
「違うよパパ。それはもう、関係無い。」
『関係ないって言えるのか?』
「それを受け入れれば、パパはティルフィの“運命”になっちゃうんだよ」
『…』
「それは彼女の意志に違いないの。善悪は置いて。そうするべきだと決めたティルフィの、意志なの」
『だから罪の意識はもつなって?』
「そうよ」
『無理な話だろ』
「抵抗はやめたのか?ドール=チャリオット。それとも、それがお前の“臨界点”か?」
コツコツと足音を鳴らしてティルフィが近づいてくる。
「ねぇ、パパ」
『…なんだよ』
「パパはなんで、あの時死んだの?」
その言葉が俺の中でどくんと脈打つ。
「なんであの時死を選んだの?自殺したの?」
アリシアの言葉が無慈悲におれの心を、魂を貫くようだった。
何かを語りかけるように。
何かを語りかけるように。
その度に、聞こえてくる。
“あの時”あったはずの、消えてしまった娘…奈々美の言葉。
―パパ!
『ズルいだろそりゃあ…!』
少し泣きそうな声で俺は搾り出すように言った。
言ったついでに、近づいたティルフィへ目掛けてアルメンの杭を放つ。
「おっと。」
あまりにも躊躇した攻撃だったからだろうか。
ティルフィ自身の反射だけでよけられる程に情けなく弱々しい一撃ではあった。
―けど、これでよかった。
「…もう、打つ手が無いのか?魔剣としての力はそんなものであったのか?…そうであるならばここが決定打、トドメだ。」
ティルフィは懐から小さな黒小箱を取り出す。
それには見覚えがあった。
『ウロボロス=ケイジ…!』
「お前のもつ魔力にある仮設を立てた。まずひとつが供給先がある事。これは神々の世界から魔力を無尽蔵に注ぎ込まれているという事。
もうひとつは、その魔力供給先とは見えない何かで繋がっている事。そしてここからが本番だ。」
ティルフィは淡々と説明する。
「例えばこのウロボロス=ケイジ。この中は、外とは断絶された空間だ。そこに君たちが放り投げられたら…どうなるだろうか??」
俺は背筋に冷たいものを感じた。
こいつに…そんな恐ろしい可能性があるのか?
もし、ウロボロス=ケイジの中で閉じ込められた時。
魔力の供給ができなくなった俺たちはどうなるのだろうか??
いや、考えるのはよそう。
いま俺に出来る事は“これ”しかない…んだから。
「さぁ、実験してみようじゃないか」
『なぁ、ティルフィ知ってるか?』
「どうした、急に話すようになって」
『そいつはよぉ。強い魔力や衝撃を当てないと発動しないんだぜ??』
「…へぇ、知ってるよ。だから僕の氷魔術で一気に開いて、閉じ込めてあげるよ。…永遠に」
『いいぜ、手伝ってやるよ』
ゴン!と耳を劈く程の雷。俺が繰り出した雷魔術だった。
それがティルフィの手に持つウロボロス=ケイジにぶち当たる直前。
ティルフィは自身が巻き込まれる事を知り、瞬時に躱した。
「…あぶないなぁ」
『いいや、これでいいんだよ』
「…え?」
ティルフィが気づいたときには既に俺の繰り出したアルメンの杭が魔道書…聖邪の外典へと突き刺さっていた。