豪烈
少し前の出来事である。
ブチッ
「天魔神、愚かな者よ。お前の“一”に対する信仰は所詮、自愛心自尊心の延長でしかないというのに。」
イヴリースとリアナ一行の間に漂う微妙な空気を締め付けるように聞こえる侮蔑する言葉。
「ふむ、やはり生きていたか。カス」
イヴリースが振り返り唾棄するその先、そこには幾つもの人並みの大きさもあるムカデの魔物が幾匹も絡み合って一つの形を成していく。
その姿はたしかに、紛う事なき彼の背徳者クラウス・シュトラウスその人であった。
「あのような場所でチンケな末路に至る事など決して無い。今も、この先も―」
「試すか―?」
イヴリースは現れたクラウスの正面へ一瞬にして真近の距離を詰め、互いに睨み合い
刹那
バチャァ
大きな肉の弾ける音と同時にクラウスが再び幾つもの大きなムカデとなって
殺意剥き出しのイヴリースへと巻きつく。
両腕から、首に、腰に、脚に…どんどんと天魔神の姿を包み覆うように、巻きつく。
「穢らわしいぃっ!!!!」
しかし、覆うムカデは直ぐに弾け灰燼となる。
イヴリースの持つ魔術:灼煌のハマ
自身の兼ね備える光と炎の属性を体内で混成し外側に放射する対魔術。
彼はクラウスの奇襲を払うとすぐさま手を翳して振る。
すると、幾つものねじれた炎の槍が顕現し 周囲を暴れ散るように走り回る。
「きゃあっ」
「ネルケ!こっちだ!」
クリカラはイブリースの放った焔光槍:アルシャベル・アベルサムの暴走を掻い潜りながら
惑うネルケをリアナの張った魔術結界の中に引き込む。
「なんなんだ!アイツ無茶苦茶だぞ!」
「もともとアンタらが以前、故郷で復活させようとしてたんでしょうが!!」
…リアナの無慈悲な返しに返す言葉も無いクリカラ。
「フアハハハハハハハハハハハハーッ何処に隠れても無駄だカスが!!!」
暴れまわる閃光は、何度も何度もゾロゾロ宙から現れる大きなムカデの魔物を潰していった。
「貴様の魔術には見識があるぞ。サクリファイス・ルーラー。最も生き汚く最も醜い生命躍起代行魔術、いや…魔術と呼ぶのもおこがましい代物だ。」
「くだらん見解だな。貴様の知るそれとはワケが違う。」
「そうだな、より一層信念の無い臆病者の戯れに違いない―」
「言わせておけば」ブチッ
ズンッ
突如空間を裂いて現れる青鱗の竜の頭角とアギト。
「我、契約を破棄する。その御霊、解き放て―」
クラウスの出した魔術のそれは魔術師の生命を代償に召喚させる“水の王”その下僕、リヴァイアサン。
彼の力は契約によって魔力の悉くを制御した魔術師によって蓄積された水魔力を水嵐として放出する大魔術。
「我が“愛”を打ち消すつもりか!馬鹿めが!!!」
ただ一つの空間で荒波のように放たれる豪水とイヴリースの懐に集約させた灼熱が衝突する。
「全てを巻き込むつもりか!?」
「オーダー:プリズム・バインド」
リアナの結界に襲いかかる大きな爆破衝撃はさらに彼女らを覆う大きな聖壁によって防がれた。
「ヘイゼル!!」
「イヴリースの魔術が拘束する私を私ごと掠めて解放された。今は集中して。アナタの風と私の光で混成させて防壁を生み出すのが最善。」
「え、ええ解ったわ。(私ごと?)」
「私もサポートする。リアナ、私の魔力の流れを汲み取るんだ」
リアナの背後にいるルドルフは魔力消費の激しいであろうリアナへと魔力を送り込む。
やがて聖壁は風の魔力で覆われ、より強固な魔術防壁となる。
未だ押し迫る蒸気爆発の衝撃。それでも抑えるのがやっとだった。
「まだなの!?」
「クラウスとイヴリースの魔力の拮抗が収まらない。未だ魔力をぶつけ合っている。」
「私に任せてください!」
三人の背後でネルケが手を翳し瞑目する。
「―“静は清”“精を製”“流々たるを”“踊りたるを”“ひと時の透華となりて”“浄結せよ”」
氷結魔術:極大奏華フリージア
ネルケの詠唱によって瞬間的に拮抗する魔力ごと氷結し、静止する。
その様子はまるで踊る花弁を時によって閉じ込こめるかのようであった。
そして、業と燃え盛る炎が再びそれを勢いよく溶かしゆるやかに垂れ、零れ、滴る水だけとなった。
それはクラウスの放ったリヴァイアサンの暴嵐水が契約を履行し終えた事を意味する。
「―ふむ、やはり貴様らは我が主の眷属に違いないようだな。こんなにもお人好し、私に対して与える愛。それはまさに主の意思そのもの!!!」
焔のなかで銀髪を靡かせて六枚の黒羽を揺らし、大きく目を見開いて涙を流すイヴリース。
その視線からはリアナたちに対しての敵意がなかった。
「…。」
ヒソヒソ
「それよりも、どうしたものか。あの魔神…イヴリースが言っている言葉が本当であるならば…そうとうに面倒な事だぞ」とマリア
「私にも解らないわよ。いままで長く生きてきたけど、こんな展開は初めてよ。」とリアナ
「右に同じだ」とマリア
「俺も右に同じで」とクリカラ
「いや、クリカラやルドルフの一件を考えてもみろ。ジロの事だぞ…話はどうあれ、あれに関しては受け入れる可能性がたけえ」とガーネット
「そういう話であるならば私にはモノ言う権利が無い…」とルドルフ
「で、でも…悪い人じゃなさそうですよね?」とネルケ
一同「それはない」
「なぁ、もしかしてあれが例のアルヴガルズの一件の元凶なのか?」とメイ
「そう」
「え゛っ、元凶って…神話級の魔神のあれですか!?名前一緒だとはおもってましたけど」
白目を剥くネルケ。
「でもよぉ…冷静に考えてみたんだが」
ガーネットは、ヘイゼルとルドルフ、そしてクリカラを見た後に今はこの場に居ない清音の事を思い出す。
「うちの面子、半分ぐらいが元々敵なんだが??」
「それを言うなら私もジロをアリシアの為に壊そうとしていたぞ」
「ごめんなさい。マリア、今そういう話ではないの」
「おい、いつまでヒソヒソと話している。殺すぞ」
ノシノシと近づいてくるイヴリースへの感情の処理が追いつかない一行。
しかし、そこに再び横からブチッという肉の潰れる音と同時に不意をつくように“あの怪物”が現れて
イヴリースを横から襲撃する。
「ぬぅ!小癪な!!」
彼はすぐさまハマを放つが、ヌギルそのものにはビクともしなかった。
「このカスが!!穢らわしい身体で私に触れるな!触れるな!触れるなあああああああ!!!」
イヴリースは自身の膂力を全て吐き出すように、ぎゃくにヌギルの顔面を掴み、地面に叩きつける。
ベギリという瓦礫の弾ける音。それは一度にならず二度三度四度五度とヌギルの頭部を連続で叩きつけ足元を穿っていく。穿っていく。さらに
穿っていく。
「私の超展開予想思考観測術が私の超絶愛爆心に訴えている。さては言わずもがな、貴様は我が主に仇名すドカスだな!?」
それが何を意味するのか、イヴリースだけが気づいている。かれの偏見に違いないが。
「お前を!ねぎりとり!潰し!蹂躙伏滅裂破してしまえば!きっと、我が主はさぞ喜ぶであろう!そしてさらに私に更なる愛を与えるのでやぁ!!」
「おいおいおい!やべえぞ!!ひとまずあそこだ!あそこに逃げるぞ!!」
クリカラはこの部屋の奥に見つけた扉を指差し
そこまでの避難を促す。皆はその提案に有無を言わず従い、そくざまその場を離れようと避難する。
かれの脳内に埋め尽くされた褒美というなのカタルシスは、思いの力となってヌギルの頭部というカナ槌で地に叩く事で
そのクラウスの一室である場所の足場を全て崩壊させてしまった。
「いま、会いに行きますぞ!!この私が!我が主!我が主ぃ!!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」