112:当然交渉決裂
『…――女神の心臓。どちらかといえば、お前たちに協力する連中は皆それぞれがその女神の力を目的に自身の望み事を叶えたい。そういう事なんだな』
「理解が早くて助かるよ。特にティルフィは、その力で母親を蘇らせようとしている。」
『はん、実際にジャバウォックは御伽噺の中の存在だと自分で言っていたじゃねーか。そんなあるかどうかも解らないものをあてにここまで時間をかけるならもっと健全的な生き方があったんじゃないのか?』
「健全的…ね。この世界の仕組みを知るだけ思い知らされた存在が事実健全的に生きれるなんて事こそが…よっぽど御伽噺だと思うよ僕は。それにね、ジャバウォックというものはありとあらゆる場所で生み出されようとしているんだ。厄災を温床にね」
温床となる厄災?
いや、待てよ…そうであるなら。“あいつら”は
『ヤクシャが、』
視線をスフィリタスに合わせる。
「そうさ。西の果てでは『盲目の神官』が、中央の奥底では『戦争屋』が、過去から『黒き竜』が、そして未来からは『亡霊騎士』が。そして今回この地でその素材となりうるものこそが『死体人形』…差異のヤクシャだ。彼らはそのジャバウォックの温床となる厄災を“蜘蛛の魔女”を筆頭に管理しているにすぎない。」
蜘蛛の魔女…その話は度々聞いている。
ヘイゼルの記憶の中にも彼女がいた。ならば…何故、ナナが『差異のヤクシャ』を引き継いだのか…
ちがう、寧ろ“この時の為”に役割を切り離したのか。
ジャバウォックとしての素養があれば役割を放棄させその素材にされる。言うなれば黒い卵みたいなもんだ。
おいおい、とんでもねぇ世界だよ。
ジャバウォックを生むためのヤクシャと蜘蛛の魔女
それを利用しようとする化け物と賢者
運命を操り規格外の行動に出る叛逆者
魑魅魍魎の魔神が巣食う、古の渦
思いあがってるのかもしいれないが今の俺らは神話級の世界事変の中心にいるわけだ。
この世界はこんなにも運命に脆く出来ていたんかよ。
「そして君たちを拒む事無く誘ったのには勿論理由がある。」
『アリシアと俺の…力?』
「本来はアリアの聖骸をシリンダーという媒体にしてアルス・マグナを執り行う予定ではあった。だが、作戦は見事に失敗。けれども嬉しい誤算はあった。そう、大正解の君たちだよ。君たちは僕たちの視野外から出てきた大きな特異点だ。魔力もあればそれを抱え破裂することのない身体ももっている。」
『大体わかったぜ。お前、俺の持ってる魔力をリソースにするつもりなんだろ?』
「…」
笑顔のまま何も答えない。そりゃあ肯定に等しいのだろう。
『わざわざ、この場所での話し合い。ここに居る子供たちはさしずめ俺に対しての取引材料のつもりなんだろ?俺が断れば、魔力のリソースはここにいる子供たちが代わりになる…人質か?』
アリシアと引き離したのも
あの時あえて会話を遮る俺に対して子供を使って黙らせたのも
この時の為か―
「どうとでも思うといいよ?でも、君の想像は君の心の為のものさ。後悔が無い答えを祈るよ」
『魔力のリソース。どうやらジャバウォックを呼び起こす為の必要量までは把握できていないらしい。お前は言ったよな?あの時、自分の神殺しの力がジャバウォックの起源となる原罪に等しいって。…お前は、自身すらもリソースにするつもりの計画だった。でも俺らを求めた。そこには自分が生きる可能性があるからだろ?』
「中々どうしてか、そこまで読んでいるなんてね。…だから欲しいといったら?使わせてほしいといったら?そうなれば君は僕の命の恩人だね。それに、その為ならばここに居るイケニエだって解放するよ。僕にはわかる。君の魔力だけでリソースが事足りてしまう可能性に。なんなら、先に君たちの願いを可能な限り叶える。どうだい?」
『断る』
「………僕は生きてちゃダメかい?化け物が幸せになるのは嫌かい?」
『そうじゃねえ。お前たちの倫理が欠けているのは確かにお前たちのせいじゃないかもしれない。でも、その為にやってきた今までの事に対して過ちが多すぎる。最早それは俺がお前らを幸せにしていいかどうかの範疇を超えているんだよ』
「随分と嫌われたもんだよ。でも、それを言うなら…“あの子”だって許されないんじゃない?」
かつてガーネットがヘイゼルの処遇の事でもめた時、喰らったセリフを想い出だす。
―…ダメだ、それでも…お前がそれを知っているだけで…私はそれを知らない。
ああ
こいつはきっとヘイゼルを引き合いにだしいているんだろう。
違いねぇ。それを言われてなお俺の断る理由…ああ言われたからこう返すってだけの詭弁にちがいない。
俺は客観視してまともなフリをして…結局のところ判断する理由の本質は矮小なひとりの人間らしいものに違いない。
なぜなら、善悪よりも過去に紡いだ記憶や思い出が優ってしまうから。
ああ、そうさ。認めるさ。だったら本音をいってやるさ。
『お前はさ…結局のところ。可愛げがねぇんだよ。』
「へぇ、そんな大層な力をもっているのに、人を好みで選ぶのかい?」
『ああ、そうだよ。力を持っているからなんだ?俺は神様でもましてや英雄でもなんでもねー。だから仰々しい考えなんてもっちゃいないさ。あっちの世界じゃあこっちの人間と変わらない生活して人並みに悩んで生きて来たんだ。ただ、とんでもね事に巻き込まれただけでよ。そら嫌になって死にたくもなるよなぁ。おれだって死ぬのは怖かったよ。でも寝るのと一緒って考えればそれも一緒だなって思った。でもお前は死なないんだろ?それで生きて周りに迷惑かけて生きているんだろ?』
「自殺マウント??何が言いたいの?」
『大丈夫だよ、お前は十分幸せだって事だよ。少なくとも、見ている俺からすればお前はこの世界で生きて笑えるんなら儲けものだ。』
「理解に苦しむよ」
『お前は結局、欲張りなだけの単なるガキだって事だよ』
「…僕を怒らせたいの?」
『お前だけじゃねえ。クラウス・シュトラウスも一緒だ。何が外の世界へ行きたいだ。どいつもこいつもそうすれば自分が満足できると思ってやがる。んなわけねーだろうが。新しい世界?新しい場所?新しい力?それは本当に他者を踏みにじってでも必要なものなのか?違う、結局は、どんどん欲張って、けっきょくお前らば自分の不幸を免罪符に好き放題やるに決まっている。良く分かるぜ。お前らは一緒だ、語れる不幸ってのはなぁ、他人にだけじゃなくて自分にも美味しい甘々なデザートなんだよ。それを食べてすき放題する事の気持ち良さが勝ってりゃあ世話ねえ』
「知った風に言わないで欲しいなぁ」
『お前らの弱さは十分に知ったよ。けれどその時のお前らの気持ちまで知る理由なんて欠片もねえから、気分や好みで言ってるんだよボケが。何度でもいうぜ、お前は好き放題暴れて満たされた。それだけで俺的には十分ギルティ、それ以上でもそれ以下でもねぇ。つまりお前の望みを受け入れるつもりもねえし、止める。止めてみせるんだよ』
キシ―…
『何より気に入らないのはなぁ。自分で勝手に彼女と同じにしようとするんじゃねえ!!!』
“ナニカ”と繋がる感触。
ああ、俺はこの感覚に覚えがあった。
そしてそれが何を意味しているのか俺にはすぐに理解が出来た。
…ったく、無茶しやがって。
魔剣とスフィリタスの間で魔力がうねりを見せ、ビリビリと赤い稲妻を走らせる。
「これはっ…どうして…!?」
俺はその事象を受け入れ、魔力を更に注ぎ込むイメージで目前の事象に集中する。
やがて目の前で見覚えのある姿が構成されていいく。いや、再構成と言うべきか。
『我が娘ながらトんでもない事を考えるねぇ。“アリシア”』
「ふぁっく、パパが寂しがってるんじゃないかと思うといてもたっても居られなくて“身が砕けちゃった”」
「まさか…転移魔術?でも、クラウスのいる部屋の牢には魔術を封じる術式が組み込まれているはず…なのにどうして」
無理も無い。こちとらやってる事が普通じゃねえ。
“身が砕けちゃった”って?自分から砕いて赴いたに決まってるだろこりゃあ
―超再生。身体が欠ければその魔力に依存して直ぐに再生するパッシブスキル。
この子は、アリシアはそれを無理やり使ったにすぎない。
依存する魔力の出処が俺と言う魔剣であるならば、再生不可能な程身を粉々にされた瞬間、超再生は“ここ”で発動する。
「やっぱり君たちは面白いっ!その能力はっ…ぐっ」
ぐーっ!?
顕れたアリシアはそのまま間髪入れずに見据えた正面のスフィリタス目掛けてその拳を顔面にあてがった。
つまりはぶん殴った。
「交渉は、決裂だね!!<テキイ>もうどうなっても知らないからね!!!<ハイジョ>」
殴られた勢いで数メートル吹っ飛んだスフィリタスは左腕を大きく膨らませて途中の柱を掴んで体勢を持ち直すと、こちらを大きく睨んだ。
だが、お前の相手を今するつもりは無い。
『アルメン!!』
アリシアが魔剣を握り締めたところで取り急ぎアルメンの杭を天井のステンドグラスへと放って差込み、そのままガラスをブチ壊して
その場をトンズラした。
「なっ!?にげるの!!」
『バカがよぉ!!雰囲気に飲まれてんじゃねえよ!悪いがお前の相手は御預けにさせてもらうぜ!!』
「パパ!挑発しないで!追っかけてくるかもでしょ!」
わかってるよ。だったら―
「ぶっふぉ!?」
俺はすぐさまアリシアに風の高速移動魔術を発動させる。
アリシアは一瞬歯茎むき出しのすごい顔になっていたが気にしない。
このまま教会の外、街の中の入り組んだ道を這うように移動してエレオス城の内側へと乗り込む。
正面はあぶねえ。多分足止めされてスフィリタスもしくは他の連中が追いかけてくる可能性がある。それこそ“彼女”だったらこまる。
走り抜けながら街の様子を伺う。
にしても広く大きな場所だ。とある国等と言われながらも王都とだけよばれるだけの規模はある。この速さで走っているのにあまり見過ぎる事はない。
…見るだけなら本当にギルドの町並みと殆ど変わらない。もっと言うなら、こちらのほうが賑やかなくらいだ。
人々はみんな笑いながら平和に暮らしている。内側でやろうとしている事との温度差がより一層気味悪く感じる。
建物と建物の間、その暗い路地裏でさえ雰囲気には影をおとさねえ。
暫く走ってみたがどうやら城を囲うように街ができているようだ。
城と街の隔たりには水の溜まった堀ができている。
掛け橋がすぐに見当たらない限り、どうやらここら辺は城の正面じゃない。
ならば、どこかに地下水と繋がる裏口があるはずだ。
『あった、アリシア。そこだ』
「うん」
アリシアは俺の視線を辿って建物の上を飛び、屋根の上を走ってそのまま堀の方へと飛び込む。
『アルメン!!』
鎖が伸びて先の杭が閉ざされた檻へと引っ掛けられる。そしてそのままアンカーよろしくで引き寄せられ
「ビンゴって感じ?」
『ああ、ここは裏口の一つだろうよ』
どうやら侵入には成功した。
『追っては?』
「いない。気配もない。あいつは多分そこまで足は早くない。追う事は無いはず。」
本当かよ。大図書館での戦闘だと、ものすげえ瞬発は見せてたぞ。
「瞬間的な攻撃速度と距離の詰め方は尋常じゃないけど、多分ここまで距離作れば、問題ないはずだよ」
フラグでは無い事を祈るか。
『みんなは無事だったか?』
「一応は。でも、クラウスの監視の前だった。多分私がした事で、周囲には警鐘をならしていると思う。頭の悪い応酬をみんながされて無ければいいのだけど。」
『どのみちジリ貧だった。この展開で正解だと思っておく』
「…パパはみんなが心配じゃないの?それとも信じてるの?」
『ああ?おう、信じてるよ』
「…そう」
『―?、とにかく奥へ急ごう。どのみちエレオスの城なんて既に魍魎の匣同然だ。兎に角突破したいとこ…』
ズゥウウウウウウウン
上からそんな重々しい音が聞こえた。
それは結構大きい衝撃と眺めの揺れだった。
「な、なに?」
『…地震じゃねえのは確かか』
なにか既視感のあるような不思議な感覚が自身の魔力を伝って震える感じがしたが…
『あいつらに何かあったのだろうか…。そうであるならば、位置は上の方か。』
ならば上に行きながら進むべきだろうか?
なんにせよ中の構造を把握する必要があるな。
『そういや、ヘル=ヘイムは?』
「ごめん。流石に取られてた。クラウスがずっと偉そうにしていたけど、それが視界に入る度に忌々しく睨んでたよ」
『それは、おもしろ』
あいつにとってそいつは完全に天敵みたいなもんだからな。だが、今は手に入れたとしてもそう簡単にアテには出来ないか。
「これからどうすんの?」
『ああ―』
このくそったれなクラウスと魔業商の計画、止めるつもりはあるが、先にするべき目的が一つ増えた。
まずは元々の依頼であるティルフィの回収。
彼女の生存は依頼の重要事項だ。
このままだと彼女は俺たちと衝突しかねない。戦闘となれば生かす保証もない。なにより、土壇場での説得は裏切りとして彼女が始末されかねない。
まずは彼女を説得しなければいけない。
「―出来るの?」
ああ…大丈夫だアリシア、“交渉材料”はある。
―主よ、僕はこれ以上何も言うつもりはありません。ですが…“以前も言った”ようにほどほどに願います。
『ああ、お前も生きていたか。大丈夫さ、ほどほどにな』
俺は
この時までは、その言葉で自分が嘘をついてしまった事なんて微塵も思っていなかったんだ。