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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
148/199

111:その直後

「ここか―」



未だ走り続けるエレオス行きの列車。

その最後尾の車両に押し込まれているのは身寄りの無い人間たち。

魔業商の魔力のリソースとして使い捨てられるであろう者たちだ。

そこに老若男女は問わない。

ただ、使えればそれでいい。


そんな気が重くなるような背景を思い浮かべながら、最後尾車両の戸の前にルドルフは立つ。


思い返せば、この列車は本来使われていない車両。

歩いた道のりで見てきたどの客席車両も埃がかぶっていて手入れがされていない。

だが、この車両の入口だけが、異様に重々しい扉をしておいる。それほどまでに厳重にしているのだろう。



「失礼するよ―…」



扉を開いた瞬間、彼の鼻先にやたら不快に思わせる甘い香りが鼻につく。



「これがラフレッドか」



くっ、とその漂う空気を唾を吐くように小さく息を漏らし、中へ入っていく。







「せんせぇ!」



「なっ―…」



瞬きするほんの一瞬の出来ことだ。


ルドルフは目を疑った。

暗い闇の奥から小さな子供が、飛び込むように自身に抱きついてきたのだ。彼を先生と呼んで。



「これは…」



「―もう、こんな怖い場所はやめよう!帰ろうよ!僕らの家に!」



「そうですよ。貴方がこんな場所に居る必要はないんです」



更に後ろに現れたのはかつてルドルフを庇い、己に罪をかぶせ処刑された…弟子。




「…わたしは、夢でも見ているのだろうか?」




「もう、十分苦しかったのでしょう?辛かったでしょう?もう何もかも、自由にしていいんですよ。あなたの地獄は既に遂行された。苦しみの末に歩んだ到達点がここなのです。」




「………」




不思議な感覚だ。疑問が溶けて、払われていく。

胸のつっかえが無くなってしまった分だけ強ばっていた身体が感情によって揺らされて絆されていく。


そのせいなのだろうか。体が、異様に軽い。



ああ、これが…私にとって、人にとって本来与えられた当然の権利なのか。幸せになるための権利なのか。

弟子も、カシムもいて…奥には幸せそうな笑顔で出迎える子供達、王国の人たち…

罪を背負ってからでないと他者と分かり合えなかった私の物語が、ようやく完結するのか。






「―…っ」



ルドルフは気づく。背後からの視線に

己を見守る視線に。…それは憐憫の眼差し。ひとりの少女と、語る魔の剣が自身に与えた生きる為の楔。


“あの時”に受けた言葉の全てが彼の意味もなく存在していくだけで汚れるだけの魂へと何本も、何本も打ち付けられていた。




(確かに私を憐れんでいる、違いない。

だが。彼らは私にとっての甘き死を、その悉くを取り上げた。

それが彼らにとっての傲慢だと知りながら。)



そう、憐憫だけではない。彼は背後の視線に対して後押しされている感覚から徐々に思い出す。


(何故、彼らと共に歩みだしたのか。

何故、あの時…あの少女を抱きしめたのか…ああ、足りないんだ。私の中に私の肉体としていいるカシムを抱くにはそれしかなかった。

そしてそれが確かな決別でもあったのだ。だのに―…)




「私の心は未だ、この甘さを捨てきれないというのか!馬鹿げているっ」




ガリっゴリッと、唐突にルドルフは自身の小指を噛みちぎる。

すると途端に、無慈悲に、唐突に彼は



“目が覚めた”




―気づけば彼は、高鳴る心臓と共に、真っ暗な車両の中で首筋にナイフを当てていた事に気づく。




「馬鹿者が!!私に幸せだと!?逆上せるな!!愚かな道化師がっ!!」



彼はそのナイフを投げ捨て、地を拳で叩き、己の弱さを強く、そう強く罵った。





「あまりにも…余りにも不可解であり、不愉快であるぞ」



背後からひやりと這うような女性の声が聞こえた。



「確かに心臓は潰した。握りつぶした。その時点で貴様の人生は確かな終わりを迎えたはずだ。しかし、本当に…貴様は、本当に“人”へと戻ったのいうのか?」



徐々に足音もなく、声だけが近づいてくる。それと同時にチャリ、と響く耳飾りの揺れる音。

だがルドルフは動じず目を伏せて、声の主に背を向けたまま返す



「答える必要は無い。あなたこそ、よくもまぁ私のところまでその顔を見せれたものだ。亜荊棘姫。」



「自惚れるな、人食い道化め。―そのまま面を上げて前を見るがいい」



ルドルフは反射的にそのまま目を開き前を見る。



「――…」



先ほどの鼻につくラフレッドの甘い匂いと混ざって漂う死臭…否

鼻の奥を落としてくるような鉄の匂い…即ち血の香り。

それが入り混じった香りを漂わせてその密室には多くの人々が蠢く芋虫のように動きながら横たわっていた。


老若男女問わず、皆の胸部全てが赤く滲んで血を零していた。



「異様な血の匂いはこれか―」



「あの賢者の行いの尻拭いだ。奴の能力はあまりにも異質であり悍ましいものだ。他者の心臓を借りて魔をオこす等と。ここに居る奴らは全て貴様らとの殺し合いで“使われた”。」




クラウスのチカラは本来自身の中で生まれ続ける魔力というリソース源を失う事で得た“能力”。

他者の心臓を潰してその心臓の記憶した魔術を行使する能力だ。



そして、今回においてはこの場にいた彼らこそがその“他者”であった。



心臓を潰され、ゆっくりと、ゆっくりと冷たくなっていくはずの身体。



だが、彼らの表情には苦悶が無い。まるで極楽に連れて行かれたかのような満足感に満ち溢れていた。


そう、まるであの時のルドルフのように…



「…彼らに“それ”を使ったな?あの時の私同様に」



「“まぁしぃ”の慈悲に間違いはない。この世が天国であるなら地獄に、この世が地獄であったならその心は天に堕ちゆくのみ。だが…やはり、お前には人並みの幸せは不相応であったか。ジョイ・ダスマン。二度も妾のおとす施しを否定するとは、誠に傲慢なことだ。」




「傲慢、ごうまんだと?そっちこそ随分と勝手な真似をしてくれる。人死にの顛末は舞台では無い。もちろん客席もなければ台本もない。あるとするならば、委ねるべきは当人のみだ。貴様如きそのような安い脚本でその果てなる場所を選ぶ事こそが傲慢だと気づかないのか?」




「慈悲は、施しは、“おとすもの”。這いつくばる道化には必要なものであろう?の世に地獄を見た貴様ならなおさらだ。だが、それを貴様は受け取らない、拾わない。ならば“おとしたもの”を受け取らずして貴様はどうしようというのだ?」



ルドルフは再び、目前の死にゆく者ものを見つめ、瞑目する。



「決まっている―」



「…なにを、」



「私にとってのこの地獄こそが唯一だからこそ、歩まねばならぬ、知らねばならぬ。」



彼はその手を大きく開いた後に強く握り締めた。



周囲でズンっ、と降り注ぐ重い感覚。ルドルフの持つ闇魔術、心象にある責を抱き続ける意志を魔術に変換した力



重力魔術。



亜薔薇姫はその重力魔術によって身体を強制的に伏せられて自由を奪われていく。



「この地獄に意味を得る為に、知らねばならぬのだ!あの者たちのようにっ」



その最中にルドルフは振り返り握り締めた拳を振りかぶる、それと同時に高速の打撃を相手に打ち付ける。



重力掌底バリティタヒティマ!!!」



「―やはり貴様は愚かな道化である事に変わらぬな!!」



亜薔薇姫は目前に迫る重力の拳に臆することなく目を大きく見開きルドルフの拳の前に手を翳し受け止める。




パァンっと弾ける音と共に、車両内で数滴の血が舞い、壁に張り付く。

それと同時に亜薔薇姫は大きく後ろに飛び退き距離を置いた。


ルドルフの繰り出した一撃を受け止めた亜薔薇姫の腕から化学反応のような煙が湧き出ている。



「なるほど、東方の鬼族…エルフ族と並ぶ神話の“守護者”の末裔。肉体は確かに強固ではある。本来であれば私のこの一撃は腕一本どころか、肉体全てがはじけ飛ぶ。だがそうはならない、さらにその再生力…並みの鬼族ではそうはならない。興味深いが、この場においては非常に厄介なものだ。」



「ふん…忌々しく、汚らわしい一族の名よ。妾はそのような者らと同じであるならば人から語られる化物である事を望むわ。」



彼の言葉に憎々しい表情を浮かべ、唇の紅を歪ませ空を噛む歯をきしませながら言う。

ルドルフの言うとおり、亜薔薇姫の腕が徐々に再生され、もとの形に戻っていく。



「で、それで、どうするのだ?仕留めそこねた裏切り者と対峙してお前はこれからどうするつもりだ?ここで殺し合うか?」



「いいや、お前たちを屠るための舞台は別に用意してある。貴様はもとよりまあしいと妾によって下された者。ここで同じく殺しておくのがせめてもの慈悲だと思っただけだ。だが、それが成し得なかったのならば貴様の死に場所が本当の地獄に変わっただけの事だ。それに―…」



鬼はその唇と金色の眼差しを歪めてニヤリと笑い、その姿が、その視界全てが一瞬にして真っ暗になる。だが、そんな中で金色の瞳だけが爛々とルドルフを見つめている。



「これは、トンネルか―」



ルドルフは微かな灯りを奥に感じ取りそう気づく。

亜薔薇姫がこちらに迫る様子もない。



「もうすぐだ、ようこそ我らが魔業商…いや、王都エレオスへ」



(なるほど、ここから間もなく王都へと着く事になるのか)



「さぁ、着く頃にはどうなっているであろうなぁ…なんせ“車掌”のいない列車が走り続けているのだからなぁ」



「―っ?!」



ルドルフはすぐさま駆け出す、真っ直ぐに、亜薔薇姫へと突っ込むように。

それを彼女は咄嗟に交わしそれをルドルフは気にも留めず、足に魔力による強化作用を施して更なる速度で向かう。ジロとアリシアのいる方向、いや、さらにその先へ。

暗転


視界が一瞬で暗くなる

まるで、俺の今までの考えが覆されたかのように…。





いけない、思考が停止してしまっている。

アリシアの表情に縋るように視線をずらすも、当然見える事がない。





「暗いな、トンネルか?」



クリカラの言葉に俺はようやくハッと意識を戻す。



『トンネル?じゃあ、ここは地下に入り込んでるってことなのか?』



「おう、勘がいいなぁ。ご主人。」



クリカラの言葉が頭に入らない。それもこれも『アリア』という言葉が俺たちに巡ってきたせいだ。

俺はゼタに質問した。


“アリシアの情報を誰から聞いた”と。


だが、それに対して彼は命と引き換えには答えられないからとヒントだけを古代語を用いて俺らに伝えた。


それが『アリア』だ。



―だが、それに紐づく名前は今のところひとつしかない。彼女の…アリシアの母



アリア=ハーシェルだ。



だが、そうであるならば…俺たちは大きく誤解している可能性がある。全てを



『いや、まて。確証はない…同名なだけの可能性だってある』



俺は言葉を漏らす。自分に言い聞かせるだけの小言を、否…アリシアにもだ。


それに対してクリカラはそれ以上の言葉を出さない。決定事項ではない以上余計な口を挟むつもりがないのだろう。

何より、俺たちが自分から一度区切りをつけなければこの惑いは大きな枷になってしまう。


トンネルが生み出す暗さが余計に心の中の不安を膨らませていく。



「―…目玉以上の痛みでもないよ。大したことない」



アリシアが息を吸い、吐くように答える。



『くそ、なんてアリシアは立派な娘だことさ』



「皮肉?」



『本音さ。じぶんが不甲斐ないばかりのな。悪い、クリカラ…この話は一度置こう。この情報は他には毒でしかない。特に、彼女マリアには』



「ああ、そうだな―…っ!?」



「えっ」



『なっ!?』



ドタドタと急な足音と共に何かが近づきすれ違う。この気配は…




「―君たちも急いで防御術を貼るんだっ!!今すぐにっ」




『ルドルフっ!!一体なにがっ』




彼はそうだけ言い残すと、更に奥へと駆け抜けていく











瞬間、大きな爆発音と共に足元が大きく揺れた。

俺はそのときに、血の気が引くような悪寒と共に咄嗟に気づいた。



『…車掌がいない』



「パパ!クリカラ!!」



「そういうことかよぉッ!!!」



車輪の擦れる歪な音、それと同時にクリカラが俺たちを覆い盾になる。



「くっそ間に合わねえかっ!!」



ダメだ、アリアの件のせいで思考が纏まらない。





「パパッ―――」




瞬間、俺たちは耳を劈く轟と共に衝撃の波に飲まれていった。

いろんな物がぶつかる。しかし、そこに痛みは無い…無いがぐるぐると回る視界に目眩を感じた。気持ち悪さがこみ上げてきた


アリシアの俺を呼ぶその瞬間が、俺の意識が絶える際だった。































「よぉーこそ、エレオスへ…」





不愉快極まりない声で俺は目覚めた。



『…ここは』



フィー…という、パイプオルガンの音が続いて聞こえた。そして子供の声も聞こえてくる。



『歌声?』



周囲を見渡す。目に入ったのは天井だろうか。多彩なステンドグラスに光が差し込んでいる。

右は、左は…いくつものロウソクが並んでいる。


そして、白い装束を来た子供たちが綺麗に整列して賛美歌をうたっている。

そこに割入るように“そいつ”は視界に現れた。



「やっ、久しぶり」



『…テメェはっ』



フードを着込んだ少女、白髪に緑の輪郭に黒の瞳と冷ややかな青のハイライトという独特な眼。

その双眸をにやけた表情でこちらに向ける。



『スフィリタスっ』



「名前覚えててくれたんだね。嬉しいよ。やっとまた会えたね!魔剣くん。ご機嫌いかが?」



…どうやら状況は最悪のようだ。

ここは多分、教会の中で…今は俺一人しかここに居ない。

何より、祭壇みたいなところに俺は置かれている。



『…アリシアは、どうした?』



「ん?ああ、あの女の子?彼女さ、僕へのヘイトがすごいからさ。ちょっと別のところに置いてきちゃった」



『生きては、いるんだよな…?』



「はは、おかしな事をいうねぇ。君が居る限り彼女は死なない。それは君が一番よく知っているじゃない」



『…そうか、他のみんなは?』



「大丈夫だよ。彼女たちと一緒さ、折角の来客だ。入場がト派手ではあったけど、しっかり饗さないとね。それよりもゴメンネ。クラウスが調子に乗ってそっちに乗り込んでいたみたいで。あの人、ちょっと不器用というかさ、ちょっとパスってるところがあるんだよ。」



どの口が言ってやがるんだコイツ??



「やっぱりね、君…君は仲間よりも“あの子”を気にかけているんだね」



…なんだ、挑発か?俺を揺さぶっているつもりなのか?


細かい事をいちいち拾うじゃねえか



「いや、ね。気のせいだったら恥ずかしいんだけど。この状況であまりにも冷静なんだよねキミ。自分は普通の人間だなんて言う奴がそこまで気を持っているなんて僕には思えないんだ。あんなにゾロゾロと仲間を連れているのにさ。」



『お生憎様、俺も散々色々なモン見せつけられてきたもんでな。こんな状況で気が狂ってちゃあただでさえ無い脳みそがいくつあっても足りないさ』



「あはは、面白い冗談だね。魔剣なのに、やっぱりそこは例えが人の身体になっちゃうんだね。」



『性根まで魔剣になった覚えはない』



「―さて、改めまして、魔剣くん。僕が魔業商の頭領って事になるのかな?なんにせよ、僕がスフィリタスだよ。少し、話をしようか―」



あどけない表情には全くの敵意は無い。

それどころか、ある種の期待するような眼差し。それこそ友達を招き入れた子供のような



『はなし、話だと…?一体何の話だ』



「君たちはどうも誤解しているらしいからサ。ちょっと僕らの目的を認知して欲しくて」



『既に認知している。テメエらがクラウスと徒党を組んで碌でもない事をしでかそうとしている事はよぉ』



「…ねぇ、君は僕の事をどう思っている?」



『…少なくとも常軌を逸脱している。考えがまともじゃない。』



「うん、うん。そうだね。よく言われるよ。じゃあ、君のそれは、僕の心を見て?それとも、コイツらのせい?」



スフィリタスは俺に両の手を差し出す。


青く透き通る線が走る幾何学的な右腕、そしてそれと対照的に老婆の腕を大きくしたような悍ましく脈打つ左手



「ほら、綺麗な手でしょ。右手は秩序の手、アルカディア。左手は混沌の手、エド。前にも紹介したよね。」



『なんの話だ』



「僕の話さ。僕を知ってもらう為のね。かつて僕はこの国で産み落とされた。魔神の父、そしてその父によって天使を落とされたヒトの母からね。…僕は生まれながらにして化物だった。化物でありならが、何処の誰でもないナニカだった。」



『同情でも買わせるつもりか?それなら残念だが、お前らはお釣りが出るくらいこの世の中で化物を演じてき――』



「ちょっとは黙って聞いてくれるかな?」



ズルァ、と伸びたエドと呼ばれた左手が続々と伸びていき、賛美歌を歌う白装束の子供のひとりの首根を締めるように掴んだ。



「かっ、は…」と少年は自分がなにをされているのかもわからないまま持ち上げられて口から泡を吹きこぼす。



『テメッ…っ!!』



「君みたいなのにはこういうのが一番だって解る。だから次は“どうするべき”か、ちゃんと分かるよね?」



表情に影を落とし、冷えた眼差しで俺を見つめる。



『……話を続けろ』



「うんっ」



スフィリタスは表情を一変させて掴む子供を解放させる。



「げほっ、げほっ………………………………………………………………………………………~♫゛」



俺は目を疑う。先程まで首を締め付けられていた子供が無表情で何事もないかのように持ち場に戻り再び賛美歌を歌いはじめたのだ。


気づいた異常性はそれだけじゃない。


ここにいる子供たちは先程までのやり取りに対して意識を全く向けない。なんの興味も示さない。驚きも、恐怖も感じていたない。



「すごいでしょ?とてもいい子たちなんだ。何も知らない。何も感じない“真っ白な子供”たちだ。魔力のマの字も知らない。知らないから認識もしない。感覚も心させも育っていない。僕の素晴らしき研究の“はしり出し”さ」



『さしずめ魔力の生産の為の苗床ってところか?』



「そう!意外と知っているんだね。驚いたよ。」



魔力は魂に刻まれた情報によって蓄積ラベリングされる。こいつはこういう子供をいくつも生産させて魔力を溜め込ませていたのだろう。



「話をもどそうか。最初の僕は産み落とされただけの奇怪な肉の塊だった。右腕の外殻は骨のようだし、左腕に関してはドクドクと気味悪く脈打つ大きな肉。そんな間に挟まれながら僕はエドとアルカディアに刻まれていた天と禍の系譜を語られるように思い知らされた。それはまるで夢を見せられたかのような感覚。だけど、うんざりするほどに見せられる記憶だ。君はわかるかい?生まれた時から掻きむしりたくなるほどに自分をバラバラにしたいと思った感覚を―」



スフィリタスは話を続ける。



「物心ついてからというものね、“他人エド”と“他人アルカディア”が互いを忌み嫌い、相容れないものと呪言のように囁き続けられ

観測者としての感覚と略奪者としての感覚を一身に持ち続け、普通の人間という感情を知識というフリでしか得られなかった自身への絶望。

それはやがて僕にとっての世界への絶望に繋がっていったんだ。僕の止まないそれを静かにさせるのは、二つの欲求だった。様々な魔力を理解し観測する欲求と様々な肉を引き千切り屠る欲求。それだけが僕の頭のなかを静かなものとさせてくれた。だけど…今でもね、僕の耳の奥にはずっと、ずぅーっと聞こえ続けている。」




オマエが消えろ、オマエが消えろ、オマエが消えろ、オマエが消えろって―




「一時本当に嫌になってね、僕は死のうとも考えたんだ。だけど僕にはそれを選択する勇気もなければ許してくれる腕も無かった。君は見たでしょ?僕と戦う時、エドもアルカディアもちゃんと僕の思い通りに動く。けれどもその選択にだけは手を出してくれない。そしたらね、ある日…僕を拾って育ててくれた人…クロニスが僕に言ったんだ」




―女神アズィーに祝福を賜ればそれを解消する事ができるのでは?




「―ってね。だけど、僕にはそんな祝福を賜ることのできる身分も立場も、ましてや実績もなかった。君の言うとおりさ、僕は今の今まで化物だ。年数を重ねてこうやって人間のような振る舞いをしているが、僕はちっともちーっとも命に関しても感情にかんしても大切だなんて思っちゃいない。僕は僕の為になんとかしなきゃとしか思ってない。そしてそれでいいいと思っている。」




『………。』




「僕らがやろうとしている計画はね、女神をこの場所に引きずりだす事なんだよ。」




『その為のジャバウォックだってぇのか』



スフィリタスは嬉しそうに頷く。



「持ちかけてきたのはクラウスだったけど。実に魅力的だった。ジャバウォック…ああジャバウォック。起源そのものでありながら不明そのもの、御伽噺に封じ込められた厄災。彼はね、それが爆発的かつ不規則な魔力の圧縮体だと言っていた。理解不能という感情と感覚を魔力として圧縮させ、強靭な器に孕ませる事でその存在を受胎させこの世に産み落とす。」



『それが…ヘイゼルだとでも?』



「そう、聖女の起源はかつての厄災の象徴である竜との交わりにある。竜という厄災の性質を持ち合わせているからこそ、厄災へのアンチテーゼとして存在が成り立っているんだよ。クラウスはね、モーガン・ロートという研究者でありながら聖女を娘に持つ男をけしかけて、その完成を首を長くして待っていたんだよ。だけど、あの器にはいままでで足りなかったものがあった。それが、“自我”だった。」



『…』



「あの人形ちゃんはいつまで経っても自我がなかった。自我がなければジャバウォックをコントロールする事もできない。自我を得るために様々なテコ入れを狙った。例えば、“差異のヤクシャとしてあろうとする”意識を組み入れるお膳立てとかを、ね。」



なるほど、ヘイゼルがヤクシャとして加担していたのはこれのせいだったというのか。



「だけど、ついぞそれもクリアした。決定的だったのは彼女の器に天使が降臨した後の事だ。かつてのヘイゼルとしての人格がそれによって確率された。ああ、話をきいただけで素晴らしいと思ったよ。まさに“運命”だってね。それとも、君のおかげなのかな?」



なんにせよ、運命との引き合いにだされるのは癪に触る。










「ジャバウォックをコントロール出来るようになれば世界に大きな爪痕を残す事ができる。そして、それと同時に女神はそれをどうにかしようとその場に顕現するだろう。クラウスはね、それで“女神の心臓”を創ろうとしているんだ。」


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