冥名狼桜刃
人外とも言える魔術交戦を繰り広げる一方
隣の車両では、ルドルフ・ワイズマンと清音の二人がかつての同胞であったゼタ、彼と刃を交える事となる。
その傍らには、“スミス”とよばれる誉れ高き名を頂いた少女が
自身の過去へと向き合う為に、父サツキの生み出した刀と彼の足取りを求めて同じくしてゼタへと引導を渡す。
「キオー、俺はよぉ。お前の事結構好きだったんだぜぇ。不吉な桃色の髪をぶらさげてよぉ、物騒なの振り回す姿は、まさに破壊の女神だったぜぇ。俺にとってゃあかっこよくてよぉ、脳髄ずぶずぶに指入れられるぐらいにはとても心地の良い刺激だったんだぜぇ?」
刃を交えたと説明したが、清音と相対するゼタの動きはあまりにもそう呼ぶにはかけ離れている。
清音の振るう刃、ヴェスペルティリオの猛攻を全身を使い寸で躱すと、火花を散らす程に硬度の高い特殊な靴底で切っ先を蹴り
彼女の攻撃の軌道をコントロールしていた。そこで隙を生み出しては手に持つ小さなナイフで、清音の喉元を執拗に狙い斬りかかる。
遊ぶように、そう…戦闘での必要なセオリー等一切の微塵も無く。自分のそうしたいという欲求だけで、じゃれるように
ゼタは清音を殺そうとしていた。
そこに美学などという高尚なものは無い。
ただ、ただただに自身の欲望を、自身の悪癖を満たしたい様子がうかがえる。
さらにいえば、ルドルフの支援攻撃とも言える重力魔術、その範囲を視覚によって判断し躱すのは難しいものの
ゼタはそれをどのようなロジックを知っていてか、スルリと交わしていく。これも彼にとっては自分ルールでゲームのスコアを設けて遊ぶそれとなんら変わらないのだろう。
「なるほど、野生の勘とも言うべきか?こうも上手く躱されるとは思わなんだ」
「ジョイ~。お前も随分と人らしい姿に戻ったもんだなぁ。見た目も、心も、本当につまらない存在になったなぁ。テメェは道化師の時が一番華があったぜぇ~。人の頭潰して咲かせた華がよぉ」
ルドルフはそんな彼の挑発に乗らず、刃を振るい合う清音とゼタの動きを凝視しながら手を翳している。
指ひとつひとつを少し曲げたり伸ばしたりとまるでピアノを弾くような細かさでゼタに目を凝らしている。
かざした左手を右手で支える程に慎重にゼタへ重力魔術をぶつける瞬間を見極めている。
だが、ゼタはそれを知っている。
知っているからこそ、清音へと張り付くように攻撃していた。
範囲攻撃としては優秀な重力魔術ではあるが、側に味方が近ければ巻き込んでしまう可能性があるデメリットがある。
ゼタは、それを理解して距離を詰めた攻撃をしていた。
「ハッ!清音ごとまとめて潰しゃあいいだろうがよぉ!!どいつもこいつもよぉ、自分の業が剥がされた途端にこれかぁ。俺は寂しいよ。寂しい。特にキオ~、お前のそんなザマを見ちゃったらクロニス伯爵も、きっと悲しむだろうなぁ。」
「クロニスっ…!?どうしてそれを…!その名前はっ―」
「ああ、そうだよ。カワイソウデカワイソウなお前の悲惨な人生を嘆き、あんな見世物小屋で死を待つだけの少女を悲しみ、せめてもの慈悲で“力”を与えた。その男の名さ」
「あんたがなんでそれを知っているんだ!!?それはあの時居た奴らしか知らないはずだろ!でも、そいつらは」
ゼタは清音の反応に歯茎を剥き出す程にニヤケ顔をし
「お前が全部“食べた”。知ってるぜぇ。俺はなーんでも知ってるからよぉ」
「―それなら、教えてもらおうか?」
会話に割って入るその声にゼタは上からの気配に気づく。
彼の真上には幾つも舞う御札。
「起刃!!!!」
その掛け声に合わせて、札から幾つもの刃が雨となってゼタに降り注ぐ。
「はっはは!懐かしいぜ!東亜の符術かぁ!!相変わらず面白い攻撃方法じゃねえか…だが」
ゼタは驚く様子もなく、全てを見切って躱す。
身体を大きく仰け反らせ
人体の可能な限りを尽くして、四肢をありとあらゆる方向へと向けて刃の雨の隙間を見極め
躱したのだ。
だが、そこからがメイの本当の狙いだった。
「ルドルフ!」
「そこだっ…!」
ゼタは器用にメイの複数の刃を躱したのは事実だ。
しかしそれは躱しただけで、それと同時に彼の全身は刃と隣り合わせであり、安易に動けない状況。
即ち彼の動きを封じた事も事実となっていた。
そこをルドルフは見逃さない。
メイの掛け声に合わせて、手を翳し、指で印を結ぶ。
重力魔術。彼はゼタをそれによって一層動きを封じる算段であった。
「あ~?んな事だろうと思ったよぉ」
瞬間、ゼタはニヤリとした表情を見せて腰に携えていた刀を鞘から少しだけ抜く。
ズルリと
ほんの少し、ほんの少しでありながら
メイが求めている消えた父の足取りである刀、“黎天〆(クロアシ)”が覗かせた刃をその眼でメイが見るのは初めてではあった。
彼女は感じた…なんとも禍々しく。重々しい空気をその真っ黒い刀身から吐き出すその様は自身にあまりある戦慄を覚えさせた。
眼――。
それは彫り物であったのだろうか、はたまた漆の類だろうか
だが、確かにその眼は、存在していた。そして見ていた。
ジロリと見られているという認識がメイの感じた戦慄の正体であると気づいたときには遅かった。
「ルドルフ!清音!下がれ!!!」
「戮贋暫」
―チン。
刹那に聞こえる鞘に収められる音。
それと同時に、周囲で幾つもの禍々しい閃光が走り出すように放たれる。そう、一度ではないのだ。幾つもなのだ。
「なん…だと?」
その斬撃は周囲で彼の動きを牽制していた刃の牢を同じ刀としての尊厳を奪うように細切れにしてしまっている。
あまりの出来事に、ルドルフでさえも重力魔術の発動という行為と思考を停止してしまう程だ。
この世界の抜刀術において究極へと至った人外に等しい技術によって風の疾さに寄せた表現で生み出す数回の斬撃というものは確かに存在している。
しかし、彼の…ゼタの持っている黎天〆の納刀に合わせた斬撃はそれ以上、はるか遥か頂きの境地であった。まさに人の成し得ぬ虚構とも言える、凄まじい斬撃。
彼はそれをいとも容易く繰り出していた。
「くそっ!」
自身の抱えた戦慄を信じなければ、今頃喉のあたりをえぐられていたであろうメイ。
彼女は喉に少々の切り傷を残しながら仰け反るようにその身を退いていた。
「お前ら!!大丈夫か!!」
「大丈夫…ギリだけどぉ」
「私も問題ない。だが―…」
ルドルフの向けた視線の先。ゆらりと立ち上がるゼタ。彼の携えた刀、黎天〆をメイは目を見開き強く凝視する。
(あいつの動きは確かに器用だ。疾さで言うなら申し分ない。けれども、いくら抜刀術を極めたやつであろうと…あんなふざけた体勢で異常なまでの回数の抜刀攻撃を繰り出せるはずがねぇ…。居合も、抜刀術も踏み込みが肝心になる。そんな条件を無視してあんな斬撃を放つ事ができるとするなら、やっぱり考えられるのはあの黒い刀身に刻まれた眼…)
メイは先程感じた視線。“眼”の存在を思い出す。
あれは確かに彼女と視線が合った。合ったと同時に感じた悪寒…それは殺気だ。
(あの眼は知っていた…?すぐに幾つもの斬撃が放たれる事を?だが、太刀筋に荒々しさを感じた。抜刀術は研ぎ澄まされた閃きを重きに置いている。ならばあれはそうでは無いと――…)
「メイ!!!」
清音の殴りつけるような叫び声に彼女は我にかえる。
そしてハッとする。時間が一瞬にしてスローモーションになる。
メイの見下ろした先には、いつの間にか距離を詰めてせまってきたゼタ。そして、彼女の喉元に食らいつこうとしている彼のナイフの刃先。
だが、寸前でメイは誰かにどつかれたように宙を浮きその場から押し出されると、目の前を小さな火花が弾けた。
「ふべっ」
勢いにのって車両の脇、客席の方へとぶつかり変な声を漏らすメイ。
「っ痛え…」
「文句言うなよ!!こっちはこれが精一杯なんだから!」
顔を上げるとメイは自身が先程まで立っていた位置に清音が居た事に気づく。
そして、ゼタの襲撃をヴェスペルティリオで防いでいた。
「ほう、殺気に気づいて追いついたか?いいねぇ!すげぇよ清音。それになんて仲間思いなんだと、感激しちまった。その気持ちのおこぼれを俺も欲しかったもんだねぇ」
「説得力ないんだよ!馬鹿!」
清音とゼタの刃の弾き合い。命のやりとりの中で小言を言い合いながらも、ゼタの視線だけは恐ろしい事に
メイをずっとみていた。
「なぁ、オマエ…その目。その眼だよ、その眼。何処かでみた事があると思っていたが…アイツの…くく」
ゼタはメイの目を見るなり歯肉をちらつく程に口角を釣り上げにやにやとそう語りかけてくる。
「アイツの…?アイツのってどういう事だよ。なんだ…なんだよ!言え!お前、親父の事をしっているんだな!?なんなんだ!教えろ!
どうしてお前が黎天〆(それ)を持っている!答えろ!!親父は…親父はどこに…!」
「まって!落ち着くんだメイ!」
言葉と感情が川のように流れ出て、前のめりになってゼタに迫ろうとするのをルドルフが抑える。
「放せ!」
「おー、いい表情だねぇ。そんなにパパが恋しいんかぁ?ああ?」
「ちょっと!ゼタあんたうるっさい!」
清音が大きく横に刃を振る。しかし、彼女の以前使っていた武器よりも、このヴェスペルティリオは一回りも小さくなっている為、距離感に慣れない清音は攻撃を上手く当てられない。当てられない事を知った上で遊ぶように躱して、距離をとってはゆらりと丸めた背を伸ばしてメイを見下ろし
携えていた黎天〆を撫でるように触る。
「そうだなぁ…こいつの事が気になるんだろ?でもなぁ。教えてやんねーよ。そっちの方がテメェは面白そうだからな」
そいつのメイを見る表情は新しい玩具をみつけた時の餓鬼そのものだった。
「…ァあ?」
…自己の焦燥感を押し付けるつもりは無い。毛頭も無い。わかっている。わかっている。わかっている。
わかっている。
だが…わかっていても、飄々と自身をおちょくるその顔だけには異常なまでの苛立ちを覚えた。
―メイは自分の中でなにかがブチりと途切れる音がした。その表情に影を覆い、迫る事もせずに静かすぎる状態。
ルドルフはこのような感情と態度を用いっている存在の扱いに関しては戸惑うしかなかった。
「おもしれぇ。そうか面白いのか…?そういうのがお前は好きなんだな?いいねぇ、最高じゃねえか。」
三白眼、いや四白眼の如く目を大きく見開いたメイは一枚の札を取り出す。
そこには先ほどの刃の雨を降り注がせた起刃の符とは違う文字が書き込まれている。
「起刃:冥式『武頼加賀御』、出てこい」
札を叩きつけるように投げ、宙に張り付くと、メイの呼びかけに応えるようにひと振りの太刀が吐き出される。
「久しぶりだよ。こんな気分にされたのはよぉ。テメェみてぇなクソと親父が関わってるって思うと反吐が出そうだ。いいぜ、思い出しちまったよ、ムカつく客を平たくなるまで殴った事をよぉ。てめぇも同じようにしてやっからよぉ。手足みてぇな邪魔なモンぶっ潰してお話だけできるようにしてやるよ」
メイはタケヨリノカガミと呼ばれた太刀の鞘を握り締め、引きずりだす。
その太刀は自身の背丈よりも長く鞘が地についた瞬間ゴツと重々しい音を鳴らした。
「へぇ、奥の手ってやつ?いいじゃん?歓迎、歓迎だよぉ?でも、そーんなデカい刀なんか振り回しちゃうってんなら。どうなっても知らないからね?」
(…どうなっても知らない?)
ルドルフはゼタの言葉に違和感を感じる。
先ほどの黎天〆による攻撃といい、奴には今の状況を覆す事の出来る余裕、
もっと言うなら逆にアドバンテージな部分があるのではないかと彼は考えた。
そうであるならば今のメイは余計に不安定な要素を多くはらんでいる事を無視できない。
「メイ、どんな手を持っているのか解らないが、少しは冷静になったほうがいい。君が怒る気持ちも理解は出来て着るつもりだ。だが、怒りの大きさに合わた牙を持ち合わせるのは最終的に己自身を滅ぼしかねないっ」
例えばこの場所の状況。ここは車両の中だ。いくら中央が広めに作られたと言っても両脇にはいくつもの椅子が並んでいる。
それが何を意味するのか。なぜ相手がわざわざナイフでのみ執拗に攻撃するのか。それは清音でさえも理解している。
現に彼女は先程からそれを意識しながらヴェスペルティリオを振っている。
それを彼女に気づかせなければならない。
「ルドルフさんよぉ。悪いがこれ以上の口出しはやめてもらおうか」
「私は“彼”に任されたのだ!君を、清音を!!リアナさんにも言われたではないか!先に進むには幾つもの死が待ち受け、それを避ける必要がある!」
「…あんたは、あんたの正しさを示せばいい。それを私は否定なんかしないよ。でもなぁ、ここから先、私に近づくってんなら唯じゃあすまねえぞ?」
瞳を目の端に寄せてルドルフを一瞥する黒い表情には微かに面影があった。
(…なるほど、あの師にしてこの弟子ありという事か…)
ルドルフには道化師であった頃の記憶があった。
もちろん、あの時メイと対峙した時の事も。
彼女のだす起刃の符は未知数のものだ。あの時、ジョイ・ダスマンとしての本能が彼女の腕を奪う事が最善だと認識していた。
スミスの称号は伊達じゃない。
怒りに任せているとはいえ、彼女自身にも考えがあるのではないか?そう考えれば楽なのであろう。だが…
「…わかった。清音、メイを護ってくれ。私は彼女のサポートに徹底する」
「は?なんであんたがアタシに命令するの?」
「…君が無口な時の私に対してどんな“おしゃべり”をしていたのか是非みんなにも教えたいと思えてきたのだが…?」
「っ…!わ、わかったよ!」
清音は焦るように頷く。
「メイ、申し訳ないが、君を死なせるわけにはいかない。いかないからこそ、私は最低限でも横槍を入れさせてもらう。」
「…不思議なもんだなぁ。つい数日前には私の腕を齧ってもぎとった奴が後ろで死なせたくないって言ってくるんだぜ?」
「ふっ、意地の悪い事をいうものだね」
メイは少しばかりクク、小さく笑うとタケヨリノカガミの柄を握り締めて構える。
「話し合い、馴れ合い、作戦タイムは終わりか?なら…もういいかな?」
ゼタがナイフをくるくると遊ばせて舌なめずりをする。
「ああ、もういいぞ。来いよ」
「…来いよ?ぁあ?」
ゼタはメイの行動に面食らう。彼女は鞘に刃を収めたまま構えている。
(これは抜刀術の構え…?この女、馬鹿か?)
ゼタはルドルフがこの状況を危惧している事に気づいていた。
実際にナイフで攻撃しているのも、この車両内であるからこそ。
そして自身の持つ黎天〆の能力を有利にさせるものだった。
だが、こいつは違う。自身の背丈よりも長い太刀を構えて抜刀術を繰り出そうとしている。
(しかも舐めた事に、俺を誘っている?)
ゼタは先程までニタニタしていた表情を一瞬にして裏返す。
無表情。そして、真っ向からメイを凝視する。
眼…彼女の眼はまっすぐこちらを見ている。
(―まさか黎天〆の能力に気づいたか?だが…)
「どうした?来ないのか?私はずっとまっているぞ?お前の大好きな戯れに合わせてやってんだ。」
「へぇ、そうかい」
ゼタの中では幾つもの戦闘における展開予想があった。
抜刀術において一番の不利は無用心に近づく事だ。
相手の動きに合わせて見極めた刹那に打つ。まずはその初動の警戒。
周囲で刃の軌道を邪魔する椅子の位置からして彼女の頭より上、もしくは切り上げてくる可能性。
例えばあの太刀に抜刀としての特質な性能があるならば前例が無いわけではない。
抜刀の加速を促す刀。しかし、前述したとおり近距離で不利になるならば容易に近づかなればいい。
抜刀に合わせて放たれる属性魔術攻撃。これはさすがに厄介ではあるが、限定された抜刀域であるならば、自身は見極められる自身がある。
もしくは周囲を気にせず振り回せる可能性、蛇腹剣の類。それであるならばこちらとしては“都合が良い”
そしてあるていど予想できる初動であるならば、そこからの呼吸のリズムに合わせた連撃。
彼女の細腕であの太刀であれば両手で握り締めてからになる。
なにより、抜刀の構え自体は素人そのものだ…その刹那を見極めて腕を狙うか、彼女の振りをみて判断するか。
(どちらにしてもこちらがやる事は変わらない、か。くく…)
「…」
思慮にふけって警戒しているゼタ。だが、そうであっても一向に相手から動く様子は無い。
(このままジッとしているのもある種の手だが、後ろがどうなっているかわからない。あの人は、能力としては突出して強いがいっつも傲慢すぎているのが玉に瑕だ)
「はぁ~」
ゼタは大きくため息をつく、
そして一瞬にして形相を変えて疾風の如く真正面から迫り来る。
「っ!!」
メイはゼタの動きを見逃さまいと身構えるが一瞬の違和感に気づく。
(私でも見れる疾さっ、そうか…考えがあるようだな、だがっ)
彼女は躊躇うこと無くタケヨリノカガミを抜く、
「ボケが!!おせぇよ!!」
「メイ!!」
明らかにメイの抜刀では間に合わない事に気づき清音が前に出ようとする。
「動くなっ!!!!!」
メイの怒号に“あの人”の面影を感じてしまったのか反射的にピクリと動きを止めてしまう。
「合わせてやるだぁ!?馬鹿言え!!合わせてやってるのは俺のほうだよぉおお!!」
そう叫ぶゼタはメイの太刀の刀身が届くであろう位置の寸手で足を止め、異様な事に手に握り締めていたナイフで互いの間合いにある空間の宙を何度も何度も目に見えぬ速さで切り裂く。
当然そこに意味は無い、“今のところ”は。
だが、メイの抜刀の勢いは止まらない。ゼタが来るであろう距離まで大きく踏み込んで前に出た時には既にゼタの思惑にあった。
「喰らいなぁ!!」
ゼタはそんな空振りの舞を“観せた”後に、ナイフを放り投げて携えていた黎天〆を前に出し
先程と同じように鍔より下の部分、眼が彫られた部分のみをメイの眼前に晒す。
「戮 贋 暫!!!!」
黎天〆の眼と、メイの眼が合う。
キンッ―
黎天〆が納刀される瞬間、空間に再び先程の斬撃が走り出す。
「っ!!」
メイはその刹那を見極めて抜刀するのをやめて後ろに跳ぶように下がる。
(そうか!ゼタはこれを狙っていたのかっ…!おそらくは黎天〆とよばれる刀の能力で斬撃を目前で生み出して相手に選択肢を与える。進めば刃の餌食、下がれば―…メイは抜刀できないまま大きな隙が生まれる)
「こいつはどうだぁ!!」
ゼタは一歩下がり懐から小さな投げナイフを取り出して、メイの眉間目掛けて投擲した。
しかし、それをメイは見極めて躱す。
だが、重ねる程に生まれる隙をゼタは見逃さない。彼は意趣返しのように黎天〆で抜刀の構えをする。
「もらったぁ!!!」
だが、メイは大きく見開いた目でゼタを見逃さない。そして臆する事なく、再び鞘から刀を抜こうとする
タケヨリノカガミをズルりと抜く瞬間。周囲は異様な状況になった。
「あえ…?」
ゼタは自身の状況を理解出来ていない。
(おかしい、先程まで間合いを取っていたはずなの…に)
「悪いな、性格でね。ゴリ押ししか私はわからんのよ」
気づけばゼタは自身が刀を抜く前に吸い込まれるようにメイとの距離を詰められていた。
理解が追いつかず、思考が固まるゼタ。
「お前みたいな頭でっかちなバトルジャンキーにはこういうのが一番効くんだよ」
武頼加賀御。メイ・スミスによって生み出された数本の『冥名狼桜刃』の一つ。
刀を抜いた瞬間、風の魔力を用いり一定範囲内の相手の間合いを吸い込むように強制的に縮める能力。
繊細な間合いを用いる相手ましてや天性の戦闘感覚を持つ者でさえも初見ではこれを見抜く事はできない。
そして、詰めた間合いから放たれる抜刀擊は斬撃では無く、重々しい鈍烈。
「ぶべらっっっっ!!!!!!」
メイの頭よりひとつ上。重々しい刀身がゼタの頭真横を強く殴り打つ。
「テ…メェ…っ」
殴られた勢いに任せてゼタはぐるぐると回転して地にうっぷし、気絶する。
「安心しな、殺しはしねぇえよ。てめぇには色々聞きたい事があるんだからよぉ。」
メイはその“鈍器”を肩に乗せて見下ろす。
後ろで見守っていたルドルフも清音も呆気にとられてしまい、開いた口がふさがらない。
「ああ、それとありがとうよ。黎天〆の能力をわざわざ観せるように教えてくれてよぉ。なんだっけ?“ロクガンザン”だっけか?相手に振るった斬撃を見せて認識、記憶させて、そうさせた奴の眼と刀身に刻まれた眼をカチ合わせて斬撃を再演させる能力。なるほど、鬱蒼とした親父が作るにはもってこいの刀だよな。…って聞こえてねぇか。」
メイはゴッと気絶したゼタを蹴り飛ばす。
「清音、すまねえがそいつをロープかなんかで縛れないか?」
「あ、え?ああ…ロープ?どこにあるんだよ」
「大丈夫です。付け焼刃ですが、私の光魔術で手足を拘束します。」
ゼタから解き放たれて地に転がる黎天〆を手に取る
それを見て、ふうと大きなため息を吐き、瞑目する。自身の父親サツキの唯一の手がかり。
あの時手に入れそこねた事の後悔をようやく今ここで、鍛冶師として取り戻す事が出来た。深く、深く感慨深く思う。
「―こいつは親父のもんだ。返してもらうぞ」