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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
144/199

109:冥府の裁定


「まさか、神器をこの手で触る事が出来るなんて思いもしなかったですね。これもお師匠様の下についているらこそ成しえる機会ですね」


ノクトはニコニコしながら工房の道具をひとつひとつ丁寧に磨いている。

その横の卓で壊れた戦闘姫“安慈羅”の再設計を模索しているアンジェラはニヤリとしながら、脳裏にある人物を思い出す。



「ああ、これはまたとない機会ではあったな。因縁とも言っていい。」



「王がこんな形で間接的にこっちに神器を寄越してくるなんてどういう風の吹き回しなんですかねぇ。あんなに何度も何度も

師匠が神器を寄越せと怒鳴っていたのを諫めて拒否していたのに」



「ああ、強引に奪い取ってもよかったんだがな。実際そうしようともしたさ。だが、あいつも、あのガキも王としてはそうもいかないのだろうよ。神器は代々マルクトを繁栄させた象徴だ。それが重々しく禍々しい魔力を孕んでいたとしても国の象徴を手放すにはそれ相応の理由が必要だった…」



「体裁ですか」



「そうさ、だからこそ中身に魔力が無くそれで見た目が全く一緒の神器が入れ替わる程度であるならば王も願ったり叶ったりなのだろうよ…問題は、こうも話が出来すぎているってところだな。常闇の姫君…あれが気まぐれに渡したとも思えない…少なくともこの結果がまさかあの糞野郎への意趣返しになる所まで計算済みだというのならばいい趣味をしているな。新たなヤクシャへの襲名。差異のヤクシャ…ナナか」



「師匠、気になったのですが…あの神器の魔力の入った核、内側は全く弄らずに外殻の魔力経路だけを作り替えてましたけど…あれはどういう意図があるんですか?」




魔力経路。本来魔力が込められた武器というものには基本的に核が存在しており、その内殻から外殻へと魔力を暗号に似た経路で放出される事で武器に魔力を帯びせたり、様々な形で維持させたり、放出させたりと多種多様な事ができる。しかし、アンジェラは神器を作り替える際にその外殻だけを大雑把に作り替えていた。



「ああ、あの内側はもう弄る必要が無いのさ。神器ヘル=ヘイムは本来、魔力を魂ごと吸い取りそれを全て闇属性に返還させる代物だ。今回の改造は“魂の吸収”という作用に手を加えずにする必要があった。だが、起動する際に問題があった。それが限定されたリソース…要は聖女と呼ばれる女神同様に培われた信仰を持つ存在の生命を悉くを代償として払う事だ。女王マルタが極界の女神信仰の総本山ユグドラシル教会で学んだ儀式と共に女神から賜ったものと嘯かれ受け取った神器の正体がそれだ。あいつらは外殻にそんなものを付け加える事で女神信仰の根をより一層に聖女を媒体にして増やそうとしていたのさ」



ノクトは下を出して苦そうな顔をする。



「女神様がそれを受け入れたのですか?」



「受け入れた、というと少し違うな。正確にはそれに対しての関心が無かったとも言える、な。アレはそういうものだ。結局、大いなる力に名前をつけるのも是非を問うのも人間様だ。世の中その側にたまたま居る奴が傲慢に“正義”という情けに指を入れて遊べるおもちゃを掲げているだけだ。そういうもんを私は腐る程見てきたよ…」




(―本当にこの人は、一体何者なんだろうなぁ。昔の事情をああも知るだけ知っていながらなにもしない、けれども自分の身の回りにだけはお節介をする…あるいは、知りすぎたからこそ、もう何かをする事を諦めたのだろうか…そうであるなら、少し悲しい)




「だから、そのユグドラシル教会の起因者であるあの糞賢者に意趣返ししてやろうと思ってなぁ!ヘル=ヘイムの起動条件になる外殻を弄りまわして、奴が一番嫌いなものを入れてやったのさ!!」




(うわっ、悪い顔)





ブチッ


という何か肉が弾ける音と同時にヌギルの体勢は周囲の空間が歪むと共に、

グリンと体をこちらに一転させて振り返る。



『疾いっ!?』




―風の精霊よっ!




「っ!」




アリシアが直ぐに前足を出し、俺はそれに合わせて風の精霊による風の足場を顕現させ、アリシアはそれを蹴って後ろに跳ぶ





恐ろしい速度と反射で振り返って来たヌギル

その挟み込もうとする両の腕をチッと鼻を掠める程の寸手で躱す。



「あぶなっ!」



ヌギルの大きな両腕が合掌された瞬間に響く耳を劈く程の破裂音は、

その場に居た際の自身が微塵も無くなるのではないかという想像をさせ、戦慄してしまう。



「実に遺憾であり不可解だ。光躍に次いでからの回避判断に光躍をしない。しない理由…連続して行わないのは制約か?それともタスクの問題か?魔術属性の…いや貴様の使っているそれなる起源は七曜の奇跡の魔力に等しい。ならば全ての魔力が仕える筈だ。なぜ光躍を使わない?」



ブチッ



再び肉の潰れる音。


「もしも、もしもだ。いや、そうであるならば“それ”に何の意味があるのだ?魔剣。

貴様は使い手自身の身体が不滅の魔力の形態と知りながらもそれを否定しているのか?“使い手が傷つくイメージ”を恐れているとでも?そうであるならば、人間的な反射行動にも道理がある。だが…それはあまりにも人間的で愚かな行為だ。」



『うるせぇ!!大きなお世話だ!』



奴の言葉に対して俺は声を荒らげているが、図星だ。



風通しの良すぎる夜空の下を走る車両周辺が瞬くように明るくなり


四方八方から幾つもの魔力の槍がこの列車を囲うように顕現する。

これは…光の魔力か。



「多重広域最大重奏光葬篇:ミラ・クォーツ」



パイプオルガンを優しくいじったような変わった静けさの音を鳴らして無尽蔵にこちらへと弾丸のように放たれた。


『疾いっ』



アリシアは目を大きく開いて、宙から車両の床へと跳ぶように着くとヌギルとの距離感を保ちながら

魔剣とアルメンの鎖を巧みに使いながら光の槍を何度か弾き捌いていく。


だが、これは一瞬ではなかった。一度に一気だと思われていたものが、徐々に連なって光の槍が顕現され続いて放たれる。


いつまでつづくんだよ!!


他のみんなもそれを各々で躱しながらヌギルの次の行動を見逃さないよう注意している。

しかし、奴は未だに動かない。



ここだ―



『エンチャント・オメガ・ミラーコート!!』


ようやく見出した猶予を逃さまいと俺は魔力反射を周囲に結界のように貼る。



「なるほど、魔力を弾く結界。最大出力のオメガとは恐れ入った。だが、それだけだ。」



ブチッ



「“ドルオム”

“クァベル”

“ユーロギオ”

“クァベル”

“エンディゴ”

“ドルオム”

“ドルオム”

“メガデロ”

“エグレオ”

“ゼア・ファラディオ”」

 


ネルケがクラウスの詠唱にハッとする。



「その詠唱は古代オーリー言語…みなさん!!動きを止めないでください!!これは“結界を抜ける魔術”です!」



「素晴らしい、これを知るものが居るとはな。それがまた竜の御子なのも好ましい。だが、遅い。エンチャント:イクリプスオーダー」



ネルケの言葉に反射するように皆が構える。

そして、光の槍はその身に螺旋状に違う色の魔力を纏い、ネルケの言うとおりそのまま結界を抜けてこちら側に到達してくる。


空かさず俺たちは再びそれらを弾き返す作業に囚われてしまう。



「数秘…彼が唱えたのは古代オーリー言語でいう所の数字にあたる概念です。あれは魔力の精密な記号、特に結界などに使われる魔力同士の干渉を拒むプロテクトの根底にある暗号に近い作りを全て照合させて結界魔力と同調させる仕組みです。こんな仕組みを知る事も、ましてやひと目みるだけで貼られていた結界の暗号を言い当てるなんて常軌を逸しています。」



『くそっ!!振り出しに逆戻りかよ!!』



「ですが…ここは私が!

“ミラギス(氷)”

“ディノア(大いなる)”

“エベ(壁)”

“ルオ(守護式)”

“ヘユドラゴ(連鎖)”!!」



これも彼女の言う古代オーリー言語なのだろう。その詠唱と共に薄氷の魔力結界が俺の魔力結界と重なるように貼られる。



「古代オーリー言語の魔術であれば、通過に必要な数秘を読み解くには80桁までを読み解く必要があります。彼程の者であれば読み解くのは造作もないでしょうが、詠唱という物理的な面で言えば時間を稼ぐ事ができるはずです!」




「なるほど。イクリプス:オーダーの欠点を理解しているとは…龍眼の件といい、妙に博識ではあるな。だが、そうであるならば―」



ブチッ



何かが潰れる音。

それによって合掌されているヌギルの手から空気を張り詰める程の雷の魔力を感じた。



「ヌギルと共に居る、内側だったならどうなるかな?」



ヌギルの掌がゆっくりと離されると同時に、そこに徐々に収束し膨らんでいく紫色の雷の魔力。

走る列車の上を轟轟と紫電の光が未だ夜闇の空間をチカチカと明滅させる。

その煌きはどんどんと大きくなってく紫電の光が今にも破裂しそうな予感を感じた。

ヌギルの仮面の奥の黒い二つ穴。その奥の視線と俺たちの視線が交じり合う。それが相手の照準の合図なのだろう…来るっ!!


アリシアはそれを避けようと動こうとするが、刹那

彼女の足元に光の槍が刺さり動きを反射的にピタリと止めてしまう。



『しまった―…』



先ほどの光の槍を残しておいたのかっ



最大出力紫電砲レムイール―」



間に合わな――



一瞬の光の刹那、ヌギルの下から大きな脚が奴の掌を蹴り上げるようにあらわれる。



『クリカラ!!』



「あっぶねぇ!!!俺たちを忘れんじゃねえぞ!!このクソ化物が!!!」



クリカラの蹴りは、ヌギルの紫電砲の軌道を大きく真上にずらし、放たれる光が一瞬だけ動きを止める、が

しかし抑えきれないほどに溢れかえる魔力が大きな紫電の光となって放たれる。


真上の結界に衝突されるのであれば、そのまま反射されてヌギル自身に返ってくるはずだ。



ブチッ



「おじさま!」



間近にいるクリカラを守る為にネルケは彼を覆う程度に氷の結界を別に貼る。



「助かるっ!」



だが、それでもすぐにその氷結界はヒビを入れはじめる。

その凄まじさは、かつてリンドとリアナが合同で生み出した雷の魔術ディオ・ジャベリンと同等、いやそれ以上であった。


しかし、閃光はミラーコートの結界によって反射されていない…。いったいどうなっている?



「これほどの大規模火力魔術であるならば、解放からの収束に時間が掛かるだろう。隙を見せたな、怪物めが!」



マリアは追い打ちを掛けるようにそのままヌギルの背後に駆け寄り、居合の構えで踏み込み先ほどのアリシア同様に怪物の大きな首根目掛けて刃を振るった。



ブチッ



その音は確かに時間差で聞いた。

これがクラウスにとっての魔術の起動要因だとするならば…なぜ二回、なぜ時間差で



俺は目を凝らして見る。


一つの魔法陣…これは


一つの魔法陣は上に放たれた紫電の光を吸い混んでいる。だから反射されてないのかっ


ならば、もう一つの魔術は―…



同じ魔法陣。吸収された魔力は何処へ…?


おれは瞬間、マリアの背後から現れた魔法陣に気づき悪寒を走らせる。



『っ…!いけない!!』



「正解だ。心臓ひとつ分の“入口”と心臓ひとつ分の“出口”、その生成。魔力の走る空間を歪曲させる転移魔術だ。だが、気づくには遅かったな」



俺が叫ぶと共にマリアがハッとして背後の押し寄せてくる紫電の光に気づく。だが、マリアはそれを気にせず今一度正面へと視線を戻して

ヌギルへの刃を止めない。



そんな!そのままじゃ―



「おばあちゃん!!」



「私をあまり侮るなよ!!賢者!!」



彼女は大きく目を見開き、片手で振るう剣を両腕で握り締め、軽やかなフットワークを捨ててその場でドンと強く足元を抉るように踏む。



「ぬおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」



彼女はその背中で迫り来る光、紫電砲を真っ向から受ける。

彼女の背中から大きな結界が何度も何度も明滅して、威力の拮抗を示す。



「背撃の加護。なる程、魔力、臆する事なかれとはこの事かな―…だぁが。それではまだまだ足りない」



だが、あまりにも強大な威力である為、受け止めたままそれ以上刃を動かす事が出来ないままでいる。それどころか、彼女の結界は

徐々にヒビが覗かせ始めている。このままでは完全にキャパシティを超えてしまう。ならば



『二重奏!オブシディアンブロック』



マリアの背後、未だに放出される紫電の両脇に黒曜石の塊を顕現させ、そのまま紫電を遮るように挟む。



『マリア!!』



「―っ!」



大きな黒曜石によって紫電を防ぎ、自由になったマリアは、俺の叫びに反応し身体を捻ると、すぐに背後で紫電を防ぐ黒曜石を蹴り紫電の転移口である魔法陣へと衝突させて打ち消す。



「ほう」



すると、転送先を失った紫電の閃光は入口となっていた魔法陣が形状を歪ませながら震え、入れていた魔力をそのまま返すように吐き出しヌギルの手を焼払った。



「知ってか、知らぬか、まさか転送魔術の魔法陣の弱点、そこ突くとは」



偶然だ。俺はただ防ぐ事しか考えてない。魔法陣が消える事までは気づいていなかった。



―ご主人、あなたが呼び起こした地と闇の混成魔術の黒曜石は魔力で描かれた魔法陣を打ち消す効果があるのです。



なる程―…とりあえずは、隙だらけって事だ!



ブチッ



「いや、パパ待って!」



風の精霊の補助によって空中を踏み渡るアリシアが腕を失ったヌギルに対して踏み込もうとした瞬間ひやりとした感覚が何重もの網になって眼前を横切る


俺と同じ感触を得たのか、アリシアも反射的に一歩下がる。



『全員そいつから離れろ!!!来るぞ!!』



皆がそれに反応してヌギルから下がると

周囲で細い閃光が何度も縦横無尽に走り回る。



これは、切断攻撃


俺はヌギルに目を凝らし、その焼き払われた腕を見る。



『氷刃―』



ヌギルの腕の先には氷の刃が取って代わって伸びていた。

刹那、俺たちがいる車両の全てが一瞬で乱断され“車両そのものの原型”を失う。


「武人でありながら氷雪魔術の使い手、ソニア・ロマノーヴァの“心臓”だ。まさかこんな所で潰してしまうとはな」




心臓。


奴は先程から心臓と言っていた。ならばあの続けざまに肉の潰れるような音は―



“あいつ”の言っていた通りだ。



『くそっ!!人間をどこまでおもちゃにすれば気が済むんだ!!この外道がぁ!!』



「おもちゃ?下らない事を言うな。“これら”はおもちゃ等ではない。私が世界から賜ったヒトの可能性だ。魔剣風情が戯けた台詞を吐露するとは実に興味深い。」



「まずい、足場が…!」



クラウスの話を半分程度聞いただけで、集中すべきは周囲の状況であった。

鉄の軋む音が風を切る音と入り混じって響き渡る。

バラバラに刻まれた車両がこのままでは機能を停止して先頭車両と切り離されてしまう。




「ヘイゼル!!!!」




そんな中、リアナが大きく叫ぶ先、先頭車両側にクラウスと彼に捕らわれたヘイゼルが居た。

奴はこのまま俺たちを後方車両にいるゼタ諸共切り捨て、ヘイゼルを連れて頓挫するつもりか!



「安心しろ。殺しはしない。このままゆっくり歩いて行くといい」



「させないわ!!」



―汝、我に従え。我に肯け。我の意思を思い描け、この意志は汝の意志。そうであれば、この葉を攫う許しを与えよう



リアナが詠唱の後にバンデルオーラで面積の少ない足場をコーンと叩き、周囲に風の魔術を発動させる。

すると、原型を失っていた俺たちのいる車両が時を巻き戻すように先ほどの原型まで元に戻っていった。



「ほう、風の精霊をここまで使役させるか。強い意志。干渉の予知も無いな。手長猿エルフは精霊との融和性が秀でているとは言ったが、これ程とはな…だが、それもいつまで維持できるかな?どうやらその精霊術、その身体にはどうにも余りある代償ではないのか?」



「ぐっ…!」



バンデルオーラを強く握り締めたままリアナは動かない。

彼女はこの状態を維持しようとしているために相当な魔力、もしくはそれ以上の何かを代償として払っているのだろう。

険しい顔から鼻血を漏らしている…それがどれほどまでに酷なものなのか計り知れない。



「私の事はいい!!あんた達は急いであいつの居る側の車両へ移動しなさい!!」



『出来るか!!』



「――血脈を攫い、躍動を攫うもの、その果てに降り立つ銀幕の霊足、触れてはここに、永土の誓を示さん“氷明の霊廊”!!」



ネルケの詠唱と共に、リアナが維持している列車の形を氷の結界術で固定する。



「リアナさん、私にはこれしか出来ません。恐らく、もうこの車両は通常では走る事もままならない筈です。せめて車輪の維持だけでも…!」



「ヌギル」



ブチッ!



音に合わせて現れる数十本の鉄槍。



「そんな!これは錬金術…!?」



鉄の槍はみなネルケの方へと向けられていた。

現状を維持する術者を狙うかっ


槍はそのまま彼女に向けて弾丸の様に飛んでくる。



「させないっての!!」



槍とネルケの間に割って入って来たガーネットはそのまま鉄の槍を両手に持つダガーで添えるように弾き軌道を変える。

弾丸に等しい速さの槍を彼女は素早く捌いていく。



「おっと!」



彼女は唐突に片手のダガーをリアナの方に投げて最後の一本の槍を弾く。



『こいつ、最後の一本だけはリアナへと狙っていたのか』



「いや、最後の一本だけじゃねえ。一斉に撃たないで一本ずつ順番に放っていた。こいつはネルケを仕留めたと判断したら次にリアナへと行くように照準に仕込みを入れてやがった。鉄槍に込められている魔力の流れがそうなってやがった」



「ふむ、それを見抜くとは、成程やはり厄介な眼だな。軍人。ならばいっそこれでどうかな」



ブチッ



再び心臓の潰れる音。次の魔術が来る



「多重層最大重奏魔術、ライトニング・レイン」



馴染みのある雷の槍。

それが真上から数え切れない程に現れる。



「避け切れるかな?」



『避ける必要なんてねぇ!!コール・アンド・レスポンス:リ・デュプリケイト!』



降り注ぐであろう雷の槍に対して鏡写しのように対向側から同じ数の雷の槍を複数顕現させ、互いにバリバリという音を響かせて打ち消し合う。




「対向魔術か。ならばならばこれでどうかね!!魔剣!!」



ブチッ



次がくる。

奴はこのままこの車両を瓦解させるのが目的だ。ならば炎魔術を使う筈だ。



―なら、その前に!!



『アリシア!!』



「わかってる、わよ!!」



アリシアが魔剣おれを車両の床目掛けて投げつける。

どうか、間に合って欲しい…!



トスという自身が床に刺さる瞬間と共に魔力による物質の書き換え、マテリアルチェンジを発動させる。

俺は氷でかろうじて支えられている車両をそのまま鉄の物質へと書き換える。



そして真横のヌギルから収束する赤の感覚、これはやはり炎を利用した爆発魔術。

徐々に魔力の反応が凝縮そして色濃く増大していく。無理矢理そうさせているように


こいつ、このままこの場所を吹き飛ばすつもりか

だが、させるかよ。


イメージしろっ、知識をしぼりだせ。この魔力が俺の意思を形作るなら、可能なはずだ


いや、可能にしてみせる!



『ディバイン・オーソリティ!!超最大重奏!!!!プリズン・バインド!!』



ヌギルの周囲で光の牢が何重も、姿を覆う程に包み込む。


ルドルフが言っていた。天蓋の魔術は俺の魔力でなら或いはその真価を発揮するのではないかと。



『レイジングアルカナ!!!』



光の牢に包み込まれたヌギルに対して魔力属性変換の魔術を発動する。

すると光の牢の周囲に魔法陣、そして魔力によって顕現されたいくつもの歯車と大きな天秤が現れる。

これが何を意味して、どのような結果をもたらすかは解らない

だが、思っている通りならば!



『ダークプリズム!!!』



天蓋の魔術。光魔術を反射する強大な結界を光の牢に重ねるように覆った。



「これは―」



ブチッブチッ



ガコン



心臓の潰れる音が二度。

そして顕現した天秤が大きく片側に傾く音。



それと同時にダークプリズムの結界の内側で大きな爆発音と光の反射音が何度も何度も続けざまに響いた。



周囲が目前の結界の中で起こす連続的な衝撃で揺れる



「ご、ご主人、なにが起きていやがる?」



俺も半分しか理解していない。だが、想像どおりならば

ヌギルは今、自身の生み出した炎魔術が光の魔術に書き換えられて暴発し

放たれた光が囲った結界よって反射し、果てはハチの巣ではないだろうかと思う…そうでありたいと願いたい。




「成程素晴らしい…!素晴らしいぞ!魔剣!我が閻魔導師の炎魔術の心臓から成る極大爆破魔術をまさかまさか!

我がかつての使徒の魔術を規定超過で発動し拘束と共にそれをリソースにして天蓋魔術であるレイジングアルカナの魔術変換で我が炎魔術の光属性への強引な上書きを可能にした!さらにそれだけではない!それによって起きる光の魔術の解放をそのまま魔力反射の浪漫たりえるダークプリズムの結界でヌギルを覆い、そのまま応酬させるとは!!なんという発想!天蓋魔術を一度でなく二度までも可能にし、応用した!こんな素晴らしい成果を目の当たりにするなどとは!!なんとも良き日だ!!素晴らしい!」



クラウスは眼を大きく開き、俺を凝視する。

だが、その視線はまるで新しい玩具を見つけるような表情に他ならない。



「だが、それだけではない!お前のやったそれはなんだ!?魔術でもなんでもない!氷の足場を全て鉄に上書きしただと??物質マテリアルを変えただと??それはまるで世界そのものの書き換えに等しいではないか!!!欲しい!!ずっと欲しかった!それが欲しい!」




『お前にこれをやったら世界が滅びる』



「然り、それを私が望んでいるのだ。この気持ちの悪い世界は一度消し去らねばならんのだからな」



クラウスは…俺と似たある種の感情を抱えている。気のせいならばそのほうがいいくらいに

世界を壊したがる、その性質上はきっと“アレ”が関わっている。


それがこいつの倫理観を壊してしまったのだろうか?



ただ解るのは、こいつの鋭い眼は森羅万象すべての中身をみようとするメスのようなものだ。

全てを明かし、全てを己より格下へと堕とす。そんな道理こそ当たり前に在れと望む眼だ。


成程あのトチ狂った魔業商の頭領とつるんでいるのも納得がいく。




―魔術の行使を終えたのか、結界が砕けたガラスのように割れ消える。



「だが、申し訳ない。貴様の発想による予想を裏切る形になってしまったな。」



そこには想定とは違う姿のヌギル…つまり無傷な状態の奴が存在していた。

心臓の潰れる音が二度あった。ならばそれによって回復かもしくは強力な防御



奴の焼け落ちた筈の手が復活している。


…あるいはそのどちらもを発動させたのかもしれない。



「いかん、冷静にならねば。どうやら貴様の意思では私をどうにも拒絶しがちなのは理解した。このままでは私の貴重なリソースも素寒貧になりかねん」



『素寒貧なんてそうそう聞かねえ言葉だよ』



「ふう、このままでは来客を招き入れるはずの私までもがご一行様としてエレオスへと入国する羽目になってしまう。それでは恰好がつかないではない。興味が絶えない事には変わりないが、そろそろここはお開きとさせていただこう。」



『その前にその子は置いて行ってもらおうか?』



「承諾しかねる」



『なら、力づくで!!』



アリシアは大きく踏み込み、クラウスとヘイゼルのいる方へと跳躍する。



「無駄だ」



「!?」



『!?』



俺とアリシアは直前で踏みとどまる。



『なんで…ヘイゼルっ!!!』



ヘイゼルは俺たちの目の前に立ちはだかり、自身と盾にしてクラウスを守ろうとした。



「当然だ。持ち主には逆らえん。こいつは“そういう風”に出来ているからだ」



彼女の意識は精霊そのもの、それが生みの親であるクラウスを殺させないように仕組まれているという事なのか。



でも…それじゃあ



「隙だらけだぞ、魔剣」



ブチッ



背後から気配がする。


それは無数の手――…




『がっ!』


「えふっ!」



これは…魔法陣っ 


魔法陣から吐き出されるように伸びてきた無数の手が

俺とアリシアを床へと押しつぶす。



「アリシア!」



マリアの声が聞こえる。



「無駄だ、貴様らはそこでヌギルの相手をしていれば良い」



どうやらあっちはあっちで行動を抑えられているのか…

俺とアリシアじゃあ拘束されたまま、見上げるのが手一杯だ。




『なんで!!どうしてそんな奴に…!!』




「…ごめんなさい…」



ヘイゼルが悲しそうに俺とアリシアを見下ろす。



「…やだ…い、やだ…」



俯いてアリシアがそう呟いている。魔剣を握る手が震えている。



「いかないでよ、ヘイゼル…。そんな奴に連れてかれたら、あんたが何されるのか自分が一番解っているでしょ?」



「…」



「もっと、もっと色々知っていくんでしょ?まだ、まだあんたに教えなくちゃいけない事がたくさんあるんだよ!?」



「…ありがとう。でも、大丈夫―」



ヘイゼルがゆっくりと近づいてアリシアの頬にそっと手を添え、俺たちに小さく耳打ちをする。



「“私”が必ず…“この子”を守る…だから、信じて」



その表情は、いままでのヘイゼルには無い笑顔だった。慈愛に満ちた、かつての聖女ヘイゼルの優しい表情。だが、全てを受け入れるような寂しい表情



「こうなる運命なのは変わらない。でも、あなたなら或いは、この運命しがらみを打ち砕く事が出来るのかもしれない。だから…待ってる。この先で」










『ダメだ』



「…」



『俺はアイオーンと約束した。…ヘイゼルだけじゃない。かつて聖女として意思を全うしたあんたの魂も守らなければならない。』



マルクト王国で今でも神器を抱き続ける首なし聖女の肉体を俺は思い出す。

彼女の魂はきっと、あの場所で…時間が止まったままなのだ。




「…けど」





『アリシア!!』



俺はアリシアの名を強く呼ぶ。彼女はその言葉にピクリと反応する。



『もうそろそろいいだろ。“そいつ”を解放するんだ』



「―わかったわ」



アリシアは瞑目する。そしてその名をヘイゼルの前で叫んだ。



「神器ヘル=ヘイム解放」



チキチキとアリシアの持つ槍状の神器が切っ先から小さく振動し“俺という魔剣の眼”のように施された黒い水晶部分を囲うように幾つもの文字が並べられた魔法陣を形成する。



『承認。神器ヘル=ヘイムを発動します。“魂の総意”により、発動対象者の魔術の悉くを停止対象とします。』



神器から声がする。なんか聞き覚えのある声だが…まぁ、いい



『発動対象者の名は、クラウス・シュトラウス。』



「貴様…それは、なんだ?ヘル=ヘイムの機能…?違うな!それは一体何なんだ!!」



クラウスが初めて動揺する顔を見せた。

それと同時に、俺たちを押さえつけていた無数の腕が一瞬にして消えていく。



「これは魔力の打ち消し…?でも、なんで?ヘル=ヘイムにはそんな力は無いはず…あ」



予想外の展開に困惑するヘイゼルをアリシアが抱き寄せる。

ああ、本来のヘル=ヘイムにはそのような機能は持ち合わせていない。







ある鍛冶師の手に渡るまでは




―…クラウスという男がもし現れたならそいつを使え。



―…クラウスに?それ以外には使わない方がいいのか?



―…違う、使えないのだ。それは特注品だ。そいつの為だけに作ったと言ってもいい。



―…随分とそいつにご執心じゃないか。



―…ああ、嫌いだからな。あの能面を何度かひしゃげさせないと気がすまない



―…そ、れはそれは



―…信じられんかもしれないが、あいつの魔術のリソースは人間の心臓だ。それも、優秀な魔術師の心臓を心臓単体で生かしたまま

いくつもストックしている。それを使う事で奴は自身のみでは不可能な魔術を何度も行使してくる。



―…心臓。



―…“冥府による裁定”こいつは死者の魂をそのままヘル=ヘイムに何度も取り込ませて発動する。

そしてその魂らの意思が剪定した対象の魔術の悉くの発動権を上書きし、破棄させる事が出来る空間を周囲に拡張する。勿論対象が“複数”になっても可能だ。だけどよぉ、きっとクラウスの前だったら…そりゃもうきっとそいつだけが使えなくなるだろうよぉ



―…まて、魂と言ったな?奴が心臓を媒体に魔術を利用したとして…魂までもが存在しているなんて言えるのか?確証があるのか?



―…魂の居場所、か



あの時、アンジェラは静かに自分の胸に手を添えて暫く瞑目していた。



―…てめぇのその魔力は何だ?何の為にある?



―何の為って…?



―いいか、これは頭でっかちの使い方次第なんだよ。お前の中の魔力のそれは“何かになろうと存在している”その意味が解るか?いいか、肯定しろ。私に言われた事を肯定しろ。潰された心臓に魂が残っているのか、そうでないのか、その事実を観測してから肯定するな。いいか、観測っつうのは肯定と否定の同時を意味する。だが、観測するまではそれは肯定でもなければ否定でもない。そして肯定か否定かどちらも選ぶ権利と思想を未だ持つ事ができる。そこに普通の人間には無いお前の神に通じる魔力が事実という形を生み出す。



―何をいっているのか全然わっかんねぇよ!




―ボケが、お前の思想をその魔力で差し込むように現実にするんだよ。お前が“人食いピエロ”にやったようによぉ。



あの時のアンジェラの言葉でおれはハッとする。思い出す。

“ヨミテ”の言った言葉




―この世界に死後の世界は無い。ないけど…もし、それが存在するなら?それが私によって作られたものだったら?



…神の力は人々の信仰によってもたらされた。信じる思いが神を生み出し、神が神たりえる事実を観測した。



まるで一緒じゃないか。




まさか、これは…この魔力は本当に世界をも生み出す事が出来るとでもいうのか?




「ヌギル!!!」




ブチッ




再び心臓の潰れる音がする。しかし周辺に魔術が形成される様子が無い。




「なん…だと」



先程まで冷静で傲慢な態度を示していたクラウスの表情が一気に歪み、青ざめる。


ああ、アンジェラはこれが見たかったんだな。見せてやりたいぜ。



クラウスが急に態度を変えたのも、きっとこいつにはすぐ理解が出来たのだろう。

仕組みは別にしても自身に置かれている状況だけはすぐに把握できたのだろう。だから混乱しているはずだ。考えているはずだ。



俺が発動した神器の能力の影響がこいつ自身の魔術の発動を根元から停止させたのか、自身の身体に影響されたものなのか

あるいは神器によって一定空間の範囲で上書きされてしまっているものなのか。



真実は後者ではあるが

奴にはそれがまだ解らない。それが彼にとって恐怖を感じさせているのだ。




「ば、馬鹿な。貴様のそれは!この私の、賢者である私の自由を奪うというのか…!!!」



アリシアはクラウスの前に魔剣おれを向ける。



『信じたくはなかったけどよ。お前、魔術を行使する為に心臓を使ってたんだな。』



「ぐっ…」



『いままでに何人もそれで殺したんだ?人間を』



「殺す?馬鹿を言え!!私は使ってやったのだ!!その使い道を正しく使おうとしない奴らから。私は一番に最適な使い方をした、それだけだ!」



『これが?最適?』



「そうだとも。私の掲げた理想の為に殉ずる。それの何が不服だというのだ?!」



「それは残念ね、もう答えが出ているもの」



アリシアがヘイゼルを離すまいと一層抱き寄せる。



「くっ、愚か者共めが…。ヌギル!!」



クラウスの荒げた声に背後から大きな気配が迫って来る感覚。


やはり、こいつはクラウスの魔術には依存していない。

ヌギル自身が独立した存在なのだろうか?



「グルォオオオオオオオオオオオオオ」



アリシアはすぐにそれを躱し、振り返るとヌギルはクラウスを自身の肩に乗せてそのまま大きく跳躍する。

どうやら逃げるつもりなのだろう。



「クズ共がっ!!クソ!クソ!この世界は!まだ私に逆らうつもりなのか!!」



ある程度の距離をとった後にクラウスは今までにない歪んだ表情をこちらに向けて手を翳す、

遠くから心臓の潰れる音が再びする。しかしそれだけで何も起きる事は無い。



『どうやら、“冥府による裁定”は結構な範囲で発動しているようだな。』



「…そうね」



奴の姿が見えなくなるまでその先を見送る。

夜の暗い景色なだけあってすぐに見失った。

俺はアリシアの握るヘル=ヘイムを見つめる。



魂の総意、か…。

ヘル=ヘイムは取り込んだ魂の分だけしかその発動時間を維持できない。今になって神器は起動を停止した。


きっとこんな結末は、心臓を奪われた人間も本意ではないだろう。

けどいつか必ず、この報いはさせる。





「…ごめんなさい」



「え?」



『どうした、ヘイゼル。急に』



「私は貴方たちの事を信じていないわけじゃない。でも、あなた達を守るためには…ああするしか無かった。あなた達に危害が加われば、きっとこの子も悲しむから…」



聖女ヘイゼル。彼女は彼女なりに普遍的で達観した思考を持っていた。

何より自己犠牲を厭わない感情…俺は走る列車に寄り添う強めの風の音を聞いて少しだけセンチになっていたかもしれない



『確かにアイオーンとは約束を交わした。けれど、ヘイゼルもかつての聖女であったあんたも守る事は俺たちの意思だ。あいつが運命の分岐を俺たちに託したってんなら、構わねえ。でも、俺が選ぶのはあいつのシナリオじゃねえ。確かに助けにはなっているだろうよ。けど、俺とアリシア…そして皆があっての未来だ。必要な犠牲があったとしても、俺はそれを選ばせてもらうぞ。』



「よくいうわよ。痛くない私らなら問題ないって事をいかにも格好よさげにいうのだから」



『はいはい、すんませんね。いつも傷ついてるのはアリシアだもんな』



「ふふ、わかってるならよろしい」



「…ふ」




その時、見せたヘイゼルの表情はどっちのヘイゼルなのかは解らない。

かつての記憶から引き出された望郷を見つめるような…どこか寂しさを見せている。

だが、確かに笑っていた。いつもみたいに手を添えて無理やり作る表情では無く、確かに自然と笑顔を見せていた。




不思議な事にいままでで一番可愛い表情だった気がする。



「ありがとう」

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