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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
143/199

108:ヌギル、それは最低最悪の怪物

瞬間的だった。

衝動でもあった。

反射的にとも言っていいだろう。


ああ、俺とアリシアは同じことを考えていたと思う。


クラウスと名乗る男が直前に発した言葉。

それを聞いた途端、血の気が引くような感覚。はたまた心臓が跳ねたような感覚。

どちらが確かであるかはわからない。

わからないけれども…確実に恐れた。



―何もしなければいずれは訪れる未来。



あの時、アイオーンが言っていた。



同胞が世界の敵になったとしても、と。



あの時、意識体として彼女ヘイゼルに憑依していたヘイゼル・ロートが言っていた。



魔業商よりももっと深いところにいる何かが…ジャバウォックを生み出すのだと。



そしてこの男は言っていた。



世界を殺すのだと。この人形を返してもらうのだと。




俺たちの結論はすぐに行動へとうつされた。




「っ…!」



クラウスの首に添えていた刃に、俺たちは躊躇う必要はなかった。

こいつの目的、算段、望み、心の在りよう

そんな事はどうでもいい、どうでもいいんだ。




俺はクラウスの知り得る情報の一切を文字通り切り捨ててでも

俺はこいつを殺さなくちゃいけない。


守らなくちゃいけない




皆が俺たちの行動に眼を大きく開かせる。

…誰もが想像すらしていないのだろう。



俺たちがこんなにも、いちはやくこの男を殺すべきだと判断した事に対して。




でも、そうなのだ。少なくとも俺はそうなのだ。


ヘイゼルを手放してはいけない。


あの子はまだ色々と知る事が出来て

誰かの為なんかじゃなくて、自分の為に何かが出来る。

そして、それが誰かの為になってこそ…初めて彼女は人間へとなれるんだ。




ああ、そうだ。手放してはいけないのではない。

手放したくない…離れたくないのだ。



あの子の心の灯火はまだ…この世界で何も果たしていない。






優雅な佇まいのまま動かない体を置いていくように


クラウスの首が宙を舞う。



「…………………………なるほど?」



身体と分たれたクラウスの頭はその一言だけ言うと無表情のままゴロゴロと地を転がり落ちる。



『………』


「………」



アリシアと俺はその結果を、そして己の意志を互いに受け入れるかのように眼を合わせ深呼吸をする。










「―それがお前の答えというわけだ。魔剣」



『なっ』



俺は目を疑った。


目の前のクラウスはたしかに首を切られた。俺たちが切り離した。しかし、その行動そのものが

“なかった”かのように彼が目の前で変わらず座っている。


それだけじゃない。まるで時を巻き戻されたかのように魔剣おれの刀身は未だクラウスの首筋へと当てていた。



確実に何かが起きていた。

そして、この事象には覚えがあった。



時が巻き戻されたかのような…



蛇。



その言葉が脳裏を這いずり回る。




「その様子だと、この能力について知ってるようだな。いいだろう。教えてやる。私は教える事が大好きだからな。

これは闇の空間支配魔術。そう、所詮は魔術なのだ。貴様にとっては時間が巻き戻されたような感覚に陥っただろう。だがそうではない。

元々“何も起きていなかった”のだ。この一帯に闇魔力を侵食させた空間を生み出し、発動された“龍眼”、それがみせる思考の先行にすぎない。思考が行き着く先の演算を“龍眼”が一定まで見せ、その設定された演算範囲を超える事で、再び演算がリセットされる。それがあたかも自分の行動が急にリセットされ、それを繰り返す度にまるで時を巻き戻されたかのように感じてしまう。それがこの魔術の正体だ。もっとも…この魔術に必要な魔素コストはそれ相応であるがな。全くもって面倒な事よ」




彼がなにを言っているのか、理解はしていてもこれからの事に対して思考が追いつかない。

アリシアも構えたまま、昂ぶる呼吸を抑え冷静さを保とうとしている。それだけじゃない



皆がみんな、動こうとしない。

いや、動けない…進むことができないでいるんだ。




『お、お前は…』



俺はそう言葉を搾り出すも、それに続く返しを持ち合わせていなかった。

考える事が多すぎる…比例して不安も募らせる。ここで、何が起きるのかが全くもって想像に至らない。

多分ここにいる全員がそうなのだろう。



「…聞いているか?魔剣。魔剣使い。そうか…居眠りでもしているのだろうか?なんとも出来の悪い子供だ―」




トン




『え』



俺の刀身をクラウスが指でそう啄いた。

それだけの筈なのに、俺の中で何かが一つ抜け落ちた気がした。



…違う。これは、魂の複合乖離だ。

俺の中にある火属性を司る魂が一瞬にして弾かれたのだ。




そして気づいた時には遅かった――






「うあっ…ぎっ!?」



アリシアの頭が仰け反る。



『アリシア!!?!?』



「んー?こうか」



「いっ…ぎ…ッッッ!!!」



クラウスの二本指が…アリシアの左目へねじ込まれている。

グチュグチュと粘膜が擦れる音を立てながらゆっくりと奴の指が彼女の頭の奥へと入り込もうとする。



『アリシア!!!アリシア!!!!アリシア!!!!』



「あっっ!いっ…っ!」



アリシアは右目を、口を、大きく開きながら涙を流し、声にならない声を漏らす。




彼女の名を荒げて読んでいる俺は次第に言葉を失っていく。





奴の狙いは…複合乖離して“普通の肉体”に戻ったアリシアの目だった。

たった一つ…だが、ひとりの“ただの少女”が受けるには余りある程の衝撃的な苦痛である事は容易に想像できる。



「これで目が醒めたかな?」



『テメっ―!』



当然、呆けている場合ではない。

戻らなきゃいけない…。もう一度複合して、本来の超再生の能力を戻さなければいけない。




いけないんだ











―だが、それはもう先程からずっとしていた。





「無駄だよ」



ズリュ



「っ…!?」



アリシアの引きつる声と共にクラウスのアリシアの左目にねじ込まれた指がゆっくりとくり抜かれていく。


ズルズル


ズルズルと視神経を繋げたまま…その指にアリシアの碧色の瞳の眼球を乗せそれをまじまじと見ながらクラウスは言う。





「先程説明しただろう?すでに個々は龍眼の未来予知に近い演算能力によって貴様らの“行動をイメージする思考”が先行してしまう空間だ。術者である私の行動だけが肯定され、貴様らの抵抗のその一切の全てが、否定され“何もなかったこと”になる。もはや貴様たちの意志がこの場で反映される事は“ただ一点のみ”―」





―そのとおりだ…。クソっ!その通りだよ!!何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!俺は繰り返しこの乖離された魂を戻そうとしているのに…その先がすぐに泡沫のように巻き戻される。



ただ繰り返し、びくびくと体を震わせ痛み続けるアリシアを見せられている。

ただ心の中で砕けそうな器を維持しようと両手で拙く支える、その先もどうすればいいか解らない、どうなるかも解らない焦燥感に乗じて

グルグルと巡るように募らせていく怒りの感情。

心臓があるなら今すぐ自分のそれを掻きむしって全てを壊したい。不甲斐ない。クソ…クソ…!!!!!




(ご主人―)



そんな中、冷静な声でアルメンが俺に呼びかける―…


















「――……そうだ、それでいい」




―自由を奪われたアリシア以外の仲間たち全てが、みな武器を収めた。

どうやら彼の受け入れる事象だけは反映されるようになっているようだ。

彼らの表情はみな等しくクラウスへの強い感情を抱えていた。俺もそうだ…悔しい




「…話を続けよう。どのみち貴様らはこのままエレオスへと向かうのは知っている。だが、我々にも準備がいる。その準備に必要な材料を貴様らが持っていた。だから返してもらう。ただ、それだけの話だったのだ。別に貴様らとここで殺し合うつもりもなかった。だのに、貴様らはこの私に手を出した。威嚇した。あまりにも無礼―」



「もういい」



彼の言葉を遮ったのは、ヘイゼルだった。



「お願い。アリシアを…アリシアの眼を痛くしないで。」



「…」



「あなたがワタシを必要としているのは理解している。ワタシはたなたの望むようにする。だから―」



「…貴様如き失敗作のデク人形がこの私に取引を持ち込むというのか?」



「違う、これは懇願。ワタシに抵抗の意思もあなたへのリスクを生むつもりも無い。だから選ぶのはあなたの自由。ただ私はあなたのこれからの寛容さにしがみつく。それだけ…。だからこそ、アナタはワタシにだけ発言権を許した」




「…ふむ」とクラウスはその要求に興味深そうに眼鏡を持ち上げると




「人形であるからだろうか、その人たりえる感情の表現がまさに無骨。だが、中々に賢い気づきと言葉の選び方ではある。不要な混じり物ではあるが、少々勿体ない気にさせる。いいだろう」



「う゛っ…ぐっ…!?」



クラウスは手に持つアリシアの眼球をそのままアリシアの左目へ押し込むように戻し

その席から立ち上がると、俺たちの視線を微塵も気にも留めず、



クラウスはゆっくりとヘイゼルへと近づき。彼女の頬に手を添える




「我々はこの世界において未だ狭い檻の中にある。故に一度大きな爪痕を残して女神を表舞台に引きずり下ろす必要があるのだ。貴様はその為に必要な器なのだ。天使の憑依融和を可能とする躯。」





「―がっはっ…」




何一つ抵抗出来ないヘイゼルは、そのまま奴に首を掴まれ、おもちゃのように持ち上げブラブラと揺らし始める。




「本来この精霊は私が生み出した試作型思考模倣魔力。他者の廃棄物を組み合わせたものだろうが、当事者は既にそれを放棄した。おろかにも、愚かにもだ。ならば所有物であるのは私に違いないのだ。返してもらうぞ。この人形を―」






トッと、クラウスの横を小さなダガーが抜け、その背後にある“ナニカ”に刺さる。それは何もない空間でありながら違和感を感じるものだった。




「…これは」




パリンッ。




次に何かが大きく割れる音が聞こえる。



「…なに?」



刹那クラウスはヘイゼルを持ち上げていた自身の腕が瞬間的に切断された事を目の当たりにして眉間に皺を寄せる。




「…なるほど?“有識者”が居たという事か。だが、それでは足りない。あのダガー…座標は…そうか、貴様か」



クラウスはガーネットを睨む。



剣を抜いたのはマリアだった。

そして、その後ろで手を翳して構えていたのはネルケだった。



クラウスの背後で硝子の砕けるような音がパラパラと聞こえる。



「あ、あなたが使ったその能力は、龍眼が察知した術者への殺気と敵意がトリガーとなります。デメリットになるのはその間の発動した“龍眼”が無防備な状態である事です。けれどもあなたはその龍眼を視認出来ないようにする事でデメリットを補っていた。そう、ですよね?だってあなたのそれは借り物。あの人と違って龍眼そのものを自身の一体としていないのですもの。」



「わりいな、賢者クラウス。“こっちの眼”なら龍眼かどうかは解らなくても魔力の流れや変化ぐらいは覗けるんだよ。あとはその場所をネルケに解るように目線を送るだけさ」



ガーネットがトントンと自身の眼帯を叩く。



「魔力の流動を見抜く眼か。確かに座標を固定すれば無防備な龍眼を対象に魔力を打てる。さらにそこに一番静かで効果的な氷系魔術を使う。なるほど。実に手際の良い対策だ――」


これ以上は余計な口出しはさせない。




『すまないが、お引取り願おうか』




俺はクラウスの言葉を遮るようにアルメンの鎖で奴の足元を縛り、掬って床に叩きつけた後にすぐにズルズルと車両の端まで引きずっていく。

この打開策はアルメンからの耳打ちで知った。龍眼による行動制限が無くなった以上俺たちに遠慮はない。当初の俺の判断は正しかった。

この世界においてこいつよりも下回る倫理感所持者はいないだろう。危険だ。危険すぎる。



こいつをすぐさまに排除する。



「ふむ、“龍眼”だけが貴様らの対策と思ったか?」



『っ…!氷の魔術かっ』



奴の言葉で瞬時に気づく。引きずったクラウスはデコイ。氷と光の魔術で作られた虚像だった。どうやら腕を斬られる前から既に氷の虚像だったようだ。本体は、未だヘイゼルの前で立ったままだ。


この魔術には覚えがある。デコイの氷像に触れた者を凍らす侵食型の魔術。

パキパキとアルメンの鎖が矛先から凍っていく。



『だからなんだってんだよ!!』



俺は炎の魔力を鎖に連動させて、氷の侵食を打ち消す。




「わりぃな、賢者よ。オレのご主人は特段にご立腹だ。更に言うと俺もお前みたいな面倒な奴は御免でな、すぐ終わらせて、ヤルヨ!!!!!」



瞬時にクラウスの前に立ち、姿勢を低くし拳を構えるクリカラ、車両床を底の機械が抉り出る程に踏みしめ、鬼気纏わせる拳を奴の頭に叩きつける。



「―っ!?こいつ…!かてぇっ!!!!」




ギリギリと拮抗する音。クリカラの拳圧は周囲の車両の窓ガラスを砕く程に確かに重い一撃であった。

しかし、その拳を真っ向から、顔面から受けているクラウスは鉄の如き音を跳ねさせながらも、微塵も動く事が無い。


ただシンと直立していた。



「なに、これもただの地霊術を応用した魔術だよ。大した事ではない」



「ならば、これはどうだね?」



そのまま、ルドルフが追い打ちをかけるように、手を翳して重力の魔術を発動する。



「ほう、珍しい。闇の重力魔術とは。」



グンっと対象であるクラウスの周囲の空間が歪む。それと同時に徐々にクラウスの直立した身体が沈んでいく。



「ふむ、ふむふむふむ。狂信的な術者が多い闇の魔術師の中では一番罪の意識と責任に重きを置く者のみが使える。後天性による贖罪の意識か。単なる道化だったゴミがここまで素晴らしい物を持ち合わせてい、い、た、と、は、なななななななななななななななななな」



地の魔術で直立状態で硬化したクラウスだが、更に被せられていく重力で下に、徐々に下に、下に沈み、押し込まれる事で車両の床をメキメキと貫き

そのまま列車の走り抜ける地へと足が突き出てしまい、下に並んだ線路の段差がガクガクと彼を機械的に小刻みに揺らしていた。


硬化した身体を脚から徐々に地面が削っていくだけだ。

硬化しているクラウスの身体がガタガタと揺れながらすこしずつ下に下に下がっていく。



「お、おもおもおももももももももももももも思いのほかかかかかかかかかかかか、めめめめめめんんんんどどどどどどううう……だな」



奴は右手の平を下に、左手のひらを上にしてパンッと合掌すると、歪んだ空間が一瞬にして何も無かったかのように霧散する。



「…ッッッ!私の魔術を打ち消した!?」



「下に流れる重力の魔力に対して闇の精霊を干渉させた。闇の魔力の操作の基本は感情。それに左右されやすいものだ。であるならば、精霊の語りに支配権を移行させるまでだ。もっとも、貴様の強い意志を交えた魔力には打ち消すまでが限界のようだがな。」





「この身体はもう使い物にならないな。」と、クラウスの口が面白いほどにお大きく開かれる。

いや…開くにしては人外の大きさで口を開いていく。まるで人が一人分、出入りできるほどには大きく口が開かれている。

そして、そこから平然とした表情のクラウスが蛇が脱皮するように出てきた。




「地と闇の魔力をベースに5種属性魔力を調整して発動した複禄再生の魔術だ。知っているか?古来より人間という生命は泥を起源とし、闇という器に世界の環境情報、つまるところ多くの多彩な魔力を流し込む事で人たり得る構成となった。魔剣使いであるあの小娘の超再生のそれとは似て非なるものだがな。」




「ぐだぐだぐだぐだ言ってるけどさ、おかえりなさいっ!」



そのまま戻って来たクラウスに対して待っていたと言わんばかりにリアナが構えたバンデルオーラが風を渦を巻いて溜め、そいつ目掛けて圧縮された風の魔術を叩きつける。その風の威力は凄まじく、劈くような音を響かせながら屋根を吹き飛ばす程だった。クラウスはそのまま隣の車両までその突風に吹き飛ばされた。




「うっわぁ、エルフの女…俺と闘り合った時もそうだが…本当に精霊使いなのか??」



クリカラが珍しく困惑している。



「淑女に対して淫売なんてほざくからだよ。死んで当然」



リアナがふんすと鼻で息を吐く。そりゃあ怒らんわけがないか。



清音がおおっぴろく開けた真上と正面を眺める。

天井が無くなったせいで前からの風が強くあたってくる。



「…や、やったのか???」



「さぁ、どうだろうね」



「屋根ごと吹っ飛ばしたんだ。奴が遠くに吹っ飛んだとしても次が来るのは時間の問題だな」



こんなにも派手にやってしまったんだ。

先頭車両の奴がそろそろ黙ってはいないだろう。



「安心しろ。ゼタは目的地に到着するまでは、あの場所から動きはしない。そういう命令を受けているからな。」



ト…、と静かに着地する足音。



やはり、そう一筋縄いかないか。

クラウスが平然とした様子で先程まで立っていた場所と同じ位置に立っていた。


―さらっと安心できるような情報を言っているが、それを言うお前が一番に厄介なんだよ。



『よくもまぁ、あの突風から帰って来れたな』



「なに、簡単な事だ。風の精霊に語りかけて吹き飛ばして貰ったあとに戻してもらった。それだけだ」



「本当にアンタ、魔術に関しては多芸なのね。流石の賢者様なだけな事はあるわ。手数があまりにも多いって話どころじゃないわ。魔術の行使する属性の数があまりにも人外なのよ」



リアナが余裕を見せるように口角を上げつつも眉間に皺を寄せて睨む。



「人外だとは心外だ。私はただ、出来ない事を可能にする術を持っているだけだ。ただ、その知識を持っているだけだ。それと、それを行う為の気概を他者よりも持ち合わせていた。それだけだ。」



「なら、聞かせて欲しいものだわね。倫理感に関してはアナタ自身終わっているとして、そんだけの能力を、術を、気概を持ち合わせながらにして、この世界と女神を滅茶苦茶にしたいなんて考えに至った理由わけを」




「何、簡単な事だ。那由他にも及ぶ幾年を観測する意識がありとあらゆる情報を取得した際に何を思い、何をするのか。それと同じ…む?」




「ご、ゴチャゴチャと…ゴチャゴチャと五月蝿い…」




彼の言葉を遮るように、アルメンの鎖が一気に彼を雁字搦めに拘束する。

俺はそんな指示を出していない



『アルメン―!?』




「ゴチャゴチャと五月蝿いんだよアンタわぁ!!!!!」



違う。これは、この荒々しい少女の声は



「ふーっ、ふーっ!!!」



肩で大きく呼吸をして、クラウスを睨みつける狂気を孕んだ大きな眼光。

左目を抑えながら髪を逆立てるほどの感情を顕にする少女。



『アリシア!!!』



俺の呼び掛けを無視し、歯をギリギリと軋ませながら彼女は唱える。





「強制執行!!お前らの意志は、私の意志、その意志を以て!殺せ、殺せ!殺せ!!殺せ!!!」



彼女の凄まじい剣幕。その呪いとも言える言葉に答えるように、俺の中の“何か”が反応する。




―ご主人。いけません…“コボルト”の支配権が強制執行される。




『アリ―…!』



アルメンの警告が来た瞬間には遅かった。

轟轟といくつもの突風が横切る。否―

多くのコボルトが、気がふれた目をして狂ったように拘束されたクラウスへと襲いかかってくる。

一匹、二匹、四匹、八匹、十六匹と…どんどんと群がってクラウスの周辺は一つの大きな毛玉の塊のようになっていく。

その塊の内側でバリバリ、グチャグチャと鈍く水々しい音が響き渡る。



その異様な様を皆がただ見守っている。その中身の結末をただ見守っている。



「うぐっ…」



『アリシア!だいじょうぶか!?』



全てを吐き出したのだろうか。

膝をついて未だに左目を抑えているアリシア。

超再生は確かに発動している。だが、先ほどの痛みと戦慄は確実に記憶に刻まれているようだ。

あの怒りは想像を絶する苦痛と恥辱の反動なのだろう。



「だ、だいじょうぶ…だいじょうぶ…もう、だいじょうぶだから…」




―だが、それも数分程度のわずかな休息にすぎない。




「“ヌギル”」



篭った声で塊の内側からそう聞こえた瞬間、群がったコボルドの毛玉の塊が大きく弾ける。

大きく鈍い爆発と共に、寸前までコボルトだったそれが肉塊と果てて四方八方へと撒き散らされる。






「ヌグルォ、クルルルルルルルル」








「…―“こいつ”は何だ?」



マリアが大きく目を見開いて正面の光景を目の当たりにして言う。



「邪魔な鎖だ。引き千切れ」



「………」



車両の天井があれば頭ひとつ分抜けているだろう大きな体躯に首周りを包むような鬣は太太しい毛先を尖らせている。

その表情は伺えない。えらく単純な造形の仮面。真っ白な面に眼と思われる黒い穴が二つ。その下、顎下から覗かせる異様な空気は吐息なのだろう。

悍ましさで冷えた空気を吐いた分だけ白湯気を立ち込めて温めている。

ニチニチと時計まわりに首を傾げ、真っ黒なその異様な躰を捻らせてクキクキと動く様はまさに怪物そのもの。

連なる長い腕で、彼を拘束した鎖を掴みギチチと音を立てて引きちぎろうとする。



『アルメン!!!』



―だいじょうぶです。ご主人。これはあくまで魔力で構成された鎖。引きちぎられたとしても、元の長さに再構築されて戻るだけです。けれど




ヌギルと呼ばれた怪物が引きちぎろうとする鎖は急に青白く光り、大きな狼犬の姿となって怪物の首に食らいつく。



「ふむ、実に良き忠誠だな。だが、あまりにも無謀な抵抗だ…ヌギル」



クラウスがそう呼ぶと怪物の躰に刻まれた幾つもの刺青のような魔法陣、その内側から幾つもの雷槍が飛び出し、狼犬となったアルメンを串刺しにしようとする。しかし、その攻撃を予知していたのか、アルメンは瞬間的にヌギルから離れて、瞬時に魔剣に連なる杭へと帰属した。





―ご主人、あれは…あれはヤバイ。ヤバイやつだ。あの怪物も…あの、男もやっぱりヤバイ。クラウス…彼には魔力を持ち合わせていない。

だけど、それは全てあいつのせいだ。



あの“ヌギル”と呼ばれる怪物。多彩な魔力の起源はあれだ。



アルメンが震えた声で俺に呼びかける。わかるさ、あの化物がそんなにもヤバイって事は見た目からしても解る。だが、どうしてだ?

何故お前がそこまで怯える。恐れる?多彩な魔力の起源?あれはもしや魔神の類なのか?



―魔神だったらまだ可愛い方だ。あれは“外側”から呼び出した最低最悪な怪物だ。



『どういう事だ?』



―あいつは…人間。人間そのもの。人間だったそれです、人間の魂を幾つもあの躰の内側にぶら下げている。いろんな属性の、魂を、全部“ぶらさげている”。本来存在し得ない魔神でも天使でも無い存在。異次元という概念から呼び寄せた稀代の存在。人間が倫理を以て不可能だと感じるものを、倫理を奪って可能にする思考の果て、あれが恐怖させているのは理解得ない象徴を存在として発しているせいです。




“ぶらさげている”とアルメンは表現した。それが何を意味するのか俺は理解に及びはしても、それが望んでいる事ではなかった。

出来るなら気にもしたくない。知れば悍ましい事このうえないからだ。


クラウスの多彩に発動させている魔術の根源がこの化物にあるのだけはわかった。…多くの魂を抱えている怪物…なるほど。

この世界で本来人が、約束された魔力の属性は1~2種。

それを全て行使できる存在は神に等しい。故の俺という魔剣の存在だ。故に女神はそれを危険視して俺を人の領域という座へ落とした。


一緒にされたくは無いが、奴のやる事も同じ

俺とアリシアが闇の魔力を一時的に取得する術を使う事で神域魔術を使うように

こいつも、多くの知識とリソースとしてしか見ない人間を多く使って一つの神域魔術へ至る怪物そうちを持っている。

だからこそこいつは倫理を逸脱する事で女神の課した制約さえも克服する事を可能にした。自身が人間であると豪語しながら



何が人間だ。何が人間だ!

何が賢者だ!他者よりも多くの知識さえあれば全てが許されるのだろうか?否、断じて否だ。


こいつの考えそのものが怪物に違いない。

そしてこいつの思考によって完成されたこのヒトもまた、怪物に間違いないのだ。





「グォグルォ」



「この場で真逆、ヌギルを晒す事になるのは予想外ではあった。魔剣のみに興味を持っていたが、予定を変更だ。貴様ら全員合格だ。是非とも私の魔術素材として大いに貢献する事を許そう。だからこそ、その邪魔なかんがえをもぎ取らせてもらうぞ―」




「ルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」



怪物ヌギルの悍ましい咆哮を皮切りに皆が構える。



『アリシア、戦えるか?』



「今更なにをっ!私はもう既に怒っている!こいつを殺さなければ気がすまないんだよ!!」



『なら、いくぞ!!!』



アリシアが武器を構える瞬間。ヌギルとは別の殺気を感じ取る。

疾風の如き速度で迫る黒い影、それは隣の清音へと襲いかかった。



「おまえはっ!ゼタ!!」



「へへっ!御大将クラウスの指示だからなぁ!悪く思うなよ!!キヨーネ!」



ゼタはそのまま手に持っているナイフで精巧な動きを見せて清音の首を狙おうとするが、それを清音は手に持っている武器“ヴェスペルティリオ”と呼ばれた大刃を大雑把にぶん回して跳ね除ける。



「おっと、力任せなのは相変わらずだねぇ。けど、俺は好きだったぜえ。そんなお前の戦い方。武器がしおらしくなったのは非常に残念だけどな!」



「大きなお世話!!」



ゼタと清音は互の刃のぶつけ合いをしながら隣の車両へと移動していく。



『清音!!』



「私の事はいい!こいつは私がヤる!!アンタはそっちに集中して!!」



「清音の言うとおりだ!あの野郎は、あたしと清音でなんとかする!折角あっちから欲しいもんが来たんだ!!ジロケンはそっちに集中しな!」



メイがそう言って打ち合っている二人の後を追っていく!

俺はその言葉を信じている…信じているが


誰ひとりとして死ぬ可能性があるリスクを俺は許す事が出来ない。



『ルドルフ』



「いいのかね?」



『―たのむ』



それだけ言ってすぐさま視線をヌギルへと戻す。

ルドルフは俺の考えを汲み取ったのか、この場をあとにし、そのまま清音らの居る方向へと向かった。




2対1、3対1が卑怯だとは言わせない。

こいつらは魔業商だ。ロクデナシにはロクデナシのやり口を持っている。



こいつも…!



アリシアは背負っていた“もう一つの武器”を抜く。

それは黒曜石で誂えたかのような錫杖にも見える黒い槍。



それを目にしたクラウスが目尻をピクリとさせる。



「ほう、それは神器か?以前とは形状が異なるが…なるほど。あの鬼族の誂えた者か、興味深い。」



アリシアは目を閉じて、俺はイメージする。

ヴィクトルから貰った闇魔力が渦巻く装飾品ネックレスと連動しながら全ての魔力を解放する。





『「神域魔術解放ディバインオーソリティ!!!!」』




アリシアが目を大きく見開き、七曜の光が彼女の周囲を渦巻く

以前に馬車でルドルフから教わった。イメージによって魔力を魔術として行使する事が出来るのであれば

ある方法を試行してみるのがいいと


それが否定と再構成のイメージ。





『光躍!!』




俺は単純に風に運ばれ疾くなる通常の強化バフではなく、それを否定し

風そのものと同化するイメージを新しく持つ事でアリシアは瞬時にヌギルの背後を取る。



「なるほど、魔力そのものと同義である魔剣使いを光魔力そのものに換えて瞬間的な移動をする。実に良き発送だ」



『言ってろ!!』



アリシアはぶっきらぼうに魔剣おれを大きく振り、ヌギルの首を狙った。








かくして、エレオスへと向かう列車の中で再び神話に等しい戦いの火蓋が切られる事となる。

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