107:彼女を迎えに来る者
「ふぅー」
ため息と共に煙草の煙を吐く桃髪の鬼は夜空の月を静かに眺めていた。
「ひと仕事終わった後のヤニは美味いもんだなぁ」
「あらあら、社長にしては珍しい光景ですねぇ。煙草なんて、滅多に吸わないのに。もう止めたのかと思いました」
「あー?いいんだよ。こういうもんは美味いメシと一緒で、機嫌が良い時に吸うもんだ。オルドワンス」
「機嫌が、良い、それこそ社長にしては珍しい事もあるもんだ」
「うるせぇノクト。お前は余計な一言が多いんだよ。で、“闇慈羅”の調整はどうなんだ?」
ノクトと呼ばれる小さなメガネの少女は設計図を片手に頭を掻く
「社長にしては頑張って補強しましたけど。戦闘姫としてはもう、1から組み直す必要がありますねぇ」
「んじゃそれで頼むわ」
「ご冗談を、あんたの暗号に近い精巧技巧をひょいひょいトレース出来たらこんな場所でいつまでも働いてませんよ」
「わーってるよ。言ってみただけだ。オルドワンス、魔剣の方はどうだったんだ?」
「えぇ、えぇ。随分と初々しくて可愛らしい反応を見せてくれましたねぇ。私が“剣の妖精”とも知らずに…ふふ。」
剣の妖精。
剣に込められた想いが魔力となり自立した意志を持つ存在。
その体が、剣に触れられれば、鈍らも、鉄の棒も全ては新品同然に練磨された大いなる力を宿す刃となる。
魔剣とてそれは例外ではない。
「それにしても、ジローちゃんって本当に魔剣っぽくないわよねぇ。」
「名前呼びにちゃん呼びとか、お前にしては初対面に急に距離を詰めるじゃないか。」
「だーって。今までに見た剣よりもなんか“綺麗”なんだもの。」
「綺麗…ねぇ」
「それにしても、あの魔剣はとっても竜くさかった。何匹もの竜の匂いがした」
「そうねぇ。ノクト、あなた竜嫌いだものねぇ」
「竜の匂いがする奴は大抵ロクな生き方をしない。もしくはよっぽど不幸な奴――」
暗く、静かな道の中を一匹の蛾が不規則に揺れながら
誘われるように燈へと向かってゆく。
その燈はゆらゆらと内側から焔を踊らせ
その奇怪模様の羽根を徐々に蝕んで焼いていった。
羽根すらも失ったそれは、ポトリと落ちて
何を思うかすらも解らない
そしてその蛾は、すぐに馬車の轍となった。
『いよいよか』
―そこはマルクト王都の更に奥にあった。
マルクト王国の運営する西大陸横断列車の駅。
その方向へ、幾つもの貨物を乗せた馬車が何台も走っていった。
荷物は大きな布で覆われ、中に何があるかは解らない。
だが、多少の目星はついている。
…ん?あれは―
「待ちなさい、アリシア、ジロ。燈の下へと出ると見つかる。今は焦る時じゃないわ」
『すまない』
俺とリアナは二人、駅えと向う馬車が走る一本道、その脇にある建物と建物の間の暗がりに紛れて
その“貨物”がとある列車へと積み替えられるものなのか見定めていた。
何人もゾロゾロと集まっていると流石に目立つ
だから、二人ひと組に別れて俺たちと同様に建物の隙間へと隠れていた。
俺とアリシアはリアナと
クリカラはメイと
ルドルフはネルケと
ガーネットはヘイゼルと
マリアは清音と
ほぼマンツーマンの状態で隠れている。
アンジェラは元より俺たちとは同行するつもりはないそうだ。
その代わりに、俺たちはいくつものマテリアルをアンジェラから提供してもらった。
「…」
『ん?どうした?アリシア』
「なんか、その…やっぱいい」
何故か顔を赤くしてそっぽを向く。いやどうしてだよ…
『そんな他人行儀になるなって。なんで妙によそよそしいんだよ』
「いや、あの…なんか。パパ。軽くなったなぁって…それだけ」
『え?あ、そ…そう…ええ。そうなんだ?』
一度アルメンというチャームを装着しニドからの魔術の知識をいくつかもらった時から重さの調節はできるようになったお陰で
アリシアの背中に乗せたり手に持つ時はパッシブで重さを軽減する事が出来たのだが。
今になって余計軽くなってしまったのだろうか?
『余計に軽いと扱うのに難しいか?すまん、言われてどうこう出来るもんじゃねえんだこれ』
「あ、違う。そうじゃなくて。なんか…妙にパパの空気が軽くなったというか…あの…それだけ!!」
ワケワカンナイ
しかし、そのやりとりを見ているリアナも、少し顔を赤らめながらため息をついて眉間をつまんでいる。
「ジロ…本当に記憶がないのね。“あの時”の事」
『あの時?……うっ!』
なぜだろう。その言葉に対して妙に喉に骨がつっかかるような気持ちになってしまう。
どうしたんだっ!?
「まぁいいわ。話を戻しましょ。今、みんなが作戦どおりに配置についている。これからの動きは覚えているわね?」
ああ
リアナの列車に乗り込む作戦。
乗り込む段取りはこうだ。
全ての馬車が駅の前で止まる頃合を見て
建物の上…屋根上に上りそこから駅へと静かに近づき
駅の屋根上。
列車の上へと飛び乗れる場所手前へと合流して
発進した車両の上へ1台ずつ順番に飛び乗っていく。
先発でリアナが風の魔術を使い周囲の監視者らの目をくらませ、それから1車両ずつ乗り移る算段だ。
俺たちは“人”を運んでいるであろう馬車が全て駅の方へ行った事を確認すると
その場から建物の上へとのぼり、いくつもの屋根を飛び移っていく
周囲を確認すると、いくつもの影がおおきな音を立てずに静かに目標地点へと集っていく。
途中でメイの「ひぎぃ」という言葉を耳にしたが気にしない事にした。
「全員きたわね。」
リアナの言葉に皆が頷く。クリカラに姫様だっこされて青い顔をしているメイを除いては。
「だらしねぇなぁ。鍛冶屋」
「てめぇ、が、もうちょい優しくエスコートしてくれりゃあっ」
「メイ、あまり大きな声を出さないで」
リアナは駅の入口前の様子を眺める。
商人らしき奴が猫背の奴と取引をしている。丁度影のあたりで見えないが、
猫背の奴は大きな袋を2つ持ってきて商人がそれを受け取っている。
その脇で、停車した馬車からいくつもの手錠を付けられた人々が鎖に繋がれて駅の中へと何かに誘導されている。本当にこんな事ってあるんだな
それに―
あれは魔物はか?獣の顔をしている。亜人?いいや、それにしては魂の感覚があまりにも淡い。
「ほぉ。コボルトか」
『コボルト?』
「鉱石採掘場とかに現れる魔物さ。コブリンとは違ってふさふさなのがウりだよ」
「なる程、魔物を使役すれば事が公になっても全ては魔物のせいに出来るって事か。それにしても随分と賢い連中を集めたのだな。魔物風情にしては随分と律儀に動く。」
『全部で何匹見える』
「ここからだと5匹。それなら多く見積もって20匹と考えるべきだな」
『だが、それでも少なくとも管理者がどこかにいるはずだろう?』
「まって、それは注意対象ではあるけれど、目的はそれじゃない。この場は確かに捨て置けない場面ではあるけれども。本来の目的はその根元へと向う事よ。今は泳がせて頂戴」
『…なぁ、アルメン』
「―なんでしょうか」
俺に連なる杭が子犬の姿でアリシアの肩に乗り静かに返事をする。
『お前は以前言ってたよな。イクス・ドミネーターはその魔物の知識さえあれば支配、使役する事が可能だと』
「ええ」
『それは、どの程度の認知でそれを可能とするんだ』
「成程。あなたはコボルトを使役する事で列車の中に入る際の余計な悶着を避けたいわけですね。」
『そういうこった』
「理解はしました…ですが、すみません僕にもわかりません」
『そうか―』
駄目だったか…?
「ただ。僕をあの魔物に接続すれば或いは…」
成程。ニドのやっていた魔書と同等の事をすればいいと。
「その仮定を前提とするならば、貴方にとってそれを行使する為の必要な条件は―」
アルメンの出した条件はこうだ。
まず相手の情報を受け取るための承認。
この場合は一体だけでもいいからアルメンの杭でコボルトという魔物を殺す事。
もうひとつはその殺害対象のコボルトが今いるコボルトの中で上位の者である事。
どのように使役しているかは不明だが、いくら管理者が魔業商の幹部クラスであろうと
群れを成して形成するであろうコボルトの中には必ず号令をだす為のボス的地位をもつ存在がいる。
下級のコボルトの情報だけでは万が一、上位個体のコボルドが使役対象にならない可能性もある。
全てが仮説になってしまっているが、少しでも成功できるならそのほうがいい。
「―ジロ、目処はたったかしら?」
『ひとまずは、だな』
「…よろしい。でもその前に一つ忠告しとくわ」
『なんだリアナ』
「あの列車に運ばれている人たち全てを救うなんてくだらない考えは捨てなさい」
来た時から常に俺やアリシア、ガーネットだけじゃねえ。他のみんなさえも気にかけ、心配してくれて
飄々と冗談も言える彼女が言ったとは思えない…そんな重く、とても冷たい声色をしていた。
マリアが言うならともかく…だが。
俺は特にそんな事は考えていなかった。
考えてはいなかっただけで…心の奥底ではそうなってくれればいいと思っている本音を
彼女が言葉として形にした事で気づかされてしまう。
…当然、彼女は冷酷な人間だ。とは思っていない。
それ以上に俺自身の考えの甘さがひしひしと思い知らされたようで少しばかり気持ちの気だるさを感じた。
俺たちだって…本当に全員帰って事おえれるかどうかなんてわからない。
ヴィクトルであっても俺らが失敗した時には何か次の案をもうすでに考えているのかもしれない。
―ああ、俺はこんなにも無自覚にあれほどまでに嫌っていた運命に寄り掛かろうとしていたんだ。
“選べ”
アイオーンの言葉を思い出す。
漠然とした未来に頼らないでいる事ってのがこんなにも片足で立ったままのような気分なんだなぁ。
『ああ、お気遣いどうもリアナ』
でもよぉ、人の選び方じゃない。
『目の前の誰かを救いたいと思った気持ち、それにだけは目を背けられねー。そんぐらいは目を瞑ってもらいたいもんだな』
俺には俺の選び方だってあるんだ―
かくして、全ての“商品”が列車のコンテナ車両に乗せられていく中
俺たちは音をたてずに、駅の屋根上へと飛び移る。
その真下には予定通り例の赤い列車が待機していた。
すると、そこに見覚えのある人物が目に移る。
コチラ側からでも飄飄とした態度が伺える中年の男。
『あいつは、ゼタ』
「あれがか。それで、あいつが持っているあのエモノがそうか?メイ・スミス」
「ああ…間違いない。あれは親父が創った刀。黎天〆(クロアシ)だっ…」
メイはゼタを睨みつける。
『なぁ、メイ。進む決意をお前は持った。けどまだ足りない事がある。お前はあれをどうしたいんだ?』
ゼタを殺して回収したいのか
ゼタから刀について知りたいだけなのか
「ふん、どっちだって構わねぇよ。欲張るならどっちも欲しいさ。
…でも、誰かがそれで死ぬのも自分が死ぬのも御免だってとこは第一にしとくさ」
『…そうだな』
暫くそれを眺めていると、ゼタが先頭車両の中へ入っていく。
「おや」
『どうしたルドルフ』
「ゼタの入った車両の付近で少々魔力の感触が違うコボルトが居ますね」
彼の言うとおり、周囲を確認しているコボルト…そいつを見るときの魔力の感触だけ
他とは違いすこし、アてられているような感覚になる。もしかすれば
「可能性はありますね。それに、アレはなにか指示を出しています。」
その何かは直ぐにわかった。そいつの出した合図に合わせて他のコボルト連中が一斉に車両に乗っていくからだ。
『…先頭車両から二番目。目星をつけとくか』
やがて、控えめな汽笛が響き…俺の鼻先とも思える感覚にチリ、と熱量のある魔力を感じると同時に列車の先頭、
その煙突から黒い煙が舞い上がりこちらに向かってくる。
…この煙が飛び移るまでの間俺たちを匿ってくれる。
もちろん、俺たちの周辺にはリアナによる風魔術で守られている。
あとは出るときになるべく息を止めるぐらいか。
「―列車が動き出すぞ。」
カン、カン、カン、ダンカ、ダンカとあまり聞き馴染みの無い列車の音だ。
炎の魔術を応用した燈といい、どうやらこいつもそれと同じく、動力源が炎の魔力のようだな。
足元から感じる揺れだろうか。視界が少し揺れている。
それが、より一層列車が動いているという実感を感じさせる。
「“振り返るほどの疾風”」
一番先に乗り込んだリアナはすぐに風魔術を使って大きな風を
見送っているであろう人身売買の商人連中らの意識を強い突風へと向けさせる。
その間に俺たちは打ち合わせ通り、動き出した列車に二人毎に飛び乗っていった。
俺は全員が飛び乗り終わる事を確認する。
『―大丈夫だ』
「…よし、まずはこれで成功ね。」
各々がそれぞれの車両の屋根上で待機している中
俺たちは振り落とされないように姿勢を低くして車両の後ろ側。
どんどんと小さくなっているマルクトの駅、マルクトの街、マルクト王国そのものを見送っていく。
小さくなっていく住宅街、王城の光が不思議と綺麗に感じた。
そして、振り返る先…これから向かう道なりは少しずつ森と山が増えていき、岩肌に沿って敷かれた線路の景色は段々と無骨さを出していく。
なにより、今宵の月は丸く、青い。それがどうにも心をそわそわとしてしまう。
「でパパ、これからどうすればいい?」
『先ずはコボルトの親玉だ。あいつがこの下に居るはずだ…アルメンっ』
アルメンは俺のことばに反応すると、鎖を伸ばして足元を蛇のように静かに這っていく。
―例のコボルトの反応はここより三歩先の真下です
『わかった…いけるか?』
―ちょっと手荒になりますがっ
ガンッとアルメンの杭が足元の屋根を貫く。
「ガッ…ハァッ!?!?」
下から聞こえる一瞬の苦悶の声に合わせて車両側面の方からビシャビシャと水々しく弾ける音。マジで一突きかよ
刹那。ヴン―…と何かが俺に入り込んでくる
―イクス:ドミネーターの承認。コボルドの使役能力を獲得。有効範囲は特殊個体第五位階まで
第五位階?
―ご主人、多分第五位階ならほとんどのコボルトは使役可能です。
『なる程、そりゃあいい。で、どうすればいい?』
―あとは、ご主人の好きなように使役してください。対話…ともいうのでしょうか?
―…一度に一斉に指示を出すときは発信のみで、単純な指示だけですが、直接目を合わせて指示を出すときはある程度可能な範囲で細かい指示を出せます。
『そうか、それなら』
コボルトの全てに指示をだす。全員、目を瞑りその場から絶対に動くな。
そう念じた瞬間、俺の魔力が一瞬波形となって放たれた気がした。
これがドミネーターの能力の一端なのだろうか
俺はリアナに視線を向けて彼女もそれに頷くと
先頭車両とは反対側の端にある足場へと降りて様子を見に行った。
―暫くして、端からこちらに手を振る合図が見えた。よしっ
おれは一度向かう方向とは反対方向に弱めに意識した雷槍を一度外側に向けて放つ。
それが成功の合図だ。
『行こう、アリシア』
「ええ」
アリシアはそのままリアナが降りた足場の方へと向かった。
『アルメンもお疲れ』
俺の労いの言葉にアルメンもチャリ、と杭を揺らして返事をする。
さて…皆もそれぞれの車両の内側に入り込んだ頃だろう。
だが、合流する前に先ずは情報収集が先だな。
俺たちは殺されたであろうコボルトの親玉が居る車両の中へと入っていく。
扉を開けると、いくつもの椅子が並ぶ至って普通の車両だ。少しばかり広めには作られている。
すぐ側の椅子をいくつかを眺めていると、そこには3匹のコボルトが目を瞑ったまま動かない。
どうやら効果は発揮されているようだ。
「―おおう」
もうちょい先を進むと、そこには窓際に血をまき散らしながら死んでいるコボルトがいた。南無三。
ゆっくりと少しずつ魔力の塵に還ろうとしている。なんかすまねぇな。
「ねえ、アリシア、ジロ」
リアナがちょいちょいと俺たちを呼ぶ。
先頭車両側の端にある出入り口の窓を覗くように促され、見てみると
『…ああ、確かにいるな』
ゼタが先頭車両で一人だけタバコを吸いながら本を読んでいる様子が見える。
こちらにはどうやら気づいていない様子だ。
「さて、どうしたものかしらね」
『ひとまずドミネーターの能力は確認出来た。一度奥まで行って合流をしよう』
今は単体で奴を相手にする必要は無い。一度他の車両も様子見する必要がある。
「…そうね」
俺たちは一度、その車両を後にして後ろの車両の方へと移っていく。
「どうやら成功したみたいだな、ジロ」
『ああマリア。どうやらそっちも問題なさそうだな』
もうすでに先頭から三つ目の車両。そこで全員が集まっていた。
この場所でも、コボルドが静かに目を瞑って動かない。これも俺のドミネーターの力という事か。
各々がコボルトの座っていない席で座ったり立っていたりしている。
『少し待ってくれ』
―イクス:ドミネーターを発動
ここに居るコボルトの全てに指示を出す。全員眼を瞑り、動かず、耳を塞げ
すると、ここの車両のコボルトはその場で跳ね上がっていた耳をスンと垂らし、塞いだ。
『わかると便利なもんだな、これ』
ちゃんと反映されているのがわかるとちょっと面白くも感じてしまう。
『―それで、他の車両はどうなってたんだ?』
「どうもこうも、ここいらと一緒さ。コボルト連中はみんな動かないままでいる」
『…奥の“人”たちはどうなっている?』
その質問にルドルフが手をあげる。
「私とネルケさんがそれを見てきた。」
「ほ、ほとんどの人が虚ろな目をしていました。」
「…っ!」
清音がルドルフとネルケに対してスンスンと鼻を鳴らす。そして、すぐさま「うぇ」と嫌な顔をし始めた。
『どうしたんだ?』
「これ…私の嫌いな匂い…母さんと同じ匂いだ…。」
母親と同じ匂い?
「…そうだとは思いました。桃色の髪をした貴方ならもしやと思いましたが…そうです。ラフレッドがあの人々には多量に投薬されています」
『ラフレッドって―』
「西大陸で今でも蔓延っている麻薬だ。昔はそれが問題にもなっていた。取り締まりには桃色の髪の子供の親がラフレッドを使っていると噂されるほどにな」
マリアが項垂れる清音の頭を優しくなでる。
「そんな根拠など何処にもないのに、いつしかそれに縋って魔女裁判を執り行っていた。そのせいもあって大抵の桃色の髪の子供は親に殺されるか店に売り払われる等と聞いていたが…お前もそうなのか」
『実際に桃色の髪をした人間ってのは他とは違うもんなのか?』
「ラフレッドに関わる事案は全て事実無根。それ以外に関しては伝承で鬼族の血縁が先祖返りすると赤い髪になって角が生えるという話もある。しかし、そうだとしても赤ではなく桃色だった場合は、不完全な者として鬼族としては爪弾きものにされたと聞く。どちらにしても救われない話である事には違いないだろう」
ルドルフの言う事が本当ならば、あの時アンジェラだと思われる小さな姿をした鬼も―…
『いや、すまない。話を戻そうか。どの道ラフレッドで今収容されている人たちは自分で逃げる力はないのだろうよ。』
冷静になれ。これは、俺だけの気持ちの問題じゃあない。他の連中が一緒にいてこその今ある状況だ。優先すべき事を履き違えるな
だが、救える命もある可能性も捨ててはいけない。
「―すまないが、静かにしてくれないか?」
刹那、皆の視線がその聞き覚えのない男の声に集まり、
ガーネットが
マリアが
リアナが
清音が
メイが
ネルケが
クリカラが
ルドルフが
ヘイゼルが
一気に刃と敵意をその男に向けた。
…勿論、アリシアも魔剣をそいつの首筋に添えている。
「…フン、寸止めにする判断だけは賢しいな。だが、そんなもの私の抑圧としてはあまりにも児戯に等しいぞ」
俺に心臓があるならば、今この瞬間ものすごい速さで脈を打っているであろう。
幾つもの敵意を向けられながらもそれに全くの物怖じもせず
椅子に座りコーヒーを啜るその男はそのメガネの下に鷹のような鋭い目つきで魔剣の俺を睨む。
「お前との用事はまた後だ。“魔剣”」
『お前は何者だ??』
先程まで一度だって気配を感じなかった。それどころか視界にすら入っていなかった。いや、視認できていなかった?
こんなにも人数がいて?
「まって!アンタは…」
清音が狼狽えながら言う。
「ふん、実験体。モルモット如きがその役割を放棄する等、なんとも愚かな事か。そこのクズ神父同様に、クズもここに極まれりだな」
「随分鼻につく物言いじゃない。あんた」
「黙ってろ、手長猿の淫売が」
リアナの事を侮蔑するようにそう男は言う。
「行儀が悪いのはその目だけじゃなく口も同じらしいな」
「運命に見捨てられた死にぞこないが行儀を語るか。髑髏が下品に笑うよりは興が持てるぞ。汚さという意味でだがな」
『どうやら口だけは達者らしい。肝も座ってるようだが、この状況で言葉は選んだほうがいいぞ。もう一度聞く。アンタは何者だ?』
「私に言葉を選ばせる前に貴様ら全員がまず態度を改めるべきじゃないのか?それで生殺与奪を持ったつもりか?」
『質問を質問で返すな。アンタは、何者だ?』
「質問を質問で最初に返したのは貴様らだ。私は“静かにしてくれないか?”と言ったはずだが?」
鋭い目が周囲を睨みつける。
「…」
「…」
「…」
「………」
『…』
確かに、こいつは相当やばい奴なのかもしれん。あの清音でさえも今までも狼狽している。
何より
多分誰もが思っている。
今、俺たちは多分喋る事ができなくなっている。…こいつの魔力か?
―ご主人様。ここは一端引きましょう。こいつの魔力…ヤバすぎる。
ヤバいって、どういう事なんだよ。
―この男、魔力を持っていないのに“魔力全てを持っている”
どういう事だよ!
―詳しい仕組みは解らない…ケド、幾つもの属性の魔力をこいつは直ぐに引き出す事が出来る。そういう風に出来ているっ
「…ようやく静かになったか。よろしい。ならば、貴様らの質問に答えよう。」
男はコーヒーを啜る手を止め。ティーカップを脇の台に置く。
「私は賢者クラウス・シュトラウス。この世界の魔術の全てを知る者。そして、この世界を、殺す者だ」
―男は、確かにそう言った。そして続けざまにこうも言った。
「貴様らの使っているその人形。それは私のものだ。返してもらうぞ」