103:倶利伽羅竜王
目が覚めると、そこは既にいつもの砂浜であった。
先ほどの騒々しさが嘘のようで、先程まで散らばっていた黒い泥も無く、俺という魔剣は地に刺さったまま
金髪を風に靡かせたアリシアと共に呆然と海を眺めて立ち尽くしていた。
そして、その青々とした景色に入ってくる存在。
“彼は”こちらへと歩み寄ってくる。
ザクザクと、砂浜を踏み鳴らしながら―
周囲の皆も何が起きているのか理解出来ずただ黙って見届けている。
そしてアリシアと俺の前にその大男は立ち
何かをするわけでも無く静かに見下ろした。
「―魔剣の、今答えてやる。あの時の質問についてだ」
『…ああ』
「お前は優しすぎる。」
『は?』
瞬間、彼は平伏するように俺たちの前に跪き
その拳を地に着ける。
「ニーズヘッグとしての俺は死んだ。そしてお前から新たに生を授かったこの瞬間からお前を…いや、お前たち二人を主とし、この命を捧げる。どうか、俺に新たな名を与える事を許して欲しい」
重ね重ねで驚くしかなかった。
彼が俺の質問に対しての答えも曖昧なものであり
正直、彼が生き返った事の後に関しては何も考えていなかったからだ。
自分の中にあった情動を吐き出した後だからこそ異様な冷静さがあったからこそ、目の前で俺たちに対してかしずく意を示したこの予想外の展開には
ただただ驚くしかなかった。
『な、名前っていわれても…』
「お前がどんな事情で、どんな想いで俺を生き返らせたのかは今は聞かない。だが、俺は俺の意志でお前に付く。ああ、そうだ。お前同様に俺は身勝手に決めたのだ。お前が俺を生き返らせたようにな。」
『お前‥』
「いいんじゃない?パパ。私にはこいつの言う事…なんか解る気がする」
アリシアまで…いや、そういう事なのだろう。
俺が、おれの感情で選んだ事に、己の意思に責任を持てという事を言いたいのだろう。
『―わかった。受け入れるよお前を…』
だが、名前か…ナマエ…どうするべきか。
今回はルドルフの時とは違うしな
いつものままニーズヘッグでいいやとかって話はきっとこいつのこの意気込みを無駄にしてしまうだろうし
『―――そうだな、倶利伽羅…“クリカラ”…倶利伽羅竜王でどうだろうか』
なんかこいつ、不動明王みたいな見た目してゴツイし。
倶利伽羅竜王。そんな名前の竜がいいだろうよ
「クリカラ…。有り難くその名を頂くぞ。我が主」
ニーズヘッグ…いや、クリカラは立ち上がり俺たちの前に手を差し出す。
「ん」
『―ああ、すまない。』
俺はそれが何を意味しているのか解らなかった。だが、俺は察してアルメンの杭を動かして差し出す。
そして俺はクリカラとの握手を交わした。
―竜王拳:シンの獲得
―竜王拳:羅業烈斬覇の獲得
―竜王拳:剛魔竜神裂火の獲得
―竜王拳:天駆滅却陣の獲得
―竜王拳:影牙撲殺瞬竜擊の獲得
―イクスドミネーター:竜化
―イクスドミネーター:強制起動対象「倶利伽羅」
いや、序盤にすんごいもん持ってくるなよ。なんだよその名前。
これもアルメンが説明したとおり倶利伽羅がかつてもっていた能力を彼が与える意志を以て渡したものなのだろう。
けど、こんな名前は前回の戦闘で一度も使った所を見た事がないぞ。
「ああ、竜王拳、そいつはどうにも俺には向かん。相性が悪いと言っていい。基礎から学んで使えるには使えたが繊細さが求められててどうにも俺向きじゃない。だが、お前らならあるいは使えるかもしれん。なんせ竜王拳は元々『勇者』とか呼ばれる奴が覚えるために創られた技術だからな。」
『なんでお前がそんなの覚えようとしたんだよ』
「……ちょっと憧れてたんだよ…勇者に」
『お前が?ドラゴンのお前が??』
「うるっせぇ!黙って受け取れ!あ・る・じ!!!」
「はぁー、またとんでもない奴を仲間にしたものね。パパ」
「そうです!!どういう事ですか!!僕がご主人と一緒にいけないまま何が起きているのか解らなかったのですよ!!」
脇からテクテクと喋る小さな犬が出てくる。
「それに!アナタ!!あなたがご主人の新たな従者だっていうなら!僕は先輩なんですよ!!せ・ん・ぱ・い!!」
「あぁ?ああぁ~ん?」
アルメンを睨みつけるクリカラ。
「…なんだその目は。僕を舐めているのか?小竜風情が!!」
ドンっと小さなアルメンの子犬の姿がイキナリとしてクリカラよりもふた回り大きな狼となって彼に威嚇しはじめる。
「グルルルルルルルルルルルルル」
それに対してクリカラもあまりの予想外の出方に「おおう、デケェ」と虚をつかれたように言う。
つかお前ずっと猫かぶってたのかよ。
「なんかよくわからねぇが、俺は別に序列を気にしているわけじゃねえ。まぁ、互いにヨロシクしようや。先輩」
「…………まぁ、わかればいいんですけどね。ワカレバ」
ポンとまた子犬の姿に戻るアルメン。いや、チョロすぎだろコイツ
なんか暫く誰とも話せてなかったせいか変に承認欲求強くないか???
「…おいおい、そっちで色々話ている所申し訳ないんだがよぉ」
後ろからガーネットの声が聞こえてくる。
アリシアに持ってもらい、振り返るとマリアもリアナも困惑した様子だ。
「そろそろ説明してもら――」
「そうですね。説明して頂きたい。この騒動の顛末を」
彼女の言葉に被せるように聞こえる男の声。鎧をまとった男がこちらに近づいてくる。
彼は兜を取って、その顔を見せる。
顔に二本線の傷が入った初老の男。
鎧の胸部には大層な紋章が刻まれており、察するにそれが王国のものだろう。
門の方を見ると多くの兵が待機していた。
「マルクト国、王国騎士団長のウィズヘルと申します。正門前での騒動を聞き駆けつけたところ、事はすでに収集がついているようですが。
当事者として一体なにが起きたのかを説明して頂きたい。」
「ああ、そりゃあ俺が―」
『んあああああああああああああああああああああああああああっとあああああっとあああとああっとっと』
「ちょっと!?パパ!?パパ!?!?!?」
倶利伽羅が言おうとしている事は明らかにマズイ。不信感を抱かれてしまう。
俺は無理にでも叫ぶだけ叫んだ。
『あっと、失礼。ちょっと失礼しますね。クリカラちょっと、こっちに』
「お、おう」
『(いいか、今はお前は何も言うな。余計な事は言うな。絶対にいうな。わかったか?)』
「(あ、ああ)」
『すいません。どうにもちょっと僕らもよくわかってなくてぇ~。なんなら少しばかりお時間を頂いてから説明を…って…ん?』
俺がウィズヘルと呼ばれる騎士団長の方へと視線を向けると
彼はものすごく青ざめた顔をしてこう言った。
「しゃ…しゃべる剣…?まさか…魔剣!?」
『あ』
彼は急に剣を構える。
「にわかに信じ難いが…その禍々しい姿っ!お前が全ての元凶かっ!!」
『いや』
「古の渦の負の遺産!!かつて、忌むべき事件を起こした悪夢の象徴!!大罪人ヴェン・マッカートニーと共にエニア・メギストスで残虐行為の限りを尽くしたされる魔剣!!まさか、このマルクトに再び舞い戻ってきたどでもいうのか!!」
『あの、話を』
やべえ、これマジに面倒になるやつだ。
「ちょっとやめて。パパをそんな風に言わないで頂戴よ」
アリシアが魔剣の俺を抱き締めるようにそう言う。
「パパ?…パ・パ??……ぐぐ、キサマ!!こんな子供にまでそのような幻覚魔術を使って!!一体どこまで人間をコケにすれば済むのだ!!!この悪逆非道の大罪者!」
ああ~、これは何を言っても通じねえ奴だ。
「おい、まて!聞き捨てならねぇなぁ。おれの主人に対してそんな言い方して許されると思ってるのか?俺を怒らせたらこの国とまとめて焼き滅ぼすぞ?」
『アルメンンンンンンン!!!お前は理解ある従者だ!わかってるよね!わかってるよね!』
「ぐっふぉ!?むんぐっ?!」
クリカラの体をアルメンの鎖がぐるぐる巻きに縛り付ける。
ついでに杭で彼の口も塞ぐ。ナイス!!!!
「国を焼き滅ぼす!なんて奴らだ!最初からそれが目当てだったのだな!!ここの連中は!!」
ああ、もうこの騎士団長目がかっぴらいてますわ。
青筋すんごいもん。
『先ほどの発言は撤回します。だから話を聞いて?お願いします。聞いてください!』
「くそっ!なんて人間じみた口調だ!そうやって幾度となく人間は絆されてその隙に心身共に手中へと収め傀儡にしたのだな!!この悪党め!!」
人間じみてるのは人間だからだよ!!
「ふぅ、もう付き合ってられん。リアナ、お前も黙って見てないで入っていったらどうだ?……リアナ?」
マリアがついに痺れを切らして、話の出来るひとを呼ぼうとリアナを呼ぶと
彼女は文字通り報復絶倒していた。
おい、ナニワロテンネン!!!!!!
「い、いやぁ…会話聞いてると面白くてつい。もうちょっと見たくなっちゃって」
おいおい、こいつもしかして愉悦部か?愉悦部なのか?
俺はお前は結構真面目な奴だと思ってたんだが???
「剣を収めてください。王国騎士団長ウィズヘル。ここに居る者全ては私、リアナ・ル・クルの同行者です。」
「リアナ…?まさか、アルヴガルズの巫女様でありますか!?」
「元ね。その喋る剣は…ぶふっ、魔剣じゃないわ。」
今笑ったろ
「それを、信じろと?」
「ええ。あなた、どうやら神話や時代には割と詳しいようね。なら解るはずよ。そのものは、我が故郷アルヴガルズにある封印されし魔神の山、イヴリースを斃したとされる英雄。ドール=チャリオットの魔剣に違いないのだから」
「な、なんとっ!?」
『えっ!そうなの!?』
「ジロ、お前は少し黙ってろ」
すまんマリア
「ここにあるのは、ペスリット大司教から賜った彼を英雄として認める署名のスクロールよ。そして、中央大陸にあるギルドでは階級ゲオルークとして登録されているわ。事実が必要かって言われるなら…そうね。ここに居る皆が証明者じゃないかしら?先程まで暴れていた黒い竜。それは我々とその英雄ドール=チャリオットが討伐したのだから」
「…竜。なるほど。ドール=チャリオット。彼の七番目の奇跡の英雄!!素晴らしい!この時代において、そんな伝承ある存在がいまだ居て、幸運にもお初にお目にかかれるなんて!だからこその魔剣所有者がこんなにも幼女だったのですね!」
「幼女いうな」
しかし、うまいぞリアナ!そんな隠し玉があるなんて知らなかった。
「そこでなんだけど。ウィズヘル。あなたに会えて丁度よかったわ。実は王に謁見を望みたいのよ。お願いできるかしら?」
「王への謁見…。しかし、私の判断だけでは…」
「ならマルクト王…“グロウリアス”に伝えて欲しいわ。リアナ・ル・クルが貴方に会いに来たと」
騎士団長ウィズヘルは言われるがままに門前で待機させていた兵を引き上げて、単身で王の所へと馬を使って走り出す。
リアナのおかげでなんとかはなったが、やはり此処での軽率な発言や行動は控えた方が良いらしい。
今までは運が良かったのだ。
魔剣というものはやはり忌むべき存在に相違ない。
特に実害を受けているこの西大陸では…少し寂しい気もするがな。
この身体になって、俺は孤独というものを微かに感じてしまう瞬間に違いなかった。