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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
136/199

神を冒涜する者たち故に



絶えず戦争を繰り返す中央大陸


そこより更に北の方。

大きな山々と壁が、一面に広がる場所、神の聖域と呼ばれている極大僻地。


選ばれた者だけが辿り、神の祝福を受ける事ができる


その為の試練。


その名を極界と呼ばれていた。


その極界から、神が見下ろすように存在する、巨大な黒き渦。

かつて神が古より争う生命への罰として生み出した魔の門。

ある人は、新たな感情の世界と

ある人は、魂の根源たる場所だとうたう。



古の渦。


飲まれる海はいずこへ向うかも知らず、幾つもの色の魂源だけが漂う。

その奥には数百、数千もの魔神が眠り、その産声を聞き、その誕生を望む眷属、魔物らが命というリソースをその者らの目覚めの為に

三千世界へと放たれる。


そんな魔境の入口、危険極まりない辺境で調査という名目で常駐する者らがいた。







「あら、思っていたよりも早く見つけられたわね。」



渦の中で今にも崩れそうな崖の上で、ある一人の男が

飲まれる海が大瀑布となり、底へと流れているのを見上げていた。



「フレスヴェルグ」



思わぬ来訪者に対して、振り返る表情は相変わらず仏頂面だ。

彼はその手に持つステッキで地をコンコンと叩き、赴いた客人の名を呼ぶ。



「お前は、ウロヴォロス――」



「やぁねえ。『ヴィクトル』って呼んで頂戴よ。“この世界”では」



「ふん、お前が世界を何度巡っていようとも、名前を変えようとも、その本質は変わらぬというのに」



「やぁねぇ。前向きだと言って欲しいわ。変化は常に起こり続ける。その際に重要なのは、柔軟な対応なの。

必要ならば過去共々脱ぎ捨てるのが一番なのよ。」



「よくもまぁそんな立派な風で飄々と語れるものだ。望む未来でなければそのページを破り捨てる事を厭わないというのに」



「違うわよ。そういう見解があるだけ。アタシはただ巡り続けるだけ。この世界を、人を愛しているからこそ、世界の終わりを奪い続ける。

繰り返し、繰り返し、繰り返し。それが同じ事、同じ時間、同じ日々だったとしても、人は重ねる事で新しいものを得続ける。新しいものを追い求め続ける事ができる。そして、いずれそれは強固な真実へと近づく事ができる。いいえ、そんな事すらもどうでもいいのかもしれない。それが『永劫』に続く物語だという結果だとしても。叡智を喰らい続ける事が出来れば、それがアタシにとっての最も禁忌たりえるモノ、至極の果実となる。」



「傲慢だな。天に位置するよりも余計タチが悪い。全ての価値を尊く思うからこそ、全てを知るために何度も捨て続け。何度も拾い続ける。…………その結果が“あの竜”か?」



ヴィクトルは片側の口角だけを釣り上げて、不敵な笑みを見せる。




「未来へと辿る糸が一本では、いずれ全て滅びる。この世界は何故かそういう風に出来ている。誰かの意図によってね。だからこそ、その糸を確かな者にしなくてはならないの。アタシこそが永劫世界を存在させ続ける。だからこそ私は“失敗者”たちに協力をしてもらっている。ただそれだけよ?」



「そんな事をせずとも神に願いすればいい。かつてお前がその祝福を得た時のように」



「祝福なんて奇跡は、所詮は鮮度の問題。果てに望めばいずれは変化を求められ、腐るだけのナマモノよ。それがアタシたち。それが転じて必然的に生まれたものが厄災なの。神からの貰い物なんて…もう二度とお断りよ」



「もらっておいて身勝手極まりないな」



「賜ったからこそ得た見識よ。」



「ならば諦観する神には頼らないと?」



「神は所詮、奇跡と祝福を起こすためのシステムよ。力との接続を担っただけの窓口に過ぎない…故に関与しない。起動しない。外側の意思が関与しない限り。この古の渦のようにね」



「お前はいつもそのように言っているな。神が古の渦を創ったのではない等と」



「造ったのは間違いなく神よ、でも…望んだのは神ではない。」



「じゃあ誰が望んだのだ。それを。神がシステムに過ぎないというのならば。あの女神等と呼ばれた“アレ”はどう説明する。馬鹿竜ニーズヘッグはあの女神を心酔していたぞ。それは戦士が英雄に、姫が王子に、人が父に抱く感情となんら変わりない。それをお前は人格の無いものと否定しているのだぞ。」



「そういう風に、意志があるように造られたとしたら?そう願われたのならば?」



「相変わらず無茶苦茶な考察だ。信仰への冒涜と言ってもいい」



「あら、恐れ多いのはアナタの方だと私は思うわね。イヴル・バース。あなただって神以上に願うものを見知ったからこそ、手を出したのでしょう?いいえ、シナリオと言ってもいいわ。」



「…」



フレスヴェルグは懐から黒い書物を取り出す。



「これは、私と…私に託してきた者の最初で最後の絆だ。」



「あら。情がこってり入り混じっているのね。ソレ」



「数百年。ずっと私はこの渦の番人として生きてきた。そんな中で見続けてきた魔力。いや、存在する熱量の全てには確かな人の感情と似たそれが在った。だがこのニド・イスラーンに生きる人々は、それら全てを受け入れようとしなかった。いや、受け入れるには魂も肉体も脆すぎた。ならば神は何故それらを分断する必要があったのだ?何故、罪としたのだ?何故罰としたのだ?通じえない言葉か?思想か?その貌か?私は…ただ私はそれが知りたいのだ。否、知らねばならない。それが我が悲願であるが故に」




「だからこそ、ニーズヘッグを食わせたのかしら?」



「…お前が此処に赴いた理由はそれか。あのような粗暴で馬鹿な愚者であっても、竜を管理する者としては、流石に見過ごさないと?」



「ええ。そうねぇ。返答次第によってはあなたを処罰の対象とするかもしれないわね」



「その言い草だと。本当に欲しいものは理由か?」



「当然よ。こちらとしては竜という存在がコケにされてると思われたら、示しが付かないもの。」



「………全てはこの“第三”の世界との対話を望むためだ」



「第三の世界」



「お前のような考えの奴なら知っているだろう?クラウス・シュトラウスの提唱した世界構造。“フラスコ”。このニド・イスラーンという世界が本当の神によって造られし“第二”の世界だという考え。この世界において空のムコウ。星星が並ぶ黒い空は第一の世界との隔たり、天蓋であると。そしてその先に神々に等しい第一の世界が存在し、それによって造られた神こそが今の女神アズィーであると。所詮は我々は第一の世界の情報のお下がりで構築された不完全な世界だという説」



「随分と古い一説を引っ張り出すのね。」



「私にとってこの世界の外側には興味は無い。だが、魔力というものを得る構造。この世界で得た情報が魂に集積される事で、魔力が生まれるという事実。ならば、この古の渦という魔力の根源は一体何であるのか。何故、我々人という存在よりも蛮性をもって生まれた魔物が、魔神が存在するのか。私はクラウス・シュトラウスの考えに則りこう考えた。この世界で集積された情報もまた廃棄物として古の渦へと集っているのでは無いのかと。そして、そこにはまた新たに第三の世界が確立している可能性があるのではないかと。」



「古の渦そのものがこの世界の観測者であり、ニド・イスラーンという魂だとでも言いたいわけ?」



「もしそうであるならば、対話を可能とするインターフェースが必要になる。それが―」



「常闇の姫。」


フレスヴェルグは手に持つ黒い書物を開きはじめ、パラパラとページを送るようにめくり続ける。


「この預言書は恐ろしくも素晴らしいものであった。私の望みの為に数多もの未来が見透かされたように書かれている。第一の世界から降り立った特異点、魔剣ジロの存在についてもだ。この世界において特殊な経緯を経て複合されたアリシア・ハーシェルの魂。その廃棄物として生まれた業の塊。奪うという根源を持ったあの姫が、この世界で第三の世界への介入を可能とする条件。それはいくつもの存在を無限の闇そのものとして生まれた常闇の姫へと複合させる。その揃えれば、いずれは私の悲願である渦の奥、第三世界に眠る魔神らとの対話も望める。その最初の条件の一つが知恵持ちの竜という存在を得る事だ。それを知った際に誰を彼女に食わせるかを考えた。思い当たる節、答えは直ぐに出たよ」



「…」


常に能面のように仏頂面であったフレスヴェルグがここだという場面で表情を変え

ヴィクトル・ノートンに向けて笑いかける。


「ウロヴォロス。私はね、心底偉そうに地を這う竜が大嫌いなのだよ。それが、理由だ―」

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