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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
131/199

97:ワンネス

―真っ暗な闇が空を覆い、月と星星がエインズのギルドを見下ろしている。


本拠地の前では今日の依頼を終えた冒険者らが出たり入ったりとしていた。

その表情は様々だ。

小さな小袋を両手て持ちながら笑顔で帰っていく者。

大きな袋を抱えながら、喪失感に青ざめた顔で帰っていくもの。

いつもの事だと、感情に振れられない無表情で帰っていくもの。



そんな大きな経験を経て彼らはきっとこの先の未来を選択する。



そんな冒険者たちが目を見張る程に、ギルドの前で騒がしく並べられた馬車。



「リアナちゃん。頼んでいた馬車を用意しておいたぞ。2台でよかったな?それと、必要な分だけの食料も載せてある。と、馬車の明け渡し先だ。そこの商人にこの手紙渡して馬車をそのまま流してくれれば構わないんでさぁ」



「ええ、ありがとう。ドルネルさん。代金はこれで。お釣りは要らないわ」



馬車を用意したドルネルと呼ばれる商人に少しばかり大きい袋をリアナは投げ渡す。

それをドルネルが迷う事無く受け取るまでの流れが当たり前のようにされてるとこから、互いの付き合いの長さが感じ取れる。



「いつも悪いね」



「いいのよ。それに…もしかしたら…」



「ん?」



「いや、いいのよ。また必要になった時はお願いね」



「ああ、いつでも待ってるぞ。」



ドルネルと交わす会話はいつものやりとりだった。もしかするなら一字一句同じ言葉を言い合っているのかもしれない。

それほどまでに変わりないものだ。

だが、彼女の声は不思議と霞が掛かったようなものだった。



「―それで、どう?ガーネット。調子は?」



リアナが振り返る先、馬車の乗り口に腰掛けるガーネット。

彼女はカチャカチャと無機質な音を小さく鳴らしながら足踏みをして小さく鼻で息を吐く



「まずまずだな。すこしばかり違和感がある。反応して動くまでのズレも視野にいれて動かないとな」



「そう、それは重畳と言っていいのかしら?」



「んま、そういう事にしとこうか。私らにはそこまで時間がねぇんだしな。」



「別に、あんたが無理して行く事は無いのよ?」



「はぁ?」



リアナに視線を向ける、しかし彼女は合わせようとせず顔を背けて誤魔化した。

その意図を知ってかしらずか話を続けるガーネット。



「せめてハワードがレヴィ・クリムゾンを返してくれりゃあなあ」



「仕方ないわ。あれも元々帝国の者なのでしょ?それよりも…彼、それにもうひとりの子は大丈夫なのかしら?」



その質問にガーネットはため息をついてかぶりを振る。



「それは私が知りたいよ。帝王様直属の部隊だってんなら…どうせなら私も連れて行って欲しかったもんだ」



「馬鹿ね。本人だってきっと側にいてあげたいのは山々だったのよ。それでもあなたを私たちに託したのにはきっと理由があるはずよ」



「むぅ」



「そもそも、帝国軍と帝王が一枚岩でないほうが不思議な話ね。軍の管理だって帝がするべきじゃなくて?」



「そこは…まぁ、色々と複雑なんだよ。ほら、中央大陸の今でも続く戦争があるだろ?あの戦争が始まって依頼、帝国軍への帝王の干渉が一気になくなったんだよ」



「何か理由があるの?」



「わからない。だが、知ってる話じゃあ、帝王の直属の部隊が監視として送り込まれていた筈なのに突如としてそいつの存在が消えたってハナシだ。どうもそこらへんがキナ臭くてさ。情報部隊としては色々と関係者にカマかけたり根回しをしたんだがどうにも口が固くてなぁ」



「そう。ならまだあなたも知らない事はたくさんあるようね」



「そうだなぁ。帝国はとても大きい国だ。それこそ小さな国と国が連なっている西のユニオンと違って上に立つ人間と扱う民衆の差が激しい。だからこそ、帝王は民衆に悟られたくないのさ。軍との対立なんて事はな。それが表に出ればきっと派閥は必ず生まれる。そうなれば帝国としての統制が単なる飾りになっちまうのさ。って今はそれぐらいしか知らないワケなんだが。それ以上を知るにはもっと…あの古巣をつつかなきゃいけなくなっちまう」



「結局はいつか戻ってその目で確かめるつもりなのね。




「んー…まぁ、そうなるな。私の納得のいくものが出るまでは私もきっと歩き続けるつもりさ。その為のこの脚だ」




「…だったら、次はもう少し自分の事、大事にしなさいよね」



「わーってる…って」



足が車での間。暫くはリアナやヘイゼルがつきっきりだった。

リアナはいつも側にいてその話をする度に適当な軽口で返していたものだが

いつものように適当に返すつもりが、ガーネットはいつもと違う彼女の表情。そしてその瞳にその隻眼が合った瞬間、その真剣な表情にすぐさま顔をそらし言葉を詰まらせる



「誰かの為に誰かが死ぬなんて事、もうこりごりだもの。アグの時だってそうだった。あなたのとった行動が間違っていたなんて決して思わないけど

でも、あなただってもう私にとっては掛け替えの無い仲間だって事わすれないで頂戴。まだ日も浅いからって、あんたみたいな鼻につく間抜けが居なくなるのは寝覚めが悪いんだから」



「う、うっせぇなぁ!わーってるよ!てか、言いすぎだっつーの!なんか余計な事まで聞こえたし」



「あ…あのぉ」



そこで、少しばかり申し訳なさそうにネルケが言葉をはさんでくる。



「リアナさん。ルドルフさんと一緒にいるんですけど。私たちはどうすれば?」



「…さて。もうある程度準備は出来たわね。ええ、そうねもう馬車に乗っていいわ。あとはジロたちがニドと話をしている筈だから、少し待ってて」



「はい!」



「あの…私は一緒に行かなくてよかったのでしょうか?」



ルドルフが申し訳なさそうにリアナに聞く。



「ジロが言ってたわ。あなたや清音を話題に持ち込むのは多少面倒な事になるって」



「そう、ですか…」



「これもあなたの為を思っての事よ。憂う必要なんてないわ。」



先の襲撃に関与している二人。いくら今はそのつもりは無いとはいえ、自覚もなかったとはいえ

行ってきた事に対しての罪が拭われるわけではない。


ギルドの前で、彼らこそが当事者などと言ってみたならば

すぐにでも、その話の落としどころになってしまう。

どんなに寛容な態度を見せてくれるギルド長のニドでさえも責任者という立場から、引き渡すように言われるのは至極当然の話だ。



「この場所では、あまり表には出さずに、大人しくして」



「ええ、わかりましたでは私も馬車でナリを潜めておきましょうか…おや?どうやらあちらの面々もご到着のようですね」



ルドルフの向けた視線の先。そこにはメイとアンジェラそして―



「おーい!ジョイ!お前!本当にあのジョイなのか!!もう全然ピエロっぽくないな!!あんなに人食ってたのに!普通の人間みたいだぞ!」



ツインテールの桃髪の大女、清音がこちらに大きく手を振りながら叫ぶように来る。



「おおふ‥」



「おい、リアナ…あの女黙らせた方がいいんじゃねえか…?」



「ごめんなさい、ちょっとあの子の口に合う猿轡さるぐつわを用意しておくわ、ガーネット」



(―いや、そこまでは言ってねえし)

「先ずは礼を言う。例の道化師は君らのほうで“始末”してくれていたとシアからは報告を貰っている。」



俺とアリシア。そしてマリアとヘイゼルがソファに横並びになって座っている。

その向かい側で同じソファに一人で大きく、ふてぶてしく座る絡繰兎のギルド長ニド。


始末…まぁ言いようによってはそうなるな。

シアの配慮には感謝しなければならない。




「…いやはや、リョウラン組合の代表りゅうからいらいを持ちかけられた時は驚いたよ。よもや、逃れられぬ因縁とはこの事だろう。

ジロ、アリシア。君たちは自分で思う以上に…世界との深い関わりを持っているのかもしれないね。若しくは…“物語の核”を担っているのかもしれない―」




「ギルド長。御託はいい。こちらも時間がシビアなのでな。さっさと話を進めてもらいたい」



マリアがニドの言葉をあしらい、本題を要求してくる。



「ふむ。今回の件は私にとっても非常に重要な依頼だと受け止めている。できる限りの支援はさせて頂きたいつもりではあるが…前回のような大討伐ほど大げさにはできない。」



『別にそこまで今回は人手を求めているわけじゃねえが、一応聞いておく。何か理由が?』



「今回の街への襲撃はおもってた以上に被害が甚大なのだ。君たちの存在がどれほどまでに助けになっているのかは確かに十分理解している。こちらの不手際の尻拭いまでさせてもらう始末だ。これは金の問題じゃない。我々ギルドとして、この街エインズの守護者として在り続ける事が出来るかの心の問題だ。正直、うちの関係者らはみんな精神的に疲弊している。こんな襲撃、二度と来ないと思っていたからね。しかし、起きてしまった。その時の恐怖というものは克服する為に条件が限られる。君が良く知っていると思うがね」




『言われなくてもわかるさ。勿論、ニドをアテにするつもりは無い』




「すまないね」




『その代わり、少し教えて欲しい事がある』




「なんだね?」



『少し前の話の続きになる。アイオーン…彼は一体何者なんだ?』



「…ふむ、その言葉には以前に話した内容では足りないという様子だね」




No,10『選択』のヤクシャ。亡霊の騎士、忘却の英雄。



かつては実在の奇跡の物語『ワンネス』のモチーフになった英雄だった。



そんな彼があの時に残した言葉



―彼女がもしも世界の敵になったとしても救うと誓え



それはヘイゼルの未来を示唆していた。これはあえて表に出さずに聞きたい。



『俺がアルヴガルズで再開した時、ヘイゼルの事を聖女の成れの果てと言っていた。そして同胞とも』



「…」



ニドは少し考えている、言葉を選んでいるのだろうか?



「私が識る事にも限りがある。もし、アイオーンとヘイゼルの関係を知りたいのであれば…彼女本人に聞いたほうがいいのでは?」



「…」



俺はヘイゼルに視線を向ける。

魔剣を抱くアリシアも固唾を飲んでそれを見守っている。




「そう、アイオーン。今でも彼は“私”を“救いたい”と思っている」



無機質な表情で言うヘイゼルの声はいつもとは少し違っていた。まるでいつも聞いている声とは違う…まるで他人のような

でも、覚えている。それは、あの時、神和ぎの儀式の間でアイオーンが現れたた時に聞いた声と同じだった。




「改めまして、私の名前はヘイゼル。かつては聖女と呼ばれた者。この子と同じ名前ね。そして、私は聖女ヘイゼルであると共に、『第三の奇跡:接続者』でもある」



『聖女ヘイゼル…今はいつものヘイゼルじゃなくて…くそ。ダメだ、お前の認識が曖昧になってしまう』



「安心して。貴方たちの知るヘイゼルの意識は本来私が座するこの子の精神世界の中で入れ替わるように居る。話が終わる時には戻っている」



『…わかった。理解した。それで、接続者ってのはなんだ』



「奇跡を担う者。世界はヤクシャという存在を認識した事により、それに対する抑止力を生み出した。十指の戒律に伴った奇跡。それを担う者。存在者。接続者。調停者。経験者。超越者。それが私たち。」



俺は動揺する心を抑えて少しでも話を進めようとする。



『…あんたは、いつからその中にいたんだ?』



「そう、きっかけは貴方たちが神器ヘルヘイムを発動した後から。あの後に使用者であるこの子は魔神イヴリースに霊樹の幹へと叩きつけられて身体をバラバラにされた。

元々精霊の魔力で無理やり統合されていた身体。それが在るべくして分離された結果。精霊が形成する自我が失われ、22の肉体に残された各々の聖女の残滓が人格を持とうとしていた。けれども、それを上書きする程の意志ある魔力が私たちに流れてきた―」




ヘイゼルは俺とアリシアを見て言う。




「あなた達よ。ジロ、アリシア。あなた達の魔力…七曜の奇跡が“この子”という人格を求めた。そしてその奇跡と同時に同じ名である“私”の人格までもが“接続”した。この22の肉体の中で頭部を司るこの私。ヘイゼルの人格を」




『まて、あの時、俺たちは確かに…お前…いや、君ではないヘイゼルを求めていた。けれども、それと同時に君の中には天使の存在が入り込んでいた』



「“接続”の奇跡とはそういうもの。縁に依るものが類を誘う。私が同じ名という縁によってここに呼ばれたように。イヴリースの存在という縁、そしてアリシア…あなたの中にある天使の血という縁が、点と点を紡ぎ、天へと繋がった。故に、本来干渉はせず傍観を主とする天使、ミカイルがイヴリースに対しての落とし前をつけに来た。この全てが奇跡故にできる所業。そして、あの時のメガロマニアのへの干渉もそう。私の“接続”が運命に干渉した。この全てはアイオーン。彼の『選択』によるもの」




『…君が現れた理由は理解した。だが、アイオーン…彼の意図が読めない。全てを彼の意によって生まれた結果だとして、今に至るまでの流れの全ては結果論に等しいじゃないか。選択?それじゃあまるで―』




「運命を操る“叛逆者トレイター”と同じ…そう思うのは無理もない。元々、彼というヤクシャにはそういう能力が備わっていた。」



『奴には未来が…視えるとでも言いたいのか?』



「違う…正確には、“自らが辿った未来”というレールをそのまま今のレールの上に重ねているの」



…どういう事だ?未来視とは違う。それならタイムリープ?そう言いたいのか?



「彼には元々、実在の奇跡という能力が備わっていた。それは、どんな状況においても“存在し続ける”という奇跡。それはどんなに淘汰されても在り続ける、在り続ければどんな淘汰も乗り越える事を可能とする奇跡。」



存在し続ける?

俺はアリシアの超再生を思い出す。

それと似た能力を持っていたという事か?けれど俺たちの場合は魔力の限定がある


けれど、英雄と呼ばれたアイオーンは無条件で存在する事を可能としたというのか?そんなのあまりにもチートすぎるだろ



「けど、裏を返せば、彼の心に関係なく、永遠に存在し続ける呪い。彼は最初、英雄としての矜持を抱き、あらゆる世界の困難を救ってきた。けれど、それを数千年繰り返していく度に、彼は自分の中にある虚ろな未来に蝕まれていった。存在し続けるという事は、いつまでも世界の奴隷として在り続ける事に変わりないと彼は思った。彼はその瞬間から孤独になった。喜びも、悲しみも、痛みも、怒りも、愛でさえも、永劫に等しい時の流れと共に存在し続ける事で削ぎ落とされてきた。だからこそ、彼にはやがて“意志”というものが失われた」



数千年…それはひとりの人間の心が、いつまでも在り続ける。そして、すでに見知ったものを繰り返し見続ける。どれだけその瞬間に愛そうとも、存在する限り、時がそれを許さない。

いずれは別れる。その繰り返し

ああ…それにはそれがどんな感覚なのかは理解出来ていない。


けど、それがやがてあのような髑髏の亡霊に成り果てる事には納得できた。



「淡々と過ぎる日々。それこそが彼にとっては毒に等しかった。意思を持たない彼は考える事を辞め、ただ無気力に存在し続ける。けど、そんな彼にも最期が訪れた」



『最期?』



ヘイゼルは俯く。そして、呟くように言う。



「ジャバウォック」



「まて、それは…まさか…。そういう事なのか?」



ニドは身を乗り出してヘイゼルに迫るように近づく。

その理由に俺も気づく。もし彼女の言う事が真実であるならば…、いや、真実に違いない。俺には解る。



「ヘイゼル…君は近い未来に、そのジャバウォックがこの世界に訪れる…そう言いたいのか?」



アイオーンが己の辿った末路をそのまま俺たちのこの世界に重ねるという事は

彼に訪れた結末もいずれは俺たちに同様に訪れる。




ヘイゼルは黙って頷く。その言葉に、俺はある点と点が繋がった。

アイオーンのあの言葉。それが何を意味していたのか…



彼女が…世界の敵として現れる未来。

それは、彼女そのものをジャバウォックにさせるファクターが存在するという事。


しかし…これを俺は口にする事ができない。

そうなるのであれば、ニドはどのような行動を起こすかわからない。


それに、アイオーンは俺を試すように言った。

そしてその事情すらも知っているであろう彼女もその事に関しては触れない。

そこに何かしらの意味が孕んでいる。



「彼が選択のヤクシャとして顕現したのは…存在という壱がジャバウォックという零に接触した結果。彼は己の後悔という意志を能力に変換して、過去にも分岐点として存在する事を可能とした…そして、彼がまず先に行ったのはジロ。あなたという特異点を接触。及び監視する事だった」



だからあいつは唐突に現れたり消えたりしたんだ。まさに過去の残滓。亡霊に違いない。



彼は“叛逆者”と違って、自身の数千年を生きた経験則を以て行動している。



「なる程。ならば…これは悪い言い方になるが、アイオーンはアリシアとジロにかつての自身が意志なく過ごしたあやまちの尻拭いをさせたいというわけだ。」



確かにそれは悪い言い方だ。

それにアイオーン自体に過ちがあるのかと言えばそれは客観的に見れば、というだけの話だ。

彼のような能力を永劫備わってしまうのならば、まともな精神でいられる筈が無いのだ。

もしかするなら何もしないよりも酷い思想が彼に導き出されていたのかもしれない。



「…しかし、腑に落ちない。君は言った。彼は世界を救うのでは無く、君を救うと言っている。既に死んでいる君に…だ。」



くそ、ニド…流石に鋭いな。

彼はアイオーンの持つ意志が何を意味するのか

このままヘイゼルの結末までも気づくだろう…どうにか誤魔化す事はできないだろうか…



「…それは」



「いや、やめよう。ヘイゼル。それ以上を口にするのは止めてくれ」



『え』



「これ以上の詮索は、また私の身体が壊れかねないからね。そうだろ?アイオーン。これが私の選択なのだろ?」



ニドは虚空にそう言い放つ。

サーっと周囲から何かが去ってゆく気配を感じた。

それは背中を冷たく撫でられたような感覚でもあった。

なる程。こうなる事まで気づいていたのか…アイオーンは。



「くそ。本当に信じられない話ばかりだ。天使だの、ヤクシャだの…英雄の物語ワンネスだと?貴様らが話している内容はまるで神話の領域だぞ」



マリアが頭を抱える。無理もない。



「…私が彼について話せるのはここまで。ジロ、満足した?」



『…もうひとつだけいいか?』



「何?」



『ジャバウォックが現れる全ての元凶は…魔業商のスフィリタスで間違い無いのか?』



「…間違いない。正確には、もっと奥底にいる存在が関わっている」



『それは…誰だ』



「言えない」



『どうしてだ?それは君とって…もしかすれば重要な内容になるんだぞ?』



「ヘイゼルという意識を形成する精霊との誓約が関わっている。元凶とその人物を結びつける事は誓約に抵触する事に等しいと解釈された。を今ここで言う事によって精霊が精霊としての役割を放棄する事になる」




精霊にそのように仕組んだ存在。

つまり…随分と前からこの子に仕組んでいた奴がいたと言う事になるわけだ。



「ジロ。これ以上はやめよう。もう時間も無いのだろう。これは確かに世界の一大事には違いない。だが、かつての英雄が君に託すという事には確かな意味があると私は思っている。信じよう。身の危険という下心も含めて、これ以上アイオーンの意図への干渉はしない」



『今は…それが賢明な判断だという事か』



―偽



ん?



「しかし、世界の今後を担わせる君たちには見返りが必要なのは違いない。…だから、約束しよう。この先君たちがこの依頼を終えて、帰ってくる事があるならば必ず君たちを極界へと至る道を用意すると。」




気のせいか…?今、なにか知っている感覚を‥




「ジロ。もういいだろ。時間は限られている。ニド、例のものを寄越せ」



「ああ、そうだったね。マルクト王国への入国許可証と、列車の乗車権だ。詳しい内容はマリアから聞いてくれ。彼女やアンジェラの方が勝手は知っているはずだからね。それと、これを」



ニドは巻物スクロールの入った袋と共に、小さな袋を渡してきた。

受け取ったアリシアが揺らすとジャラジャラと金属がぶつかる音がする。中は金貨か?



『やけに少ない金貨だな。これが前払いとでも?』



「安心したまえ。少ない量ではあるが、それは金貨よりも価値のあるものだ。王国内の道中で必要になったら使うといい」



マリアがそれにピクリと反応する



「まさか、ゲオルグ鱗貨りんかか?」



『ゲオルグ鱗貨?』



「かつての竜殺しが世にも美しい竜を討伐した時に剥ぎ取った珠のような鱗からつくられた硬貨だ。金貨より断然価値がある。出処であるマルクトではその硬貨を収集する運動があり非常に高騰している。今あそこに持っていけば一枚で屋敷の一つが買える金貨を王から直接もらえるほどにはな」




『や‥しき…?』



俺は、その小袋を一層強く握り締めるアリシアの方へ視線を向ける。



「やしきサイズのパンケー…キ」



『駄目だ、マリア。この子からその袋を取り上げてくれ。じゃないとこの子は確実に依頼以上に無謀な挑戦をするぞ』



「え?あ、ああ…」



「あああああああああああああああああああああああああああダメええええええええええええええええええええええええええええええ」



器用にスッとアリシアの手から小袋を奪い取ると、アリシアが急に子供のように叫びだす。(子供だけど)



『ヘイゼル!アリシアを抱えてくれ!』



「了解した」



「いやだあああああああああああああああああああああああああ!!やめろおおおお!世界を崩壊させるぞおおおおおお」



冗談でも、思いつきでもお前なら出来かねないから困る。

咄嗟に頼んでしまったが、どうやら今は俺たちの知っているヘイゼルに間違いないようだ。



『ほらっ、アリシア!落ち着け!ちゃんとおいしいパンケーキ用意するからな!ほら!マルクトいきましょうね~。マリア!ほら行くぞ!!』



「あ、ああ」



いくら自分の孫とはいえ、流石にこの狂人っぷりには引いているマリア。



『ニド!もうないな!?あとは無いな!?はい!終わり!この話は終わり!じゃあ依頼いってくる!じゃあな!じゃあな!!あばよ!』



無理やり話を納めて、アリシアを強引に連れて皆のいる馬車へと向かう。



「ぶ、武運を祈るよ、ニド。アリシア…いや、ドール=チャリオット」






―かくして、俺たちは馬車に乗り込み、西の大陸、その窓口にもなるマルクト王国へと繋がる大橋へと向かったのであった。


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