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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
129/199

96:はるか先から、存在なる者の警鐘




『ん―』



日差しの眩しさに目が覚める。

こういう所は微妙に人間と同じなんだな、と思いつつ視線を横にずらすとアリシアはその場に居なかった。

だが、その奥で昨晩と同じ位置、同じ姿勢で座るマリアを目にする。



「…」



両腕を組んだままの状態で未だに俯いて動こうとしない。

彼女の事だ、アリシアがこの場を後にするなら真っ先についていくようなものだとは思っていたのだが。



『よう、マリア…悪いな。まさかわざわざ俺につき合わせちまったのか?』



「…」



『まぁ、こんなでも確かに俺は魔剣さ。疑ってかかるなら俺を監視するのは当然か』



自分で声に出してマリアが信用ならない俺を見張っているという事を再認識する。



『だが、ほら。も十分だろ?俺はなーんにもしてねぇ。アリシアは何処いった?』



「…」



『…あれ?』



少し様子がおかしい。

俺が何度も語りかけているのに、マリアは一向に反応しない。



―もしや



『寝て…るのか?』



「…」



いや、まさかんなわけあるかよ?…でも昨日言ってたな。

一度寝てしまうと時間がズレてしまうと


ああ、確か。マリアの記憶にあったエインズに向かう道中。

こいつ宿泊所でふつうに寝てたつもりが数日も経ってたって話があったな。



『おい、マリアー…おきろー』



「…」



『…』



仕方ねぇ。起こしてやるか。手は無いが、鎖に繋がった杭ならある。

俺はジャラジャラと鎖の音を鳴らしながらマリアの肩までアルメンを伸ばす。



『ほーら。おきなぁ、マリア―…』



「くわっ」



マリアに触れる直前。



『おぼぁっ!?』



彼女の伸びてきた手に胸ぐらを掴まれたかのように、その鎖を握り締められその身をグイっと引き寄せられる。

(いや、“くわっ”ってなんだよ)




俺の視線と、マリアの鋭い視線が近距離でぶつかり合う。



『…』



「…」



『おはよう』



「寝てない」



『嘘こけ』



「寝てない」



『いい大人が嘘をつくもんじゃァない』



「黙れ魔剣風情が」



『いや…魔剣ですケドォ…』



もうさっきから声がぼそぼそしてんだよ。

完全に寝起きなんだよ。



「二人共おはよう。―って何やってんのよ」



扉の開く音と共に両手に朝食を抱えたアリシアが入ってくる。



「おはよう」

『おはよう』




時刻は既に昼過ぎ。

ガーネットとリアナ、ヘイゼルの三人は共にエインズの街まで向かった。

リハビリを兼ねてアンジェラから貰った義足を試す為らしい。



メイとアンジェラ、そして清音は色々と準備の為に同じくエインズにある工房へと向かった。



この6人とはこの後エインズのギルドにて落ち合う予定だ。

依頼の受注はリアナが先に代行してくれる。



本当であれば準備が出来次第すぐにでも出発をしたいものなのだが…

ルドルフの服装が届く後でないといけない為、夕暮れ時まで待つ必要があった。




状況を整理すると、今回の依頼で同行するのは


マリア、ヘイゼル、ガーネット、リアナ、ネルケ、ルドルフ、メイ、清音…

アンジェラに関しては未だ意向が不明のまま



「ふん、随分と姦しい面々なものだ」



『そういうなってマリア。ルドルフの肩身が狭くなるだろうが』



それこそ俺もなんだが。

俺とマリア、アリシアは一先ず準備を終えた後にふとルドルフのいる部屋へと集まっていた。

先ほどまでネルケも側にいたのだが、別室で眠るリンドとそれを見守るシアの為の食事を用意しにこの場を後にした。

本当に献身的な子だ。竜と人との子という世間では腫れ物扱いになっている環境であのように育つ方が珍しいと感じる。

そう考えるならティルフィと呼ばれた彼女の姉が道を外すことだって仕方の無い事だとは思ってしまう。




『確かに、成り行きとはいえ…大所帯になっちまったな』



「今回の一件、殆どの者が何らかの因縁を持っている。私のようにね。しかし、真逆キオーネ・マルドゥークがこちら側につくとは

それはそれは驚いたよ」



『ルドルフ、お前は確か…“ジョイ”の時の襲撃の時にあいつとバディを組んでいたよな。そこらへんの記憶はあるのか?』



「本来、私の魂は亜薔薇姫と呼ばれる東亜の鬼族が持っていた幻術らしきもので夢の中閉じ込められていたが、どうやら肉体を取り戻した今、

身体の中にあった記憶が同期しているようだ。なんとも不思議な感覚ではあるがね。だが、それほど私が周りと関わっているのかといえばそうではない。結局は私は人形と同じだ。必要な時に使われ、そうで無い時にはただただ黙して立たされていただけだ。しかし―」



ルドルフは少し俯いて言う。



「キオーネは“ジョイ”であった時の私に対しては不思議と話しかけていた。他とは違って、返しもしない人形同様の私に対してよくもまぁあんなに喋っていたものだと思うよ。当時の彼女はその人外の力があるからこそ我が強く、無垢な残忍性を持ってはいたが…それと同時に、自身の孤独さを常に呪っていたようにも思えた」



『そうか…』



「だからこそ驚いている。いや、逆に安心したのかもしれない。話しかけてくる彼女はただただ本当に一人の子供だった。愛を知らない子供―」



話の途中で、窓からコツコツと叩く音が聞こえた。

皆が視線をそちらに向けると、一匹の大きな鳩(?)が小包を脚に携えて来たのである。



ああ、これがシアの言っていた奴か。



ルドルフが窓を開けて小包を受け取る。役目を終えたのか鳩はすぐにその場を去って行く。



「流石、教会自慢の特急伝書鳩ポロポッピなだけあるな。」



「ああ、荷物を届けるにしても北の極界からあの中央大陸の横断はとても厳しい環境だろうに。逞しいポロポッピだ」




いい大人が真面目な顔してそう言うんだ。

俺は試されてるとしか思えないんだ。



『しかし、ちゃんとシアの言っていた夕暮れどきに届くなんてな。すげぇポロピッピは』



「ジロ、違うぞ。ポロポッピだ」とルドルフ



「ポロポッピだからな、それだとまたニュアンスが違ってくるんだ。少しはこの世界の言葉を学べ、ジロ」とマリア



『はっはっはっはっは、そうなんだねーへー、ほーポロポッピなんだよねー、はいはい間違えちゃったふーんごめんごめん』



「なんでパパちょっと怒ってるの?」




斯くして、ルドルフの準備も終えた事により俺らも屋敷を後にしようとする。



『どうだ?服装はサイズ合ってたか?』



「ああ、大丈夫、問題ないようだ。なんともしっかりとした聖衣を賜ったものだ。私にはこれといったこだわりは無いのだがね。

こんな私でも違いがわかる。極界のものはやはり良く出来ているものだな」



『そんなものなのか?』





「これが、今日の分、これが明日の分、そしてこれが明後日の分、そしてこれが…」



ネルケは暫くリンドを見守るという事で屋敷を滞在するシアに大量にご飯を作っておいた分を説明していた。

長期的になる事も見通して日持ちの良いものを作っておいたそうだ。(完全に給仕の人じゃん)



「何から何までありがとうございます…ネルケさん。そしてジロ様、アリシア様。どうかご武運を…」



『やっぱリンドはまだ目覚めないのか?』



「そうですね。肉体の損傷自体は無いのですが…何処か精神的な部分でふさぎ込んでるようにも思えます。よほど衝撃的な事があったのでしょう」



…今はシアに任せてそっとしておくのが良さそうだな。

あの時見たプリテンダーの能力らしきもの、気を失っているとはいえ、リンドからは何も反応が無かった。

一体、あの時何を偽っていたのか…。そんな感情を持ち込む必要があったのか

今その話を知るべきでは無いのだろうと自分に言い聞かせる。


そして、そう考えるならば

今日までプリテンダーの能力を他の連中で見る事が無かった。

それだけ皆が俺たちに対して偽りなく正直な気持ちでいるのだろうと思っている。


そう信じたい。





『シア、リンドを頼んだ』




「お任せを」





日が落ちて空が紫色になっていく。

魔物ひとつ現れないそんな森の中を迎えに来た馬車に乗ってエインズへと向かっていく。




『西の大陸かぁ。前回の東の大陸とは違う道のりになるわけだが、実際問題どうやって行くことになるんだ?』



「安心しろ。この世界に疎い貴様の事だ。リアナがいろいろと手配していた。西には東の大陸とは違って海を渡らずとも大きな橋がある。

お前も私の記憶で見ただろ」




『ああ、あのジグザグの柱か繋がっているやつか。相当な距離の橋だよな』




「…」



マリアがふと俺の回答に苦虫を噛んだような顔をする。



『どうしたよ』



「やはり、なんというか…アリシアならまだしも、記憶を共有するというのはとても気持ち悪いな」



『いや、そんな風に言われても…なぁアリシア?』



「おばあちゃんは私ならいいって言ってるよ」



『おいおいおいおいおい、俺をひとりぼっちにしないでくれよ。のけもの扱いしないでよ泣くよ?』



「大橋を越えるという事は、マルクト王国を通過するのですね?」



「ああ、そうだ。目的地はある程度の場所の目星がついている。場合によっては列車を使うと言っていた」



「列車!」



ネルケは両手をパンと叩きながらその瞳が輝く。



「マルクト鉱山を抜けると言われる鉄道ですよね!すごい!私初めてなんです!列車に乗るの!」



「れっしゃ…?」



「そうか、アリシアも初めてになるのだな。列車に乗るのは」



「アリシアさんも初めてなんですか?列車はすごいですよー。私ずっと憧れてたんです。以前はお父様ファヴニルの背中に乗るだけで見下ろしてましたが、あんな大きな鉄の塊がいっぱいの煙を吐き出しながら山々をものすごい疾さで越えていくのです。…当時は叶いませんでしたが、あの中に乗って見る景色もいつか、是非見れたらと思っていたのです」



「おい、ネルケ。盛り上がるのは勝手だが、我々の目的は依頼なんだぞ。決して観光ではない」



「う、す…すみません」



マリアが厳しく言及する中



「れっしゃ…」



アリシアは覚えたての言葉をぼそりと漏らしながらネルケの話を聞いて少しだけそわそわとしていた。

どうやらこの子も楽しみではあるのだろう。



「まぁまぁ、いいじゃないかマリア。アリシアも、ネルケだってまだまだ子供。これから色々と学びたい多感な時期なのだ。

大人である私たちが共に寄り添ってそういった喜びを見守る事も、それはそれで必要な事ではないだろうか?」



『そーだゾ』



マリアがチラと下を向きながら小さく嬉しそうに身体を揺らすアリシアを覗き込む。すると小さく咳払いをして



「う、うむ。まぁ、程々にだぞ」



と多少なりとも許しを施す。

ネルケはそれを聞いてまた花を咲かせたように喜んだ表情を見せて。



「はい!ほどほどに!ほどほどにですね!」



「まったく。緊張感というものが無いのか」とマリアはぼそりとため息をついた。




『でもよぉ。大丈夫なのか?まさか、あの大人数で列車に乗るのか?迷惑にならないか?満員になる時間とかは割と避けないとやばいぞ』



「?」


「?」


「何を言っているんだジロ?満員?そんな事あるわけないだろ」




『え』



あ、れぇ??俺の感覚がおかしいのかな

列車って事は電車みたいなもんだろ?

だったら、みんな使うんじゃないのか?




「マルクト王国で列車を使う者などてんで限られる。田舎者の帰省か、鉱山へ仕事へ赴く奴ぐらいだ。満員なところなんて見たことも無いぞ」



『そ、そうなんだぁ。ふ、ふぅーん。へぇ~』




あれ?なんだろ。今頃になって世界観のギャップでアウェイになった気持ち。

ちょっと胸の奥が痛むんだケド



「いや、もしかしたらジロのいた世界ではそういった環境なのかもしれない。彼もまた元々外側の人間だと行っていたからね。」



すかさずルドルフがフォローを入れてくれる。優しい…



『俺、あんたの事好きだわ。優しいんだもん』



「む…むぅ」



急に顔を赤くしやがって。この照れ屋さんめっ

本当に数日前まで化物として暴れて俺らと命のやり取りをした相手とは思えない


いや、これこそが本来の彼のあるべき姿なのだろう。



「ジロ、勘違いしないで頂きたい。如何様にして私が優しく接したとしてもそれは私にとって必要な免罪符だという事それだけなのだ。

いままでの後悔の分だけ優しくする。そう、これは所詮…私の心残りによる精算でしかないんだ」



『それでもいいさ。いいんだよ、お前の優しさがこうやって俺の心に刻まれるのなら打算だろうがなんだろうが有り難く頂戴する。そして、その分お前に返せればと思える。それでいい』




「…全く。本当に、魔剣の姿には似つかわしくない御人だよ。あなたは」




俺たちは暫く馬車の外から見える景色、森を眺める。

すでにその通りには見覚えのある道であった。最初の頃、リンドとアリシアの三人で歩いていた道だ。



あの時はリンドに頼りっきりだったな。

…彼女も、俺とアリシアを守る理由に打算的な部分があったのだろうか



だからプリテンダーはそれに反応したのだろうか…いや、やめよう今は







次第に森を抜けて、平原に出る。

夜のこの場所を眺めるのは暫く日銭を稼いでいたあの頃を思い出させる。



やがて、馬車はエインズの街の正門を抜け、中央公園の噴水の奥にある坂道を上っていく。



『―やっぱ完全に復旧するにはもう少し時間が掛かりそうだな』



「ああ、あれ程の騒ぎだ。すぐ元に戻すのは難しいだろうよ。だが、街は戻るだろうが…人の命までは戻せん」



「…すまない」



俺とマリアの言葉に当時の自身の人食いピエロとしての記憶を呼び起こしてしまったのだろうか

少しばかり額に汗をにじませて俯いている。



…俺はどんな言葉をかければいいか悩んでいた。



ルドルフ自身にとっては本当に他人事に近いものだ。

もっといえば彼でさえも被害者のようなもの

だが、全ての起因が自分自身にあると感じているのだ。


その背負っている責任を俺が簡単に“大丈夫”だなんて言葉で無責任に片付ける事もできない。



「―大丈夫よ」



そんな中でアリシアは俺が出すことを躊躇ったその言葉を容易く口にした。



「今、この場所であなたを責めるひとなんていないわよ。だから今は私みたいな“子供”の言う気休めで我慢して頂戴」



「アリシア」



なんともまぁ、ずるい言い草だ。

それにこの子の言う事は間違いでは無い。

違和感を感じるのは、やはりその小さな身体で達観した物言いだろう。


だが、だからこそこの子ははやはりすごい子だとも思った。

きっとルドルフもそれ以上は何もいうまい。



「―いや、ありがとう。アリシア」





その頃合に合わせてなのか、馬車が一度大きく揺れてそこで動きを止めた。



俺たちはついにギルドへと到着したのだ。

ぞろぞろと皆が馬車を降りると




ギルドの脇にある待合室兼酒場となっているテラスから大きく手を振っているリアナを見かける。



「ようやく来たわね」



『ああ待たせたな。ガーネットとヘイゼルは?』



「ああ、ガーネットならトイレよ。ヘイゼルは…何処かしら?彼女、ガーネットにつきっきりだったのに」



『…アリシア』



「ええ」



『わりぃ、ちょっと外の周辺でヘイゼルが居ないか見てくる。お前たちはここで待っててくれ』



「あ、ちょっと!」



俺とアリシアは足早にその場を離れ、外に出るとギルド前の周辺を見渡す

…少しばかり嫌な予感がしていた。



いや、不思議と時間が経つにつれて“少し”だった不安が徐々に大きくなっていく。



『すまない。ヘイゼルが珍しく俺らの傍を離れてガーネットと同行している時に危惧するべきだった』


「違う。それを言うなら私も安心しきっていた」




仮にも元ヤクシャ。リアナたちに対してそれに関しての重大さを押し付けるつもりは無い。いや、ガーネットには押し付けていいかもしれないが…



俺たちは右をみて左をみて、すれ違う人たちの中で黒装束の少女がいないか目を凝らす。



―ん?



すると、ゾクリとする悪寒が俺の背後に走った。

俺はアリシアに目配せをすると彼女も同じものを感じていたのだろう。


目端を少しばかりピクピクとさせながらその悪寒の原因に視線を向ける。




周囲の人が気づかないだろう。微かに感じる冷たい空気。

こいつには覚えがあった。



No.10…選択のヤクシャ



髑髏の騎士、アイオーンとすれ違ったあの日の感覚と同じだ。

今になってどうして…?



だが、俺は感じていた。この空気が流れる先の奥。そこにはかつてヘイゼルと死闘を繰り広げていた聖堂跡があった。

あの場所に行けばきっとヘイゼルの居場所がわかる。そんな気がしてやまない



『行くぞ、アリシア』



「ええ」



俺たちは誘われるように、聖堂跡へと向かう。

…そして、進むほど人気も無くなり、一層冷えた空気が漂い始める。



空はすでに夜だと月明かりが街を照らし示す。

しかし、この場所にはその光を遮るような不思議な暗闇、空間に居る気がした。



やがて聖堂跡に着くと、そこにはやはり“奴”がいた。




「…」




『…』




「…」



髑髏の騎士。アイオーン

髑髏の馬に跨りながら、彼が聖堂跡の入口前で立ち塞がっていた。



『…よぉ、アルヴガルズの儀式の間以来か?』



「…」



『なぁ、教えてくれ。あんたとヘイゼルは一体どんな関係なんだ?俺は覚えているぞ。あいつが急に目覚めたと思えば別人のようにお前と共に

メガロマニアを阻止してくれていた。そしてお前はあの子を“聖女の成れの果て”、“同胞”と言っていた』



「…」



『道を塞いでだんまりなのは困る。俺たちは今、大事な仲間を探しているんだ。答えないのならそれでいい。奥にはヘイゼルがいるんだろ?』



「…」



『…』



髑髏の奥の灯火の如き赤い瞳が俺たち見下ろす。なにか見極められているような気になる。

だが、睨めっこのつもりならここで圧倒されてばかりではいけない。俺とアリシアも負けじとアイオーンのその瞳を強く見返す。









「…選べ。叡智の子よ」



『何を―』



「我が“同胞”を救うか、否か」



俺は言葉を詰まらせる。

その発言の意図が読めないからだ。


同胞、つまりヘイゼルの事を指しているのだろう。



しかし、“救う”という意味がどのようなものを指しているのかがイマイチ理解に及ばない。当然だ。言葉が足りなさすぎる。




『救う、って…どういう事なんだ?』



「もう一度、問う。選べ…ヘイゼルを救うのか。救わないのか」





『…救う。』

「救うよ」



俺とアリシアはアイオーンの問いに対して明瞭なものが無い分、納得ができない部分があったものの、出す答えは当然一緒だった。



『きっとこの先に何があろうとも、俺はあの子が何かに苛まれるなら、守る』


「私たちはヘイゼルと共に居る。そうしたいの」



その言葉をアイオーンは聞く。

そして、奴は徐々にその姿を透過させていく。まさに幽霊そのものだ。




「…汝らの意志。“選択”を確かに受け取った。故に我に誓え。例え…“同胞”が世界の敵になったとしても必ず救うと―」




それだけを言ってアイオーンはその場から姿を消していく。




…静寂。先程までざわついていた感情がゆっくりと落ち着いていくのを感じる。



『一体なんだってんだ』



「さぁ、私にも分からない…でも」



心残りがある。俺たちの選択と共に奴が残していった言葉。




同胞ヘイゼル”が世界の敵になったとしても  か。




一抹の不安を心に残しながらも俺たちは聖堂跡の中へと入っていく。



入口は瓦礫などが足場に山になって入りづらい

が、中へは問題なく入れた。

すると、奥から聞き覚えのある歌声が聞こえた。



これはかつてヘイゼルと闘っていた時、聖堂で彼女を探す時に頼りにして辿っていた時に聞いた歌声だ。



俺たちは徐々に見慣れた聖堂の中へと入る。

跡地は以前よりもひどく、瓦礫の山を一層つくっていた。



その場所で、歌い続ける彼女がいた。



真ん中で穴の空いた天井から差し込む月明かりに当てられてヘイゼルが歌っている。

暫くは黙って二人でその歌声を聞いていたが、すぐに俺らに気づいたのだろうか。歌うのを止めて彼女はこちらを振り返る。






「ジロ、アリシア」



『よぉ。ダメじゃないか。こんなところで一人で何してんだよ。ヘイゼル』


「そうよ、心配したんだから」



ヘイゼルはその言葉に少し俯いて



「―うん。ごめんなさい」とだけ答えた。それ以上は何も話してはくれなかった

けれども、俺たちは彼女が今ここにいるだけで安心していた。




彼女はてててと小走りでこちらに近づいてくる。



『ほら、みんなが待っているぞ。ヘイゼル』


「あんまり勝手に離れちゃだめよヘイゼル」




「うん。…うん。ありがとう」



その時だけは何故かあの時のアイオーンの言葉を思い出してしまったのか

不安の種が拭えないせいなのか


アリシアはヘイゼルの手を強く握り締めながら



俺たちは聖堂跡を後にした。







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