95:長い夜②
いつからだろう
親父が金鎚を打つ背中しか見る事がなくなったのは。
そう…親父が、ある刀を目にしてからだ…。
東亜諸国の極東の国。その国の伝承にある、幾度も人を狂わせる美しさを持つという刀、名称は天〆祓威
その刀が数百年ぶりに衆目に晒される祭りの日。
皆がそれを一目見ようと集まり賑わっていた。
当然、人を狂わせる美しさなどというのは、その日の祭り事に使われるだけの売り文句のようなもので
殆どの人びとが所詮はドンチャンと羽を伸ばしてひとつの非日常を楽しみたいだけの言い訳にすぎない。
きっと誰もがそんな刀にまつわる“逸話”を真には受ける事は無いだろう、そう思っていた。
太陽が燦々とする日和の空の下で。
実際、神主が持ってきた白布の中にそれは秘められていた。
そして神主が祝詞を捧げた後に、その白布が払われるように取られ
天〆祓威と称された打刀は衆目に晒された。
瞬間に皆がみな「おお」と言葉を漏らしている。
…確かに、子供の私にも関心を持ってしまうほどには美しい刀身をしていた。
親父が今までにつくる刀とは違って異様に反れた刀身は夜闇に差し込まれた三日月
陽光に化粧された刃文は独特で、冬の雪の晴れた朝に屋根から注がれ連なる氷柱のようであった
地鉄は彫りを施したのかと思われる程に堂々としたもので、思わずそこに花が映えている幻影を重ねてしまう。
それ以上は言葉では説明するにはあまりにも難しい。美しさを表現するならどの言葉でも当て余ってしまうその刀身の気品。
目にした人らが鼻孔を震わせて息を呑むほどだ。それと同時に、こんなにも晴れた陽気のしたで、その場所だけが一気に涼しく感じる気配もあった。
そう、そんな不思議な出来事も相まって“これこそが”と言わんばかりにその場にいる人の全てが魅了されている程だった。
私も目を輝かせて、その輝きに満足気にしていたのを覚えている。
望めない程の美しさはまさに星の輝き。
届かぬからこそ、手に収められぬ景色同様の感情だからこそ、ため息をついてその美しさに人々の心があやかる。
…けれど、親父は違った。
その刀をその目に焼き付けてからは、ずっと黙り込んでしまっていた。
ゆらゆらと揺れながら、まるで屍のように私や母を置いて一人で家に帰っていく。
母はその様子をみて当初はきっと魅せられた一品に対して大きな衝撃を受けたのだろうと言っていた。
そんな言葉を真に受けた私でさえも深く気にする事をしなかった。
だが、その日から父は工房に閉じこもり、その刀を追い求めるような作品ばかりをつくるようになった。
親父のつくる刀のその刀身に刻まれた文字には、常に“天〆”が含まれた名が刻まれていた。
それぞれの刀身が光にあてられると艶やかに各々の色を微かに彩らせていた。
黒いものは黎天〆(クロアシ)
白いものは皚天〆(シロアシ)
赤いものは朱天〆(アカアシ)
青ならば蒼天〆(アオアシ)―…彼が生み出した幾つもの刀に名が刻まれていた。
だが
親父は満足出来なかった。違う、違う、違う違う違うと常々唸っていた。
そして急に静かになると思ったら、再び、ずっと、ずっと…黙々と刀を打ち続けはじめた。
同じことを繰り返す日々、日に日に体がやせ細っていくのに対し、周囲に並べられた刃たちが増えていく。
私の言葉も、母さんの言葉にさえ耳を傾けない。サツキ・スミスという男の小さな舌打ちだけが
カンカンと鳴り響く工房の中で聞こえる父親のわずかな声。
私には親父が何を求めていたのか、今でも解らなかった。
ただ…ずっと彼の後ろで並べられた刃たちは、ずっと…ずっと親父の事を呪うように見続けていた。
そんな親父の様子を毎日見続けていたある日、親父はとうとう姿をくらましてしまった。
工房に並べられていたいくつもの刀ごとだ。
そんな空っぽになった工房を見てため息をつく母が、私と同じく、実は夜な夜な隠れて親父を思って泣いている事を知っている。
いたたまれない気持ちはやがて衝動になり、私は必死で手がかりを探し求めた。
“天〆”という文字が刻まれた刀を探し続ける為に旅に出たのだ。
文字通り血眼になって探し求め、ある時ひとつの刀と出会う事となる。
暗がりの洞窟に潜むように置かれた刀。黎天〆は地に刺さったまま静かに佇んでいた。
けれど、その刀の奥から同時に…あるものが姿を見せた。
「親父…?」
見た姿は、目を疑う程に変わり果てた父の姿だった。
大きく開いた口に全身が白い毛並みに覆われた大狼の化物
だが、私にはそれが確かに親父である事がすぐに分かった。
親父は、獣のような唸り声と共に、微かに聞こえる人の言葉で、呪言のように言い放っていた。
「違う…これも違う…オレの刀…オレの刀…」
私ら獣人族は全て、業を強く抱えれば抱える程に人の姿を忘れる呪いが掛けられている。
親父は、己の抱える業を膨らませすぎた事で、人から狼の姿になってしまったのだ。
大狼になった親父の身体には何重にも鎖が巻かれていて、それに背負うように繋がった大きな木箱。
きっとあの箱の中には幾つもの鍛冶道具が入っているのだろう
「親父!!どうしてそうまでして!!」
私は叫んだ。親父の名を何度も呼んだ
けれども、親父は私の事を理解しないまま、その大きな躯で食らいつくように押し倒した。
怯える私に当然、構いもせずにその大きな口で頭を食いちぎろうとした。
その時に咄嗟に頭を避けて出来た傷が、このちぎられた片耳の正体さ
でも一度は避け切れても二度はない。
私はちぎられた耳の痛みも忘れる程に親父を真正面に見続けた。
けれども、もう
私の声も、思いも届かない。
ああ、もうダメなんだっておもってた。
「おいおい、てめえのガキ殺してまで欲しいもんなんかこの世に本当にあるのかよ?サツキ」
その時だった。そんなぶっきらぼうに言い放つ声が聞こえたのは。
「……」
親父はその声に何をおもったのか、そっと私から離れ
そのまま黎天〆を咥えて逃げるように去って行った。
「おい、大丈夫か?サツキの娘」
「…どうして」
「ああ?」
「何故、ここがわかったんですか…?」
「私もお前と同じだよ。旧知の同業者が気がふれたと聞いてな、その足跡を辿ってた」
「…どうして、親父は、逃げたんでしょうか…」
「さぁな。娘に対しての温情。今はそう思っとけ」
「今はって…」
私は強く拳を握り締め、八つ当たり気味に大きい声をだす。
「今はってなんだよ!!わけわかんないよ!こんなにも探して…やっと見つけたと思ったら…親父は結局獣にかえっちまってた!」
叫ぶたびに連なってなぜか親父と笑い合っていた記憶が川のように溢れ出る。
花火を叫びながら一緒に親父と眺めている記憶
酔った勢いで下に吊るした風鈴に小便をかけている親父を私が見て笑い、一緒に母親に怒られる記憶。
山を歩いて一緒にわっと猪を驚かしてぎゃくに追い掛け回される記憶。
ほんとうに色々としょうもない記憶だけど子供ながらにいっぱい色々とバカやって笑い合ってた。
それを脳裏で見せ付けられる度に、顔が平然ではいわれないと…定まらなく顔を歪み続ける。
「…それ以上の事を知れるのは、きっと同じ鍛冶師だけさ」
「鍛冶師…」
「あれはもう、父娘で理解できる事柄じゃねえ。あいつは親父としてじゃなく、一人の鍛冶師として呪われたんだよ。
あいつはいっつも純粋な男さ。真面目な分だけ、然るべくしてそうなっちまったのさ」
真面目?あんなに私のまえでは飄々と馬鹿をやっていたそんな親父だぞ?
なんだよ…それ…なら、私は今まで本当の親父を知らなかったっていいたいのか?
「天〆祓威は、気づかされた人が気づく程に、その刃の真意に恋慕を抱く。そして嫉妬する。そうしなければ鍛冶師としての尊厳を一瞬で無にされてしまうからな」
鍛冶師としての尊厳?なんだよそれ…わからないよ。私にはそんなのわかるわけがないよ
「…私も同じ鍛冶師になれば解るの…?親父の気持ちを…」
「…おまえ」
「ねぇ、教えてよ…親父が一人の鍛冶師として狂ってしまったというのなら…私も鍛冶師になるから…へぶっ」
ものすごい平手打ちだった。心に迫る憂いも吹き飛ばされるような威力だった。
まじで首飛ぶかとおもった。耳の痛みが全くわからないくらい頬のが痛かった。
「人様に教わるときは、“教えてください”だろ?言葉使いから出直せ」
「お…おひ、おひえふぇ…」
「聞こえねえよ」
「お、教えてください!!」
それが師匠との出会いだった。鬼だった。
その後は師匠について行って、彼女の手伝いをしながら鍛冶師としての知識を教わった。
私の頭を容赦なく叩き、同時に彼女の知りうる限りの鍛冶師としての技術を叩き込まれた。
そうする事で、私はきっと、親父の気持ちに次第に近づいていくのではないか…きっとこの気持ちがあれば、親父が今も何処にいて
何を考えているのかを知れるのではないだろうかそんな希望に縋るように、スミスの称号を求め修練を重ね続けた。
師匠は結局今の今まで、親父がどんな人だったか、どんな刀を打っていたかなんて事は何一つ教えてはくれなかった。
ただ一つの基礎、基礎、基礎。それだけを私の記憶に埋め尽くさせた。
そして
自分がスミスという称号を手に入れた途端、私の気持ちが唐突に…悪い言い方をするならば、裏切った。
父への思い以上に、スミスという称号の誉れは、私に心打たれるものがあったのだ。
価値観の変化、過去の自分との意見の相違は、間違える事の無い成長の証。
私はその瞬間から、父へと向けた足取りを止めた。
きっと、師匠はそれを望んで、目論んでスミスの称号をとらせたのかもしれない。
それこそ、私が自分を忘れる程に親父を追い求めてしまっていた事を心配していたのかもしれない。
だから、私はもう父を…父のつくる“天〆”の字の刀を追う事を諦めた。
師匠は私の考えを否定はしなかった。が、肯定もしてくれなかった。
ただ一言
「人の刀を打ち続けろ」
それだけを言われた。
結局、一緒に日々を送る中で、師匠が親父の話をする事は全くと言っていいほど無かった。
いまでも仕事の合間に刀を打つ時がある。けれども私には親父がどうしてあそこまで刀を狂ったように打ち続けるのかを未だ理解できていない。
でも…もう良いとおもった。
結果的に親父のおかげで、私は自分の鍛冶師としての道を見出す事も出来た。
それに感謝して、もう父の影を追うことをやめようと思った。
あの男が、あの刀を持って現れるまでは…
―メイは淡々と己の過去を語ってくれた。
「確かに私は見てしまった。あの男の持っていた刀。そこには黎天〆と刻まれていた。…あれは親父が持ち去って行ったのが最後だ。それっきり、見たという情報も無かった…」
ゼタがもっていた刀が気になるのは当然だ。
父親が持ち去ったものを何故持っているのか…
メイはきっとそんな小さな疑問だけで、押さえ込んでいた父への思いを一気に吹き出しそうになっているに違いない。
だが、きっとそれを諦めた自身が今更追い求める権利があるのだろうか。
彼女の葛藤はそこにある。
『お前はどうしたいんだ?』
「…」
『すまない、無理に考えて言わなくてもいい。迷っている事はわかっている。でも、もしも、お前に父を追い求める資格があるかどうかなんて悩んでいるなら、元々そんなものは無いと思うぜ。お前が恐れているのはきっとその先なんだよ。きっと今でも追いかけなければ今でもどこかで生きている…そう思える自分のままでありたい…そういう気持ちが、お前のその気持ちを塞き止めているんだ』
「…そう、さな…」
メイは己の身をだき抱えるようにして俯いた。
「本当は怖い、このまま真実をしれば親父が…もう、居ないんじゃないかって…今度こそ、追い求め、生きていた、だとして、再開した親父は…本当に思い出の中で生きている親父と同じなのか?こんどこそ会えるのか?いや、可能性ならいい。でも、決定的な事実を突きつけられた時…私は一体どんな気持ちでいればいいのか…わからなくなっちまうんだ。そう、もし…もう二度と…親父に会えなくなった時…私のスミスとしての理由は‥一体…」
『駄目だ』
俺はメイの言葉を遮る
「―駄目だって…なにがだよ」
『お前は、もう父親への思いだけでスミスを持っちゃいねぇんだよ。それはもうお前が十分わかっている筈だ。だから親父を追う事を諦めた。
けど、目先にあるであろう真実があるなら、俺はおうべきだと思う。きっと真実は怖いさ。でも、一生心に父への思いを蓋したまま生き続ける事が、お前のスミスとして生きた人生の芯になりうるわけがない…だから』
「…ジロケン」
俺の代わりにアリシアが手を伸ばす。
「もし、いつか訪れる真実があんたを苛むかもしれない。でも、その時は決して一人じゃない。一人にはしない。どんな絶望が待ち受けてあんたが膝を崩したって私が支える。だから、一緒にいこうよ。メイ」
「…へへ、こんな小娘にそんな事いわれちゃあなぁ…スミスなんて飾りなんて思われちまうよな。いや…ありがとうと言うべきか。なんか、少しばかり自分の事を話せてすっきりしたよ。だから今は不思議と、心が軽いんだ」
メイは、アリシアの差し伸べた手をとる。
「行こう。ジロケン。アリシア。私も、あんたらの目指す魔業商へと向かうよ」
俺は、こちらを見続けるメイの瞳が不思議と澄み切っていると感じた。
「話は決まったか?クソ弟子ぃ」
「ぴぎっ!?」
背後からザクザクと芝を踏んで歩み寄って来る声、その主は人外の如き悲鳴を漏らす鍛冶師のたった一人の師匠
そしてそれについてきた桃髪の女。
「正直、ちょちょいといい話で締めようとしてっけど。本音んトコはあたしに二言を吹かすのが怖いだけだっつうのは黙っておいてやるよ」
既に黙ってない事実。
「なんだぁ。お前、マ―…アンジェにびびってひとりになって悩んでたのかぁ??このビビリめ」
背丈に見合ったデカい態度で煽りちらす清音。つか…今「ママ」って言いかけなかった?
…しかし、そんな彼女の煽りすらも気に掛けないほどに目が泳いでる様子のメイ。
『おっま…そこは少しぐらいかっこよくしとけよ…』
「怖くないしぃ?」
「メイ…ちょっとカッコ悪いよ…」
呆れるアリシア。
「まぁ、行くってんなら止めはしねぇ。そん代わり、こいつを連れてけ」
「え?」
『え?』
「え?」
「え?」
いや、清音も初耳かよ。
「こいつなら、エレオスへの道案内も出来るだろうよ。ついでにあの場所には少し用があるみたいだしな」
『用って?』
俺が聞いた瞬間に、ふんぞり返ってた清音の身体が…背中がぐでんと丸まっていく。ついでに口もしぼんだようになり、黙りこくる始末。
「おい…お前、自分で言うってほざいてたよな??」
「いや…まさかアンジェが紹介する相手がこいつらなんて思わなかったんだよ」
「なんだ。私の選んだ同行者が気に入らねえってのか?」
「う、わかってるって!」
アンジェラの相変わらずの気迫に圧倒されて観念し、彼女は話し始める。
「トモダチ…を連れ出したいんだ」
『友達…?』
「エレオスの王城の最上階にいるの。僕のトモダチ。あの子。目が見えないから色んな声を頼りにして“視ている”の。
スフィにはいつも話し相手になってくれって頼まれてた。正直。こんな“人殺”にそんな役割できるなんて思ってもなかったけど…
色んな話をしているうちに、解った。似ていたんだ。あの子も…僕と一緒だった。…いつも言ってくる。“私は本当は外に出てみたい”“みんなと触れ合いたい”“叶うなら、もっと違う景色を見てみたい”って。そんな話ばっかりだった。あの子は、国を守るって理由だけでずっとあそこに居る。ずっとひとりなんだ…だからあの子が微かにでも望んだ事は…到底私には叶える事も出来ないし…適当に、出来たらいいねって返事しか言ってなかった。…でも、唯一、僕と違ったのは、“誰を傷つけるか”だった。僕は欲しいものも、誰かのためにしてあげたい事も、全部他人を傷つける事によって叶えて来た。でも…あの子は違った。欲しいものがあれば自分を傷つければいいと思っている。自分の望みだけじゃない…誰かの欲しいものでさえ叶える為にそうしてた…」
清音の言う事は抽象的で、半分理解しているつもりだが、もう半分が解らない。
『その子が欲しいものの為に自分を傷つけるってどういう事なんだ?』
「…詳しくは解らない。でも、あの子の眼が見えない理由は、誓約の一つだって言ってた。見えない代わりに、あの国が在り続ける。彼女の矜持だけは、あの場所で叶っている。」
「誓約…」
「僕は、結局…誰も救ってくれないから、誰も僕になにもくれないから、今まで自分で奪う事を選んだ。それがとても楽しい事だと思ってた。
でも、僕はアンジェと出会って…だって信じられるか?サソリみたいな化物だった僕を、こいつは救おうとしたんだ。こんな僕なんか、救ったってなんの得もしないくせにさ…でも今は違う。僕は気づいて欲しいんだ。あの子は今でもずっと誰かの欲しがる思いに縋って、身を削って生きている。そうやって自分自身を大事にしてる。でも違うんだって。誰もが欲しがるだけの人間ばかりじゃない。あの子もアンジェのところに連れてきて、もっと自分自身を解ってほしい。僕が思う彼女に…気づいて欲しい」
「けっ。言い出した途端に長ぇ話だよ。そいつをお前が私の前に連れてきたからって何が出来るって保証もねぇのによぉ」
「そんなの関係ない。でも…いつまでもあの場所じゃ、きっと…あの子はダメだ…ダメなんだよ…」
王城の最上階に幽閉されているトモダチ、ねぇ。
…ん?国を守る?在り続ける?
『まて、王城の最上階っていってたよな?まさか、お前のトモダチの名前って―』
「えと…イヴフェミア・トライナーヴァ」
その名はついぞ聞いた名だ。
ヴィクトルとマリアの情報。
十数年前にレメゲトンによる王国襲撃の際に行方不明となった姫。
そして、現在でも存在するといわれる姫。
そのどちらもが同じイヴフェミアという名前だった。
「トライナーヴァって名前は聞いたことがある。それこそ、レメゲトンの襲撃によって根絶やしにされたと言われる王家の名だなぁ。」
滅ぼされた王家の生き残りが今でも健在でいる。
そしてその背後には魔業商がいるという事実。
『なぁ、お前ならわかるのか?何故、イヴフェミアと魔業商は共に行動をしている?』
「わからない。でも、あそこを根城にする時には既に彼女が居たってフィリが言ってた。“クラウス”って奴の紹介だったみたい。彼女の眼が見えないのも、そのクラウスって男との誓約が関係しているって」
クラウス。
魔業商とは別に出て来る新たな存在の名前。
だが、それにしても既視感…いや、どこかで聞いた名ではあった。
どこだ…一体どこで聞いた?
思い出そうとしている中で、俺唐突に“何か”が押し迫ってる感触に触れた。
それは、気迫だった。
誰しもが予想できないほどに、アンジェラから放たれる気迫。
それは今までに無い程の恐ろしい表情であった。
しかし、一瞬にしてそれは収まり
アンジェラは大きなため息を放った。
「まさか、ここであの野郎の名前を聞いてしまうなんてなぁ…」
『…アンジェラ。お前の知っている奴か?』
「ああ、そうとも。大賢者クラウス・シュトラウス。かつてはかつて。大昔に北の極界領域で法国の大司教を務めていた、この世界を誰よりも嫌う最低な男の名さ」
『賢者…』
俺は思い出す。以前、ヤクシャであったヘイゼルとガーネットの対立を収める際にヘイゼルが交渉材料として出してきた名前だった。
「あいつはいっつも空の上で人を、世界を見下している。見下ろしているからこそ、余計な手を何度も何度も世界に加えていく。今じゃあ、最悪の魔女であるクモの魔女とまで手を組んで世の中をオモチャにして遊んでいやがる。」
それを聞いて俺はどんどんと思い出していく。
確か、ヘイゼルの生みの親も、クラウスに唆されて彼女をつくったと言っていた。
なによりも嫌悪感を覚えるその思考。
それは、確かに魔業商の代表であるスフィリタスの考えとまるで一緒であった。
『くそっ、奴らは一体何をしようとしているんだ!?』
「―あいつらの目的は単純だ。この世界に対して、ジャバウォックを認識させようとしているんだよ」
『ジャバウォック…!?』
「女神が“無いモノ”として裁いた“存在”のひとつだ。無い事を在るとする矛盾を孕んだ存在。奴らは、無いモノという概念をそのまま生み出して世界に大きな爪痕を残そうとしてたんだよ。本当に、単なる、興味本位でな」
№0のヤクシャ。
文献すら残らない厄災。
だが確かにあったという記憶だけはおいていく無。
「きっと、半天だったあんたの母親の聖骸を連れ出そうとしたのも、それを召喚する為のゲートの役割にしようとしたんだろうよ。現世に存在する天使というものは非常に稀だ。膨大な魔力を容易に制御する器にはもってこいだからな」
そして、現在の王城エレオスには…多くの魔力のリソースとして人間が数万、その魂を代償に誘われている。
『こりゃあ本格的に大事になってきたんだな』
だが、今はまだ、アリアの聖骸は魔導図書館で秘匿されている。
彼女さえ奴らの手に渡らなければいいだけの話ではある。
だが、もうひとつ気になる事があった。
『アンジェラ…あんたはどこまでこのことに関してかかわっているんだ?』
「…」
クラウスの事も
アリアが天使のハーフである事も
ジャバウォックの事も知っている
彼女は黙る。
『言い方を、変える。あんたは…何者なんだ…?』
「…すまないが。今は話せる時じゃねえ。問題を山のように抱えているアンタらには余計な事だからな。何、知らなかったところで
別にそこまでこれからの事に弊害が出るわけでもねえ」
『なんでそんな事が言える?確証でもあるのか??』
「わからねぇのか?」
俺はアンジェラが「すまない」と少し身を下げて言う言葉に乗っかってしまった事を後悔する。
こちらに振り向いた表情はまるで槍を生やした壁を前にするような威圧。
それに俺はググっと感情を硬直させてしまう。
「弁えろっていってるんだよ―」
―暫くしてから俺たちはお互いの意向を確認して解散する事となった。
各々がさすがに遅くなったという事で皆がみな今日はこの屋敷で一夜を過ごす事となった。
今は一室でアリシアが横になって寝ている。
ここは、リューネスとアリアが使っていた部屋だ。
何度も説得はしたがマリアはアリシアと一緒の場所で寝ようとはしてくれなかった。
責任があるのか、彼女はずっとベッドの横で自身の剣を抱いて“目を瞑っている”
どうやら寝るとすぐに“時間がズレる”らしい。
ロッキングチェアを前後に揺らしながら静かに黙していた。
ああ、なんとも長い夜だった気がする。
なんなら一日がとんでもなく長かった気がする。
押し寄せてくる展開に俺は感情も思考も捌ききれていない。
そう、俺は知らなすぎているんだ。
この世界がどうやって生まれたのか…この世界でいろんな人がどんな考えをもってどんな行動をとっているのか。
俺にはまだ分からない…―分からない事だからけだ…
そこは王都エレオスにて国民が知られざる場所。
王城の地下に存在する魔業商の根城。
その地下の大広間らしき場所で、髑髏の頭を模した悪魔のような化物は
顎下に刃を刺されたまま像のように動く事は無かった。
それを囲むように、数人の同胞が立って見守っていた。
「道化師は壊れ、キオーネも最早使い物にならない。そして主はこのザマだ。あの一回でこれだけの損失はデカい…」
和服を見に包んだ鬼族の女。亜薔薇姫はキッと金色の瞳を隣に刺すように向けた。
「どう責任を取るつもりだ?ゼタ」
「いやぁ…俺に言われても、困るんだが?」
「そもそも今回の襲撃の起因はお前が受け取った情報が発端だ。それなりに責任をもって行動していると思っていたが?」
「おいおいおい。あの場で特に何もしていないのはアンタも一緒だろうが?お嬢だって『今回は何もしなくていい』って俺に言っていたんだ
お嬢をこんなんにさせた責任を問うというのなら付き人の役割であるお前の責任だろ?お二方だって結局は始末しきれない雑魚だったってだけの話だ
それで俺に責任を被せようなんて…それこそ無責任なんじゃねえか?」
「貴様ッ」
「お前だって何をしていたんだよ?お前こそ図書館で先回りして」
「…クソッ」
亜薔薇姫は紅を引いた唇を歪ませて歯をむき出しにする。
「思い出すだけでも腹が立つ。あの…あの人形使い…」
思い出す。彼女の与えられた使命は魔導図書館での大量虐殺。
その手に強く握り締められた薙刀を以てその場にいる邪魔者を全て排除する事であった。
しかし、それを忽然と姿を現した人形使い。
アンジェラに阻止されてしまった。
隙を突かれ、四肢を拘束された挙句に封印術式で一時的に別空間へと閉じ込められた。
「あやつの術式には覚えがある…あれは…我が憎き祖国のモノだ…まさか妾があんなものを真っ向から食らわされる等…至極屈辱だ…」
「チッ…今回の仕事も軽く済むとは思っていたが…どうやらそうは行かなかったようだな」
ゼタは悔しがる亜薔薇姫にそれ以上の言及はせず、黙って煙草に火をつけ始める。
「で…どうするよ?これから」
煙草を胸いっぱいに吸い込んだあとに言葉と共に吐き出される言葉。
それを向けたのは向かいに立つフードをかぶった存在。
「ティルフィ」
「…今回に関してはあまりにもイレギュラーが多すぎる。いつものように我々の存在を隠すためのデコイ…“あれ”にあれ程の関係者が集っているなど予想もしなかった。それに、あの魔剣使いと、執行者の存在があまりにも異端がすぎる。中央大陸の情報はあの魔王に管理されている事もあって多少は骨が折れるだろうという事もあったが。あまりにも傲慢な考えであったようだ。当然、私たちはいつもどおりの事をしたまでだ。誰彼が責任を取るなんて不毛な話はやめておくんだ。それがある限りこれからの話ができない」
「…」
「…」
「とは言っても…流石にこれは手痛い状況だな…」
そう言いながらかぶっていたフードを外し
ティルフィはその素顔を晒す。
青に寄った銀色の髪に、周辺の空気を冷やすような透き通る青の瞳。
そして、頭には半竜としての特徴である角が生えている。しかし、彼女の角の片方は歪に欠けていた。
「先ずは、我々の頭領をどうにかしないといけないな」
「どうにかって、どうするんだよ?」
「ゼタ、お前は一先ず最上階の姫の様子だけ見ていってくれ。暫く目を離していて急に“爆発”されても今のこの状態では困るからな。あと、亜薔薇姫は“子供たち”の様子を見てくれ。こっちは私のほうでなんとかしてみる」
「…」
二人はそれ以上は何も言わずにその場をあとにして去っていく。
その後、一人になったティルフィは未だに動きを見せない化物の姿のままのスフィリタスの顎に刺さっている刃に注目する。
「…問題となっているのはこのナイフか」
彼女はそこまで近づいてそのナイフの柄に手を伸ばす。
「―まて」
触れる直前で、彼女を制す男の言葉。
それと同時にただでさえ暗いこの場所のさらに奥。闇に覆われた方からコツコツとこちらに近づいてく足音がする。
「それはお前らのような矮小な存在が簡単に触れていいものでは無い」
「…いつからここに来ていた」
「先ほどだ。クモの魔女のゲートを使ってこの場所に赴いた。まぁ、君らのような俗物なら、概ねこうなる事は予想していたのでね。」
「相変わらず、目線の高い物言いだな…なぁ、『クラウス』」
徐々に暗闇から一人の男の姿が現れる。
一見すれば普通の若い男性。金髪をオールバックにし、その身を白の礼装で纏う整った姿をして、メガネをかけている。その鏡面の奥は鷹の如き鋭い双眸を据えていた。まるで全てを射抜かんとする眼光だ。男はメガネをクイと上げると
「その小剣には規格外の黒が詰め込まれている。スフィリタスはそれを直接魂に触れさせられた事で根元から機能を止められたのだろう。
アルカディアの解析が動かないのもそのせいだ。このままだったら数十年、もしくは数百年動く事は無い」
「どういう事だ…?」
「闇の根源は空間の拡張だ、魂が奥すらもしらぬ一面を闇と認識する事で闇の魔力の根底が生まれる。しかし、凝縮された闇の情報を突如として受けてしまえば、それに対する認識処理が強制的に、そして優先的に行われ結果的に思考と肉体が乖離し、結果的には肉体側は停止されたままとなってしまう。これがスフィリタスの置かれている状況だ」
「なら、やはりその剣を抜く事が重要ではないか」
「だが、お前たちがそれを抜こうとすれば、下手をすればその前にふれたお前たちがそいつと同じザマになるのだよ。そしてもう一つ、この魔力には魂に癒着する傾向がある。無理やり抜こうとすれば最終的に魂の一部も一緒に持ってかれてしまう。この小剣の創り主はそこまで考えて作ってはいないようだがね。流石“黒ヘビ”の素材を使っただけはある代物だよ」
「なら、どうすればいい」
「フン、そんな時の為に私が来たのだよ。頃合だと思ってね。」
「頃合?」
クラウスと呼ばれた男はティルフィをスフィリタスから離れるように促し
彼女の代わりにその白い手袋に包まれた右手で小剣の柄を掴む。
「まて、それはお前がさっき説明したばかりだろ。お前だって」
「私にこのような小細工は効かない。今更、闇魔力などという、知っているモノなどに触れたところでなんの意味も持たない」
クラウスはググとその小剣をスフィリタスの顎からゆっくりと引き抜く。
「―ほう、随分と深く刺さっている。思い切ったという意志が現れているな」
そして、クラウスの手首から唐突に幾つもの小さな魔法陣が現れる。
それに呼応するように小剣、リリョウそのものが一瞬だけビクんと動く。
「そうだ、それでいい…」
―カラン。
抜かれたリリョウはそのまま地に放り捨てられる。
すると、スフィリタスの化物にとって似つかわしくない部分、機械のような右腕、アルカディアと呼ばれたそれが
急激に大きく光を灯し始めた。
「…<解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒><解析><黒>」
「ふむ、流石にアルカディアでもこの量の魔力解析には時間が取られてしまうのか、或いは、黒として認識するまでに幾つもの弊害があるのだろうか、実に興味深い」
「一体どれだけの闇魔力を秘めていたんだ…この剣は…」
「当然であろう、お前がよく知るリョウラン組合の頭目、ヘビがもたらした素材によって作られたのだからな」
「まさかっ、ウロヴォロス」
「―<適正抗体生成>」
アルカディアのその声と共に、化物の姿であったスフィリタスの姿が一気に変容し、少女の姿へと戻っていく。
「がっ…はっ…―――あれ…?ここ、僕、は?」
「ふむ、どうやらその様子では、やはり刺された瞬間から意識が止まったままのようだな」
「クラウス、…お前が、なぜ、ここに?」
そこにティルフィが割って入るように答える。
「フィリ、作戦は失敗した。お前があの魔剣使いらと戦い、動かなくなった時点で撤退を余儀なくされた。それから数日してそこのクラウスが、動かなくなったお前を治した」
「へ?…失敗?駄目だったの??」
スフィリタスは一瞬戸惑いを隠せないように固まる。
そしてティルフィからの説明をうけて、「なる程、なる程」とぶつぶつと言って考え込む。
「現状は?」
「ジョイは破棄、キオーネも置いていった。二つとも使い物にはならない」
「そっかぁ。勿体無いけど、ならしょーがないね…」
スフィリタスは自身の右腕を見る。
熱を帯びているせいかその空気を焼くように煙を出していた。
「…随分とアルカディアが使われたみたいだけど…そっか。あの剣、黒魔力の塊なんだ。それで、君が助けてくれたわけだね。クラウス。ありがとう」
スフィリタスは状況を全て理解したうえで、悔しがる事も驚く事もなく、ただ笑ってクラウスにそう言った。そう、まるで過去の事は気にもとめていない。全て終わった事だと。
「ふん、礼には及ばない。ここまでは私にとって“予定調和”なのだから」
「予定調和?」
「ゼタに情報を提供したのは私だ。アリアという聖骸。それがあった事をな。そしてお前たちをけしかけた」
「なんだと?…貴様っ!どういうつもりなんだ!!こっちは大損してっ―」
怒りを露にするティルフィをスフィリタスが手を前に出して制する。
「へぇ、で。どういうつもりでこんな事をしたんだい?何か理由があるんでしょ?」
「そうだ。ティルフィ。お前にも先ほど言ったように、頃合なのだよ。今回の襲撃においての本来の目標は聖骸の奪取などではない。一つは前たちの存在をある連中に知らしめる。そしてこの場所へと来るように誘わせる事だ。そしてもう一つは、奴らの能力を確認する事。こちらに来る時点で把握しないといけない部分であるからな」
「そうか。まんまと僕らはダシに使われたわけだ」
「それは悪い言い方だな。私からすれば、お前たちを信頼してたからこそだ」
「んー。ま、いいよ。確かに君の言うとおりにはなったんだ。それで僕らの本来の目的に近づいたって解釈していいんだよね?」
「然り。既にアリアの聖骸に代わるものも実のところ既に存在しているのだ」
「え?なにそれ…そんなもの存在するの?」
「ああ、しかもそれは件の連中と共にこちらに攻めてくる予定だ。お前もわかるだろ?あの場で対峙した魔剣使いだ。そして、あの小娘は…そのアリアの娘なのだよ」
「天使の血を引く子供、そして魔剣の膨大な魔力」
クラウスの言葉に、スフィリタスは広角をゆっくりと上げていく。
「そうか…ついに。ついになんだね、クラウス…僕の、ぼくの望みが漸く叶うんだ。あいつら…わざわざ僕らを狙いに来るんだね。」
「勿論。器の準備も出来ている。少々“邪魔なもの”が混じってはいるがな」
「え?器も用意出来たの?」
「不本意ではあるが、聖女の死体に精霊を留めさせておいた器がある。本来の役割を放棄されてしまったが、予想以上のポテンシャルはあった。まさか
天使の器として機能していたとはな。“それ”も連中と一緒にこちらに来る。あとは、お前に任せるが、いいな」
スフィリタスはキラキラとした表情で目を見開く。
「ああ、素晴らしい。素晴らしいよ!!この地で漸く、世界に対しての大きな傷を残せるんだ!!ああ!楽しみだ!」
「フィリ…」
「ああ、もちろんティルの望みも叶うよ!!世界への復讐、そして君の母も生き返る」
「…母さんが」
「そうさ、言ったじゃないか!これは僕ら願いが全て叶う計画だって」
「フン、あとは好きにしろ。そうだな数日もすれば奴らはここ赴く事になるだろう。“子供”らの管理だけは怠るなよ」
そう言ってクラウスは踵を返し闇の方へと歩き出して消えていく。
「さぁ、おいでよ僕の所へ。王都エレオスは、いつでも君たちを歓迎しよう!!!」
魔業商の頭領、スフィリタスが大きく手を開き未来に訪れるであろう者らを嬉しそうに招き入れる姿の中、一人の視線が、ただひっそりと憂えっていた。