92:“最善”というエゴの在るべき位置
―風の通る音が聞こえる。
それくらい、ふしぎな程に静かな夜だった。
あんなにも魔物がこの庭で埋め尽くされ、壮絶な戦いを繰り広げていた後にも関わらず。
魔物達が悉く全て灰塵になってしまったせいで今はもう何もない。
皆が人の姿になって眠るジョイ・ダスマンを屋敷の中に運びながら戻る中で
アリシアに一緒に連れてかれそうになった所を我が儘を通してこの庭園で一人にしてもらった。
彼女は俺の言葉に暫く一考すると、仏頂面のまま「そう、わかった」と答えその場を後にする。
『…というか、魔剣のナリして一人ってのもおかしい話か』
俺は自嘲気味に声を漏らす。
きっと“あいつ”に聞こえるのかもしれないと願って、『なぁ』と更に続ける。
『なんなんだよ、黄泉の國って…』
ネクロ・パラドックス。
狂った可能性。
死の世界を確定させる事で、死者となった存在を蘇らせる行為。
…ジョイ・ダスマンは確かに死んでいた。
死した屍のまま俺たちのとこへと赴き、そして自らの完全なる絶命を決意していた。
俺はその行動に受け入れがたい悲しさと怒りを感じていた。
だが、唐突に蘇った途端に、俺は、俺の感情を疑った。
だって仕方ないだろ?俺は何を捧げた?何を使った?どんな意志をもっていた?
そんな気持ちの整理もないままこうも簡単に命が蘇る。
そんな事出来るなら…
処理しきれない気持ちが嫌悪と入り混じって込上がってくるのをかんじる。
『どうして、そんなにも簡単に人を生き返らせれるんだよ?』
しかし返事は返ってこない。
そうだ、俺は心底怖いと感じているんだ。人を生き返らせる事が出来たという事に。
俺も
アリシアも
ガーネットも
ヘイゼルも
リアナやアグ、イーズニル
マリアや他の連中
…きっとリンドだって…前に進む為に後押しされているのは、常に誰かの死だった。この世界に残されたかけがえのない傷跡だった。
受け入れたくないものを受け入れてからこそ、ようやく一歩を踏みしめる事が出来たはずなんだ。
でも、そんな傷、本当はない方がいいのかもしれないじゃないか?
命がこうも簡単に蘇生されるこの世界ならば…
そう、誰も彼もがみな、そんな喪失感に苛まれながら前に進む事はないんだ。
そうすれば、アリシアだって、俺なんかを握り締めながら戦う必要がない。
他の奴らだって―
「まだ、居たの?」
そんなか細い無機質な少女の声を後ろから聞く。
『ヘイゼル』
彼女は小さく首を傾げながらゆっくりと俺の隣に座る。
「何を考えていたの?」
『…広い広い庭だなって思ってただけさ』
「あの道化師が、人の姿に戻ってから、あなたはとても苦しそう」
『そう見えるか?』
「そう」
淡々と答える彼女に、少し八つ当たり気味に俺はいう
『まぁ、適当な事いわなくてもいいさ。俺は魔剣だぜ。こんな無愛想なナリで俺の気持ちなんて誰が知る事出来るかよ』
「出来る」
『できるもんかよ』
「あなたが出来たから、今の私はこうして隣にいる」
『…』
「数百年。だれも知る事の無い私の事をあなたはたった少しの間で考えて、知ってくれた」
『違う。それは、この鎖の力がお前の全てを読み取ったからだ。たまたま知る事が出来た。それだけの偶然なんだよ』
「でも、考えてくれた。ワタシと戦って、傷つけ合って、それで、最後に呼ばれたかった名前を私に届けたのはあなたとアリシアだった。
命というものが無い、死者の寄せ集めのワタシなんかの為に、差異のヤクシャである私に、あなたたちは教えてくれた。同じ明日ではない、いつもと違う明日を。だから、真似っこ。私も考えた。あなたの聲、見ている場所、一人になりたいという気持ち。可能な限り考えてワタシはこの場所に、今あなたの隣にいようと思った」
ヘイゼルはそっと手を刃に添える。
「うん、ひんやり」
俺は返す言葉を見つからなかった。
何よりも気づいてしまった。
死が人を前に進める為の傷であるなら、彼女は傷そのものだ。
死という傷を否定するというのならば、そんな彼女を否定出来るのか?
彼女は、傷そのものでありながら、懸命に俺の気持ちに近づこうと考えてくれていた。
俺はとうとう自分の小ささに、
ない頭を俯きたくて視界を下に向けた。
そしてようやっと俺は自身の思いの丈を吐露する。
『すまない。…本当は苦しいんだよ。でも、きっとこれは誰かに簡単に言えるもんじゃねぇんだ。ただ、これだけは言える。俺には…荷が重すぎる…』
俺が持っているものはきっと、本当に人々が何年も何百年も、何千年も望んでたものだ…だからこそ、余りありすぎるんだ。
激情に駆られて使ってしまった時の自分の心のあまりの小心さに、この力の正しい使い方を見いだせない。
『俺は自分の感情を肯定できるにまで至らない。もっと無神経な奴使ってくれたほうがよかったのかもしれない。どうしようもない俺にはこの世界にとってなにが正しいのかを考えるしかない。俺の感情よりも大切にしなきゃいけないものがありすぎる。でも、俺にはこの世界にとって何が一番なのかを見つける事ができない…怖いんだよ』
俺のした事がまたきっと誰かに正しくない事だと言われる事が。
いつだってそうだ。俺が一番正しいと思ってた事がいつかの誰かを傷つけてしまう事もある。
傷つけた奴に否定される事もある。勝手に期待されて勝手に失望して。そんな空気に世界は後始末もせずに俺を置いていく。
その度に俺は思ってる以上に小心者で、心が傷つく事を恐れる臆病者だと気づく。
そんな事ならまだ自身の身体が痛い方が気が紛れる。だが、今の俺はそうもいかない。
こんな刃を剥き出しにした俺は何よりも自分の心が傷つく事を恐れている。
『どうすればいいんだよ?俺に…こんなにも訳のわからねぇもの与えてきて…どうすれば正しい事になるってんだ…』
「…ジロ。世界は本当にいっぱいの事が動いてる。ワタシの知らない事も、ワタシの手には届かない事も、勝手に動いている。でも、知る事ができる。間違いにも、気づく事だってできる。そしてワタシだからこそ言える言葉がある。あなたがやって来た事、考える事はワタシにとって今も正しいと思える。」
ヘイゼルは瞳の奥で見上げた先の光る月を映している。あんなに光を飲み込むような鈍く昏い瞳の色だった筈なのに…
「きっとその力は、あなたが欲して望んだものではないかもしれない。きっとその力を与えたきっかけでさえ、あなたの為にあったものじゃないのかもしれない。でも……それでも……魂ある者は皆等しく、幸せに向かう事が出来る。それが過ちだと知りながらも足を向けて動く事が出来るのは、立ち止まったときに訪れる不幸を更に覆す未来がきっとその先にあると、そう信じる心があるから。その力はいずれみんなを、自分を幸せにさせる事が出来るんだと思う。そうでしょ?アリシア」
『え?』
俺はヘイゼルの問いかけたその名前に視界をふと上げる。
目の前にはだれも居ない。だが、カクンと自分の視界がブレる事ですぐに理解した。
「本当に…本当にどうしようもないパパね」
『アリシアっ、お前』
後ろから聞こえる優しい声に、俺は気持ちをこみ上げる。
後ろから伸びた手が、俺の刀身を包み込む。
―ヘイゼル。謀ったな…
『…バカ野郎。一応刃物なんだぞ。怪我するからそういう事はするなっていつも言ってるだろ?』
「ねえ、パパにとって、今私がパパにしている事は、正しい事?」
『…』
「パパを抱きしめる事で私が傷つく事は、間違っている?」
『それは―』
「私はそうは思わない。だって私がそうしたいんだもの」
だが駄目だ。俺はアリシアの魔剣であり、父親なんだ。
そんな俺が、こんな事で…こんな情けない事…見せられるかよ…。
「人を、生き返らせる力。確かに怖いよね…パパ」
『っ!?お前、なんでそれを?』
「解るわよ。だって、私は魔剣使いなんだよ?パパが誰に何を言われたのか、なにを使ってしまったのか、私にも聞こえたもの」
俺の中での一番の失敗だった。
今、きっとアリシアがそれを一番に欲っし、使う権利を持っている。
失った父を、失った母をよみがえらせたい。きっと彼女はそれを第一に望んでいるはずなのだ。
もうこんな戦いを辞めて、父と、母と共に、そしてそこにマリアが居て、幸せに暮らすべきなんだ。
「でも、パパは私のことを全然わかっていない」
『…どういう事だよ』
「今ならわかるよ。私は、おばあちゃんが来て、契約が切断されたあの瞬間。本当に欲しかったのは、パパにずっと一緒にいて欲しいて言葉だった。
言い訳なんか何も無い、ただただひたすらに一緒にいて欲しいって言って欲しかった」
『アリシア…』
「パパに本物かどうかなんて関係ない。私がジロというその人を魔剣では無く、ただひとりのパパと決めたからこそ、私はそれを求めていた。きっと知らなくても良くて、何事も無く終わるような幸せであろう未来があるのかもしれない。それでも、もうそんな事を望める私は、何処にもいないんだよ。今居るのは、パパの事を知って、パパと一緒にいたいだけの、本当に我が儘なアリシアがここに居るだけ」
『お前は、会いたくないのか?自分の父親に…自分の母親に…!』
「…会いたい。会いたいよ…でも、そんな気持ちがパパと離れる理由にはならない。そうなるかもしれないと、いつかは知っても、自分に嘘をついてでも今は側に居たいって思う。それが私の我が儘なんだ」
『そんなの、ズルすぎる考えだろ』
「ふふっ、“正しい事だけをする”ことが正しいなんて、きっと誰も言いはしない。そうであるなら人は誰も傷つかないもの。だったら、それなら、いっそ皆傷つけちゃえばいいんだよ。傷つけて、それでも側に居てくれたものこそが正しい―、そんなのじゃなくて、大切にすればいいんだよ。パパ」
俺の意志が誰かの為だったとしても、きっと他の誰かの為じゃない。でも…
俺の行動の全てが間違いだとしても、受け入れる気持ちが確かにここにあると感じる事が出来る。
「側にいる人が居るってだけで、私は安心する。今、それをしてくれているのはパパ。今の私が此処に居るのだってパパが居てくれたからなんだよ。だから、私にとって一番に考えようとする事でパパが離れるのなら、私はこうやって構わず傷ついてしがみつく。それが私の意志。私の見つけた答え」
その事が今の俺にとってどれほど救われているだろうか。君にはわかるか?
俺がそれを識る事で、俺も自分の意志を信じ前に進むことが出来る。
俺は心の中にあった重荷が少しずつ軽くなるのを感じた。
そうさ、人を生き返らせる力…それをどう良く使うことばかりを考えていた。
だが、俺は使わない事を選ぶ意志を持つことだってできる。
それがいつか使う時が来ても、俺は、俺の我が儘で選択する事を覚悟すればいい。
世界にとってでは無く、俺にとって、俺にとっての憐憫が誰かの救いになればいいと決め続ける。
その思いを孤独にしないでくれる者がいる限り、信じる限り
『……アリシア』
「ん?」
『ありがとうな。流石、俺の…自慢の娘』
「一番の娘って言ってくれてもいいんだよ?」
『それは…』
その言葉に俺は言葉を詰まらせる。
「ふふ、いいの。ちょっと意地悪を言っただけ。それに、大切な人にはあんまり順番なんてつけたくないのは私も同じ」
リューネス、聞こえるか?
本当に、物分りの良すぎる子だ。
俺がパパとして呼ばれるには勿体無い程にはな。
今はまだこの使い方を理解出来てない。だが、いつかは…
お前も、アリアも
『本当に、強くなったな。アリシア』
その言葉に、彼女は一度目を伏せると
「…そうかな。でも、ごめんね。私もこれだけは言わせて…譲れない事なの」
『なんだ?』
「魔業商、あの連中だけは。たとえパパが許したとしても、私は絶対に許さないから」
先ほどとはうって変わって低く漏らす声は少女が言うにはあまりにも重すぎた。
「私は、あの連中だけは絶対に殺す」
「ダメよぉ。アタシはちゃぁんと依頼をしたでショ?」
背後から悪寒が走る。
その声は、遠くからなのに不思議と背中に蛇を這わせられた気にさせられる。
その悪舌が耳にまで潜もうとする気持ちの悪い感覚。
『…ヴィクトル・ノートン』
アリシアは地に刺さった俺を抜き身構える。
その折、背後からで見えなかった奴の顔を拝む事となる。同伴者であるファヴニルも含めて。
二人はゆっくりとこちらへと向かってくる。
アリシアと隣に居たヘイゼルはヴィクトルに向けた視線は敵意が無いものの
瞳を端に寄せるほどの横目で警戒していた。
「あらあら、お人形みたいな可愛い顔が台無しね。とっても怖い顔。ええ、安心しなさいな。何もしないわよ。…あなたたちが何もしなければねぇ?勿論、さっき言っていた、魔業商を皆殺しする宣言を含めて…ね」
『そうかよ、ところでそうやってこっち向きに足揃えてるのを見るに、そろそろお帰りの時間で?』
ヴィクトルはくくっと笑いながら「ええ、そうね」と答える。
「時間が経ちすぎたの。あまりにも予想外の連続でね。それにしても、まさか化物ピエロが襲撃してきたと思えば、アルス・マグナの反応と共に人になっちゃうなんて。ど~んな手品を繰り出したのかしらね?実に興味が湧くわぁ?」
『忠告はしておく。それ以上の事は聞かないほうが身の為だぞ…?』
「ンフ。強がりもほどほどにね。ファヴニルからは説明を聞いてたでしょ?アタシの事。何より、あなたは初めて会ったあの場所で一番に経験しているのだから。もう少し利口な返しを考えとくといいわぁ」
『…』
「この後、ギルドの方でリョウラン組合から依頼を申し出るわ。詳細情報に関してはギルドに委託するわ。勿論、依頼先は貴方を指名する。だけど、他の人数に限りは無いから、お好きなだけ連れて行くといいわ。それと―」
すれ違い様にヴィクトルは俺たちに向けて“ある物”を投げ渡してきた。
それをアリシアが受け取り掌を覗き込むと、それは小さなネックレスの形をした装飾物だった。
その埋め込まれた黒の宝石からは身に馴染む魔力を感じる。
『これは、黒曜結晶?…いや、それ以上の重さを感じる』
「それはちょっとしたお気持ち。ゲテモノ相手にリリョウを手放しちゃったんでしょ?そんなハンデで向かわれても困るもの。リリョウが還ってくるまではそれでなんとかしなさいな。それと―」
ヴィクトルは去り際に一度だけ振り返り言う。
「ティルフィ…彼女だけは殺さないで頂戴ね。彼女は半竜であっても竜は竜。彼女を殺しでもすれば、貴方とアタシだけの話じゃない。そこからは、人と竜の問題になるわ。それだけは肝に銘じて頂戴」
それだけ言うと。俺の返事を待つ事もなく、踵を返して二人が去っていく。
「―アリシア様!ジロ様!」
その二人を横目に見ながらすれ違うように暗い夜の影からこちらに向かってくる者がいた。
大きな錫杖を抱えている少女。シアだった。
どうやら丁度、騒動を終えた頃合でこちらに到着したらしい。
「リンドヴルム様が怪我をなさっていると聞いて」
『ああ、来てくれてありがとうシア。それに―』
「ええ、この方々は私の護衛も兼ねてついて来てくださった者です。メイさんの師匠と…その付き添い?のようですが」
彼女の後ろから三人の影が姿を現す。
メイ、それにアンジェラ。…そういえば
今はいつもどおりの姿ではあるが。あの時の姿は一体なんだったのだろうか。
桃色の髪と、角のはえた小さな幼女の姿でメガネを掛けていた。
その疑問を置いていくようにもうひとりの人物に目をみやる。
こいつ、あの時その幼女にしがみついていたやべえ奴だ。ボロボロとくっそ泣いて引きずられていた桃髪の少女。
今もアンジェラに手を引かれながら連れられてきているその姿はまるで子供のようだ。
身長だけでみるならメイよりもアンジェラよりも大きい。だが、桃髪の少女はいつまでたっても下を向いて俯いており、顔を見せようとしない。
まるで拗ねている時の奈々美そっくりだ。
「おい」
スパァン。という大きな音が響く
「い゛い゛」
普段でも仏頂面で強面の顔をしているのに、更に怖い形相でアンジェラは繋いだ手を離して
容赦なく平手打ちを桃髪の少女にする。
「いつまでもガキぶってんじゃねえ!ちゃんと挨拶しろ!“清音”!!」
「う、わ…わかってるって…。だからすぐ叩かないでよ!もう!」
親子かよ
『親子かよ』
「あ?今なんつった??」
やべ、声に出てた。それを耳にした途端にグリンと首を、三白にかっぴらいた眼の視線をこちらに向けてくる。
「そいつ、本当に大丈夫なの?」
アリシアは警戒するように清音と呼ばれた桃髪の少女を指差す。
「ああ?このクソガキが本当に大丈夫なんて思えるのか?まともに知識も良識もねぇ、行儀も悪くてご飯もまともに食えない。
夜にはうだうだうだうだすすり泣く。人の事を時折間違えて母さんなんてほざくわ、しまいには目が覚めりゃあ寝しょんべんを―」
「それ以上はいうな!!やめてくれ!!僕が悪かった!!」
アンジェラから出てくる言葉を縋って遮る清音。
「ああ、どうだ?こんなタッパだけ偉そうにしてやがる手間のかかる小娘が本当に大丈夫かって思うか?」
「…そ、そうね」
流石のアリシアもそれ以上言及出来ないほどには引いていた。
「ところでだ。ここでの立ち話もなんだ、お前らもワケあってこの神官様を呼んだんだろ?さっさと中に入れてもらおうか?」
『そ、そうだな…。シアも心配で気が気でないだろうよ。というかそれなら先に行ってもらってもいいか?シア』
「す、すみません!お気遣いどうもです!では―」
シアは錫杖を抱えたまま急ぎ屋敷へと走り去っていく。
『…それじゃあ、あんたらはちょっと食堂の方へと来てくれ』
「おう。それと」
アンジェラはギギと首を動かして横にいるヘイゼルの方へと顔を向ける。
「なに?」
「ああ、いやなにさ。オマエ、ちょっとは良い顔するようになったな」
無愛想な顔でヘイゼルにそんな事をいうもんだから俺もアリシアも口を栗みたいにしてしまう。
(いや、すまん、俺には口もねぇし栗みたいな形に模せるサムシングがあるわけではないんだがな)
「そう、ありがとう」
ヘイゼルは言われたからか精一杯のお返しのつもりで頬を両手で持ち上げて作った笑顔を見せつける。
「ふん、気持ちだけは受け取っておく。だが、次は手も使わないで愛想を振りまけるように精進しな」
「うん」
こいつ、なんだかんだで優しいんだよなぁ。怒る時は怖いんだけどさ」
「今なんか言ったか?」
…どうやら思ってた事が若干声に漏れていたようだ。
『いいから!気のせいだよ!早く!行くべいくべ!』
「パパ、変な言葉使わないで頂戴」
『あ、ハイ』
歩きながら暫く、俺とアリシアが屋敷のほうへと案内する途中。清音が庭の奥をジッと見つめていた。
『なんか気になることでもあったか?』
「…あれ、僕の武器じゃない?」
清音の視線の先には、先ほどまでジョイと戦っていた時の名残であろう武器が忘れられたように置き去りにされている。
そうか、あれはこいつの使っていた武器なのか。
「…シアと合流してここに向かう途中、やけに森がざわついていた。ここに来るまでに何かあったのか?魔剣」
『ああ、ちょっとな。いや、ちょっとで済む話ではないんだがなぁ』
「そうか。ならまぁその話も屋敷ん中で聞く事にするさ」
俺たちは、そのままゆっくりと歩みだし、灯りの点された屋敷の中へと帰ってゆく。
そして、そのまま忙しない出来事は続いて訪れる。
ネルケが急いで駆け寄ってくる。
「あっ、あの!ジロさん!」
『どうしたよ。そんな慌てて』
「さ、先ほどの人が目を覚ましたようで…!」
ああ、本当に忙しない事に。
色んな事がどんどんと迫ってくる。
『いま、そいつはどうしてる?』
「あの…一応敵意は無さそうなので、ガーネットさんたちが事情を聞こうとしていたのですが。なんでも、出来るならば、最初は貴方と二人だけでお話がしたいと…」
『そうか』
それはそれで都合が良い。きっと、俺が使った力の話が関係しているのだという事も解る。
そうであるならば、他の奴らが一緒に居て話すと話せる内容にもきっと限りが出来てしまうだろう。
「どうしますか?」
『それでいい、すまないが。部屋にいる連中は全員、一旦食堂へと集めてくれ。俺と、アリシアだけでそいつと話す』
「わ、わかりました」
『代わりになんだが、今しがた鍛冶師の面々が来てもらってる。俺が戻ってくるまで相手をしてもらっていいか?』
ネルケは俺とアリシアの後ろで待機している三人を見て「あ、はい」と照れくさそうに頷く。
『そういうわけだ、申し訳ないが、少しばかり時間をもらうぞ』
「ああ、あたしゃ構わねーよ。そんかわり、待たせるだけの茶ぐらいは用意しろよな。待たせる奴の機嫌を損なうのは話の運がよくねーからよ」
『それをお前が言うなって。ネルケ、こんな事ばかり頼んで申し訳ないが、お願いだ』
「いいえ!全然構いませんよ!私!頑張ってお、おもてなししますから!!」
『おお、すごい気迫だ』
俺とアリシアを除いた一同はネルケに案内されるまま食堂へと向かい
一方の俺たちはそのまま階段を登って、目覚めたジョイ・ダスマンの居る部屋へと向かった。