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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
122/199

90:接戦




黒竜ファヴニル。

黒き巨躯と翼を持ち、頭部から尾の先まで禍々しい模様の鱗をその身に這わせいる。



ネルケ曰く、知恵持ちの竜にはそれぞれ祝福を賜る為の前提として人に対しての“何か”に執着を持っているそうだ。

ある者は力、ある者は運命、ある者は普遍的な観測による円環。

求める程にそれを慈しみ、最早恋慕さえも抱くその様を神は「愛」と名付けた。

そして、彼の竜、ファヴニルは人の強欲さに執着している。人の感情から漏れ出る貪欲さに鼻が利く。

それを受けることでまるで芳香を嗅ぐかのように満たされ、己を実感する。



その者が吐き出す焔は怨恨の如き紫紺に黒き輪郭を添え、浴びる者全てを焼き切るまでまとわりつく―




「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



周囲の魔物が、吐き出された焔をまともに浴びると

事切れて燃え尽きるまで断末魔を周囲に響かせていた。



何よりも、俺が便利だと思ったのは、その焔は周囲の草木や物を巻き込んで焼くのでは無く、生きている物…魔物に対してだけまとわり付くという事だ。



『なんてご都合的な焔だっつぅの!!』




だが、それがあってかうじゃうじゃと数えるのも大変な魔物連中は一定の範囲から容易く消し炭になってくれてる。




「お陰様で、庭に入り込んできた汚物は綺麗さっぱりね。パパ」





「オホメニアズカリコウエイデス」



「ほんっと、リンドヴルムもそうだったけど、放つ魔力量が半端ないわね!ドラゴンっていうのは!!」



リアナも負けじと風魔術を解き放ち相手を奥へと吹き飛ばす事で、こちら側に寄せ付けないようにする。

しかし、それでもその風圧から逃れて脇から攻めてくる数匹の魔物ら。



「フリージングリム!!」



「バインド・オーダー」



氷結と光輪が交差する。



リアナが抑えきれなかった連中ら

屋敷側で対峙している俺たちへ駆け寄ってくるそれらを、ネルケとヘイゼルが各々の魔術で拘束させ動けなくさせる。



それらを俺を構えたアリシア、マリアの二人の剣擊と蹴りで奥へと吹き飛ばすように送り返し

再び奥で固まった魔物らをファヴニルの黒き焔で焼き滅ぼす。



「すげぇ。これならヴァンパイアの特性に悩む必要も無く全部ぶっ殺せられる!」




ガーネットが車椅子から祈りながら見守っていたが、それも大きなお世話だったかと前のめりになって関心する。



「ちょっと、ガーネット!それでも、もうちょい後ろに下がってて頂戴!」



「お、おう!わかってるって」



リアナに怒られて、口を尖らせながら車椅子をさらに後ろへと引くガーネット。

ったく、お前は本当にじっとしてろって…



「…まだ安心できないわよ。あそこにはまだ、大きな獲物がいるもの」




この作戦によって繰り返し魔物を駆逐している中で、リアナは魔物の群れの奥で未だ動かない敵を見つめる―



『ああ、あいつはきっと俺らを狙う為に機を伺っていやがる』



ボロボロの道化師服に口の周りを紅に代わって鮮血を以て染め上げるジョイ・ダスマン

相も変わらず訳のわからない言語を口から溢しながら手に大きな歪な武器を携えて、しかしそれ以上に動く気配を見せない。



「…ねぇ、あいつ…何か食べてる?」



『え、何を?』



ようく見るとそいつは武器を持つ方とは違う手で何かを持ってそれを都度口に運んでいる。

ムシャムシャと、ムシャムシャと



「うわ」



『ありゃあ魔物の腕…か?』



奴は食い終えた途端に投げたそれは肉を引っペがされた腕の骨だった。

周囲でジョイの壁になるように囲っている眷属の魔物をひとつまみ食べているとでもいうのか??



食べ終えた途端に歯を剥き出しにしてこちらを見ている様子はまるで笑っているかのようにも伺える。なんとも君の悪い事だ。





俺は最初に戦った時の事を思い出す。奴の肉体が共鳴して見せた自身の生い立ち。夢、願い…本来のジョイ・ダスマンという神父としての在り方。

それら全てを魔業商に踏みにじられ、守っていた子供を強引に食べさせ、自身の命さえも弄ばれた。


未だに魔術か何かで、現実と切り離された夢を見させ続けている男の、なんとも哀れな結末。



…本当に、お前は…もう、あの時見たジョイ・ダスマンでは無いのか??








―憐れむ?慈しむ?この男を救いたい?






『えっ…』





唐突にドクンと脈打つように俺の心の奥で何かが、そう語りかけてきた。俺の反応にそれ以上の返事は無い。





救う?こいつを??




「どうしたの?パパ」



『いや、なんでもない―…』




俺はその言葉に、得体の知れない確信が自身にまとわりつくのを感じる。

まるで、その選択肢が用意されているかのような。



…だからこそ、俺はそれ不気味で、不安で、仕方が無かった。




『ジョイ・ダスマン…俺はあいつと対峙する必要があるかもしれない』



この疑問を、一抹の不安の答えを…見出したい




「デスガ、コノママデシタラ、ジカンノモンダイ、イズレハヤツノトコヘト、ワレワレノテガトドキマス」



「それなら」と、マリアはいつもよりも更に素早い動きで、自身の役割を全うする。

そうする事で俺とアリシアの行動に空きが出来る事で彼女が何を言わんとしているのか理解できた。



「ジロ!アリシア!!前に出ろ!!後ろから私がサポートする!」



『マリアっ!』



「行けっ!」


言われながらも直ぐに行動を起こした。

アリシアを守る事を優先にしていた彼女からの言葉。

それが今の俺たちにとってどれほど心強いものなのか今から口に出して皆に聞かせながら説明したいぐらいだ。



『アリシア!!』



「わかっているっての!」



魔剣を大きく下に向けて構えると


ズンっとアリシアの重く響く一歩の踏み込み。

それはその自身のか弱き少女という身体を一瞬で疑わせるような大きく跳躍する一歩。



高く飛んだせいか、真下の魔物が反射的に俺たちを仰ぐように見上げている。



そして、その奥。アリシアは目前に寄ってくる吸血道化師に対して大きく魔剣を振りかぶる。

奴はもうすぐそこだっ



「まっでれごてぃか」



すると、ジョイはそれを守るように周囲を囲う眷属の一匹の首根っこを掴み、俺たちの前に差し出す。




肉の壁―…!!



「ぐっ!!」



「ぎゃああああああああああああああああああ!!」




アリシアの一撃は目前の魔物を断ち切ったが、その刀身はジョイの元までは届かない。

その後ろから、ゆっくりと口角を釣り上げる奴の口が見える。



『まずいっ!!!アリシア!!!!下から来るぞ!!』



グォンッグォングォン!!!!



そんなエンジンをふかす音が響くと同時に、それはアリシアの足元から昇るように歪な形の刃が這い上がってきた。



「いいいいいいいいいいいいいいいいいいっでぃいいいいいいいいいいぱらいそっ」



「っ…!」



アリシアはそのまま迫り来る奴の武器…その刃の至らない部分に脚を乗せてバク宙し、下からの不意打ちを躱すと

着地をして、すぐさま奴の振り下ろしてくる追撃を魔剣を持ち上げてぶつけた。



交わる刃と刃の拮抗。



『あがががががっががあがっがががががががががが』



敵の刃から伝わる振動に視界をカタカタと揺らしながら火花が連連と散る。

大丈夫か!?俺、削れてない!?!?!?!??!?



「―っ!」



アリシアは力と力のせめぎ合いの中で相手の力が一気にこちらに向けている手応えを知ったと同時に一瞬で刃を引く。

その流れるような動きにジョイは体勢を前のめりになって崩すと、身体を翻ってガラ空きになった胴めがけて回転によって勢いを乗せた一撃を向ける。

しかし、それをジョイはすぐにその身を持ち直して武器の柄を使って弾き返すように防いだ。



「さっすがに!」



一筋縄ではいかないか!


そもそもその武器は一体どうなっていやがるんだ!?

チェーンソーみたいな構造だとは思うが、柄の部分はゴツゴツとしてロードタイプのバイクの前部分みたいな見た目をしてやがる。

さしずめ歪な刃の部分は前輪に見立てたピザカッターのつもりか?拘束で回転しながらオンオンと嘶いているし、なんにしても趣味が懲りすぎている見た目には違いない。



つかそんな事を考えている場合じゃねえ。アリシアの一撃が弾かれてる!

魔剣を握り締めたまま一気に上に持ち上げられてバンザイポーズの状態だ。このままだと奴の反撃が…ん?


俺はそこである違和感に気づく。




『―ストーンエッヂ!!』



ジョイが隙を見せてしまったアリシア目掛けて振り下ろした回転する刃の一撃は、俺の下から繰り出した石の刃によって軌道を変える。



チリ…チリリ…髪の毛数本が焼ききれる音。

頭を後ろに下げたアリシアの目の前を刃がスレスレで通り過ぎていく…ゆっくりと。



―やっぱりだ。

神域魔術は使っていない。蛇眼相を無意識に発動している事はまずない。




だが、奴の動きを、攻撃を、この目が理解し、思考が追い抜いている。





だからこそ読める。奴は、躱されたあとにその腕に力を込めてそのままめ一杯に引き戻して追撃をしようとしている。



『左から来るぞ!!』



「っ!?」



アリシアは俺に言われるがまま反射的に魔剣を左に振り下ろして迫り来る刃を防いだ。

再びギチギチと拮抗する刃の摩擦音を耳にしながら。今度はお互いに離れるように火花を弾かせて数歩ずつの距離を取る。


そこからの真正面の攻防。


その始動はアリシアの大きく開かれた碧眼とジョイの赫赫とした双眸がお互を捕らえながら

両者が引き合うように前のめりになって繰り出す凶刃と剛刃。


ガン、ガンと大きく視界を揺らされながら俺はジョイの攻撃の軌道を読みアリシアに指示を出す。



ジョイは脚の踏み込みに連なって大きな範囲を薙ぐように武器を振り回している。

それも、両手で握り振り回す武器を時折片手だけで持ち、もう一方の手で意識を惑わすような奇をてらったような動き。

更にヘイゼルのように関節の限界を無視するような動き。それらを、現状目で追える俺は手の動きに惑わされないようそこから導き出される攻撃の軌道にのみ集中する。


成る程、マリアの言っているライン。俺には多少なりにも理解出来てきたのかもしれない。

反射的に組み込まれた脚と手の向き、それを思考によって見えない一閃を形として見せてくれる。


修行の成果が早々に反映されるとはね。有難い事だ。

だが、魔術を使ってやつに不意を狙うにはさすがに思考までが至らない。頼れるのは魔剣おれの刀身の堅牢さぐらいか


一方のアリシアは軌道を意識して身体を何度か回転させながら切り払う。相手の動きに目を凝らす俺と一緒に相手の隙を探り合いながら

確実な一撃を狙っていく。





それだけを見ると、小さな挙動に回数を重ねるこちらに体力の問題があるかもしれない。

だがそれは名前すらないナマクラを握り締めた時だけだ。

いまのアリシアは俺を握り締めている限り、その意志尽きるまで動き続ける。


それはきっと相手も一緒なのだろう。

ジョイ・ダスマン。ヘイゼルと同様に死体によって作られた人形。

こいつの魂の中で魅せられている“夢”が続く限り、それこそ半永久的な機関の如く攻撃を繰り返すだろう。



「ぎでぃり、てけりてぃな、あばがろっそでぃお!」



「いちいちいちいち!うっさいわね!!」



「がぎぁっ!」



「らぁっ!!」



「ぎぐれぞ!」



「しっ!」



一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃、一言、一刃




「本当!に!しっつこい!んだから!!」



「してぃがるが!ごう!だらりゅき!!」




思い返してしまえば気が遠くなるのではと感じる程に同じ打ち込み合いのやり取り。

いい加減お相手さんの刃も散らす火花の数だけ薄くなって欲しいと願いたいものだ。



お互いに攻防を繰り返し続ける。きっとこの状況に底は無い。

心配しているのは、周囲の魔物による横槍。…だがその心配もどうやら無用のようだ。



目の端で追える限りは理解している。マリアが邪魔になりそうな連中をヴァンパイアの牙に恐れる事も無く斬り払いなぎ払い続ける。



長く続く攻防の中で、俺は一触即発の打ち合いにある突破口を見出そうとしていた。

、互が互の攻防に慣れ始めた頃合い。そこからがきっとお互いの狙い目になるだろう。

同じセオリーで攻め合う中、こちらもどこかしらで“違うもの”を一度差し込む必要がある。



…勿論目処は立っている。俺はある事に気づいていた。これだけの長いやり取りをしていれば自ずと識るものだ。



前回の戦った時のような魔術の発動が見られない。

先の戦闘では重力を使った魔術を使っていた。しかし、こちらの動きに対して変化が微塵も感じられない。

そして、奴からは例の魔術反射、魔眼ネグァーティオが使われた形跡が見られない。先ほど俺が放った石の剣がそれを証明している。


何よりも奴は盲目である事を前提とした魔力の気配を読み取る能力。それを全くと言っていいい程に使われていない。

奴の“目”は赫く光ったままだ。


どんな経緯かは知らないが今のコイツは突出した異常身体能力と武器だけを頼りに攻めているだけだ。



そこまで知っていれば、あとは何も怖いものは無い。



ただひとつ懸念しているのは、ヴァンパイアとして持っている特性、喰らった相手を眷属にしてしまうその牙だけだ。

奴が少しでも頭を寄せて来る際の対処を何通りか考え、可能ならば警戒して距離を取る。それを前提とした行動を意識する。



俺は一度周囲を見渡す。

…流石というべきか、すでに周りの魔物の群れはこっちがバキバキと打ち合いになっている最中でマリアたちの善戦によって

すっきりとした空間がどんどんと出来始めている。これならある程度大きく動いても、首っ子を唐突に襲撃される事は無い。どうやら頃合だろうか。





―アリシア、そろそろだ。



俺が耳打ちをすると、アリシアは頷きながら

打ち合いの中で読み込まれた一通りの同じ動きの中の三回目、そこで刃を交える瞬間。

相手が右から左に大きく武器を振る瞬間を見極めた。


いつもであれば刃を通して受け流す所を、大きく身を屈める。


ジョイはその攻撃の時、一度右手を武器から手放して前に翳すと、左手のみで大きく刃を振り切る。




どうやらこいつのこの手によって惑わす行動は、以前のアリシアとの戦闘で使っていた重力魔術を発動するという反射的な情報をフェイクでありながら、アリシア自身に与える事で多少なりにも動きを鈍らせようとしているのだ。



だがそれも今の俺には無駄だ。

その左手で武器を大きく後ろまで持っていった瞬間を俺は見逃さない!



『アルメン!!』



俺はジョイの翳した右腕から首にかけてアルメンの鎖を伸ばして縛り付けて拘束すると、

そのまま奴の大きく開かれた両脚の股下をアリシアが小さな体を利用して潜り抜け、そのまま背後にまで伸びきった奴の武器を握り締めた左腕目掛けて

引きずった魔剣を大きく振り上げて断つ。



絶たれた左腕は血を吹き出す事も無く武器ごと奥へと転がっていく。




「があああああっ!?」



一瞬何が起こったのか、左腕を切り離された経緯をジョイは理解出来ないまま大きく叫ぶ。

だが、もうこれで終いだ。


武器を手放され、両の腕を抑制した。そんな抵抗も出来ない奴の背後を取り、後はその首を掻っ切るだけだ―…



『―なっ』



その瞬間、アリシアの上体が突如としてカクンとさがる。



目前で背を向けたジョイは、そのまま身体をバク宙させて首どころか身体の体勢を大きく変える。



『んな馬鹿な!俺は奴の右腕を拘束させ、てっ』



ゴキゴキボキベキバリ。

そんな骨やら関節が一気に壊れるような音が聞こえる。奴の尋常じゃない身体の特性を理解してはいたがやつは無理くり関節なんかを無視して

右手の向きを置いてったまま、身体だけでバク宙してやがった。



『んな無茶なぁっ!?』



「へぶっ!?」



しまった。


奴の両脚が、そのままアリシアの上から降り注ぎ、彼女の頭を挟み込むと、そのまま再び身体を逆方向に回転させて

フランケンシュタイナーを彼女にお見舞いする。



「ぶるるるるるるああぁぁああっ」



『アリシアっ!!!』



なんか凄い声あげてたけど、それどころじゃない。

彼女の頭はそのまま奴の攻撃によって頭を地面が抉れる程に叩きつけられた。



超再生を持っているからこそ、まだ冷静に状況を語れる程だが、こんなのを普通の人間が…ましてや一人の少女が喰らってしまったならひとたまりもない。



『クソが!!!』



なんつー野蛮な!!



アリシアは頭に超再生によって生じる魔力の摩擦、紅い稲妻を走らせながらも、すぐさまに起き上がり、大きく後ろに跳んで奴との距離を取る。



「おい!!ジロ!!アリシアは!!アリシアは無事なのか!?」



こちらの様子に気づいたマリアが大きく叫んでいる。



「だ、大丈夫!おばあちゃんはそこら辺の魔物を相手して!」



アリシアは鼻に溜まった血をスンと鼻息で飛ばして、首を二度コキコキと鳴らしながら魔剣おれを構える。



―これは俺の判断ミスだ。相手の身体の仕組みを理解していながらも、俺は奴の異常な動きに対しての想像へと至らなかった。

こいつには拘束なんて無意味だ。



起き上がるジョイ・ダスマンは関節が外れた右腕をブラブラとさせながら猫背でこちらに振り返る。



「えでぃるろっそ、だ、い…べりるけ…でぃお」



すると、奴はスンスンと鼻を鳴らして、周囲を見渡すと

遠くに居る魔物を視認して、すぐさまにそこへと異様な動きで跳んでいく。



『なにをっ―…』



「ぎゃああああああああああああああああああっ」



言葉に出す前にすぐに理解した。

肉がクチュクチュと響く音…奴は見つけた魔物へ飛びかかり、その大きく開いた口で魔物の喉へと齧り付き

そのまま肩にかけて下まで肉を貪っていた。



「はぁあああああああああああああ、でぃすためんてゅす!あぎらばふぁーくらい!!」



血が塗りたくられた肉を喉の奥へと押し込め。

そうすると同時に、奴の砕けた右腕が、失った左腕が、煙を吹き出しながら再生していく。



確かスフィリタスが言っていた…あいつが肉を喰らうのはその体内で不足した部分を補う為の肉を充填するために捕食しているのだと。

そう説明しながら実際に再生させている所を俺は確かに見ている。


だが、それはスフィリタスがそこに居たからこそ可能だったのでは無いのか??


あいつの特殊な魔術と連動して再生されていた筈だ。



考えられるのは、それをする為に必要なトリガーの要素を吸血鬼化した途端にコントロール出来たという事なのだろうか…



「がぐるぎ、べでぃるぎゅら、いど」



考えている暇は無い。腕の再生を終えた奴は、途端にこちらを向くと、そのまま前のめりになって向かってきた。

その表情は醜く、舌を垂らしながらヨダレを零している。獣らとなんら変わらない。




『―来るぞ!!あいつ、お前も喰らうつもりだ!!』



「ほんっとうに!食い意地の張った馬鹿ね!!」



襲いかかる人食い道化師の開いた口。それがアリシアとの首に届く寸前で、その口に魔剣の刀身を横向きに差し込み無理くり口を塞ぐ。

ギリギリと押し合いで拮抗し、魔剣の刀身が削れる音を真近で聞きながら、抑えているアリシアの足がズズっと地に沈んでいく。



「ぐ…ううっ!!」



彼女の腕から紅い稲妻が走っている。膂力で押し負けている証拠だ―




「おい」



そして、後ろから声が聞こえた…同時にジョイの眉間に一刺し。見覚えのある刃が差し込まれる。



「私の孫から離れろ」



『マリア!!』


「おばあちゃん!!」



マリアが奴の不意を狙って助けに来てくれた。

…どうやら周囲の魔物も片付いたのだろう。




「がっ…あがっ…」



ストックしていた肉が消費されているのだろうか。

ジョイはマリアの剣が刺さった眉間から再生能力による反応の煙をだしながら口を開き頭を無理やり上に向けられている。



「ふぐにる、ぎぎる、ららぐにるっ」



しかし、ジョイは止まる事を知らぬかのように、自身の頭に差し込まれた刃をゆっくりと両手で握り掴み



「…っ!?」



ぐぐとマリアごと持ち上げようとする。



「このっ…!!」



俺とアリシアを後ろにさがらせ、マリアはそのまま奴の顔面に蹴りを入れる。

だが、それでもビクともしない。



「こいつ…!馬鹿力がっ…!!!」



「いぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」



耳を劈くような叫び声と共に、ジョイはマリアの剣を眉間から強引に抜いてマリアごとぶん投げる。



「くそっ―」



ここだっ!!



やるなら今だ!!



『フレイムランス!!』



俺はマリアから意識を逸らすように焔の槍を放つ。

ジョイはこちらを向くと同時にその槍をその手で反射的に掴みとり受け止める。



「ぐっぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ―」



奴の手は焔によって徐々に焼かれていく。

このままなら動く事さえままならないはずだ。




『いけっ!アリシア!!』



「うおおおおおおおっ!!」



雄々しい叫びをあげながら、アリシアはそのまま魔剣で焔の槍の末尾を杭を打つように叩く。



ゴウと焔の槍が一層に燃え上がり、ジョイの掴む腕を潜り抜けて奴の胸を貫いた。



「がっ…あがっ…!!」



そして、再び魔物を喰らって再生しないようにと、アルメンの鎖で再び全身を縛り付け、やつの開いた口を塞ぐように鎖に繋がる杭を押し込んだ。

そしてそのまま焔の槍が貫いた胸から広がる火炎の洗礼を一気に浴びさせる。




「あがああああああああああああああああああああああがああああああああああああああああああっ!!!!!」




ファヴニル程ではないが、このまま焔で焼き尽くされて塵芥にされろ…!!






















―さぁ、みんな。お祈りの時間だ。











『っ!?』



俺の心に何かが流れ込んでくる。



―せんせい!またニンジン残してる!好き嫌いは良くないぞ!!



―う、そうだな。でも、今日は一つだけにしような



―ずるいぞ。まったく、しょうがないんだから



―おれ、大きくなったらせんせいと同じ医者になる!!



―はは、私はしがない神父だよ。だが…その夢が叶うといいなあ



―せんせい、またリクとカシムが喧嘩を



―ほらほら、カシム。お前は一番のお兄さんなんだから。先に謝りなさい。ちゃんとだよ



―わ、わかってるよ。ごめんな…リク



―う、うん。僕もごめんね、カシム



―ちゃんと仲直りできて偉いぞ。お前たち



―あなたをこのまましなせるにはもったいない



―あなたはもっと、知るべきなのです



―あんたは十分にやってくれた。俺は神様でもなんでもないけど


俺の為に罪を感じているんだったら…俺は、あんたを赦す…赦したい…



―水筒、まだもっててくれたんだな




それは、ジョイ・ダスマンが人だった頃の記憶。

許されざる罪を償おうとして、愛を知ろうとして、人として初めてだった気持ちの全てを守りながら、幸せになろうとしていた一人の男の記憶。



『やめろ…』




―よしよし、もう怖くないぞ



―先生!こわかったよぉ!



―ああ、すまなかった、もう離れたりしないからな。先生はいつまでもずっと一緒だ



―神父さん。いつもお医者さんの代わりさせちまってすまないねぇ



―いいんです。気になさらないで。どうかお大事に



―ほら、今日はお星様が夜空いっぱいに見えるぞ



―せんせい、きれいだね



―そうだろう



―ありがとうせんせい



―先生



―ありがとう




『やめろ!!もういいだろ!!ジョイ・ダスマン!!あんたはもう十分やって来たじゃないか!最後の最後でいい加減に目を醒ませよ!!

お前が望んでいたのは、こんな夢ばかりを見る世界だったのか!?なら、そうなら!あんたが殺してきた子供たちが…報われないじゃないか!!!』



「パパ!ダメだよ!!こいつは、もう心臓を潰されている!死んでいるんだよ!!」



『解っている!解っているけど…けど!!お前の魂だけは今もしっかりと火を灯している!その夢を見続ける限り!望んでいた世界はもう無い!ないかもしれないけど…!!せめて、死んだ子供らの為に…もうこれ以上、自分を粉々にしてまで動かないでくれ!!こんなの!!だって、こんなのはあんまりじゃないか!!ジョイ!ジョイ!!!』



どうして、こんなものを!!



俺に見せようとする!!見させるんだ!!




―少しばかり早く目を覚ましてしまった夜明けも、青々として心を広くする空も、見下ろす影が伸びていく黄昏も、星星の輝きに思い馳せる夜空も、



―全てが愛おしく美しい



―慈しみに手を差し伸べる子だってそうだ、愛を示す人間は美しい



―どんなに悲しく、醜い過去があったとしても…前に進み続ければ、時間がいつかは見せてくれる。ほら、今の私だってそうだ。振り返れば



―こんなにも世界は美しい



―あいつはきっと、私にこれを見せたかったのだろう



―こんな幸せを得る権利が誰にだってあるんだと…教えてたかったのだろう



―ああ、私はもういっぱいの幸せを感じているさ



―だから、私は…もう十分












































「も゛う゛じゅ゛う゛ぶ゛ん゛い゛い゛ゆ゛め゛を゛み゛た゛よ゛………」


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