表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
120/199

88:唇を赤く濡らす蛇の誘い



「この森、いつまで続くんだよ…」



「し、知らないわよ」



霧がかかる森の中で、右も左も同じ景色に進む先が解らず

足元の整地された道を頼りに進む5人の冒険者たち。



「道中の木には印を付けてある。同じ道をぐるぐる回っている…ってわけでもない」



「そうか」



男の一人は手元のコンパスをみる。

赤の印は震えながらも確かに正面を北と示している。



「渡された地図通りなら、この森を北に真っ直ぐ進めば抜けられる筈だ。そして、その場所に依頼された場所がある」



「なぁ、本当によかったのか?確かにこの依頼には“とある国の調査”としか書かれていなかった。

それにリョウラン組合からの依頼なだけあって破格の報酬だ。けど…けどだぞ?竜の討伐報酬なんかよりも高い依頼で

国の調査だなんて、あまりにもおかしくないか?」



5人のパーティがギルドから受けた依頼。

それはあまりにも好条件の内容であった。



渡れた西大陸の地図。

そこでも共和国に属さない南寄りの地域にある霧の絶えない森。

その森を北に超えた先にある王国の調査。

人々の暮らし、様子。

その地域の名物や周辺の地名などなど。

解釈によっては、単なる観光ではないかと思う程の簡単な依頼。


依頼を受ける意志があるだけで前金に金貨をいっぱいに詰めた袋を三つと、もう一つはどの国にでも入れるという入国許可証

大枚を叩いても手に届くか解らない、商人なら喉から手が出るほどに欲しいものを依頼者に各一人ずつという大盤振る舞いっぷり。


依頼を達成すれば、その報酬は更にこの三倍を提供するという内容に

誰しもが飛びつくのは当然だ。



「だが、それだけの金を俺らに寄越してでもやらせるその国ってのは一体なんなんだ?詳しく聞けば、その国はごく平凡で平和な国だとしか書かれていない。…どうにもキナ臭い」



「バカ野郎。なにを今更言っているんだよ?キナ臭いのを承知で受けたんだろ?なにか裏があるから、わざわざ俺たち最強の5人パーティ揃えて

一緒に来たわけじゃねえか。こんなに事前準備までしてさ」



彼が自身満々に言うのも無理は無い。

彼らはギルドでは有数の優秀なパーティであり

各々らがギルドよりゲオルークの称号を賜る猛者であった。


幾度となく魔物を討伐し、魔物の軍勢を退け、竜をも殺す集団。



レンジャーとしては指折りの才能を持つ男、クライム

伝説の斧を担ぐ偉丈夫、戦士のラルゴン

決闘場では無敗であった疾風のレイピア使いアルオート

怖がりにも関わらず、光魔術の精鋭と名高い神官のミリーハート

そして、その4人を纏め上げるリーダーであり、魔力属性を二つ持つとされる稀代の魔法剣士ロンド


彼らは冒険者らにとって憧れの対象であり、総じてブレイブナイツと呼ばれていた。

5人はその輝かしい成果を自負している。




この依頼からは危険な香りがするのを端から知ってて受けていた。


本当に単なる調査で済むのなら吉。

そうで無かったとしても、敵なしの彼らからすればそれもまた余興にすぎないのだろう。




「―おい、ロンド。あれ見ろよ」



「ああ、どうやら…道は間違ってないようだったな」



「よ、よかった。この薄暗い森からもやっと抜け出せるのね」



5人は暫く歩き続けて、ようやく木々の隙間に光が差し込み始める事に気づく。

道の先には、これでもかと言わんばかりの光が伺える。



「だが、森を抜けたからといって油断はするなよ?」



「安心しろ。森を抜けた先には魔物の気配が無い。知っているだろ?俺の鼻はお前らのお墨付きだって事を忘れたとはいわせないぞ」



一行はそのまま森を抜けると。

そこは広大な平原に繋がっていた。

その奥で、大きな壁に囲まれている街を見つける。


その中央には壁をも越える程に大きな城が天を貫くようにそびえ立っている。



「…世界は広いな。あんな大きな城がある国が名も知られていない小さな国だって?冗談もいいとこだ」



「本当に凄いわね。こんな場所が現状殺伐としている西大陸にあるなんて、信じられないわ」



「なぁ、本当にここで間違ってはいないんだろうな?」



「ああ、地図は確かにこの平原の先にある場所に印が付けられている」



「なんでもいい。とにかく、進むぞ。クライム。魔物はこの平原周辺に居るか?」



「ラルゴン。それなんだが、どうにもこの周辺には魔物らしい魔物の気配が無いんだ」



「魔物の気配が無い?そんな事ってあるのか?」



「ああ、こんなに明るい景色なのに…どうにも違和感を感じている」



5人はそれでも周囲を警戒しながら平原の緩やかな斜面を下っていく。



「いや、まて…ロンド。何か聞こえるぞ?」



「どうした?」



クライムは立ち止まって得意の聴覚を使って風に運ばれた音に耳を澄ます。



「…これは、人の、声?…それも笑っている」



「なんだって?」



「今日って女神様の祝祭日だったか?」



「いいえ、暫くは無いはずよ?なんでそんな事を聞くの?」



「聴いてるだけならこの雰囲気、パレードか何かをしているぞ?笑い声だけじゃない。歌や音楽が聞き取れる」



「…調子狂うな」



「俺たちはたまたま、その国の祭りか何かに訪れる事になるってのか?」



一行の斜面を下る脚が少しだけ早くなっていく。



「不思議。なんか甘い香りがするわ…」



国の様子を遠くで伺いながらも不思議な気持ちに駆られていく5人。



「おい、見ろ。壁からなんかいっぱい飛んでいるぞ?」



アルオートがゆびを指した先にあるのは、赤、青、緑、黄色、水色、紫、白、と色とりどりの風船が空に飛んでいく様子。



「アル、あれは風船だな。祭りがあると、ああやって景気づけにいっぱいの風船を青空に放つんだよ。見たことないのか?」



「ああ、初めて見る。―とても綺麗だな」



「ね、ねえ。大丈夫なんじゃない?このまま観光気分で行ってもいいんじゃない?」



歩く速度は徐々に早まる。自身らの警戒がその景気の良い景色が近づくにつれてどんどんと薄れ

それに比例するように歩く速度も速くなっていく。



そして魔物の気配すらない平原を渡り歩くうちに、その国に近づく程にその街は想像以上に大きな場所だと気づき始める。



「これって、本当に小国の街なのか?…壁の上からでも分かる。城の他にもでかい建物がいくつもあるぞ」



「…西の大陸は大半が『乖離』のヤクシャによって領域審判が下されている。限られた地域じゃあ物資すらもままならないのに、こんなにも充実した街並は共和国中央に並ぶ場所だぞ?いくら隔たれた街とはいえ、貿易すら無いのにこんなにも発展した街…いや、都市があるものなのか??」



「いや、もしかしたら周辺には鉱山等の金に繋がるリソースが多く存在しているんじゃないのか?もしかしたら内密にそれをこの国だけで独占して利用しているのかもしれない―」



「そういう事なら、確かに調査対象としては十分な理由にもなる。リョウランはきっとここと貿易を結ぼうとして事前に調査していたのかもな」



「それなら、渡された入国許可証に関しても辻褄は合うかもしれないわね。あ~あ。心配して損した。結局は魔物に関わった内容じゃないって事じゃない。簡単な話、商人様のお使いをさせられたってわけね」



「…」



皆の肩の荷が少しずつ軽くなっているのを感じる。


戦いなんてものは誰しもやりたくはないものなのだ。

討伐の依頼があって、自身らがそれを斃す術を持つからこそ宿命のよう執り行っているだけで。


本当はそんなの無ければと思っている。

当たり前な事をしているつもりでも、結局大半は命に関わる仕事だ。



商人の地域調査程度の依頼で済むのならばそれに越したことは無い。


皆、浮かれながらそのまま歩き続ける。


向かいから浴びせられる風がやけに心地いい。

こういう時はいつも思い出す。


皆が単なる魔術アカデミーの学生だった頃の日々を…



「こういうのも、たまには悪くないな」



「ああ、なんか安心したら腹減ってきた」



「クライムからそんな言葉聞くのは久しぶりだな。連日、ゴブリンやコボルドの掃討戦だったからな。部隊に指示を出すのは疲れるだろ?」



「ああ、全くだ。ロンドが日頃俺らにどんな気持ちで指示出しているのか解ったよ」



「ははは」



「あ、ねぇ、みんな!ラルゴンが珍しく笑っているわよ。」



「仏頂面に似合う斧の威厳も台無しだな」



「まぁ、そう言ってくれるな。ロンドの言うとおり…こういうのも、たまには良いじゃないか」





今までパーティを組めば、殺伐とした空気だった5人も

皆がそれぞれ、討伐関係じゃないと知った途端に思い出話を混ぜて会話に花を咲かせる。



街に近づくにつれて、陽気な音楽と空気が心をあたためてくれる。

そうこうして歩き続けている内に、気持ちが高ぶるブレイブナイツの一行は

大きな壁に佇む門へと到着する。



「着いたが…誰かいるのか?」



門は閉じず、そのまま開放されている。

憲兵は誰ひとりおらず。

その向こうでは、人々が幸せそうに通りを歩いている。


パンッ、パンッと大きな空砲が鳴り響く。

それに連なるように皆が空を見て飛ぶ風船に歓喜の声を上げている。

奥では市場のように出店が並び、門の出口からすぐそこから祭りの雰囲気であった。



「入って、いいのか?」



「ねぇ、もう入ろうよ!楽しそうよ!」



ミリーハートはロンドの手を引き、彼は身を任されるままにその中へと入っていく。



「やれやれ、行くか。クライム」



「ああ、すんげぇいい匂いだ。もうお腹空いちまったよ」



「…これが、祭りか」



5人がその輪へと誘われるように入ると、一人の男が一行に気づき、嬉しそうな顔で近づく。



「あんたら!こんな場所まで来てくれたのかい!!嬉しいねえ!今日はとてもいい日だ。最高にいい日だ!」



一人の男が「おーい!みんな!来てくれ!お客さんだ」と言うと、

二人の女性がまた嬉しそうにそして祈るように両手を振って挨拶する。



「ようこそ!我が王国エレオスへ!」



「ようこそ!我が王国エレオスへ!」



急な距離感にロンドもミリーハートも多少は面食らったものの

すぐさま肩の力を緩めて笑顔で挨拶を返す。



「物凄く賑やかだ。ここは、今なにをやっているんだ?」



「何って祭りさ!今日は最高な日だ。感謝の気持ちを込めて祝う日さ!我が国エレオスの姫君。

イヴフェミア様の生誕祭なのだから!!」



「イヴフェミア?」



「我が王国。我が王国都市エレオスを統べるお方だ。麗しき姫。聡明でありながらも慈悲深く、この国を幸せに導いたお方さ」



「姫でありながらも、国を担うなんて。それはなんとも強かな姫君なのでしょうね」



ミリーハートは大きく視界に広がる建物を見上げ、その一番高い場所。奥の城へと目を向ける。



「なんて大きくて広い場所なの。ほら、あそこには雲に届いているわよ」



5人は出店で食べ物をつまみながら、先ほどの女性二人に色々と道案内をされる。


都市エレオスでは一番大きな大聖堂。

そこでは子供らが女神像らしきものに捧げるように賛美歌を歌っている。


そこらの道を歩けば皆が陽気に歌いながら歩いている。

道の端に流れている水路。その水は澄んでおり、非常にここが環境のいい場所だという事がわかる。

町並みには幾つもの花が飾られ。いたるところで「姫様!イヴフェミア姫様万歳!」という賞賛の声を耳にする。

こんなにも人が集まっている中で、誰ひとりとして小さな諍いも見当たらない。



「とてもいい国だな」



「ええ。私。ここに住んじゃおうかしら」



「ロンドもミリーハートもいい加減、ここいらでブレイブナイツの後継者でも見つけて、落ち着いた人生を送ればいいんじゃないか?」



ラルゴンの言葉に、ミリーハートとロンドはハッと目を向き合って互いに照れくさそうにする。



「私も、是非この国の環境や設備。それに、どのような事をすれば誰しもが平和になれる政策を執り行えるのか興味がある。

私の故郷も王国ではあったが…こんなにも幸せな場所ではなかった」



「そうか、アルオートはかつての戦争国の出身だったよな。アカデミーから姿をくらまして、決闘場に籠っていた時は俺も驚いたが

今のお前。いい顔してるよ」



「ふっ…そうか?」



道端で道化師が手品をしながら手を繋ぐ親子に一輪の花を渡している。



「本当に…世界の全てがこうであればいいのにな」



大通りでは大きな動物を引き連れたパレードが行進している。

大きな太鼓の音。


歯笛で盛り上げようとする人、笑い合う人々。



ここには不条理な事なんて何一つ無い。

そんな違和感すらも消え失せる程に、ここの空気は不思議と心地が良いのだ。


大通りを歩くと、その先には先ほどの

壁をもゆうに越える大きな城へと一行はたどり着いていた。


異常なまでに集まる人ごみをかき分けながら、少しずつ皆が離れながらもその城の前までできる限り近づこうとする。



「近くで見ると、本当に大きな城だな」



「そうね」



―ゲート通過確認100056、100057、100058、100059、100060。エレオスによる承認を確認



「ん?」



「どうしたクライム」



「いや…なんか聞こえたんだが…ん、どうやら気のせいか」



違和感に疑問を感じつつも、クライムの違和感はすぐに大きな歓声にかき消される



「イヴフェミア様!イヴフェミア様!!」

「イヴフェミア様!イヴフェミア様万歳!!」

「イヴフェミア様!イヴフェミア様!!」

「イヴフェミア様!イヴフェミア様!!」

「イヴフェミア様!イヴフェミア様万歳!!万歳!!!!」

「イヴフェミア様!我らの主!イヴフェミア様!!」

「イヴフェミア様!偉大な姫君!!イヴフェミア様!!」

「イヴフェミア様!イヴフェミア様!!」



皆が天を仰ぐように城の頂上を見る。



「あれは…?」



そこから人影らしきものが現れるのは伺えるが、あまりの高さで何も見えない。

しかし、皆の熱狂的なまでの歓声でそれが誰なのかは直ぐにわかった


なによりも、隣で唐突に話しかけてくる男が既に説明してくれた



「あんたら今日きたばかりの旅人だろ?こんな高さじゃあ俺らにはまともに姿を拝む事は出来ないが、あれこそが

我が国の救世主、我が国の王であり、我が国の天の子とも言える存在。我らがイヴフェミア姫様その人なんだよ!!」



「あそこにいるのが―」



すると、キーーーーーーーーーンという耳を劈く大きな音が響き渡り

それに合わせて、周囲の歓声も急におさまり静まり返る。



「これは、風魔術を応用した音響か?」



「どうやらそうみたいだな。その姫様がこれから何か皆に祝いの言葉をするんだろうよ」





「皆様、ご機嫌よう」




誰もが自分の為に囁かれたと思う程にその声は、麗しく、慈しみに溢れていた。



「姫様」



「姫様」



「姫様」



「姫様」



「姫様ぁ」





「今日は皆集まって頂きありがとうございます。初めての方はどうぞよしなに

この国で、この日を迎えられた事に感謝を―」



そして唐突に盛り上がる人々の歓声。



「幸せな世界。幸せな声を私は全てこの場所で常に聞き入れております。私はその事が何よりも誇らしく、何よりも嬉しい。

諍いは滅び、悲嘆も明後日よりも遠くへの忘却に追いやりました。この国は常に安寧の日々を送る。私はそれを今も誓います。

その為に私は誓約を執り行った。そして貴方がたは常に幸せでなくてはならない。

それがこの国での約束された事実であり、国民の義務であり、あなたたちの私への誓約。さぁ、今日もみな盛大に祝いましょう。もう、来世は望まなくて良い幸せを、私という生誕を、常に訪れるあなたたちという偉大なる国民の再誕を」




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様




国民のボルテージが最高潮に高まり、脳髄にまで直接手を入れられたような嵐の如き姫を称える歓声。



ここは楽園の国。


天国に近い国。


人々が争わず、常に頂点を称える。それが常に勝利となる。

敗北者等は誰もいない。




「もう、ここにずっと居ればいいのかもしれないな。俺たちも…」


「ええ、私、もう帰りたくないわ。あんな生きるために殺して殺される日々なんて…本当は傷つく人なんて二度と見たくなかったもの」


「この…重荷オノも、ようやく下ろせる日が来るなんてな…」


「これが、幸せ…」


「この国で、俺たちも…幸せになろう」



その酔いしれる程の甘い空気は皆を誘う。


皆が戻ることのできない場所を求める。

求め、思い馳せるからこそ夢となる。夢を望む。


そんな誰にもしって欲しくなかった心の中の弱さを、ここは…ここだけ母のように受け入れてくれる。

そして、受け入れたからこそ、その世界だけは彼らも受け入れる。幸せで在るために。



憐憫と慈愛の交差する、人々の魂と柱たりえる王による誓約によって約束された栄光の都市エレオス―


そこに現へ帰る者など、今もきっと誰ひとりとして居ない。




ヴ…ヴヴヴ…ガサガサ…




皆が放心に近い状態でイヴフェミア姫に見とれている最中。

クライムの背負うバックパックからガサゴソと小さく何かが蠢いていた。



小さな頭を覗かせたそれは小さなトカゲだった。



トカゲは周囲を見渡しながら、バックパックから飛び出ると、地を這いながらクライムを後にする。


パタパタと小さな足を何度もなんども動かして向かう先は、大きな壁の下にある、出入り口の門。

トカゲはそのまま振り返る事も無いまま、国の外へと出て、平原を渡り歩く。


自分よりも大きな草々を掻き分けながら、先ほどのブレイブナイツ一行とは巻き戻しになるように霧が覆う森へと入る。


…そのまま森を抜けると



タイミングを合わせたように一匹の竜がトカゲの前に空から降りてくる。


トカゲはそれを臆する事もないまま、抵抗する事もなく竜に食われてしまった。

そして、竜は一度だけ動きをピクリと硬直すると、翼を広げて羽ばたき、そのまま空へと飛び立っていく。



雲の高さまで届くと、先ほどの霞に覆われた森の方へと視線を向ける。

この高さから見る森は小さく、その先にブレイブナイツが調査した国、大きな都市であるエレオスがある…はずだった。

しかし、竜の視線からは、何処をどう見てもそれらしき国、建物すらも見えなかった。


竜はその場所を眺めながら一度口いっぱいに炎を溜めて、その方向へと炎の礫を吐き出す。



一度ではなく、何度も、なんども



しかし、それは一定の位置で唐突に空間を歪ませて消えてしまう。



竜はその異質な様子を記憶し、それだけを見届けると、方向を変えて、南の方へと黙って飛び去っていく。





「―…誓約都市エレオス、それが魔業商が隠れ蓑にしている場所。これが今の私が掲示できる情報よ」



ヴィクトルは皆が集まった食卓に混ざりながら、その竜から得た情報の全てをその場にいる者に語り終えると、

目の前に用意されたグラスのワインを手に取って口につける。



「ん~。美味しいわね。話し過ぎちゃって喉が渇いてたの」



ヴィクトルが呑気な態度を見せつつも、周囲の空気は張り詰めていた。

夕食の用意された食卓には今のところ誰も手をつけていない。決してネルケの作ったご飯にケチをつけたいわけでは当然ない。

しかしながら、ヴィクトルと、彼の席の後ろに立つファヴニルの持ち出した情報は俺たちにとっては食い気以上に胸いっぱいにさせるものだった。




異様なまでに繁栄された国。

幸福によって生まれた狂信的な国民たち。

調査をしにいったブレイブナイツと呼ばれる冒険者ギルド有数の実力者パーティの依頼放棄。

唯一存在する王国の姫。



どうやらこの男は、ブレイブナイツに多額の報酬をけしかけ、向かわせた後にこうなる事を予期していた。

死ぬまでは至らないとしても、死ぬことを前提に組み入れていた。


今更それに関して、こいつに道徳心なんてものは求めちゃあいないが、飄々とそれを話している分には度し難い気持ちになっている。



…俺には信じ難い話しだが、どうやら西の大陸には広い分、色々と事情を抱えている地域があるという事だけは解った。



『エレオス…その都市の連中は、そいつらが居るのを知っているのか?』



「知らないわ。もっと言わせてもらうと、知っていたとしても“興味を持たない”」



『何故だ?』



「あそこの人々は、あの国の中で十分に満足している。そしてその全てがイヴフェミア姫と呼ばれた存在によって齎されたものだと、狂信的になっている。そんな連中が、わざわざ自分から疑問を抱いてその幸せが嘘だったなんて気にする必要があるかしら?だからこそ、その場所を隠れ蓑にするのが相応しいのよ」



ヴィクトルは再びワインを口にして乾いた唇を湿らす。



「…古い文献を調べて知ったのだけれど、あの場所には、国なんてものは元々無かった。在るのは、滅んだ国の跡地だけ」



『跡地?滅んだ国?なら、なぜ実際に存在しているような情報をお前がいうんだ。それはお前が調べたものなんだろ?』



「そこが問題なの。滅んだ国の跡地になっているはずのあの空間だけは、どうやら他と違って空間が歪んでいるの。魔力によって固有の結界が張られていると言ってもいいわ。それも、規格外の規模でね」



『規格外の規模?』



「端的に言えば、その空間全てが、特定の者によって作られた魔力によって魂が支配された場所。まさに魔の巣窟ってわけね。

空から侵入する事はまず出来ない。可能な手段は霧のかかった森から進まなければ入れない。」



『なぜ、お前がそれを知っている』



「ンフ。アタシには解るのよ。魔術のよしみっていうのかしら、情報の為に放ったトカゲちゃんの目を通してでも見える、あの空間の中には太陽が無かったの」



『太陽…?』



「闇魔術の根底は空間の支配。そして侵蝕。いくら明るいように見えても、所詮あれは結界の内側で覆われた影に色を塗っただけの空間。

どうやらよほどの闇魔力を持つ存在が大きな魔力を使って作られているのね。リソースは…そうね、考えられるのは、あの中にいる国民と呼ばれた人々かしら」



『中にいるエレオス国民と言われる連中らが魔力を提供しているとでも言うのか?』



「提供というよりは、勝手に“持ってかれている”と言ったほうが良いかしらね。人が誰かに魔力を譲渡する時にはある程度の理由が必要でないと魔力は流れ出さない。例えば、回復魔術。あれは光魔術による癒しの魔術になるのだけれど、その実は、自身の魔力を他者に“与える”という意味合いが起源となっているの。これは魔力を扱うこの世界では基本的な事で、女神アズィーの作った仕組みでもある。むしろ理由も無く魔力を撒き散らす行為は、何かしらの災害を引き寄せる因子になりかねないの。ええ、あなたなら解るでしょ?理由なき魔力がなんて呼ばれるか」




『…混沌…』




「ええ、そうよ。だからこそ、魔力を譲渡する為の理由が必要になる。それが、誓約よ」



『解ってきたぞ。誓約都市と呼ばれる理由。国民は自身の魔力の全てを誓約によって何者かに譲渡する事で魔力の供給を成立させているのか』




「そういう事。全く…こんな事を思いつくなんてね…」




魔業商の連中がそのエレオスという国を隠れ蓑にしている事はわかった。

西大陸の事情。そして、その国の大方の仕組みも


だが、俺たちはまだ知らされていない。


一番重要な事で、一番疑問に思うべき事だ。


俺たちが魔業商に関わる理由とも言っていい。

そして、リョウラン組合という組織が魔業商に関わる因縁をもだ。




「―そうね。貴方たちが本当に知りたいのはここからの情報よね」



『…』



どうにもその不敵な笑みと勿体ぶる感じが、俺の背筋…いや刀身を冷たい息が這うような気分になってしまう。

だからこそ、次に出てくる言葉がある程度予想できた。



「取引をしないかしら」



『やっぱりそうなるか』



「ええ、これでも商人なの。情報だって当然だいじなだいじな商品よ。それに、これから話す事は、リョウラン組合の中身をも掲示する部分になるわ

それを、例え見知った人間であろうが、行為を持つ相手であろうが、簡単に明かすわけにはイカナイの」



『…なら、力づくで吐かせるって選択肢はどうだ?“永劫のヤクシャ、ウロヴォロス”』



伝わるのかは解らないが、俺は赤い水晶越しから精一杯睨みつけるようにヴィクトルを見つめる。

俺の挑発するような発言に周囲は黙って固唾を飲んで見守っている。




「あっはは、ええ。アタシに敵うのならば…それは確かに近道かもしれないわねぇ。情報を吐かせる以上にね」



『…』



「それはムリです。魔剣殿」



笑うヴィクトルの後ろで、ファヴニルは俺と同じ赤い瞳をこちらに向けて、無表情でそう断言した。



「この方は私らではどうこう出来る程簡単な人じゃあありません。これはあなたの為に言います。どんなに手間を掛けてこの方を淘汰した事象を目の当たりにしても、それは最終的に“夢”に等しいものとなる」



『驚いたな。あんたはそちら側の人間だ。だから敵意を剥き出しにしてもおかしくは無いんじゃないか?』



「当然。私はこの方の側についております。それ故に、自負しています。この方を斃す算段をお持ちであるなら、まずは世界を殺す事前提でなければならない」



…ファヴニルの言うことはどうやら冗談では無いらしい。

そして、彼が俺に理解を求める行為は決して否定的なものでは無い。


ただただ、俺に対しての憐憫でしかないのだ。



『…悪かった。少しだけ軽く冗談を言ってみただけだ』



「ンフ。いいわぁ。その肝が据わったカンジ。冗談。ええ冗談ってのは本当にハサミと一緒ね。利口に使えば相手から何かを引き出す切り口にもなれば、考えなしに使えばつけた傷口の分だけ自身に返ってくる。あなたのそれはまさに前者といっても良いわね」



『ご想像にお任せするよ』



「そんなあなただからこそ、特別にサービスしちゃうわ。ヤクシャ、厄災はね。奇跡と表裏一体なの。コインで例えるならば、裏と表を繰り返し重ねるたびに奇跡と厄災の淘汰も繰り返される。存在の奇跡は差異という厄災に淘汰され、差異は接続によって淘汰される。そうなるならば、ねぇ。ドール=チャリオット…貴方たちがその名で呼ばれる程の叡智の奇跡であるならば、永劫という厄災がその奇跡にとってどんなものなのか…今ここで理解して頂戴ね」



…これは完全に意趣返しだ。お遊び程度ではあるものの、こいつはこう言っている。

7番目の奇跡「叡智」は8番目の厄災「永劫」によって淘汰されるべきものだと。




『…忠告痛み入るよ。弁えろって話しをしたいのだろ?』




「―ンフ。話を戻そうかしら」



『ああ、横槍を入れてすまない。取引の内容を教えてくれ。受けるかどうかは別にして』



「ええ、選択肢はしっかりと与えるわよ。取引の内容はこう、貴方たちに魔業商という存在の情報を掲示する代わりに、都市エレオスへと向かって

魔業商を殲滅、及び“ある人物”の捕獲を願いたいの」



『―ある人物?』



「ええ。“その子”の名前はティルフィ」



ヴィクトルの言葉に、ネルケがビクリと反応する。

ファヴニルはその様子を横目で見守り、ヴィクトルもそれを一瞥すると視線を戻して言う。




「先の騒動の首謀者である魔業商にはね。本来私たちリョウランで管理するべき存在が組みしているの。そこにいるネルケと同じ半竜。そしてネルケの姉にあたる子なの。貴方たちには、それを依頼したいの―」



ヴィクトルはそう言うとワイングラスを手に取って今度は一気にワインをグイと飲み干した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ