11:娘は嘘を頂く
「・・・誰?」
アリシアは口に含んだものをゴクリと飲み込むと
首をかしげてそう言った。
「質問をしているのは『オレ』のほうだよ?娘」
その女性は巨大な肉の前で指を組み、含みのある笑いでそう答える
一人称で俺とは、随分変わった女だな
「お姉さんは、誰?」
アリシアはフォークとナイフを手元に置き、彼女の言葉を無視してもう一度質問を投げつける。
「おお~恐いコワイ。年端も行かない女の子は普通そんな顔をしないぞ?」
軍帽を深く被り、表情を伺うことは叶わないが 口元を半月の形にしてくっくと笑っている様子だけは伺える。
「何がおもしろいの?お姉さん。」
狂化のせいなのか?アリシアは怖気づくことなく話し始める。
一日そこらの付き合いだが、今まで見せる事のない表情を軍服の女に向けている。
それだけじゃない、
―なんだ?この気持ちの悪い感覚は。
覚えのある『何か』が這いずり上がって来る感覚だ。
「何も面白くない。むしろ反吐が出来る気分だ。だが…キミの度胸に敬意を表してもう一度質問の形を変えて聞こうか。キミの「パパ」と言うのは、一体どこにいるんだい?」
こいつ一体、どういうつもりだ。
まさか、魔剣の存在を認識しているのか?
なら尚更ここで俺が何かするわけにはいけない。
というか!リンド!早く帰ってきてくれ
この会話のドッジボールを何とかしてくれ!!
「君のパパは、どこで何をしているんだい?もしかして、ありもしない存在に対して語りかけたりでもしていたのか?本来は既に『死んでいる』か、或いは…」
ヒュッ
刹那、それは軍服の女性に何かが飛んでいく。
そして彼女はそれを咄嗟に二本の指で器用に受け止める。
「―だよ」
それは先ほどまでアリシアの手元にあったナイフだった。
「邪魔なんだよ、オマエ」
ゾクッ・・・・
俺は自分の内側から吐き出される様に悪寒を感じた。
アリシアの静かに重い一言。こんな声も出すんだな
静かにカルチャーショックしているのも束の間
うおおおおっ!?
視界が急に宙を舞う。目が回る。
その原因は
アリシアだ
彼女が俺という魔剣の柄を握り
向かいの女に向けて上段でぶっきらぼうに振り下ろした。
「おっと」
ガギンと重く鈍い音が周囲を谺し、強い振動が俺を襲い掛かった。
最悪の事態だ。
ドクン
ドクン
特ニ コノ感覚
感情?
オレノナカニナニカガナガレコンデクル
憎悪、闘争、執着、闘争、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、殺意
ア、リシア・・・・?
霞む視界の中、軍服女の方に目を向ける。
なっ・・・馬鹿な
上段に振り下ろされた俺をこの女は左腕一つで受け止めていた。
術式の組まれた包帯を巻かれている刀身だからといて タダで済むわけがない。
「おいおい・・・話はまだ終わってないだろ?折角忠告してやろうと思ったのになぁ。悲しいよ。
『パパ』などという下らぬ存在に未だに縋るかわいそうなお人形さん。」
軍服女はミシミシと刀身を受け止める左腕の袖をまくり
「俺にはわかるぞ、その尋常じゃない膂力。この『腕』から感じる魔力反応。既に君は危険だ。そして、これは自己防衛だ。」
その機械仕掛けの左腕が露わになった。
そして刹那、精巧なギミックによって機械腕の中央が大きく割れ
「改めてパパの所にでも逝ってくれ。」
大きな光が…って これはマズイだろおおおおおおおおおおおおおおお!!
大きな爆発音と衝撃が周囲を圧倒するように駆け抜けた。
同時に俺とアリシアは店の外へと転がるように吐き出された。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
あいつは危険だ。確実に軍所属で、アリシアに「パパ」という単語に関して問い詰めてきた。
そしてこちらからの敵意に対して容赦のない攻撃。
もしやリンドの言ってたもうひとつの可能性ってこういう事なのか??
気づけばアリシアは俺を護るように抱きしめている。しかしそれ以外に彼女の状態を伺うには砂埃が舞いすぎてはっきりと把握できない。
バカ野郎!!俺の事は―
衝撃、不愉快、危険、危機、排除、対象、抹殺、悪意、破壊、蹂躙
くっそ!なんださっきから!!俺のナカに入ってくるな!!
そんな事よりも、アリシア!大丈夫なのか!?
「しかし、面白い。俺の一発を喰らって形を保ってるなんてな。手応えは、あったはずだが?」
放熱の音、機械が小気味良く軋む音
それに合わせるようにザクザクとこちらに近づく脚音が聞こえる。
「さて、小娘。突如の攻撃。これは帝国軍への敵意とみなし、これを独断にて排除する。」
軍への敵意?ふざけるな、お前が勝手にそうなるようけしかけたんだろ。
目的は解らないが、この女は俺らの何かを知っている。そうとしか思えない。
この世界に転送されてから本当に前途多難だな!
やがて砂埃がおさまり、視界がクリアになる。
ジジ・・・・ジジジ・・・・・
アリシア!?
この音には聞き覚えがある。
あるべきモノが無くなった所から魔力を使い元の形を構成させる音。
アリシア・・・お前・・・
「なんだ?」
「爆発が」
「喧嘩???」
「騒がしいな」
「見て!あの女の子ボロボロじゃない!!」
「おいおい、帝国軍の奴がどうしてここにいるんだよ。」
「小さな女の子相手に何やってやがるんだ?」
野次馬がぞろぞろと群れ始める真ん中で
ヨロヨロと起き上がる小さな少女
「よくも、よくもパパを…傷つけたナ…」
丸い背中、ボロボロの服装。
顕になった肌には傷一つ無く、その周りを赤い稲妻が走っていた。
そして柄も持たずに片腕で強引に俺を抱き寄せた体勢。
「お前は許さない…コロス!!!」
激情に駆られるようにアリシアは子供らしからぬ言葉を吐き出し。
敵意の感情を剥き出しにしていた。
生身の人間では耐えられない衝撃。
それを、俺を庇う形で全て請け負ってその傷を俺という魔剣の魔力によって再生した。
―たしかにアリシアは魔剣の契約によって不死身だ。
だが、そうと知りながらも俺は自分に対しての自責の念が重くのしかかっていた。
不安、焦燥、吐き気を催すような怒り。
また、間違えてしまったのか?
また、この娘を助ける事ができなかった。
不死身じゃなければこの娘は確実に死んでいた。
刻まれた事実と過去の過ちが重ね合わさる。
結局、繰り返しているじゃねえか・・・
破壊、危険、破壊、蹂躙、破壊、弊害、破壊、害悪、破壊、破壊
俺の意識に上塗りされるようにその言葉が、心が、染まってゆく。
ドクン
そうだコイツは危険だ…殺さないと
コロス、アリシアを傷つける奴はだれであろうと。
ドクン
また『あの時』のように
ドクン
この子だけは
ドクン
己の感情に這い上がってくるドス黒い感情と同調し始めているのがわかる。
それが異様な程に心地よかった。
力が湧いてくる感覚。
アリシアは再び魔剣という俺を強く握り締めた。
―恐いモノは要らないよね?―
そうだ、守るために戦え!アリシアを守れ!この娘を守るために殺して喰らって
殺して喰らって殺して喰らって殺しながら喰らってそして殺して喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ
「おああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
『おああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
アリシアと共に雄叫びを挙げた
周囲を圧倒するほどの気迫を見せつける。
この感覚、覚えている。
アリシアが刺された時に内側から溢れ出る感覚。
いまなら何でも殺せそうだ。
「攻撃強化。こんな小娘にそんなスキルが使えるとはな」
アリシアは大地を強く踏み軍服女の方へと跳んだ。
踏まれた大地は穿たれ、その地形を歪めていた。
いくら鍛えている人間でも難しいほどの距離を跳躍している。
アリシアは両手で強く俺という魔剣を握り、再び上段で彼女目掛けて振り下ろした。
「そう何度も!!」
その攻撃に合わせ機械の左腕を殴るように繰り出し弾く。
衝撃によって刀身が弧を描きながらアリシアの後ろへと引っ張っていく。
「懐が、がら空きだよォ!!」
勢い余ってバンザイの構えで無防備になったアリシアの腹部目掛けて右の拳が飛んでくる。
やらせるかよ
俺は無意識に時を巻き戻すようなイメージをする
想像以上に上手く行ったのか勢いで、刀身を無理やり前に出し
強引に 今一度、奴目掛けて振り下ろした。
「チッ!?」
軍服女は舌打ちをすると
咄嗟の判断で出した一撃の向きを変え
俺の刀身の腹を殴りその攻撃をかわした。
常人とは思えない程のパンチ力
その衝撃を身にビリビリと感じた。
一体こいつの身体の構造どうなってやがる?
いくら術式の包帯を巻いていて切れ味どころの話じゃないっての加味しても有り得ない
アリシアは軍服女の腕を蹴飛ばし、器用に距離を取ると 剣の重さなどお構いなしに
相手の背後へと弧を描きながら走った。
切っ先が地面で火花を散らすほどに掠れる。
即座に軍服女の背後を取ると、大きく横に剣をなぎ払った。
「いい疾さだが、惜しいな!!」
不意を突かれたと見せかけ、体を捻らせ、後ろ回し蹴りで刀身を弾く。
こいつ、遊んでやがるのか。わざと背後を誘ったな
…だったら
弾かれた刀身にそのまま勢いをつけ 反回転で再び横切りを繰り出す。
しかし、それも読まれていたのか
襲いかかる刀身を奴は左拳で火花を散らしながら地面に叩きつける。
やられた
そのせいで、剣は地面に強く食い込み
そこにオマケと言わんばかりに相手は刀身に踵を叩きつけ、一層深く沈める。
俺に執着しているアリシアは咄嗟に俺を手放すことが出来ず、文字通りふたり揃って身動きがとれなくなった。
刹那、襲いかかる殺気を正面に感じる。
それが不意にスローモーションに見えた。
だが理解はしていようとも、こちらの反撃が間に合わない。
クソ。もうここまで来たら仕方がない
リンド、悪いな 俺は口を開くぞ
『アリシア!頭を左に傾けるんだ!』
「!?」
容赦なく繰り出してくる相手の右ストレートを彼女は俺の声に反応して紙一重で避けた。
そしてその隙を狙い反撃しようとするが
空を突いた奴の拳はそのままアリシアの首を掴み軽々と振り回して地面に叩きつけた。
『アリシア!!』
「がっ」
アリシアは衝撃に嗚咽を漏らす。
こんなのまともに喰らえば、生身の人間なら普通に死んでる。
なんとか無理やり俺が動いて下敷きになったからいいものの…
今回は良く動けて助かる。
「パ…パパ!!」
アリシアは起き上がり、事に気づくと俺を強く抱きしめた。
『大丈夫だ、アリシア 痛くも痒くもない。』
「でも!!」
『それよりも、あの女はどうした!?』
「…嘘だ・・・ありえない・・・なぜ、『わたし』の…ふざけるな…お、お前…その声…」
どうも、様子がおかしい。
俺がアリシアに咄嗟に叫んでからあの女の様子がおかしい。
目を見開いて俺をジッと見るやいなやブツブツと呟き始め狼狽している。
攻撃の意思を感じられない。
何を考えている…?
しかしそんな事はアリシアには関係無いようだ。
ジ…ジジ…・
「許さない・・・よくも・・・パパを傷つけたな」
風も無いこの状況でアリシアの金髪がふわりと逆だっている。
感じる。これは彼女の怒りだ。
どのようにそれを吐き出すか術を知らず、彼女の身体から俺の憎悪と同じ様に力が形として溢れている。
「お前も僕を否定するのか?奪うのか??」
「…お前、は…なんで…どうして…」
アリシアの問いは今のあいつに届いていないだろう。
だが、そんな事はお構いなしに魔力が内側で暴れている感覚がする。
周囲を黒い影が、赤い稲妻が走る。
「私を…また閉じ込めるのか!?」
彼女の慟哭は周囲を圧倒させた。
野次馬でさえ、興味を恐怖で上塗りされたかのように退いていく。
ふと、違和感を感じた。
先ほどまで俺の中にも同じようにドス黒い感情が渦巻いていたのに、今は不思議と冷静だ。
俺を淘汰してきた負の感情全てが、今はアリシアの中に貪られるように吸い込まれているような感覚。
そうじゃねえ
いい加減にしろ、俺。
冷静に分析している場合じゃない。
俺の危険信号が真っ赤に点滅していやがる。
どうにかしないと…
どうにか
?
刹那、現状の視界を覆うようにひとつの映像が割り込んできた。
白い砂漠を一人ひたひたと歩くアリシア
契約をした時に同じものを見た覚えがある。
これはその延長なのか??
砂漠は彼方まで続き、どこにも何も無い。
ただただ歩き続け、何かを探している。
終わりが見えない広い世界
その場所を軈て黒い闇が押し寄せる。
―まだ見つからない。
アリシアの首を絞める真っ黒い手
―まだ見つからない。
泣きながらアリシアの名を呼び続ける黒い声
―まだ見つからない。
ココダヨ
―誰か…いないの?ねぇ…
―もう、このままじゃ…私は…溶けていく
ソレモイイカモ
「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!真っ暗なのは…いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
獣のようなうねり声で怯えたように叫ぶアリシアの声を聞き、突如として意識が戻る。
アリシアは再び柄を両手で強く握り締め、
大雑把に構え始める。
これは本気でやばい。
同じ事をしたから俺には理解できる。
吐き出す。彼女はこの感情を力に還元して、周囲に撒き散らすつもりだ。
このままじゃ、俺が悪漢共を肉塊にした「あの攻撃」が…それ以上のモノがこの街のど真ん中で放たれる。
そうなれば騒動で集まってきた人はおろか、一定の距離の人は無事じゃあすまない…!
止めろ。…止めるんだ…!!
この娘に人殺しはさせたくない
今すぐ俺から手を話せ…!
『yや、meろr・・・・・』
くっそ、声が出づらい…なんだコレ…壊れたラジオみたいになってやがる。
「パパが…居なくいなったら…今度こそ、ワタシハ、ワタワタワタシワタシワタシワタシワタシ」
駄目だ、完全にアリシアは激情に飲まれている。
それだけではない。アリシアの身体がブツブツと音を溢しながら煤けている。
リンドは言っていた。魔剣に蓄積された魔力によって生かされていると。
俺は再び悪寒を感じた。
今蓄積されているであろう500年分という魔力
それが感情のままに保持した魔力を吐き出しきってしまえば・・・
俺はリンドから聞いたリューネスの最期を思い出す。
灰となって散るアリシアのビジョンが俺の脳裏で襲いかかる。
『ぐ・・。そぉ』
抑えろ・・、制御するんだ。アリシアの感情を抑えるんだ。
そして、彼女の身体にある魔力をこっちに引っ張り上げるんだ。
俺は強く念じる。
俺が出来ることはこれしかない。
アリシアの心を埋め尽くす負の感情を無理矢理にでも上塗りさせる。
届け、とドけえええええええええええええええええええ!!!
『a・・・・・りr・・・・シアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「!?」
アリシアは俺の振り絞った声にハッとする。
「パ…」
ようやく気がついたか、おバカさんめ
―思えば俺は、お前と出会ってから流されるままだった
ほんの少しの時間しか過ごしてないから
お前が何を恐れているのかも知らない。
パパと呼ばれて…嬉しくて、調子づいて
かわいいかわいいと言いながらも、
自分の空虚を満たすためだけの代わりだとしか思ってなかった。
お前の事など本気で考えもしていなかったと思う。
いや、俺は何も知らないんだ…アリシアの事を
知らないものに目を向けず。向き合うこともせず。
世界を嫌いながらも、結局、また世界が何とかしてくれるんだと思って。
怖かったんだ。自分の意思を伝えることが。立ち止まってまた被害者面できる立ち位置、責任の逃げ道を失う事が。
また失敗してしまう事が。
うそつきと言われることが。
でも、もうそれは止めだ
向き合わなくちゃ…いけない。
理想の自分を探すのではない、こうなりたい自分で或ろうとしなくちゃ行けない。
この娘を、俺の意思で守らなくちゃいけない。
魔剣の魔力なんて関係ない。
だからさ、これからさ
『俺は、お前から絶対に離れない!どんな時も一緒だ…!』
「パ、パ・・・?」
『だから!!』
今だ、魔力をこっちに引きつけろ!
寄越せ!もっと俺にそれを寄越せ!!!
『お前も、俺から離れないでいてくれ!アリシア!!』
刀身に黒い魔力の塊がまとわりつく。
それが黒い刃の形を象り。周囲の空気を震わせた。
まるで今にも爆発しそうだな。
だが、このままじゃあ終わらせない。
もっともっと動け!
魔剣を無理やり、アリシアの足元へ突き刺すように動かした。
魔力を一点集中させ地面に叩きつける。
瞬間、轟音が周囲を駆け抜けるように響き渡る。
今までにない衝撃がアリシアの周囲を…大地を穿った。
砕けた地は紅い稲妻を纏い、宙を舞う。
どす黒い影が空に向け一直線の大きな柱を描いた。
それと同時に俺とアリシアもその勢いに流されながら真上高くに放り投げられた。
目下に、周囲の野次馬が悲鳴を上げながらその場から離れようと必死に走って逃げているのが見える。
…これ大丈夫か?この高さで落ちて怪我とかしねぇよな?魔剣だし
まぁ、堕ちる事にはもう慣れたつもりだと思うよ…
「約束だよパパ」
落ちてゆく俺に両手が差し伸べられた。
そして、優しく抱きしめてくれる。
「パパは、パパだけは何処にも行かないでね…ボクを一人にしないでね」
アリシアは求めた。
嬉しいのか悲しいのか解らない顔をしながら
約束を求めた。
それは、かつて守ることの出来なかった約束。
―きっと、これはあのクソ神が与えた罰なのだ。
何もかもを守ることの出来なかった俺に
憤りを世界に当たり散らした俺に
死を持って世界に復讐しようとした俺に
残酷な世界の美しさを思い知らす為の余興なんだきっと。
それでも…もう二度と間違えたくなかった。
ああ、『約束だ。アリシア』
俺たちは、寄り添いながら下へ下へと堕ちていった。
これからはずっと一緒…?
ふざけるな。
―彼には聞こえてない
彼には届かないだろう。
でも、彼が少女に放った言葉が耳から離れない。
かつて愛する者から何度も頂いた憎々しい嘘。
少女と魔剣の戯言を…戯れを耳にして、自身の唇を噛みちぎりたくなる程に湧き上がる怨嗟の情
今更、
今更そんな言葉ひとつがなんだというのだ。
―ようやく忘れることの出来たはずの感情を引きずり出され
自身の信念をかき乱された憤り。
軍服の女は二人を恨めしく見遣り
悲しそうに呟いた。
「うそつき」




